「お待たせしました。いつもありがとうございます」
「こちらこそ、お世話になっています」
通いなれた駅前のケーキ屋で店員さんから商品を受け取り、頭を下げる。
「あ、あのっ」
「はい?」
「これ、良かったら……」
手渡されたのは透明な袋に入っているのはプラスチックのカップに入ったプリン。初めて見る商品だ。新商品だろうか?
「これは?」
「私が作ったカスタード・プディングです」
「新商品の試食ですか。ありがとうございます」
「いえっ、まだ商品化はしてないんです。というかしてもらえるか分からないんですけど……」
「? ならどうして私に?」
「実は……私がこのお店で働き始めてからあなたが初めてのお客さんだったんです。それに次来てくれた時に美味しかったって言ってもらえて、私が作ったものじゃなくてもそれがすごく嬉しくて……だから勝手なんですけど、私が一から作ったこれを、食べてもらいたくて。これが商品化されなかったらもう作らせてもらえないかもしれないですし……」
「……私もあの時、初めてこのお店に来たんです。この街に来たばかりで、初めて寄ったお店が良いお店で通い始めたんですが……あなたも新入りさんだったんですね」
互いに顔を見合わせて、クスリと笑う。
「ありがたくいただかせてもらいます。今回は沢渡さんには我慢してもらって、特別私だけ」
「はいっ。良かったら次いらして下さった時に感想、聞かせてくださいっ。ど、どんなものでも結構ですからっ」
「はい。次にこれを買いに来た時に、必ず」
「――ありがとうございます!」
もう一度頭を下げ、今度こそケーキ屋を跡にする。
沢渡さんの為に通い始めた場所でしたが、休日でも気付けば足を向ける場所になっていた。
ちなみに沢渡さんのお勧めはスイートミルクアップルベリーパイ~とろけるハニー添え~やレアチーズムースタルト~クランベリーを添えて~など色々ありますが、私はシンプルなレアチーズケーキがお勧めです。
…………大変ありがたい贈り物なのですが、これは後に残しておきましょう。今は食べてもしっかりとした感想なんて言えそうもない。
結局、昨日家に帰った後も色々と考えましたが良い手は思い浮かびませんでした。沢渡さんのやることを止めるのは論外。ペンデュラム召喚に興味を示していた沢渡さんがやりたいことと言ったら、ペンデュラムカードを手に入れ、ペンデュラム召喚を自分の手で行うことだろう。
その為に必要なのはペンデュラムカード。ストロング石島戦の映像を見る限り、ペンデュラム召喚は二枚なければ行えない。ペンデュラム効果はどうなのかは分からないが……とにかく沢渡さんが必要としているのは二枚のペンデュラムカード。そしてそれを持っているのは今の時点では榊遊矢のみ。
昨日の柿本からの電話では今日、LDSのアクションコートでペンデュラム召喚が見れると言っていた。……多分、アクションコートに誘って、そこでカードを奪うつもりなんだろう。
ペンデュラム召喚を知ってから沢渡さんは少し変わった。表向きは以前と変わってないように見えるけど、以前あったような余裕がない。
私が融合やシンクロ、エクシーズを使うと知っても変わらずにあった他人への余裕がなくなった。
ペンデュラム召喚に心を奪われて、それだけに執心している。
それが悪い事だとは思わない。やっと沢渡さんが自分のデュエルを見つけたって事だから。でも、そこに誰か他の人間の意思が介在しているなら。誰かが沢渡さんを都合よく利用して自分の利益の為に沢渡さんを使っているのだとしたら。そういう立場に沢渡さんを位置づけようとしているのなら。
それは許せない。沢渡さんの行動は、デュエルは、生き方は、全て沢渡さんだけのものだ。他の誰にも利用させたりしたくない。
……とは言っても、何をどうすればいいのか。沢渡さんを止めるのは論外。榊遊矢をどうにかしても、先延ばしになるだけ。ペンデュラムカードさえ手に入ればいいんだけど……他に当てもない。可能性があるとすればLDSを経営している、レオ・コーポレーションならもしかしたら……でもどうにもできない。
結局私は今の流れに身を任せることしか出来ないんだろうか。
LDSの正面玄関で立ち止まり、建物を見上げる。多分、もうすぐ始まるはずだ。その時、私はどうすれば……
「あれ? 久守じゃん。どうしたんだよ、こんな所で立ち止まって」
「え……沢渡さん!」
玄関前で考え込む私に声を掛けたのは、沢渡さんだ!
「お疲れ様です、沢渡さん!」
「おう」
「ところで……そちらの方たちは?」
沢渡さんの後ろについてきているのは山部たちじゃない。一人は知っている。榊遊矢。けど残りの4人は見たことがない。榊遊矢が所属する遊勝塾の人だろうか。
「俺は榊遊矢」
赤と緑の髪とゴーグルが特徴的な少年、榊遊矢。
「前に話したろ? ペンデュラム召喚の使い手さ」
「私は柊柚子。私たちはLDSの塾生じゃないけど、今日は沢渡くんに誘われて……」
榊遊矢、柊柚子の二人に続いてその後ろに居た子供たちも名乗る。フトシくんにタツヤくん、アユちゃん、子供たちも遊勝塾の生徒だそうだ。
「あなた、確か隣のクラスの……去年の終わり頃に転校してきた、久守さん、だったわよね?」
「はい。久守詠歌と言います」
「やっぱり。あなたもLDSの生徒だったのね」
「ええ、転校してすぐに。まだ入って2か月程ですが、沢渡さんと同じ総合コースに所属しています」
「こう見えて結構すごいんだぜ、久守の奴」
「いえそんなっ、沢渡さん程じゃないですよ!」
いやっほう! 沢渡さんに褒められたおかげでますます考えがまとまらないよ!
「……何だか学校で見かけた時とは全然様子が違うわね、彼女」
柊さんが何か呟いてるけど耳に入りません!
「丁度いい、お前も見たいだろ? ペンデュラム召喚」
「はい! 是非!」
「だってさ。なあ、いいだろ? 遊矢くん」
「え、ああ」
「よし、それじゃあ行こうか。LDSにようこそ」
丁寧語の沢渡さんも格好いいですね!
沢渡さんの横に並び、LDSへと足を踏み入れる。その後ろを榊さんたちが追って来る。通路を歩きながら沢渡さんがLDSについて説明していく。
……こうなったらもう、流れに身を任せるしかないですね。沢渡さんの願いが叶えばそれで良し、もしそれを利用する人間が居るなら、私が――
まあ、沢渡さんはきっと私の余計なお世話とか手回しなんかなくとも、きっと大丈夫です。うん、そうだ。私はただ、沢渡さんのサポートに徹すればいい。
「――召喚方法だけでもエクシーズ召喚コース、シンクロ召喚コース……おっ、融合召喚コースってのもある」
「……榊さんは、ペンデュラム以外の召喚方法にも興味があるんですか?」
そう考えると少し余裕が出て来た。やっぱ沢渡さんの傍に居ると悩みなんて吹っ飛びますね!
今はもう立ち止まってポスターを眺めている榊さんに話を振る余裕まであります。
「あ、いや、まあこういうの見ちゃうと少し気になる、かな。あはは」
「皆同じです」
「え?」
「私も含めて皆、映像でペンデュラム召喚を見て、気になっているんです。エクシーズやシンクロよりも珍しい、誰も知らなかったペンデュラム召喚を」
「あ……」
「だから今から楽しみです。もう一度見る事が出来れば、きっと対策も少しは立てられるはずですから」
「ははは、そう簡単にはやられないさ。俺だってやっとペンデュラム召喚をモノにしたんだから」
「やっと?」
「あ。い、いや何でもない!」
誤魔化すように笑う榊さんに首を傾げる。やっと……ってどういう意味でしょう?
「おーい久守、遊矢くん、センターコートはあっちだよ」
「あ、はい! 今すぐ行きます!」
私としたことが沢渡さんを待たせてしまった!
「お前にとっちゃ、今更珍しいもんでもないだろ?」
「すいません。そうだ沢渡さん、ケーキを買ってきたので後でどうですか?」
「そりゃいい。後でもらうとするか」
「えへへ、はい!」
「ちょっと遊矢、何デレデレして久守さんと話し込んでるのよ」
「なっ、デレデレなんてしてないだろっ」
「ふん、どうだか」
「まあまあ二人とも~」
「せっかくLDSに来たんだから喧嘩しないしない」
何やら榊さんたちが揉めているようですが、大丈夫でしょうか。
「「「うわーっ!」」」
通路を抜けた先、正面玄関の丁度反対側にLDS最大のアクションデュエルコート、センターコートはある。……それにしても貸切なんて、流石沢渡さん! ……と素直に感心は出来ない。いくら沢渡さんでもそう簡単に出来ることじゃないですし、やっぱり誰かがバックに居るんですね。
「憧れのLDSセンターコート!」
「……?」
タツヤくんが無邪気に喜びの声を上げる中、榊さんと柊さんが貸切のはずのセンターコートにある人影に気付いた。言うまでもなく、山部、大伴、柿本の三人だ。
「やあ」
大伴が手を上げ、榊さんたちに声を掛けた。それを訝しげに見る榊さんたちに沢渡さんが言う。
「あの子たちも君のファンなんだ。彼らにカードを見せてもらえないかい? ペンデュラム召喚に使うカードをさ」
「えっ? で、でも……」
「少し見せるだけだからさ、なあ?」
「う、うん……」
気さくな態度だけれど、その有無を言わせない言葉に榊さんが躊躇いつつも二枚のカードを取り出し、沢渡さんに差し出した。
「あっ」
「ほら」
それを引っ手繰るように受け取った沢渡さんがカードを山部たちへと見せつける。
「すっげえ!」
「これがペンデュラム召喚に使うカードか!」
「俺も欲しぃー!」
沢渡さんからカードを受け取り、大袈裟な態度でカードを眺める山部たち、大根役者にも程がある。
「ダメダメ、これは君たちのものじゃない。……だろ?」
「「「ちぇー」」」
……後はもう、なるようにしかならない。
「だってこれは、俺のコレクションになるんだから」
「えっ……!?」
「っ、ちょっと! どういう事!?」
「俺、レアで強いカードが好きでさ。弱いカード入れるの嫌なんだよねえ。だからこいつは貰ってやるって言ってんだよ」
「ひっひひひ!」「はははっ」「あははっ」
沢渡さんの発言に山部たちが笑い、私の隣に立つ柊さんは怒りの表情を浮かべる。
「その為に私たちを呼び出したの!?」
「だけじゃないよ? 手に入れたら、やっぱり使ってみたいじゃん? お前たちも、ペンデュラム召喚見たいだろ?」
「勿論!」「見たいぜえ!」
「――だからセンターコートまで押さえたんじゃん」
沢渡さんは笑いながらデュエルディスクを腕にセットした。
「ちょ、ちょっと……!」
弱気ながら榊さんが抗議の声を上げる。けれどもう、そんなもので止まるはずもない。此処までやって、止めさせる気もない。
「そういう事です。榊さん、カードは諦めてもらえませんか」
「なっ……」
「久守さんまでっ!?」
一歩踏み出し、沢渡さんの前に歩み出た私は榊さんたちを振り返り、言う。
「他の召喚方法に興味があるんでしょう? ならペンデュラム召喚じゃなくてもいいじゃないですか」
「そんなっ……! 確かに興味はあるけどっ、ペンデュラム召喚は特別なんだっ! 俺の、俺がやっと見つけた……!」
「まあまあ、いいじゃん。皆ペンデュラム召喚を見に此処まで来たんだろっ?」
私の肩を叩き、榊さんに詰め寄った沢渡さんが彼のゴーグルを強引に引っ張り、手を離した。
「うっ!」
勢いよく戻って来たゴーグルが額に当たり、榊さんが後ろ向きに倒れる。
「遊矢兄ちゃん!」
子供たちが心配そうに集まる。けれどそれでも沢渡さんは止まらない。
「あれぇ? 俺なんかとはデュエルしたくないのかなあ?」
さらに言葉を続けようとした沢渡さんのディスクに、通信が入った。その後ろに居た私には聞こえた。
『その辺にしておけ……。君の仕事はペンデュラムカードをこちらに渡すことだ』
……! 居た。やっぱり居た。沢渡さんを利用している人間が。
「ああ、中島さん?」
中島。聞いたことのない名前だ。けどもう忘れない。この通信の主が、沢渡さんを利用した人間。首謀者かはともかく、関係者であることは疑いようがない。
「俺の目的は違うんだよねえ。最初からこのカードが欲しかったし」
『何を考えている!? 余計な事をするんじゃない!』
だけど笑えますね。沢渡さんを利用するつもりが、振り回されているじゃないですか。
「と、いうわけで」
通信が途切れたところで沢渡さんが指を鳴らした。私が居ない所で打ち合わせしていたのだろう、山部と柿本が柊さんを、大伴が子供たちを拘束した。どちらも危ない絵面です。
「きゃあ! な、なにするのっ……」
「「「遊矢兄ちゃーん!!」」」
「っ、やめろっ! 柚子たちを離せ!」
「沢渡さん」
「ん? ああ……いいぞ、好きにしろ」
強引に運ばれる柊さんを見て、沢渡さんに声を掛ける。……デュエルディスクをセットして。
それだけで察したのか、沢渡さんは笑って許可してくれた。
「心配しなくていいよ。ちょっと協力してもらうだけさ」
「何だって……?」
「そうだ、貰ってばかりじゃ悪いから――」
沢渡さんと榊さんから離れ、コートの隅へと連れられて行く柊さんたちを追う。
「山部、柿本」
「んあ?」
「彼女たちの相手は私がする。だから手を離して」
「何だよ、お前はペンデュラム召喚見なくていいのか?」
「沢渡さんが勝てば後でいくらでも見られるから」
「へっ、それもそうだ」
「ちょっと! 何なのよ!」
ニヤつきながら二人は柊さんの手を離し、大伴も子供たちを柊さんの傍に下ろした。
「柊さん、手荒な真似をして申し訳ありません」
「久守さん……どういうつもりなのよ、遊矢からペンデュラムカードを奪うなんて! あなたまでこんな奴らに協力なんか……!」
「へへへっ、無駄無駄。そいつは沢渡さんの言う事なら何でも聞くからな」
「そうそう。沢渡さんがやるって決めたらそいつもやる」
「どうして……っ!」
「褒められた事ではないのは分かっています。けれど事の善悪は関係ありません。沢渡さんが望むなら、私はそれを叶えてあげたい。それだけです。……それに、今となっては本当に事が成せるのか、それを確かめる良い機会だとも思っています」
「何を言ってるの……?」
「理解して貰えるとは思っていません。いくら言葉を重ねても、伝わらないでしょうから。だから、語るのならデュエルで。あなたも人質になって榊さんの枷にはなりたくないでしょう」
セットしたデュエルディスクを突き出し、柊さんにデュエルディスクをセットするように促す。
「……上等じゃない。さっさと勝って、遊矢もカードも連れ帰させてもらうわ」
私の言葉に苛立ちながらも柊さんはデュエルディスクを取り出し、自信満々に笑った。
「大伴、荷物をお願い」
「へいへい」
「乱暴に扱ったら突き落とすから」
「恐ろしい事をさらっと言うなお前……」
「アクションフィールド・オン!」
沢渡さんの声と共に、リアルソリッドビジョンシステムが稼働し、アクションフィールドの形成が始まった。
これは……確かダークタウンの幽閉塔。そして多分私たちが立っているこの位置は最も高く聳え立つ、フィールド名にある幽閉塔だろう。
「きゃあああ!?」「う、うわあああ!?」
地面から鎖が伸び、柱がせり上がり始める。
それに驚いた子供たちが悲鳴を上げ、柊さんへと抱き付く。……失敗しました。せめて子供たちだけでもフィールドの外に出しておくべきでした。
しかし今更言ってもどうしようもない。
「それでは」「いってみようか!」
塔の下に居る沢渡さんと声が重なる。
「戦いの殿堂に集いしデュエリストたちが!」
「モンスターと共に地を蹴り、宙を舞い!」
「フィールド内を駆け巡る!」
「見よ!」「これぞデュエルの最強進化形!」
「アクション……!」
「デュエル!」「デュエル!」「デュエル!」「デュエル……!」
アクションカードが散らばり、塔の頂上と遥か下、私と柊さん、沢渡さんと榊さんのデュエルが始まる。
◇◆◇◆
「本当に良いのですか……?」
「ああ。続けさせろ」
薄暗く、無数のモニターが眩しく輝く部屋。
其処に今回の発端ともなった中島とその主であるレオ・コーポレーション社長、赤馬零児の姿あった。
二人はアクションフィールドが選択され、ダークタウンの幽閉塔が建造されていく様子をモニター越しに眺めていた。
そんな中、フィールド全体ではなく、モニターの端に表示されている一部をピックアップして映すカメラ映像を見て、赤馬は口を開く。
「彼女は?」
次期市長と目される沢渡氏の息子である沢渡シンゴの事は名前は知っていた。それを取り巻く連中が居るというのも頷ける話だったが、その取り巻きたちの中で彼女が異質に感じたが故の質問だった。
他の取り巻きたちのように楽しむでもなく、ただ静かに相対する遊勝塾の少女を見つめる姿が、気になった。
「え、ああ、二か月ほど前にLDSに入った……総合コースの久守詠歌です」
赤馬の質問に中島はデバイスを取り出し、すぐさま少女の名を読み上げる。
「久守……? 何処かで……」
LDSの生徒の全てを把握しているわけではないが、確かにその名前に聞き覚えがあった。それにLDSではない、別の何処かで。
「最新の情報ですと昨日までの三日間で融合コース、シンクロコース、エクシーズコースの実力者に3連勝していると」
「入って二か月の総合コースの者が……?」
「はい。ですが彼女は総合コースに所属していますが、融合、シンクロ、エクシーズを使っているようです。召喚反応自体は特筆すべきものはありませんが……」
「……そうか、以前沢渡先生が言っていた……」
中島からもたらされた情報を聞いて、赤馬はその名前を何処で聞いたのかに行き当たった。そして同時に納得する。彼女が沢渡と共に居る訳を。
「社長?」
「いや。分かった」
それ以上言葉は紡がず、また赤馬はモニターへと意識を集中させた。榊遊矢と、端に表示される久守詠歌にも僅かに意識を向けながら。
(大会に出場するか分からない以上、今力の一端を見極めるのも必要か……)
◇◆◇◆
YUZU VS EIKA
LP:4000
アクションフィールド:ダークタウンの幽閉塔
「橋の上に建つダークタウンの幽閉塔。此処はその頂上です」
「生憎、幽閉されるつもりはないわ!」
「や、やっちゃえ! 柚子姉ちゃん!」
「負けないで、柚子お姉ちゃん!」
「任せておいてっ。フトシくん、タツヤくん、アユちゃんをお願い。アユちゃん、少しだけ我慢しててね?」
「う、うんっ」
腰に抱き付いていたアユちゃんを二人に任せ、柊さんは幽閉塔に勇ましく立つ。この幽閉塔はそれ程広くはない。派手な動きをしてしまえばあっさりと転落してしまう。……やはり子供たちを残したのは失敗でした。
「先行はお譲りします。子供たちだけでは心配でしょう」
「お気遣い、ありがとうっ。私のターン!」
皮肉と捉えられたのか、若干睨まれてしまいました。
「私は幻奏の音女アリアを召喚!」
現れたのは紫の髪を持つ、音女。詳しくは知りませんが確か幻奏モンスターは全て特殊召喚に関する効果を持っていたはず。これで終わりではないでしょう。
「フィールドに幻奏の音女が居る時、手札から幻奏の音女ソナタを特殊召喚出来る! 来て、ソナタ!」
続いて現れる緑の髪を持つ音女、ソナタ。二人の音女は静かに幽閉塔へアユちゃんたちを囲むように降り立った。
幻奏の音女アリア
レベル4
攻撃力 1600 → 2100
幻奏の音女ソナタ
レベル3
攻撃力 1200 → 1700
「特殊召喚されたソナタがフィールドに居る限り、私のフィールドの天使族モンスターの攻撃力、守備力は500ポイントアップするわ!」
自分フィールド限定のパワーアップ……アクションデュエルではフィールド魔法は基本的に使えないのでマドルチェ・シャトーは既に抜いてある……ですがシャトーがない今、私のデッキのマドルチェではパワーアップした幻奏の音女の戦闘破壊は困難です……。
「私はこれでターンエンド!」
「私のターン、ドローします」
……正直、あまり状況は良くない。これが通常のデュエルならば関係ないが、今はアクションデュエル。リアルソリッドビジョンシステムによってモンスターもフィールドも質量を持っている。安全装置があるとはいえ、この高さからもし落ちようものなら子供たちの一生のトラウマとなるだろう。幻奏の音女たちでは子供たちを抱えながらこの高さから無事に降りられるか怪しい。よって間違いなくフィールドを破壊するであろう巨大なネフィリム、彼女は使えない。
強力なバウンス効果を持つティアラミス、彼女なら無闇にフィールドを破壊することはないだろうが、バウンス出来るのは一ターンに二枚まで。今の手札ではこのターンに召喚することは出来ない。けれど、次の柊さんのターンにはフィールドのカードは恐らくもっと増える。もしもアドバンス召喚でモンスターカードが二枚まで減り、ティアラミスの効果でバウンス出来たとしてもマドルチェ・シャトーがない今、彼女の攻撃力は2200。頼もしいとは言えない数値だ。次のターンまで無事でいられる可能性は低い。それにもしティアラミスで決着がついたとしても沢渡さんたちのデュエルが続いていればアクションフィールドは解除されない。もしも直接攻撃の衝撃で吹き飛んだりすれば、ティアラミスでは助けられない。
それにこの不安定な高台で戦う以上、出来るならば戦闘は1ターンで終わらせたい。もしも何度もモンスターの攻撃を受けて吹き飛んだり、崩れたりすれば……想像したくない。
そう考えると私が使える子たちは限られてくる。……刀堂さんの勧め通り、ヒュンレイにしておけば良かったかもしれない。傭兵さんならこれぐらいの高台、ちょちょいと降りてくれたかもしれないのに……獣神ヴァルカンじゃ、少し不安だ。
……考えていても仕方ない。答えは出ている。彼女たちがフィニッシャーに使えないなら他の子たちに協力してもらいましょう。
「私はモンスターをセット、そしてカードを二枚セット。ターンエンドです」
「私のターン! ドロー!」
「あの姉ちゃん、カードを伏せただけで弱気だっ。柚子姉ちゃん、やっちゃえー!」
「ええ! 私は幻奏の音女アリアをリリースしてアドバンス召喚! 来て、レベル5の幻奏の音女エレジー!」
アリアと入れ替わりで舞台に上がった音女、エレジー。
ソナタよりも薄い緑の髪を揺らしながら、同じように静かに子供たちの傍に降り立った。
幻奏の音女エレジー
レベル5
攻撃力 2000 → 2500
「エレジーがフィールドに存在する間、特殊召喚された幻奏の音女たちは効果では破壊されない! これでどんなカードを伏せていても関係ないわ!」
破壊耐性まで……本当、使わないと決めた時ほど、いつも頼りたくなってしまう。光津さんとのデュエルでもそうだった。……でも、今回は頼れない。こんな状況になっておいて今更だけれど、怪我だけはさせない。デュエルにも……負けない。
「エレジーでセットされたモンスターを攻――きゃあ!?」
柊さんが攻撃宣言する直前、衝撃が幽閉塔を襲った。振り向いて下を見ると、巨大なビリヤードの球が幽閉塔の真下を通り抜けている。その振動のせいのようだ。恐らくアクショントラップを榊さんが取ってしまったんだろう。
「ちょっと遊矢、しっかりしなさいよ!」
『うぅ、わ、悪い……っ』
柊さんがデュエルディスクを通じて榊さんを叱咤する。滑り落ちそうになった子供たちはソナタとエレジーが支えているようだ。
『よう久守、無事か?』
「沢渡さん! はい、大丈夫です!」
『この調子じゃ、まだまだトラップに引っかかってくれそうだ。用心しとけよ』
「はいっ!」
楽しそうに笑いながら沢渡さんが忠告してくれる。流石、沢渡さん、デュエル中でも気配り上手!
「ったく……改めて攻撃よ、エレジー!」
気を取り直し、柊さんが改めて攻撃を宣言する。
「私は罠カード、ハーフorストップを発動。このカードが発動した時、相手プレイヤーは自分フィールドのモンスターの攻撃力を半分にしてバトルフェイズを続けるか、バトルフェイズを終了するか選択できます」
「くっ……私はバトルフェイズを終了するわ」
もしも攻撃力が半分になればエレジーの攻撃力は1150。攻撃を仕掛けるには心もとない数値だ。通常なら選択としては正しいだろう。まあ私のセットしたモンスターの守備力はそれよりも低いので、今回はミスですが。
「私はカードを一枚伏せて、ターンエン――」
「エンドフェイズ時、永続罠、
影依の原核
レベル9
守備力 1450
「な、なにあれ……怖い……」
「痺れるぐらい気味が悪いぜ……」
「しかもバトルフェイズは終了してるから破壊することも出来ない……」
現れた影依の原核は卵のようにも見える、不思議な球体。けれど其処からは靄のように何かが立ち上り、まるで生物であるかのように姿を蛇や獣のような姿に変化している。
「……ターンエンドよ」
「私のターン、っ……!」
ドローの為にデッキに手を触れた瞬間、また衝撃が幽閉塔を襲う。背後を見れば今度はビリヤードの球が跳ねあがり、幽閉塔の高さにまで上がって来ようとしていた。この高さから再び落下すれば……ほぼ間違いなく幽閉塔のある橋は崩れるだろう。そうなれば私たちの居る幽閉塔自体が壊れるのも時間の問題。急いだ方が良さそうだ。じゃないと他人の心配を(勝手に)している私が落ちる羽目になる。
「ドロー。私はモンスターを反転召喚。おいで、シャドール・ヘッジホッグ」
シャドール・ヘッジホッグ
レベル3
攻撃力 800
反転召喚されたヘッジホッグが私の前で体の針を強調し、威嚇する。
「あ、あっちのは少し可愛い、かも」
「でも二体並ぶと何だか不気味だぜ……?」
……音女たちが周囲に居るからか、思いの外子供たちも余裕があるようだ。心配し過ぎだったかもしれない。
「ヘッジホッグのリバース効果発動。シャドールと名の付く魔法、罠カードを手札に加えます。私が手札に加えるのは
「融合……!?」
「融合……?」「って何だ?」
「融合召喚……! モンスターとモンスターを合体させて、より強力なモンスターをエクストラデッキから呼び出すつもりなんだ……!」
フトシくんとアユちゃんの反応を見るに、やはりまだまだアドバンス召喚以外の召喚方法は子供たちにまでは知られていないようだ。タツヤくんが知ってるってことはそこまでマイナーというわけでもないんだろうけれど。
「私は手札に加えた影依融合を発動。フィールドのヘッジホッグと手札のシャドール・ビーストを融合――糸に縛られし鼠と獣よ、一つとなりて神の写し身となれ――融合召喚。来て、探し求める者、エルシャドール・ミドラーシュ……!」
暗い影が混ざり合い、やがて光が堕ちる。暗い光の渦から姿を現したのはソナタともエレジーとも違う、また緑色の髪。ガスタの色を持つ者、ミドラーシュ。
ゆっくりと光の渦の中から這いずるように現れるミドラーシュ。……あの、演出なのかもしれませんが早く全身出してくれませんか。急がないとさっきのビリヤードの球が……
「きゃあああ!」
ミドラーシュの全身が光から抜け出るよりも早く、先ほど跳ね上がったビリヤードの球が地面へ落ち、今までで一番の衝撃が幽閉塔を襲った。
「っ……」
その衝撃に塔から振り落とされそうになり、体勢を整えようとするが掴まれそうな場所は見当たらない。……主にミドラーシュが出てこようとしている光の渦のせいで。
「久守さん!?」
エレジーに支えられ、体勢を整えた柊さんが今にも落ちそうになっている私を見て悲鳴を上げる。
「エレジー、久守さんを!」
「そ、そんなことしたら柚子お姉ちゃんが落ちちゃうよ!」
「でも、だからって!」
今にもエレジーや子供たちを振り切って飛び出しそうな柊さんを見て、まるで仕方ないと言わんばかりにミドラーシュが手に持つ杖を私に差し伸べた。だからもっと早くしてください。
杖を掴むとミドラーシュは私を引っ張り上げ、漸く全身を光の渦から出すと自身が駆るドラゴンへと私を乗せる。これで落ちる心配はなくなった。
エルシャドール・ミドラーシュ
レベル5
攻撃力 2200
それを見てほっとした表情の柊さんに罪悪感が募る。悪趣味な演出になってしまいました。
「召喚されたミドラーシュは相手のカードの効果では破壊されません。……私は融合素材として墓地に送られたビーストの効果発動。デッキから一枚ドロー」
ドローしたのは……悪くない、運が向いて来たらしい。前回のと今のでミドラーシュの呪いが解けたんでしょうか。
「私は手札から速攻魔法、
「まさか、また……!?」
「手札の二枚目のシャドール・ヘッジホッグとフィールドの影依の原核を融合、影依の原核はシャドール融合モンスターの素材となる事が出来る――糸に縛られし鼠よ、母なる核と一つとなりて神の写し身となれ――融合召喚」
私の背後でミドラーシュが手を前に掲げる。先ほどとは違う眩しい光が私たちの頭上で渦巻き始める。普通のソリッドビジョンと違い、やはりアクションデュエルで使われるリアルソリッドビジョンは凄い。同じ融合魔法でもそれぞれの特色が出ている、などと場違いな感想を思い浮かべながら私もまた手を掲げる。
「来て、忍び寄る者、エルシャドール・ウェンディゴ……!」
ミドラーシュの時とは違い、光の中から彼女たちは飛び出すように姿を現した。
「イルカ、なの……?」
その姿を見て、アユちゃんが呟く。
その言葉の通り、現れたのは所々が機械化されてはいるが、それは間違いなくイルカだった。
そしてイルカに続くように現れたのはその主である、少女。
金と紫の髪を持ち、手には形こそ違うがミドラーシュと同じく禍々しさを感じさせる杖を持った少女人形。
エルシャドール・ウェンディゴ
レベル6
守備力 2800
「これが融合召喚……僕、初めて見た……」
「すっげえ……」
幽閉塔から子供たちが見上げる中、ウェンディゴはイルカの背を軽く蹴り、私とミドラーシュが乗るドラゴンへと飛び移った。……いやイルカに乗ってあげなよ。
こうしてドラゴンの背にミドラーシュ、私、ウェンディゴという背の順で座る形になり、色々と物申したい気持ちに駆られながらも私はデュエルを進める。
「融合素材として墓地に送られた原核の効果発動。このカード以外の墓地のシャドールと名の付く魔法、罠カードを手札に戻す。私は神の写し身との接触を手札に戻します」
恐らく柊さんはエクストラデッキを使用した召喚は出来ない。つまり影依融合によるデッキ融合は行えない。なら速攻魔法である神の写し身との接触の方が役立つだろう。
「まさかもう一度するつもり!?」
「いいえ。どちらの融合カードも一ターンに一度しか使用できませんし、ミドラーシュの効果により、ミドラーシュがフィールドに存在する限り互いのプレイヤーは一ターンに一度しか特殊召喚を行えません」
「よ、よかったぁ……それじゃあこのターンはこれ以上モンスターが増えないんだねっ」
「いや、まだ通常召喚をあのお姉さんはしてない……それに特殊召喚が一ターンに一度まで、ってことは柚子お姉ちゃんの幻奏の音女たちも一ターンに二体までしか……」
「で、でもあのドラゴンを倒せばいいんだろっ? だったら次のターン、攻撃力で勝ってるエレジーで攻撃すれば……!」
あのドラゴン呼ばわりされたからかミドラーシュが杖を振って自己主張する。どうやらフトシくんにはドラゴンが本体に見えるようだ。……まあ気持ちは分からないでもない。
「私はモンスターをセット。さらにカードを一枚セットしてターンエンド」
ミドラーシュのせいで揺れるドラゴンの背中で私はビーストの効果でドローしたカードをセットし、エンド宣言。まだ足りない。
「えっ、攻撃しないのかよ?」
「何か企んでるのかも……」
子供たちは色々と予想を立てているようですが、柊さんはどう出るのか。
「私のターンっ! って……あれは!」
ドローしようとデッキに掛けた手を離し、柊さんが何かを指さした。振り返ってもミドラーシュの顔しか見えない。……ちょっとズレてもらえません?
渋々といった様子でミドラーシュが体をズラすと、柊さんが指さしていたものが視界に入り込む。
「遊矢兄ちゃんの時読みの魔術師と……」
「星読みの魔術師だ!」
「でも今使ってるのは……」
「どうやら沢渡さんの方は準備が整ったみたいですね」
「そんな……」
「――ペンデュラム召喚!」
アクションフィールドに、沢渡さんの高らかな宣言が響き渡った。
初アクションデュエル回。(アクションカードを使うとは言ってない)
今回はアニメ3話を見ながらじゃないと状況が分かり難いと思います……。
アニメでは幽閉されるお姫様役だった柚子さんとのデュエルです。
アクションデュエルは描写が難しいですが、モンスターたちは書いていて楽しいです。
OCGプレイヤーでない読者の方は登場したモンスターの画像を探していただければより分かりやすくなるかと……。
次回こそ沢渡さんとお別れか…(棒読み)