ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

116 / 150
遅れました。


第109話 我慢比べ

準々決勝が始まる当日。ベスト4を決める試合はどこも白熱した好カード揃い。

 

第1試合の青道対王谷。関東最強の投手陣に、都立の星がどこまで食い下がるか。

 

第2試合の仙泉対成孔。大巨人真木が超強力打線に挑む。

 

 

 

別会場では、夏の因縁再び。市大三高対薬師高校。新エース天久光聖が強打者轟に挑む。

 

最後の試合に、台湾のエース、楊舜臣の投球に熱視線が集まる。初戦に完全試合、第2戦では1安打完封9奪三振、そして3回戦ではまたしても1安打完封6奪三振。

 

予選本選で脅威の防御率ゼロ。四死球もゼロ。ノーヒッター楊の快進撃はどこまで続くか。

 

 

だが、まずはこの試合に注目が集まる。

 

 

青道のスタメンに変更があったのだ。

 

 

1番 中 白洲 左

2番 右 東条 

3番 二 小湊

4番 遊 沖田

5番 捕 御幸 左

6番 一 前園

7番 左 大塚

8番 三 金丸

9番 投 沢村 左

 

再び沖田が4番に座り、小湊が3番に。2番に東条、先頭打者に白洲が入るなど、上位打線で大幅な組み換えが起こったのだ。

 

そして、7番レフトに大塚が入る。今日は投手ではなく、野手大塚ということになった。鵜久森戦での神がかり的な打撃は、この試合でも期待されたのだ。

 

この打順の組換えには、相手高校の王谷サイドも驚きを隠せない。何しろ、絶対的な脚力を誇る倉持がベンチであること。大塚の打撃の調子を考えても、上位に置く可能性があると考えていた。

 

 

 

だが、敢えて大塚を下位打線に置くことで、投手にプレッシャーをかけることを選択したのだ。

 

 

 

「青道は思い切って打順を組み替えてきたようだ」

王谷高校監督の荒木伊知郎は、青道の打順に変化が表れていると感じていた。

 

2番に白洲ではなく、東条を入れる意味。あまりバントをしない選手を2番に入れる意味は間違いなく、

 

――――セ・リーグの真似事か? 

 

優勝チームをモデルとした、超攻撃的オーダー。しかし、それは選手層の厚さが必須である。

 

――――あの打線を再現できるならば、どのチームも苦労しないが――――

 

 

さらに、相手先発はある意味大塚栄治よりも厄介な投手、

 

 

「どんどん打たせていくんで、バックの皆さん、気合入れていきましょう!!!!」

 

 

マウンドで叫ぶ、沢村栄純。背番号11を背負う、青道きってのサウスポー投手。プロで例えるなら、トマホークスの元エース、大和田を彷彿とさせる投手。

 

 

夏本選以降、大塚と降谷の登板が多く、イマイチ情報がつかみ切れていない投手だ。夏予選で見せた驚異的な成長スピードを見る限り、スライダーの課題がどうなっているかもわからない。

 

だが、敢えて荒木はその事を指摘しなかった。相手を大きく見てしまう要素は取り除く必要があった。とはいえ、主軸の面々には沢村の成長速度に警戒するようには伝えている。

 

だが、それは裏の話。表は王谷の守備の時間。

 

「まずは先頭打者。白洲は厄介な打者だ。相手は当然うちのデータを取ってきている。裏をかいてこい」

 

「はい。出ばなをくじき、接戦に持ち込んでやりますよ」

エース若林。この日のための隠し玉は仕込み済みだ。他の東京の強豪とはわけが違うこの相手に対し、最善を尽くす必要があった。

 

 

白洲に対しては、アウトコース中心の攻め。初球ストレートを見逃した白洲。続くボールはフォークで同じコース。テンポの速い投球で、自分のペースを維持する。

 

 

「くっ(同じコースで、落としてきたか!)」

 

空振りを簡単に奪われた白洲。だが考える暇もなく、若林がもう振りかぶっていた。

 

――――早いっ

 

最後は低めのフォークに振らされ、あっさりと3球三振。堅実と言われていた白洲が簡単に仕留められてしまう。

 

 

だが、2番打者には東条。

 

――――フォーク主体に見えなさそうで、やっぱりフォーク主体。

 

2ストライクを確実に奪うために、フォークを要求。焦った打者の打ち気を誘い、最後まで落としてきた。

 

 

――――当然、僕は白洲先輩の打席を見ている。ならやっぱり

 

 

初球のストレートを引っ張った当たり。これが切れてファウルになる。

 

 

――――意外に伸びてくる。テイクバックが小さいから、投球モーションが早い。

 

 

ここからだ。相手バッテリーがフォークを使う可能性がある。

 

「ボール!」

やはり使ってきた2球目のフォーク。内側に落としてきたのだ。

 

 

――――見逃しても、前回の試合でも迷わず連投をするほど自信のある球。

 

 

「ボールツー!!」

 

 

冷静に低めのボールを見極め、有利なカウントを作る。

 

 

――――これで打者有利のカウント。まだ初回。低めの厳しいボールは捨てていこう。

 

 

「ボールスリー!!!」

 

 

フォークの連投。だが東条もふらない。

 

 

 

これには若林も不満。

 

――――全然振ってこないな。やっぱこいつは別格だな

 

若林の目には、御幸以外の2年生は1年生に打力で劣るという見方をしていた。甲子園でも低めの見極めと、低めを掬い上げる打撃を見せていた東条。

 

最後のボールは高めにきた。東条が待ち望んでいたボール。インコース内側。

 

「!?」

 

だが、東条からはそのボールがさらにインコースに入り込んでいる軌道に見えた。

 

――――シュート!? ボールコース!!

 

そして、東条はカウント有利の段階で、無理に打ちに行かず、このボールを見極める。

 

 

「ボールフォア!!」

最後はフォアボール。一死を取った後に東条を歩かせた若林だが、最後まで冷静にボールを見極めてきた東条に対し、

 

―――偏差値高いな。それに、取捨選択もベター。

 

意外にも、若林は東条に対し好印象を抱いていた。

 

 

だが、ここから上位打線。3番にはセカンド小湊。

 

――――フォアボールの後のファーストストライク。セオリーならここを狙い撃つ!

 

 

打ち気がややみられる打者に対し、若林は

 

 

――――センス頼みのチビ。餌を上手く巻いてやるから食いつけよ

 

 

初球厳しくインコースを攻めたストレート。

 

「ボール!!」

 

 

まずは見極めた小湊。続く2球目。

 

 

――――この日のための前菜だ。受け取れ!

 

 

ややゾーン気味の早い球。小湊はこの球を待っていたかのように打ちにいく。

 

 

 

――――インコース、ゾーン!!

 

 

だが、ここでこの速い球が内に切れ込んできたのだ。

 

 

「!!!」

 

バットの根元気味、芯を外された打球は、若林のグローブの中に入った。

 

 

「ふん」

 

セカンドフォースアウト、一塁も当然アウト。

 

 

初回チャンスを広げることが出来ず、青道は無得点。

 

「シュート、か」

悔しそうな表情をしていた小湊。初球をあえて厳しく攻めたのは、2球目の布石。まんまと嵌められた。

 

 

「次の回、沖田相手にはこれ以上厳しくいくぞ」

 

「豪ちゃん。ナイスピー!」

 

「最後いい形!!」

 

一方、王谷高校のベンチはムードが明るくなった。初回フォアボールは出たが、東条相手に長打を打たれるぐらいなら、こういう形の方が望ましい。

 

若林の立ち上がりが大事に至らなかったと同時に、相手にプレッシャーをかけることが出来た。

 

 

――――とにかく、初回。球質の軽い投手がゾーン勝負をしてくるならば

 

とにかく初回にいい形で攻撃をできれば、勝負に持ち込める。

 

「とにかく初回、ゾーンに来たボールは強く振るんだ。」

まずは先頭打者の山中に託す。左打者だが、左投手のチェンジアップは内に入る傾向にある。高く浮けば、痛打できる確率は増す。

 

 

まず初回の表、左打者に対峙する沢村。

 

 

―――――さぁ、また世間を驚かせる時が来たぞ、沢村

 

 

御幸はアウトコースに構える。

 

 

まず沢村の初球。球持ちの良く、変則気味のフォームから、

 

「ストラィィクッッ!!」

 

打者のバットが出ない。伸びのあるストレートがコーナーギリギリに決まる。

 

 

――――今日はここを取ってくれるのか。リードが楽そうだな。

 

続けて2球目。

 

 

「ストライクツー!!」

 

セオリーでは、左投手のボールは左打者に相性がいい傾向にあるという。しかし、そんな曖昧なセオリーはあまり関係なく、先程と同じコースにストレートが決まる。

 

 

――――おいおい、球速は大塚程じゃないのに!

 

球速以上に速いと感じるボール。

 

 

――――ここでチェンジアップを見せておくと、リードが楽そうだ。

 

 

低め外のボール。無理にゾーンで勝負する必要はない。

 

「ストライィクッ!! バッターアウトォォォ!!」

 

しかし、御幸の考えとは裏腹に、打者は手を出してしまう。タイミングを外されたスイングで、膝をつく。

 

 

これを見た荒木監督は、

 

――――右左関係なく使って、いや、今のボール球。これは次への布石。

 

 

 

2番打者は右打者。沢村のチェンジアップを当然警戒しているだろう。

 

――――ここで新球、高速チェンジアップだ

 

アウトコース低め。ストレートを警戒しつつ、チェンジアップも頭にある中で、このボールは有効なはず。

 

 

「!!!」

 

手元で変化した高速チェンジアップに面食らった相手打者の片岡。初球を打たされ、ショートゴロ。

 

「いい球来ているぞ、沢村!!」

 

沖田から親指をぐっ、とたてられる。

 

 

3球三振に始まり、初球を打たせてツーアウト。沢村の安定感も負けていない。

 

 

「うお! もうツーアウトかよ!!」

 

「どっちも立ち上がりいいぞ!!」

 

 

――――まだ、スライダーは投げるべきじゃない。この流れ、スライダー抜きでも

 

余計に実戦で試す必要はない。

 

3番打者の捕手の角田もストレート主体で追い込むと。

 

 

「!!!!」

 

ラストボールにチェンジアップ。先ほどのアウトハイのストレートをファウルにした後の外角低めの落ちる球。

 

「ストライィィクっ!! バッターアウトォォ!!」

 

 

「先発沢村!! 立ち上がりは上々の滑り出し!!」

 

「やっぱコントロールいいぞ!!」

 

「最後のチェンジアップやべぇぇぇ!!!」

 

 

高速チェンジアップに対しての確かな手ごたえを感じ、沢村は意気揚々とベンチに戻る。

 

「どうっすか!! あの球!!」

 

「上々だな。実戦初にしては、コースに決まったし、いいボールだった。だけど、まだ初回だからな」

手放しの称賛。だが御幸は、勝負は始まったばかりであると釘を刺す。

 

 

 

王谷高校、青道高校の両先発の立ち上がりは象徴的で、この試合が投手戦になるということを予感させた。

 

 

2回の表、沖田への投球。

 

初球いきなりシュートを投げ込んできた若林。だが、変化はそれだけではない。

 

「!!!」

 

――――こいつ、最初からセットポジションで!!

 

 

――――エース新見、楊舜臣の有効な手段。利用しない手はないからな!

 

 

「くっ!!」

 

続くストレートにファウルを打たされた沖田。これで1ボール2ストライク。フォークを見極めた沖田だが、あっさりと追い込まれる。

 

 

スッ、

 

ラストボール。若林がクイックモーションで投げ込む。沖田はダメだと本能的に分かっているのに、肩がやや開いてしまう。

 

 

「しまっ――――」

 

 

かァァァァァんっっ!!

 

 

打球は高々と上がり、外野へ。しかし打球に伸びはなく、

 

 

「アウト!!」

 

センターフライに打ち取られる沖田。甲子園を沸かせた強打者をあっさりと打ち取った若林。続く御幸もフォークでサードライナーに打ち取り、

 

「正面かァァァ!!!」

 

「いい当たりだったのに!!」

 

 

――――引っ張り気味だとどうしても、フォークの見極めがしづらい。次の打席だな

 

いい当たりを放った御幸は、次の打席だと切り替える。

 

 

6番前園はフォークの前に3球三振。2回も隙を与えぬ投球で青道を抑え込む。

 

―――このボスゴリ大好きだわ~~。フォークを簡単に振ってくれるし

 

明らかに前園を見下していた。

 

2回裏の沢村も、春日に対してインコース主体の投球で最後はカットボールで詰まらせてセカンドゴロ。

 

――――チェンジアップの後にこれか!!

 

 

山里も、外角ストレートで三振に打ち取り、これで早くもツーアウト。

 

 

6番太田に対しては、

 

加速するストレートとは好対照な減速するチェンジアップがあまりにも有効で、太田のバットが出てしまう。

 

タイミングを外された太田のバットは火を噴かない。

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトォォ!!!」

 

 

若林が強力打線を抑えるなら、沢村はその投球を見せつける。

 

 

序盤は静かな展開になりつつあるこの試合。

 

しかし、若林はまだまだ油断などせず、今日の試合で一番警戒している打者との対戦に気を引き締める。

 

 

――――出たな、裏ボス

 

 

7番レフト、大塚栄治。なぜこの打者がこの打順なのかは実績の浅さが関係していると言える。高いセンスと対応力を見せつけた前回の試合。

 

 

若林には、沖田道広よりも危険な打者と目に映った。

 

 

「ストライィィクッッ!!」

 

まずはアウトコースのボールを見てきた大塚。データでもあるように、早い打席では初球を見逃す傾向にあるバッター。早いテンポで追い込みたい。

 

「ボールっ!!」

 

しかし、低目は振らない。フォークボールの軌道も見極めてきた。

 

――――あの高さからこの落差。なるほど、いいフォークだ。

 

 

今日の試合を見る限り、この低めのコースはほとんどフォーク。ストレートを低めに集めきれていない。

 

だが、このフォークを見ることで、高めのストレートが伸びているように感じられるのも事実。

 

 

――――ここは敢えて低めのフォークを、

 

 

カキィィィンッッ!!

 

 

ややボール気味のフォーク。最初から狙い撃った大塚。これには若林も驚く。

 

――――ボールゾーン!! しかも踏み込んできた!?

 

 

しかし、当たりが良すぎたのか、レフトフライに終わる。

 

 

「もうひと伸びか」

 

やや残念そうにベースを回りきらずにベンチへと下がる大塚。それを見ていた若林は

 

―――敢えてフォークを狙ってきた? 膝を曲げ、踏み込んでうってきたか

 

東条秀明、御幸一也、大塚栄治。この3人は曲者だ。

 

 

―――こうなると、低めのストレートの制球を見せておかないとな

 

「ストライクっ!!」

 

低めに伸びてきたストレート。続く2球目も低めに決まり、フォークを警戒している金丸の裏をかく投球。

 

――――クソッ、フォークを投げてこねぇ

 

 

――――そんなにフォークを待っていたのかよ、んじゃ、それじゃあ

 

 

角田が高めに構える。

 

 

「あ!!」

 

高めの見せ球にバットが出てしまう金丸。ストレートに反応してしまったのだ。

 

「スイング!!」

若林が叫ぶ。

 

「バッターアウトォォォ!!」

 

審判も金丸のスイングを取り、三振。初回からほぼ完ぺきな内容で青道打線を抑え込んだ王谷のエース若林。

 

沢村はストレートで3球三振。この準々決勝で素晴らしい投球を披露する若林。

 

早くも三振は3つ目。

 

 

 

都立の命運を託された頭脳派エースは、青道の攻撃を巧みに受け流し、虎視眈々と金星をうかがう。

 

 




スライダーの克服の副産物が牙を剥きます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。