ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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第140話 集大成を超えて

8回が終わっても点が入らないロースコアの試合だったが、柿崎と大塚の素晴らしい投手戦を演じた神宮は熱気に包まれていた。

 

 

そして、9回表の攻撃。先頭打者は大塚栄治。先ほどは見事な投球でピンチを脱出。

 

対するは、この試合で最速154キロをマークした柿崎則春。

 

 

そして柿崎に対し、意地を見せるかのような大塚栄治。

 

 

誰もが延長戦に突入すると考えていた。

 

 

――――わかっている。投手なら、9回を投げ切ることがどんなに大変か。

 

両者ともに限界が近い。それだけの代償とリスクを支払い続けているのも事実だ。

 

 

 

大塚栄治は、投手の苦労を知るからこそ、狙い球を絞りやすかった。

 

肩で息をし始めている柿崎の姿を見て、より一層確信したからだ。

 

 

 

そして、勝負のかかる第4打席。

 

 

彼らは今、余計なものを見たくなかった。相手の動き、相手のボール、相手のスイングしか見ていない。

 

 

マウンドで闘志を前面に押し出す柿崎が無言のまま上杉のサインに頷き、対する大塚は、視野をできる限り狭め、柿崎しか目に入れていなかった。

 

 

視界を狭めることで、両者の集中力は極限まで高められていた。

 

 

 

『初球落としてきました柿崎。1ボール0ストライク』

 

 

 

初球はフォーク。低めに外れてボール。積極的に振りに来ない大塚だが、明らかに存在感が増している。

 

――――ストレート

 

柿崎の脳裏に浮かんだ言葉はそれだけだった。

 

 

――――ああ。自慢のボールで、ねじ伏せろ!!

 

集中している彼を遮るわけにはいかず、上杉はそのボールで押し通す。

 

 

 

続く2球目――――

 

 

まるで金縛りにあったかのようだ。今の大塚は柿崎の挙動にしか注意が向いていない。そのため、他のことに反応することができない。

 

 

観客の言葉も理解できていなかった。何かを言っているのだろうが、それを理解する暇がなかった。

 

 

そしてそれは柿崎も同じだ。大塚をねじ伏せることしか考えていない。

 

 

3秒以上経過しているにもかかわらず、両者は間を取らない。この勝負にそれほどまで緊張感と、間を取ることを忌避していた。

 

 

 

「ファウルボールッ!!」

 

打球は真後ろに飛ぶ。タイミングはあっているが、ややバットの上。大塚はそれを見てすぐに打席に立つ。

 

ユラユラとバットを揺らしながら、ベース板の上でバットを一回転させ、そのまま構える。

 

 

自分の息遣いも聞こえない。笑顔はそこに存在せず、真剣勝負だけがあった。

 

 

続くボールはフォーク。外角低めに構える。ストライクからボールになる球。

 

 

「ボールッ!!」

 

しかし、大塚はこの際どいボールに手を出さず、カウント2ボール1ストライクとなる。

 

 

上杉は、表情の一切をなくしている大塚を見て、何も読み取れないことに難儀していた。

 

 

――――ただ来た球に反応する、だけじゃない。今のフォークを見逃すのなら、ゾーンを絞っているのか?

 

それにしてはおかしい。あのフォークは完ぺきといっていいコースだった。

 

 

配球を見極められていた? 読まれたのか?

 

 

そこまで考えて、上杉はその先の仮定を振り払う。

 

 

――――バカな、そこまでのこと、できるはずがない。

 

 

外角低めにミットを構える上杉。要求したボールはストレート。上杉はそのバカげたことを頭から振り払うことができない。

 

あのコースも完ぺきだった。あの“フォークを見て見逃した”。単純に考えればそういうことなのだ。

 

―――あり得るものか、そんなバカげたこと!!

 

 

その仮定にひどく殺気立った上杉は、落ち着けと自分に言い聞かせる

 

 

――――このボールを見せ球に、最後は釣り球で三振だ。

 

これで、大塚を抑え込む。

 

 

 

 

柿崎のボールが放り込まれる。狙い通りの、完ぺきなストレートだ。まさに要求通りのボールといっていい。アウトコースの厳しいボール。どちらとも取れて、ストライクには近いボール。

 

 

フォークを考えているなら、ストレートへの対応は遅れるはず。仮に当たったとしても、先ほどのファウルで、簡単に前には飛ばせない。

 

 

そう考えていた。

 

 

唸りを上げるような轟音とともに迫るバットを見るまでは。

 

 

 

 

 

上杉のミットに入るはずだった、彼のベストボール、柿崎のストレートを捉えた瞬間が見えた。

 

 

「――――――――あ」

 

 

全ての観客の視線を奪い去り、そのボールは上杉から遠ざかっていく。

 

 

 

青道の夢を乗せた打球が、神宮の空にライナーを描く。

 

 

 

柿崎が見上げる。インパクトの瞬間の轟音とともにボールが吹き飛んでいき、ボールの行方を探る。

 

 

 

 

打球は右中間を突き進んでいく。そして、

 

『落ちたぁぁ!! 右中間!! 高めのストレートを弾き返したぁぁ!!』

 

 

 

深い場所に落ちると“知っていた”大塚は、体が反応するままに二塁へ到達。荒い息をしながら、ガッツポーズをする。

 

「ハァ……ハァ……ハァ」

しかし、それまでの勝負から一時的に解放された大塚に、強烈な頭痛が襲う。頭が痛い。さらには、体全体が重いのだ。

 

――――今、僕は何をしていた?

 

 

大塚自身、先ほどの打席を説明できなかった。来た球を打った。

 

 

そのボールを見て。ストレートとなぜか確信していた。

 

 

向かってくるボールを見て、自分は迷いなくフルスイングしていた。アウトローにフォークを見た後に、フォークを警戒するのが自分の考えのはずだ。

 

 

しかし、あのボールを見た瞬間に体が勝手に反応していた。

 

――――だが、長打は長打。何とか本塁に

 

リードを取る大塚だが、思い切った広さはとれない。集中しようにも謎の頭痛が大塚を襲うからだ。

 

――――目がちかちかする。

 

 

『さぁ、一気に盛り上がります青道ベンチ!! 続く打者は6番御幸一也!!』

 

 

しかし、大塚同様集中力が切れた感じのする柿崎は、御幸にフォアボールを与えてしまう。

 

――――ばらついてきたな。大塚との勝負でかなり消耗していたようだし

 

御幸はそんなことを考えながら、一塁へと向かう。

 

『ここで光南が守備のタイムを取ります』

 

 

マウンドに集まる光南内野陣。柿崎がはっとしたような顔をして、大塚と御幸を見て、大きく縦に頷いた。

 

 

 

すると、内野陣からは笑いが起こり、全員笑顔のまま守備に就いたのだ。

 

 

「―――――強いな。この局面であの余裕かよ」

 

余裕ではない。苦しい時こそ笑え。ピンチをチャンスに変えろ。

 

光南イムズを守る者たち。

 

 

―――ピンチをチャンスに!!

 

合言葉は、片時も彼らから離れない。

 

 

 

『さぁ、ここで麻生は送りバントの構え! 三塁にランナーを進めたい!!』

 

 

しかしその初球。

 

 

柿崎のもう一度集中した姿を見ていた御幸は、その瞬間に寒気がしていた。

 

 

 

『ピッチャー前転がって、グラブ外して素手で三塁転送ォォォ⁉』

 

 

ここで柿崎。利き腕では間に合わないと見て、右手にはめていたグローブを脱ぎ捨て、素手でボールを掴んで見せたのだ。そしてそのまま三塁へ送球という、サウスポーでは考えられないプレーがさく裂した。

 

 

『三塁アウトォォ!! 一塁転送セーフ!! 一塁はセーフ!! しかし、青道はここでランナーを送ることができませんでした』

 

 

――――まじかよ。どうやったら点を取れるんだよ。この化け物

 

 

御幸は、このフィールディングで隙どころか、それを強みにしてくる相手に、次の策を考えつくことができなかった。

 

 

続く打者は8番サード金丸。第3打席では痛恨の併殺打を打ってしまっている。

 

「金丸」

 

そこへ、アウトにされた大塚がやってきた。

 

 

「大塚?」

 

 

大塚が耳打ちをした瞬間、金丸がはっとしたような顔で頷き、打席へと向かう。

 

 

『さぁ、送ることができませんでしたがまだチャンスは続いています。最後、詰めを誤らないようにしなければなりません』

 

『光南はここで通常守備。最終回、当然得点を許すことはできません』

 

 

ビッグプレーの後の甘いコース。

 

――――相手はこのプレーで勢いづいている。入れてくるよ、ストライクに

 

大塚の言うことは理解していた。相手の流れである。そんな中での打席は本当にきつい。

 

 

―――――そして、柿崎の中で今勢いのあるボールは、絞られている。

 

 

大塚はガイドラインを敷いただけ。その未来をつかみ取るのは、金丸のスイングにゆだねられている。

 

 

――――だから、それを打ち砕いてこい。

 

敢えて、大塚はその球種を言わなかった。柿崎にとっては安パイの選手。変化球を引っ掛け、ストレートに詰まっている相手。

 

そして、金丸がどちらかに絞ってくる可能性があると、光南は察するだろう。だがデータが足りない。金丸はどちらが得意なのか。

 

 

伏兵ゆえの、情報量の少なさ。

 

 

 

これが今の金丸の、最大の武器だった。

 

 

 

 

低めは捨てろ。そのひと振りに全てを賭けろ。次があると思うな、仕留めるべき瞬間にしくじれば、自分には勝ちの目がない。

 

『さぁ、一死一塁二塁の場面で柿崎がセットポジションから第一球――――』

 

 

セットポジションから柿崎が投げ込んでくる。

 

 

 

そして、そのボールが来た。

 

 

金丸が一番得意としている球種が高めに。

 

 

 

 

――――ストレートっ!!!!!

 

 

 

カキィィィィンッッッ!!!!!!

 

 

「―――――――なっ」

 

ここで初めて驚愕した表情で、金丸が打ち返した打球を見つめる柿崎。

 

 

打った瞬間、御幸が打球を見て叫ぶ。

 

「超えろっ!!」

 

あの時と同じような状況だった。金丸も、おそらく自分と同じように相当追い込まれていただろう。

 

 

しかしそんな中、初球からフルスイングして打球を飛ばしてきた。

 

だからこそ、そう願うのだ。

 

 

――――超えろよ、この野郎ォォォ!!!

 

打球に向かって、悪態をつく麻生。御幸がハーフウェイからの動きが緩慢なので、うずうずしていた。

 

 

この試合4度目の正直。ここで、絶対に点を取りたい。

 

 

絶対に、絶対にだ。

 

 

―――――超えろっ

 

 

青道の全員が、祈るような眼で打球を追う。

 

 

『初球打ち~~~!!!! レフト下がる!! レフト下がって――――』

 

 

 

レフト岡田が下がる。通常守備の外野の頭を―――――――

 

 

 

『超えたぁぁぁぁ!!!!!! レフトの頭上を越えていく~~~!!!!』

 

 

 

 

その瞬間神宮が湧いた。大歓声の中、金丸が叫びながら一塁へ向かう。

 

 

三塁コーチャーの木島が、走ってくる御幸に向かって、大きく手を回す。

 

―――回すぞ、御幸!!

 

 

―――回せ、木島っ!!

 

 

『二塁ランナーホームイン!! 1点目ぇぇぇ!!!』

 

 

しかし、1点では足りない。一塁走者の麻生が全力疾走で二塁を蹴っていた。

 

 

――――帰ってやるッ!!

 

今はもう、自分を見ろ、などと抜かしている場合じゃない。

 

 

――――帰るんだよッ!!

 

 

御幸に続いて、三塁を蹴る麻生に対し、木島は大きく手を回す。

 

――――突っ込め、麻生っ!!

 

 

『一塁ランナー三塁を蹴る!!』

 

 

今が、今こそが、青道の関ヶ原。天下分け目の決戦。

 

 

 

 

 

しかし、光南も打球に追いつき、見事な中継で2点目を意地でも阻止しようとする。

 

 

 

『外野からショートへ! ショート経由してバックホームっ!!』

 

 

 

三塁走者の麻生が死力を尽くして走る、走る、走る。

 

 

『クロスプレーどうかぁぁぁぁ!?!』

 

 

麻生はラインの工夫を凝らして走っていた。三塁時に彼は大塚の真似をしたのだ。

 

一塁から二塁へは、直線で。

 

二塁から三塁へはやや楕円形で。

 

三塁から本塁は直線で。

 

麻生には、あの打球が飛んだ瞬間にホームに帰ることしか考えていなかった。

 

 

上杉が麻生にミットを伸ばす。しかし、その彼の手の範囲外を走る麻生。

 

 

上杉の背後、麻生はかなりの速度で通り過ぎたのだった。

 

 

『タッチできない~~~!!!! 2点目ぇぇぇぇ!!!! 麻生の見事な走塁で、追加点をもぎ取ります、青道高校!! そして、打ったバッターは二塁へ!!』

 

 

その二塁ベース上には、青道の勝利を手繰り寄せる一撃を放った男が、大きく拳を突き上げ叫んでいた。

 

「―――――っ!!」

塁上で若干目を赤くしながら、まだこぶしを突き上げている金丸。そして吠えている。

 

 

師匠であり、盟友に捧げる一撃だ。

 

彼は最後に大きな仕事を成し遂げたのだ。

 

 

 

 

『いやはや、今のストレートも152キロですが、狙っていたのでしょうか。』

 

『狙ってないと、今のは打てませんよ。初球凡退、一番やってはいけない局面で、初球にあれだけのスイングができる。この終盤でこれをできたというのは、今後の自信にもつながりますよ』

 

『9回表、ついに均衡破れる!! 8番金丸―――値千金の!! 走者一掃、タイムリーツーベースで、2点先制!!』

 

 

打たれた柿崎は、呆然としていた。しかし、両手で顔をパンパンと叩くと、

 

「まだワンナウト!! あと2つとって、裏で逆転するぞ!!!」

ここで切れないのが、エース。まだ試合は終わったわけではない。9回の3つのアウトが点灯するまで負けではない。

 

「――――そうだ、気持ちを切らすなぁ!!!」

主将の権藤も吠える。ナインを鼓舞する。

 

「ッ!! 打たせて来い、柿崎!!」

 

 

「後続を打ち取るぞ!!」

 

 

 

9回表に先制を許したものの、光南の気持ちはまだまだ折れない。続く後続を三振ですべてアウトに仕留め、これ以上の得点を許さなかった柿崎。

 

 

「この回でどのみち終わるぞ!! 勝って終わるぞ!! 勝って!!」

 

 

「逆転サヨナラで!! 神宮連覇するぞ!!」

 

先頭打者の柿崎は鼻息が荒い。

 

 

『光南のムードが悪くなると思いましたが、まだまだ声出ていますね』

 

『こういう精神面での強さも、春夏連覇につながったんでしょうね。』

 

青道も、全く臆してこない光南のムードを見て警戒を強めていた。

 

「―――――これが、王者光南か」

誰かがつぶやいた言葉。先制点をもぎ取り、俄然盛り上がりを見せている青道だが、光南の空気は非常に強固だった。

 

 

 

そして、9回裏が始まる。そのマウンドには背番号18、大塚栄治が引き続き投げ続ける。

 

 

 

『許したヒットは3本。奪った三振の数は13。球数はすでに110球を超えています。しかし、9回裏のマウンドに出てきました。背番号18、大塚栄治!!』

 

青道の攻撃が終わると、青道応援席から大歓声が一斉に沸き始め、神宮球場を包む。今か今かと大塚がマウンドに出てくるのを待っているのだ。

 

光南のムードに負けないために。彼らは潜在的に恐れていたのだ。

 

 

『さぁ、あとアウト3つで悲願の初優勝です。さぁ、27個のアウト全てを、捕り切れるか!?』

 

 

縦のフォームの2イニング目。無論、負担はあるが、どこまでこのフォームでできるかが試したかった御幸。

 

 

打席には柿崎則春。

 

 

しかし、大塚の初球が浮く。

 

『ストレートォォォ弾き返すっ!! センター前!!』

 

これまでほぼ完璧に先頭打者を抑えてきた大塚が、ピッチャーの柿崎にヒットを打たれたのだ。これまでクリーンヒットを許さなかった大塚がまさかの失投。

 

 

 

球速も、ここで141キロ。明らかにばててきている。

 

 

――――初球にそれは、無警戒過ぎるだろ、大塚!?

 

この球にはさすがの御幸もあせった。しかし、マウンドにいるであろう大塚を見た瞬間に御幸の背筋が凍り付いた。

 

 

 

 

 

 

肩で息をする大塚。それも、かなり消耗している様子の大塚栄治の姿だった。

 

 

「っ!?」

息をのんだ御幸。ベンチをちらりと見るも、まだリリーフの肩は出来上がっていない。

 

 

――――あの打席から、明らかに大塚の様子がおかしい。

 

ベンチではそれでも平気そうに見えたが、マウンドでの姿を見る限り、大塚にも限界が近いことがわかる。

 

 

9回表の攻撃中、急いで川上が肩を作っているが、間に合うか。

 

 

甘い球は禁物。しかし、細かいコントロールが効かなくなっている大塚。

 

 

『ボール!! スライダー外れる!! これで2ボール1ストライク!!』

 

『光南はヒッティングの構え!! 息が上がってきているか、大塚栄治!!』

 

体力の限界が近づいているのか。大塚の球が走らない。

 

――――体が、鉛のように重い……

 

主に頭痛がひどい。疲労感が襲い掛かる。緊張を切らせてはならないのに、切れてしまっている。

 

 

 

 

 

『さっきの打席でかなり消耗していた様子でしたからね。投球もそうですが、限界が近いですよ』

 

 

しかし、大塚の4球目のシンキングファストがインコースに決まり、打球はサードへ。

 

 

そこでなんと寸前でバウンドがイレギュラー。殊勲打を放った、サード金丸の前で試練が訪れた。

 

 

「っ!?」

 

グローブからボールが弾かれる。そして――――

 

 

 

『投げられない~~!!! 9回裏で大チャンスの光南!! ノーアウト一塁二塁!! ここからに回ります!!』

 

 

土壇場の流れを引き寄せた青道。だが、クライマックスに彼らの逆襲に遭遇し、長打で同点、ホームランでサヨナラの局面を迎えてしまった。

 

 

 

『やはりそう簡単に決まりませんね。この試合最大のピンチ、大塚君の底力が試されますね。』

 

内野陣が集まる。この試合恐らく最後のタイムになるだろう。

 

「―――――完投はやはり簡単じゃない」

 

「わ、悪い。大塚。」

ヒーローから一転、危うく戦犯になりかけている金丸が声をかけるが、

 

 

「心配するな。信二の殊勲打は、絶対に無駄にはしない」

大塚はエラーを気にするのではなく、金丸の殊勲打を無駄にはしないと言い放った。

 

大塚の心が、その体が、最後の力を振り絞れと叫ぶ。

 

 

――――金丸にこんな顔をさせたまま、負けるわけにはいかない。

 

 

そう思うと、疲れが吹き飛んだ。頭は尚も痛いが、気にするほどではない。

 

――――しんどいけど、今できないと後悔する

 

 

死ぬわけではない。沖田の様に、絶対安静が必要というわけではないのだから。

 

 

 

「そうやっ!! あの2点はな!! 9回にみんなで繋いだ得点や!! そしてお前が! お前のバットがこのチームに勝利を手繰り寄せたんや!! 顔を上げんかい!!」

前園の叱咤激励。だが、金丸には心強い言葉だった。

 

「――――っ!!」

 

 

「試合終了後のヒーローインタビューのことでも考えとけ!! 全員で守るぞ!! この裏のピンチをなッ!!」

倉持もそういって金丸を励ます。だが、大塚にも向き直る。

 

 

「お前も、無理に三振ばっか狙うんじゃねぇぞ! 体で止めてやるからな!!」

 

 

「俺、内野守備を信頼してないわけではないですよ!!」

慌てて否定する大塚。そんなつもりはないと手をぶんぶん振る。

 

 

「気持ちよさそうに三振ばっか取りやがって!! ショートの見せ場がほとんどねぇじゃねぇか!!」

 

 

「麻生が考えてそうなことだよな、それ」

 

外野にいる麻生を一斉に見つめる一同。

 

 

「な、なんだよ? ついに俺を見るようになったのか、お前ら!? あの走塁を見たか!!」

麻生が一斉に一同が見つめて狂うので、調子が狂うとすたこらと外野へと戻っていく。

 

 

「まあ、そういうこと。エラーはいつか起こる。だけど、まだ試合は終わってないんだぜ? 切り替えていくぞ!!」

 

御幸がこの言葉で締めて、それぞれの守備位置へと一声に戻る青道ナイン。

 

 

 

――――沖田。僕はやっぱり欲張りだ。

 

 

この試合を楽しみたい。楽しめるような強い選手になりたい。

 

仲間のために、背負うこともやめられない。チームの期待を背負ってこそ、やっぱりエースだと。

 

 

 

頭痛は引いていた。体のだるさも吹き飛んでいた。

 

 

今、大塚に見えるのは勝利への道筋のみ。

 

 

 

打席には、2番の白井。今日はその強肩で得点を防ぐなど、守備面で多大な活躍を見せている。

 

 

――――持ち直した!? このまま立ち直らせるわけにはいかん!!

 

 

大塚がセットポジションから、不意に重心が前に移動した。

 

「!?」

 

左足にわずかに体の軸が乗り、すぐに右足へと下がっていく。その奇妙な動きを見せた大塚のクイックはいつもよりやや緩かった。

 

 

そしてその右腕から放たれる速球は、柿崎に投じた初球とは雲泥の差だった。

 

突き刺さる一球。柿崎と同様、まだ大塚には体力が残っていた。

 

『初球151キロ!! アウトコースいっぱいいっぱい!!』

 

 

――――まだ、まだそんな力が残っているのか!? スタミナが、あんな投球をできる1年生がいるのか!?

 

 

もはや死に体のはずの1年生が、食い下がってきた。

 

 

 

 

そんな思いが大塚には理解できたのか。

 

 

――――少し違う。

 

 

大塚は、そうではないと心の中でお思う。もうとっくの昔に体力が切れた、集中力が長く続かない。

 

――――僕一人なら、このまま押しつぶされていた。だけど、

 

 

そうではない。現実は、そうではないのだ。

 

 

 

 

――――みんなが背中を押してくれている。

 

 

応援席で声を枯らして応援している人たちが、

 

 

「あとアウト3つ!! きっちり取りましょう!!」

 

 

「あと3つだぞ、大塚ぁぁぁ!!!」

 

 

ベンチ前で下を向かない選手たちの姿が、大塚に力を与える。

 

 

「がんばって、栄治君!!」

 

 

「こっから粘り強い投球!!」

 

 

「ガンガン投げ込んでいけ、大塚ァァァ!!!」

 

応援席で、心を一つにして声援を送り続けてくれているみんなのために。

 

 

 

たくさんの熱気が、力強い声援が、彼を奮い立たせる。だからこそ、大塚は目の前の勝負だけに集中する。

 

 

 

後アウト3つを取るのではない。それでは足りない。そんな意識では光南を止めることはできない。

 

 

退路を少しでも考えたような、アウト3つを取るという甘い考えでは足りない。

 

 

3人を連続で打ち取る、その意識でもまだ届かない。

 

 

 

 

―――――目の前に立つ打者全て、捻じ伏せてやるっ

 

 

 

少々汚い言葉が、大塚の脳裏に響いた。滾る心が、彼を熱くする。彼の中で出た答えはそれなのだ。

 

 

走者が揺さぶりをかけてきても知ったことではない。打者が小細工をしたところで動じる必要性もない。

 

 

――――小技や盗塁が嫌だというなら、させないだけだ。

 

 

思い知らせてやる。自分は、青道は、もう止まることはないのだと。

 

 

 

その証明のために、大塚はこのラストイニングにすべてを懸ける。

 

 

 

 

――――だから僕はッ!! 形振り構わず、全力で使うだけだッ!

 

 

全部使う。ここで使う。すべての体力をここで絞り尽くす。一滴も残さない。ここで絞りつくす。

 

試合の中で全部使う。指一本動かせないほどの力を、今に尽くす。

 

 

 

―――倒れるなら、勝ってからだッ!!

 

 

あの感覚がまた近づいてきた。9回表の打席と同じ感覚が。感情を極限まで昂らせて、思考が一つの方向に向かう感覚。

 

 

それがまだ大塚にとってどういう状況なのかはわからない。しかし、その本能が悟っている。これは自分をさらなる次元へと昇らせる啓示なのだと。

 

 

 

――――勝って、前のめりに倒れてやるッ!!

 

 

マウンドに立つ背番号18は揺らがない。無音に等しい感覚が、大塚の中で形作られていく。

 

 

 

そして彼の視界が狭まり、その二つの眼は、乗り越えるべき相手しか見えない。

 

 

本日二度目の扉を開いた彼は、試合が終わるまで止まらない。

 

 

力尽きるまで振り絞り、限界の先をこえろ。

 

 

最後の難業が、彼の前に立ちはだかる。

 

 

 

 


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