そういえば、ダイヤのAのアニメが終わりましたね。
次は何年後かな
稲実が負けた―――――――
まさかともいえる秋季大会最大の大物食い。ついこの前、甲子園出場校同士がいきなり激突し、帝東が敗れ去った以来となるビッグニュースは、関東のアマチュア球界を駆け巡った。
『リリーフ登板の成宮、痛恨の逆転打を浴びる!』
『積極的な采配で、稲実を翻弄! ダークホース鵜久森!!』
『その球速差、30キロ超え!? 超軟投派? それとも本格派? エース梅宮、9回1失点完投!!』
次々とアマチュア球界に詳しい情報媒体では稲実敗北の事実と、鵜久森高校の名が上がる記事が書き出された。
それほどの衝撃をもって迎え入れられた秋季大会2回戦。
この前に行われた、エース楊の1安打無四球完封という素晴らしい投球すら霞むほどだった。
そして、当の本人は、
「小国が大国に勝つためには、奇策が必要。驚くようなことではない」
自分の為したことに大した興味もなく、ただその事実を分析していた。
「相変わらずすごいよな、楊。あの天下の稲実が負けたんだぜ? ちょっとは動じるのが―――」
チームメイトの一人が、自然体のように笑みをこぼす。彼の存在感に依存していないわけではないが、彼がエースであることがどこか誇らしくもあるようだ。
「今年の夏を制したのは青道だ。ならば、一番注意するべきはその高校。後は、対戦するであろうチームのみ。」
「で、その鵜久森は青道相手にどんな戦いをすると思う?」
「―――――どうだろうな。継投なら鵜久森には勝ち目がないが―――――」
楊はDVDの電源をつけ、帝東戦での大塚の投球を写す。
「それ、大塚の―――――」
「ああ。夏予選や本選では綺麗な回転のフォーシームを投げていたが、中盤から後半直前まで、ストレートによる空振り率が大幅に悪くなっている。」
映像に映し出された大塚は、変化球で空振りを奪い、動く球で見逃しを奪っている。
しかし――――――
「あれ? 大塚のフォーシームって、こんなにシュート回転したっけ?」
映像から見る限り、フォーシームがシュート回転しているようにも見える。その為本来の持ち味であった伸びのあるストレートが鳴りを潜めているのだ。
「後半からストレートの球威や伸びが回復したが、あそこまで調子が戻らないというのは致命的だ。大塚は、怪我以外の原因で調子を崩していることは明らかだ」
楊は、それがフォームからくるものであることを看破したが、その原因までは解らなかった。
「けど、大塚はこの流れだと先発だと思うぞ。」
「ああ。鵜久森が稲実相手に魅せた立ち回り。それを考えれば、この大塚の弱みを突かないはずがない。」
そして、楊は青道が勝つ条件を明言する。
「この試合、大塚は確実に失点するだろう。故に求められるのは、エース梅宮を攻略することだ。」
一方、青道では―――――
青心館にあるテレビの前で、部員たちがその試合映像をじっくりとみていた。
「―――――――」
大塚は、成宮が打たれた瞬間を映像で見ていた。
「――――栄治、どう思う?」
御幸が大塚に意見を求める。彼も感じたことがあったのだが、まずは大塚に聞いてみたかった。
「―――――この1年生、リードは間違っていなかった、かな。」
「なに!?」
沢村が驚いたような顔をする。成宮の球が打たれて結果的に負けたのだ。リードも結果論。それを大塚に教えてもらったにもかかわらず、大塚はこの捕手が間違っていないと言い切ったのだ。
「あくまで、この捕手のリード通りなら、ね」
大塚が指摘したのは、ストレートを投げる前に成宮2回も首を振った場面。
「恐らく、ここで変化球。ストレート、スライダーを見せた後、さらには直前に速球で追い込んでいる。彼はきっと、チェンジアップ低めあたりを要求したと思う。」
「栄治もそう思ったんだね。僕も、あの場面の打者なら変化球を意識するよ。」
東条もあそこは変化球の確率がかなり高かった、というより変化球がベターだったと考えていた。
「でもしなかった。なんでだ!?」
沢村は訳が分からず聞き返す。
「成宮のストレートが打たれた。それが答え。」
簡潔に答える大塚。
「!!!」
沢村は、その言葉で理解した。
成宮は捕手のリードを無視し、ここで力押しのストレートを選び、打たれたのだと。
「まあ、アイツの自滅でもあるけどよ。パスボールをした捕手だ。アイツなりの優しさだったんだろうが、自ら首を締めちまったんだよ」
成宮をよく知る御幸が、その内情を想像する。予選からチェンジアップを零す場面が見られた1年生多田野に無理をさせないためとはいえ、ストレート勝負は安易すぎた。
「けど、成宮を、稲実を倒した勢いは侮れねぇ。気を引き締めねぇと」
一塁レギュラーを狙う筋肉質な2年生山口が、事の顛末を聞いたうえで険しい表情をする。
「なっ!」
しかし、麻生はその勝負を考えた上で、
「まあ、その勝負を考えれば、稲実の自滅だし、鵜久森が来てよかったかもよ。倒しやすくて」
あくまでチーム力の低い鵜久森が来てよかったと考えた。世間的に見ても稲実と鵜久森の選手層は歴然。彼がそう考えるのはごく自然だったかもしれない。
「そういう意識だと、お前は打てないかもな。」
木島が麻生に異を唱える。異を唱えるだけではない、麻生の打撃成績の安定感の無さを指摘したものでもあった。
「んだとっ!?」
「勝った方が強い。油断なんて出来ねェだろ」
「ああ。稲実倒した勢いは洒落にならねぇ。そのまま向かってくるぞ、奴ら」
「―――――――」
降谷としては、この慌ただしくなった部内で一人マイペースを貫いていた。相手がどこであろうと自分の投球をする。それしか考えていないからこそ、彼は動揺もなかった。
「けど、この緩急、俺のチェンジアップの比じゃねェだろ、これ――――」
沢村は、自身が投げられないカーブでここまでの球速差を出せる梅宮の指先の感覚に、投手としてのライバル心を燃やす。
キレと変化球の多彩さなら負けない。だが、この制球力は侮れない。
「この梅宮も、そして捕手も中盤までこの変化球を温存したのがさらに稲実に追い打ちをかけたな」
成宮を勝負所で三振に打ち取り、続く6番打者も空振り三振に抑えたボール。
「縦スライダー? けど、カーブっぽい変化量でもあるが」
「指先の細部まで見られたらいいんだけど、まさかあんな変化球があるなんて」
渡辺が悔しそうにする。この変化球は初見でまったくの謎。スライダー系統にも見えるし、カーブにも見える。
「スラーブって程でもねぇし、手元で鋭く落ちているし、挟んでもいない。なんだこの変化球?」
金丸も、首をかしげるばかりだ。
「とにかく、なれるまではカットして、球筋を見極めるしかないね。謎のまま打たせてもらっても問題ないと思うし」
春市は、なんにせよ打てば問題ないと言い放つ。
「はるっちも言うようになったじゃねェか!!」
バンバンと背中を叩く沢村。
「正直、臆する暇はないし、根こそぎ奪いたいね、全部の勢い」
勝ちを意識した宣言をする春市。一同もうんうんと頷く。
稲実を倒したからっていい気になるなと。
「それ、俺の言葉なのになぁ」
主将の御幸が一番言いたかった言葉を寸前で言われ、苦笑いをするが、チームの雰囲気が悪くなりかけた寸前でこういう言葉はありがたくもあった。
集会が終わり、一年生たちはそれぞれ自主練習をする者、試合に備える者と別れるのだが、終了直後に雑談をするのは恒例となっていた。
「――――まあ、稲実がこないって言われてもピンとこないな」
沖田は、どうにもこうにも、とぼやき、苦笑いのまま。
「けど、油断できない相手だよ。稲実の自滅でもあるけど、そのチャンスをつかむ力は侮れない。」
大塚は、松原の事を他のメンバーに言うつもりはなかった。また面倒なことになりかねないと判断したためだ。
―――そうでなくても、母さんも最近辛そうだ。
もう表舞台に上がることはないと言うのに、なぜこうもしつこく追い回すのか。そのたびに居た堪れない雰囲気になって、迷惑をかけていることを謝る母さんと美鈴が衝突する。
――――何で謝るのよ!! なんで!? そんなことを気にしているなんて、いつ私が言ったの!?
良くも悪くも真直ぐ。母さんは悪いことを何一つしていない。だから余計に気に入らないのだろう。
仲裁に栄治がいつも入る。父さんが現役復帰し、大黒柱がまた家庭にいる時間が減った。そのことに文句はない。
その役目は兄である自分であるのだから。
意識の空白が生まれた大塚は、いつの間にかプロ野球の話題になっていることに気づかなかった。そして注意力の散漫になった彼は、ミスを犯すことになる。
「けど、やっぱ親父さんは凄いな。一軍昇格後、未だ負けなしだろ?」
沖田がついぽろっと口に出す。大塚もその瞬間でのことだったので、あまりにも無警戒に、
「父さんは、特別なんだ。特別と言われる人たちの中でも、次元が違う」
「え!?」
だからこそ、あの夏で自身の事情を知る由もなかった金丸が、驚くのだ。
「大塚君、それ!!」
東条が注意するが、もはや手遅れだった。
「―――え? 東条? お前知って――――」
金丸が、東条を見て信じられないような目で見る。
「あ――――」
自分がしでかしたことを知る大塚。
この場にいるのは、大塚と沖田、金丸に東条、小湊、そして狩場がいる。
一軍メンバーにいた沖田と東条、小湊は夏本選直前の大塚の話を聞いていたのだが、金丸はその事を聞いていないのだ。
例外で狩場はブルペン捕手の兼ね合いで知る機会を得ていた。
「うん―――――今の3年生と金丸以外のここのメンバーは、その――――」
歯切れが悪い東条。隠していたわけではなかった。
金丸だから教えなかったわけではなかった。
「ゴメン。隠していたわけではなかったんだ。」
頭を下げる大塚。
「い、いや。けど、なんか納得だわ。あの怪物投手の息子なら、いろいろ納得がいくっていうか」
金丸が納得して、「そうか、大塚はあの投手の―――」という言葉を繰り返す。
「―――――うん、父さんは――――凄いよ」
同じだった。同じリアクションだった。なのに、どうしてあの時よりも気持ちが沈んでいるのだろうか。
「けどまあ、アメリカにいた時にいろいろ教えてもらったんだっけ?」
沖田が確認を取るように、本選で実はしていた話を持ってきた。
「うん。日本ではプロアマ規定の都合上、親でも教えることが出来なかったんだけどね。アメリカではそうではなかったから。」
「そりゃあうまくなるわけだ――――」
金丸は、ハァ、と疲れたような笑みを見せる。
家族をよく言われているのに、なぜなんだろう。
――――どうして、俺はイラついているんだ?
友人に対して、なんて失礼なのだろうと、自分に戸惑う大塚。
夏の時と今では何が違うのか。そして気が付いた。
―――――どれだけ活躍しても、その光の前では、全てが霞むからだ。
自分の努力は、大塚和正の光によって目立たなくなることを、改めて突き付けられた。
それを知っていたはずなのに、あの時だってそれに気が付けたはずなのに、気づけなかった。そうなのだ、あの夏の大塚栄治は、甲子園制覇に燃えていた。だから、気にしていなかったということを彼は知らない。
良くも悪くも、真っ直ぐだった夏のころ。
しかし、大塚和正をより一層意識するようになった今の彼は気づかない。
「いや、いいんだ。いつかはばれることだし――――」
「エイジ? なんか顔色が悪いぞ?」
沖田が心配そうにするが、
「大丈夫。夜更かしをしないように今日はゆっくり休んでおくよ。ごめんね、身の上で迷惑をかけて」
「だ、大丈夫だよ!! こんなの、今更な話だし。大塚君は凄い選手だって、俺達は解っているし」
小湊が慌ててその事実を述べる。父親が凄いとは言っても、別人なのだ。
春市が兄と比較されがちなのと同じように、大塚もまたそうなのだと。
だからこそ、よくわかる。
「悪いな、春市」
「とりあえず、明日の話だね。鵜久森戦。僕らが早々に打ち崩せば、大塚君が楽に投げられるし、番狂わせはあったけど、まだ地方大会の3回戦。周りの事は意識せず、大塚君の投球が出来れば勝てるよ」
東条がとにかく、明日の試合に向けた話をする。秋季大会。夏程の注目度があるわけではない。周りの目なんて気にするほどでもないという。
落ち着きを取り戻す雰囲気。その一役をかった東条は、
「話は変わるけど、沖田は花屋の女の子とそれからどうなったの?」
「な!? おまっ、ここで振るか!!」
沖田が突然慌てだした。
「ん? 何の話?」
大塚にはそれは初耳だった。
「いや、沖田君が降谷君のお見舞いに花を買ったんだよ。その時黒羽君もいたらしいけど、花屋の女の子と知り合ったらしいね。あの時有頂天になって部内で騒いでいたんだけど―――あ、そうか」
春市が説明する。
沖田が騒いでいた期間は、大塚がリハビリに時間を割いていた時間だった。
「そ、そうか。そんなことがあったんだ。夏大の直後は部内にいなかったから。そうか、そんな面白いことに――――」
「けど、いつもつれない態度なんだよ。クールというかなんというか。」
若干嬉しそうに話す沖田。つれない態度を取られてそんな表情が出来る沖田は間違いなくM気質だと思った大塚。
その後、まだ学校に残る沖田と寮組に挨拶をしてから下校する大塚。
帰り際、降谷が珍しく話に食いついてきたので、談話に盛り上がっているのが見えた。
あの場所に、そんな時間があったことに、何も思わない程理性的ではなかった大塚。
「ホント、思えばバカなことをしたなぁ、俺――――」
その輪に居たかった。一緒にばかをしたかった。
珍しく気落ちしていた大塚は、最近彼の近くにいる影に気づくことが出来なかった。
いつもの彼ならば、気が付いた瞬間に相手を撒く事は出来ていただろう。半年しかたっていないとはいえ、ここはもう庭のような場所だ。だから、そういう不審な人物から逃れることだってできた。
しかし、今の彼はあの時とは違う虚無感を覚えていた。
故に、その鈍く光るレンズは、彼の姿を逃すことはなかった。
一方、青心館に残ったのは2年生たちの主だったメンバー。
御幸は、後にこの場に沖田がいてほしかったと後悔することになる。
それは、渡辺の話があがった時だった。
麻生が最近彼を含む3人の部員の様子がおかしいと。
当然、御幸も気になり、当人たちと話をした。だが、あくまで個人の意思に委ねるしかないと判断した。
「ちょっ、何やそれ―――――」
前園が呆然とした表情でこちらを見る。自分も驚いているが、仲間思いな彼がショックを受けないはずがない。
冷静に考えて、これは愚策だったのではないかと、彼は全てが終わった後に考えたのだ。
「周りとの意識の差、それを真剣に考えていたんだ。そして、強く悩んでいた。」
夏の練習を生き残った者同士、まさかといった表情と言葉をもらす面々。
「でも本人たちがやめたいって言ったわけではないんだろ?」
倉持が冷静さを無くしている面々の中で落ち着きを取り戻し、御幸に尋ねる。
「ああ。」
「そ、それで――――お前はなんて言ったんや?」
前園がすがるような目でこちらに問いかけてきた。
御幸は、その問いに対して何の迷いもなく言い放ったのだ。
「ナベには、その判断を任せる、そう言ったよ。だから…」
まだ、部に携わりたいなら、と。
そう言おうとした時、御幸は言葉を失う。
最初はどうして前園がそんな顔をするのかが解らなかった御幸。いや、分かってはいるが、彼の信念と照らし合わせた時、そんな答えが彼の中で出てきた。
「な―――――」
「何を言っとるんやお前は!!」
それからはもう、前園と御幸の価値観の違いによる言い合い。前園がまくしたて、彼が冷静に持論を述べるだけ。
どこまでも平行線だった。
だが――――
「けど、野球をやめるつもりの奴が、こんなに詳しくデータなんてとるわけがねェだろ。」
倉持が冷静に仲裁に入る。そして、渡辺が葛藤していたことを改めて思い知らされる。
理解はしても、解らなかった。彼は何しろ最初からレギュラーメンバーに入っていた。だからこそ、決定的に違うスタートだったということも。
そして吹き出す互いの悩みや不安。
レギュラーを取れるか否か、それこそベンチに入れるかどうか。
エースナンバーを取れるかどうか。
それを聞いて心が揺らがなかったわけではない。御幸ももしかすればそうなっていたかもしれなかったのだ。
ライバルで目標だったクリス先輩が離脱。もし彼ならば、青道を全国に導けたのではないかと。
大塚の怪我にも気づいていたのではないか。
実際、降谷を操縦できたのは彼だ。
だがそれはすべて勝つための悩み。試合に勝ち、甲子園の栄冠をつかみとるための葛藤。
御幸は、レギュラーを奪えるかどうかわからないという悩みを、ほとんど抱いたことがなかったのだ。
「ずっとレギュラーで、試合に出て、勝つためだけ考えてきたお前にはわからへんやろうけどな」
だがそれでも、レギュラーを張ってきた自負はあった。レギュラーとしてチームの命運を任された責任だってあった。
だからこそ、心の中では納得がどうしても行かなかった。
前園の言いたいことも解るが、それでも納得できない。
「不安とか悩みとかを抱えとる仲間を引っ張るんが、キャプテンやないのか!?」
内野で声を張る沖田の姿を思い浮かべた。
――――ピンチをチャンスに!! ここで併殺とって、次の攻撃はビッグイニングだ!!
ゴロが飛んでくると決まったわけではないのに、妙な自信があった。
――――大丈夫だって、三遊間と二遊間は任せろ!!
そこまで守備範囲の負担を強いて良いのかと、思いつつもそれに応える実力。
―――――挫折したやつを笑うかよ! 挑戦したんだろ? ならいいじゃねぇか!!
挑戦して失敗したやつを包む優しさもあった。
――――這い上がるのなら、手ぐらい伸ばしてやんよ!! 仲間だろ!!
彼と共に立ち上がってきた下級生たちは、力強く前を進み始めていた。
だからこそ、彼こそがキャプテンシーがあって、向いているのかもしれないと、弱気になってしまった。
「それを放棄するんなら、ワイはお前を絶対にキャプテンと認めへん!!」
前園たちが帰った後、御幸は考える。
「――――キャプテンは、難しいな―――――」
勝つ事だけが、全てではない。
仲間の苦労を背負う、そんながらではないと自覚はしていた。
「―――――俺もまだまだ、かな」
そんな独り言を言いながら、御幸も自分の部屋へと帰っていくのだった。
そして、とある大手情報媒体を取り仕切る新聞社が、ある驚愕の一報をその時手にしていた。
「それは本当なのか!?」
「はい! 姫神綾子の姿もありましたし、もうこれは確定です。」
「ああ。あの伝説のアイドルと結婚した野球界の生けるレジェンド、大塚和正の長男坊。それがまさか―――――」
「青道高校期待のスーパールーキー、大塚栄治だったとな」
「これはもう美味しいですね。こんなビッグなスキャンダル、ではなく、ビッグなケースは美味しいです!!」
「明日の試合、恐らく彼が先発するだろう。ローテーションを回している片岡監督ならば、彼を当然送り出すだろう。」
野球界では互いに知らぬ存ぜぬを貫いてきた、大塚親子の関係。その秘密。
Ⅱ世選手史上最高の大物と言われた彼の秘密がばれた。アメリカではそれほどでもなかったその余波は、日本では想像を絶する荒波となって彼に襲い来るだろう。
数多の有名選手のⅡ世選手がつぶれてきた。才能あるものを守るための今回の措置だった。
今後も選手によってアプローチを変えていく野球界の新しい取り組み。まだ未熟な未成年を守る、実験的な措置。
しかし野球界の努力は水泡に帰す。
「これを機に、青道のブームが到来しますよ!」
「ああ。同級生には、甲子園ホームラン3本の沖田! 3本柱がいるからな。顔も悪くないし、これをだしに使えば発行数もウハウハだ」
あの校長もまだ口外していなかった案件。教頭も誰かに話したわけではない。
原因は、大塚栄治が自宅通学だったことだ。
通学の帰り、姫神綾子のその後を追った記者の目に偶然大塚栄治が止まり、彼女の息子と判明。
さらに、彼女の夫がレジェンドであることから、Ⅱ世選手であることも明らかになった。
夏大直後から行われていたメディアの特定行為。
実は、大塚が警戒するよりも前から、それは行われていた。だからこそ、すでに家も事情も知られていた彼は、それまでの努力が無駄であることを知らない。
故に驚くだろう。大田スタジアムが満員の観衆で埋まることを。
甲子園以来となる、大観衆。
大塚栄治は、この試合を通じて逃げ続けてきた光と向き合うことになる。
この試合が、大塚栄治の転機になります。
彼の心の持ちようも、彼のこれからのプレースタイルも。