ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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遅くなりました。

今永君はハマのエースになれたかな?




第138話 ここにいるぞ!

ツーアウトながら一塁三塁のチャンスを作った青道高校。打席には第一打席ストレートに詰まらされている小湊。

 

――――強いストレートにしっかり合わさないと。

 

甘く入った変化球は引っ張る。特にスライダーとカーブはそうだ。

 

そして、その初球。

 

『アウトコースボールッ!! まずはツーシームが外れてワンボール!!』

 

続く2球目。

 

 

『アウトコース今度はストライク!! ここでカーブを使ってきました』

 

今のアウトコースに決まったカーブ。ストレートを意識する中、これは整理しきれなかった。

 

 

――――明らかにストレートに意識が強い。変化球で散らすぞ

 

 

――――バットに乗せるのが上手いからなあ、夏の時から。

 

 

光南バッテリーは小湊の読みを見抜いていた。

 

 

『外へ逃げるチェンジアップ!! 空振りっ!! これで1ボール2ストライクと追い込まれてしまった!!』

 

しまったと苦い顔をする小湊だが、上杉の返球が早く、柿崎はもうセットポジションになっていた。

 

――――たまらない。こんな状況で打席に入るわけにはいかない

 

「タイムっ!」

 

小湊が間を嫌い、タイムを取る。これには不満顔の柿崎。

 

――――あの時は、テンポよくインコースを狙っていたのかな?

 

確かに整理できずにインコースのストレートが来たら、ファウルが精一杯だ。しかし、今は違う。しっかりとインコースの可能性も頭に入れることができた。

 

それがリードにどう影響するのか。

 

打席に立つ小湊。

 

――――流れを微妙に変えて、さすがに配球が変わるはず。

 

 

そして4球目

 

 

ドゴォォォォォンッッ!!!!!

 

 

「えっ!?」

驚きの声を上げる小湊。身動きが出来なかった。

 

 

「ストライクっ、バッターアウトォォォ!!!」

 

 

『インコース、見逃し三振~~!!!  最後は152キロストレート!!』

 

『この決めにいったストレート、見事ですね。小湊君も間を嫌ったのですが、あくまで拘った光南バッテリーを読み切れませんでしたね』

 

『この試合初めての連打、チャンスがありましたが無得点!! エース柿崎則春! 修羅場を潜り抜けた男は違う!!』

 

 

 

意気消沈の小湊。やられた。間髪入れずに投げ込んできた。流れを変えてもぶれなかった。

 

――――手強い。本当に手ごわい相手だ

 

「ごめん、ちょっとあの一球は手が出なかった」

 

粘り打ちの上手い小湊がバットを出すことができなかった。一同も、

 

「お前が打てなかったら、しょうがない。外が続いて、間を取って、インコースを考えた。けど、あの速いテンポはインコースの布石、ここまでは読んでいた」

 

御幸も、上杉の勝負どころのリードが冴えていたと認めざるを得なかった。

 

「けど、あえて裏の裏をかいてインコースストレートを選択した。これは読みづらい」

 

 

守備に就く御幸はそれでもナインに言い聞かせる。

 

「こっちも1点も譲る気はねぇから。気合入れろよ、お前ら!」

 

 

3回裏、触発された大塚もテンポの良い投球を披露する。

 

先頭の7番中丸を早いカウントから動くボールを投げ込み、簡単に内野ゴロに打ち取ると、続く8番ショート金子に対しては釣り球のストレートに反応してくれた。

 

『ああっと初球打ち!! 力のない打球がセカンドへ!! とってツーアウト!!』

 

『動くボールで際どいゾーンに手を出さなくてはいけないのですが、少し迂闊でしたね』

 

そしてラストバッターピッチャー柿崎に対しては、

 

『外いっぱい!! 見逃し三振!! カットボールにタイミングが合わず、バット出ませんでした!!』

 

『あれは高速スライダーですね。変化の小さい速いスライダー。カットは140キロ前半ぐらいは出ていますから』

 

今のは130キロ後半のボール。変化もカットより大きく、速度も遅い。

 

 

――――ああいうゾーンで見逃しを奪える変化球はうらやましいよなぁ

 

柿崎には、カーブで見逃しを奪うほどの技量はない。左打者にスライダーで見逃しを奪えるかもしれない。

 

しかし、ああいう凡打も狙えるゾーンで勝負できるボールは、速球系以外苦手だった。

 

全て空振りを奪うボールだ。

 

 

4回表、白洲が早々にピッチャーゴロに抑え込まれ、4番前園との2度目の対決。

 

――――引き付けて、強くたたく。

 

イメージはショートの頭。勝手に右方向に飛ぶこともある。

 

前園は自分に暗示をかける。

 

そうなると、柿崎の空振りを誘う変化球を見極める余裕が生まれた。早い変化球、フォークが一球コースに決まったが、それ以外は余裕をもって見極めることができた。

 

 

2ボール2ストライクから2球粘り、7球目―――

 

 

『カウントフルカウント!! ストレート外れましたが、これもきわどい!』

 

『後ろに重心があって、スイングも強いので理想形ですよ。後はポイントが合えば、どこまで飛ぶかわかりませんよ』

 

 

――――フォークをコースに決められたら、この打者は打ち取れる。けど、最初に捕った時以外はすべてボール。

 

上杉は考える。ここはフォークでいいのかと。甘く入ればホームラン。歩かせればランナーを置いた状況で大塚を迎えることになる。

 

 

フォークのサインを出した上杉。すると、柿崎は自信をもってそれに頷いた。

 

――――やることをやる。抑えるなら一番確率の高い方法を取れよ、スギ!!

 

その要求に臨むところだといわんばかりのマウンドのエース。これで上杉も腹を決めることができた。

 

 

『さぁ、フルカウントから8球目!!』

 

 

――――ここで落としてくるんかっ!!

 

 

ここまで見事なまでにコースに決められたフォーク。完全にお手上げの前園。

 

 

『空振り三振~~~!!! フルカウントから落としてきました、光南バッテリー!! いやぁ、本当にさすがですね。』

 

『痺れましたね。ランナーを置いた状況で大塚を迎えたくない。ふつうはストレートかもしれませんが、ここでフォークをきっちり投げ切れるんですから普通の投手ではないということなんでしょうね』

 

2打席連続三振の前園。しかし、そこまで悪いイメージではなかった。

 

「フルカウントまでよく粘った。バッテリーを褒めるしかない。今日の試合はお前に4番を任せている。気負うなよ」

 

片岡監督からの檄をもらい、

 

「はいっ!!」

 

――――まだや、まだ勝負に負けたわけやない。試合は終わってへん!

 

切り替える前園。

 

 

続く大塚も重心を後ろに置く方法で前園同様粘ってはいたが、

 

『打ち上げたぁぁ!! バックする、バックする!! センターの足が止まる!!センターフェンス手前まで伸びましたが、センターフライ!! あと一伸びありませんでしたね』

 

『まだ少し差し込まれていますね。フォークのイメージが突き刺さっていたでしょうから、最後まで強く振りぬけませんでしたね』

 

これでスリーアウト。やはりそう簡単にヒットを許してくれない。

 

 

我慢比べが続く神宮大会決勝。

 

4回裏、大塚も2巡目に入る。右打者の沼倉は外のシンキングファストのバックドアに見逃し三振を奪われている。初球はカーブだった。

 

初球はまず縦のスライダー。動くボールでカウントを取りに来ることを恐れた沼倉が簡単にボール球に手を出してしまう。

 

続く2球目はドロップカーブが決まり、手が出ない。早いカウントで追い込んだ青道バッテリーが選択したボールは、

 

――――外角のボールでいい、スロースライダー

 

やや外れても構わない。緩いスライダーを見せることで、外への目付け、緩急を利用する。

 

 

反応した沼倉だったが、バットが止まる。しかし、この軌道に反応してしまえばあとはまな板の鯛状態だ。

 

『インコース詰まらされた!! 大塚取って送球、アウト! 沼倉をピッチャーゴロに打ち取り、先頭をきります!』

 

早打ちで凡退した白井は低めを悉く見逃してしまい、

 

『アウトコースストライクっ!! 2球続けてテンポのいい投球であっさりと追い込んだ大塚!! 今のは手が出ませんか?』

 

『低めへの変化球が豊富な大塚君ですからね。しかも、外に高速スライダー、次にカットボールです。早い変化球で緩急をつけられ、しかも入ってくる変化球が外一杯に決まるんです。難しいボールに手を出したくない白井君にしてみれば、手を出しづらいボールですね』

 

3球目のドロップカーブに手が出かかったが寸前で止めるものの、釣り球に手が出て三振。

 

大きなカーブを見せられて、高めを我慢できなかった。

 

清武は白井の打ち取られ方に影響されたのか、やはり消極的。それを読み取った御幸が、一巡目と同じ攻め方を選択する。

 

 

すると清武は、最後厳しいボールに手を出してしまい、空振り三振。

 

『外のチェンジアップに手が出て三振! こちらも貫禄の投球です』

 

『あのチェンジアップの落差は凄いですね。やはり、大塚君のストレートにこのボールはかなり相性がいいでしょう』

 

 

5回表、青道は御幸から始まる攻撃だったが三者凡退。やはりそう簡単に弱みを見せてくれない。

 

 

ここまで大塚は4回を投げて被安打0、6つの三振を奪う好投。

 

対する柿崎は5回を投げ被安打2、奪三振7という成績。

 

両者は全くの互角の様相を呈していた。

 

そして試合が僅かに動く。

 

5回裏、権藤との勝負。

 

『ポンポンストレートは入れられないですよ』

 

初球は見せ球の緩いスライダー。これを見送る権藤。

 

「ボールッ!!」

 

続く2球目は、

 

「ファウルボールッ!!」

 

150キロのストレートが高めに。フルスイングの権藤がそのボールに当てるも、打球はバックネット裏に。

 

そして御幸はインコース、縦のスライダーを要求。ボール、ワンバウンドをあえて要求。

 

「ボールッ!!」

 

大塚も要求より少し甘かったが、ボールのスライダー。

 

続く4球目は外から入ってくるアウトコースの横のスライダー。酷似するスライダーが、縦横と全く違う軌道を見せる。しかも、スライダーだけを張っていればいいだけではない。

 

 

否が応でもこの変化球攻めの状況で、自慢のストレートを隠している状況。だが、チェンジアップが頭から離れない。

 

「くっ」

そしてやってきたのはチェンジアップ。大塚の決め球の一つでもあるパラシュートチェンジ。

 

 

腕だけの打撃となった権藤。しかし、体勢を崩されながらも打球は外野へ。しかし伸びはなくセンター白洲が掴んでアウト。

 

 

『先頭をまたしても抑えます、マウンドの大塚! しかも、光南相手に完全ペースです!』

 

 

『………完全ですか?』

 

 

『完全です。』

 

 

『………こういうの結構声出すと、打たれるんですよね』

 

『ああ、話題にすると、打たれるという』

 

『あんまり言わないほうがいいんですよね』

 

『そうですね。しばらくの間、黙ってみておこうと思います』

 

 

――――アウトコースのシンキングファスト、まずは外角逃げる球だ。

 

外に寄る御幸。頷く大塚。

 

対する左打者の岡田は、その難しいボールに手を出してしまう。アウトコースの難しいボールに手を出す状況じゃない。しかし、早打ちをしなければ空振りを奪う球種がたくさんある大塚に、その状況を作り出すわけにはいかなかった。

 

 

 

『打ち取った当たり!! ああっと!!』

 

 

「えぇっ!?」

 

前園の眼前で、一塁ベースに打球が直撃。打球が不規則なバウンドをとり、捕球に手間取る。

 

 

「あっ」

大塚は、あっ、と小さく驚き、打球の行方を見ることしかできない。

 

 

その間に岡田は一塁ヘッドスライディング。強打のスラッガーが運も味方につけ、この試合初めての出塁をもぎ取った。

 

 

『ヒット!! ヒットです!! これは不運な当たり!! 大塚の完全試合が露と消えました!!』

 

『確かに不運な当たりですが、これはもう割り切るしかありませんね。次の打者への集中を切らせると危ないですよ』

 

 

マウンドに駆け寄る御幸。

 

「今のは仕方ない。切り替えていこう。」

 

「そうですね。あれは前園先輩を責められませんし」

 

大塚は、引き攣った笑みを浮かべる前園に声をかける。

 

「切り替えっ、切り替えっ! 今のは捕れない! 次行きましょう!」

 

 

「お、おう(あかん、大塚の完全試合がぁぁ)!! 」

 

声をかけられて正気には戻ったが、やはり気にしていた前園。しかし顔以外の力みは取れたようだ。

 

ベンチでも、それまで黙っていた沢村が

 

「完全試合なんて二の次二の次!! 勝てる投球、大事だぁ!!」

 

 

 

 

 

続く上杉への初球は、そんな前園に勇気を与えるものになった。

 

ドゴォォォンッッッ!!!

 

『ああっと、ここでインコースに151キロ!! 決まってストライク。気持ち入ってますねぇ』

 

『ああいうヒットを打たれた後、内野に声かけをしていましたし、うまく自分の感情をコントロールしていますね』

 

2球目は外のカーブ。反射的に手を出してしまった上杉。この縦に大きく曲がるボールを引っ掛け、打球はショート正面へ。

 

「げっ!」

 

御誂え向きのコース。倉持が難なく捕ってセカンドに送球し、岡田をフォースアウト。

 

『6、4、3、捕ってダブルプレー!! 不運な当たりにも動じず、後続を併殺打に切って取りました! マウンドの大塚!!』

 

 

5回裏が終了し、速いテンポで試合は終盤の6回に突入する。

 

6回表はラストバッター倉持。初打席出番とヒットを決めて見せたが、

 

『ああっと、逆方向に力のない打球捕って送球! アウトォォ! サードへの弱い当たりでしたが、清武の送球が早い!!』

 

当てたようなスイングで、内野安打を狙った倉持。しかし清武の守備が上手だった。

 

――――くっそ、逆方向も簡単じゃねぇぞ

 

バントヒットも警戒され、迂闊に仕掛けることもできない。

 

続く東条も高めに詰まらされ、センターフライ。6回もこのまま三者凡退と思われていた。

 

 

柿崎が投じた初球。小湊の外角へと突き進む速球。

 

 

――――もう初球からどんどん振るしかない

 

木製の乾いた音ともに、痛烈な打球が内野を置き去りにする。

 

 

『初球打ち!! 打球右中間落ちる!! 長打コースなるか!!』

 

一塁を蹴って二塁に到達する小湊。打球は絶妙な場所に落下し、守備がもたつく間に攻撃的な走塁を見せた。

 

「うおぉぉぉ!!! 春っち~~!!!」

 

「ここで小湊が出たぞ!!」

 

「ここから繋いでいこう!!」

 

 

 

『ツーアウトから長打の青道!! ここで3番白洲に回ります!』

 

ここで、白洲が意地を見せる。

 

1ボール2ストライクと簡単に速球で追い込まれてしまうも、簡単にアウトにならない。

 

『ボール見た!! これで2ボールっ!』

 

外角のスライダーを見てきた白洲。きわどいコースはカットし、自信をもって見逃すコースには手を出さない。堅実な白洲らしい打席だった。

 

『低め外れてボール!! これでフルカウント!!』

 

スライダーの後のフォークボールも見た白洲。コース低めはヒットにすることを諦めている。

 

 

『浮いたぁぁぁ!! ストレート外れてフォアボール!! これでツーアウトながら一塁二塁のチャンス!! ここで4番前園を迎えます!!』

 

「決めてこい、ゾノ~~!!!」

 

「前園先輩の殊勲打が見たいです!!」

 

「前園先輩!!」

 

「ここで先制点がほしい!!」

 

「前園先輩!! そろそろ打てますよ!! 3巡目!!」

 

 

イレギュラーとはいえ、完全試合が消えた打球を処理できず、前園は挽回したい気持ちにあふれていた。

 

 

――――取り返すには、先制点しかあらへん!!

 

 

 

『さぁ、史上初となる4戦連発なるか、前園健太!! ここを凌げるか、マウンドの柿崎』

 

 

光南は前進守備。ここで先制点を取られるわけにはいかない。外野が前にきている。

 

 

 

――――フォアボールの後のファーストストライク

 

初球ではない。ファーストストライクに狙いを絞っていた前園。

 

初球インコース外れてボール。カットボールが内に切り込んできたが、それを見た前園。あくまで甘いコースに絞っている。

 

前園のねらい目となるボールを待っている。

 

 

 

 

そして2球目。

 

 

――――外角のスライダー!!!

 

 

ボールを懐に呼び込み、ボールを強く叩く。

 

 

――――強くッ

 

 

 

強くッ!!!!

 

 

カキィィぃンッッ!!!!

 

ショート頭上を襲う、打球を見た柿崎。広角に狙い打った前園が、その打球を見て祈る。

 

――――超えろっ

 

『打ったぁぁ!!! 打球ショートの頭上へ!!』

 

 

ショート金子含む守備陣は通常守備。

 

 

ツーアウトなので、走者は打った瞬間に自動スタート。

 

二塁走者の小湊が見上げる。

 

――――超えてっ!!

 

 

一塁走者の白洲が打球を見ながら走る。

 

――――超えてくれっ!!

 

 

光南守備陣は、特にショートの金子は必死に背面走りで打球を追う。

 

――――シャレになってねぇぞ、これ―――ッ

 

金子が必死の形相で打球を追う。

 

 

 

――――超えろォォォ!!!!

 

 

青道ベンチ、応援席の全員がその瞬間が来ることを願う。

 

 

 

 

 

 

ショート金子のグローブを

 

 

 

 

『超えたぁぁぁ!!!!!! ショートの頭上超えたぁぁぁ!!!!』

 

 

 

 

その瞬間の大歓声が小湊を後押しする。ついに捉えた光南のエース。打球を見て悔しそうな顔をする柿崎。

 

 

「超えたぞ!! 超えたぞ!!」

 

「打ったぁぁぁ!!」

 

「ゾノ~~~!!!!」

 

「帰ってこい、小湊ォォォ!!!」

 

 

――――行けっ、小湊ッ!!

 

 

三塁ベースコーチャーも手を大きく回す。

 

 

――――回して、木島先輩ッ!!

 

 

小湊は一度もアクセルを緩めずに三塁を蹴る。

 

 

 

打球は倒れている金子の眼前に。打球は零れ、センター白井の前に。

 

 

――――もう小湊は三塁蹴っている!!

 

自動スタートの分、小湊のスタートがいい。振りをつけていたら難しい。

 

 

ここはもう捕球と同時に走りながらの送球一択。

 

『センター白井のバックホーム!!』

 

捕球と同時に、流れるような送球。前進しながらのレーザービームがホームに迫る。

 

 

『クロスプレー、どうかぁぁぁぁ~~~~!?』

 

 

タイミングはほぼ一緒。勇気をもって回した青道。見事な守備で、バックホームを放り込んだ白井。

 

 

主審がのぞき込むように膝を低くして、倒れこんでいる小湊と上杉を見つめている。

 

僅か数刻の間が、ここまで長いと思ったことはない、今審判の目の前にいる上杉はそう考えていた。

 

 

――――どっちだ?

 

小湊と上杉の思考が被った。

 

 

 

 

「アウトォォォォォ!!!!!!」

 

 

 

 

 

『アウトォォォ!!! アウトォォォ!!』

 

『なんと―――やったっ!! センターの白井!! エースを、チームを救うレーザービームッ!! 二塁ランナー小湊の生還を!! 寸前で防いで見せたぁぁ!!!』

 

 

『センターの白井がやりました!!! スコアは動かないっ!! 0対0のまま、6回裏の攻撃に入ります!!』

 

『これはチームを救いましたよ。すごいバックホームでしたね。捕球してから流れるようなスローイング。それが上杉君のミットに収まるんですから』

 

『興奮冷めやらぬ神宮球場!! さぁ、6回裏、大塚栄治はどうだっ!?』

 

 

 

アウトコールの瞬間、上杉が塁上でガッツポーズを見せた。光南応援席が湧いた。打たれたと、落ち込んでいた柿崎の顔が、一転して満面の笑みに変わる。

 

「おっしゃぁぁぁぁ!!!!」

 

マウンドですぐに立ち上がった柿崎が吠える。ただ、その全身で味方のファインプレーを喜ぶ姿は、光南ナインに新たな活力を与える。

 

「白井のレーザービーム!!」

 

 

「信じてたぞ!! 太志!!」

 

外野陣から喜びの声。チームを救うファインプレーをやってのけた白井に乗りかかる。

 

「まだまだ終わらせねぇぞ、締まっていくぞ!!」

ファーストの権藤がチームを鼓舞する。

 

 

対照的に静まり返ってしまったのは、青道応援席とベンチ前。

 

応援席側にいた落合コーチはムードの暗さを危惧していた。

 

「これはきついな。よく打ったが、相手の守備が一枚上手だった。大塚に求められているのは、流れを変える投球。」

 

より一層きつい命題が増えてきている。

 

「だが、大塚だけが良くても、ほかの野手陣が硬いようではどうしようもない。」

このムードの悪さは、それだけ重くのしかかっている。

 

それは、試合に出ている選手たちも感じていた。

 

――――まずいな、大塚は大丈夫そうだが一筋縄ではいかないな。

 

「まずは一つずつな!! 集中するぞ!!」

 

大声でほかのナインに檄を伝える御幸。

 

「ぉ、おう!! 先頭丁寧に行こうで、大塚!!」

 

「バッター集中!! 一つずつ、一つずつ行こう!!」

 

「ぅ、打たせてこいっ、大塚ッ!!」

 

「こっちも先頭きるぞ!!」

 

 

前園、金丸の声が震えている。小湊はあの走塁に責任を感じ、少し冷静ではない。しかし倉持が何とか落ち着いていたので、

 

――――ショート方面、出来ればそこに打たせて取りたい

 

この回だけでもいい。この回を三者凡退に抑えたら、まだうちが流れをつかめる。

 

 

7番先頭の中丸をチェンジアップで空振り三振に打ち取る。

 

『7番中丸をチェンジアップで空振り三振に切ります!! あの好守備の中、大塚はこの回まで連続で先頭打者を抑えています!!』

 

『大事ですよ、先頭を打ち取るのは。隙を見せれば畳み掛けられますからね』

 

 

しかし、青道の守備のリズムが悪いことを金子は察知していた。

 

 

――――速い球は一二塁間。緩い球は三塁方向。転がせば、まだわからない

 

 

まずはアウトコースの横のスライダーでカウントを稼ぐ大塚、御幸のバッテリー。失投は許されない。

 

 

続く2球目はアウトコースストレートが外れてボール。全く影響がないといは言い切れない大塚。ここで少しボールが外れる。

 

――――追い込むチャンスが

 

 

 

右打者の金子への3球目インコースのシンキングファスト。内を突くだけのボールゾーンにきっちり投げ切れた大塚。

 

しかし、金子はこれを打ちに行く。

 

――――綺麗なヒットはいらねぇ!!

 

当然詰まらされて凡打。三塁側付近に打球が転がる。

 

 

――――しめたっ! これで追い込んだ!!

 

御幸はボール球を打たせて追い込むことができたと考えていた。ここで、御幸に一瞬の油断が生じていたために、掛け声が遅れた。

 

 

サード金丸も、打球が切れると考えていた。ボールには変なスピンがかけられており、このまま転がれば切れてファウル。

 

 

そんな消極的な金丸を絶望に突き落とす、

 

 

「なっ……あぁ………っ!!」

 

 

ボールがライン上で止るという現実。急いで掴むがもう遅い。

 

 

『打球切れない!!! 切れない~~~!!!! サードへの内野安打で、一死からランナーを貯めます、光南高校!!』

 

ツキが傾いてきたのか、ラッキーなヒットでランナーを置くことになった王者の攻撃。

 

この終盤の1点を争う局面で、無安打の柿崎。当然、

 

『ここはバントの構えを見せています!! 一死で送りバント!! 次の上位打線に託します、打席のエース柿崎!』

 

スコアリングポジションにランナーを置くことで、単打でも点を取れる状況を作り出し、大塚にプレッシャーをかける。柿崎の出来なら、終盤の失点は致命的だ。

 

それがわかっている青道も御幸がバントシフトを敷きかけた。が、そこまで前に出れない。

 

ここでももしバスターエンドランの可能性があれば、前進守備の横を抜けられて、一気にピンチに直結することもあるかもしれない。

 

 

――――迂闊なリードもできない。前進守備も強く推せない

 

柿崎は、光陵戦でもヒットを放っている。あの成瀬相手にだ。しかも、彼は左打者だ。

 

 

万が一も許されない場面。御幸は結局前進守備を敷いた。この終盤で冒険はできない。

 

 

一方、打席の柿崎は前に出られない青道を見て、

 

――――さすがに、エンドランの可能性があると出られないよなぁ

 

だからこそ、より一層エンドランを意識させないといけない。

 

 

『注目の初球!!』

 

 

大塚が外角めがけてストレートを投げた瞬間、バットを引き、ヒッティングの構えを見せた柿崎。

 

 

「!!!!!」

 

御幸、金丸、前園、小湊の表情がこわばる。しかし、ヒッティングのままバットを出してこない。

 

「ボールッ!!」

 

そして外れて1ボール0ストライク。カウントが少しずつ悪くなる。

 

――――くそっ、打ってくるのか、それとも送るのか?

 

御幸の悩みが深くなる。

 

そして、柿崎も柿崎で余裕はなかった。

 

―――どんだけダッシュが早いんだよ。こりゃ、普通の犠打だとまず刺されるな

 

 

もっと勢いを殺して、もっと死んだ打球を打たなければ。

 

柿崎にも、大塚のチャージがプレッシャーとなって襲い掛かる。

 

 

しかし、情勢は青道不利に変わりない。

 

動揺した御幸はそうではなかったのだ。

 

 

 

エンドランの可能性を見せられて、バントシフトを敷く事が出来ない御幸。今は目の前のアウトがほしい。一番嫌なのは、スコアリングポジションに置かれることだ。

 

大塚の球威なら、間を抜くことはない。

 

ベンチにて、御幸が優柔不断な守備を選んだのを見た上杉は、

 

――――そうだよなぁ、何をしてくるかわからねぇんだ

 

そう簡単に近づけない。エンドランにもリスクはある。ここはもう運だ。

 

 

 

 

2球目は

 

『転がしたぁぁ!!! ピッチャー前!!』

 

 

ここで、勢いを殺したバント。大塚は目で合図していた。

 

 

そして、不意に大塚は二塁ベースへの道を空けたのだ。

 

――――御幸先輩ッ!

 

2球目の高速スライダーに合わせて、勢いの死んでいるバント。

 

「――――ッ!!」

 

その時の御幸は、この打球を見た瞬間から無我夢中だった。

 

 

『キャッチャー御幸捕って、二塁へッ!!』

 

まさに体が勝手に動いたといっていい、御幸はそれほどこのプレーに関して考えていなかった。

 

 

ショート倉持は、送球が来ることを信じて二塁ベースにいた。そして御幸からの矢のようなストライク送球がそのグローブに吸い込まれ、

 

 

「おぉぉぉぉ!!!!」

二塁がアウトになったことで、全力疾走の柿崎。ファースト前園はチャージをかけていたために、間に合わない。完全に逆を突かれていた。

 

「っ!!」

そして、一塁ベースカバーに向かう小湊が激走。こちらも全速力で、柿崎をアウトにするために力を尽くす。

 

――――先制打、あの時もう少し僕が早ければ!!

 

悔やみきれない。悔やんでも仕方ない。しかし、挽回しないといけない。

 

攻撃的な走塁、監督は小湊を責めなかった。だからこそ、余計に彼は責任感を感じていた。

 

 

――――守備で、僕らは点を与えない。チャンスも与えない!!

 

 

 

『競争になるっ!! 一塁どうなるぅ~~~~!!!!』

 

 

倉持からの送球が一塁へ。駆け抜ける柿崎と小湊。

 

 

柿崎と小湊が一塁塁審を見る。そして――――

 

 

「アウトぉォォォ!!!!」

 

 

 

 

『アウトぉォォォ!!!! こちらもアウトだぁぁぁぁ!!!!』

 

 

 

走り終わって、天を仰ぐ柿崎。そして、

 

 

「ナイスプレー、倉持先輩、御幸先輩、春市!!」

 

ぐっ、とサムズアップで3人のファインプレーをたたえる大塚の姿。

 

打球は金丸と前園のチャージを警戒し、明らかに殺し過ぎていた。しかも、大塚には剛速球がある。打球を殺すことに集中していただろう柿崎。

 

そこで、あえて速球に近い速度で、それなりの変化をする、ある意味バントしやすい変化の小さい高速スライダーを選択した。柿崎は反射的にストレートのタイミングで打球を殺すつもりだっただろう。

 

そこに、ストレートよりも遅く、転がすには最適な低めのスライダー。低く沈む分、小フライになることもない。

 

 

彼は打球を殺し過ぎたのだ。

 

 

 

「まあ、しっかり一塁の送球カバーに回ったのは褒めてやるがな。ひやひやしたぞ。お前が投げて刺すと思っていたからな」

倉持は、大塚のタイミングで送球を待っていた。しかし、それよりも早い御幸の正面からの送球に驚きを感じていた。

 

その御幸だが、

 

「栄治。お前俺に捕らせる気満々だったな!?」

 

「僕が捕っていたら、まず送られていました。あの打球の転がり方を見た瞬間、御幸先輩に送球を任せたほうがいいと判断したんです」

 

「ま、結果的にそうなったし、最善だったかもな。それと助かったぞ、小湊」

 

「はいっ! もう隙は見せられない。次は必ずホームに」

 

ファインプレーの応酬となったこの回の攻防。今度は青道が沸いた。

 

 

 

しかし静まり返ると思われていた光南のベンチ、応援席は少しの間をおいてもいまだに勢いが止まらない。

 

「よく走ったぞ、柿崎!!!」

 

「切り替え切り替えっ!! まだロースコア!!」

 

「ちゃんと水分補給しろよ、則春!!」

 

 

「この試合で勝てたら、マジで○○もんだろ~~!!!」

 

「禁止ワード叫ぶなぁ!!!」

 

「下品だぞ!!」

 

「落ち着けお前ら!! さっさと守備に行くぞ!!!」

 

「まだまだこれからァ!!」

 

ベンチ、応援席から飛び交う掛け声。光南は相手のファインプレーで動じない。少しでもポジ要素があるなら、それを全力でポジっていた。

 

なんというポジティブ思考。なんという胆力。

 

 

青道もファインプレーに沸いていたが、光南の部員たちの強い精神力に気圧されていた。

 

「なんて奴らだよ、なんであれで――――」

金丸もその一人だった。

 

「あれが、夏の王者」

東条も渋い顔でその光景を見ていた。

 

ざわざわと、歓声が次第に尻すぼみになっていく中、

 

 

すっ、

 

 

応援席、そしてベンチに向き直る。

 

「大塚?」

御幸が、大塚はなぜ止まったのかを聞こうとしたとき、

 

 

大塚は自分の首付近に手を動かし、親指を立てたのだ。

 

 

――――俺は、ここにいる。

 

 

 

「マウンドには、俺がいる」

 

 

ここにいる。自分は負けない。チームを鼓舞するのがエースだ。ファインプレーが飛び交うこの試合を、この素晴らしい試合を落としたくない。

 

 

―――――僕はこの凄い試合に、勝ちたいっ!!!

 

 

熱いハートを心の中に。しかし透き通るような声で、大塚は言い放つ。

 

 

もしかすれば、彼が言いそうな言葉を想像して。

 

 

 

「ここからだよ、この試合は」

 

 

威風堂々と、大塚は勝利への執念を隠さない。

 

 

その背中は青道を背負っていた。

 

 

 


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