ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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ここまですんなり書けました。

大塚君の打撃理論がようやく決まりました。


第134話 爆発する才能

11月14日。神宮大会準決勝。青道高校対白龍高校。

 

プロ注目の左腕沢村栄純対美馬総一郎。

 

『さぁ、残すところ3試合となった神宮大会高校の部。機動力野球が制するのか、それとも公式戦で完全試合を達成したノーヒッターが抑え込むのか』

 

『沢村君は秋季大会終了後も調子を維持するどころか、上がっている感がありますからね。』

 

 

『ええ、秋季大会でも投げるたびに投球内容も上がってきて、あの完全試合ですからね』

 

 

青道野球部のオーダーが、神宮の電光掲示板に出そろい、同時に白龍高校のほうも出そろった。

 

1番 右 東条

2番 二 小湊

3番 中 白洲

4番 左 大塚

5番 一 前園

6番 捕 御幸

7番 三 金丸

8番 投 沢村

9番 遊 倉持

 

前日の御幸外しも度肝を抜くオーダーではあったが、御幸が6番で先発出場。守備に専念するうえで彼の負担が減るのはいいことだが、今大会成長を続ける前園の調子を考えての起用法か。

 

サプライズは、なんといっても4番レフト大塚。投手として投げる予定はなさそうだが、その打棒は秋季大会でのサヨナラスリーラン、神宮での2試合連発弾。

 

「おいおい、大塚が4番だぞ」

 

「見てねぇのかよ!! 前園と並んでえぐい打球を飛ばしていたぞ!!」

 

 

1番 遊 九条

2番 左 宮尾

3番 中 美馬

4番 一 北大路

5番 捕 伊藤

6番 三 本多

7番 右 五十嵐

8番 投 王野

9番 二 漆原

 

対する白龍は俊足打者を配置する布陣。今大会当たっている美馬を中心に、機動力野球で沢村に対抗する。

 

初回、沢村に白龍の足が襲い掛かる。

 

―――〆た、内野ゴロ!!

 

「うおっ!」

 

 

左打者が敢然と駆ける姿に驚く前園。九条の打球は倉持の正面だったが、際どいタイミングだった。

 

―――ツーシームで打たせるのも少しリスクがあるな。

 

転がせば何かが起こる打線だ。相手もそれを分かってゴロの打球を狙っている節がある。

 

 

続く右打者の宮尾には得意のチェンジアップで優位にカウントを進める

 

――――これが、沢村のチェンジアップ!!

 

落ちるチェンジアップ。このボールを意識した瞬間、ストレートへの対応は難しくなり、

 

 

134キロのストレートの後の緩急。アウトコースストレートに振り遅れた。

 

 

――――高さも、伸びも申し分なし。だが問題は―――

 

 

御幸の視線には、問題の男、美馬総一郎。

 

 

――――初球はスライダーから、背中から変化するボール

 

 

美馬の背中を狙う、横のスライダー。変化でインコースに決まれば言うことがない。

 

 

『初球スライダー! インコースに決まったストライク!!』

 

背中にぶつかるのではないかという軌道から、インコースに決まるスライダーに手を出さなかった美馬。初球から難しいボールには手を出してこない。

 

 

続く2球目。

 

『スライダーを続けるがボール!! 外に外れたボールに手を出さず!』

 

続くスライダーの連投。今度は外に外れてボール。美馬は少しだけ反応したが、バットまでは出さない。

 

――――大きい変化を見せた。あとは小さい変化で凡打を狙う。

 

内に構える御幸。ここで要求したのはツーシーム。厳しいコースに動くボールで凡打を狙った。

 

 

――――速球!!! 予測通り

 

沢村の決め球の一つでもあったフォーシーム。彼はこれで三振を奪うことが多かった。美馬の目には、直前までそれが真っすぐに見えたのだ。

 

 

しかし、

 

 

――――ぐっ!? 

 

ジャストミートした感覚では無い打球の感覚。詰まらされた、芯を外された時の感覚が彼を襲う。

 

 

打球にこそ勢いはあったが、セカンド正面。小湊が難なく守ってセカンドゴロ。

 

 

――――癖玉か。想像以上の変化だな

 

打ち取られた美馬は、大塚栄治を差し置いて、エースナンバーをつけている投手の評価を上方修正する。

 

――――このレベルでエース争いをしているのか、大塚栄治と沢村栄純は

 

 

大塚栄治の不調も理由にあっただろう。だが、エースになった沢村は消去法エースでその座に就いたわけではない。

 

 

彼は実力でエースナンバーを大塚栄治から奪い取った投手なのだと。

 

 

スリーアウトを取った後、沢村はベンチに帰る際にある言葉を思い出していた。

 

 

――――左投手がもうワンランク上に行きたいなら、左打者の内角を攻める必要がある。

 

落合と、大塚栄治の両者に共通した言葉。アウトコースのスライダーをより活かすために必要なインコース。

 

広いゾーンで勝負できることで、投球の幅が広がり、引き出しも多くなる。打者は狙いを絞りづらくなる。

 

あの好打者と言われていた美馬を簡単に打ち取れたことで、今まで以上に両サイドの投げ分けを意識した沢村。

 

「ツーシーム、程よく変化していたし、今日はどんどん使うぞ」

 

「うっす。」

 

御幸からも合格点の新たな武器。左打者の多い白龍相手にキーになるであろうボールだ。

 

 

しかし、冷静に投球を分析している青道の一方で、この勝負の反響は大きかった。

 

 

美馬相手に堂々たる投球。物怖じしないインコースへの攻めで、まず初対決を制した沢村の想像以上の出来に、スカウトたちは唸っていた。

 

 

「あの美馬を簡単に打ち取ったぞ」

 

「ああ。自慢の快速も、野手の正面、あんな打球じゃ厳しいだろう」

 

 

「今のはツーシーム。しっかりと左打者のインコースを付く制球力もある。そして、右打者のインコースもしっかり投げ込める。」

 

「球速では140キロに届くかどうかだが、関係ないな。ここまで常識を馬鹿にした投手はなかなかいない」

 

「金属でこれだからな。木製でさらに本領を発揮するぞ」

 

 

スカウト陣の手が自然とメモ帳へと伸びていく。

 

 

 

 

 

裏の回の青道の攻撃は、一死から小湊が出塁し、白洲の進塁打で4番大塚にチャンスで回る。

 

 

白龍先発はエースの王野。

 

『さぁ、2試合連発中の二刀流大塚の打席。初球スライダーを見送り、ストレートが外角に決まって1ボール1ストライク!』

 

 

外角に慎重な入り。ピンポイントに外角を攻める白龍バッテリー。大塚も積極的な打撃を見せない。

 

続く内角、ボール球のシュートに反応する大塚。

 

明らかなボール球。追い込まれていないにもかかわらず、無理に手を出すボールでもなかった。

 

 

「「!!」」

しかしバッテリーの顔色が蒼白になったのはその打球を見た瞬間。

 

 

 

 

 

 

鋭い金属音とともに、打球はレフトポール際まで吹き飛んでいったのだ。ふつうはその前に切れてファウルになるようなコース。

 

 

そして大塚のような手足の長いバッターは、インコースを苦手とされているはず。しかし、あのコースをあそこまでもっていく。

 

 

バッテリーは悟った。

 

 

―――――インコースは続けられない。

 

甘く入れば今度こそやられる。

 

 

続く外角のストレートにもしっかり対応し、痛烈な打球がラインを越えてファウル。窮屈なインコースを攻めた後の、アウトローの難しいボールにアジャストしかかっていた。

 

 

白龍監督の佐々木は、大塚の打撃能力の高さに改めて舌を巻いていた。

 

――――内外角に王野は辛抱強く投げている。だがあの対応力の高さは何だ?

 

 

大塚ほどのパワーの持ち主が、金属を使うのも反則気味ではある。だが、あそこまで芯に近づけて打てる理由は何か。

 

 

そしてそれは、機動力野球を率いてきた彼らの天敵、前橋神木との戦いでも突き付けられた課題だった。

 

 

対応力。その力以外の何物でもない。

 

 

しかも、それは並の投手相手ではなく、屈指といわれるような実力者との戦い。

 

 

目の前の男は、その課題を体現する権化のような存在。尚も爆発的に進化を続けている正真正銘の怪物。

 

 

過去のデータはもはや意味をなさない。今の彼は原石が磨かれている最中。

 

この1回のスイングですら、彼は成長している。

 

 

 

そして、それは大塚自身も感じていたことだった。

 

成長を感じるたびにしっくりこない、バットを最短距離で出すというフレーズ。

 

一体それはどういうことなのか。バットを出す距離なのか、それともスイング軌道なのか。

 

――――常識、その常識を疑うべきだったね

 

単純に最短距離でバットを出し、スイング軌道を犠牲にしてまですることではないと至った彼は、凡退をしたときにそれに気づいた。

 

コンパクトに打つ。ひきつけて打つ。選球眼のいい打者は、これができる。それはなぜなのか。

 

――――彼らは“最短距離”で、バットを出せているからだ

 

彼らの多くに共通するのは、肘が体から離れていないということだ。悪く言えば窮屈に、よく言えばコンパクトにスイングしている。

 

さらに言えば、スイングの軌道は長い。つまり、彼らの言う最短距離というのは、“最適なスイング軌道”を維持するために、最短距離という言葉を使っているのではないかという疑問。

 

 

――――そのおかげで、今では余裕をもってボールを見極められる

 

そして現在、両サイドにボールを投げ込んでくる玉野の球をカットしている大塚。秋季大会は、気迫で打っていたところもあったが、今では技術で当てることができている。

 

まだ、その理論をうまく説明できないので仲間にも明かしていない。曖昧な意識ではあるが、これをしたほうがいいと感じている。

 

 

7球目も粘った大塚。初回から粘りに粘られている玉野に隙が生まれる。

 

 

―――――ほら、粘ればチャンスが来る。

 

 

甘く入ったとは言えないアウトコースの速球。コースも低め気味。しかし、粘りに粘られた投手が一番投げたがるコースでもあった。

 

 

大塚はそれを予測し、一番厄介なボールに目を付けた。それがハマっただけ。

 

 

前足の重心移動もシンプルで、軸のずれも起きない、新しく感じた感覚。

 

 

成長を続ける大塚のスイングは、軽々と王野のストレートを弾き返し、ライト方向へと消えていった。

 

 

「―――――――――――――なっ」

ポーカーフェイスを崩さないことで有名だった王野の顔が呆然となっていた。右中間の深い場所に突き刺さった打球を見て衝撃を受けていた。

 

 

――――甘くはなかったはず、なのに、あそこまで飛ばされた?

 

 

そして、大塚を化け物でも見るように見つめていた。

 

 

『ライト~~~!! 一直線~~~~!!!! そのまま突き刺さったぁぁぁ!!!』

 

『右打ちであの放物線ですか。高校生離れした打球ですね。』

 

外野を守っていた美馬も、大塚の打球を前に動くことができなかった。

 

 

 

――――見上げることしかできなかった。

 

 

これが1歳年下のルーキーなのか、素で疑いたくなる。

 

『これで大塚栄治、3試合連続ホームラン!! 勝負所でのバッティング、止まるところを知りません!!』

 

『みんな忘れているかもしれませんが、彼は投手ですからね。それを考えても素晴らしいスイングでした』

 

 

 

当の本人は、

 

――――重心移動、これも沖田に怒られるかもしれないけど

 

 

軸足の割合は、あまり意味がなかった。むしろ割合を気にしすぎて、バランスが崩れているとさえ考えてしまった。

 

――――違う、本当のバランスは、体の中心がぶれないバランス。

 

 

前足を上げたままでもダメ。軸足に残しすぎてもだめだ。一番重要なのは、前足が着地するまで体を支えられる軸足に強さが必要になってくる。

 

 

そして重心のバランスは、この両足の中心にある。真ん中でバランスが取れた瞬間にジャストミートすることこそが重要。

 

 

ほとんどが軸足で、前足を少しだけ前に動かしてバランスをとり、体の中心に重心を移動させることで、強い打球を飛ばす。

 

――――ドッジボール、している感覚かな。

 

ボールを避けようとするときに、しっかりと両足でバランスを取り、どんな球にも対応できるようにする。イメージに近いのは、そんなふざけた例えだが、これが大塚にはしっくり来た。

 

 

 

そして上半身は、特に両肘の関節が自分は柔らかいせいか、スムーズに手首を返すことが出来、気にならない。

 

 

――――コツといえば、右手でキャッチボールしているような感覚、といえばいいのかな

 

左腕は右腕の動きに連動して動く。こちらも両親譲りの関節の柔らかさのおかげで、問題がない。あくまで、ドアスイングにならない為に左手で矯正するのだということを、父親から聞いたことがある。

 

 

そうすると、沖田が意識していたツイスト打法は無意識に実行できた。

 

――――シンプル、王道こそ大正義だね

 

大塚は今の打席で悟った。やっぱりシンプルなものがベストだ。特に、右手でキャッチボールする感覚というのは、目から鱗が出たほどだ。

 

 

 

「―――――視線が痛いなぁ」

 

しかしどうだろう。少しニヤニヤしただけだというのに、周りは若干引いていた。

 

馬鹿げた打球速度と、馬鹿げた飛距離をたたき出した大塚に向ける目が変わっていた。

 

 

 

「―――――お、おう。とんでもないボールだったな」

御幸が引き攣った笑みを浮かべていた。

 

続く前園が外角スライダーをライト方向に痛烈な打球を飛ばし、フェンス直撃のツーベースを放つも、御幸が空振り三振で凡退。

 

しかし、4番大塚、5番前園の破壊力をまざまざと見せつける結果となった。

 

 

 

――――けど、内角打ちの達人の前園先輩だって僕と同じようなスイングなんですけどねぇ

 

 

大塚と前園の現在の打法はあまり違いがない。だというのに、どうしてこうも視線を集めるのか。

 

 

大塚は自分に注目するなら前園先輩のほうも見ろと不満げだった。

 

 

 

 

 

「ゾノ先輩、明らかに打球の質が変わりましたね」

前とは大違いだ、と感じ入る大塚が本人に尋ねる。

 

「せやな。無理に逆方向を意識せんくなったんが、いい方向に行ったんやろうな。懐にボールを引き付けて、強くたたく。強い打球を飛ばす。それが今の結果につながったんかなぁ」

 

イメージでは、ショートの頭ぐらいがちょうどいいらしい。セカンドだと、インコースを打てなくなる気がすると予感しているらしい。

 

ここは、前園のこだわりらしい。そして、ツイスト打法の影響で内角打ちの精度がさらに高まり、一球で甘い球をしとめる自信がついたという。

 

 

 

「けど、ゾノ先輩が打てるようになれば、いよいよ青道の打線も本領発揮ですね」

 

しかし一番の成長を感じさせるポイントは、追い込まれてもヒットを打てたということ。ボール球に手を出さず、しっかりと打つべきボールに反応できている点だろう。

 

 

――――ハマれば化けると思っていたけど、パワーだけなら俺や沖田以上だ

 

フルスイングで選球眼がよくなってきたら、いよいよ彼が脚光を浴び始める。

 

「そういう大塚も、あそこまでジャストミートするとは想像つかへんかった。ミートのコツとかあるん?」

結構な好投手やろ、と顎で白龍の投手を指す前園。

 

 

「――――う~ん、右手でボールをキャッチする感覚ですね。」

 

 

「――――聞いたわいが愚かやった。」

失笑すらできなかった答えを聞いて、げんなりする前園。

 

 

 

 

 

2回表、4番北大路を迎える中、

 

 

右打者の彼にいきなりカットボールのクロスファイアーを投げ込む沢村。

 

「ストライク!!」

 

窮屈そうなスイングで、まるで着払いのようになってしまっている。おそらく変化球を待っていたのだろう。

 

 

続く2球目は外のツーシームを打つも、平凡なセカンドゴロに終わってしまう。

 

「まず一つ!!」

おーし、おーしというスタンドからの声も聞こえているが、沢村は投球に集中し、耳に入っていない。

 

――――余計に声を出すと、気が散る

 

今の集中を乱したくない。

 

続く5番伊藤に対してもチェンジアップで三振を奪い、6番本多もスライダーで見逃し三振。

 

主軸を迎えた初対決で、沢村が格の違いを見せつける。

 

 

白龍高校自慢の機動力を、まるで意に介さない沢村の投球が、大塚からエースナンバーを奪った何よりの証拠であると、観客は思い知らされた。

 

 

そして、抑えられている白龍もそうだ。

 

――――控えと思っていたサウスポーがエース。

 

しかも、大塚栄治は野手としても主力。投手としてもいつスイッチするかわからない。

 

秋季大会決勝の投球は、彼の完全復活、どころか、さらに進化した姿を見せつけることになった。

 

これで攻守の要、沖田道広不在なのだから末恐ろしい。

 

「――――王野も辛抱強く投げている。何とか援護してほしい」

 

ポイントを近く、反対方向を狙う投球。沢村の癖玉は、それほど暴れている。

 

 

攻略の糸口をつかめないまま、青道は3回裏に前園の犠牲フライで3点目。きっちりと中押し点を獲得する青道。

 

 

 

 

選手個々の地力差が如実に表れる試合模様。4回表の美馬との2度目の対決では、

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトォぉ!!」

 

 

「!!」

外角に逃げる高速スライダーに掠らず空振り三振。さらに進化したこのスライダーは、全国の舞台でリベンジを果たす。

 

 

――――スライダーの調子もいい。今日はいい日だな。

 

 

受けている御幸は、美馬クラスの打者でも手を出すほどのキレを誇る今日のスライダーに合格点を与えた。

 

一方、悔しそうに打席を去る美馬だが、あのスライダーは見たことがないと胸が高鳴っていたのも事実だった。

 

――――本当にボールが消えたぞ。

 

夏本選でも、ものすごい変化量だったことは知っている。腕の振りが違うという弱点がなくなり、いよいよ予兆や配球を感じ取らないと、バットが止まらなくなる。

 

 

さらに、4回裏には先頭打者の金丸を三塁に置いた場面で東条がタイムリーヒットを放ち、二度目の中押しをしっかり決め、これで差は4点となる。

 

 

一方先発の沢村は、5回表に6番本多に初ヒットを許したものの、後続を打ち取り、白龍高校に二塁を踏ませない投球、チャンスすら与えない。

 

 

 

そして5回裏、

 

 

「あっ」

甘く入ってしまった感覚があったのだろう。一番やってはいけない打者にやってしまった一球。

 

――――甘い球だと!?

 

そして投げられた側の大塚も意表を突かれる展開。先頭打者の大塚に対して、1ボール2ストライクと投手有利のカウント。

 

 

1打席目と変わらない金属音が鳴り響くと打球はレフトフェンス直撃。しかし打球速度が速すぎたので――――

 

 

「う、まさか二塁に行けないとは……」

 

まさかのシングルヒット。打った本人も困惑のヒットで先頭打者が出塁。

 

 

ここで大塚の広いリード。

 

 

「……!」

しきりにけん制を行うも、大塚はそれらすべてから逃れる。しかし、リードが縮まらない。

 

 

2度けん制を行い、今度こそ投球を開始する王野。ここで間髪入れず大塚がスチール。

 

「スチールッ!!」

 

ショート九条が叫ぶも、王野にはどうすることもできない。

 

――――完ぺきに盗まれた

 

初球は見送る前園だったが、張りぼての威圧感ではなくなった彼に甘い球は禁物。

 

 

――――落ち着くんや。

 

深呼吸をし、力みを取る前園。息遣いしか聞こえない彼の所作は、かえって不気味だった。

 

「ゾノ先輩のあんな集中した姿はやばい」

 

「ああ。ゾノ先輩が結城先輩並みの雰囲気になっているぞ」

 

「マジでやばいぞ。なんだ、あのオーラ」

 

「見せかけじゃねぇぞ」

 

青道スタンドからは、秋季予選準決勝あたりから打撃開眼の前園に畏怖と敬意を感じ始めていた。

 

 

そして、前園に投げてはいけないコース。

 

 

――――インコースッ!!!

 

 

それは打った瞬間だった。打った瞬間に高角度の打球が高々と上がり、レフトスタンドに突き刺さったのだ。

 

 

インコースの、最後はボール気味のシュート。インコースうちのスペシャリストが生んだ、技ありの一撃だった。

 

『いったぁぁぁぁぁぁ!!!!! これも外野動けない!! 痛烈な打球がレフトスタンドに飛び込んだぁぁぁ!!!』

 

 

『肘を上手く畳んで強引にフェアゾーンに飛ばしましたね。これは彼の反復練習の賜物です。インコースを攻める必要はあるのですが、彼には外を続けるべきだったかもしれませんね』

 

 

白龍は知らないだろうが、140キロ前後ほどの球速に対応できない前園ではない。

 

 

『これで、前園も3戦連発!! 神宮大会3戦4発!! この主軸に文句を言えるものはいない!!』

 

 

『前園のツーランホームランで、ついに点差は6点に!! 青道恐怖の4番5番が躍動しています!!』

 

 

 

――――150キロ前後で両サイド使ってくる大塚に比べたら、屁でもないわ!!

 

紅白戦、シート打撃などなど。大塚と対戦している前園にはまだぬるかったのだ。

 

 

塁上の大塚も、前園のホームランには苦笑い。

 

「もう本気でやらないと、絶対抑えられる気がしない」

 

もう手加減とか、できる相手ではない。先発の力配分の計算で、絶対に力を入れなければならない相手だ。穴熊戦法なら話は別だが。

 

――――穴熊は、みんなから不評なんだよね

 

シンキングファスト、カットボール主体。高確率で芯を外されゴロを量産する投球を、大塚は穴熊戦法と呼んでいる。

 

穴熊といっても、140キロ中盤から後半で両サイドを抉ったり、フロントとバックのどちらもできる徹底ぶり。

 

そのことを一旦脳裏の外へ運び出し、前園のホームランの軌道を思い出す。

 

「もう本当にパワーヒッターになったなぁ」

 

 

本塁ベースを踏んだ大塚は、二塁ベース付近を走る前園が、力強く拳を突き上げている姿を見て、微笑む。

 

 

――――いつもはテンションが高い先輩だけど、貫禄がついてきたかな

 

無言で応援席にこぶしを突き上げる姿は、中々様になっている。

 

 

続く御幸がヒットで出るも、金丸らが続かず追加点ならず。

 

 

試合は5回が終了し、青道6点リードで試合の終盤へ。

 

 




前園先輩は、本作では大学進学です。

青道2年生世代でプロに行くのは御幸一人だけです。御幸の入る球団も決まりました。

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