ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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あと少しです。


第125話 精密機械を乗り越えろ!!

「――――――来たか。市大三高を二度破ったダークホース」

台湾の精密機械が静かに呟いた。

 

「―――――この試合、大塚をやはり温存、か。しかし、戦力の厚さが勝敗を分かつ絶対的な条件ではないことを思い知らせてやろうぜ――――沖田がいなくてもさ」

気遣うように話しかけるチームメート。

 

 

「だが今は薬師の轟、真田だ。あの二人は恐らくあのチームの面々の中で頭一つ抜けている。4番轟の後ろにセンス打ちの傾向のある真田。甘い球は禁物だな。――――――それと沖田のことだが……とても残念だ。さすがにあのデッドボールは同情する。彼らは大きな存在を失ったのだからな」

 

チームメートは薬師を少し侮っているが、楊は目の前の試合を見据えていた。が、やはり沖田の容態は気になるらしく、複雑な心境でもあった。

 

 

「瞬の言う通りだぜ。真芯で捉えたら、いくら瞬臣でもやばいぞ。」

 

「ああ。一つのミスがそのまま致命傷になる。心得ているさ」

 

「沖田の打撃は怖いけど、こんなことがあっちゃいけないんだ」

 

「ああ。今は祈るしかねぇだろ。他人事だけど、無反応は一番よくねぇよ」

 

 

 

一方、青道へのリベンジを狙う前に、今大会いまだ無失点の楊を前にした薬師は、

 

 

「―――――とうとうきちまったか。ったく、予想が悪い方向に来ちまうのは、俺らの運命ってやつかなぁ」

轟監督は、改めて相手になる楊瞬臣を前に正直な本音をさらけ出す。

 

「けど、これを乗り越えた先に青道とのリベンジマッチ。それを阻むのは、台湾代表のエース。激熱の展開じゃないですか」

しかし、真田はそれすらいいシチュエーションだと言い張る。

 

「―――――そんなに煽てても、今日はお前を投げさせないぞ」

 

 

「―――――――」

轟からの非情な宣告。真田はこの試合投げることを許されていない。だからこそ、途端に表情が曇る。

 

「――――――ここで連投を許せば、明日の試合は疲労困憊のお前を出さなきゃいけねぇ。三島と秋葉、それに雷市の継投でしのぐ。選抜確定を勝ち取るための、最善の策だ」

 

彼らの成長を認めていないわけではない。むしろ、轟は球速が、三島は総合的に投手として育ってきた。次のエースは彼かもしれないと思うほどに。

 

だが、背番号1を背負って立つ以上、こういう場面で投げたかった。先発したかった。

 

 

「ま、やばくなったらお前に頼るけどな」

 

 

「―――――どっちっすか、監督。恰好つかないっすよ――――その件は置いといて」

 

いったん言葉を切る真田。会場はなおも騒めいている。

 

 

「青道の奴らも相当ひどい仕打ちを受けましたね」

 

 

 

「―――――ああ。日頃は儲け儲けと考えるが、今回のケースは別だ。こりゃあひどい。喜べる気にもならねぇよ。」

 

「―――――特に、お前は沖田を打ち取るためには何が必要か、この夏ずっと考えていたもんな」

 

 

「―――――――はい」

朗らかな表情が一変し、口元がゆがむ真田。悔しさといろいろな感情が入り乱れたそんな様子を隠そうともしない。

 

「万全の状態で臨む。それができずに故障で力を発揮できねぇ。それは自業自得だ。だが、今回のケースは違う。前に市大三高の投手に打球をぶつけちまったが、あれには内心ひやひやもんだった――――――こういう風な、選手が怪我するのを望むやつが、高校野球の監督なんかやっちゃいけねぇ。あの時は、うちの部員に心無い声が突き刺さるかもしれねぇと、びくびくもした」

 

 

「―――――これからが大変だぞ、あそこは。試合中の事故とはいえ、沖田を壊したのは、やばいからな。」

 

「―――――俺も、死球は夏以降出していませんよ。ちゃんと制球できるようになりましたから」

 

「ああ――――ぶつけてもいいっていうのは、投手の甘えだ。ちゃんとした技術がないから、そんな言葉に逃げてしまう。俺は、お前が本当の意味での好投手になれると信じて、こき使ってるんだ」

 

 

「最後が余計っすよ」

 

 

 

「ふっ、まあエース様だからよ、そこは気張ってくれ。酷使も最近はあんまりしてねぇと思うし―――――ただまあ、この試合は後輩どもを信じろ―――――――――」

 

轟監督は真田に、そして自分に言い聞かせるように言い放つ。この采配は正直博打に等しいが、選抜確定を決める最善の手でもある。

 

だが、真田を使いつぶさないための苦肉の策でもあった。

 

 

しかしそれでも、難敵明川を倒し、宿敵の青道を倒すための采配なのだと納得するしかなかった。

 

 

 

 

「失点が敗戦につながるような好投手との競り合いだ。今まで感じたことのないプレッシャーを感じるはずだ。だが、やり遂げろ。いいな、お前ら?」

 

いつの間にか、真田の後ろにいた下級生たち。

 

「うっす。何なら春の背番号1は俺でもいいんすよ?」

三島が意気揚々とビッグマウスを口にし、

 

「それは高望みしすぎだろ」

秋葉が彼を押さえる。

 

「俺は、ミットに投げ込む、それだけだっ」

雷市は、ただただ口元をきつく閉じ、それだけを言い放つ。

 

 

エース真田を万全の状態で青道にぶつけるために、薬師のルーキーたちの躍動が求められる。

 

波乱が続いた準決勝第一試合が終わり、次は第二試合。

 

台湾のエース楊瞬臣を擁する明川学園と、強打者轟を擁する薬師高校。

 

 

青道のスタメンの一部数人は会場にてこの試合を見届けることになり、大塚を除く下級生の面々はほとんどが沖田の様子を見るために病院へと向かうことになる。

 

残ったのは主将の御幸、副主将の倉持、スコアラーの渡辺の首脳に加え、レギュラーでは大塚と白洲が残る。

 

引率に一応落合コーチがいる。しかし、片岡監督を含む副部長の面々はさすがに沖田を放置することなどできず、そのまま病院へと向かう。

 

 

 

「――――――――いいのか、お前は」

現地に残っている御幸は、大塚を気遣うようにそんなことを言った。

 

「――――――逆でも、同じですよ。沖田ならこうする。俺もこうする。気遣いは無用です」

 

目の前では1回表はランナーを許さず、得点を許さない薬師先発、三島の姿。

 

この夏で相当鍛えたであろう下半身を軸に、打撃でもその要になっているであろう強靭な背筋。

 

低めを丁寧に突く投球を我慢して投げていた。

 

 

対する楊瞬臣は裏の回からペース配分を考えた投球で内野フライ2つ、そして―――――

 

 

「っ!?」

追い込まれた三島に対する3球目。インコース低めに投げ込まれた“ストレートがいきなり沈んだ”。

 

バランスを崩し、しりもちをついてしまう三島を尻目に、マウンドを悠然と降りる絶対エースの姿。

 

あれが、キレ味を増した彼のスプリット。だが、大塚はそれがどうにも奇妙に見えた。

 

―――――なんだ、ストレートの基礎球速のわりに、スプリットのスピードが速すぎる。

 

 

おかしい、奇怪。最速147キロの楊も十分速く、怪物レベルである。しかし、球速表示にたたき出されたスピードはなんと141キロ。

 

たった6キロしか違わない。高校野球はおろか、プロ野球でも稀である。ほとんどストレートと変わらない球速ではなく、

 

 

――――――まったく同じスピードで、加速しながら落ちるボール、なのか?

 

抜く動作を含むスプリットでは、わずかにブレーキがかかる。それは大塚のボールも例外ではない。

 

しかし、大塚はここである考えに至る。

 

 

―――――そもそもあれがフォーク系なのかどうかすらもわからない。

 

縦スライダー。しかし、あの鋭さはスライダーでは説明がつかない。怪我のリスクを背負うような男でもない。

 

 

対する薬師も、鋭さに磨きがかかった彼の落ちるボールをどう説明すればいいかわからなかった。

 

「――――――わかるか、大塚?」

落合コーチが大塚に意見を求めた。さすがの彼も、楊の変化球の正体がつかめない。

 

 

あの変化量とスピードの説明がつかない。

 

しかし、大塚はこの正真正銘の魔球、見たこともないこの変化球を前にある仮説が浮かび上がってきた。

 

 

「――――――ありえない話ですけど、楊の投げている球は、実はストレート系がベースなのではないかと思います」

 

「どういうことだ、栄治? あれがストレート系の変化球? カットやシンキングファストのような変化のレベルじゃねぇぞ」

倉持も、大塚の仮説を信じるためには、変化量の説明がつかないという。

 

「――――――おそらく、ツーシームをベースにしている、スプリット系。浮力が弱まるツーシームの握りに、アレンジを加えたのかもしれません。過去の試合を見る限り、真下に落ちる球とは言えませんし、ここからは彼の資質によるところが大きいと思います」

 

名づけるならツーシームスプリット。ツーシームの沈む特性にスプリット系に近い握りを付け加え、彼の資質に依存する唯一無二の変化球。

 

「速球系のスピードと落ちるボールの変化。変化球マニアのお前でも再現は難しそうか?」

白洲が一応ダメもとで大塚に尋ねる。

 

「――――――正確な握りがわからないので、難しいですね。真に迫ることはできても、本物の握りに必要な、楊瞬臣の資質を俺も備えているかどうかがわからないので」

恐らく難しいだろうと大塚は答える。劣っているとは思わない。しかし、ベクトルが違うとはっきり認識できる。

 

「――――そうか。大塚でも難しい変化球か」

白洲がそのまま黙り込む。

 

「白洲、大塚がそこまで言う変化球だ。苦労するのは分かり切っているさ。俺もあれを逸らさない自信がない。俺としては、あの捕手はどうしてあれを難なく捕れるかが不思議なんだが――――」

御幸にはそれが不思議に思えて仕方がなかった。

 

 

彼らは知らないが、楊は落ちる球のコースを完全に制球出来ていた。ゆえに、捕手は構えた場所、コースを事前に知った状態で取っているのだ。

 

 

しかし、これは楊の制球力が前提となる方法。一歩間違えれば、ワイルドピッチの危険もある諸刃の剣。絶対的な制球力を誇る彼でなければできない芸当だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

明川学園もランナーを一人出すものの、三島が後続を許さない。しかし苦しい投球を序盤からしている事実は変わらない。

 

「三島のストレートの球速が、お前の手抜きのストレートに並んだようだが、球質も重そうだな。角度もある。」

倉持が茶化すように言うが、三島の投手としての成長速度は無視できない。大塚ほどフォームが洗練されているわけでもなく、まだセンスだけで投げているのにこれだ。

 

「先輩、手抜きは心外です。力配分、ストレートに伸びがない時は、ボールを動かしているだけですよ。変化球を如何にストレートと惑わせるか。球速差がないことも―――――球速の差?」

倉持の物言いに反論し、持論を述べる大塚だが、その際に自らの言葉に違和感を覚えた。

 

 

――――――球速の差をなくす…まさか―――――――

 

 

自分はとんでもない勘違いをしているのかもしれない。もし、もしだ。

 

 

敢えて球速の差をなくそうと、意図的にストレートの球速を抑えているのだとしたら

 

 

2回裏、轟との対戦でそれが現実であることを思い知る大塚。

 

 

初球いきなりアウトローに唸るようなストレートが決まる。コントロールのいい楊が使う常套手段、ボール気味の際どい球を悉くストライクに誤認すらさせてしまう、驚異的な制球力に加え、

 

 

縦を除くフォームで投げた、大塚栄治のストレートに引けを取らないスピードボールで決めてきたのだ。

 

 

「―――――――――っ」

その瞬間、御幸が表情をゆがめた。楊瞬臣は、大塚栄治の縦ではない時の球威と同等の力で、彼とは雲泥の制球力を両立させているという、

 

 

大塚栄治を完全に置き去りにする、総合力を目の当たりにした。

 

 

 

 

 

「おいおい、あれがストライクって。それであの球威かよ。」

冷や汗が一筋流れる倉持。このどちらかと明日やり合う。だが、この投手はもはや高校球児であると考えないほうがいい。

 

そうでないとわかっていながら、そう考えさせてしまう、彼が異常なのだ。

 

「―――――――球速も149キロ。自身のマックスをここで更新とは、目を疑いたくなるな」

落合コーチも、我流でここまで育った彼の類稀な実力に苦笑いをするしかなかった。

 

続く2球目にさらに驚愕することになる一同。

 

 

先程よりゾーンに入ったコースから、あの轟が全く掠らない落ちるボール。

 

あそこまで、バットとボールが離れるような空振りは、沢村の初見殺しのスライダー以来だ。

 

 

彼は有名になりつつあるあのボールで、研究されようとも対応できないと踏んでいたのだろう。事実、轟は途中からボールを完全に見失っていた。

 

 

その球速も先ほどよりも速い、142キロの落ちるボール。

 

 

大塚の仮説は正しかった。しかし、そのうちのどれでもなかった。

 

 

大塚の仮説すべてが正しかったということだ。

 

 

球速の差をなくそうと意図的にスピードを落としていた事実、ストレート系の変化球にアレンジを加えたこと。

 

この両方が正しいことを楊は証明してしまった。

 

 

 

 

 

 

続く3球目にあっさりと先程と同じボール、今度はインコース低めに投げ込まれ、三球三振。球場がその瞬間に騒然となった。

 

あの強打者轟が、まともにスイングできずに打席から追われることになったのだ。続く真田への警戒も失わず、ストレートを見せ球にする見事な投球で、彼に掠ることを許さない。

 

2回で3つの三振は珍しいことではない。だが、このレベルの試合でこれほどの内容でそれをするのは現実離れしている。

 

 

何より驚いたのは、

 

「やっぱり、あの落ちるボールの比率は投球の半数を占めているね。けど、故障も、終盤の握力の低下によるコントロールの乱れも見られない。」

スコアラー役が板についてきた渡辺は、これまでのデータと照らし合わせ、楊の落ちるボールが握力に左右されない特殊なボールであると断言する。それは、落ちる球使いにとって永遠ともいえる課題をあっさりと解決していることに他ならない。

 

 

 

ゆえに、彼の落ちるボールは普通ではない。終盤でも武器になるという事実が、低めに対する対応力を削ぐのだ。

 

 

「―――――この試合、如何に轟君の前にランナーを置くかがポイントになると思っていたけど」

渡辺は、あてが盛大に外れたことを認める。

 

「本当に、大塚君の言う通りだったね。これはもう」

 

薬師がそもそも楊瞬臣相手にランナーを出せるかということが焦点になっていた。

 

 

 

恐らく、最後まで轟と真田を徹底的にマークするだろう。彼に油断はない。容赦もない。彼ら二人にとって、最後まで厳しい打席が続くだろう。

 

 

試合は早いものでもう5回に入る。ここまで薬師にヒットはおろか、四死球、エラーのランナーすら許されず、4回を投げて7つ三振を奪っている。

 

しかし明川も得点を奪えない時間帯が続く。

 

5回表、これまで粘投を続けてきた三島は我慢の投球が続く。内野守備の硬さに定評のある両校だが、三塁線を抜く打球を轟が阻み、ランナーを許さない好守備を見せ、この回の明川学園の攻撃は3者凡退。

 

しかし、無視できないほど三島のボールが芯に当たり始めるようになり、轟監督は6回から秋葉にスイッチすることを決断する。

 

―――――心臓に悪い試合だ、ここまで綱渡りの継投は肝も縮むぜ

 

 

5回裏の2回目の対戦。轟と楊の戦いは、さらに幅を広げたように軍配が上がる。

 

 

轟自身も、もっとボールをよく見ようという思いがあったのだろう。だからこそ、外から曲げてきたスライダーに反応できず、またカウントを初球で奪われた。

 

そして、ピンポイントでカウントを簡単に奪う楊の投球に、凄みを感じ始めた青道一同。

 

続く2球目は完全なボール球のカーブだというのにファウル。ワンバウンドのボールに手を出してしまい、あっさりと追い込まれてしまう。

 

続く高めの速球に今度は空振りを奪われ、またしても三球三振。あの轟がまた簡単に三振してしまう。一球一球の精度が桁違いに高く、この勝負において甘い球は一つもなかった。

 

 

真田は尚もストレート狙いを代えず、変化球で三振に奪われ、この主軸が打球を前に飛ばすどころか、バットにほとんど当たらない状況が続く。

 

続く6番打者も三振に打ち取られ、5回で早くも10個の三振を献上する薬師高校。

 

 

対する薬師の三島は何本かヒットを許しながらも、2つの四球で楊瞬臣を徹底して歩かせることにより、失点を免れていた。しかし、徐々にではあるが三島のボールに慣れ始めている明川学園。

 

戦況は明川が有利に見える。

 

薬師ベンチも楊の轟と真田に対する力の入れようは想定外過ぎた。轟へのマークは仕方ないとしても、真田をここまで評価し、警戒している投手は今まで少なかったのだ。

 

「――――――ここまでバットに当てさせてくれねぇとはな」

焦りの表情が浮かぶ轟監督。5回で大量の三振を献上し、パーフェクトも継続。

 

手の付けようもなく、失投も期待できない。

 

 

 

 

 

試合は6回表に入る。

 

 

「―――――――この回までだな」

御幸は三島が限界を迎えていることを悟る。

 

「――――――これ以上引っ張れば、失点のリスクが跳ね上がります。打者も慣れ始めていますし、これ以上はさすがに代えるでしょうね」

 

 

事実、二人の予想通り三島は5回零封で捕手の位置に代えられた。今度は捕手の秋葉が投手になる。

 

サイドスローに近いスリークォーター気味のフォームでテンポよくボールを投げ込む秋葉。いきなりリズムを代えられた明川学園は当てるだけで精いっぱいとなり、薬師の秋葉は登板した初回を完ぺきな内容で抑え込むことに成功する。

 

 

薬師高校の継投に、さすがに対策を考えてきた明川学園だが、電光石火の勢いで6回を抑え込まれたために監督の尾形一成は思案する。

 

――――――じっくり自分のリズムで投げ込む三島から、いつサインを交換したかわからないほど速いテンポで投げ込む秋葉。

 

こうなると、対策は限られてくる。

 

トップの位置を早く作り、スイング自体を早く準備させるしかない。

 

今大会は楊にとって最後になるかもしれない大会かもしれない。

 

―――――このチームをここまで成長させてくれたのは彼だ

 

チームメートもそれを理解している。監督ももちろん理解している。

 

 

だからこそ、ここまで連れてきてくれた彼に恩返しをしたい。

 

 

――――――――――――甲子園出場を、瞬臣に!!!

 

 

 

6回裏、この回は三者三振に抑え込まれた薬師高校。前の回から続いて7者連続三振に薬師の応援スタンドは沈黙をしてしまう。中には声をからして応援を続ける者もいたが、楊の存在感に吞まれているのは事実だ。奪三振はこれで13という、驚異的なペースだった。

 

 

 

7回表、ランナーなしの一死から楊がツーベースを放つも、後続を抑え込まれ、得点を奪えない明川学園。楊はこの試合1打数1安打、2つの四球を選んでいるが、なかなか点に結びつかない。

 

 

 

7回裏、上位打線との対戦。先頭打者の秋葉、3番に座る三島は、楊が念入りに投げている相手でもある。

 

「――――――沖田は3打席目で対応できそうだけど、彼はどうかな」

沖田の3打席目は、いずれも何かを起こしている。そして一方次元は違うが、光るものを感じる秋葉はどうか。

 

「―――――――厳しいだろうな。アレが初物なら、俺たちだって間近で見ていなかったらほぼお手上げだ」

御幸も、あれはスコアラーの力が行き届かない選手と選手の力量による戦い、領域での勝負であることを悟る。

 

あれは体感しなければわからない。もし戦うなら、初打席は捨てる覚悟でなければ。

 

初球はインコース高めのストレート。寸分違わずミットに収まったのを見る限り、ここは予定通り。

 

147キロのストレートを見せ球に、続く2球目。

 

「!!!」

 

ここで外側に決まる緩いカーブ。完全に頭になかったのか、膝が動くものの、バットが出なかった。

 

「あそこでカーブか。ストレート、速い変化球が強烈だからね。この2つの球種に合わせなければならないのに、ここであんな風に緩急を使われたら、打者は堪らないよ」

渡辺も、投手有利のカウント、先手を次々と打ってくる明川の配球、リードに戦慄を覚える。

 

カウントはワンボールワンストライク。しかし、まだまだ楊の背中は遠い。

 

 

続くボールはインローのスライダー。ストライクからボールになるファウルにしかならない絶妙な高さ。

 

これを注文通り秋葉はファウルにしてしまう。打たされてしまった。

 

 

勝負の4球目。あの球を意識するであろうカウント、局面。いずれも最後は完全にボールになる落ちるボール。それはもはや打つボールではない。見極めなければならないボールだ。

 

 

秋葉がそれを我慢できる打者かどうか。大塚の頭の中では、ここで低めの変化球を我慢できるかが、薬師の勝率にとても関わってくると踏んでいた。

 

―――――どうする、切り込み隊長? ここで君は、我慢ができるのかな?

 

 

その勝負の4球目。楊はやはり落ちるボールを投げた。ここでリスクを負う必要はない。秋葉には余裕がない。それを見越してのリード。

 

 

「っ!」

しかし、

 

 

彼はそのボールを見極めた。

 

「!!」

それに思わず明川の捕手が驚愕する。このボールを前に、バットが止まる。そんな光景は多くはなかったのだから。

 

投げれば必殺、配球を読まれた場合は手を出さない。ほかの変化球で十分に仕留められる。しかし、秋葉はこのストライクからボールになる落ちるボールを見極めた。

 

 

―――――やはり、3打席目で傾向を見抜いてくるか

 

楊は相手に配球の傾向を読んでくるのは想定内だった。むしろ、ここからが夏の敗戦からの成長を見せる時でもあった。

 

 

対する秋葉は、この必殺の魔球を見切ったことで、多少の余裕を持てた。力みも少なくなり、集中力も増した。

 

 

続く5球目は高めの速球にかろうじて秋葉が食いついてファウル。ここもギアを入れてきたのか、148キロのストレートで攻めてきた。

 

 

続くボールは何か、秋葉は低めの変化球を捨てていた。

 

 

 

 

「対応力も悪くないね。」

 

「ああ。白洲に似ている気がする」

 

そんな秋葉の評価を下す青道。

 

続く6球目についに期は訪れるのではないかと一同は考えていた。良い見逃し方をすれば、バッテリーにプレッシャーをかけることができる。ゆえに、この試合最初の失投が発生する確率も高いと。

 

 

その6球目、楊瞬臣にしてはボールが高い速球。

 

「!!!!」

 

秋葉が反応しないわけがない。外側甘めのスピードボール。彼にしては甘すぎるコース。

 

 

 

誰もが長打を予想した。

 

 

 

 

「!?」

 

 

しかし、ここでもボールが消えた。彼の視界から外れたのだ。

 

 

「――――――――――――」

投げ込んだ楊はしてやったりの顔。ボールはミットに収まり、これで空振り三振

 

歓声に包まれる神宮球場。7回に進んでもバットに当たらない光景が続く。それをやってのける台湾のエースには届かない。坂田を除く、今年の高校野球トップクラスの選手を集めた日本代表、全国の名だたる強打者たちを完ぺきに封じ込めた投手だ。

 

 

ルーキーが簡単に打つことができないのは至極当然でもあったが、ここまでの投球の幅を見せたことにより、楊の投球に観客が酔い始めていた。

 

 

「――――――今のは、なんだ」

倉持がストレートを空振りしたと錯覚する。しかし、あのスイングで空振り。わけがわからない。

 

「――――――ストライクからストライクの落ちるボール。なのに、あそこまで変化するなんて」

 

浮いた落ちるボールは、半速球になるはずなのに、そのままの落差で落ちた。ストライクからボールになる球を見逃すならば、その変化量でゾーンの中で勝負をする。

 

いい見逃し方をした秋葉をつり出す巧妙な投球術、その一端を青道メンバーは見た。

 

 

打席から追われることになる秋葉、肩を落としヘルメットのせいで表情は見えない。が、とても落ち込んでいることがわかる。

 

2番打者のセカンド増田と二三言葉を交わしように見えるが、内容はわからない。

 

 

「――――――真田はこの試合まだ投げていないみたいだが、どこで投入してくるのだろうか」

白洲は、先ほどから投球練習すらしないエースの姿を見て、疑問を口にする。出し惜しみできる状況ではないにも関わらずだ。

 

「――――――薬師は決勝を見据えている。だからこそ、この試合は継投で競り勝とうとしているんだろうな」

倉持は決勝を意識しているのは明らかだと断言する。勝ち進めば大塚と投げ合うことになるのだ。エースを万全の状態で投入したい薬師の思惑がわかる。

 

「―――――追い詰められたら、出してくるとは思うけどね」

大塚は、1点を失った時点で敗色濃厚である試合展開の中、明川に追い詰められた場合、薬師は動くと考えていた。

 

「―――――明川も継投策にいいようにやられているし、この試合延長の可能性もあるぞ」

最後に御幸が明川の攻撃もうまく躱されていると言い放ち、長引く可能性もあると予想する。

 

 

 

 

試合展開に変化がなく、にもかかわらず緊張感を増す準決勝第二試合。

 

 




次で最後です。


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