沢渡さんの取り巻き+1   作:うた野

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ネオ沢渡さん、タイミング悪すぎっすよ!

今日は学校はお休み、LDSの講義も私が受けなければならないのは夕方からなので、それまではフリー。

ですので、先日柊さんに伝えたように遊勝塾へ謝罪に行こうと思うのですが……足が重い。

いえ、謝罪の件でではなく、謝罪の品として用意する為にいつものケーキ屋へと向かう足が、重いんです。

頼まれた商品の名前が全然思い浮かばず、もしそれについて尋ねられたらと思うと……いつでもいいとは言っていましたが、いつまでも味気ない名前のままなのは可愛そうですし。

それに柊さん(のデュエルディスクのコードは知らなかったので遊勝塾に直接)に連絡して、今日尋ねると言ってしまいましたので、行くしかない……他のお店で買うという選択肢もありますが、やはり自信を持って誰かに渡せるのはあのお店ぐらいしか私はまだ知りません。

 

「いらっしゃいませー!」

 

考えている間にお店につき、入店するとやはりあの店員さんがカウンターに立っていた。

軽く会釈を返し、ショーケースの前で立ち止まる。

 

「いらっしゃいませっ」

「すいませんが、まだいい案は思いついていないです」

「いえ、気にしないでくださいっ。無理を言ってるのは分かってますからっ」

 

そう言って貰えると多少は気が楽になる、けれど解決にはなっていないんですよね……。

 

「お勧めの物を8つ選んでいただけますか」

「はいっ、かしこまりましたー!」

 

連絡した時に今日の人数は聞いてある。塾生は六人、それに講師兼オーナーである柊さんのお父さんに、多分、権現坂さんが来るかもしれないと。

 

「お土産ですか?」

「ええ、まあ。似たようなものです」

 

謝罪の品です、などと正直には言えないので無難に頷いておく。

 

「相手の好みが分からないので、偏らないように選んでもらえるとありがたいです」

「はい、お任せ下さい!」

 

ケースいっぱいに並んだケーキやタルトの中からほとんど迷うことなく次々に選び出し、箱に詰めていく。

その様子を眺めながら、この後の事に思いを馳せる。

柊さんに許してもらっても、怖い思いをさせてしまった子供たち、そして何より一番の被害者である榊さん。彼らが納得してくれるかは分からない。

山部たちのようにいっそ素知らぬ顔を出来たら楽なのだろうけど、私の性格はそれを許してくれないらしい。どんな形であれ、ケジメをつけなければ一生引きずることになるだろう。

そんな性格をしてるなら最初からしなければ誰にも迷惑が掛からなかったのだろうけど。

 

「お待たせしましたー! こちらでいかがでしょうかっ?」

「はい、ありがとうございます。お手数おかけしました」

 

詰められた箱の中身を一応軽く覗いて、頷く。少なくともケーキの事に関しては店員さんの方が良く知っている。私が口を出せる事はない。

 

「それではお会計お願いしますっ」

「はい」

 

いつもよりも倍近く多いので当然料金も高くなるが、気にするほどの金額でもない。

 

「あの、お客様って中学生ですよね?」

 

会計を進めながら、店員さんがそう尋ねて来た。今日は私服ですが、いつも制服で通っているので知っていても不思議はない。

 

「そうですが」

 

中学生には見えないという話でしょうか。それなら今まで何度も言われた事なので慣れています。「可愛げがない」「マセガキ」などと良く言われていました。

 

「じゃあデュエル塾にも通ってるんですか?」

「ええ、まあ」

 

普段ならLDSのバッジを襟につけていますが、今日は私服なのでつけていない。つけていなくても強く咎められはしませんが、一応LDSの中に入る時の為に持ち歩いてはいる。

 

「ってことはもうすぐ始まる選手権にもっ?」

 

ああ、そういえば選手権まであと一か月程でしたか。あまり意識していなかったので言われるまで忘れていました。

 

「いえ、私は参加資格を満たしていませんので」

 

参加資格を得るには公式戦で50戦以上且つ通算勝率6割以上が条件。もしくは公式戦で無敗の6連勝なら特例として参加資格が与えられる。私はそのどちらも満たしていない。

というのも私の公式戦の記録は1戦1勝。公式戦は以前行った志島さんとの一戦だけですから。

 

「あっ、そうなんですか……」

「興味があるんですか」

 

まさかこの店員さんがユース試験をパスしたデュエリスト、なんて事はないでしょうが。

 

「ええ、せっかくこの街に住んでいるんですから、やっぱり気になります」

 

それもそうか。ジュニア、ジュニアユース、ユース、三つの選手権が同時に開催される舞網チャンピオンシップは此処、舞網市では一年に一度の、最大級のイベントで、国内外を問わずに選手や観光客が訪れる。この街に住んでいる人間なら猶更気にもなるはずです。

 

「とはいっても私もこの街に来て日が浅いので、この街のデュエリストの事は全然知らないんですけど。あっ、零児様の事は知ってますよっ?」

 

零児様……赤馬零児社長の事ですよね。LDSを経営するレオ・コーポレーションの現社長。そういえばあの人は最年少のプロデュエリストでしたか。

 

「だからお客様が出場するなら是非応援を! と思ったんですけど……」

「たとえ知ってるデュエリストがいなくとも、デュエルに興味があるのなら見て損はないと思いますよ。それで気になるデュエリストが見つかるかもしれませんし」

「そうですね……」

 

残念そうに言う店員さん。どうしてそこまで私を気に掛けているのだろう。私たちは偶然最近この街に来た、という共通項があるだけで店員と客という関係でしかないのに。

 

「……私は出場しませんが、一人だけ私が自信を持って薦められるデュエリストが居ます、気に掛けていればきっと最高のデュエルが見られますよ」

「誰ですか?」

「沢渡さん。ネオ沢渡さん。沢渡シンゴさん。あの人の名前を覚えておけば、きっと今年の大会は忘れられないものになるはずです」

「はあ……あっ、ひょっとしてその人が以前言ってた大切な人ですか?」

「はい」

「……分かりましたっ、覚えておきますねっ!」

「はい。そしてあの人のデュエルを一度見れば覚えるまでもなく忘れられない名前になるはずです」

 

……と、この辺りにしておかないとまたヒートアップしてしまいそうです。

 

「それでは失礼します」

「ありがとうございました! またお待ちしてます!」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

遊勝塾。柊さんや榊さんの通う其処は河川敷の傍に建っていた。学校からも近いですが、私の家やLDSとは反対方向なので今まで来たことはありませんでした。

しかしながら私の意識は遊勝塾よりも反対側の道から歩いてくる男性に向いています。

 

「むっ?」

「……こんにちは」

 

丁度遊勝塾の目の前で互いに立ち止まり、目が合う。会釈すると彼も返してくれた。

 

「はじめまして、権現坂さん」

 

学校で見るのと同じ制服姿の彼は、権現坂昇さん。学校でも時折榊さんと話しているのを見たことがある。

柊さんの言う通り、今日も遊勝塾に顔を出しに来たようだ。

 

「元クラスメイトにはじめましてはないだろう、久守」

 

彼の言う通り、一応元クラスメイトです。と言っても転入してすぐに学年が上がり、クラスが分かれたのでお互いの事は何も知りませんが。

 

「いえ、学校で話した事はありませんでしたので。転校した当初の自己紹介ぐらいでしかお互いを知らないですから」

「それもそうだ。だが奇遇だな、こんな所で会うとは」

「いえ、今日は私も此方に用が会って来たんです」

「遊勝塾に? だが確かお前は……」

「はい、LDSに所属しています」

「何か事情がありそうだな。立ち話もなんだ、まずはお邪魔するとしよう」

「はい」

 

勝手知ったる、と言える動きで遊勝塾の門を潜る権現坂さんに私も続く。

……権現坂さんと一緒だとこのエレベーターは少し狭いです。

 

「ん、おお、権現坂」

「遊矢」

 

柊さんにはお昼休みの頃に伺うと伝えておきましたが、丁度お昼を食べ終わり休憩していた所だったようだ。

 

「あ、いらっしゃい、久守さん、権現坂も」

 

奥から出てきた柊さんが私たちに気付き、挨拶してくれた。

 

「へ? 久守?」

「どうも」

 

どうやら榊さんからは権現坂さんが壁になって見えなかったようで、彼の横に出て頭を下げる。

 

「あ、ああ……どうも」

「とりあえず座ってちょうだい、今お茶を入れるわね」

「すいません、ありがとうございます。後、よければこれを、皆さんでどうぞ」

「わあ、ありがとう! でもいいのよ? そんなに気を遣わなくても」

「いえ、せめてもの気持ちですから」

 

ぎくしゃくとした挨拶を経て、ケーキの入った箱を渡してから柊さんに勧められるがまま榊さんの対面の席に腰掛ける。権現坂は榊さんの横に自然に座っていた。

 

「え、ええと……いらっしゃい?」

「はい、お邪魔しています」

 

……どうして私より榊さんの方が気まずそうなんでしょうか。

 

「どうした遊矢、クラスが違うとはいえ学友に対してその態度は。久守も固すぎるぞ、お見合いをしているわけでもあるまいし」

 

事情を知らない権現坂さんは怪訝な顔をするが、榊さんは曖昧に笑うばかり、私は「はい」と返事をしただけで何も状況は変わらなかった。

 

「……あー、権現坂、来て早々悪いんだけど」

「どうした?」

「塾長と一緒にフトシたちが買い出しに出かけてるんだ。塾長だけじゃ不安だから、迎えに行ってやってくれないか? 多分もう近くまで来てると思うからさ」

「おおっ、そうか。うむ、そういう事ならこの男、権現坂が責任を持って迎えに行って来よう」

 

榊さんの突然のお願いに権現坂さんは大仰に頷き、すぐに立ち上がってエレベーターに向かっていった。……ですが私からは権現坂さんが一瞬表情を曇らせたのが見えた。友達思いの方です、そして榊さんも他人を思いやれる方です。

権現坂さんを見送り、遊勝塾には私と榊さん、柊さんだけ。わざわざこの状況を作ってくれた榊さんには感謝しなくてはなりません。

 

「榊さん」

 

言葉を重ねても伝わらなければ意味がない。なら、重ねるよりも先にするべきことはこれだ。

 

「ちょ、急に何っ?」

 

柊さんにしたように、私は榊さんに頭を下げた。

 

「先日の件、申し訳ありませんでした。ペンデュラムカードを騙し取った事、子供たちや柊さんを人質に取った事、失礼な物言い、その全てに関して謝罪します。本当に申し訳ありませんでした」

「えっ、いやっ」

「謝って許されるとは思っていません。それでもこうする事しか私には出来ないんです。もし私に出来る事があれば、言ってください。どんな事でもします」

「と、とりあえず頭を上げてっ!」

「……はい」

 

……本当は、これが卑怯な手だとも分かっている。榊さんのような人が真正面から頭を下げられて、強く出られるような人じゃないって事も。でも、私にはこうする事しか出来ない。

 

「ほらっ、今はペンデュラムカードは戻って来たし、柚子から聞いたけどあの時、皆を助けようとしてくれたんだろ? だったらもうそれでお終い! 同級生に頭下げられても困るって」

「すいま……いえ、ありがとうございます」

 

これ以上謝罪を重ねても榊さんの気分を逆に害してしまうだろう。私自身が納得できてはいませんが、これ以上は私のエゴになってしまうだけだ。

 

「話は終わったみたいね。それじゃ、久守さんが買ってきてくれた――「ケーキだねっ」きゃ!」

 

私の謝罪が終わるのを黙って待っていてくれた柊さんが皿に取り分けたケーキを運んで来ようとした時、突然何処に隠れていたのは水色の髪の少年が飛び出してきた。

それに驚きトレイを取り落としそうになる柊さん。

 

「素良!? お前、塾長たちと一緒に買い出しに行ったんじゃ……」

「んー、そのつもりだったんだけど、甘い物の方からやって来るような気がして帰って来たんだ」

「どんな勘してるんだよ……」

「ちょっと素良! 危ないじゃないっ」

「ごめんごめん、つい待ちきれなくて」

「もうっ……」

 

素良、という事は彼が柊さんの話してくれた融合使い。

 

「はじめまして、僕は紫雲院素良」

 

隣の席に腰掛けた紫雲院さんが私の顔を下から覗き込むようにしながら挨拶してくる。

 

「久守詠歌です」

 

今まで関わったことがないタイプ……というより最近は押しの強い方ばかりと知り合っている気がします。

 

「ねえねえ、くもりんは何しに遊勝塾に来たの? ひょっとして入塾希望? ってそんなわけないか」

「ちょっと素良、それどういう意味よ」

「気にしない気にしなーい」

 

「……くもりん?」

 

……ひょっとして私の事でしょうか。いやひょっとしなくとも私の事なんでしょうが。

くもりんって……いやでもくもりん……

 

 

『おい、くもりん、紅茶入れろよ』

『くもりん、今日のケーキはまだか?』

「やっぱりくもりんじゃその程度だよな』

『くもりん』『くもりんっ』『くもりーん』

 

 

……あ、これやばい。破壊力すごい。

そんな、じゃあ私はさわたりん、なんて……ああ! 駄目です、そんな呼び方沢渡さんに出来ません!

 

「くもりーん? ……ねえ、この子大丈夫なの?」

「……大丈夫です、おーけーです、よゆーです」

「とてもそうは見えないけど……まあいいや」

「あはは……」

 

ふと気づけば柊さんが渇いた笑いを上げていましたが私は大丈夫。

 

「今日は私は、榊さんに――「ウチに遊びに来たのよ。友達だもの、ね?」……はい、柊さんの言う通りです」

「ふーん。権ちゃんといい、自由な所だよね、此処って。まあ僕もその方が楽しいけど」

「さっ、素良と遊矢も手伝って。もう皆も帰って来る頃だから準備しちゃいましょ」

「はいはい」

「はいは一回!」

「えー? 僕もー?」

「当然でしょ、あなたは遊勝塾の生徒なんだから」

「私もお手伝いを「久守さんはお客さんなんだから座っててっ」……はい」

 

榊さん、紫雲院さん、私を次々に制しながら柊さんがテキパキとお茶の用意を進めていく。その動きは勉強になります。

暫く柊さんたちを若干落ち着きなく見ていると、背後のエレベーターが開く音がした。

 

「戻ったぞ」

「「「ただいまー!」」」

 

「おう、お帰り、みんな」

「お帰りなさい」

 

迎えに行った権現坂さんと子供たち、それに柊さんのお父さんが帰って来たようだ。

 

「いやー権現坂くんのお蔭で助かったよ、気が利くな遊矢!」

「塾長、何でそんなたくさん買って来たんだよ……」

 

一番最後に大荷物を抱えて出てきたジャージ姿の男性、彼がお父さんだろう。

 

「ん? お客さんか? はっ、まさか入塾希望者!?」

「違うわよっ、私の友達」

「なーんだ、柚子の友達か……ま、ゆっくりしていきなさい!」

 

荷物を仕舞に行くのだろう、笑いながらお父さんは奥に消えていった。

 

「友達って、その姉ちゃんは……」

「LDSの……」

「沢渡と一緒に居た……」

 

柊さんの発言に残った子供たちが怪訝そうに続ける。

子供たちの態度に事情を知らない権現坂さんも怪訝な表情を見せる。

 

「そうよ、だけど「改めまして、久守詠歌と言います」……久守さん?」

 

助け舟を出そうとしてくれた柊さんに今度は私が被せる。

……少し固すぎるでしょうか。

 

「先日は、怖い思いをさせてごめんなさい。柊さんや榊さん……お姉さんやお兄さんに酷い事をして、ごめんなさい」

 

出来る限り柔らかく、けれど気持ちが伝わるように頭を下げる。

 

「「「……」」」

 

子供たちは暫く無言だった。彼らが柊さんたちを慕っているのは伝わって来る。柊さんたちに酷い事をした私を許せない気持ちも分かる。……それでもいい、むしろ許せなくて当然だ。

しかし、子供たちは笑った。

 

「へへっ、俺は原田フトシっ」

「僕は山城タツヤです」

「私は鮎川アユ!」

 

柊さんを見て、察したのだろう。聡い子たちです。私がこの子たちぐらいの時とは全然違いますね。我が儘ばかり言う、可愛くない子供でした。

 

「あの時のデュエル、遊矢兄ちゃんのだけじゃなく、柚子姉ちゃんとのデュエルもすっげえ痺れたぜ!」

「融合って私、あの時初めて見たのっ!」

「それも一ターンに二回も……すごかったですっ」

「……ありがとう」

「――さあ皆、手を洗って来て! 久守さんがケーキを買ってきてくれたのっ。皆で食べましょっ」

「「「はーい!」

 

パン! と手を叩き、子供たちを促しながら柊さんが私を見て、片目を閉じた。……ありがとうございます、本当に。

 

「へえ……融合を使うんだ」

 

そんな中、紫雲院さんが楽しげに私を見ている事にその時は気付かなかった。

 

 

 

 

 

ケーキを食べ終え、一息入れる。……ちなみに本当ならケーキを渡して帰るつもりだったのですが、私まで頂いてしまいました。……すいません、柊さんのお父さん。

これ以上長居をして、塾のカリキュラムの邪魔をするのは本意ではありませんから、そろそろお暇させてもらいましょう。

 

「すいません柊さん、私はそろそろ……」

「えー! もう詠歌お姉ちゃん帰っちゃうの?」

「アユちゃん、ええ、皆さんもまだ今日の予定があるでしょうし」

 

他のデュエル塾のカリキュラムは知りませんが、午後が完全に自由というわけでもないだろう。

この短時間で随分と話すようになってくれたアユちゃんが残念そうな声を上げるが、これ以上は申し訳なくなってしまう。私は権現坂さん程、まだこの遊勝塾に慣れ親しんではいませんし。

 

「そう、分かったわ。でもまたいつでも来ていいのよっ。あっ、それとまた学校で一緒にご飯食べましょ?」

「おう、いつでも遊びに来てくれよ。此処にお客さんなんて権現坂くらいしか来ないからさ」

「柊さん、榊さん……はい、ありがとうございます。……なら連絡先を教えていただけますか?」

「勿論っ」

 

デュエルディスクを柊さんと私が互いに取り出し、連絡先を交換する。

 

「あっ、私も!」

「はい」

 

それを見てアユちゃんもディスクを取り出し、同じように交換する。

 

「えへへ、私にも連絡してねっ?」

「……善処します」

 

……小学生とどんな連絡を取り合えばいいんでしょうか。いや、というか同級生とどんな連絡を取るのかすら分かりません。用がなかったらしなくとも構いません……よね?

 

「良し、では俺が途中まで送っていこう。まだ明るいとはいえ女子を一人で帰らせるわけにいかん」

「そうね、権現坂、お願いできる?」

「任せておけ」

「いえ、そこまでしていただかなくても……」

「良いから良いから!」

 

……本当に最近は押しの強い人ばかりと知り合います。嫌ではないですが。

 

「あ、待ってー! 僕もっ」

 

柊さんとアユちゃんと連絡先を交換し、お暇しようと立ち上がった時、黙々とキャンディーを舐めていた(ケーキの後で舐めていました。真似できません)紫雲院さんが立ち上がり、後ろ手に私の前に立った。

 

「えっ? 素良も?」

「うん、僕も」

「私は構いませんが……」

 

断る理由もないので頷く。ですが紫雲院さんは悪戯気に笑い、腕を出した。

 

「ただし連絡先じゃなくて、これ本来の使い方の方をね」

 

デュエルディスクをセットした腕を。

 

 

 

 

 

「それじゃーお願い!」

「任された!」

 

……所属していないデュエル塾でデュエルをするのはどうかと思い、一度は断ったのですが、紫雲院さんに押し切られてしまいました。というより駄々をこねられました。

塾長である柊さんのお父さんも最初は難色を示していましたが、紫雲院さんのお願いに折れました。イチコロでした。……まあ許可が下りたのなら私も異論はありませんが。

 

「よーし、素良のお気に入りの……こいつだ! アクションフィールド・オン! スウィーツ・アイランド!」

 

スピーカーから聞こえる塾長さんの声と共にリアルソリッドビジョン・システムが稼働し、アクションフィールドが形成される。これは……名前の通りお菓子の国をモチーフにしたフィールドですね。

私が得意とする、というより相性が良いアクションフィールドは普段から使っているマドルチェ・シャトー(アクションフィールド共通の、アクションカードに関してのテキストが追加されただけのもの)ですが、これは風景こそ似ていますが、恐らく単純なアクションカードのみのフィールドでしょうか。

 

「わーい! やっぱり此処が一番わくわくするよね!」

 

……ケーキを食べた後だとあまり乗り気にはなれませんが、本当に甘い物が好きなんですね、紫雲院さんは。

 

 

「素良と久守、融合使い同士の対決か……俺は久守がどんなカードを使うか知らないけど、柚子たちは知ってるんだろ?」

「当然よ、デュエルしたんですもの。……結果は納得いかないけどね。けど遊矢もこれから見られるわ、強いわよ、久守さん」

「LDSの融合召喚か、どんなものか拝見させてもらうとしよう」

「負けるな素良ー!」

「詠歌お姉ちゃんも頑張ってー!」

 

……そういえばこういう風に誰かに応援されるデュエルというのは初めてです。普段は応援どころかギャラリーが少ないですし。しかしながら私は榊さんを初めとした遊勝塾の方々が得意とするエンタメデュエルというのは……出来る気がしません。そこは紫雲院さんにお任せしましょう。

 

「よろしくお願いします、紫雲院さん」

「うん、よろしくー。……あ、ところでさあ、その紫雲院さん、ってのやめてくれない? 素良でいいよ、呼びにくいでしょ?」

「分かりました、素良さん」

「よし、それじゃあ始めようか、くもりん」

「……あの、私の呼び方も変えていただければ……」

 

気になっていた部分を訂正してもらおうとした私の言葉が、塾長さんのアナウンスと重なった。

 

「戦いの殿堂に集いしデュエリストたちが!」

 

……後でもいいでしょう。

 

「モンスターたちと地を蹴り、宙を舞い!」

「フィールド内を駆け巡る!」

「見よ!」 「これぞデュエルの最強進化系!」

「アクション――!」

 

「デュエル!」「デュエル……!」

 

 

SORA VS EIKA

LP:4000

アクションフィールド:スウィーツ・アイランド

 

 

「先行は私です」

 

デュエルディスクが私の先行を告げる。志島さんのように先行プレアデスを出されないなら後攻でドローが欲しかったですが……仕方ありません。

カードを5枚ドローし、手札を確認する。

私が知ってるのは素良さんが融合使いだということだけ。けれど素良さんも私の事をそれぐらいしか知らないはずだ。仮に知っていたとしても、ミドラーシュやウェンディゴ、ダーク・ロウたちのことだけ。条件は変わらない、むしろエクシーズとシンクロの事を知らない分、私の方が有利だとも言える。

情報は強力な武器だ。けれど、それだけでは勝てないという事も知っている。油断はしない。

 

「私はモンスターをセット。さらにカードを二枚セットし、ターンエンドです」

「僕のターン、ドロー!」

 

セットしたカードの一枚はブラフの魔法カード、マドルチェ・チケット。

 

まずは様子を見ます。どんなデッキかは分かりませんが、もし一枚でも専用カードを使ってくれれば対策も立てられるかもしれない。……この世界の膨大なカードプールの全てを把握しているわけではないので、あまりアテにも出来ませんが。

 

「僕はファーニマル・ベアを召喚!」

 

ファーニマル・ベア

レベル3

攻撃力 1200

 

召喚されたのは天使の翼を持つクマ……というよりはテディベアでしょうか。名前から察するとファーニマルというカテゴリのモンスターでしょうか……? 知らないカードです。

 

「ふっふふーん、遊矢とデュエルしてから何度もこのフィールドを使ってるからね、カードの有りそうな場所は覚えてるよっ」

 

素良さんが走りだす。アクションカード目当て……この状況でアクションカードを探すという事はこのフィールド固有のアクションカードはモンスターの攻撃力を上げたりするカードなのでしょうか。

 

「さらに僕は手札から永続魔法、トイポットを発動っ」

 

走りながら素良さんが魔法カードを発動する。フィールドに現れたのは……ガチャポン? また知らないカード……どうやら対策を立てる事は出来なさそうです。

 

「トイポットの効果は手札からカードを一枚捨てて、デッキからカードを一枚ドロー出来る。それがレベル4以下のモンスターなら、特殊召喚出来る――――見っけ!」

 

……コストとなるカードをアクションカードで代用する作戦ですか。

素良さんが見つけたのは、フィールドの中心部に設置されたお菓子の家、その屋根の引っかかるように配置されたアクションカード。

 

「よっ、ほっ、ほいっと!」

 

キャンディーで作られた二つの柱を蹴り上がり、素良さんはモンスターの手を借りることなく、自らの身体能力だけでお菓子の家の屋根へと着地した。……私もLDSでアクションデュエルの為の講義や体育実技を受けていますが、あの身のこなしは到底出来そうにない。エンタメデュエルにはああいった能力も必要になってくるのか……想像以上に奥が深そうです。

 

「僕はゲットしたアクションマジック、キャンディ・シャワーを墓地に送ってトイポットの効果を発動! あっ、ちなみにモンスター以外ならそのカードを墓地に送らないといけないんだよね。さーて、何が出るかなっ?」

 

楽しげに笑いながら、素良さんはカードをドローする。

 

「――ふふっ、僕が引いたのはレベル3のエッジインプ・シザー! よって効果により特殊召喚出来る!」

 

エッジインプ・シザー

レベル3

攻撃力 1200

 

此処でモンスターを引き当てる程度の事は予想できました。けれど、出て来たモンスターは想定外です。

特殊召喚されたエッジインプ・シザーは6つの巨大な鋏が連結したような奇怪な姿をしていた、しかもその中で赤い目が怪しく輝いている。

ファーニマル・ベアと同じ、私のマドルチェのようなモンスターたちが出て来るかと思っていましたが……人形と聞いてマドルチェかと思ったらギミックパペットが出て来たような感覚です。

 

「さあ、まずは僕から行くよ! 僕は手札から魔法カード、融合を発動!」

 

屋根の上に立つ素良さんが融合カードを掲げ、ディスクへと挿入する。光津さんといい、一ターン目から融合召喚を……。

 

 

「あっ!」

「融合カード……既に手札に持っていたのかっ」

「フィールドに居るのはファーニマル・ベアとエッジインプ・シザー……」

「ってことは、素良のエースが来る!」

 

 

「僕が融合するのはフィールドのエッジインプ・シザーとファーニマル・ベア。悪魔の爪よ、野獣の牙よ! 今一つとなりて新たな力と姿を見せよ! 融合召喚!」

 

素良さんの背後の空間が渦巻き、二体のモンスターが消えていく。そしてその渦の中から、融合モンスターが姿を現す。

 

「現れ出ちゃえ! 全てを切り裂く戦慄のケダモノ――デストーイ・シザー・ベアー!」

 

その姿は素材となったファーニマル・ベアよりも、エッジインプ・シザーに近い雰囲気を放っていた。腕の代わりに鋏によって手へと繋がれ、腹部からは巨大な鋏が私へと向かって伸びている。そして何より口から覗く何者かの赤い目が、エッジインプ・シザーによく似ていた。

 

デストーイ・シザー・ベアー

レベル6

攻撃力 2200

 

「どう? これが僕の融合モンスター、デストーイ・シザー・ベアーだよ」

「……随分と個性的なモンスターですね」

「これはこれで愛嬌があって可愛いでしょ?」

 

……どうなんでしょうか。あまり美的センスに自信がないので何とも言えません。

 

「さ、バトルだ! 僕はデストーイ・シザー・ベアーでセットモンスターを攻撃!」

 

素良さん程の身体能力のない私にはモンスターの手を借りずに今からアクションカードを手に入れる事は出来ない。攻撃は通る。

 

「っ……セットモンスターはシャドール・ヘッジホッグ。リバース効果を発動。デッキからシャドールと名の付く魔法、罠カード一枚を手札に加えます」

 

攻撃を受け、一瞬だけ姿を見せたヘッジホッグはすぐにシザー・ベアーの攻撃によって吹き飛ばされてしまう。けれど、次に繋いでくれた。

 

「私が手札に加えるのは魔法カード、影依融合(シャドール・フュージョン)

「へえ、それが君の融合カードなんだ……僕はシザー・ベアーのモンスター効果発動! 戦闘で破壊したモンスターを装備カードとしてシザー・ベアーに装備する! そしてシザー・ベアの攻撃力は装備したモンスターの攻撃力分アップ!」

 

吹き飛んだヘッジホッグがシザー・ベアーの伸びる腕によって回収され……シザー・ベアーの口へと消えた。

吸収されたヘッジホッグの攻撃力は800。よって、

 

デストーイ・シザー・ベアー

レベル6

攻撃力 2200 → 3000

 

攻撃力3000。この時点で私のデッキのモンスターのステータスを完全に上回っている。シザー・ベアーをどうにかしなければいくらモンスターを召喚しても、次のターンには破壊され、吸収される……。けれど、そういうのは私のデッキの得意分野です。

 

「僕はカードを一枚セットして、ターンエンドっ。さあ、見せてみてよ、君の融合を」

「私のターン、ドローします」

 

ドローしたのは魔法カード、ワンショット・ワンド、ですが今回は魔法使い族のミドラーシュには休んでいてもらいましょう。……また次のデュエルで好き勝手されてしまいそうですが。

 

「私は手札から魔法カード、影依融合を発動」

 

 

「来るか、久守の融合召喚が……!」

「ええ。でも、どの融合モンスターを召喚しても今のシザー・ベアーは破壊できない……」

 

 

先日の柊さんとのデュエルでもこのカードを使い、融合召喚を行った。でもあの時とは状況が違う。そして呼び出す子もまた違う。

 

「このカードは相手フィールドにエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターが存在する場合、手札、フィールドに加えデッキのモンスターを素材として融合召喚出来ます」

 

志島さんとのデュエルで行ったのと同じ状況。そして呼び出すのも。

 

 

「デッキのモンスターで!?」

「融合召喚!?」

「そ、それって……かなり痺れるぅ!」

 

 

「私はデッキのシャドール・ビーストとエフェクト・ヴェーラーを融合」

 

今度は私の遥か頭上の空でデッキから伸びた影が渦巻く。

 

「人形を操る巨人よ、お伽の国に誘われた堕天使よ、新たな道を見出し、宿命を砕け……!」

 

その影の渦から彼女は堕りて来る。マドルチェを総べる女王がティアラミスなら、シャドールたちの頂点に立つのは彼女だ。

 

「融合召喚……来て、エルシャドール・ネフィリム……!」

 

エルシャドール・ネフィリム

レベル8

攻撃力 2800

 

お菓子の国に降り立つ巨人、ネフィリム。

 

 

「で、デカい!」

「なんだあのモンスターは……!?」

 

 

降り立ったネフィリムの影でフィールド全体が暗く覆われる。その中でシザー・ベアーの中の何かの瞳と、ネフィリムから伸びる紫の影糸だけが怪しい光を放っていた。

 

「融合素材として墓地に送られたシャドール・ビーストの効果発動。カードを一枚ドローします」

 

ドローしたのは……マドルチェ・マジョレーヌ。この手札なら次のターンでさらに繋げられる。

 

「さらにネフィリムの効果を発動。このカードが特殊召喚された時、デッキからシャドールと名の付くカードを一枚墓地に送る。私はデッキのシャドール・ドラゴンを墓地に送り、その効果を発動します。ドラゴンが墓地に送られた時、フィールドの魔法、罠カード一枚を破壊する――私はトイポットを選択」

 

トイポットが罅割れて砕け、フィールドから消える。

 

「あーっ! トイポットがぁ……」

「そしてマドルチェ・マジョレーヌを通常召喚。マジョレーヌが召喚に成功した時、デッキからマドルチェ・モンスターを手札に加える。私はマドルチェ・ミィルフィーヤを手札に加えます」

 

マドルチェ・マジョレーヌ

レベル4

攻撃力 1400

 

マジョレーヌが魔法のフォークに腰掛けながら空中に滞空する。結構フィールドが暗いんですが、飛んでいてぶつかったりしないんでしょうか。

 

「あっ、可愛い!」

「また初めて見るモンスターね……」

 

 

「そしてセットしてあった永続魔法、マドルチェ・チケットを発動。このカードが存在する限り、一ターンに一度、フィールド、墓地のマドルチェ・モンスターが手札またはデッキに戻った時、デッキからマドルチェ・モンスターを手札に加える事が出来る。そしてマドルチェ・モンスターたちは皆、相手によって破壊され、墓地へ送られた時、デッキに戻ります」

 

 

「……そうかっ、久守の言う通りならマドルチェ・モンスターはシザー・ベアーに破壊されても墓地に行かない、つまりシザー・ベアーに装備されて攻撃力が上がる事はない!」

 

 

榊さんの言う通り、デストーイ・シザー・ベアーの効果ならシャドールよりもマドルチェたちの方が相性は良さそうです。

 

 

「で、でもあのデッカいモンスターが破壊されたらシザー・ベアーの攻撃力が上がって……」

「2800のエルシャドール・ネフィリムが破壊されたら……5800ポイント!」

「そんなモンスター、どうやって倒せば……」

 

 

けれど、エルシャドールたちは特殊召喚されたモンスターとの相性が良いのであまり変わりません。

 

「バトル。ネフィリムでシザー・ベアーを攻撃」

 

 

「攻撃力の低いモンスターで攻撃だと!?」

「そんな事したらネフィリムを破壊したシザー・ベアーの攻撃力が上がって、次のターンでお姉ちゃんの負けだ!」

 

 

権現坂さんや子供たちが驚愕の声を上げている。……普段ならネフィリムの効果説明を行うのですが、今はアクションデュエル。先程の素良さんの動きを見た後では悠長に説明をしてはいられない。その間にアクションカードを取られてしまう可能性が高いですから。

 

「ストリング・バインド……!」

「僕は罠カード、びっくり箱を発動! 相手モンスターの攻撃を無効にして、そのモンスター以外のモンスターを墓地に送るっ」

 

ネフィリムの攻撃を見守っていたマジョレーヌの前方に現れた箱からボクシンググローブが飛び出し、彼女を吹き飛ばした。……痛そうです。

吹き飛び、ケーキの壁に穴を空けてマジョレーヌが消える。

 

「そして墓地に送ったモンスターの攻撃力か守備力の分、攻撃を無効にしたモンスターの攻撃力を下げる。エルシャドール・ネフィリムの攻撃力はマドルチェ・マジョレーヌの攻撃力、1400ダウン!」

 

エルシャドール・ネフィリム

レベル8

攻撃力 2800 → 1400

 

「きっと何か効果を持ってるんだろうけど、どう? これでもまだ発動できるのかな」

「……いいえ、ネフィリムの効果は特殊召喚されたモンスターと戦闘する時、ダメージステップ前に相手モンスターを破壊する。ですが攻撃が無効になった今、その効果は発動できません」

 

私が通常召喚を行わなければびっくり箱の発動条件は満たされず、ネフィリムでシザー・ベアーを破壊出来た。それにドラゴンの効果でトイポットではなくセットされていたびっくり箱を破壊すれば……今更悔いても仕方ありません。

こうなった以上、刀堂さんとのデュエルでもやった、禁じ手を使わせてもらいましょう。

 

「それに君のモンスターたちの共通効果は破壊された時にデッキに戻る効果。シザー・ベアーの効果から逃げられてもびっくり箱の墓地に送る効果じゃ発動しない。これで君の永続魔法も不発に終わっちゃったね」

 

素良さんの言う通り、びっくり箱の効果ではマドルチェの効果は発動しない。シャドールなら発動しますが……けれど、墓地にマドルチェが送られた事によって準備が整ったともいえる。

 

「私はカードを一枚伏せてターンエンドです」

「せっかくの融合モンスターの攻撃力が半分になったっていうのに、まだまだ余裕だね? 何を見せてくれるのか、楽しみだよっ。僕のターン! ――僕は手札からファーニマル・ライオを通常召喚っ。さらに手札のファーニマル・シープを特殊召喚! ファーニマル・シープは自分フィールドにファーニマル・モンスターが居る時、手札から特殊召喚出来る」

 

ファーニマル・ライオ

レベル4

攻撃力 1600

 

ファーニマル・シープ

レベル2

攻撃力 400

 

「さあバトルだ! ファーニマル・ライオでエルシャドール・ネフィリムを攻撃! この瞬間、ファーニマル・ライオの効果で攻撃力が500ポイントアップ!」

 

ファーニマル・ライオ

レベル4

攻撃力 1600 → 2100

 

攻撃力を上げる効果を持っていたから攻撃力の低いファーニマル・シープを攻撃表示で召喚したのか。ライオの攻撃が通ればネフィリムは破壊され、700ポイントのダメージ、それにシープとシザー・ベアーの直接攻撃で3400、私のライフが完全に削られる。

伏せカードを使ってもいいですが……ここはアクションカードを使わせてもらいましょう。

幸い一枚は既に見つけてある。マジョレーヌが空けたケーキの壁の中に埋まっていたアクションカードを。

 

ライオが飛び上がり、遥かに大きさの違うネフィリムへと攻撃を仕掛けようとしている。それが通るまでの僅かの時間、その間に取れれば伏せカードを温存できます。

 

「お願い、ネフィリム」

 

私の言葉に頷く事もせず、しかしネフィリムから影糸が私に向かって伸びる。それを掴むと、影糸は私をケーキの壁へと勢いよく運んでいく。……予想してましたけど物凄い勢いです、壁に当たる直前で止める、なんて考えていないですよね、絶対。

 

 

 

「ぶつかるっ!」

 

 

「わぷっ」

 

案の定、ケーキの壁へと勢いよく衝突し、壁にはマジョレーヌと私の形の穴が出来る。……ケーキじゃなければ大怪我です。

そのままの勢いで反対側へ抜ける。それでもカードは取れた。

手にしたカードは――

 

「アクションマジック、回避を発動。効果によりモンスター一体の攻撃を無効にします」

 

アクションマジック、回避。ほぼ全てのアクションフィールドに存在するアクションマジック。運が良い。

 

「これによりファーニマル・ライオの攻撃は無効」

「ちぇっ、避けられちゃったか。特殊召喚されたシザー・ベアーじゃネフィリムは破壊できない。バトルフェイズを終了するね」

 

影糸によって地面へと下ろされた時には素良さんがバトルフェイズを終了していた。

 

「僕はカードを二枚伏せて、ターンエンドっ」

「……私のターン、ドローします」

 

引いたカードはマドルチェ・シューバリエ。エクシーズモンスターであるティアラミスを除けば私のデッキのマドルチェの中で最も攻撃力の高いマドルチェ。もっともマドルチェ・シャトーの効果がなければ1700と大した数値ではありませんが。

 

「私はマドルチェ・ミィルフィーヤを召喚。そしてミィルフィーヤが召喚に成功した時、手札からマドルチェ・モンスターを特殊召喚出来る。おいで、エンジェリー」

 

マドルチェ・ミィルフィーヤ

レベル3

攻撃力 500

 

マドルチェ・エンジェリー

レベル4

攻撃力 1000

 

 

「可愛い!」

「あのモンスターたちも墓地に送られた時にデッキに戻る……けどあの攻撃力じゃ素良のモンスターはファーニマル・シープしか倒せない」

 

 

「エンジェリーの効果発動。このカードをリリースし、デッキからマドルチェ・モンスター一体を特殊召喚します。おいで、ホーットケーキ」

 

マドルチェ・ホーットケーキ

レベル3

攻撃力 1500

 

 

これで墓地にマドルチェは二体。女王さまの条件は満たした。

 

「さらにホーットケーキの効果発動。一ターンに一度、墓地のモンスターをゲームから除外し、デッキからホーットケーキ以外のマドルチェを特殊召喚する。私はシャドール・ドラゴンを除外。おいで、メッセンジェラート」

 

マドルチェ・メッセンジェラート

レベル4

攻撃力 1600

 

お伽の国の郵便屋、メッセンジェラートが現れる。効果によりマドルチェと名の付く魔法、罠カードを手札に加える事が出来る、宅配する物を探して、私の横でカバンを漁るメッセンジェラートですが私のデッキにはもう該当するカードはない。アクションデュエルなら罠のマドルチェ・マナーを入れてもいいかもしれませんが、今回は入れていない。カバンを逆さにしても何も出て来ず、メッセンジェラートは諦めたように項垂れた。

 

「さあ次はどうするの? いくらモンスターを並べても、君のフィールドの永続魔法の効果は一ターンに一度、その攻撃力じゃ次のターンにはどれかがシザー・ベアーに吸収されちゃうよ?」

 

こうします。

 

「私はレベル3のマドルチェ・ミィルフィーヤとホーットケーキでオーバーレイ」

 

 

「あれは!?」

「嘘……エクシーズ召喚!?」

「い、いくらLDSの生徒だからって融合もエクシーズも教え始めたのは最近だって聞くぞ!? それを二つも使うなんて!」

 

 

榊さんたちが驚きの声を上げる中、デュエルを通して繋がる素良さんだけは、正反対の反応をしていた。ほんの僅か、私の勘違いかもしれませんが、呆れの混じった瞳……落胆している?

 

「エクシーズ召喚、ランク3、M.X―セイバー インヴォーカー」

 

M.X―セイバー インヴォーカー

ランク3

攻撃力 1600

ORU 2

 

「ふうん……それで? どうするつもりなのかな」

「……? 私はインヴォ―カーの効果発動。オーバーレイユニットを一つ使い、デッキからレベル4の戦士族を表側守備表示で特殊召喚します。この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズ時、破壊される。私は二枚目のメッセンジェラートを特殊召喚」

 

M.X―セイバー インヴォーカー

ORU 2 → 1

 

マドルチェ・メッセンジェラート

レベル4

守備力 1000

 

「これでレベル4のモンスターが二体……またエクシーズ召喚?」

「ええ」

 

やはり、雰囲気が少し変わった。何が彼の気に障ったのかは分かりませんが、今はデュエルを続けましょう。新たに特殊召喚されたもう一人のメッセンジェラートと元々フィールドに居たメッセンジェラートがお互いを見て、混乱しているようですし……。

 

「レベル4のメッセンジェラート二体でオーバーレイ、二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築……?」

 

二体のメッセンジェラートが光へと姿を変えた時、デュエルディスクが着信を告げた。

このタイミングで一体誰が……

 

「! すいません! このデュエル、中断させてください!」

 

 

「えっ? なんでいきなり……?」

 

塾長さんに頭を下げ、そう頼み込む。

 

「素良さん、すいません! 一度中断をさせてください!」

「へっ? 別にいいけど……どうしたの、急に?」

 

良し、素良さんの許可は得た!

事情の説明は後にして、通話モードにディスクを操作する。

 

 

「すいません、お待たせしました! 久守です!」

『よう』

「お久しぶりです、沢渡さん!」

『ああ。今LDSに居るんだが、お前、今日講義が入ってたよな。何処にいる?』

「今から行くところです!」

 

講義は夕方からですけど、私の予定を把握してるなんて流石沢渡さんですよ!

 

『そうか。だったら早く来い』

「はい! 今すぐ行きます! 少しだけ待っててください!」

『ああ』

 

通話が切れる。……こうしてはいられません! 今! すぐに! LDSへ!

 

「すいません素良さん! 続きはまたの機会に! 必ずお相手させていただきますから!」

「あ、うん……」

 

素良さんの雰囲気がまた変わり、呆気にとられたような感じになっていますが、今はそれどころじゃない。一刻も早く行かなくては!

 

アクションフィールドが解除され、元の景色へと戻ったデュエル場を駆け抜け、出口へと向かう。

 

「申し訳ありません! 私はこれで失礼します! 榊さん、柊さん、権現坂さん、また学校で! アユちゃん、フトシくん、タツヤくん、また機会があれば!」

「あ、ああ……またな――っていないし……」

「お姉ちゃん、人が変わったみたいだったね……何かあったのかな……」

「……あはは、多分、何かあったんでしょうね……」

 

素良さんと同じく呆気にとられた榊さんたちと心配そうな表情を浮かべるアユちゃん、渇いた笑みを浮かべた柊さんを残し、私は外へと飛び出した。

 

 

「つまらないのか面白いのか、判断に困る子だったなあ……」

 




実は権現坂さんが三年生なんじゃないかと危惧しながら書きました。
素良きゅんとデュエル。しかしまた不完全燃焼。
沢渡さんの出番が短くて申し訳ないです。予想より長くなってしまいましたので、次回に回します。

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