無限ループって怖いですね。
今回他者視点注意。
私がその奇妙な少女と会ったのは、雪が完璧に消え失せた、春が近付いたある日のことであった。
ホグワーツにて微かに残る鼠の、正確にはピーターの匂いを探している中で、とても懐かしい物を見つけたのだ。
パンである。
それは普段小鳥が多少なりとも居る(要するに犬の姿をしている今の私の御馳走が集まる場所)木々の中の開けた場所に置いてあった。
故意にそうしてあるのだろうというのは、その周りを見てみれば一目瞭然だ。
と言うのもパンの上にはザルがあったからだ。
木の棒に糸が括られていて、引っ張ればザルが落ちるようになっている、業界用語でいうところの「ザル落とし」という奴である。
ふと糸が続いている方を辿ってみれば、藪の中にこちらの方を少し驚いた様子で見つめる、一対の綺麗な蒼い眼があった。
罠に掛けて小鳥を捕まえようとしていたらしい。
だが私はそのことに対して留意してやる理由などないし、ちょうど小腹が減っていたのでチャチな罠を仕掛けた誰かさんが見ている前で、パンを咥えて悠々と去っていたわけである。
久しぶりに食べた文明の味は、酷く美味かった。
こっちはホグズミードの食べ物を、正規で食することができる身ではないが故に。
流石にこんなチャンスは二度とないだろうな、とは思っていた。
思っていたのだが……しかし、次の日も同じ時間、同じ場所に、同じ物があるとは。
学習しない奴だな。
そう考えて、昨日と同じようにパンを咥えて持って行こうとして、ザルでは無くて地面が落ちた。
……いや、今何をされた!?
大きな鳴き声で吠えたり叫んだりして、学校に居る他の生徒なり教師などの注意を引くわけにはいかないから、黙って落ちていったわけだが一杯食わされたと気付いたのは恥ずかしい話、底の方に着いてからだった。
こちらが無警戒のところに、落とし穴を仕掛けていやがった!
油断させてから、手酷い裏切りをされた気分だが、ジェームズとはまた別の意味で悪戯好きな奴に違いない。
どんな奴なのだろう。
深さがそれなりにある落とし穴の底でそんなことを考えていたら、果たして仕掛け人が現れたようだった。
「パンを盗んだワンちゃんが、また来るとは思っていませんでしたよ」
女の子。声の感じから先生ではなく、生徒の方だと言うことは分かった。
ただ、残念なことに此処からでは、逆光で彼女の顔は見えない。
私の正体に気付いているなら、先生方の誰かなり、ダンブルドア校長なりに知らせて、昨日の時点で騒ぎになっているはずだから、私を彼らの前に突き出すことは無いだろう。
パンを持って行かれた、大人気ない腹いせか何かなのだろうか?
そんなことを思っていたら、女の子が上から降ってきた。
初めに思ったのは柔らかいし、良い匂いがする、ということだ。
そこまで重さを感じないから苦しくはなかったが、何故いきなり自分まで落ちて来た?
「捕まえました!」
この場所で、抱き付きながら、満面の笑みで言っている気配がするところを見るに分かったことが一つある。
……どうやらただ単に犬好きだったらしい。
仲良くなる為に、わざわざこんな手の込んだ真似をしたということか。
なら、警戒する必要はなさそうだ。
突然彼女の前から姿を消して、少女が周りに聞いて探し回る方が厄介だろう。
これから適度に相手をする必要があるのだろうか、と考えていたけれど、ふと思った。
見たところ、箒を持ってはいないようだが戻り方は?
と言うか私の姿は結構大きいわけだが、咬み付かれる心配とかはしないのだろうか?
取り敢えず、人に慣れている犬を演じる為、子犬のような少し不安そうな鳴き声を上げた上で、少女の頬を舐めてみた。
「そろそろこんな場所からは、おさらばしますか」
為すがまま舐められていた少女は、私の様子に気付いたのか再び不敵に微笑んだ。
「レビコーパス 身体浮上!」
直前に胸や、腰の辺りを少女に掲げるように、持ち上げられた私は、穴の上へと少女と共に高く上がっていた。
この呪文は私が学生時代の頃に流行っていた物のはずだが……?
謎の少女に対する私の思考を他所に、また暗闇から解き放たれた私は、ようやく仕掛け人の顔を拝むことができた。
光の中で見た彼女の顔は、整っているものの、何処かで見覚えがある様な気がした。
「おや、どうかしましたか?」
怪訝そうに小さな声で吠えてみたら、反応があった。
「え?私が知り合いに似ているって?」
そうとも。君の名は?
「私の事はウティスと呼んでください」
ウティスと名乗った彼女は、それなり以上に大きな胸に手を当てて、微笑みながら答えた。
まず間違いなく偽名なのだろうが、何故だか私に近しい者のような気がしたのだが一体……?
それどころじゃなかった。
今、私と少女との間で話が通じていなかったか!?
「私が昔好きだった人は猫と話ができていましたし、驚くことではないのではないでしょうか?」
いや、それは可笑しい。
彼女も、おそらくは彼女の言うところの昔好きだった人とやらも、同じくらい変人だったに違いない。
そんなことを考えて犬語で言ってみたら、吠えられた。
何故この少女は、今現在も犬に変身している私と同じくらい犬語が上手いのか?
と言うか、訛りはきついものの、明らかに女の子の口から出るのはどうかと思うようなことばかり言うのは間違っている。
聞くに堪えない「このピー野郎!」とか「××××」と言う言葉の意味をこの子はちゃんとわかっているのか?
そう吠えたら、
「ごめんなさい。話すよりは聞き取る方が簡単なのですよ」
そう、邪気の無い笑顔で微笑まれた。……彼女が分かって言っているのか、分からないまま言っているのかは結局謎のままである。
「ところでワンちゃんは」
そのワンちゃんと言うのは止めて欲しい。割と、切実に。
「では貴方の名前は?」
まさか本名を言うわけにもいかないし、どうしたものか。
少しの間考えていたようだが、
「では、私が貴方の名前を考えてあげましょう!」
そういうことになった。
私の名前を決めるのは難航した。
「ううむ。悩みますね」
考えてくれることになったのは良かったのだが、中々私の納得が行く名前が決まらなかったのである。
右手の人刺し指を自身の顎に当てた彼女はただただ名前を羅列していく。
「パトラッシュ、ダニー、イギー、太郎丸」
最後の名前に関しては良く分からないが、それらの名前を付けられたら何だか早死にしそうな気がした。
「ジップ、トートー、ラッシー、ベートーベン」
犬の名前のようだが、何かが違うと思う。
「キュウ○エ……いえ、白くないですね。セイ○ム……いえ、確かに黒いけど猫じゃないですし。パ○たん……あんな格好良くないですね。コエ○シ……ああ言った感じの可愛らしさはないですか」
言っていることは分からなかったが、候補に挙がった名前はもはや犬ですら無いような気がするのだが。
暫く悩んだ後で彼女はまた口を開いた。
「ジャスティン、アーニー、ハリー、ロン」
それは友達の名前か何かなのではないのだろうか? 後、誰かの名前が抜けている気がする。
ただウティスはこの前、私がピーターの行方を訊こうとして、寮に侵入した男の子や、ジェームズの息子と友達だったのか。
良い話が聞けるかもしれない。ホグワーツに通っていた頃から、女の子と言うのは噂やお話好きだと言うのは多分変わらないだろうから。
「うーむ。今を時めく犯罪者、シリウスとか……いえ、駄目ですね」
何気なく私の本名を呟いていたウティスは、暫く悩んでいたようだったがやがて意を決したようで、口を開いた。
「まあ、そろそろ名前を決めるべきですね。立派なのが良いでしょう。
そうですね…うーむ。テオ…テオフラストス・ボムバストゥス…ヴァ…」
長い。というより確か今の名前はパラケルススの本名だったような気がするのだが。
「えー。ああ、所詮はワンちゃんだから長いのは覚えられないのですね。それではヴァン…いえ、テオで!」
にっこりと笑った彼女の下、そう言うことになった。
一人と一匹の付き合いはこうして始まったわけなのだが、彼女と私の間には明白な取引があった。
私は情報を。
彼女は温もりを。
それぞれが互いに求めていたのだった。
原理は不明だが彼女は大体私が欲しい情報をくれ、彼女はと言えば私の毛並みを抱きしめたまま撫でるなどして穏やかな時間を過ごしていたのだ。
こちらの情報は与えていないのだが、彼女の日常に関するお話も非常に有益な情報も、彼女が一方的に私に対して話しかけるという手段で、確かに伝わっていった。
勿論彼女も生徒である以上、そう頻繁に来られるわけでは無かったが、不思議なことに彼女は私の欲するものを良く持っていた。
ウティスが定期購読しているという『日刊予言者新聞』についてもそうだ。
生徒の中で毎日欠かさずに読んでいると言う者は、私の代でも珍しかった(と言うのも生徒である時代には、悪友との付き合いや、もっと楽しい活動の方が重要なのは言うまでもない)気がするが、彼女はどうやらそう言った珍奇な部類の生徒に入っていたらしい。
今まではそうでなかったとはいえ、脱獄してからの私は実に運が良いようだ。
クルックシャンクスが生徒の一人に飼われてホグワーツに居たことと言い、ようやくツキが回って来たらしい。
信頼できるのは良いことだが、猫であるクルックシャンクスではどうにも得られる情報は限られていた。
その点、ウティスにはその意味での心配はない。
私が人の姿に成れない以上、こちらから質問することはできなかったが……例えば彼女は色々と彼女の学生生活を教えてくれたりしたのだから。
懐かしく思える様なホグワーツでの授業について、
「そうですね。では私が同級生の、仮にZ君としましょうか。その男の子に凄いことをした時の話を……」
……とりあえず、そのZ君の心の平穏を祈らずには居られなかったりしたが、退屈は大抵の場合紛れた。
どうしても一人だと色々と考えてしまうし、このままピーターを殺せなかったらどうしようと考えてしまうから。
アズカバンを飛び出してから、飛び飛びで付き合い続けた彼女だが、この数カ月の間に色々とあったらしい。
「それでその子は『シリウス・ブラックが花の咲いた灌木に姿を変えているのだ』と信じて疑わなかったのですよね」
私のホグワーツに対する侵入方法について友達と話していたり、未だに逮捕されないことに対する不安が大きいことを話していたりするらしかった。
ちなみに彼女自身はと言えば
「きっとシリウス・ブラックは愛する人を喪った吸血鬼か、麻薬中毒でクラシック音楽の愛好家ですよ」
……どういった理由でそういった考えに至ったのかは分からないし、彼女の友達とどっこいと言って良い奇妙奇天烈な考えだった。
「ルーピン先生が年上の男の人への手紙を届けてくれまして。去年の先生と同じくらいに好きになれそうですよ、本当に」
現在ホグワーツで教鞭を執っている、学生時代の親友の一人に対して感謝の言葉を述べていたりしたのである。
時には何時も浮かべている微笑んだ表情ではなく、珍しく非常に嬉しそうな顔で
「テオ!今日は何と前々から欲しかったアクセサリーがようやく手に入ったんですよ!」
と言う報告を(熱烈なハグと共に)受けて驚いたりもした。
ウティスも女の子なのだな、とその時は少々微笑ましくなったものだ。
彼女が何処の寮かは聞いたことは無かったが、純血主義のスリザリンや我らがグリフィンドールとは違う感じ、ある種の気取った様子を少し感じる所から、おそらくはそれなりに変人が居るレイブンクローのところなのだろう。
ただ穏やかに、二人して時を過ごしていった。
夏が近づいてきたある日、
「ところでヴァン・ホームレス……いえ、テオ。貴方は用事が終わったらどうするつもりなのですか?」
いや、今私の事を何と呼んだ?
……まあ、良い。復讐が終わった後の事は特に考えていなかったな。
それにしてもいきなり何故こんな話を振って来たのだろうか。
以前私は此処でやらなければならないことがある、みたいなことを暈して伝えたことがあったが、それ以来ウティスが私のやることに為すことに注意していた試しがないのだ。
何時の頃からか彼女が持ってくるようになった、彼女の手作り料理を口にしながら私はしばし考え込んだ。
ハリーと暮らしたい、と言うのは復讐を果たしたら多分果たせないだろう。
だけど、私には義務がある。
裏切ったあいつを放っておくわけにはいかない。
だから彼女には特に何も答えなかった。
全ては決着を付けてからなのだから。
やたら癖になる彼女の手料理の内、チキンを咥えながら黙り込んだ私を見て
「少し、昔の話をしましょう」
そう言った。
珍しい、と私は素直に思う。
と言うのも彼女は自分が何者なのかを特定できるような情報を、私に対しても明かすような人ではなかったから。
「私が昔好きだった人は」
ああ、初めて逢った時に少しだけ話していた、猫の言葉が分かる人だったか。
「ええ、その人です。他人よりもハンデを幾つも負った人でした」
それはまるであいつのような……。
「周りの人が理解して助けてあげれば良かったのですが、生憎周りの人は頭が足りなく、それ故に彼に対する適切な助けを与えることができませんでした。それどころか彼に更に重荷を背負わせていくだけだったのです」
私とどっちが大変だろうか。
「やがて彼が自分の負ったハンデが彼自身のせいではないことに気付き、また周りが彼から取り上げる盗人だけだと悟った時、彼は周りを憎み、彼自身に害を与えた物に対してそれ以上の罰を与えることに躊躇いが無くなっていました」
私は何も応えられなかった。何故ウティスがこんな話をするのか分からなかったというのもあるが、互いに真の名前すら告げず、ただ利害の一致で並んでいただけの関係に、初めての変化が起きたからである。
ウティスの、そう名乗っている彼女の本当の姿に今、初めて触れている。
そんな気がしていた。
「ところが彼はそんなことを止めたのです」
彼女が好きだった人は一体何故止まった?
「大切な友達ができたからです。勿論彼の復讐者としての本質は変わりませんでしたから、万が一その人を怒らせた場合は常に命の危険性が付きまといました。ですが、常に憎悪の焔で身を焦がすこと、それだけはなくなったのです」
もしや彼女は、私がピーターへの復讐の為に動いていることを知っているのだろうか?
止めようとしているのだろうか、私の事も。
「誰かを憎むよりも、別の誰かと楽しい時を過ごした方が良いですよね」
犬の姿では何も言えなかった。
ただ……。
「まあ、難しい話は止めましょう。ただ、きっとテオにも何かやりたいことがあったのだろうな、と思っただけですから。いえ、東の島国のマグルの間ではご主人様の為に死ぬまで同じ場所へ通い続けたワンちゃんが居たそうですから」
それは……ああ、ホグワーツから離れようとしない私から連想したのだろうか?
「でも、まあ貴方が他の人に見つかったら大変ですよね。ほら、テオにはこれが無いじゃないですか」
首の辺りを指し示されて納得した。確かにこれでは、私の素性とは別の意味で問題があったか。
「なのでこれは私からのプレゼントです」
首輪を嵌められた。
「これで野良犬扱いされないでしょう」
……こんな首輪くらい、適当に盗み出しても良かったのだが。
ただ、物を贈られるのは、かなり久しぶりだった。
プロングスやムーニー、それから裏切り者のワームテール。
彼等や、結局彼とくっついたリリー。
彼ら以外とはそこまで深く付き合ったことは無かった。
「何がしたくて此処にいるのかは知りませんが、全て終わって、何処にも行く処が無かったら私のところにいらっしゃい」
そうだな、復讐を終えたら彼女の下で過ごすのも悪くないかもしれない……
彼女は満面の笑みで言った。
「先ずはペットショップに行って、テオの去勢をしてもらわないといけませんね!」
翌日、犬は彼女の前から姿を消した。
ウティス、一体何者なんだ……。
どうでも良いけどティアが開発した物一覧。
風邪薬……風邪になる。元気爆発薬で症状悪化。
ヤク草……料理に混ぜたり、対象に摂取させたりすることで麻薬のような中毒性が発生する。身体に悪影響はないが、摂れば摂るほど、次が更に欲しくなる。
服従の首輪……異世界転生物で良くあるアレ。首輪を嵌めた物に逆らえなくなる。ティア曰く、失敗作とのことだが……?
蟲寄せスプレー……虫が物凄く寄って来る。逃走用。
毛ハエ薬……毛根が蠅になる魔法薬。蟲寄せスプレーと組み合わせて使う。etc