秋季大会3回戦。青道では険悪な雰囲気が流れ始めていた。
「――――――?? どうしたんだろう、みんなの表情が硬い」
ベンチにて、大塚栄治は2年生たちの間で不穏な空気が流れていることに気づく。
「大塚――――知らないのか?」
沖田が信じられない顔をして、彼に喋りかける。
「え? 何があったんだ、道広。試合内容は俺以外悪くないはずだよ。なのに、なぜこんなにピリピリしているんだ?稲実が負けたから? いや、あまり俺が意識していないだけで、因縁は深いのかな」
沖田は、初めて大塚に対して疑問を覚える。なぜあれだけの騒ぎになった騒動を知らないかという。
いや、知らないにしてもあの日から一夜は経っている。知りはしないまでも、今日この日まで気づく素振りがないことに驚いていたのだ。
それはあくまで沖田の主観で、大塚が早々と学校を後にしたことが原因である。
事情をなんとなく知る沖田の冷静さにかいた思考でもあった。
「いや、御幸先輩と前園先輩が口論をしたんだよ。何でも、退部するか、部にいるかを迷っている上級生がいるらしくてさ、その時の対応にゾノ先輩が――――」
「退部? 部をやめるのか?」
驚いたような顔をする大塚。野球をやめるという選択肢がない彼には、その決断を考えていない。だから沖田の言葉に驚きを隠せない。
「あ、ああ。まあ、主将なら相談に乗るのが役目だろうと、ゾノ先輩が御幸先輩の対応に腹を立てたんだ。俺も、何とも言えないからさ。けど―――」
「御幸先輩が何て言ったんだ? あの人はそんな風に迷っている人に、そこまでひどい言葉を投げるとは思えないんだけど」
「簡単に言うと、それは自分自身の意志じゃないかって。御幸先輩は引き止めずにナベ先輩の――――あっ、やべ」
うっかりと実名をもらしてしまった沖田。慌てて口をふさぐのだが、
「ナベ先輩――――そうか。」
顎に手を当てて、考えた大塚。そして、
「―――――うちの野球部、競争率が高いよね。俺やお前は当たり前のようにベンチにいるけど、普通はそうではない。」
父親からいろいろ教えられている。プロは、そういう場所なのだと。
競争が激しく、本当に厳しい世界であると。
―――けど、だからその頂は、輝いていたよ
頂点を手にした男は、朗らかに語った。
「迷っているってことは、まだ野球がしたいからだと思う。野球を捨てきれないから、彼は部を離れない。そういう事だと思う」
自分と同じだ。苦しいけど、離れられない。
好きなのに、つらい。
「栄治―――――」
大塚の言葉に安心する沖田。ここで先輩に対して悪感情を抱いていれば、彼としてはどちらの肩を持つことも出来なかった。板挟みにならなくて内心ほっとしたのだ。
「――――――練習を、努力するしかないんだ。こういうことは、御幸先輩の言う通り、個人の意思が最後にモノを言うと思う。俺にも、御幸先輩だって、簡単に答えられる問題ではないから」
神妙な顔で、自分の本音を出す大塚。簡単ではないから。
「――――そう、か。」
「だけど、悩んでいる時に、何か一声もう少しかけてあげるべきだったかもしれない。御幸先輩がそういう柄じゃないのは知っているけど、そういうことはゾノ先輩だってわかっているはず。キャプテン一人に背負わせすぎだよ。」
俺達よりも、1年長くつるんでいるはずだから、と付け加える大塚。
「そんなことよりも、大田スタジアムに難でこれだけの大観衆が――――」
地方大会3回戦でなぜここまでの観客がいるのかのほうが大塚は気になっていた。スタンドには人、人、人。
「それに、今日は早出だったけど、家に誰かいるような気がするんだよね。」
「?? なんだそりゃ?」
言えに知らない人間がいるという発言に沖田が思わず聞き返す。
「いや、夜遅くに帰宅すると靴が一つ増えていた気がするんだ。疲れていたからいつも通りのサイクルで寝たけど」
「親は何て言ってたんだ? てか、お前不用心すぎだろ」
「いや、母さんが何も言わないならいいかなって。」
――――――そういうところ、もっと俺達にみせてほしいんだがな
家族に対して、あまりにも不用心で、無意識のうちに頼りにしているのが解る。仲間を信用してはいるが、まだまだ大塚には自分たちに対して壁がある。
もっと頼ってほしい。弱みを見せろと言うわけではない。
――――俺達を頼ってくれ、栄治――――――
そんなことを思っていた時だった。
「エイジ~~~~~!!!!!」
その時、大塚の名前を呼ぶ声がしたので、大塚は反射的にその方向へと視線を向け、何も考えずに、
「うん? って、さ、サラ? ど、どうして!?」
――――どうして、だって彼女はアメリカに。
驚く大塚。声が下方向に方向に彼の知り合いらしき外国人の女性が立っており、声を震わせている。
「なんだと?! おまっ、あんな可愛い妹がいながら、パツ金の美女だと!!! お前というやつは!!!」
「ちがっ、サラはガールフレンドで、俺とはそういう関係じゃないよ!!」
気が動転しているにも拘らず、沖田に対して律儀に説明する大塚。
「ハグとかしているんだろう!!」
「それはあっちでのあいさつだ!!」
「畜生め~~~~!!!!」
わぁぁぁぁんっ、と大泣きする沖田。
「俺は、あの子とそんなことすらできないのにぃぃぃ!!!」
「―――――うん、そうだね」
本当にしょうもない事で悩んでいる友人に、呆れる大塚だった。
「―――――うわ、本当に雰囲気が変わっているね。あっちはいつも通りだけど」
東条と金丸は沖田の自主練習についていき、それぞれが課題に取り組んでいた。故に、2年生たちの事情をあまり知らない。
丁度木島先輩の所へ外泊した沖田が知っていただけである。
1番 遊 倉持
2番 中 白洲
3番 三 沖田
4番 捕 御幸
5番 右 東条
6番 投 大塚
7番 一 前園
8番 二 小湊
9番 左 麻生
七森学園戦で出番のなかった倉持が先発復帰。金丸は残念ながらレギュラーを外れる。沖田がまたしてもサードに。そして3番と5番が1年生で固められ、大塚が6番に入る。
先発は大塚。リリーフに備えて川上と降谷が準備をしていた。
「――――――おかしいわね、いくら地方大会でもこれは――――」
応援に駆け付けた綾子は、異常な盛り上がりを見せている球場に首をかしげる。
「―――――まるで、夏予選の決勝みたい――――」
美鈴も、辺りから妙に視線を感じ、気味が悪かった。特に視線を集中されている母親の綾子は本当に表情が優れない。
「美鈴ちゃん――――ごめんね、私も解んない。2回戦はそうでもなかったのに―――」
吉川もなぜ地方大会3回戦でこれだけ人数が入っているのか皆目見当がつかない。
「うんうん。稲実を倒したダークホースを見に来た、にしてはおかしいと思う」
夏川唯も彼女らと同様に理由を測りかねていた。
だが見知らぬ観客が綾子の顔を見た瞬間、
「今日は息子さんが楽しみですね」
「いやいや、今日もいい投球をするでしょう」
「―――――――え?」
困った顔でその言葉に反応する綾子だが、その心中は穏やかではない。
―――――ま、まさか――――――
その瞬間、会場が一斉に沸いた。
ベンチ裏から大塚栄治が姿を現したのだ。
「今年の史上最強のルーキー、大塚だ!!」
「史上最高の後継!! 今日はこいつを見にきたんだ」
「大塚和正並の制球力!! その圧倒的な強さを見せてくれ!!」
「伝説の息子だぞ、凄い投球をするんだろうな!!」
大いに沸く。大塚はその言葉の全てを聞いたわけではない。だが、
大塚和正という言葉を聞いた瞬間、
「――――――――――――――っ」
笑顔が消え、表情が固まったのだ。
「エイジ?」
横にいた沖田が怪訝そうな顔をする。
―――――何で――――何で――――何で!?
心の中で何度も自問する大塚。
野球部から漏れたというわけではない。それなのに、なぜかここまで大観衆に漏れてしまっている。
大塚栄治と大塚和正の関係性が晒されていた。
――――解ってる、解ってる――――解りきったことだろうに――――――
比べられ続けることから逃げた彼は、自分の父親の事を親しいものにしか言わなかった。
青道のみんなは、大丈夫だと思っていたからこそ、自分のことを言った。
だが、世間に知らされることがこんなにも大げさなことになっているとは思わなかった。
自分が想像していたよりも、父の存在は大きかったのだと。
――――今日だけ来た野次馬どもに、俺を見に来たやつはいない。
「大塚、今、大塚和正って―――――」
「え、どういうこと?」
「な、なんだ…」
ざわざわ。
青道応援席でも、大塚の驚くべき出自に戸惑いを見せていた。彼が今まで黙っていたこともそうだが、その秘密は野球に携わった者ならば、知らない者はいない。
「アイツの親父って、そんなにすごかったのか? 今も凄いけど」
約1名。沢村栄純はこの盛り上がりに反応していたが、理解していなかった。
だが、そんな少数の人間がいたところで、彼の悩みは尽きない。
「―――――――っ」
大塚は今混乱のさなかにいた。
―――――みんな、すまない…
金丸にも言ったが、隠していたことではある。だが、みんなに知られたくない、そういうわけではなかった。
自分にはまだ、その光と向き合う覚悟がないだけなのだ。
これから先発するというのに、これではダメだ。ダメなのにと心の中で喝をいれていた時だった。
「大塚君~~~!!! 今日も!!」
「!!!」
「今日もいい投球!! 期待してます!!!」
大きく、大きく声を張る彼女の声が、大塚の背中を押す。
「吉川さん―――――――」
吉川の声が聞こえた。自分を見てくれている。和正の事をあまりよく知らないからなのかもしれない。だがそれでも、その声とベクトルが彼を救っていた。
「大丈夫、投球に集中すればいいんだ。それで俺は―――――」
自分に言い聞かせるように。
「大丈夫。俺は、大塚和正じゃない。」
――――落ち着け、落ち着け。今は関係ない事だ。
異様な盛り上がりを見せる会場の中、
稲実の1年生捕手、多田野と2年生福井が観戦に訪れていた。
「凄い数ですね――――」
多田野は、これほどの人数が集まる試合とは予期しておらず、甲子園にも似た雰囲気すら醸し出している今日の光景に言葉を無くす。
「うん。大塚栄治君が大塚和正の息子であると知れ渡ったからね。昨日でてきた情報なのに、ここまでなんて――――」
福井も昨日知ったばかりの情報で、こうなるとは想像していなかった。
「大塚和正―――――」
多田野にとっては雲のような存在。メジャーで一番活躍した日本人選手にして、とうとう日米通算400勝を目前に控える伝説。
「甲子園の舞台でこういう場面を経験しているとは思うけど、今日はそれとは違う。」
大塚栄治を誰一人として見ておらず、大塚和正の息子としか見ていない。
「プレイボール!!」
いつもとは違う空気の中、試合が始まる。
大塚の立ち上がり。
「ストライィィクっ!!」
アウトローに外からカットボールが入ってきた。厳しいボールの為、手を出さない。
先頭打者の近藤は俊足打者。しかし、多彩な変化球を誇る大塚を前に表情が厳しくなる。
「ボール!!」
続くインコースを突いたストレート。真直ぐに来ると思われたフォーシームがシュート回転し、ストライクゾーンに入るかと思ったが、ゾーンに入りきらなかった。
「――――――」
――――ボールでよかったが、今日はやけにシュート回転するな。
御幸も大塚の球質に変化が出始めていることを強く意識した。
続くボール。
「ストライクツーっ!!」
アウトローのスライダー。カウントを取りに来たスライダーが外に決まる。外から内に入ってきたバックドア。両サイドを高度に突いた投球。
そして――――――
「ファウルボールっ!!」
ここでインローの縦スライダー。ストライクからボールになる変化球。近藤は何とかカットしたが――――
「くっ、」
インコースを突いたカットボールに詰まらされ、セカンドゴロ。まずはうるさい先頭打者を抑え込んだ大塚。
続く2番左打者に対しては―――――
「ストラィィクッ!! バッターアウトォォ!!」
ここで決め球にサークルチェンジアップ。パラシュートチェンジをあまり使いたくない理由は、ボールに目が慣れてもらっては困るからだ。
決め球ともいえるボールが現状この球種しかない今、安売りは出来ないし、ストレートに依存する決め球だ。
ストレートが弱体化した今、その能力も比例するように落ちている。多投は禁物だ。
あっさりとツーアウトを取った大塚。だが、帝東戦で見せた圧倒的なストレートは投げられていない。
――――気持ち悪い、フォームも、球筋も、
万全ではない状態であるからこそ、油断はない。だが、自身の投球に納得が出来ていない雑念が脳裏をよぎる。
続く3番の右打者に対しては―――――
「ストライィィクッッ!!」
フロントドアのカッターがインローに決まり、まず先手を取る。バッターは変わらず仰け反る姿を見せる。
――――当てに来ているわけじゃないのに、体が勝手に反応して―――――
打者を幻惑する両サイドの出し入れ。大塚の相手の力を半減させる技術は伊達ではない。
「ファウルボールっ!!」
続く2球目はインハイのストレート。シュート回転し、食い込みながら変化するこのボールに対し、簡単にあてたが球威に押された3番打者。テンポよく2球で追い込んだ。
――――球種ではなく、ゾーンで絞らないと打てる可能性すら出てこないぞ
御幸は打者が戸惑いを隠せない様子を冷静に分析し、
―――――最後は縦のスライダーだ。
最後は真ん中低めに落ちる縦スライダー。打者の目の前で急激に落ちる大塚が持っている5種のスライダーのうちの一つ。
スロースライダー、横スラ、縦スラ。高速スライダーは曲がりが小さすぎて、決め球には使いづらい。
そして5つ目のスライダー、高速縦スラは制球難。この球種はSFF同様に間に合わなかった。
今日はスライダーで翻弄する投球が中盤から必要になるだろうとバッテリーは読んでいる。
「スイングっ!!」
手が出てしまった。スイングを取られ、空振り三振。
「いいぞ、大塚!! 三凡だ!!」
「安定感こそ大塚だろ!!」
いつもの大塚を知る者ならば、初回は落ち着いた投球に見える。ヒットを許さず、立ち上がりに隙をあまり見せなかった。
だが――――
「??? あんまりすごくないね」
心ない言葉が、響いた。
「っ」
心に軋みが走ったような気がした。
「ああ。甲子園の時のような剛速球投げないね」
――――投げられるなら、投げたい。
それは自分でも解っていることなのに、それを言われるのが――――
「なんか、小さくまとまっちまったなぁ」
――――勝つために必要なんだ
「ああ。圧倒的な投球を見たいのになぁ」
「和正に比べりゃあ、まだまだ全然だな」
――――父さんは、そんな簡単じゃない!!
いつもの彼らしくない煽り耐性の低さ。相手のヤジすら受け流していた彼にとってブロックワードともいえる言葉。
平常なら、「プロとアマチュアに差があるのは当然」と言えるだろう。
大塚和正――――――
エイジを狂わせる忌まわしき、そして、輝かしい男の存在。
彼の異変は、ナインも少なからず感じ始めていた。
「―――――エイジ?」
御幸はそんな栄治が苛立っていることがどうにも気になった。チーム内で上手くいかないこともあるが、それにしても今日はエイジの機嫌がとても悪い。
「エイジ? お前何イラついているんだよ。」
「ゴメン道広。大丈夫、何でもないよ。うん、なんでも――――」
「どうしたどうした!? スーパールーキーじゃないのか!?」
「「「!!!!」」」
外野からのヤジが、3人に届いた。
「甲子園で見せた圧倒的な投球を見せてくれよ!」
「大塚和正の息子なんだろ!?」
「レジェンドの息子じゃねェのか? 力を見せろよ!!」
ミーハーなファンが、ペース配分を知らないにわかが、大塚の弱点を抉る。何も知らない小汚い言葉が、大塚の在り方に皹を入れていく。
「おい!! お前らいい加減にしろ!!」
周りの高校野球ファンに最終的に止められ、その後どうなったかわからない。声が聞こえないので、球場を後にしたのだろうか。
だがそれでも、大塚の心に傷を残した。
「――――――――――――――」
青白い顔をした大塚がおもむろにベンチに帰り、タオルを頭にかける。
「エイジ――――その、気に「気にしてない」――――エイジ――――っ」
沖田の言葉を遮るように、大塚は大丈夫だと答える。
「俺は、大丈夫。」
一方、先制のチャンスすら生み出せなかった鵜久森は―――――
「やっぱり、左打者にはサークルチェンジが多くなっているね。けど、ストレートが弱っている今なら、変化球主体になると思う。けど、あれほど制球されると、多彩な変化球には苦労するだろうね」
松原が大塚の不調が想定通りであることを確認し、変化球主体でも攻略が難しいことを悟っている。
彼が見据えているのは、その先。
「――――――だからこそ、中盤のその時が肝ってことかよ。」
「ああ。ストレートの球威が戻り始めた時。そこが、大塚攻略の最大のチャンス。」
ストレートが初回からシュート回転し、お辞儀している。変化球の切れがあるからこそ、抑えられている状態。
速球系の変化球は、ストレート本来の良さすら消すリスクのあるボール。戻り始めた時、これを使うわけがない。
投手の力量を活かそうとする賢い捕手だ。下げるようなことはしないはずだ。
「序盤はチェンジアップ狙い、中盤からはストレート狙い。最悪後半はチャンスすらないと思う。リミットは案外短いよ、梅宮」
梅宮が嘯く。
「けど、あの両サイドの制球力と変化は厄介だぜ。カットするのが精一杯だ。」
「それでいいんだ。球数を考えれば、彼らは勝負に出なければならない。リリーフで不安定な沢村に、球威が一番ない川上。最後は降谷だが、攻略法は一番簡単さ。」
松原は、アウトコース中心の彼の投球の理由を容易に予測することが出来た。
―――――アウトコースの制球力はさすがだけど、
「彼はインコースを狙って投げることが出来ない。ベース寄りに立って、踏み込んで打てばあの剛速球と言えど、打てないはずがない」
万が一タイミングを外されても、腕の力だけでも金属バットならば内野の頭は越せられる。
「まあ今は、大塚栄治だよな」
チームメイトが目の前の相手先発に話を戻す。
「そうだね、彼が厄介なのは変わりない。しかし、今はSFFを使えないみたいだけど」
大塚の不調、松原は彼の調子のバロメーターがストレート、そして切り札のSFFにあるとも考えていた。
「SFFを帝東相手に投げなかったんじゃない。投げられなかったんだ。あのワイルドピッチを見る限り、捕手の能力が追い付いていないみたいだし。そして、前半は満足に投げることすらできないと見た」
帝東戦では、SFFを投げた回数がおそらく2回。唯一のヒット、ワイルドピッチ。
あの半速球はSFFのぬけ玉。捕手はこうなる恐れを考えて、使うことが出来ず、後半は捕球困難なボールとかす。
ランナーがいる場面では確実に使えないだろう。
「手負いじゃねェか。なら、万全よりも怖くはないな」
大塚は万全ではない。万全に見せるように、技術に救いを求めているだけだ。
だからこそ、決して届かない相手ではない。
「ああ。1年生最高の投手を打ち崩す最初のチームは、僕たちだ」
おおおお!!!!
初回から気合を入れている鵜久森ナイン。鼓舞するのはマネージャーの松原。
勢いよく飛び出していったナインに期待のまなざしを向け、最後にマウンドへと向かう梅宮に、注意を促す。
「とりあえず、立ち上がり気を付けてね。特に沖田君は手強いよ」
「なぁに、2年生の意地って奴を見せてやるよ」
荒々しくも繊細な、東東京きっての好投手が青道打線に立ち塞がる。
沢村は平常運転。多分、大塚が無意識に一番求めているタイプは彼です。
この試合は長くなります。