『俺はスケール1の星読みの魔術師と』
「っ、俺は、スケール1の星読みの魔術師と――」
『スケール8の時読みの魔術師で』
「スケール8の時読みの魔術師で――」
『「ペンデュラムスケールをセッティング! ――――ペンデュラム召喚!」』
二体のモンスターによって作られたゲートから、モンスターたちが同時に召喚された。
「うぉお! すげぇ! マジすげぇ! ペンデュラム召喚、最高だぜぇ!!」
それを見て、沢渡は興奮した様子で笑い声を上げる。
ペンデュラム召喚を行った二人目のデュエリストが誕生した瞬間だった。
◇◆◇◆
「ペンデュラム召喚……うそ、本当に遊矢以外の人が……」
「本当に特別な力も、カードも、世界には存在しない。選ばれた者だけが使える力なんて、存在しません。当然の結果です」
一発で成功させるなんて、流石沢渡さんですね! しかも三体もまとめて召喚なんて、マジ凄すぎっすよ!
「「「遊矢兄ちゃん!」」」
子供たちが榊さんの名を必死に呼ぶ。
けれどその声は此処からでは届かない。
「柊さん、あなたのターンです」
「っ……! 私のターン、ドロー!」
柊さんのフィールドには幻奏の音女ソナタとエレジー、そして伏せカードが一枚。私のフィールドにはエルシャドール・ミドラーシュとウェンディゴ、セットモンスター、伏せカードが一枚。
エレジーの攻撃力はソナタの効果により500ポイント上がり、2500。ミドラーシュの攻撃力は2200、ウェンディゴの守備力は2800。特殊召喚が主体の幻奏デッキなら、特殊召喚に制限をかけるミドラーシュを破壊しなければ真価は発揮できない。
「バトルよ! エレジーでエルシャドール・ミドラーシュを攻撃!」
当然、そう来ますよね。
「罠カード、堕ち影の蠢きを発動。このカードはデッキからシャドールと名の付くカードを一枚墓地に送る事で発動でき、フィールドのセットされたシャドール・モンスターを表側守備表示へと変更する。私はデッキからシャドール・ハウンドを墓地に送り、セットモンスター、シャドール・ファルコンを表側表示に」
姿を現したのは隼。空を飛び、私たちが乗るドラゴンの隣へと滞空する。
シャドール・ファルコン
レベル2 チューナー
守備力 1400
「そしてファルコンのリバース効果を発動。墓地のシャドール・ビーストを裏側守備表示で特殊召喚します。さらに墓地に送られたハウンドの効果、フィールドのモンスターの表示形式を変更する、私はエレジーを守備表示へ」
シャドール・ビースト(セット)
レベル5
守備力 1700
幻奏の音女エレジー
レベル5
攻撃力 2500 → 守備力 1700
「また攻撃が封じられた!」
「……ターンエンドよ」
思い通りにバトルが出来ない歯がゆさに僅かに焦りの表情を見せながら柊さんはターンを終了した。
「……ファルコンを攻撃しなくて良かったのですか?」
思わず指摘してしまった。
「あっ……く、これでいいのよ!」
「そんなに榊さんの事が気になるのなら、早くデュエルを終わらせるべきです。……私も、時間は掛けたくありませんから」
「何ですって……!」
「私のターン、ドロー」
これで冷静さを失ってくれるのならありがたい。それに本音でもありますし。
……さてチューナーであるファルコンとレベル5のミドラーシュ、レベル6のウェンディゴがフィールドに存在している、が私のデッキにはシンクロモンスターはレベル6のヴァルカンのみ、意味がない。
今はまだ勝負は決められない。私の手札は2枚、墓地から回収した神の写し身との接触と今ドローしたマドルチェ・チケット。……このタイミングでどうしてモンスターではなくチケットを引いてしまうのか。けど、まだ手はある。
「私はシャドール・ビーストを反転召喚。リバース効果発動、二枚カードをドローし、その後手札を一枚捨てる……」
シャドール・ビースト
レベル5
攻撃力 2200
空を飛べないビーストは崩れ始めた幽閉塔に器用に着地し、遠吠えを上げるような仕草を見せた。
ビーストの効果でドローしたのは……欲しいと願ったカード。本当、焦らし上手なデッキで困ってしまう。
チケットを墓地に送り、手札は3枚。……これでようやく、子供たちの事を気にしなくて済む。
まずは、
「バトルフェイズ、ミドラーシュでエレジーを攻撃」
私の背後に座るミドラーシュが立ち上がり、杖を掲げる。その杖から発せられる力が風を巻き起こし、飛ばされないように必死にドラゴンの背中にしがみ付く。
「柚子お姉ちゃん!」
アユちゃんの悲痛な声が響く。
「大丈夫――罠カード、和睦の使者を発動! このターン、私のモンスターは戦闘では破壊されず、ダメージも0になる!」
柊さんはアユちゃんたちを安心させるように頬笑み、罠カードを発動した。……和睦の使者ですか、今の攻撃で発動させられて良かった。
「やった! これでエレジーを守れる!」
杖に集まった力と風が霧散し、ミドラーシュは再びドラゴンの背に座り込む。……いや、杖を振り回さないで。
「私はカードを二枚セットして、ターンエンドです」
防がれはしましたが、もう私も防御に徹する必要はなくなった。ミドラーシュとウェンディゴ、それにもう一人が居ればアクションフィールドが解除されなくても問題ない。
……沢渡さんの方は大丈夫でしょうか。ペンデュラム召喚に成功したとはいえ、榊さんもそれだけでやられるようなデュエリストではないはずですから。
「私のターン……っ!」
突然、柊さんが自分の頬を両手で叩いた。
「良し……遊矢をほっとけないわ、さっさと終わりにしてみせる! ドロー!」
……これ以上の心理戦はあまり意味がなさそうですね。
そしてドローカードを見た柊さんが笑う、何が出て来るか……私もこれ以上時間を掛けたくはない。沢渡さんの所へ早く行かなくちゃ。それと早く終わらせないとその内ミドラーシュに突き落とされそうな気がする。
「私は手札から幻奏の音女カノンを特殊召喚、このカードは自分フィールドに幻奏の音女が居る時、手札から特殊召喚出来る! 来て、カノン!」
仮面を被った紫の髪を持つ音女が現れる。私のフィールドと違って華やかになっていく柊さんのフィールド。いえ、別にこの子たちが華やかでないとは言いませんが。少し、自分勝手すぎる。
幻奏の音女カノン
レベル4
攻撃力 1400 → 1900
「これでこのターン、あなたはもう特殊召喚を行えない」
「分かってるわ! でもまだ私は通常召喚をしていない! 私は幻奏の音女カノンとソナタをリリースして、アドバンス召喚! 天上に響く妙なる調べよ、眠れる天才を呼び覚ませっ、いでよ! レベル8の幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト!」
二人の音女と入れ替わりで舞台に現れたのは最上級モンスター、赤いドレスを纏った音姫。
幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト
レベル8
攻撃力 2600
「さらにエレジーを攻撃表示に変更するわ」
「ソナタがリリースされた事により、幻奏モンスターの攻撃力は本来の攻撃力に戻ります」
幻奏の音女エレジー
レベル5
攻撃力 2500 → 2000
「出た、柚子姉ちゃんのエース! 攻撃力が下がっても、これならあの融合モンスターを破壊できる!」
「いっけー、柚子お姉ちゃん!」
「さあバトルよ! 私はプロディジー・モーツァルトでエルシャドール・ミドラーシュを攻撃! グレイスフル――ウェーブ!」
プロディジー・モーツァルトが手に持ったステッキを回転させ、衝撃破が放たれる。まだ問題はない、ミドラーシュが破壊されるのは予想できた。
その為のカードも伏せて――
「っ……!?」
襲い掛かるであろう衝撃に備えていたが衝撃は予想外の所から発生した。……ミドラーシュだ。
衝撃波が放たれると同時にミドラーシュはドラゴンを操り、宙を駆けた。私とウェンディゴを乗せたまま。
……当然の事ではあるけれど、質量を持ち、モンスターと共に地を蹴り、宙を舞うことが可能になったアクションデュエルとはいえ、相手の攻撃を躱したり、他のモンスターを盾にしたり、というルールに反する事は出来ない。破壊されるまでの時間を稼ぐことでアクションカードを発動する、といった芸当は可能ではあるが……此処は何もない空中、アクションカードなどあるはずもない。
よって、
このミドラーシュの行動に一切意味はない。
激しい空中での移動に視界が揺れる。上下が曖昧になる。
「いくら動き回っても、破壊は免れないわ!」
仰る通りです。今にも飛ばされそうになる私をウェンディゴが必死に掴んでくれていますが、この空中移動自体は苦ではなさそうですが、腕力が優れているわけではない彼女も限界のようです。
元が風属性だからか、ミドラーシュも心なしか楽しそうな気配を出していますが、おい、デュエルを進めろよ。今のあなたは闇属性です。
「エルシャドール・ミドラーシュを破壊!」
そんな中、漸くプロディジー・モーツァルトの攻撃がミドラーシュを、正確には彼女が駆るドラゴンを捉えた。
新たな衝撃と共に完全に空中に投げ出される。
私がドラゴンに振り回されるのをただ見ていたウェンディゴのイルカが慌てて私とウェンディゴをその背でキャッチする。
EIKA LP:3600
「……罠カード、発動……奇跡の残照……このターン破壊されたモンスター一体を特殊召喚します……来て、ミドラーシュ……」
息も絶え絶えにカードを発動し、再びミドラーシュが光と共にその姿を現す。私たちの横に滞空し、「おいでおいで」と言うように杖を動かしていますが、当然あんな後で従うはずありません。
「くっ、けどエルシャドール・ミドラーシュが一度フィールドを離れた事で、特殊召喚のカウントはリセットされたわ! これでもう一度特殊召喚が出来る!」
柊さんの口ぶりからして恐らくプロディジー・モーツァルトにも他の幻奏の音女たちと同じ、特殊召喚に関係する効果が備わっているはず。だとするとまだモンスターは増える……守備に徹する必要がなくなったとはいえ、勝負を急ぎたいのが本音だ。
沢渡さんの事が気になる。背後に見えるペンデュラム召喚の為の光の柱の中から、魔術師たちの姿が消えたのも心配だ。効果が無効になったのか、それとも破壊されたのか、あのソリッドビジョンが何を表しているのかは分からない。自分の目で確かめないと。
その為にも、まずは柊さんを倒す。
「まずはバトルよ! エレジーでシャドール・ファルコンを攻撃!」
シャドール・ファルコンは墓地に送られた時、自身を裏守備表示で復活させる効果があるが、それは戦闘ではなくカード効果によって破壊された時のみ。今破壊されれば戻っては来れない。
エレジーの歌声が聞いたものを惑わす魔笛となってファルコンを襲う。やらせるわけにはいかない。
「私は速攻魔法、マスク・チェンジ・セカンドを発動……!」
「えっ……!?」
攻撃がファルコンへと到達する瞬間、ファルコンの周囲に光と共に仮面が出現し、歌声を掻き消した。
私が伏せたカードは速攻魔法、マスク・チェンジ・セカンド。アクションデュエルであるが為に抜いたフィールド魔法、マドルチェ・シャトーの代わりに入れたカード。
そしてこのカードの効果は――
「このカードは手札を一枚捨てる事で発動できます。自分フィールドの表側表示のモンスターを墓地へ送り、そのモンスターと同じ属性でレベルの高いM・HEROをエクストラデッキから特殊召喚する。私は手札の神の写し身との接触を捨て、ファルコンを選択――お伽の国から抜け出た隼よ、一夜限りの魔法で新たな姿を見せよ――
現れた仮面がシャドール・ファルコンと重なり、光が溢れた。
そしてその光が収まった時、彼はこのダークタウンに現れる。
「見て、あそこ!」
フトシくんが崩れかけた幽閉塔の頂上のさらに上、細く尖った屋根に立つその姿を見つけた。
M・HERO ダーク・ロウ
レベル6
攻撃力 2400
仮面で顔を隠す勇者。本来の居場所から抜け出た、一夜限りの魔法で変身した姿。
本来ならシャドール・ファルコンの効果で墓地に送られたファルコン自身を復活させる事が出来ますが、今はミドラーシュの効果により特殊召喚は互いに一度まで、効果は発動できない。したところで破壊されるだけではありますが。
「攻撃力、2400……エレジー!」
エレジーが頷き、攻撃を中断し再び柊さんたちの下に降り立つ。
これでモンスターは破壊されず、柊さんのターンでの融合の為、私のターンでも一度なら特殊召喚が出来る。
「エクストラデッキから3体もモンスターを召喚するなんて……」
「敵だけど痺れるくらい強いぜ、あの姉ちゃん」
「――私はプロディジー・モーツァルトの効果を発動、デッキからレベル4以下の幻奏モンスターを特殊召喚する! もう一度舞台へ上がって! 幻奏の音女ソナタ!」
「おお! 柚子姉ちゃんも負けてない!」
「これでまた柚子お姉ちゃんのモンスターの攻撃力が上がるわ!」
幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト
レベル8
攻撃力 2600 → 3100
幻奏の音女エレジー
レベル5
攻撃力 2000 → 2500
幻奏の音女ソナタ
レベル3
守備力 1200 → 1700
守備表示で特殊召喚された二枚目のソナタの効果で攻撃力、守備力が再び500ポイントアップし、さらにエレジーの効果によりソナタは効果破壊されなくなる。
けれど、それだけだ。
「ターンエンドよ!」
「私のターン」
手札は0。フィールドには2人の神の写し身と獣、そして黒き勇者が一人。この状況を打破する為のカードは何枚かデッキに入っている。それを引く確率はそれ程低くはない。それこそ私の大した事のないドロー力でも引き当てられる程度のはず。
(このターンを凌げば……! モンスターの数では負けてるけど、次のターンでミドラーシュさえ倒せれば……このデュエル、勝てる!)
一度息を吐き、柊さんたちを見る。意志の籠った瞳で私を見つめる柊さん、柊さんを応援する子供たち。そして私たちの下では榊さんが大切なカードを取り戻そうと必死で戦っている。……このデュエルは確認だ。こんな状況で、私のような人間が何かを成せるかどうか。そして沢渡さんの望みが叶うのかどうか。その確認。
此処に来て、2ヶ月。色々な事があった。色々な事があって、私は此処に立っている、生きている。
そしてこれからも私はあの人の隣に立ち続ける。だから、応えて。人形に心が宿るように、カードにも心が、想いが宿るのなら、私の願いに。
「ドロー」
…………本当に、ひねくれ者。誰に似たんでしょうか。
「手札から装備魔法、ワンショット・ワンドを発動し、ミドラーシュに装備。このカードを装備した魔法使い族モンスターの攻撃力は800ポイントアップする」
エルシャドール・ミドラーシュ
レベル5
攻撃力 2200 → 3000
虚空から現れた新たな杖を掴み、ミドラーシュがドラゴンの背に立つ。無表情、だけどまるで「どーよ?」とでも言いたげなポーズで私を見る。あ、はい。
「ああっ! ミドラーシュの攻撃力がエレジーを超えた!」
「でもまだプロディジー・モーツァルトには届かないよ!」
「いや、ソナタが破壊されたらプロディジー・モーツァルトの攻撃力は500ポイント下がる……そしたらっ」
「ウェンディゴを攻撃表示に変更」
エルシャドール・ウェンディゴ
レベル5
守備力 2800 → 攻撃力 200
「攻撃力200のモンスターを攻撃表示に……?」
「私のデッキでは攻撃しなければライフは削れませんから……バトル、シャドール・ビーストで幻奏の音女ソナタを攻撃」
「きゃ……!」
飛び掛かったビーストの牙を受け、ソナタが破壊される。残るモンスターは二体。
「ダーク・ロウの効果発動、ダーク・ロウが居る限り、あなたの墓地に送られるカードは全てゲームから除外される。そしてソナタが破壊された事により、幻奏の音女たちの攻撃力は再び元に戻る」
幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト
レベル8
攻撃力 3100 → 2600
幻奏の音女エレジー
レベル5
攻撃力 2500 → 2000
(除外……あのモンスターが居る限り、墓地から幻奏の音女を手札に加える事も、特殊召喚することも出来ない……そしてミドラーシュが居る限り、特殊召喚は一度しか出来ない……どっちも厄介なモンスターね)
「そしてミドラーシュでプロディジー・モーツァルトを攻撃……!」
ミドラーシュに倣うように私もイルカの上に立ち、ミドラーシュに目配せする。……が、ミドラーシュは動かない。さっき和睦の使者で攻撃を中断させられたからでしょうか。それともさっきのポーズを無視したからでしょうか。相変わらず無表情だが「やる気でなーい」とでも言いたげだ。……おい、本当にいい加減にしてくださいよ。
「ミドラーシュで攻撃……ミッシング・メモリー!」
少しだけ大きな声でもう一度攻撃を宣言すると、今度は大人しくミドラーシュは動いてくれた。
ドラゴンを駆り、プロディジー・モーツァルトへと肉薄する。その手には二本の杖、中断された攻撃の時以上の力がそれには宿っている。
まずドラゴンの咢が音姫を捉え、その勢いのまま空中へとその体を投げ出し、それに向かってミドラーシュは杖を力強く振り下ろした。そして杖から放たれた二つの光弾が挟み込むように音姫へと直撃し、破壊した。後一体。
「くぅ……!」
YUZU LP:3600
柚子さんとエレジーがミドラーシュたちによって生じた風から子供たちを守る。……塔の方も、そろそろ限界ですね。
「この瞬間、ワンショット・ワンドの効果発動。装備されているこのカードを破壊し、カードを一枚ドローする」
何度目でしょうか、こうして祈りながらカードを引くのは。
いつもいつも私の期待に素直に応えてくれない捻くれたデッキ、だけどいつだって私を助けてくれたデッキ。今更疑いません。
また一度息を吐いて、デッキに手を掛ける。
「ドロー」
気負う必要はない。ゆっくりと引いたカードを返し、その姿を視界に入れようとした時だった。
「う、うわ!? く、崩れるぅ!?」
それに気づいたのはまたしてもフトシくんだった。
幽閉塔を支える柱が端からどんどんと崩れ落ち、ついに塔を支える事が出来なくなり、崩壊を始めた。
カードを確認するよりも先に、ミドラーシュとダーク・ロウを見る。
「お願い」
短いその一言で二人は私が言わんとしている事を理解してくれた。
今、柊さんのフィールドにはエレジーのみ。彼女一人では、柊さんと子供たちを抱えて地上に降りる事は出来ないだろうから、二人にお願いする。
……本当なら崩壊する前に勝負をつけて、その後に、と思っていたのですが、思ったよりも塔の崩壊が早いのか、それとも私が愚図だったのか。
エレジーが居る今ならミドラーシュかダーク・ロウだけで十分助けられましたね。ダーク・ロウの召喚を待つ必要はなかった。
まあ地上に降りたからといって沢渡さんの邪魔をさせるわけにはいきませんから、今から決着を着ける為にダーク・ロウは必要でしょうし、完全に無駄になったわけではない。
崩壊する塔の壁を蹴りながら疾走するダーク・ロウとドラゴンで空を駆けるミドラーシュをウェンディゴと共に見つめながら、そう自分に言い訳する。
「いやぁあああ!?」
「きゃあああ!?」
そして、ついに塔から落下した柊さんたちへとダーク・ロウたちが到達する直前。
「頼む! 時読み、星読み!」
榊さんの声と共に、柊さんたちの落下が止まった。
「と、時読みの魔術師……!」
「星読みの魔術師も!」
「あ、ありがとうございます……」
時読みと星読み、二人の魔術師と幻奏の音女が柊さんたちを受け止めていた。
「っ……!」
私は身を乗り出し、地上を見下ろし、視線を彷徨わせる。沢渡さん……!
その姿はすぐに見つかった。
「ッ、全部こうなるようにッ、計算してやがったのか……!!」
忌々しげにそう吐き捨てる、あの人の姿が。
「計算じゃない! 俺は信じてた!」
「信じて、だぁ……!?」
どんなカードを使ったのかは分からない。けれど、二人の魔術師、二枚のペンデュラムカードが榊さんの手に戻っている。
……そうですか、こうなるんですね。
「計算通りにならねえのなら……全部ぶっ壊してやるぜッ!」
ダーク・ロウとミドラーシュ、ウェンディゴ、ビーストと共に着地した私は沢渡さんの背中をただ見つめるしかない。
「いくぞ、時読み、星読みッ! ――お楽しみはこれからだ!」
二枚のペンデュラムカードを掲げた瞬間、スポットライトが榊さんだけを照らし出す。
「レディース&ジェントルメン! 今日は皆さんに、素晴らしい光のショーをお見せしましょう!」
……これが榊さんのデュエル、エンタメデュエル。もう完全にこのフィールドは榊さんが支配している。
「まずはペンデュラムと言えば、この二人を抜きには語れませんね?」
「時読みの魔術師と!」
「星読みの魔術師!」
「その通り! この二人と一緒に、本日のスターたちに登場してもらいましょう! 皆さん、掛け声はもう分かってますねッ?」
「勿論!」
始まる。儀式、融合、シンクロ、エクシーズ、そのどれとも違う、新たな召喚方法が。
「俺はスケール1の星読みの魔術師とスケール8の時読みの魔術師でペンデュラムスケールをセッティング!」
二つの光の柱が榊さんの背後に現れる。
「これによりレベル2から7のモンスターが同時に召喚可能! ――揺れろ、魂のペンデュラム! 天空に描け、光のアーク!」
私はそれを見ている事しかできない。結末を見届ける事しか、出来ない。
「ペンデュラム召喚! 現れろ、俺のモンスターたち!」
「答えは!」
「「「「0!」」」」
WIN YUYA
WIN YUZU
そして、デュエルは終了した。
‟二人”のデュエルの勝敗が決した事によりアクションフィールドが解除されていく。
そこで漸く、私は動くことが出来た。
「沢渡さん!」
ブロック・スパイダーの攻撃により吹き飛んだ沢渡さんに駆け寄り、彼の名を呼ぶ。良かった……怪我はしてない。
「えっ、どうして私が……?」
沢渡さんを呼ぶ私の背後で柊さんの困惑したような声。ああ、そうか、気付いていなかったんですね。
「……1分以上デュエルを進行しなかった場合、そのプレイヤーは失格になる。ターンプレイヤーは私でした」
柊さんの方を振り向くことはせずに、立ち上がる沢渡さんに手を貸しながらそれだけを短く伝える。
「ちょっと、そんな決着で――」
「沢渡さん! 久守!」
駆け寄って来た山部たちに頷く事で沢渡さんが無事な事を伝える。
「い、いやお前の方こそ大丈夫か……?」
「酷い顔になってんぞ……?」
「私は……大丈夫」
「こうなったら、力づくで奪い取ってやるぜ……!」
立ち上がった沢渡さんが私の手を振り払う。デュエルに敗北したせいでもう、沢渡さんにはペンデュラムカードを奪う事しか頭にはない。
「皆、やっちま……」
山部たちに目配せし、強引にカードを奪おうとした沢渡さんの声が、不自然に途切れた。
「ッ……クソ! 行くぞ、お前ら!」
「「「は、はい!」」」
「榊遊矢……! この借りは必ず返す、覚えていろッ!」
それだけ榊さんに告げると沢渡さんは踵を返した。私たちもそれに追って踵を返す。
……これが、今回の結末だった。
「――――最後まで格好悪いなあ、あの人たちは」
◇◆◇◆
センターコートから抜け出し、LDSから出ても沢渡さんは無言のまま何処かへと向かっていく。
……そうしてたどり着いたのは、沢渡さんが良く使っている倉庫だった。
倉庫の扉を開け、中に入った沢渡さんが勢いよくソファに座り、足を投げ出す。
「久守!」
「は、はい!」
「ケーキと茶!」
「はい!」
一声はそれだった。反射的に返事をして、私は預けていた荷物を返してもらおうと大伴を見る。
「……やべっ、コートに置きっぱなしだ!」
「……突き落とす」
「い、今から取ってきます!」
「お、俺たちは近くのコンビニで何か買って来ます!」
「……」
青ざめた顔で大伴が外に出ると、それを追うように山部と柿本も慌てて外へと飛び出した。
残ったのは私と沢渡さんだけ。
沈黙が倉庫に満ちる。……そうだ、謝らないと。私までデュエルで負けてしまった。私が勝てば、まだ言い包めることも出来たかもしれないのに。
「……あの、沢渡さ――あうっ?」
沢渡さんに向き直り、謝罪の言葉を口にしようとした瞬間、ゴム製のダーツが私に向かって飛び、額へとくっついた。痛みはない、けれど突然の事に困惑してしまう。
「ナイスダーツ、俺」
ソファから立ち上がった沢渡さんがツカツカと歩み寄り、私の額にくっついたダーツを取る。
「何しょぼくれた顔してんだ」
「それは……」
「俺が負けたのはカードの差、ペンデュラムカードを持ってなかったが故の不運。お前が負けたのも俺を気にしてたが故の失敗だ」
え、と……榊さんからペンデュラムカードを奪って持ってたし、デュエル中に他の事に気を取られるなんて自業自得だ、とか色々言わなきゃならないことはあるけど……。
「それ、でも……私は悔しいです……っ」
あるけど、そんな言葉は出て来なかった。
「何で」
「だって沢渡さんはカードに選ばれた人なのに! デュエルだってずっと沢渡さんが優勢だったのに! なんでっ、どうして! あんな風に逆転されて、見世物みたいな勝ち方されて! あんなっ、あんな都合の良いデュエルをされたのが悔しい!」
「……」
「それにペンデュラムカードだって、あの人だけが持っているカードで、他の誰もルールも効果も知らないのに! 自分だけの物みたいにっ、当たり前に使われるのが、悔しいんです!」
……そんな酷く情けない泣き言ばかりが口を吐いて出る。止めようとしても、言葉も、涙も、止まらない。私は悔しくてたまらない。
「誰も知らない? いいや、俺が知ってる。ペンデュラムカードの特性も、その攻略法も」
「え……」
「くっくくく、この俺がただでやられると思ってるのか? ――ペンデュラムの弱点はもう見えた。次やる時は完膚無きまでに叩きのめしてやるよ。あいつがしたよりもさらに劇的なデュエルでな!」
「沢渡さん……」
「だからとっとと涙を拭け、みっともねえ」
「っ……は、い」
沢渡さんが差し出したハンカチを受け取り、涙を拭う。しゃくりを上げながら、溢れる涙を何度も何度も。
「っ、あー女がそんな乱暴な拭き方すんじゃねえっ。貸せ!」
「あっ」
「ったく……」
しかし乱暴にハンカチを奪われ、沢渡さんの手で涙を拭われてしまう。……とても恥ずかしいです。あうあう。
「……よし、いいぞ」
「あぅ……す、すいません、ありがとうございます、沢渡さん……」
目が赤くなってるのは涙のせいですが、顔が赤いのは別です、はい。恥ずかしい……。
「ふん、俺は生まれ変わる。すぐにでも新しいデッキを組んで……そうだな、これから俺の事は――」
勝てなかった。カードも奪えなかった。でも、此処で終わりにはならない。
一度の敗北で退場なんてしない。
まだまだ、勝負はこれからです。
ああ、本当に――――
「ネオ沢渡さん、格好良すぎですよ!」
別に遊矢のことは嫌いじゃありません(予防線)
シャドールがまともに活躍しないのはドン千のせい。
ちなみに同じくまともな活躍も効果の活用もしていないダーク・ロウさんですが、彼は今後しばらく登場しません。
今回は顕著ですが、デュエル構成が稚拙なので今後はもう少ししっかりさせたいと思います。
そして今回で沢渡さんの取り巻き+1は完結となり、
次回からはネオ沢渡さんの取り巻き+1が始まります(棒