ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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凄かったなあ、ハマスタ三連続サヨナラ。


ドラフト最終章は作成中です。

降谷は横浜入り、背番号46に決めました。


第136話 お前のために

広島の光陵は、因縁の沖縄光南高校とのリベンジマッチに挑む。

 

 

 

光南はここで、エース柿崎の先発を回避。アンダースローの木場をマウンドに。面食らった光陵は絶妙な間を維持する彼の投球の前に凡打を重ねていく。

 

 

気づけば、7回まで投げられてしまい、ヒットも散発5安打に抑え込まれる異常事態。淡々とアウトを取られていく光陵打撃陣は、余計に悪循環に陥っていた。

 

 

 

一方光南打線は夏とは違う粘りを見せ、初回は2番白井が成瀬のスクリューを引っ張り、右中間を襲うツーベースを放ったのだ。

 

「!!」

インローボール球。その球を打たれた。自信のある決め球を捉えられた成瀬が乱れる。

 

ネクストバッターの権藤を意識してしまったのか、3番清武には痛恨の四球。

 

今年の夏、ホームランを打たれたバッターとの対決で、

 

『痛烈ぅぅぅ!!!! ライト一歩も動けない!!! ホームラン!!』

 

『低めのスクリューを掬いあげましたね。狙われていましたねぇ、これは。』

 

『夏の甲子園で快投を見せた相手にいきなりの3失点。苦しくなります、マウンドの成瀬!!』

 

天敵光南の主砲権藤豊の一撃で、まずは3点を奪われてしまう成瀬。一年間安定感を内外に見せつけていた彼のありえない初回失点に、観客は騒然となった。

 

 

夏の甲子園でも権藤の一撃によって沈んだ成瀬。リベンジならず。

 

 

 

世代ナンバーワン左腕といわれた彼が、王者に手痛い一撃をもらう。しかも打たれたのは、彼の自慢の決め球でもあったスクリュー。

 

 

――――スクリューが少しでも甘く入ると、こうなのかよ

 

 

夏に比べて、馬力が上がった。だが、王者はさらに力を磨いていた。そして投げ切れなくなったところを、一振りで仕留められた。

 

各校のライバルたちも、成瀬が立ち上がりに3失点したことに驚きを隠せない。

 

「ああ。打たれたぞ。成瀬がスクリューを打たれた。」

 

「4番権藤豊。打棒が止まらないぞ。特にインコース、入ってくる変化球は危険だ」

 

「青道の沢村と明暗が分かれたなぁ。奴はずっと右肩上がりだろ、秋は」

 

「だが、あのインローの難しいボールを掬い上げる技術は、狙わないと無理だ」

 

『けど、成瀬はスライダーの精度が今一つだからなぁ』

 

『ああ。打ち取るボールがなかったな』

 

柿崎だけが注目されていた王者光南。しかし、光南の主砲が陽の目を浴びることになる。

 

 

光陵の成瀬はその後もランナーを出す苦しい投球。特に、左打者への投球に不安を残し、被安打7の内、5つが左打者と課題を残した。右打者に対してはスクリューが機能したのに対し、左打者への対応を冬の合宿で克服する必要が出てきた。

 

「くっそぉ、また噛ませ役かよぉ!!」

何とか6回を投げ切った成瀬だが、フラフラの状態。しかし彼にも意地があったので、初回の一撃以外は得点を許さず、最後の一本を許さなかった。

 

「スライダーの精度を上げていかないとな」

主将の木村は、外へ逃げるスライダーを痛打された場面があったことを思いだし、合宿での課題を彼に突きつける。

 

「ああ。選抜こそ、選抜こそ俺らがぁぁ!!!」

 

 

7回からは2年生右腕の久保がマウンドに上がるが、その投球がピリッとしない。スライダー、フォーク、シュートを駆使する本格派だが、それまで抑えられていた光南の右打者が息を吹き返し、7回にタイムリーヒットで1点をまず奪われてしまう。

 

「成瀬はこんな打線と6回まで戦っていたのかよ」

 

 

その後は落ち着いた投球。7回の失点以外はスコアボードにゼロを並べた2年生久保。味方の援護を待つ。

 

 

しかし、光南高校も8回から一年生の岩田を投入。落差のあるフォークと、力のある真っすぐを武器に、光陵打線を抑え込む。

 

最終回、岩田はエラーの絡んだ失点をし、一点差に詰め寄られるも、二年生濱中が最後を締めた光南。

 

接戦をものにした光南が勝利した。

 

 

 

 

王者光南が力を見せつけた。夏の甲子園では投手戦を演じた両校だが、この神宮では明暗が分かれてしまった。

 

「―――――スクリューの軌道上、どうしても左打者の内に入ってくる軌道ではあるけど、ここまで徹底できたのは大きいね」

大塚は戦評を総括する。

 

この7安打を説明するには、成瀬の左打者への対応に不備があったことがあげられる。左打者に逃げていく変化球、そして、内角を突くボールがなかった。スライダーという球種があるにはあったが、そのボールは悉く甘いコースになり、痛打された。

 

4番権藤にはインローのスクリューをうまく運ばれ、一層決め球を使う機会も減ってしまった。その後は四死球を出しながら粘ってはいたが、球数が嵩んで6回で降りてしまった。2番手の投手も頑張ったが、勝機は失われていた。

 

 

 

「右打者、左打者で細かく役割をかえていたのも、成瀬がリズムに乗れない要因だったかも。俺も負けられないな」

右打者は粘り、左打者は甘く入ったスライダーと速球を痛打する。中でも上杉が両方の役目を果たせたことが大きかった。同じ捕手として、攻撃でここまで貢献できた彼にライバル心を覗かせる御幸。

 

「せや、あのスクリューは確かに右打者には脅威かもしれん。けど、左打者には内角に入ってくる危険なボールになる。打席の違いで攻め方も変わり、影響があるのを見せつけられた気分や」

前園も、細かな野球をする光南と、餌食になった成瀬を見て、右左の重要性、そして球種によるそれぞれの打席への影響力について深く考えた。

 

 

 

 

 

 

「―――――強いな、光南は」

大塚は、思う。強打というほどの打力があるわけではない。だが、エース柿崎を中心とした投手陣を誇る彼らは、間違いなく強敵だった。

 

これで、柿崎は万全の状態でこちらに投げてくるのだ。夏の甲子園の様に、疲労困憊の彼ではなく、全力全開のエース級と戦うことになる。

 

言うまでもなく、僅差の試合になる。

 

 

「ああ。沖田不在でどこまでやれるか、じゃねぇぞ。」

御幸はたぎっていた。勝利への渇望、大舞台での悔しさを経験し、彼は変わった。

 

 

「それは俺たちも同じだ、御幸。」

白洲も静かに燃えていた。この寡黙な男も、神宮での戦評については聞こえていた。

 

 

攻守の要、沖田道広を欠いた青道。夏の甲子園で柿崎に食らいついた男。青道の名を一気に全国区に押し上げた原動力の一人がいない。

 

対して、光南は全国メンバーが残り、柿崎の負担も減った万全の状態。秋季大会で名を挙げた前園、大塚でもそう簡単に打つのは難しいだろうと。

 

 

そして最後は、夏の甲子園の結果通りの現実が待っているだろう、簡単な予想。

 

「僕らの夏が終わった試合。その相手。まず神宮で、王者の椅子を奪いましょう」

温厚な東条でさえも、光南とくれば話は別だ。

 

青道メンバーが一番知っている。

 

 

頂点を取るために、誰よりも汗を流し、

 

その頂点に最も近い場所で、涙を流したのは、

 

 

――――俺たち、青道だ

 

 

本当の意味で、王者になるための試合が明日、待っているのだ。

 

 

一方、神宮では出番のない横浦高校。

 

そのトレーニングルームで汗を流す選手が二人いる。いずれもドラフトで指名を受けた選手である。

 

「光南はさすがに強かったか」

ベンチプレスを黙々とこなす坂田久遠は、神宮での光南の戦いぶりを見て、少し悔しそうだった。

 

横浦の前主将の坂田久遠は、身売り騒動に揺れ、新たな球団となった今季4位の横浜denaビースターズに1位指名を受けていた。

 

ライバルである神木鉄平は大阪ブルーバファローズに1位指名を受け、リーグは違うが互いの健闘を誓いあっていた。

 

「楠を連投させなかったとはいえ、関東大会は残念だった。まあ、選抜確定させたらあとは調整だし、チーム事情で無理をする時期じゃないし」

 

岡本達郎は同じくパ・リーグの西武ホワイトライオンズの3位指名を受けることに。

 

楠を連投できない事情のせいで、関東大会は白龍に不覚を取ってしまった横浦。選抜は確定しているが、リベンジを狙う。

 

 

「だが、相手先発の木場はなかなかやるな。あそこまでの軟投派は逆に打ちにくい」

 

高低差を利用したあの投球は、ハマればそうそう崩すことはできない。ああいう曲者はプロにもいる。

 

「今年は大卒、社会人の指名が多かったな。数少ない高校生組として、結果残したいよなぁ」

 

広島デミオーズに舘広美3位指名を受け、北海道ソルジャーズに4位指名の原田雅功がいる。後は横浦高校が撃破した高校生選手が数人指名されただけ。あとはリードオフマンの乙坂が選ばれたくらいだろう。

 

 

 

坂田、神木を即戦力とみられているのに対し、ほかの高校生は素材型とみなされている。岡本としては悔しい評価である。

 

「うちは高卒が多かったがな。横浜の4位の桒原将史。奴を覚えているか?」

坂田は、横浜に4位指名された一人の選手について語る。

 

「ああ。関西遠征第3戦の相手だったな。フェンスオーバーの久遠は問題なかったが、他は悉く球際の打球を捕られたなぁ」

 

大阪の清正社に二けた得点をした後の次の試合、京都の強豪校に所属していた彼は、横浦戦でファインプレーを連発。坂田の2ホーマーは防げなかったが、鋭い当たりを好捕し、スカウトの目に留まったのだろうか。

 

「和田はいつも通り炎上していたが、ジャストミートした打球が多かったな」

トレーニングを終えた二人は、軽い世間話をしつつ、キャンプに向けてトレーニングを続けるのだった。

 

 

一方、準決勝の結果を見届けた青道は、青心寮にて宿敵に対する対策を講じていたが、

 

「柿崎投手の投じる球種は大塚君並です。」

 

スライダー、カットボール、カーブ、ツーシーム、チェンジアップ、フォーク。秋季大会でさらに進化した、最速153キロのストレート。

 

その日の調子に合わせて投球を組み立てる高い修正能力を誇り、巨摩大藤巻打線に対しては緩い大きなカーブとツーシーム、カットボールを中心に組み立てる投球で、奪三振は8つながら安定した投球を披露。

 

ストレートがあまり走らなかった試合でも、それを補える総合力。それは夏でも同じだった。

 

「右打者に対してはフォーク、チェンジアップ、外のツーシームの割合が高いです。打者から逃げる変化球をどこまで見極められるか。ただ、カウントを取る際に外から曲げてくるスライダーを投じてくるので、スライダーの制球に自信があるようです。」

 

苦しい時に、外のスライダーでカウントを整えてくる。右左関係なくスライダーは決め球ではないが、軸の一つであると渡辺は語る。チェンジアップの精度は低く、フォークは落差があり、なおかつ鋭い。しかし、低めに外れやすい。

 

甘く入った、落ちないフォーク、つまり半速球はあまりないという。

 

「そして、ストレートへの影響を考えて、好調時はほとんどカットボールを投げません。」

フォーシームへの悪影響を考えてなのか、球が走っているときは動く速球を投げない傾向にある柿崎。

 

 

「一方、左打者にはスライダー、カーブの変化球が多く、低い確率ですがツーシームを両サイドに投げる傾向にあります。特にカウントを取る際にスライダーとストレート系の割合が多くなるのでセンターから逆方向の意識が重要ですね。」

カーブの比率はストレートが良い時は極端に減るそうだ。逆に悪いと、光陵戦の様にカーブの多投が多くなる。

 

しかし、左右関係なくフォークは使う。追い込んだ際は、速球とフォークの見極めも重要になる。

 

 

 

渡辺はその後、表情を曇らせ、柿崎復活の要因には理由があると語る。

 

「中でも厄介なのは、ピンチの場面でギアを上げてくるストレートです。まずはランナーがいない時のフォームです。」

 

一同は、柿崎の投球フォームを映し出された画面を見る。

 

 

ランナーなしの状態では下半身主導のフォーム、夏に比べて力感が少ない印象だ。

 

 

しかし、ランナーがいるときは、

 

 

「右足がぶれている? 荒くなるのか?」

御幸は、柿崎の前足が後ろに引いていることに気付く。投げた瞬間に前足が浮き、後ろに下がっている。まるで地面をひっかくような動作。

 

「これです。目に見える変化だったのですが、原理がよくわからず、大塚君に相談したところ、このフォームではストレートの球威が格段に上がっていることが判明しました。」

 

渡辺は、ここから大塚に説明を任せる。

 

「後ろに前足を引く動作、これは見た感じではバランスを崩しているように見えます。しかし、これは左腕を投げおろす力を増す動作でもあるんです。」

 

柿崎のギアチェンジ。踏み出した左足が地面に着いた後、前に力を出していくタイミングで足を後ろに引いていることがこの映像から伺えると大塚は説明する。

 

「無論欠点がないわけではありません。威力のある真っすぐを投げるにはいいですが、かなり下半身にくる投げた方です。これは柿崎投手が取りに来ている。それこそが、チャンスでもあるんです」

 

下半身に負担の大きいフォーム。だから連発はできない。いかにタフネスとは言えど、高校生の投手だ。

 

「勝負所で柿崎投手は強いストレートを投げたい。そんな思いがあるからこそ、配球は単調になるであろうこと、そしてコースも甘くなることです」

 

力押しだからこそ、コースも甘くなる。ごり押しになる。

 

 

そして解説は渡辺に代わり、

 

「チャンスの際は、厳しいコースのストレートはひたすらカットして、甘く入った変化球を捉える。半速球になりやすいスライダー、フォーク。そのいずれかに、右左の打者、状況に応じ、狙いを絞るべきだと考えています。逆に、ストレートはかなり伸びてくるので、1巡目は球筋を見るほうがいいかもしれません」

 

コースに決まったフォーシームには押し負けてしまう確率が高い。しかし、速い変化球が真ん中近辺に集まるなら話は別だ。

 

渡辺はストレートを打つなら、甘く入る以外の条件下でなければ凡打になりやすいと予測していた。

 

 

 

「そして、柿崎投手のフォーシームの伸びがいいと、粘るのも難しいかもしれませんが、カット、ツーシームの割合が減ります。ここは本当に頭を使って投げているのがわかります」

 

 

「ランナーなしの時は、右打者の際、打者有利カウントでは外にカウントを取ってくるスライダー、外のツーシームをライト方向、もしくは甘く入った速球をどんどん振るべきでしょう」

 

好投手に追い込まれると、狙い球を絞れなくなる。カウント玉と甘い球をしっかりスイングしてヒットを打つというのが青道の狙い。

 

「左打者も逃げていくスライダー、フォークを逆方向に打つ感覚です。高めに来た際は迷わず引っ張ってください。投手はフルスイングされるコースにはあまり投げたくないそうなので」

 

横目で大塚をちらっと見て、作戦を講じる渡辺。

 

「そして、こちらの作戦がばれた時、フォークを連投してくるでしょう。おそらく中盤になるとは思いますが、低めをいかに見極めるかがポイントになります。」

 

 

先程から大塚と渡辺で柿崎攻略について部員や監督たちの前で説明をしているのだが、全員が静かに話を聞いていた。

 

「え、えっと」

恥ずかしくなった渡辺が言葉を濁す。

 

 

「いや、ナベと栄治の攻略法は細かいけど、理に適っているなぁ、って思ってさ」

御幸は聞き入っていたようで、感心した様子だった。

 

「ふむ、スコアラーとして食っていけるぞ。後は実績を作れば青道の監督コースだ。」

落合も大塚との合作とはいえ、渡辺の洞察力と分析力に舌を巻く。後は、1軍昇格さえ実現したら、監督の椅子は約束されたようなものだと。

 

「強いチームには優れたブレインがいるっていうし、渡辺先輩の分析力は本当に素晴らしいです」

東条も、この作戦について暗記するためにメモを書きとっていた。

 

メモを書いていたのは川上、御幸、小野、小湊、東条、白洲、狩場。

 

 

麻生と倉持、樋笠、前園が白洲に、

 

金丸と降谷、沢村が東条、狩場に、「後で写させてくれ」と頼み込んでいる。

 

 

金田、三村、川島らは渡辺に直接聞きに行くほどで、この説明は柿崎攻略だけではなく、考えて野球をする下地にもなる。

 

 

後に、渡辺コーチが就任する頃になると、片岡監督の右腕としてデータ野球、考える野球を実践する最先端として、日本屈指の名門校に成長することになる。

 

尚、片岡監督はその頃にはさすがに結婚しているはず。しているったらしているんだから。

 

 

 

話は現在に戻り、沢村、降谷、川上ら投手陣は柿崎から投球のヒントを得るために情報をあさり、選抜に向けての調整に努めていた。

 

 

「出番がないとは限らないんだよ? いいの?」

渡辺が一同に聞くと、

 

「どうせ大塚が完封するし」

 

「点を取られるイメージがわかない」

 

「ギアチェンジのリスクを知っている大塚が、迂闊な投球をするはずがないだろ」

 

「大塚はうちの主力だし、大塚が打たれたら俺に出番はないな」

 

「出たいけど、ベンチに入るので精いっぱい」

 

沢村、降谷、川上、川島、金田と続き、納得してしまう渡辺。

 

 

――――神宮は背番号18だけど、みんな大塚君の力を信じてる

 

たとえエースでなくても、彼は不貞腐れず、自分の役割を全うする。実力を誇る選手がそうなのだ。下手な自分もうかうかしてられない。

 

―――沖田君が大塚君の知り合いの人に鍛えてもらっている。

 

何かを変えないといけない。自分もやっぱり試合に出たい。渡辺の心に火が付く。目の色が変わったといっていい。

 

 

それを見ていた大塚は、

 

 

――――そうですね、渡辺先輩は、一番二年生の中で頭がキレる。でも、惜しい。あと一年……

 

この人が実力を持てば、面白いかもしれない。実戦に出て、考えて野球が出来る選手は貴重だ。もしベンチに入るようならかなり面白い存在になる。

 

真面目で、練習にもついていけるガッツがある。彼に足りなかったのは、特待生に対する劣等感、自分がいていいのかという不安だった。

 

しかし、今の彼は違う。何かを決意したような貪欲な目だ。こういう目をする選手に目がないのが大塚だ。

 

――――来年の新入生は面食らうだろうね。けど、惜しいな、ホントに……

 

頭の良さが惜しい。彼には時間がない。大学で化けるか、どうかだろう。恐らく、一軍で姿を見ることはない。

 

しかし、彼は野球部に素晴らしい影響を与える。それだけは断言出来る。

 

 

考える野球という下地が、下位の選手たちにも影響を与えていく。この高校のベンチに入るには、センスだけでも、パワーがあるだけでもだめだ。

 

練習の成果をしっかり出し切れる選手、その応用が出来る選手でなければならない。

 

 

 

高校1年生、しかも入学当初にそれができる選手はあまりにも少ないだろう。頭のいい捕手、守備の上手い外野手、内野手ぐらいだろう。

 

野球脳の高い選手は、この一軍争いに割って入れるだろう。打撃は才能もあるが、読んで打つことも重要。作戦は上層部が考えるのだから、今はしっかりスイングできるかが重要なのだ。

 

 

このチームは、強くなってきた。しかし、まだ足りない。

 

――――光南相手に僕が、柿崎に投げ勝てるか。

 

その原因は、自分だった。バックを信じ、マウンドに君臨するのではなく、チームに期待をされて、背中を押されている柿崎の姿が、夏から忘れられない。

 

全国制覇を掲げる青道にとって、避けては通れぬ相手。あの光陵の成瀬が攻略されたのだ。2番手も充実し、その投手で光陵打線を下した。

 

 

勝たなければならない。

 

 

 

 

 

 

「大塚君?」

 

帰宅時に、大塚は春乃に声をかけられる。明日は試合で、大塚は自宅通学。調整を万全にした後は準備に備えるだけだった。

 

 

暗い考えを瞬時に消した大塚は、悟られぬように春乃に声をかける。

 

 

「そうだね。一緒に帰ろっか。」

 

ちょうど、沖田のお見舞いに向かいたいと考えていた。あの時はちゃんと言いたいことを言えなかったが、今は大分落ち着いたと自分でも考えている大塚。

 

「沖田のお見舞いに行くんだけど、少しあの花屋に寄ろうと思う」

 

「あの子がいる花屋? もうすっかり贔屓だね。」

春乃も、すっかり常連になってしまった大塚を見て微笑んだ。理由やきっかけは些細なものだったが、この縁はなくしたくないと思う、そう大塚は考えていた。

 

奴の想い人の店なのだ。少しは売り上げに貢献してもいいだろう。

 

東京は広いようで狭い。中央線に乗り込んですぐに渋谷についた二人は、その店にまず向かう。沖田がお世話になっている病院も渋谷に近いのも理由だ。

 

「あら? 久しぶりね」

すぐに店の主である彼女の母親が出迎えてくれた。どうやら彼女のほうは留守のようだった。どうやら、神宮期間中に修学旅行があるそうで、関西圏のほうへと旅行中だという。

 

「沖田君、無事でよかったわ。あの後、本当に後遺症もなくて安心した」

 

「ええ。僕も正直、その直後は生きた心地がしませんでした。ですが、彼が我慢して3週間を耐えているし、リハビリもやる気十分です。選抜にはきっちり合わせてくるでしょう」

 

「本当に強い子ね。頭にボールが飛んできて、それでも打席に立ちたいとすぐに言っちゃうぐらいだもの。けど、そんなタフな男の子を娘は好きになったのね」

困ったような笑みを浮かべる女店主。しかし、嫌な感じは一切なく、むしろ娘の新しい一面を引き出してくれた恩人に対しての笑みでもあった。

 

退屈そうに、毎日を過ごしていた彼女が、少しずつ夢中になっていくもの。残念ながら野球をできる、というわけではないが、人生の楽しみが増えてよかったと心から思う。

 

 

「そうですね。けど、きっとそれ以上に沖田は優しいですよ。身近な人には特にそうですから」

 

仲間が悩んでいる時に、手を差し伸べることを躊躇わない。騙されそうな一面もあるが、本当に誠実な男だ。

 

――――彼女が出来てさらに隙の多い奴になったけど

 

「なら安心ね。それで、今日は閉店間近だけど、どんな花を御所望かしら?」

チャーミングな笑顔で、花屋の奥さんに変身する女性。

 

「そうですね。サザンカはまだありますか? 冬の花なので、時期的にもこれがいいかなと」

 

「そうね。サザンカ……沖田君にはぴったりなお花ね(娘も修学旅行前に渡してしまったのよね……)。」

 

「ではそれでお願いします」

知らない大塚は間髪入れずにサザンカを購入。しかし、知っても後悔はしない。

 

「毎度贔屓にありがとうございます!」

 

 

 

 

その後、病室にて沖田にサザンカを渡すのだが、

 

 

「おおう。サザンカはこの時期来るよなぁ。」

 

「なんだ。あの子もサザンカを持ってきたのかぁ。あの人多分知ってたね」

しかし言葉とは裏腹に、あまり気にしていない大塚。

 

「けど、サンキューな、栄治! こういうのって、気持ちがこもっていると、やっぱありがたいんだよなぁ」

ケラケラと笑う沖田。本当に病室に缶詰めなのに、沖田はよく笑っている。無理をしているのだろうか、辛い顔を見せたくないのだろうかと勘繰ってしまう。

 

「沖田――――その」

先の言葉が続かない大塚。それを見ていた春乃は、

 

 

「――――栄治君、私は少し席を外すね」

にっこりと、栄治の背中を押すようにごく自然な所作で病室を出て行ってしまった。

 

「―――――敵わないな、あの子には」

気を遣われてしまった。別に春乃がいても変わらないのだが、それでもちゃんと1対1の状況を作り出してくれた。

 

恐らく、彼女は自分の悩みすら見透かしていたのかもしれない。

 

 

 

「ああいう風に少し後ろについて歩いてくれる女の子は貴重だぞ~天然記念物だぞ~、絶滅危惧種だぞ~。だから大事にしろよ、栄治。」

リア充の仲間入りを果たした沖田が調子の良いことを言ってくれる。

 

「そのつもりだよ。僕が、あの子を幸せにしたいからね」

言ってくれる、と大塚は苦笑いするも、もはや隠す必要のない本音をさらけ出す。

 

 

しばらく間が空く。大塚も言いたいことを中々切り出せないでいる。すると、

 

 

「―――――確かに出場できないのは辛い。けど、お前らが試合に出て、勝ってる姿はほんと嬉しいし、負けそうになったら悔しい。今は、純粋に野球を見ることができているんだ」

 

レギュラー争い、名門の誇り。そういうものから解放されて、今は純粋に野球を見ることができている。初心に帰ることができている気がする。

 

 

沖田は、そんなことを口にしていた。

 

 

「色々なことを考えて、今は出来なくて。一つ一つのプレーに関して注意深く見るようになった。野球が出来る時間のことを、真剣に考えるようになった。一つのプレーに感動できる自分に、純粋な…昔の原点に、戻れた気がする」

 

轟の準決勝、あれは痺れたなぁ、と沖田は口にした。

 

「楊のワイルドピッチも、何が起きたかわからなかったぞ。他の地方大会も、いいプレーがたくさんあったし、高校野球は本当にタフで、強いやりがいがある。」

 

 

 

 

 

「野球って、やっぱいいな!! プレーするのも、見るのも、どっちも楽しい!」

 

 

 

 

何かが、はまった音がした。何かが、背中を走ったような、そんな感覚だった。

 

 

 

 

 

「―――――野球を、楽しむ」

目からうろこが出そうな言葉だった。自分は、高校野球で心から楽しんだことはあったか。

 

全ては勝つためだった。

 

稲実戦も、勝つことを考えていた。

 

横浦戦も、決死の覚悟だった。

 

秋季大会も鵜久森戦までは、思い出したくもないメンタルだった。

 

そして沖田の為にと、また義務感で動こうとしていた。

 

 

未来は決めつけちゃいけない。それは、自分を縛る行為だと気づいているのに。

 

勝利への執念すら、義務感にまた塗り替えてしまうところだった。

 

そんなメンタルで、奴に勝てるわけがない。光南に勝てるわけがない。

 

―――勝利するために必要なこと、それは自分が勝ちたいというエゴ。

 

自分の心の中から湧いて出た、自分のための、勝利への執念。

 

決して、誰かのためにという理由だけでは届かない。

 

 

 

「だめだなぁ。すぐに他人を理由にしている自分が嫌になる」

少し投げやりな苦笑いになる大塚。大一番、リベンジの相手。いろいろなことを考えてしまう。

 

沖田はしばらく大塚の独白を黙って聞き、口を開いた。

 

 

 

 

「それも理由でいいと思うぜ。」

あっさりと、沖田は自分を否定する大塚を肯定した。

 

 

 

「―――――え?」

 

 

 

 

「そのうえで、お前も野球を楽しんで来いよ。神宮の決勝なんて、そうそう行くことはできないぞ! 神宮決勝を笑顔で終わろう、なんてな!! つうか、俺が青道に負けてほしくないんだよ!」

ニッ、と笑う沖田。

 

 

彼は今言っていたじゃないか。一つ一つのプレーを楽しめと。全国の晴れ舞台。決勝なのだからと。

 

――――ここまで来たのは、みんなが力を出し切ったから。

 

 

ならいつものように自分の力を出し尽くせばいい。口で言うのは簡単だ。

 

しかし、沖田の言葉でそれが遠いことを実感した。

 

 

「――――今すぐには、今の僕には無理だ。けど、努力、してみる」

 

自分は沖田のような境地には至れていない。柿崎の様に、沖田の様に、轟の様に、自分は天衣無縫のような極地には至れないかもしれない。

 

 

だが、憧れてもいいじゃないか。目指したっていいじゃないか。

 

 

「精一杯、明日は投げるよ」

 

 

 

 

病室の外で二人のやり取りを見守っていた春乃は。

 

――――やっぱり、プレーする人しか入り込めない空間は、あるんだ……

 

彼との距離が近くなった。それでも絶対に入り込めない場所があるのを彼女は知っている。

 

 

――――それでもいいんだ

 

 

危うくて、少し頼りないところもある彼女の想い人。

 

大塚栄治のがんばっている姿に、隣にいる大塚栄治だからこそ、自分は夢中なのだと。

 

「――――頑張って、栄治君……頑張って、沖田君」

自分にしか聞こえない声で、二人の盟友のやり取りを見守り続けるのだった。

 

しかし、

 

 

「いいよなぁ、春乃ちゃん。お前のことだけじゃなくて、俺のことも頑張って、だってさ!」

 

「――――本当に、僕の幸運の象徴だと思う。自慢の彼女だよ」

病室から聞こえる二人の声に、彼女の心臓が跳ね上がった。

 

 

「え、えぇぇぇ!? 聞こえていたの!? なんでぇ!? なんでっ!? ちゃんと小さくいったのに!!」

 

 

「残念ながら、しっかり耳で聞ける音量だったよ。けど、ありがとう、春乃」

 

 

「女性の声は、高いからならぁ。こういう人気のない場所だと、よく響くんだ。」

 

 

その後大塚の胸の中で顔を隠し、数分間動かない吉川だったが、その自分が行った顔の隠し方にさらに赤面して、今日の夜は大塚の顔をまともに見ることが出来なくなってしまった。

 

 

かくいう大塚は、ニコニコしながら春乃を家まで送り、ニコニコしながら帰宅し、ベッドで横になるまでニコニコしたままだった。

 


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