ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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これで終了です。

お疲れさまでした。

ここから読み始めた人は、第123話から読んでください。おそらく、意味が分からないと思います。


第126話 沖田さんは不屈なんですよ

一方、頭部死球で病院に搬送された沖田は

 

 

 

「――――――――――――――」

 

いまだに目を覚ますことがなかった。脳震盪による5分以上の意識障害は間違いなく重症である。

 

しかし不幸中の幸いか、出血の原因は割れたヘルメットが左目の上部分の額を裂傷したのが原因らしく、直撃ではなかったということ。

 

 

しかしそれでも、受けた衝撃は計り知れず、沖田道広はいまだに立ち上がることもできない。

 

先程憔悴しきった彼の母親、下の子供らと面会した片岡監督だったが、かける言葉があまり見当たらず、ただただ頭を下げることしかできなかった。

 

しかし、気丈にも青道、成孔を非難する言葉を出さず、深々とお辞儀する母親の姿は、余計に部員の心を重くした。

 

 

途中、成孔の一部選手や監督代行も来ていた。彼らもことの重要性に様々なことを考えていたが、皆が深刻な様子だった。特に、小川はいつかの沖田と全く同じ状況だった。

 

「――――――――」

そんなつもりではなかった。だが、こうなってしまった現実に、呆然としていた。

 

ねじ伏せるつもりだった。勝負に勝とうと思っていた。だが、勝負以前だった。

 

自分に情けなさを感じ、相手への申し訳なさを感じていた。

 

 

彼は知らないだろうが、これは過去の沖田と全くのおなじだった。

 

 

「ツネ……意識が戻ったら、またあいつに会いに行くぞ」

 

そんな小川を主将の枡がしっかりと様子を見てはいるが、青道の部員をあまり刺激しないよう現在は治療室に立ち入ることもできていない。

 

 

 

場面は戻り、治療室では、

 

 

「―――――――信じ、られない。ついさっきまであんなに―――元気にプレーしてたのに――――」

口元を手で覆う春市。人工呼吸マスクを取り付けられ、ベットで寝かされている沖田は、いつもの活動的な雰囲気もなく、ぐっすりと寝てしまっている。

 

「――――――くっ」

沢村は、イラつきを隠せず口元が歪むがそれ以上の言葉が出てこない。

 

「夏に続いて負傷者がまた出てくるなんて―――――気を付けていたはずだ。けが人の出ないよう練習でも試合でも―――――」

太田部長は、いつもの慌てぶりすら消し去られるほど、落ち着きを持っていた。試合以外では生徒の前で慌てず、ただただ沖田の痛々しい姿を見ることしかできない。

 

「―――――――――――」

片岡監督としても、こんな経験は初めてである。言葉が思いつかないのか、今迂闊なことを言うべきではないと考えているのか、先ほどから医師の診察の結果を待っていた。

 

「―――――――僕も、あんな風、だったのかな――――」

降谷は、夏に自分が倒れたことを思い出す。彼とは別方向での命の危険を経験したが、やはり気持ちのいいものではない。そして、自分があの時如何に心配をかけたのかを改めて思い知る。

 

「降谷―――――」

東条も先ほどから涙の止まらない金丸を落ち着かせ、ようやく戻ってきたのかひどく疲れた様子だった。

 

金丸は沖田の事故に多大なショックを受け、安静にしておくべきと高島副部長に見張られている。変な気を起こさないとも限らないのだ。

 

 

 

それから程なくして診断結果が言い渡された。結果は脳震盪で、かなりの衝撃であったこと、幸いにも脳に損傷は見られなかったこと、数日以内にも意識が回復すると見込まれたこと。

 

一番の懸念要素でもあった脳内出血が見られなかったことに、一同は安堵する。が、脳震盪の症状は本人が起きない限り確認できない。

 

「―――あの子、大丈夫だったかな」

ぽつりと、東条がつぶやいた。

 

「―――――あの子って、どの子だよ。」

ややイラつきながら、沖田のことではなく、別の人物の心配をする東条に対し、非難めいた口調で突っかかる沢村。

 

「うん、沖田に頼み込まれて、試合を見に来た子。かなり憔悴しきっていたから、吉川さんに任せたけど―――――これで野球が嫌いになってほしくないなって。」

 

せっかく沖田のファンになってくれたかもしれないのだ。せっかく野球に興味を引いてくれたかもしれないのだ。

 

こんな終わり方はあっていいはずがない。

 

「わ、悪い。」

沢村が、東条の考えていた女子のことを考えていたと悟り、謝る。

 

「―――――仕方ないことだよ、栄純。こんな状況で、ほんとは沖田のことを一番心配しなきゃいけないはず――――――なんだけどさ。どうしてもあの顔を思い出すとね」

 

 

「――――――――うっ、」

 

その時、うめき声をあげる沖田。その瞬間に目がぱちくりと開けられ、ベッドの上を見て。

 

 

 

 

 

「―――――――知らない天井だ」

 

「――――――第一声がそれなら、心配ないかな」

 

沖田の場違いすぎる第一声に突っ込む東条。それだけ、空気が温かくなった。

 

 

 

 

 

 

 

「お、沖田!? おまっ、お前ッ!! 心配かけやがって!!」

いきなり意識を取り戻した沖田に対し、声を張り上げてしまう沢村だったが

 

「に、兄ちゃん!? よかったぁ、よかったよぉ……!!」

しかし沢村よりも落ち着きのなかった弟の雅彦が母親に止められる。危うく彼の胸に飛び込むとするのは危険だからだ。

 

「――――ひっく……っ、お兄、ちゃん……っ」

妹のほうは力が抜けたのか、床にへたり込んでしまった。安心したのか、器用にも母親が次男を止めつつあやしていた。

 

 

「病室では静かにしろ、沢村」

かなり目が極まっている片岡監督の鋭い眼光に、

 

「う、うっす」

間髪入れず抑え込まれてしまう沢村。沖田の容態が安定したとはまだ言い難い中、リスクはできる限り取り除きたかった。

 

「沖田君、よかった…目が覚めて…本当に、良かったよぉ……」

前髪の下から、うっすらと涙が流れ落ちる春市。意識もなく、眠ったままの友人を見続けることは、彼にとっては相当酷だったようだ。

 

「沖田さんは不屈なんですよ!!」

おふざけで言った沖田。

 

「自分で沖田さんとか、マジで頭打ったのか? ああ、きついの食らったなぁ、確か」

 

 

「ひどいっす、三村先輩」

しかし先輩方には不評だったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

それから、まずは家族から、次に部員たちが数人ずつ沖田の病室を訪れ、一言一言雑談を交えたりする中、

 

「本当に心配をかけよってっ! 明日はわいがホームラン打ったるから、そこでおとなしくするんやぞ!!」

 

「―――――ゾノ先輩が打てたら、もう試合は勝ったも同然です(ゾノ先輩が打てるレベルなら。ほかのみんなも打てるだろうし)」

 

「お、おう!! 任せてとき!!」

沖田の言葉に不意を突かれる前園だったが、真意を知らないので意気揚々と病室を後にする。

 

「先輩、準決勝のほうは」

 

「ああ、勝ったで。ワイが決勝点や。それに川上もビシッと抑えてくれたんやぞ。ナイン全員の怒涛の集中打。白洲の連続タイムリー、小湊の猛打賞、打撃陣は調子が出てきたぞ」

 

「――――明日は打線が爆発しそうっすね」

 

「けど、走塁死のおまけつき、期待をうらぎなかったぜ」

 

「う、うっさい!」

 

 

ここで沖田は、ようやく成孔との試合に勝利したことを聞き、安堵した。同級生に聞けるような雰囲気ではなかったのだ。

 

 

その次には、金丸と東条、見知らぬ少年4人がやってきていたのだ。

 

 

「??? ん? 金丸? 東条? 後ろの4人は誰かな?」

金丸の知人なのは確かなのだろうが、部外者ではないのかもしれないと納得する。

 

「大京シニアの瀬戸拓馬っす。来年青道に入学する予定で、こっちは奥村光舟。俺の相棒みたいなもんです」

 

「――――――よろしく」

瀬戸少年はずいぶんとコミュ力が高いようで、人見知りな感じがする奥村少年をついでに紹介する。奥村少年は沖田から見ても気難しい性格をしているのがわかる。

 

「へぇ、こんなに早くから入学を決めてくれるとはね。来年からよろしくな。俺も絶対に戻ってくるから」

沖田は、自分がどういう状況であるかを診断医に理解させられた。脳内出血がなかったとはいえ、セカンドインパクト症候群の危険性もあるため、最低3週間は絶対安静が言い渡されたのだ。

 

セカンドインパクト症候群とは、脳震盪後にそれらの症状が続く中、再度同じダメージを負った時に、それが原因で死亡率が50%と跳ね上がることもありうる、恐ろしいものだ。さらに、死亡せず生存を果たした場合でも、何らかの障害が残る可能性も高いという、危険な状態であることも指摘されている。

 

 

 

 

しかし沖田にとって、そのブランクは長すぎた。精密なバットコントロールが持ち味の彼にとって、感覚が薄れるのは痛すぎるのだ。

 

恐らく、二度と怪我しなかった自分の理想には追い付くことができない。

 

「――――――それと、後ろの二人は」

 

「松方シニアの九鬼洋平です! ポジションは投手。金丸先輩たちの1年下で、この試合も見てました。一打席目のホームランは鳥肌が立ちました!」

 

「おっ! 金丸たちの後輩君かぁ。いいなぁ、俺の後輩たちはみんな関西圏だからなぁ。」

 

 

「あ、あの」

そして今までもじもじしていた少年が、若干緊張した面持ちで声をかけてきた。

 

「ん? どしたの、君。青道もここまで入部希望者が殺到するとか、有名になったなぁ」

 

「今年の準優勝チームですよ、先輩! その上1,2年主力のチームなので、注目度も段違いっすよ。」

青道が有名になったと今更実感を覚える沖田に対し、ややあきれた言葉をかける九鬼。

 

 

「尾道シニアの新田直信です。えっと、沖田先輩の活躍はいっぱい見てました。その、今日はなんといえばいいのか―――――」

 

 

「俺にも後輩ができたぞ、信二!」

 

「俺に振るのかよ!? いや、まあ後輩の話が出た直後で舞い上がるのはわかるけどさぁ」

若干目が赤い金丸が苦笑いする。案外元気そうな沖田を見て落ち着きを取り戻したのか、もう落ち着いたとみていいだろう。

 

「へぇ、そういえば。昔は体の線が細かったような気がするなぁ。物陰から視線を感じたけど、あれは君だったのかな?」

 

「はい!! 俺、沖田先輩の練習を見てすごい感銘を受けたんです。自分なりに調べて、効果を知って、さらにいいなぁと思ったんです!! だから、その―――練習を盗み見ていました」

興奮した口調で次々と言葉を述べていくが、自分の言っている内容を悟り、だんだんと声が小さくなる。

 

「いや、人見知り過ぎだろう。声をかけてくれればよかったんだが――――」

 

「え!? 声をかけてよかったんですか!? えっと、練習の邪魔になるなぁと思っていたので――――その」

 

「ナオ、こいつはそういうのあまり気にしないぞ。むしろ俺たちを巻き込んできたしな」

 

「巻き込まれたおかげでレギュラーだけどね」

 

金丸と東条が新田少年の悩みにストレートに解決策を提示してしまう。むしろ、新田少年の気遣いは無用だったのだ。

 

「そ、そうなんですか!? (そうだったんだ)」

 

「おう、俺もいつまでも青道にいるわけではないし、後輩が出てこないと強豪は回らないからな。気になることがあったら聞いてこい。まあ、俺は今こんなザマだけどな」

 

「そんなことないです! 完治したら、いろいろ参考にさせてください!!」

 

 

なんとも騒がしい面々だったが、沖田の立場としては一番心配してくれた仲間である金丸が元気を取り戻しただけでも、良しとするのだった。

 

それに、思いがけず来年の後輩たちにも会えて、それなりによかったと思った沖田。

 

 

 

 

 

そして、成孔の部員たちとも思いがけず出会った沖田は

 

 

「今回の件、本当にすまねぇ。明日の決勝もあったのに」

枡が深々と頭を下げるが、手で制す沖田。

 

「こっちも避けられなかったし、因果が廻り回ってやってきたと思うし、あんま気にしてねぇよ」

 

それから沖田は、自分の過去を彼らに話した。

 

だからもう、気にするなと。俺もお前らと同じで過去はそっち側だった、と。

 

 

許してもらえた自分が、今度は相手を許す番だと。

 

 

沖田は、それを聞いても中々表情の冴えない小川を見つけると、

 

 

「まあ、そうだな。お前、野球を嫌いになるなよ。それだと、俺が許さないから! またとんでもないサウスポーが生まれたなぁ、って思ったの、中々ないしさ。ライバル減るのは面白くないし」

肩を落としている小川に声をかける沖田。

 

 

「次は三振かホームランみたいなシチュで、ガチンコで白黒つけたいしな!!」

 

 

「!!!!!」

小川はその言葉に目を見開く。自分が言えることではないが、人間が出来過ぎているのではないかと。

 

 

男鹿監督も、沖田の態度に驚きを隠せないでいた。

 

「本当に君は、大丈夫、なんだよね?」

 

 

「ちょっと張り切りすぎて、休む機会もなかったんで! 止まって考えて、完治後にさらっと選抜でホームランを打つので、そんなに心配しなくていいですよ!」

 

セカンドインパクト症候群?なにそれ?ですよ、とあっけらかんと笑う沖田。

 

 

こうして、成孔とのやり取りは、沖田の能天気すぎる対応で事なきを得ることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして最後に、片岡監督を含む副部長の面々がやってきた。

 

「――――――沖田、分かっているとは思うが、明日の出場は俺が許さん。病室で安静にしておけ」

 

「――――――まあ、死にたくはないっすからね」

 

いきなり死んだら、今度こそ取り返しが利かない。プロに入る夢、トリプルスリーを目指す野望を果たせなくなる。

 

―――――大塚だと、わがままを言いそうだけど

 

「体治して、戻ってきます。だから、監督は明日勝つために何が必要か。それだけをお願いします」

毅然として、沖田は監督に監督の役目を託す。ここで自分が枷になるわけにはいかない、迷いになってはいけない。

 

「――――――――」

 

「そんな顔をしないでください。明日も大人しくしていますから」

屈託のない笑顔で、逆に大人組を励ます沖田。

 

「沖田、その。」

 

 

「太田部長も、なんて顔をしているんですか。俺のことは大丈夫です。診断結果も見ましたよね?」

 

 

「沖田君、嘔吐や耳鳴り、特に体の異変は起きていないの?」

高島副部長が尋ねる。平然としている沖田だが、脳震盪特有の症状が見られないのが逆に心配だった。

 

だから、彼が自分たちを気遣って無理をしているのではないかと。

 

「いえ、まだ得には―――――やばい時はナースコールするんで、大丈夫です」

 

「そうなの? でも我慢はしないで、これはあなたの命に関わることなのよ」

先程から容態が特に変化しているわけでもなく、高島は沖田の様子に一安心し、ようやく心が休まったようだ。

 

「はい! 分かりました、高島先生」

サムズアップで返す沖田。

 

 

「沖田。明日は選抜を決める試合だが、あとで録画したものを見るといい。無理に観戦する必要はないからな」

ぽつりと、監督がもらす言葉。それを聞いて沖田は

 

 

「勝つのは青道。当然です。けど、リアルタイムで試合は見るもんでしょ?」

屈託のない笑みでほほ笑む沖田。しかし、頭に巻いている包帯が逆に目立ち、余計に痛々しい。

 

 

「――――――体を治して、春には戻ってこい。そして、這い上がってこい、沖田」

 

レギュラーはおろか、一軍にいられるかもわからない。しかし、あえて這い上がれという厳しい言葉を投げた監督。

 

「パワーアップしすぎて、腰を抜かさないでくださいよ、監督♪」

 

「俺はそんなに年を取っていないぞ」

たがいに笑みを交わす両者。もう心配いらない。彼は必ず這い上がってくる。

 

――――待っているぞ、沖田。

 

 

沖田道広は、逆境を前に燃える男なのだ。

 

 

 

 

片岡監督ら、大人組が病室を出た後、

 

「明日は、薬師と明川。どちらと戦うのかなぁ」

 

 

コンコンコン、

 

ここで、病室のドアをノックする音が聞こえる。

 

「ん? どうぞ?」

誰だろう、と沖田は訝しむ。

 

「――――――――」

 

そこにいたのは――――――

 

 




というわけで、1年越しの課題でした。

今回のストーリーは、好事魔多しの面もありましたが、

だいぶ前から考えたことでした。

大塚が、別の立場でもしあの場所にいたら、

沖田が違う立場になったら。

本当の意味で考えてこの先も乗り越えなければいかない命題です。

まあ、大塚と沖田が人間出来過ぎているところもありますが。

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