沢渡さんの取り巻き+1   作:うた野

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『影と風』

沢渡と別れ、渋々といった様子で詠歌は帰路についた。

LDSで感じた悪寒の正体が気がかりだったものの、それを感じたのはあの一瞬だけ。

自宅のマンションに着く頃には気のせいだったのか、と考えるようになっていた。

 

「それにしても光焔ねねさん、ですか。私……いえ、”詠歌”以外にこの子たちを使うデュエリストがLDSに居るなんて知りませんでした。今日まで光津さんも何も仰っていませんでしたし」

 

紅茶を淹れ、椅子に座って一息つきながら詠歌はテーブルにデッキを並べ、そんな事を口にした。

 

 

『まあ故意に合わせない限り、カードのカテゴリーが被るなんて滅多にないしね。わたしも初めて聞いたよ、わたし以外にこの子たちを使う人を』

 

シャドール。詠歌のデッキに眠る二つの人形たちの一つであり、『もう一人の詠歌』とでも言うべき、一人の少女の肉体に宿る、もう一つの人格の愛用するカードたち。

『もう一人の詠歌』の存在が明らかになったのは、以前起きた沢渡シンゴと詠歌のデュエルの後だ。

時折感じていた、もう一人の自分の存在をはっきりと詠歌は認識した。その原因に関して互いにある程度の見当はついているが、それを口にする事はない。今はこの奇妙な共生関係ともいえる肉体の同居を互いに受け入れている。

 

「元とはいえLDSで融合を学んだ人がどうしてそんな事になっているんでしょうね」

 

真澄から聞いた、光焔ねねという少女の人物像。そしてほんの僅かにだが自身も会話をして、それが嘘ではない事は察しがつく。

 

『さあ。でも、あんまり好きになれそうにないかな。この子たちを使ってる癖に、負け続けなんて。しかもわたしと違ってキチンとデュエル塾に通ってたのに』

「そうは言いますが、私もシャドールだけでは光津さんに勝てませんでした。シャドールと、この子たちが居たから勝てたんです」

『ふふん、もしもわたしがデュエルをしてたら、シャドールだけで十分だったけどね』

「……言うじゃないですか」

 

そこまで言うならデュエルでシャドールとマドルチェ、どっちが強いか白黒はっきりさせてやりたい所だが、体が一つではデュエルは出来ない。いつか来るであろうその時まで、勝負はお預けだな、とどちらからともなく言って、詠歌は紅茶を含んだ。

 

『……わたし、その紅茶苦手なんだけど。酸っぱすぎない?』

「ふふん、まだまだ舌が子供ですね」

 

軽口を互いに叩きながら、二人の詠歌の一日がまた終わる……はずだった。

すっかり慣れてきた日常を崩すコールが、リビングに響き渡る。

 

「電話……志島さん?」

『へえ、浮気?』

「何言ってるんですか……」

 

電話の着信をデュエルディスクが告げ、画面を覗けば志島北斗の名前が映し出されている。番号は交換していたが、彼の方からかかって来るのは初めてだった。

 

「はい、久守ですが」

『ああ、もしもし、僕だが……』

「どうかしたんですか?」

『いや、真澄と一緒じゃないかと聞きたくてね』

「光津さんと? いえ、LDSで別れたきりですが……多分、今は光焔さんと一緒に居ると思いますよ?」

 

真澄は思い立ったら即行動するタイプの人間だ。きっと仲の良い北斗や刃にも告げず、あの後すぐにねねの下に向かったのだろうと察した詠歌はそう伝える。

 

『光焔?』

「私もまだ親しくはないんですが、元は光津さんと同じ融合コースの生徒だそうです」

『そう、か……いや、ならいいんだ』

「何か約束が?」

『僕と刃の講義の終わりがほとんど同じでね。真澄も少し早いだけなんだ。そういう時、いつもなら決まって三人でデュエルをしたりしてたんだが、今日は姿を見ないし、連絡しても出ないから気になってね。カリキュラムの予定表を見たら総合コースも似たような物だったから、てっきり君と居るんじゃないかと思っただけだよ』

「そうだったんですか」

『ああ。まあ特に約束をしていたわけじゃないし、こういう日もあるさ。すまない、邪魔をしたね』

「気にしないで下さい。私も今日はもう、沢渡さんたちと別れて家に戻っていますから」

『それなら良かった』

 

心底安心したような声色で北斗が言うので、相変わらず少し苦手意識を持たれているなあ、と詠歌は苦笑した。

 

『それじゃあまた、LDSで』

「はい。それでは」

 

通話を切り、ディスクをテーブルに置くと詠歌は手を唇に当てて考え込む。

 

「光津さんが光焔さんの事を気に掛けているのは明らかでしたが、それで志島さんと刀堂さんを無視するでしょうか……?」

 

もしデュエルをしているなら間違いなく着信には気づくはずだし、そうでないにしても落ち着けば北斗のように気にして連絡を入れるはずだ、と詠歌は考える。

 

『考えすぎのお節介だと思うけど?』

「……」

 

呆れの混じった『もう一人の詠歌』の言葉に、そうだろうか、と考え直そうとするが、久守詠歌という少女もまた、思いつけば中々それを忘れられないタイプの人間だった。

 

「……外食ついでです。少し、探してみましょう」

『はぁ……別にいいんだけど、そういうのが行き過ぎて沢渡シンゴのストーカーとかにならないでよ?』

「失礼な! 私が沢渡さんの迷惑になるような事をすると思いますか!?」

『あなたがどう思おうと、受け取り方はそれぞれだよ。……本当にやめてね?』

 

最後の声音がかなりマジなものだったので、気を付けよう、と内心で肝に銘じる詠歌だった。

 

「そうと決まれば……慌ただしくてすいませんが、また出かけてきます」

 

普段持ち歩くバッグは置いて、デュエルディスクだけを持つと詠歌はリビングの隅に正座して、一礼しながらそう伝える。

 

「行ってきます」

 

出かけの挨拶を終え、詠歌は再び部屋を飛び出した。

 

『行ってきます。お父さん、お母さん』

 

『もう一人の詠歌』もまた、穏やかな口調で両親の写真に向かってそう言った。

天涯孤独の身の上で、しかしそれでも一人で二人の少女に、かつて程の悲しさはなかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

MASUMI

LP:300

 

「私はアクションマジック、フレイム・ボールを発動。この効果により、相手に200ポイントのダメージを与える」

「くぅっ!」

 

MASUMI

LP:100

 

「そしてアクションマジックが発動した事により、あなたのライフはTHE MAGICIANの逆位置の効果によって、500ポイント回復する」

「っ……!」

 

MASUMI

LP:600

 

アクションマジックによって生じた炎により、真澄のライフは残り僅かにまで追い込まれるが、そしてすぐにモンスター効果によってライフが元へと戻る。

 

「はぁっ、はぁっ……!」

「おっと、今の爆風で”また”カードが私に運ばれて来ましたね」

 

まるで何かに導かれるように、ねねの手に再びアクションカードが運ばれていく。

モンスターと共に地を蹴り、宙を舞う。それがアクションデュエル。だが、デュエルが開始してからねねはまだ一歩もその場を動いてはいなかった。

 

「アクションデュエルでは一分以上デュエルを進行しなかった場合、プレイヤーは失格となりますが……こうしてアクションカードを発動すればその都度、カウントもリセットされる。さて、私が手にしたアクションカードは……ふふふっ、また同じですね」

「……!」

「アクションマジック、フレイム・ボールを発動。相手に200ポイントのダメージを与える」

「きゃあああ!」

 

MASUMI

LP:400

 

「そしてTHE MAGICIANの効果によって再び回復」

 

MASUMI

LP:1100

 

効果ダメージを与えるアクションカードがあれば、それを無効にするアクションカードもまたこのフィールドには存在する、

だが、それを探して手を伸ばす気力はもう、真澄には残っていなかった。

 

「っ、はぁっ、はぁっ……!」

 

立ち上がる事も満足に出来ず、ただ不気味に笑うねねを睨みつける事しかできない。

 

「おやおや、どうしたんですか、光津さん。あなたもデュエリストならば、最後の最後までデュエルは諦めない、必死に戦い続けるべきなんじゃないんですか?」

「あなたは……あんたは一体、誰なのよ!?」

「おかしな事を聞きますね。私は光焔ねねですよ」

 

肩を竦めて真澄の問いに答え、ねねは爆風によって足元へと飛んできた新たなアクションカードを拾い上げる。

 

「アクションマジック、ショットボムを発動。相手に1000ポイントのダメージを与える」

 

そして無慈悲にカード効果を読み上げ、それを発動した。

 

「きゃああああ!」

 

MASUMI

LP:100

 

「そして回復」

 

MASUMI

LP:600

 

「とはいえ、流石に私も飽きてきました」

 

再び足元へと運ばれてきたアクションカードを踏み潰し、ねねは口角を釣り上げる。

 

「そろそろ終わりにしましょうか、光津さん。あなたの完全な敗北で」

 

虚ろな目で真澄はねねを見上げた。

リアルソリッドビジョンによる衝撃だけではない。得体の知れない力がこのデュエルに働いている。

 

「いけ、我が僕――エルシャドール・シェキナーガで直接攻撃」

 

エルシャドール・シェキナーガ

レベル10

攻撃力 2600

 

機殻の玉座に座す女神、その銀の足が倒れ伏す真澄に無慈悲に振り下ろされる。

 

「っ……」

 

もう真澄にはアクションカードに走る気力は残されていない。

迫り来る敗北と、それだけではすまないだろうという確信を前にしても、真澄はただ瞳を閉じてその瞬間を待つ事しか出来なかった。

 

 

 

『『BATTLE ROYAL MODE JOINING』』

 

 

「――僕はアクションマジック、回避を発動! 攻撃を一度だけ無効にする!」

「何……?」

 

突然、フィールドに響く男の声と共に水晶で作られた回廊の天井が破砕音と共に崩れ落ちる。其処から姿を現したのは、二つの光球を纏う星の騎士。

乱入者に発動されたアクションカードによってシェキナーガが動きを止めた。

 

「誰だか知りませんが、邪魔をしないでもらいたいものですね……THE MAGICIANで再び直接攻撃」

「させるかよ! アクションマジック、大脱出を発動! バトルフェイズを終了させる!」

「っ!」

 

残された魔術師のアルカナが笑い声と共に真澄へと襲い掛かるが、また別の声がそれに待ったを掛ける。バトルフェイズが強制終了され、今度こそ真澄の身は守られた。

そして、星の騎士の後を追うように乱入者がねねと真澄の間に現れる。

 

「あなたたちは……さて、誰でしたか」

「それはこっちの台詞だよ、真澄をここまで追い詰めるなんて、君は何者だい?」

「その襟のバッジ、お前もLDSだな? 見覚えはねえが……」

 

真澄の窮地に駆け付けたのは、彼女の親友。

LDSエクシーズコースの志島北斗、シンクロコースの刀堂刃だった。

 

「ふふふっ、すぐに知る事になりますよ。私の名を。あなたたちだけじゃない。この街、この世界の人間全てが」

「はぁ? 何言ってやがるんだ、こいつ?」

「妄言を相手にするな、刃。おい真澄、大丈夫かい?」

「ぅ……」

 

ねねを睨みつけながら、北斗が真澄に声を掛けるが僅かに呻き声を上げるだけで反応はない。

 

「おい真澄!」

 

想像していたよりも緊迫した状況に刃が声を荒げてもう一度名前を呼ぶ。

 

「このまま相手をしてあげてもいいですが……”内から”も外からも邪魔が入って煩わしいですね」

 

ねねは構えていたデュエルディスクを下げると、忌々しそうに口にして踵を返した。

 

「くっ!」

 

仲間を、親友をここまでされて黙っていられるはずもない。北斗が後を追おうと駆け出すが、召喚されたままのエルシャドール・シェキナーガがねねの姿を隠すように立ち塞がった。

 

「プレアデスの効果発動! オーバーレイユニットを一つ使い、フィールドのモンスター一体を持ち主の手札に戻す!」

「シェキナーガの効果発動。手札のシャドールカードを墓地に送り、特殊召喚されたモンスターの効果の発動を無効にし、破壊する」

「ちぃっ……!」

 

星の騎士の輝きも、影の女神には届かない。

 

「またお会いしましょう、どうせあなたたちの運命ももう決まっていますがね」

「おい、待ちやがれ!」

 

シェキナーガの背にねねの姿が隠れて消える。やがてアクションフィールドと共にモンスターたちが消えた時にはもう、その姿は何所にもなかった。

 

 

 

――ねねはアクションフィールドの範囲外、公園の外へと抜け出し、一人呟く。

 

「……ちっ、この小娘もこの私に抵抗するつもりか……」

 

そう吐き捨てながらねねは舞網の街へとその姿を紛れさせ、そのまま何処かへと消えていく。

そしてその途中、一人の少女とすれ違った。

 

「はぁっはぁっ……っ!」

「……」

 

息を荒げながら何かを探す少女――詠歌に見向きもせず、ねねは人込みへと紛れていく。

だが、詠歌はすれ違ってすぐに足を止めた。

 

「はっ、はっ……今のは」

 

息が整わないまま、後ろを振り返る。今度は気のせいではない。先程感じたものと同じ、悪寒を確かに感じた。

 

『どうしたのさ?』

「また、感じた……」

『……わたしには分からないけど、今は光津真澄を探すのが先なんじゃないの?』

「そう、ですね……」

 

言いようのない不安に襲われながらも、詠歌は再び走り出す。

そして視線の先に見知った姿を見つけた。

 

『ねえ、あれ』

「! 志島さん、刀堂さん!」

 

公園の出口から並んで出て来たのは真澄の、そして詠歌の友人でもある二人。

さらに刃の背には――

 

「光津さん……!?」

「ん、ああ、久守か」

「君も真澄を探しに?」

「そうっ、です……っ」

 

乱れた呼吸のせいで途切れ途切れになりながらも詠歌が頷く。

 

「一体、何があったんです、か……?」

 

刃と北斗は視線を交わし、揃って首を横に振った。

 

「俺たちにも分からねえ。俺たちが見つけた時には知らねえ奴とデュエルをしてた」

「ただならない雰囲気を感じて咄嗟に乱入したんだが……少し遅かったみたいでね」

「そんなっ、光津さん……!」

 

刃の背の真澄に近づくが、真澄は短い呼吸を繰り返すばかりだ。

 

「心配はない。ただ疲れているだけだと思う」

「随分痛めつけられたみたいだからな」

「光津さん……」

 

心配そうに真澄の顔を覗き込むが、その目が開かれる事はない。

 

「相手は同じLDSの女だ」

「それと君や沢渡、榊遊矢たちと同じ制服を着ていた」

「私たちと同じ、舞網第二中学……まさか、光焔さん……?」

「やっぱり、あいつが君の言っていた光焔ねねか……」

 

怒りを含んだ声で北斗がねねの名を呼ぶ。それは刃も同じだった。

 

「で、ですが光津さんから聞いた限り、光焔さんがこんな事をするとは……」

「僕たちは光焔ねねを知らないし、君も真澄から話を少し聞いただけなんだろう? 僕らにとってはさっき見たあれが、光焔ねねの全てだ」

「でもっ!」

 

詠歌は真澄とねねのデュエルを見たわけではない。ねねと親しいわけでもない。

だが、真澄から聞いたねねという少女は、呆れた口調で、でも優し気に真澄が語ったねねという少女は、決してこんな事が出来る人ではなかった。

 

「とにかく、まずは真澄をLDSの医療施設に連れていく。話はその後だ」

「っ、分かり、ました……」

 

北斗の言葉に詠歌も同意し、三人はLDSへと向かって歩き始める。

 

 

「……刃、北斗……?」

 

その途中、真澄がか細い声で二人の名前を呼んだ。

 

「おう、気が付いたのか」

「今は休みたまえ」

「迷惑、かけるわね……久守も」

「光津さん……」

 

言葉を発するのも辛そうな真澄の様子に、詠歌は悲痛な表情を浮かべる。

 

「っ……あの子、普通じゃなかった……」

「君をそこまで追い詰めたんだ、そうだろうね」

「違う……の、あの子、は……」

「光津さんっ、今は無理をしないで下さい……っ」

 

幻影を追いかけるように虚空へと伸ばされた手を詠歌が握りしめる。

 

「……久守、お願い、あの子を……融合使いの、あなたが……あの子は、間違ってる……」

「っ、分かりました。分かりましたから……!」

 

今はもう、休んでほしい。その願いを込めて真澄の手を強く握りしめ、何度も頷く。

 

「気を、つけて……あの子は、あの……合……理……を……」

 

最後に何かを伝えようと呟くが、その声は小さく、聞き取る事は出来ない。

そして真澄は今度こそ、完全に意識を手放した。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

LDS 医療施設。

真澄を医師に預け、詠歌たち三人は中庭に集まっていた。

 

「クソッ、よくもこんな事を……!」

「LDSの講師が襲われてるって噂も、あいつの仕業なんじゃねえだろうな……!」

「待ってくださいっ、そうと決めるのは早すぎます!」

 

苛立つ北斗と刃を詠歌が止める。

 

「だが、真澄が光焔ねねにやられたのは確かだ! アクションデュエルとはいえ、あんなになるまで甚振ったんだ! 同じデュエリストとして許せるわけがない!」

「俺たちの気持ちも、お前になら分かるだろ、久守……!」

「それは……」

 

否定することは出来ない。詠歌もLDS襲撃犯に沢渡を襲われ、怒りに任せてデュエルを挑んだ事があるからだ。

 

「真澄は同じ融合を使う君に光焔ねねの事を託した。だが、僕たちも黙っているつもりはない」

「すぐにでもあいつを見つけ出して、叩きのめしてやらなきゃ気が済まねえ!」

「それを邪魔するなら、君が相手でも容赦はしない……!」

 

北斗と刃がデュエルディスクを構える。一触即発の空気が漂い始めるが、詠歌は友人である二人とこんな状態でデュエルをする事を望んではいない。

 

「落ち着いてください! お二人の気持ちは分かりますっ、でもだからといって……!?」

 

二人をどうにか言葉で止めようとする詠歌の心臓がドクン、と跳ねた。

 

『無駄だよ。あの時のあなたと同じ。言葉じゃこの二人は止まらない』

「”詠歌”……!?」

『あなたがやりたくないなら、わたしが代わってあげる』

「それは……待っ――」

 

自身の内に眠る『もう一人の詠歌』を止めようとするが、もう遅い。

普段こそ主導権を譲ってはいるが、既に二人の詠歌の力関係は『もう一人の詠歌』に、この肉体の本来の持ち主の方に傾いている。

 

「あなたは見てなよ。そして少しは反省するんだね。自分がやった事を」

『”詠歌”……!』

 

肉体が詠歌の体を離れ、詠歌は傍観者へと変わる。

”詠歌”は躊躇いもなくデュエルディスクをセットし、二人と相対した。

 

「何をごちゃごちゃ言ってるのかは知らねえが、いくぞ久守! まずは俺からだ!」

 

刃が一歩前に歩み出ると、もうこのデュエルを止める者はいなくなる。

止める者はいないが――

 

「おおっとぉ! だったら手っ取り早く一戦で決めようじゃねえか!」

 

争いをさらに加速させる、お調子者が一人、姿を現した。

 

「お前は……」

「沢渡……?」

「……一体、何をしに来たの……」

『沢渡さん!』

 

その声を聞いただけで始まった頭痛のする額を押さえ、呆れたように”詠歌”が口にする。

 

「ようやく赤馬零児と話を着けたと思ったら、この俺様を抜きに随分面白そうな事をやってるじゃねえか」

「あなたは一人で十分面白いから、引っ込んでて欲しいんだけど」

『ちょっと”詠歌”! 沢渡さんになんて口の利き方を……!』

「うぐっ、またいつぞやの可愛げのねえ方の久守か……」

 

辛辣な”詠歌”の言葉に一瞬怯む沢渡だが、その程度で引き下がるはずもない。

 

『そ、それって普段の私はか、可愛げがあるって事ですか……!』

 

自身の内で騒ぐ『もう一人の詠歌』にさらに頭痛が加速するが、残念ながら心の声までどうにかする術はない。

 

「新しいデッキの力試しに丁度いい。事情は知らねえが、タッグデュエルと行こうじゃねえか。その方がお前らも早くていいだろ?」

「部外者が口を挟まないで欲しいね、沢渡」

「……いや、いいぜ。癪だが沢渡の言う通り、その方が話は早い」

「おい、刃っ!」

「こんな所で時間を食ってる方が無駄だろ」

「……仕方ない」

 

渋々といった様子で北斗もデュエルディスクを構え、刃に並んだ。

 

「話はまとまったみてぇだな」

「わたしは納得してないけど」

『だったら私とチェンジを! 一日に二回も沢渡さんとタッグデュエルが出来るなんて……!』

「あなた、さっきまで嫌がってたでしょ?」

『うぐっ……それは、今でも嫌ですけど……でも、沢渡さんと一緒なら喧嘩のようなデュエルにはならないはずです!』

「はぁ……」

 

わざとらしく”詠歌”は溜息を吐くが、内心では同意していた。

確かに彼となら、禍根を残すようなデュエルにはならなそうだ、と。

 

「しょうがない。足手まといにならないでよ、沢渡シンゴ」

「はっ、違うなあ! 今の俺は! ネオ・ニュー沢渡だ!」

「名前の前に頭を新しくする事をお勧めするけど」

『だからまたそうやって沢渡さんにぃ!』

 

沢渡を小馬鹿にしながら、”詠歌”もデュエルディスクを改めて構える。

 

「二人まとめて速攻で片付けてやるぜ! いくぞ、北斗!」

「言われるまでもない。これも良い機会だ。あの時の雪辱、此処で果たさせてもらう!」

「上等だ! やれるもんならやってみやがれ!」

「「「お前じゃない」」」

 

三人からきっぱりと否定の言葉を吐かれても、沢渡は気にした様子もない。

それを気にするのは”詠歌”の中に居る『もう一人の詠歌』だけだった。

 

「もういいから、いくよ、沢渡シンゴ!」

 

「「デュエル!」」「「デュエル!」」

 

 

EIKA & SAWATARI VS HOKUTO & YAIBA

LP:4000

 

「僕のターン! 僕は手札からセイクリッド・グレディを召喚!」

 

セイクリッド・グレディ

レベル4

攻撃力 1600

 

「グレディの召喚に成功した時、手札からレベル4のセイクリッドモンスターを特殊召喚出来る! セイクリッド・カウストを特殊召喚!」

 

セイクリッド・カウスト

レベル4

攻撃力 1800

 

「これは……」

『やはり流石ですね、志島さん』

 

見覚えのあるモンスターたちに、”詠歌”が顔を顰め、『もう一人の詠歌』は感心したように呟いた。

 

「そして永続魔法、セイクリッドの星痕を発動! このカードが存在する限り、一ターンに一度、僕たちのフィールドにセイクリッドと名の付くエクシーズモンスターが特殊召喚される度、カードを一枚ドロー出来る! さらにセイクリッド・カウストのモンスター効果、発動! その効果でグレディとカウストのレベルを1上げる!」

 

セイクリッド・グレディ

レベル4 → 5

セイクリッド・カウスト

レベル4 → 5

 

「レベル5となったグレディとカウストでオーバーレイ! 星々の光よ、今大地を震わせ降臨せよ! エクシーズ召喚! ランク5、セイクリッド・プレアデス!」

 

セイクリッド・プレアデス

ランク5

攻撃力 2500

ORU 2

 

「この瞬間、セイクリッドの星痕の効果でカードをドローする! 僕はこれで、ターンエンド」

『”詠歌”、志島さんなら必ずまたすぐにエクシーズ召喚を行ってくるはずです。長引けば長引くほど、効いてきますよ』

「分かってるよ……わたしのターン、ドロー!」

「あっ、普通、次は俺のターンだろうが!」

 

喚く沢渡を無視し、”詠歌”はドローカードを見て微笑む。

 

「わたしは魔法カード、影依融合を発動! 相手のフィールドにエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターが居る時、デッキのモンスターで融合召喚できる! デッキのシャドール・ハウンドとシャドール・ドラゴンを融合! おいで、エルシャドール・ミドラーシュ!」

「おっと! そのモンスターは僕にとっても刃にとっても非常に厄介だ。セイクリッド・プレアデスのモンスター効果発動! オーバーレイユニットを一つ使い、エルシャドール・ミドラーシュを君のエクストラデッキに戻す! 悪いが退場してもらうよ!」

 

セイクリッド・プレアデス

ORU 2 → 1

 

『これは……あの時と同じですね』

 

その言葉の通り、光の渦から飛び出ると同時、大地を踏みしめるよりも早くミドラーシュが再び光となって消えていった。

しかし、二人の詠歌は見た。消える直前、感情を宿さないはずのミドラーシュの瞳が非常に恨めしそうにこちらを見ているのを。

 

『……』

 

もしかして見えているのだろうか、と嫌な予感を感じるが、傍観者となっている彼女にはどうする事も出来ない。

しかし、”詠歌”はその視線を感じながらも笑っていた。

 

「安心してよ、わたしはあなたとは違うから。融合素材として墓地に送られたハウンドとドラゴンの効果発動! セイクリッド・プレアデスを守備表示に変更し、さらにセイクリッドの星痕を破壊する!」

 

セイクリッド・プレアデス

攻撃力 2500 → 守備力 1500

 

「くっ、相変わらずただではやられないか……!」

「まだ! わたしは手札から魔法カード、融合を発動! 手札のシャドール・ヘッジホッグとシャドール・ビーストを融合!」

「何だって!?」

「久守の奴、普通の融合カードも入れてやがったのか!」

 

自分たちと違い、三種類の召喚方法を操る詠歌はデッキを上手く操る為にシャドール専用の融合カードのみを使い、それを効果で使いまわす事で複数の融合を可能にしていた。だがそれ故に、一ターン目から複数の融合召喚を行うのを見た事がなかった。二人の驚愕はその為だ。

二人の、そして”詠歌”の言う通り、普段の久守詠歌のデッキならばこんな事は滅多に起こりえなかっただろう。だが今、彼らと相対しているのはシャドールたちの真の持ち主。独学で融合コースの生徒に匹敵する程の融合使いだ。

 

「さあアンコールだよっ。おいで、神の写し身! エルシャドール・ミドラーシュ!」

 

エルシャドール・ミドラーシュ

レベル5

攻撃力 2200

 

”詠歌”のアンコールに答えるように華々しくミドラーシュは再び舞台へと降臨……はせず、彼女が操るドラゴンが先に飛び出し、その後からいじけたようにそっぽを向きながらミドラーシュはのっそりと現れた。

 

「……絶対あなたのせいでしょ!? この子がこんなんになったの!」

『ええ!? いやいやいや! 最初からこんなんでしたよ、この子は!』

 

二人の主からこんなん呼ばわりされ、ミドラーシュはさらにいじけたように腕を組んで明後日の方角に視線をやった。

 

「絶対にいつか白黒はっきりつけてあげるんだから! 融合素材として墓地に送られたヘッジホッグの効果でデッキからシャドール・ファルコンを手札に加えて、さらにビーストの効果でカードを一枚ドロー!」

「さらに手札増強まで……!」

「……っていうかあいつ、大丈夫か? さっきから様子が変だが……」

「彼女が変なのは今に始まった事じゃない、それよりも来るぞ、刃!」

 

北斗の言葉が聞こえていなかったのは幸運だろう。それを聞けばどちらの詠歌も、きっと怒りの矛先を彼に向けていただろうから。

 

「もうっ、いくよミドラーシュ!」

『そうです! あなたも以前の雪辱を晴らす機会ですよ!』

 

二人の主の命令に、仕方ない、と言わんばかりに気怠げにミドラーシュは杖を構えた。

 

「セイクリッド・プレアデスに攻撃!」

『ミッシング・メモリー!』

 

いくら人間よりも人間らしく、子供のような彼女でも、二人の詠歌のデッキのエース(5割は自称)である事に変わりはない。

杖を構え、所在なさげにミドラーシュの頭上を飛び回っていたドラゴンを呼び戻すとその背に乗ってプレアデスへと特攻した。

 

「くっ……!」

「わたしはモンスターをセット、さらにカードを一枚伏せてターンエンド!」

「すまない刃、こちらのフィールドの方が奇麗にされてしまった」

「へっ、気にすんなよ。久守相手ならこんぐらい予想の範囲内だっつの! 俺のターン!」

(……そういえば、沢渡シンゴの方が静かだ)

 

普段ならば「俺を蚊帳の外にしてんじゃねえ!」などと文句を言ってそうなものだが、と”詠歌”がちらりと沢渡の方を見ると……。

 

「……へへっ」

 

自分の手札を見て、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 

『あの表情……流石沢渡さん! カードに選ばれてるんですね!』

「はぁ……別にいいけど」

 

諦めた様子で”詠歌”は視線をターンプレイヤーの刃へと戻した。

 

「俺は魔法カード、ワン・フォー・ワンを発動! 手札のXX(ダブルエックス)―セイバー パロムロを墓地に送り、手札かデッキからレベル1のモンスターを特殊召喚する! 俺はデッキから同じくXX―セイバー パロムロを特殊召喚!」

 

XX―セイバー パロムロ

レベル1 チューナー

攻撃力 200

 

「ミドラーシュのモンスター効果により、全てのプレイヤーは特殊召喚を一ターンに一度しか行う事が出来ない! ミドラーシュが居る限り、そう簡単にあなたたち得意のシンクロもエクシーズもさせない!」

「分かってるっつの! 俺はパロムロをリリースし、XX―セイバー ガルドストライクをアドバンス召喚!」

 

XX―セイバー ガルドストライク

レベル5

攻撃力 2100

 

「ガルドストライクじゃミドラーシュには届かない……俺はカードを三枚伏せて、ターンエンドだ!」

『刀堂さんはセットモンスターがファルコンである事を察しているようですね』

(自分のターンで特殊召喚をさせなければ、ミドラーシュの効果でわたしも特殊召喚出来るのは一度きりだもんね。でもわたしも、それぐらいは予想の範囲内)

 

気を取り直したのか、杖を地面に突き立てながら『誰だろうと特殊召喚は一ターンに一度まで!』とでも言いたげに目を光らせているミドラーシュを出来るだけ視界に入れないようにして”詠歌”は次のターンでの展開を考えるが、それは次の沢渡の出方次第だ、と沢渡の方に意識を向けた。

 

「ふっ、ようやく真打ち登場か……俺のターン!」

 

大仰な素振りでカードをドローする様は何処かのエンタメデュエリストの影響を感じさせるが、彼とて常にあんな風に大げさな身振りをしているわけではない。エンタメデュエリストとして、芸を見せる場面を弁えている。

 

「俺は永続魔法、修験の妖社を発動!」

『修験の妖社……? 私も見た事のないカードです……!』

 

一人期待に胸を膨らませている事を知ってか知らずか、沢渡は劇団員のようにデュエルを進めていく。

 

「このカードは妖仙獣が召喚、特殊召喚される毎に妖仙カウンターが一つ点灯する」

「妖仙獣……? 久守とデュエルした時に使ったデッキじゃないのか……?」

「だが忘れたのかよ、沢渡! 今フィールドには久守のエルシャドール・ミドラーシュが居る。そいつが居る限り、そうそうカウンターは溜まらないぜ」

 

刃の言う通りだ。一体いくつのカウンターが点灯する事でどのような効果が発動するのかは分からないが、ミドラーシュが居る今、通常なら一ターンに二度がせいぜい。『もう一人の詠歌』の二重召喚や沢渡の使っていたアドバンス・カーニバルなどを使えばさらに点灯させる事も可能だが……。

『もう一人の詠歌』が知らない以上、誰も今の沢渡のデッキは知らない。

刃たちと同様”詠歌”も沢渡のデッキがアドバンス召喚を主体とするデッキだと考え、特殊召喚を制限するミドラーシュを召喚したのだ。口ではああ言いながらも、協力する事を考えての事だったが、もしもデッキが特殊召喚を多用するものだとしたら、ミドラーシュの効果は沢渡にとっても脅威となってしまう。

 

「ちっちっち、俺が久守のデッキの事を把握してないとでも思ってんのか? その人形が出てくるのは想定の範囲内。俺は常に観客の予想の一歩先を行く……! 俺は妖仙獣 鎌弐太刀を召喚!」

 

妖仙獣 鎌弐太刀

レベル4

攻撃力 1800

 

「さらに鎌弐太刀の召喚に成功した時、手札から鎌弐太刀以外の妖仙獣を召喚できる! これは特殊召喚じゃあない。よってミドラーシュの制約も受けない! 来い来い来ぉい! 妖仙獣 鎌参太刀!」

 

妖仙獣 鎌参太刀

レベル4

攻撃力 1500

 

続け様に現れたのは和装を纏う人型の獣。以前のデッキとは全く装いの違うモンスターたち。

 

「さらに同じく鎌参太刀の効果で妖仙獣 辻斬風を召喚! これにより妖仙カウンターは三つ点灯!」

 

妖仙獣 辻斬風

レベル4

攻撃力 1000

 

修験の妖社

妖仙カウンター 0 → 3

 

自分の目の前でモンスターが続け様に現れ、またしてもミドラーシュがつまらなそうな表情に変わり、がっくりと肩を落とした。

 

「特殊召喚ではなく、通常召喚を増やすモンスターか……!」

 

ミドラーシュの特殊召喚封じの抜け穴。それには当然、北斗たちも気づいている。一度に複数のモンスターを召喚するペンデュラム召喚を行えない彼らにも出来る方法だが、それを沢渡に先んじられ、表情を歪めた。

 

「さあいくぜ、まずは辻斬風の効果! フィールドの妖仙獣の攻撃力をターンの終わりまで1000ポイントアップさせる! 俺は鎌弐太刀を選択!」

 

妖仙獣 鎌弐太刀

攻撃力 1800 → 2800

 

「ちっ、鼬野郎の攻撃力がガルドストライクを上回りやがった……!」

「このままガルドストライクを攻撃してもいいが……俺は鎌弐太刀の効果を発動! このカードは戦闘ダメージを半分にする事で直接攻撃が出来る! いけ、鎌弐太刀!」

「何っ……? くっ!」

 

HOKUTO & YAIBA

LP:2600

 

フィールドにモンスターを残せば、ミドラーシュが居てもそこからシンクロやエクシーズに繋げる事が出来る。それは沢渡にも分かっているはずだ。それでも直接攻撃する事を選択した意図が分からない。

 

「速攻魔法、セイバー・リフレクト! こいつは俺のフィールドにX―セイバーが存在し、ダメージを受けた時に発動する! 俺はダメージ分のライフを回復し、その数値分、相手にダメージを返す!」

「ちっ……」

 

HOKUTO & YAIBA

LP:4000

 

EIKA & SAWATARI

LP:2600

 

「さらにデッキから罠カード、ガトムズの緊急指令を手札に加える」

 

ライフを元に戻し、逆にダメージを与えた刃だったが、その表情は硬い。

 

(まさか、俺の伏せカードを読んでいやがったのか……?)

 

刃がディスクへと視線を向ける。そこに伏せられた残り二枚の内一枚は罠カード、身剣一体。発動後、Xセイバーの装備カードとなり攻撃力を800ポイントアップさせるカード。もしもガルドストライクを攻撃していれば、それによって返り討ちにしていた。

デッキが違えど、沢渡が強力なモンスターを呼び出すにはアドバンス召喚が必要不可欠。モンスターをフィールドに残したいのは沢渡も同じはず。それを予期して直接攻撃を選択したのだとすれば……。

 

(……沢渡はデッキは違くとも俺や北斗を倒した久守を正面から倒した奴だ。以前のように見縊って勝てる相手……じゃねえ。沢渡だけど)

 

それは北斗も同じだった。沢渡の人間性故か、どうしても見縊ってしまいそうになるが、既に沢渡の実力は決して低いものではない。むしろ相手の油断を誘う天性のスキルもあり、気を張らなければつい油断してしまいそうになる。

 

「だが鎌参太刀の効果は発動するぜ! 妖仙獣が相手に戦闘ダメージを与えた時、デッキから妖仙獣一体を手札に加える! 俺が手札に加えるのは、妖仙獣 右鎌神柱! さらに永続魔法、修験の妖社の効果! 妖仙カウンターを三つ取り除き、デッキからさらに妖仙獣一体を手札に加える!」

 

修験の妖社

妖仙カウンター 3 → 0

 

ソリッドビジョンが引き起こす風のエフェクトで沢渡の姿が消え、ただ沢渡の声だけが聞こえる。

風が止んだ時、沢渡はその手に握られたカードの名を高らかに読み上げた。

それは刃の予想を超える一枚。アドバンス召喚以外で唯一、沢渡が行った事のある特殊召喚の鍵。

 

「俺が加えるのは――ペンデュラムモンスター、魔妖仙獣 大刃禍是!」

 

「な――!?」

「ペンデュラムカード!?」

 

以前、デュエリストにあるまじき卑劣な手段を使ってまで沢渡が手に入れようとしたカード。

それが今、沢渡の手に握られている。その光景を見て北斗たちは驚愕の声を上げた。彼らが知る限り、そのカードを持つのはペンデュラムの創始者、榊遊矢とLDSのトップ、赤馬零児だけだ。それを何故、沢渡が持っているのか。

 

「彼が、ペンデュラムカードを――」

 

驚いているのは”詠歌”も同じだった。彼女も沢渡が引き起こした事件を心の内で傍観者として見ていた。

あんな真似をしたデュエリストに、カードは応えない。”詠歌”が『もう一人の詠歌』と違い、沢渡に辛辣な態度を取るのも、あの事件をすぐそばで見ていたからだ。たとえ利用されていたとしても、肯定できるような事ではなかった。

だが、沢渡はこうしてペンデュラムカードを手にしている。榊遊矢のEMとも、赤馬零児のDDDとも違うペンデュラムカードを。

そして、この中で誰よりもこの瞬間を待ち望み、そして誰よりもこの瞬間が訪れる事を信じていた少女は――

 

『沢渡さぁぁぁぁあああん!!!』

「うるさっ……!?」

 

”詠歌”の内で一人、歓喜の叫びを上げていた。

その歓喜の感情が”詠歌”にも伝わり、勝手に口元がニヤけそうになっていくのを感じ、慌てて口元を覆い隠す。ここまで影響が出るのだ、その喜びがどれだけのものなのか、想像するのは容易かった。

口元を覆い隠せば今度は目頭が熱くなってくる。一体どれだけ喜んでいるのだ、と呆れかえるばかりである。

 

『なんで!? いつの間に!? 流石沢渡さん! カードに選ばれすぎっすよ! すごいです! やばいです! 格好良すぎですっ!』

 

主導権は完全に”詠歌”の方に傾いているはずなのに、気を抜けば『もう一人の詠歌』の感情にシンクロして小躍りでも始めてしまいそうになり、必死に自身を自制する。

 

(そういや、出て来た時に赤馬零児と話が着いたとかって言ってたっけ……LDS絡みって事?)

 

平静を取り繕い、”詠歌”が思考を巡らせる中、沢渡はデュエルを進めていく。

 

「そして俺の手には既にもう一枚のペンデュラムカードも握られている……! 俺はスケール3の妖仙獣 左鎌神柱とスケール5の妖仙獣 右鎌神柱でペンデュラムスケールをセッティング!」

「これで……」

『レベル4のモンスターが同時に召喚可能っすよ! 沢渡さん!」

「いいや、ここからだ! 俺は右鎌神柱のペンデュラム効果を発動! もう片方のペンデュラムゾーンに妖仙獣が居る時、スケールは5から11になる!」

「何!? じゃあ――」

『つまり!』

「そう! これでレベル4から10のモンスターが同時に召喚可能! さあ喜べお前ら! これを見んのはお前らが初めてなんだからな! ペンデュラム召喚!」

 

天へと昇った二つの光柱から、一つの巨大な烈風が現れる。

 

「烈風の衣纏いし(あやかし)の長よ、荒ぶるその衣を解き放ち、大河を巻き上げ大地を抉れ!」

 

妖仙獣を統べる長。一角の獣。その風の名は――

 

「出でよ! 魔妖仙獣 大刃禍是!」

 

魔妖仙獣 大刃禍是

レベル10 ペンデュラム

攻撃力 3000

 

修験の妖社

妖仙カウンター 0 → 1

 

「攻撃力3000、レベル10のペンデュラムモンスター……!」

「だがもう君のバトルは終わってる! どうやって手に入れたかは知らないが、見せびらかしたいばかりにタイミングを誤ったな、沢渡!」

 

北斗の言う通り、バトルが終わった今、大刃禍是がどれだけ高い攻撃力を誇ろうと、攻撃を行う事は出来ない。

そして北斗も刃も、次のターンまでその巨体をのさばらせておくような真似はしない。

だが。

 

「それはどうかな! 確かにバトルは出来ねえが、大刃禍是の恐ろしさは攻撃力だけじゃねえ! 大刃禍是の効果発動! このカードの召喚、特殊召喚に成功した時、フィールドのカードを二枚まで持ち主の手札に戻す! 消えろ、ガルドストライク! そして伏せカードの片方にも消えてもらうぜ!」

「ぐっ……!」

 

大刃禍是の角から放たれた烈風が傭兵を、そして伏せられた罠を巻き上げた。

 

「俺はこれでターンエンド。同時に通常召喚された妖仙獣たちと特殊召喚された大刃禍是は自身の効果によって俺の手札に戻り、右鎌神柱のスケールも元に戻る」

「フィールドががら空きに……当然デメリットもあるってわけ。……タッグデュエルじゃなかったらどうするつもりだったのさ」

「はっ、俺の知ってる久守なら、この俺の期待に応えるだろうと予測してるのさ」

「……ふん。だってさ、久守さん」

 

減らない口に呆れたように『もう一人の詠歌』を呼ぶ。

 

『わー……』

 

しかし、呼ばれた方の詠歌は歓喜の感情が一周したのか、呆けた声を上げるだけだった。

 

「はぁ……言っておくけど、あなたの期待に応えるわけじゃない。タッグデュエルはライフとフィールドを共有する。わたしが勝つ為にするだけだから」

「はん、お前も口が減らねえな」

「その言葉、そのまま返すよ」

 

憎まれ口を叩きあう、普段では絶対に見られない二人の姿。けれど今の二人の姿も、本来在り得たかもしれない可能性の具現だった。

 

「このまま終わりはしない……! 僕のターン、ドロー!」

 

詠歌や沢渡のデッキがその思いに応えたように、北斗のデッキもまた彼に応える。

 

「僕はセイクリッド・ポルクスを召喚!」

 

セイクリッド・ポルクス

レベル4

攻撃力 1700

 

「ポルクスのモンスター効果により僕はもう一度セイクリッドモンスターを通常召喚できる! セイクリッド・ソンブレスを召喚!」

 

セイクリッド・ソンブレス

レベル4

攻撃力 1550

 

「セイクリッド・ソンブレスの効果発動! 墓地のセイクリッド・グレディを除外し、墓地からセイクリッド・カウストを手札に加える!」

「レベル4のモンスターが二体……!」

『いいえ、それだけじゃありません!』

 

呆けていた意識を回復した『もう一人の詠歌』がこの先の展開を予見した。

 

「セイクリッド・ポルクスとソンブレスでオーバーレイ! エクシーズ召喚! 現れろ、ランク4! セイクリッド・オメガ!」

 

セイクリッド・オメガ

ランク4

攻撃力 2400

ORU 2

 

現れたのは半人半馬の体を持つ神聖騎士。攻撃力こそプレアデスに劣るが、北斗の狙いはそこではない。

 

「セイクリッド・オメガのモンスター効果発動! オーバーレイユニットを一つ使い、このターン僕のフィールドのセイクリッドモンスターは魔法、罠カードの効果を受けない!」

 

セイクリッド・オメガ

ORU 2 → 1

 

「魔法、罠カード対策……」

『違いますっ、志島さんの狙いは……!』

 

”詠歌”の伏せカードは相手モンスターに効果を及ぼすものではない。貴重なオーバーレイユニットを無駄使いさせられた、と笑うが、それは間違いだ。

 

「まだソンブレスの効果は残っている! このターン、さらにもう一度セイクリッドモンスターを通常召喚する事が出来る! そしてソンブレスが墓地へ送られたターン、セイクリッドモンスターの召喚に必要なリリースを一体減らす事が出来る! 現れろ、レベル5! セイクリッド・エスカ!」

 

セイクリッド・エスカ

レベル5

攻撃力 2100

 

「その為にオーバーレイユニットを……!」

「んなっ、この俺に断りもなく真似しやがって!」

「いいや、真似じゃねえさ!」

「そうとも。僕は君の一歩先を行く!」

 

天秤を思わせるシルエットの新たなセイクリッド。沢渡と同じ、通常召喚回数を増やす事による連続召喚。しかし北斗はLDSのエリートクラス、エクシーズコースに属するデュエリスト。言葉通り、彼はさらにその先を行く。

 

「僕はセイクリッド・エスカの効果でデッキからセイクリッド・ハワーを手札に加える。これで準備は整った! 行け、セイクリッド・オメガ! エルシャドール・ミドラーシュを攻撃!」

「っ、ミドラーシュ!」

 

既に召喚されてしまったモンスターに対し、ミドラーシュの効果は無力。抵抗むなしく、ミドラーシュはセイクリッド・オメガの手から放たれた光球へと飲み込まれた。

 

EIKA & SAWATARI

LP:2400

 

「セイクリッド・エスカでセットモンスターに攻撃!」

「セットモンスター、シャドール・ファルコンのリバース効果! 墓地のシャドールを一体、裏側守備表示で特殊召喚する! もう一度お願い、ミドラーシュ!」

 

エルシャドール・ミドラーシュ(セット)

守備力 800

 

既に正体が分かっているからか、三度目となる特殊召喚で呼び戻され、セットされたミドラーシュはセットモンスター特有のソリッドビジョンではなく、自らの姿を隠す事無く露わにした。

 

「これでバトルは終了。だがミドラーシュが破壊された事でその制約も解かれた! 僕はランク4のセイクリッド・オメガを素材にエクシーズ召喚する! 眩き光もて、降り注げ! ランク6、セイクリッド・トレミスM7(メシエセブン)!」

 

セイクリッド・トレミスM7

ランク6

攻撃力 2700

ORU 2

 

しかし北斗の言う通りミドラーシュの制約を破り、ついに彼の切り札たる最強のセイクリッド、神星龍が降臨する。

 

「カードを一枚伏せてターンエンド」

「わたしのターン……ドロー!」

『”詠歌”、トレミスはプレアデスと違い、相手ターンではその効果を使う事は出来ません。攻めるなら今しかありませんよ』

「分かってる! わたしはミドラーシュを反転召喚!」

 

エルシャドール・ミドラーシュ

守備力 800 → 攻撃力 2200

 

はらはらとまるで姉のようにデュエルを見守る『もう一人の詠歌』に、うんざりした様子で”詠歌”は攻めへと転じようとしたが、それを見て二人が声を上げた。

 

「このタイミングで反転召喚か」

「どうやら今回はもう一つの人形には愛想をつかされたみてえだな、久守」

「……どういう意味?」

『あっ』

 

それが”詠歌”のとある感情を呼び起こすものだとも知らずに。

 

「今、僕たちが最も警戒しているのはあの『お菓子の女王』だった。だがミドラーシュを反転召喚した事で君もこのターン、特殊召喚を一度しか行えない」

「その上、あいつの効果を使うには墓地にもマドルチェのカードが一枚以上なくちゃならねえ。こっからあいつを呼び出して俺たちのフィールドからカードをなくす事は出来ねえだろ?」

「……ふーん、そう」

『志島さん、刀堂さん……』

「あいつら、やっちまったな……」

 

先程の沢渡のターンと違い、今度は『もう一人の詠歌』が頭を押さえる番となった。そして沢渡も若干口元がひくついていた。

 

「なら、見せてあげる。わたしは手札から装備魔法、魂写しの同化(ネフェシャドール・フュージョン)を発動、ミドラーシュに装備。そしてその効果でミドラーシュを地属性に変更し、手札の二枚目のシャドール・ファルコンを融合」

 

『あーあ』、とミドラーシュと『もう一人の詠歌』、そして沢渡の動きまでがシンクロした。

 

「舞台には終劇の幕を、世界に終焉の幕を! 玉座の上から裁きを振り下ろせ! 融合召喚! おいで、神の写し身、世界に弓引く反逆の女神! エルシャドール・シェキナーガ!」

 

エルシャドール・シェキナーガ

レベル10

攻撃力 2600

 

「こいつは……!」

「やっぱり君も持っていたのか、光焔ねねが真澄を倒した融合モンスター……!」

「一緒にしないで。この子はわたしのデッキの女神様。光焔ねねや、『お菓子の女王』とは比べ物にならないんだから!」

 

二人が呼び起こした”詠歌”の感情。即ち、負けず嫌いな少女生来の性格。特に『もう一人の詠歌』とその人形たちに対しては他の比ではないくらいにその感情は強いのだ。

 

「そしてミドラーシュとファルコンが融合素材として墓地に送られた事で効果が発動! 墓地から影依融合を手札に戻し、ファルコンを裏側守備表示で特殊召喚!」

 

シャドール・ファルコン(セット)

レベル2 チューナー

守備力 1400

 

「さらに手札に戻った影依融合を発動! デッキのシャドール・リザード、ビーストを融合!」

「って、おい! まさかお前!?」

 

刃の言葉を聞いて、『もう一人の詠歌』は自分も同じような言葉を言われたなあ、と思い返し、やはり自分に負けず劣らず、良い性格をしていると改めて確信する。

 

「もういっかい! 融合召喚、エルシャドール・ミドラーシュ!」

 

エルシャドール・ミドラーシュ

レベル5

攻撃力 2200

 

”詠歌”のエクストラデッキで眠っていた、もう一体のミドラーシュ。このデュエル、四度目の登場であった。

 

「シャドール・リザードの効果でデッキから神の写し身との接触(エルシャドール・フュージョン)を墓地に送って、ビーストの効果でカードをドローする!」

 

ドローカードを一瞬だけ見て、”詠歌”はもう迷うことなく自分の信じるデュエルを進めた。

 

「罠発動、堕ち影の蠢き! デッキから影依の原核を墓地に送って、ファルコンを表側守備表示に変更! さらに影依の原核の効果で墓地の神の写し身との接触を手札に!」

「だがファルコンの効果は一ターンに一度、リバース効果は発動しない!」

 

北斗の言葉通り、ファルコンはただその姿を現しただけで、効果を発動する事は出来ない。

 

『”詠歌”!? あなた、まさか……!?』

 

しかし『もう一人の詠歌』は気付いてしまう。

 

「シャドール・ハウンドを通常召喚!」

 

シャドール・ハウンド

レベル4

攻撃力 1600

 

「いや違う、久守の狙いはそこじゃねえ!」

 

一瞬遅れて、刃も広がる光景を見て、気付く。これで条件が揃った事に。

 

「……っ! まさか……!」

 

そして北斗もまた、思い出す。かつての『もう一人の詠歌』とのデュエルを。

あの時も詠歌のフィールドにはあの隼が存在していた事を。

 

「レベル4のシャドール・ハウンドにレベル2のシャドール・ファルコンをチューニング! シンクロ召喚!」 

 

猟犬が空を駆け、光へと姿を変え、隼と光の軌跡で繋がった。

 

「人形たちを依代に降臨せよ! メタファイズ・ホルス・ドラゴン!」

 

メタファイズ・ホルス・ドラゴン

レベル6

攻撃力 2300

 

幻惑的な輝きを放つ白竜。それは、かつて刀堂刃の手によって齎された、二人の詠歌が持つ、唯一のシンクロモンスター。

 

「久守の奴、味な真似をしやがる……!」

『ちょ、ちょっと”詠歌”!? よりにもよって刀堂さん相手に!? 恩を仇で返すような真似を!』

「見せてあげる。シャドールたちを、そしてこの子をわたしの方が上手に扱えるって所! メタファイズ・ホルス・ドラゴンの効果発動! チューナーモンスターと効果モンスターを素材にシンクロ召喚した時、フィールドの表側表示のカード一枚の効果を無効にする!」

 

白竜の体が神星龍に劣らぬ輝きを放つ。その光が向かう先は、それは。

 

「効果対象はわたしのエルシャドール・ミドラーシュ! エフェクトブレイカー・フレアライトニング!」

 

眩い光がミドラーシュを包み込み、そのドラゴンを繋いでいた影糸が光によって消滅した。

 

「バトル! エルシャドール・シェキナーガでセイクリッド・トレミスM7を攻撃! 反逆のファントム・クロス!」

「一体何を狙っているのか知らないが……罠発動、エクシーズ・ソウル! 墓地のプレアデスをエクストラデッキに戻し、フィールドのモンスターの攻撃力をこのターン、プレアデスのランク×200ポイントアップする! プレアデスのランクは5、よってトレミスの攻撃力が1000ポイントアップ!」

 

セイクリッド・トレミスM7

攻撃力 2700 → 3700

 

プレアデスの力を受け継ぎ、神星龍の輝きがさらに増していく。僅かだったシェキナーガとトレミスの攻撃力の差が一気に開く。

しかし、”詠歌”はもう止まらない。

 

「速攻魔法、決闘融合―バトル・フュージョン! 融合モンスターがバトルする時、相手モンスターの攻撃力を自身に加える!」

 

エルシャドール・シェキナーガ

攻撃力 2600 → 6300

 

「攻撃力6300……!」

 

機殻の足と組み合ったトレミスを、シェキナーガの本体を縛る影糸が解れ、その右腕を解き放つ。

 

「お願い、シェキナーガ!」

 

解き放たれた右腕は機殻の足がこじ開けたトレミスの胸元へと勢いよく突き刺さった。

 

「くっ……!」

 

HOKUTO & YAIBA

LP:2700

 

だが攻撃の爆風が晴れた時、トレミスは未だ健在だった。そしてライフポイントも不自然な数値で止まっている。

 

「刃……っ」

「罠カード、ハーフ・アンブレイク! このカードの対象となったモンスターはこのターン、戦闘では破壊されず、戦闘ダメージも半分になる」

「……すまない、助かった」

「礼を言うにはまだ早えよ」

 

刃の言う通り、まだ終わりではない。

 

「――速攻魔法、神の写し身との接触。メタファイズ・ホルス・ドラゴンとエルシャドール・シェキナーガを融合。エルシャドール・ネフィリムを召喚」

 

エルシャドール・ネフィリム

レベル8

攻撃力 2800

 

「ネフィリムでトレミスを攻撃! この瞬間、トレミスは戦闘ではなくネフィリムの効果で破壊される! よってハーフ・アンブレイクでは防げない!」

 

白竜と一つになる事で玉座を降りた女王により、ついに神星龍は斃れた。

 

「ミドラーシュで直接攻撃! ミッシング・メモリー!」

 

HOKUTO & YAIBA

LP:500

 

「わたしはこれでターンエンド」

「中々やるじゃねえか。まあ及第点って所だな」

「なんであなたがそんな偉そうなの……でも正直驚いちゃった。この子たちの攻撃に耐えるなんて」

 

沢渡の上から目線の評価に顔を顰めるが、それも一瞬。”詠歌”は目の前に立つ二人のデュエリストの評価を改める。

 

『”詠歌”、あなたは志島さんと刀堂さんを見縊り過ぎです。少なくとも私は、LDSでお二人に対抗出来るデュエリストを光津さんと沢渡さん以外に知りません』

 

そう窘められ、いつだったか光津真澄に似たような事を言っていたな、と”詠歌”は思い出す。無意識か、それとも『もう一人の詠歌』に勝てて、自分が勝てないはずがないと思っていたのか。おそらく後者なのだろう。

 

「俺たちも負けるわけにはいかねえんだよ。お前の融合モンスターと、俺が渡したあのカードを見て、猶更そう思った――いくぜ、俺のターン! 俺のフィールドにモンスターが存在せず、墓地にXセイバーが二体以上存在する時、手札のXX―セイバー ガルドストライクは特殊召喚出来る! 来い!」

 

XX―セイバー ガルドストライク

レベル5

攻撃力 2100

 

「けどそれじゃあ、ミドラーシュにも届かない!」

「だが! ミドラーシュの効果はメタファイズ・ホルス・ドラゴンが破壊された今もまだ、無効となっている! 俺はチューナーモンスター、X―セイバー パロムロを召喚!」

「三枚目……!?」

 

X―セイバー パロムロ

レベル1 チューナー

攻撃力 200

 

墓地に既に落ちている二枚、そしてデッキに眠っていた最後の一枚をこのタイミングで刃は引き当てた。

レベルの合計は6。刃の準備は整った。

 

「俺は以前、お前のエクシーズにやられた……けどこれで全部引き出してやったぜ……! そしてシンクロじゃあまだ、負けてやるわけにはいかねえな! レベル5のガルドストライクにレベル1のパロムロをチューニング! 赤きマント翻し、剣の舞で敵を討て! シンクロ召喚! レベル6、XX―セイバー ヒュンレイ!」

 

XX―セイバー ヒュンレイ

レベル6

攻撃力 2300

 

光と共に現れる、女傭兵。逆転の一手。

 

「ヒュンレイのシンクロ召喚に成功した時、フィールドの魔法、罠カードを三枚まで破壊できる! 俺が破壊するのはペンデュラムゾーンにセッティングされた、妖仙獣 左鎌神柱と右鎌神柱!」

「んなっ……! よくも俺のペンデュラムカードを……! フィールドに存在するペンデュラムカードが破壊された時、墓地ではなくエクストラデッキへ加わる!」

「ペンデュラムモンスターは何度でも蘇る、だが! それはペンデュラム召喚によってのみ!」

 

それは沢渡が以前使っていたデッキと同じ、最初のペンデュラム対策。

 

「そして当然、修験の妖社も破壊させてもらう!」

「ぐぬぬっ……!」

 

念願であったペンデュラムカードを僅か一回だけの使用で破壊され、尚且つ今のデッキのキーカードでもある永続魔法までもが沢渡のフィールドから消え去り、沢渡は地団駄を踏んだ。

 

「バトルだ! XX―セイバー ヒュンレイでエルシャドール・ミドラーシュを攻撃!」

「くっ……!」

 

どうにか対抗しようとミドラーシュが杖を振るうが、ヒュンレイの動きについてはいけず、その剣によってミドラーシュの駆るドラゴンは貫かれた。

 

EIKA & SAWATARI

LP:2300

 

「カードを二枚セットしてターンエンド! さあ沢渡、お前のターンだ! 俺たちのライフはたった500、けどお前に削り切れるか!」

「上等だ! 俺のターン!」

 

沢渡の手札には妖仙獣 鎌弐太刀が握られている。その効果による直接攻撃を伏せぐ手も、受けきるだけのライフも刃たちには残されてはいない。刃の煽るような言葉も、ブラフに過ぎない。

けれど刃も北斗も、そして二人の詠歌も、確信している。

 

『沢渡さんがそんな幕引きで満足するはずがありません。沢渡さんがやっと見つけた、デュエルの可能性。それがペンデュラムなんですから!』

 

真澄が、北斗が、刃が、そして二人の詠歌が、それぞれ誇りを持っている。それは召喚方法であったり、デッキの人形たちそのものであったり様々だ。その誇りが勝利を邪魔する事もあるだろう。だが、その誇りにこそ、カードたちは応えるのだ。

 

(沢渡シンゴ。他人のカードを奪った、最低なデュエリスト。……あなたに今、誇りはある?)

 

”詠歌”の誇り、影人形たちの総攻撃は二人のデュエリストの誇りによって防がれた。

このデュエルの勝敗は、運命は今、沢渡シンゴの手によって選択されようとしている。

 

「俺は妖仙獣 鎌弐太刀を召喚、さらに効果により続けて鎌参太刀を召喚! そしてその効果で、このデュエルのフィナーレを飾るのはこいつだ!」

 

妖仙獣 鎌弐太刀

レベル4

攻撃力 1800

 

妖仙獣 鎌参太刀

レベル4

攻撃力 1500

 

沢渡シンゴはやはり呆気ない幕切れを望んではいなかった。その手に握られる、デュエルのクライマックスを盛り上げるカード。

 

「いいやフィナーレにはまだ早ぇ! 罠発動! ガトムズの緊急指令、そして身剣一体! 身剣一体は発動後、ヒュンレイの装備カードとなり、攻撃力を800ポイントアップさせる! さらにガトムズの緊急指令の効果で墓地からガルドストライクとパロムロを守備表示で特殊召喚!」

 

XX―セイバー ガルドストライク

レベル5

守備力 1400

 

X―セイバー パロムロ

レベル1 チューナー

守備力 300

 

XX―セイバー ヒュンレイ

レベル6

攻撃力 2300 → 3100

 

「これでフィールドのモンスターは三体……!」

「たとえあのペンデュラムモンスターでも、抜く事は出来ない!」

 

やはり、真に誇りあるデュエリストに沢渡シンゴは届かないのか。

 

(でも……)

『私は信じています、そして知っています! 沢渡さんは、誰よりもカードに選ばれた人だと!』

 

「今、改めて訂正しておくぜ。今の俺の名は――ネオ・ニュー沢渡だ!」

 

ネオ・ニュー沢渡が頭上へと掲げていたカード。それに重なっていたもう一枚のカードが露わになる。

 

「速攻魔法、帝王の烈旋! アドバンス召喚に必要な素材を一体、相手フィールドのモンスターをリリースする事で代用出来る!」

 

風が、一際激しい烈風がフィールド内に巡る。

 

「俺は妖仙獣 鎌弐太刀とXX―セイバー ヒュンレイをリリースし、アドバンス召喚!」

 

その中心に立つ男。

 

「烈風の衣纏いし妖の長よ、荒ぶるその衣を解き放ち、大河を巻き上げ大地を抉れ! 現れろ、レベル10!」

 

その烈風を纏う妖仙が、傭兵たちを吹き飛ばし顕現する。

 

「魔妖仙獣 大刃禍是!」

 

魔妖仙獣 大刃禍是

レベル10 ペンデュラム

攻撃力 3000

 

「……ふっ」

 

その呟きにも似た笑い声は誰のものだったのか。

 

「大刃禍是でプレイヤーに直接攻撃!」

 

HOKUTO & YAIBA

LP:0

WIN EIKA & SAWATARI

 




中断なしのデュエルを入れたら大分長くなりました。
終盤、テンポ重視でカードの効果処理等を省略していますがご容赦ください。
ちなみに一カ所だけ台詞が『」になっている部分がありますが、誤字ではなく、途中から声に出てると解釈ください。

もう察しが着くでしょうが、GX成分多めとなってます。

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