ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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中には開いちゃいけない扉を開けてしまった人もいますが。




第93話 それぞれの扉

エース大塚の変調という乗り切れない何かを抱えたまま、七森学園戦に向け、動き出す青道野球部。

 

 

 

 

「おはよう、沢村、道広。調子はどう?」

 

朝、登校してきた大塚は二人に尋ねる。何やら二人の周りに人がいたので怪訝そうに近づいてみる。

 

 

「――――――へぇ、結構面白れぇじゃん」

沢村は、同級生の女子から沖田経由で貸してもらった漫画を読みふけっていた。試合中さながらとまではいかないが、自分の世界に入り込んでいた。

 

何時もの騒がしさは欠片も見られない。

 

邪魔をすると悪いので、沢村を放置し、輪の中心にいる沖田に話しかける大塚。

 

 

 

「??? どういうこと、道広?」

思わず沖田の席へと目線を変えるのだが、

 

 

「バッティングっていうのはなぁ、こう、腰!! 腰でするモノなんだ!! ここに力を入れて、体の重心をずらして、腕力だけじゃないんだよ!」

クラスメートになぜかバッティングを教えていた。

 

 

「―――――――何があったんだろう」

 

最近心に余裕が出来た栄治。周りを気にする余裕があったが、これは何なのだろうと怪訝そうな表情になる。

 

 

 

「沖田君、最近クラスメートの実松君にアイドルのCDを紹介してもらって、その代わりに自分の打撃理論を――――あ、おはよう大塚君」

吉川が何やら苦い顔をしながら現状を教える。

 

「アイドル、ね。沖田は一般人だと思っていたんだけど。ドルオタで性格が少し残念。まあ、俺も最近自分でも酷いとは自覚しているけど」

 

「大塚君こういう雑学には弱いよね。それに、悩まない人はいないよ。」

 

 

「ははは、ありがと。しかし、芸能面はからっきしだから。母さんが昔アイドルだったこともよくわかっていなかったし」

だが、そんな母親の偉大さとありがたさを痛感した栄治。最近母親の顔を見るのが気恥ずかしいのは内緒だ。

 

 

 

「そうなんだ。じゃあ、うっかり入れちゃうかもね。そういうビルの中に。お母さん繋がりで」

 

「ビルって、アイドルの事務所がビルとか、何をイメージしてたの?」

 

「何となく」

 

 

「ハァ、まったく。それに、俺はその方面は目指していないぞ。あそこは魔境だって、父さんが言っていたし、実力以外の面でいろいろ影響をうけるそうだし、俺にはあわないよ」

自分には一生縁のない世界だと思いたい大塚。彼の偏重な知識のせいかもしれないが、プロアスリート選手が女性タレントやアイドルに嵌められたという記事を見て以来、とにかくそういう人種に対して厳しい目線で見るようになっているのだ。

 

そして、化粧の濃い女性をとにかく煙たがる傾向にある。

 

つまり、まあ経験ももちろんないということで。

 

 

 

「そうなんだ――――大塚君のお父さんもそうだけど、お母さんも凄かったんだね」

そんな大塚の思惑を知らず、吉川は彼の母親についても言及する。

 

「俺は知らないけど、美鈴はよく知っているね。何でも、実力もさることながら、運動神経も抜群、同期の中でもトップクラスの体力自慢だったらしいね。ルックスについては今を見れば言うまでもないけど」

去年の冬なんて、父親を卓球で負かすぐらいだったし、と心の中で思う栄治。

 

物覚えが速い、と感じないことはない。

 

 

「完璧超人って、いるんだよねぇ~~~」

 

「まさか~~!! 母さんはいつもぽわぽわしている感じだし。俺も父さんも為す術無し。自分のペースを貫いているように見えて、意外と繊細だったり。父さんに少し嫉妬した時もあったかな、あ。内緒だよ、これ」

俺はマザコンではないよ、と言い訳をする大塚。

 

しかし仕方がないともいえる。

 

――――あんなに美人な親がいたら、そうなっても仕方ないかも

 

吉川は同性から見ても、同性に嫌われない程度に天然で、抜群の容姿とスタイルを維持している大塚綾子に嫉妬すらわかなかった。

 

その人の良さも、出会って分かったのだから。

 

「美鈴は母さんに比べてせっかちなところがあるけどね」

マイペースな母親とは対照的だ、と愚痴る大塚。

 

 

 

「うーん、なんだか楽しそうな家族だね、大塚君の家。」

 

 

 

 

 

談笑する二人を目の前にして、金丸は――――

 

―――――良かった。アイツ、またおかしくなっているんじゃねェかと心配したが

 

 

今の彼は落ち着いていると言っていい。クラスメートでも吉川と大塚がよく話すのはクラスでもよく知られている。だが、なぜ大塚がさえない吉川とここまで話しているのかはなぞでもある。

 

とはいえ、大塚をへたに刺激しない方がいいので、クラスメートたちは吉川に負の感情を向けることもないので荒事にはなっていない。

 

理由は、夏直後から憂鬱な表情が多い彼に話しづらいと思った生徒たちもいたからだ。

 

恐怖を感じたわけではない。ただ、痛々しかったのだ。

 

 

 

テレビに映し出されていた、虚脱感すら感じさせる終戦直後の彼の横顔は。

 

 

 

 

 

そして今、その彼がこんなふうに話せているのは、心が落ち着いている証拠。

 

 

夏が始まる前の大塚に戻っていると彼らは思っているし、きっかけである吉川に感謝もしていた。

 

 

金丸は思い出す。

 

 

マウンドで2失点した際の彼は、天を見上げ、とても苦い顔をしていた。そして試合後も自分の投球に納得がいっていないようで、しきりにSFFの握りを気にしていた。

 

なので金丸としては蔭ながらフォローすると決めていたのだ。

 

また、やばい雰囲気を出すのではないかと。

 

「まあ、とにかくだ。アイツがヤバくなったら、なんとかしねぇとな」

 

「信二は本当に面倒見がいいね。」

横にいる東条が、そんな金丸の決意に微笑む。

 

「アイツはこのチームのエースなんだ。アイツにも頑張ってもらわねェと。まあ、人任せは俺も嫌だから、レギュラーもすぐにいただいてやるけどな」

当然、いろいろ試したいという監督の言葉が事実なら、自分にもスタメンの希望が見えてくる。俄然モチベーションは高くなるのだ。

 

同期でも中学からのチームメイトの東条が結果をだし、狩場も2番手争い。おいて行かれるわけにはいかない。

 

 

「けどさ、東条。一ついいか?」

 

 

「ん? どうしたの、信二」

 

 

 

「これはいいものだ!! ありがとう!! ありがとう!! 木島先輩にも感謝だ!!」

 

 

 

 

「目を覚ませ沖田!! 野球が恋人だったろ!!」

狩場が沖田の肩を掴み、ガンガンと揺らすが、沖田の目はハートマークに変化していた。

 

 

「いいじゃないか!! 俺は可愛い女の子が好きなんだぞ!! これはもう、思春期男子高校生なら仕方ない!! 大丈夫だって!! この人綺麗だなぁ~~~~!!!」

正気を失っている。どうやら歌でアイドルに洗脳されてしまったらしい。

 

今まで抑圧されていた欲望が流出してしまっているのだ。

 

 

「だから!! とりあえず今まで二枚目残念なイケメンだった沖田君がドルオタになると、もう収集つかないよ!! 布教するのやめて!!!」

金田も狩場同様に彼を元の世界に連れ戻そうとするが、すでに沖田は手遅れだ。

 

 

「キスがNGの女優と―――むがぁぁ!!何をする、カネダァ!!」

公衆の面前で臆面もなく恥ずかしげもなく、こんなセリフを吐いた時点で、彼はパンピーとして終わっていた。そして、NGなワードを金田に止められる。

 

 

「ダメだよ、それは言っちゃ!!」

 

「いいじゃないか!!」

 

 

「「沖田ぁぁぁっぁ!!!!」」

 

 

 

「お前は、あそこまでなるなよ?」

 

 

 

「信二――――――いくらドルオタだからって、それはないよ」

 

 

「ほっ」

胸をなでおろす金丸。

 

 

「ちなみに、沖田君に今のアイドルを教えたのは俺かな」

 

 

「東条ォォォォぉ!!!!!! 元凶はお前じゃねェかァァァ!!!!」

 

 

絶叫する金丸。ドルオタであっても、まだましな範疇だと信じていた東条が、沖田変貌の元凶だったという事実に、衝撃を受けている金丸。

 

 

 

「―――――――――みんなが必死になって夢中になるモノ。なんだろう」

 

教室の外にいた降谷は、尊敬している沖田をあそこまで変化させた“あいどる”に興味を持った。

 

「ごめん。降谷君はそのままでいて。お願いだから」

 

「あ、ちょ――――」

春市が隣クラスから様子を見に来た彼を引っ張りながら、大塚たちのいる教室を後にする。

 

 

 

「落ち着け、これは試合でも同じことだぞ。落ち着け、落ち着け(うおぉぉぉ!! 全力で読むぞぉぉ!!)」

そして冷静そうに見えて、心の中で熱く滾っている沢村。周りは沢村が変わっていると感じていたが、中身は変わっていないことを知るのは本人のみ。

 

 

 

 

「収集つかないね、これ―――――」

笑顔の吉川。野球部員が先導して教室で騒いでいる惨状に、頭を悩ませる場面なのだが、彼女は微笑ましいとさえ感じていた。

 

 

こういう日常が、彼を癒してくれるのではないかと。

 

 

「うん。とりあえず、沖田君を洗脳した元凶が東条君と木島先輩で、その沖田君がクラスメートを洗脳して―――――凄いね、これが俺の知らない世界の可能性なのか」

その驚異の布教能力に舌を巻く大塚。これほどのカリスマ、自分は外面だけで彼女を判断しているのではないかと、沖田が片手で持っている雑誌に写る彼女らに対し、評価を改めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、沖田の好みのタイプに関して栄治はやっぱり残念そうな目をしてしまう。

 

 

 

 

 

 

「だけど27歳はないよ。うん、ない、ないよ。あり得ないでしょうよ、いや、ドン引きだよ」

 

 

「言っちゃだめだよ、年齢のことは」

 

 

解らない、解らない。大塚栄治は沖田の女性の好みがわからない。

 

 

 

 

「沖田、推しメン変わった? JDの巨乳の子だったんじゃないの?」

平然と東条が沖田にさらりととんでもない事を尋ねる。

 

「東条~~~!!! おまっ、沖田の醜態がァァァ!!!!」

横では頭を抱えた金丸がうずくまっていた。

 

 

 

大塚は震えた。

 

 

――――アレ? 俺の悩みって、大したことないのだろうか、いや、そんなことはない。だけど、悪寒が止まらないよ、父さん……

 

 

ここにはいない大塚和正に助けを求める大塚栄治。

 

 

 

 

 

「アレはいいものだが、こう、年齢を気にする言動が、こう、ぐっとくるんだ!! だが、あの母性の塊も捨てがたい!!」

 

 

 

 

 

 

「まじで笑えない。知りたくなかった。純情だった沖田を返して」

げんなりする栄治の姿。無表情になるにつれて声のトーンも低くなっていく。

 

 

 

 

 

「―――――でも、人の好みはそれぞれだし、知らない方がいいというか」

吉川は、そんな大塚が真面目に考えすぎている様子にまた笑顔を零す。それが面白くて、とても愛おしくて。

 

 

「ま、まあ素直にやっている実績と評価は認めないわけにはいかないね。なかなかできることではないと思う。」

平静を作ろうとする大塚だが、まだ若干表情から血の気が引いていた。健康なはずなのに、青白くなっているようにも見える。

 

 

「もうっ、大塚君堅いよ。」

大塚の脇を肘でつつく吉川にたじたじになる彼は、困ったような笑みを浮かべる。

 

「ご、ごめん。少しずつ変えていかないといけないのは解ってはいるんだけどね…」

吉川にまさか肘でつつかれるとは思っていなかった大塚。ちらちらと吉川を見て視線を外すしぐさを見せる。

 

「??」

そんなそわそわしている大塚の様子を見て、首をかしげる吉川。

 

 

―――――ちょっ、この子、無意識なの今の!? それに、なんだかいい匂いが――――

 

女の子特有の柔らかなにおいをかいでしまった大塚が、一瞬だけ煩悩の世界の扉の前に立つ。だが、

 

――――だ、ダメだよ。この子はマネージャーで、俺は選手なんだ。こういうのはよくない!

 

煩悩退散、と心の中でつぶやき、気を逸らすために話題を切り替える大塚。

 

 

 

 

 

「―――――けど、こういう風に、色々突っ込まれるのはサラ以来かな」

だが、あんまり切り替えられていなかった。彼は無意識だが。

 

もはや異性として見ていないほどに親しい女性の名を挙げたのだ。

 

 

「―――――サラ?」

よく知らない女性の名前が出てきたことで、吉川は少し驚く。

 

 

「うん、アメリカで凄いお世話になった、俺の姉貴分的な存在。彼女がいなければ、俺はこうして五体満足で野球をしていたかどうかもわからない程にね」

 

「えっと、詳しくは聞かない方がいいと思ったけど――――」

 

 

「うん。ちょっとね。オーバーワークをし過ぎていたころがあってね。思いっきり叱られた。あんな風に叱られるのは、本当に初めてだったよ。――――両親に諌められることはあっても、あんなふうに怒られたことはなかったから」

昔の事をしみじみと語る大塚。

 

 

「悔しいなぁ」

思わず吉川はそう言ってしまった。

 

「え?」

大塚も、そんな彼女の言葉に反応する。

 

 

「サラさんなら、今の大塚君も何とかできちゃうかもしれないって、そう思うと、やっぱり悔しいなって」

吉川は自分ももっと彼の事を理解できていれば、また少し違っていたのかもしれないと考えた。彼が抱えているコンプレックスにも気づけたはずなのに。

 

難しい顔をする彼女を前に、大塚は慌てる。

 

「――――――あっ、ごめん。―――――無神経だった」

彼女が自分のことを心配してくれているのは自覚している。だからこそ、この話は失礼だったのではないかと。

 

 

 

「ううん。大塚君にそう言える人は凄い。それは、とても大切なことだと思う。だからこそ、大塚君には知っていてほしいの」

 

 

 

「大塚君は大塚君。お父さんはお父さん。いろんな人が比較をするかもしれない。だけど」

 

 

「吉川さん―――――」

大塚は彼女の言葉を通して、サラが言った言葉も思い出していた。

 

 

――――エイジはエイジ!! 貴方は、貴方にしかなれないの!! いいこと!? 小さいころからそんな無茶なことはやめること!! 

 

 

―――――ほっとけよ!! 俺の体だろ!! 俺が一番よく解ってる!! 俺には時間がないんだ!!

 

――――そうして夢まで失う気なの!? 夢を守ろうとは思わないの!? 手を伸ばすことだけが、全てではないのよ!!

 

――――うるさい、ランニングしてくる!!

 

 

――――待ちなさい!!

 

 

 

今もガキだが、当時は目も当てられないガキだったということは自覚している。

 

 

 

――――お前は何なんだよ!! いっつもいっつも、俺のことばかり注意して!! 何様だよ!!

 

 

――――だってあなたは!! 私のパパが認めたベースボールプレーヤーよ!! 私が応援し続けると誓った、ピッチャーなのよ!!!

 

 

 

口うるさく、お前は俺の母さんか、と何度も言いかえし、生意気な言動も取ったと反省している。それでも、真正面からぶつかって来てくれたことを今では感謝している。

 

 

 

 

「私は、大塚栄治という投手を、絶対にそんな目で見ないって、どんな時でも言い続けるよ。」

 

 

その言葉だけで、大塚は少しだけ救われた気がした。

 

 

「だから、大塚君は大塚君の事、信じてほしいの」

 

 

自分を信じる。難しいことを平然と言ってくれる、と彼は苦笑する。

 

「―――――なんだか最近もろいなぁ、俺」

 

 

丹波先輩に言われ、川上先輩にも荒い励ましを受けて、今度はこの少女にまで。

 

 

 

 

 

「七森学園戦の次、稲実との大一番。今の俺はベストな状態じゃない。けど、信じなければエースは張れないよね――――うん、俺は、自分を信じたいんだ」

そして、彼女にだけは弱音を吐ける。ちゃんと自分の悩みを聞いてくれる気がするし、今も聞いてくれている。それが情けないと思う以上に、

 

 

なんだかうれしかった。

 

 

「大塚君―――――」

 

 

「エイジでいいよ。親しい人はそう呼んでる」

 

「うん! エイジくん!!」

 

 

微笑み返す彼女の笑顔が、今度こそ記憶に焼きついた気がする。

 

 

 

 

そして、そんな馬鹿騒ぎを繰り広げたり、ラブコメの波動を垂れ流していたりする1年生の教室を見守るのは

 

 

「なんだかんだ、アイツらいい感じじゃねェか」

伊佐敷が大塚と吉川の雰囲気を見ていい笑顔をしている。

 

「ああ。大塚に一番近いのはなんだかんだ彼女だからな。」

前キャプテンも、大塚が今安定しているのが解って安心する。

 

 

「ホント、決勝後のアイツは入学前の生意気な感じすらなくなっていたし、いいことだと思うよ」

亮介も、元気を取り戻している彼に相変わらず辛口だが、それでもいつもとは違う優しげな笑みを浮かべている。

 

「落ち着いた、といえばいいのかな、大塚ちゃん」

 

「ああ。だが、アイツは修学旅行で苦労するな」

 

「それ何度目のセリフだよ、かどっち」

 

 

 

上級生たちが下級生たちの様子を見て一安心する一日から始まり―――

 

 

フリー登板を望む、沢村、降谷。川上はブルペン。大塚も新たに習得したスライダーに取り組む。

 

 

ゲージが5つに増やされた新たな練習方法。多くの打者と対戦し、自分がもう一度鍛え直したスライダーに対する反応を見ておきたかったのだ。

 

それをアドバイスしたのは落合コーチ。

 

 

ブルペンにて4人の投手が投球練習を行っていたのを見ていた彼は、

 

 

「ほう、スライダーが復活したのか?」

沢村が気負いなくスライダーを投げているので、その様子に興味を持った落合。

 

 

「はい!! 大塚との談笑で偶然ですけど!!」

 

「談笑って――――」

苦笑いの大塚。

 

「まあ、コントロールはまだ甘いが、ブルペンと本番は違う。時間があるのなら、バッター相手にすぐにでも投げるべきだな」

 

「バッター相手に、ですか?」

未だ不安定な変化球。沢村にも不安はあった。

 

「ブルペンで捕手と投手がいい球を投げていると錯覚しても、バッターがいないんじゃ、効果はどうなのかはわからん。変化球の習得には時間がかかるが、そういう変化球は早めに打者相手に投げて、課題や効果を洗い出すのがいいんだよ」

 

 

「それと、降谷。チェンジアップを投げ始めて、ストレートはどうだ?」

 

 

「???」

チェンジアップの出来を聞かれるのではないかと考えていた彼は、落合の言葉に首をかしげる。

 

「指にかからなくて投げづらいだろう。SFFは浅く握るからまだ制球しやすいが」

 

 

「えっと――――」

 

 

「とりあえず、投げてみろ。投球は頭でするモノだ。」

 

 

ということで、投球を開始するのだが―――――

 

 

ドゴォォォンッッッ!!!

 

ミットに轟音が響く。投げた瞬間に心地よさすら感じる今の一投。

 

 

 

「!?(指に凄いかかり始めて――――)」

 

ストレートを投げやすく感じた。というより、いちばん基本の握りなのだが、今の彼には純粋な感覚の方が勝り、こういう表現になった。

 

「だろうな。ストレートに指がかかり始めて、キレも出始めただろう。大塚がチェンジアップを提案したそうだが、それは正解だ。この球は一番投球術の基本に忠実だ。」

 

 

「ストレートに打者のタイミングを外す変化球。とんでもないキレとスピードのボールだけでは、いずれ打者は早さに目が慣れる。だからこそ、目線やタイミングを変えて投手は打者を打ち取ることを求められる。こいつはその観点に即した基本の球だからな」

 

 

「次はチェンジアップだ。ストレートを投げる感覚でいい。ここで暴投になっても大したことにはならん。感覚を掴めばすぐに習得できるボールだからな」

 

 

「お前の場合は腕の振りを強く意識し過ぎるのがよくないことだ。自然体で投げるだけでいい。ストレートを投げるつもりで、ボールが勝手に減速していくイメージだ」

 

 

ククッ、フワッ

 

すると、コースは若干高いが打者のタイミングを変えることが可能なブレーキがかかった変化球がミットへとおさまる。

 

 

「おぉぉ!! 落ちたぞ」

沢村もあのストレートをイメージしたうえで、このボールがきたらたまらないだろうと考える。

 

 

「150キロに到達する速球に、ここまでブレーキをかけた変化球。さらにはSFF。投球の基本にようやくお前も辿り着いたわけだが、どうだい感想は?」

 

 

――――これが、投球の基本。基礎の基礎。

 

回り道をたくさんしたと、彼はこの瞬間が訪れるまで考えていた。

 

強豪青道での競争は想像以上で、投手としての実力は格上ばかり。

 

自分よりもスピードのない投手たちが躍動している現実に、少し自分のアイデンティティーがぐらつきかけたこともあった。

 

しかし、自分はそんな彼らと同じスタートラインに立ったと言われ、

 

 

 

 

「―――――よく解りません。けれど、自分の力を試したいという気持ちが、ますます強くなりました」

明らかに燃えている降谷。沢村、大塚に続きたい。投手としての実力を身に着けたい。

 

 

御幸に言われた言葉を胸に、自分はやっと投手として二人のスタート地点に立った気がする。

 

 

そんなこともあり、降谷と沢村はフリー打撃に志願登板したのだ。

 

 

 

ククッ、ギュイィィィんっっ!!!!

 

 

落差のあるスライダーの前に、スイングできずに仰け反るバッター。コースは完全に入っているので、これでは見逃し三振。

 

 

「うおっ!? 入っているのか、今の!! 」

左打者の白洲はバットを出すことが出来なかった。体近くのボールゾーンから真ん中低めのストライクゾーン。タイミングも沢村独特のフォームでとりづらい。

 

 

「じゃあ、右打者ならどうよ?」

倉持が右バッターボックスに入ると―――――

 

 

 

「くっ、マジでこれスライダーかよ! ストレートじゃねェだろうな!?」

バットに当たらない。倉持が思わず愚痴る。ストレート並みの速さで視界から消えられてはたまったものではない。

 

しかも、白州に続いて倉持のインローいいところに決まったこの一投は、完璧だ。ここに決まればそうそうバットに当てることは出来ない。

 

 

「変化しているからスライダーだぜ。て言うか、俺捕れないし」

2年生の小野がマスクを被るが、動にも沢村のスライダーを前にこぼすのが限界。

 

――――時々捕手の視界が追いつかないんだが、どういう軌道とキレを出してんだよ。

 

小野は心の中で愚痴る。

 

 

 

 

まったく掠らない。しかも、正確な曲りを判別が出来ていない。変化はしているのだが、変化を認識できていないのだ。

 

先代のスライダーに負けず劣らず、こちらも暴れ馬だ。

 

 

ベースの直前で急激に曲がり、落ちるスライダー。しかも、前のスライダーとも軌道が違う。

 

 

一方、降谷も―――――

 

 

ドゴォォォォンッッッ!!!!

 

「くっそっ、相変わらずえぐいボール投げ込みやがる!!」

麻生と山口を相手に投球を行う彼は、ストレートを意識させてからこの球を投げると決めていた。

 

 

――――相手の様子を見ろ、自分だけの調子で考えるのではなく、駆け引きをしろ

 

落合の言葉が脳裏に響く。

 

 

――――まあ、解らなければ勘のいいキャプテンが見抜いてサインを決めるだろうからな

 

 

それは今まで、考えたことがなかったこと。剛速球でねじ伏せ、考えなしに勝負していた彼にとっては新たな扉を開ける始まりでもある。

 

 

――――今日は自分で配球を組み立てて投げろ。それだけでも大きな成長になるし、お前自身を理解することにもつながる。

 

 

 

―――投球の奥の深さを感じられたら、上出来だ。

 

 

 

気持ちが昂る。試合でもないのに、ここまでワクワクした経験はあまりない。

 

 

――――僕は、まだ成長出来る。

 

 

 

放たれたボールは、剛速球とは真反対の軌道を描く。

 

 

「!?」

打席に立っていた麻生は、降谷にしては有り得ないそのボールに目を見開く。そして分かった時にはすでに遅く、

 

 

―――――ボールが、こねぇぇぇ!!!!

 

 

完全にタイミングを外され、腰砕けのスイング。剛速球でねじ伏せるのとは違う、技で相手を制する空振り。

 

 

 

心に熱いモノが、感情が高ぶる。

 

 

 

 

彼の中でまた一つ、投手としてのイメージが追加され、彼の視野が広くなった。何よりも、それを彼が一番自覚することが出来た。

 

 

――――これが、ピッチング――――――

 

 

チェンジアップを織り交ぜた降谷。チェンジアップを待たれた時は当然痛打を食らったが、自分の投手としてのイメージを確認しながら投げる彼は、いつもよりも充実した練習を経験していた。

 

 

 

 

そんな風に、投手たちが自分で考え、成長していく光景を目の当たりにした片岡監督は

 

 

 

「―――――――七森学園戦。沢村一人でも投げ切れるだろうが――――」

 

その沢村も、スライダーに復活の兆しが見え始め、調子が上向いている。だがそれでも彼が先発に選らんだのは――――

 

 

「監督? もしかして―――――」

 

 

「投手としての実力をつけつつあるアイツを、俺は信じてみたい。」

 

 

 

七森学園戦、先発は降谷暁。

 

リリーフ、抑え、夏ではそんな場所ではあった。だが、ついに公式戦で先発の機会が巡ってきた。

 

 

ストレートに加え、SFF、そしてチェンジアップ。

 

 

技術を手に入れた猛獣が、どんな投球をするのか。

 

 

充実した投手陣に新風が吹き、更なる発展の兆しが見え始めた青道高校。

 

 

 

 

そして、彼らと同じく、3回戦を強く意識するライバルがいた。

 

 

稲実監督室では、林田部長が国友監督に対し、青道の初戦の試合経過を説明していた。

 

「帝東戦で大塚が8回を投げ5-2で勝利。何よりもあの向井から5得点。夏に成宮から固め打ちの沖田が止めを刺す一発。さらにはほかの打者も粘り強く、そつのない攻撃。」

 

 

「――――――」

 

 

「そして沢村、降谷、川上を温存しているという事実。2回戦ではいろいろ試すでしょうから、やはりこの秋季大会では楊舜臣に次ぐ脅威かと思われます」

 

秋季大会ナンバーワン投手の楊に次ぐ脅威。オンリーワンに対しての、オールマイティ。青道の戦力分析はどこもそんな感じだ。

 

 

 

 

「――――大塚が打たれた1安打。球種は判明したのか?」

 

この試合、大塚はわずか1安打。自責点は0。ほぼ完ぺきに抑えたと言っていい。にもかかわらず、この試合で唯一打たれた強烈なヒットはスリーベース。

 

 

そこに、大塚の抱える弱点があると彼は考えていた。

 

「はい、ストレートにしては球速が遅く、8回の様子ではストレートは140キロ後半を計測しました。なので恐らくは―――――」

 

 

「――――SFFか」

 

「恐らくその球種だと思われます。夏では完璧に制球されたあのボールに何があったかはわかりませんが、ただでさえ球種の多い彼が決め球を一つ欠くのは我々にとっては幸いですね」

 

 

「夏に比べ、背も高くなっているな。あの尋常ではない制球力。そして彼が本選初陣で緊張したとも考えられん。だとすると、理由は限られてくる」

大塚の体格が変化しているというのは、夏と秋の彼の写真を見ればわかる。そして、尋常ではない武器の欠陥は、意外な理由が大半だ。

 

「奴の体格の変化が、制球力に陰りを生んでいるのだろう。故に、予選決勝で見せたあのフォームではなく、春先のフォームに近い投球で7回まで凌いでいた、そうとも見える」

 

 

「つまり、大塚が体と感覚が一致するのに時間がかかるのは、中盤から、という事でしょうか?」

これがもし本当ならば、大塚を打ち崩すには序盤で先制することがより重要になる。何より完全無欠に見えたあの投手の弱点が露見したのだ。

 

冷静さを失わないのは褒めるべきだろう。

 

 

「恐らくな。だが、その弱点をカバーするために、フロントドアとバックドアを手にしている。ゾーン内で動かれてもかなり厄介だ。」

 

そして、おそらく彼はその弱点を自覚し、対策をしてきている。だがそれは、自分の実力を信用し切れていない何よりの証拠であり、弱みでもある。

 

 

 

「だが、球質は夏程ではない。とにかく引き付けて打つ。ムービングに対し、ミートポイントの広い金属バットならば、十二分に可能性はある。」

 

 

「3回戦、楽しみになってきましたね」

 

だがここで突然渋い顔をする国友監督。

 

「―――――我ながら冷静さを欠いたな。」

 

 

「監督?」

ここで冷静さを欠いたと自分を恥じる言葉。林田は理解するのに時間がかかった。

 

 

「こちらも万全とは言い難い状態。何よりもまだ2回戦の鵜久森戦がある。まずは目の前の敵を叩かなければ3回戦はない」

 

「っ、そうでしたね。一戦必勝。」

 

 

しかし国友は考える。大塚栄治がそこまでして勝利することに渇望する理由が知りたかった。

 

自分の教え子たちを見ても、勝ちたいという気持ちはわかる。それはもう痛いほどわかる。

 

 

だからこそ、大塚栄治が卑怯というわけではないが、手段を選ばず、様々な技術を吸い込んでいる姿に、何かを感じずにはいられない。

 

彼を駆り立てているのは、普通の高校生が抱くモノとは違う気がした。

 

 

それが何なのかはまだわからないし、彼が知る必要でもない。

 

 

それを解っていながら、彼は大塚という選手に光るモノを感じたし、不気味さも感じた。

 

 

――――本当に、伝説の後継なのかもしれないな。彼は

 

 

甲子園で、大塚の苗字と、その雰囲気に言及した解説の言葉が妙に耳に残った。

 

 

が、最終的に思考を終了させ、鵜久森戦に向け対策を進める国友であった。

 

 

 




沢村、降谷は野球関連で。プラスなのは明らか。

大塚は、まあちょっとずつですね。


沖田を例えるなら

ドルオタ+トリプルスリー+dena下園以上のイケメン

これで内野手とか、絶対大塚よりも人気でそう。主に同性からは。






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