三話完結の短編のつもりでしたが、別のSSの息抜きに書いてたら妄想が膨らんだので予定を変更して、もう少し長くなります。
注意点
・沢渡さんの取り巻き+1本編に関するネタバレが含まれます。
・番外編という事で本編で課していた制約を取っ払い、好き勝手書いています。
・特に主人公であるねねはゲームのモブキャラという事で独自設定も含まれます。
KAMASE&ANZI
LP:4000
サイバネティック・ワイバーン
レベル5
攻撃力 2500
MASUMI&NENE
LP:4000
エルシャドール・ネフィリム
レベル8
攻撃力 2800
「馬鹿な……!? どうしてシャドールを、
全く予想していなかったモンスターの召喚に、鎌瀬の表情が驚愕に歪む。
ねねが召喚したモンスター、いやその召喚に使用した融合カード、素材、その全てが決して忘れる事など出来ないカードたちだったからだ。
「……あの、バトルは続行、しますか……?」
「くっ、バトルは中断だ! 答えるつもりはないという事か……!」
鎌瀬は忌々しげにネフィリムとそれを操るねねを睨みつけた。
その視線に脅えるねねを守るようにネフィリムの背から伸びる影糸が鎌瀬の視界からねねを覆い隠す。
「僕はカードを一枚セットして、ターンエンド!」
「私のターン、ドロー!」
ドローしたカードを見て、真澄は笑みを浮かべた。
「あんたたち相手に使うのは勿体ないけど、この子に見せつける為に使ってあげるわ」
(わ、私に……?)
「見てなさい、光焔ねね。あなたが融合コースを去った後、私がマルコ先生から教わり、見つけた私のデュエルを! 私は手札から永続魔法、ブリリアント・フュージョンを発動!」
真澄が掲げたカードはねねに続く融合カード。
先程手札に戻したジェムナイト・フュージョンとは違う、永続魔法の融合。
「このカードはジェムナイトの融合素材となるモンスターをデッキから墓地に送り、エクストラデッキからジェムナイト融合モンスターを融合召喚する!」
「デッキのモンスターで……!」
「融合召喚だと……!?」
(永続魔法でしかも相手に依存しないデッキ融合……)
ねねのデッキにももう一人のシャドール使い、久守詠歌と同様に
だが影依融合でデッキ融合を行うには相手フィールド上にエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターが存在している必要があり、シャドールの特性上、再利用が容易であるとはいえ使い捨ての通常魔法カードだ。
そのカードの強力さをこの場にいる全員が瞬時に理解した。
「私はデッキのジェムナイト・ラピスとジェムナイト・ラズリーを墓地に送る! 神秘の力秘めし碧き石よ。今光となりて現れよ!
融合召喚! レベル5、ジェムナイトレディ・ラピスラズリ!」
ジェムナイトレディ・ラピスラズリ
レベル5
攻撃力 0
「攻撃力0……?」
「ブリリアント・フュージョンの効果で融合召喚したモンスターの攻撃力、守備力はどちらも0となる。けど当然、このままじゃ終わらないわ! 私は手札のジェムナイト・フュージョンを墓地に送り、ブリリアント・フュージョンのさらなる効果を発動! 一ターンに一度、手札の魔法カードを墓地に送る事でこのカードの効果で融合召喚したモンスターの攻撃力、守備力を相手ターン終了時まで元々の数値分アップさせる!」
ジェムナイトレディ・ラピスラズリ
攻撃力 0 → 2400
(ネフィリムに似てる……?)
ラピスラズリは巨大なネフィリムの胸に体を預けるようにその両手を広げた。
体の大きさこそ掛け離れているが、二人の姿はまるで親子か姉妹のように見える。
「さらにジェムナイトレディ・ラピスラズリの効果発動! デッキからジェムナイト・クリスタを墓地に送り、フィールドの特殊召喚されたモンスターの数×500ポイントのダメージを相手に与える! フィールドに存在する特殊召喚されたモンスターはラピスラズリとエルシャドール・ネフィリム、よって1000ポイントのダメージを与える!」
「なっ、ぐぅ……!」
KAMASE&ANZI
LP:3000
「いくわよ、バトル! まずはエルシャドール・ネフィリムでサイバネティック・ワイバーンを攻撃! 光焔ねね!」
「え? あ、う、バインド・オブジェクション……!」
突然の真澄の号令に戸惑いながらもねねはネフィリムに攻撃を指示する。
影糸が伸びると機械の飛龍を包み込み、光の粒子となって消えていった。
KAMASE&ANZI
LP:2700
「ラピスラズリで直接攻撃!」
「ぐぁああ!?」
KAMASE&ANZI
LP:300
「っ、おい鎌瀬! 何やってやがる!?」
「あ、慌てるな! 僕は速攻魔法、非常食を発動! 伏せカード一枚を墓地に送り、1000ポイントのライフを回復する!」
KAMASE&ANZI
LP:1300
黒門に煽られ、焦ったように鎌瀬が発動した魔法カードにより一気に残り僅かにまで削られたライフが回復する。
だが、黒門はさらに表情を怒りに歪めた。
「ばっ、テメェ何を勝手に俺の伏せカードを!」
「う、うるさい! ライフが尽きれば負けるんだぞ!?」
「ライフが尽きなきゃ負けねえだろうが!?」
言い争いを始めた二人に呆れ、真澄は溜息を吐くとターンエンドを宣言する。
「私はこれでターンエンド」
「……こ、光津さんは言わないんですね……」
「あら、あなたも言い争いが希望なの?」
妙に辱められた気がして、恨めし気にねねは真澄を見るが、真澄は片目を閉じ、楽し気に笑ってそう言うのだった。
「うぅ……」
そんな返しをされればねねは情けなく唸るしかない。
「くそっ、俺のターンだ! ……良し! 俺は手札から魔法カード、死者蘇生を発動! 墓地の魔轟神獣キャシーを復活させる!」
魔轟神獣キャシー
レベル1 チューナー
守備力 800
「そしてキャシーをリリースして、アドバンス召喚! 来い、魔轟神ディアネイラ!
魔轟神ディアネイラ
レベル8
攻撃力 2800
「こいつは魔轟神と名の付くモンスターをリリースした時、一体のリリースでアドバンス召喚出来る!」
現れたのは黒い悪魔の翼を持つ、新たな魔轟神。
「シンクロモンスター以外にもそんなモンスターが居たなんてね」
ネフィリムと並ぶ攻撃力を持つディアネイラを前に、しかし真澄の余裕は消えない。
この程度は彼女の予想の範囲内だ。そもそも、彼女の実力であれば今のターンで決着を着ける事も出来た。それをしなかったのは彼女のお人好しと言える性格故。
このデュエルの決着を着けるのは光焔ねねでなくてはならないのだから。
「バトルだ! ディアネイラでジェムナイトレディ・ラピスラズリを攻撃!」
「っ……」
MASUMI&NENE
LP:3600
「……ターンエンド」
ラピスラズリが破壊され、残されたのはネフィリム一体。
伏せカードのない今、残り1300のライフを削り切るには単純明快、1300以上の攻撃力を持つモンスターを召喚すればいい。
追い詰められ、鎌瀬の表情に焦りが浮かぶが、エンド宣言をした黒門はニヤリと笑みを浮かべた。
「私の、ターン……」
ねねがデッキからカードをドローしようとした瞬間、黒門が口を開いた。
「おい光焔」
「ひっ……は、はい……?」
「分かるよなあ?」
意味の通らない言葉。だがその言葉は、その視線は何よりもねねの心を穿つ。
ドローしようとする手が意思とは関係なく震え始める。
「っ、あんたねえ……!」
「おいおい、俺は別に何も言ってないぜ? ただ名前を呼んだだけ、そうだろ?」
黒門の言わんとしている事を察した真澄が怒りの表情で黒門を睨みつけるが、黒門は肩を竦めるだけだ。
苛立ちながら真澄は震えるねねへと視線を向ける。
「ちょっと光焔ねね! 馬鹿な事を考えるんじゃないわよ!?」
「っ……」
黒門と鎌瀬、そして真澄。
三人の視線がねねに集まる。それを自覚した時、ねねの震えはさらに強まる。
「あっ……」
ドローするはずの手が、思わずにデッキをディスクから取り落としてしまう程に。
『ERROR』
タッグフォースルールで起動していた四人のデュエルディスクが、予期せぬトラブルに同時にエラーを告げ、デュエルが強制的に中断される。
「っ……! あなた……!」
怒りに震えた声で真澄がねねを呼ぶ。
「おいおい、カードは大切にしろよ? けどまあ、中断しちまったもんは仕方ねえなあ?」
「あっ、ああ、そうだな! まあミスは誰にでもある、心の広い僕たちは許してあげようじゃないか!」
そんな捨て台詞を残し、鎌瀬と黒門はそそくさとデュエル場を去っていく。
普段の真澄ならばそれを見逃すような真似は決してしなかっただろうが、それを追う事も咎める事もせず、ねねから視線を逸らす事をせずに睨みつけていた。
「……」
「一体、何をしてるの……! デュエリストが、デッキを! デュエル中に取り落とすなんて!」
「す、すいませ――」
「謝罪の言葉が聞きたいんじゃない!」
真澄にとって、光焔ねねという生徒は決して仲が良い生徒ではなかった。融合コースに所属していた時でさえ、会話を交わしたのは数える程だ。だが、真澄にとってねねは共に恩師の下でデュエルを、融合を学ぶ大切な仲間だった。
融合コースを選択し、その生徒に選ばれながら自らコースを降りた時には憤りを感じた。多くの生徒や講師に対する裏切りであるとさえ感じた。
それでも今日、偶然見かけたねねを気に掛けたのは、彼女と同じ融合モンスターを使う少女との出会いが会ったから。
たとえ融合コースを去っても、それで強くなる事が出来るのなら、それで良いと思った。
けれどその結果がこれだった。
総合コースの生徒たちのカモにされ、あまつさえ自分と共に挑んだタッグデュエルをこんな形で終わらせられた。
自分のお節介が原因だと分かっていても、真澄は怒りを抑える事は出来なかった。
「どうして……? どうしてあなたはそうなの……! 光焔ねね!」
「っ……!」
悲痛にも聞こえる真澄の声に、ねねは大きく肩を震わせる。
「ごめんなさい……本当にごめんなさい……失礼、します……」
そして何も言い返す事無く、謝罪の言葉を残して真澄に背を向け、走り去っていく。
その背を追う事を、真澄はしなかった。
「……はぁ」
デュエル場に一人残された真澄は大きく溜め息を吐いた。
「どうしてこうなっちゃうのかしらね……」
ねねの性格は分かっているつもりだった。それでも抑えきれなかった自分の激情的な性格に対する溜め息だった。
「――光津さん?」
自己嫌悪と、でもやっぱりあの子も悪いわよね、という自己弁護に額を押さえる真澄に声が掛かる。
「どうかなさったんですか?」
「久守……」
「今、光焔さんが走って出ていくのが見えたんですが……」
不思議そうに小首を傾げ、真澄の様子を窺うのは久守詠歌、沢渡の取り巻きの少女だった。
「まあね……そういえばあなた、大丈夫だったの?」
デュエル前の鎌瀬の言葉を思い出し、真澄が問いかける。
詠歌や他の取り巻きたちにも何かを仕掛けているような口ぶりだったが、目の前の詠歌にそんな様子はまるでない。
「……? ああ、もしかしてさっきデュエルを挑まれた事ですか?」
「やっぱりあなたも絡まれてたのね。一応聞くけど、大丈夫だったの?」
「私、1ターン3キルって初めてしました」
「あ、そう」
こっちは心配するまでもなかったか、と真澄は苦笑した。
「それで、どうかしたんですか?」
「……そうね。聞いてもらった方が楽になるかしらね」
自分ともねねとも性格の違う詠歌になら、また違った意見が聞けるかもしれない。
そう考え、真澄は事情を説明するべく歩き出した。
この気持ちを落ち着ける為にも、どうせならこの子の淹れた紅茶を飲みながら、と考えて。
◇◆◇◆
……デュエルは嫌いじゃありません。
でも、
……みんな、私を苛めるから。私を責めるから。
光津さんから逃げるように、いいえ、逃げ出して私はLDSを飛び出した。
家に帰る気にもなれず、舞網市の何処かの公園のベンチに座り、そこでようやく付けたままだったデュエルディスクを外した。
「うぅ……」
LDSに入れば、何かが変わると思っていました。
こんな卑屈で臆病で弱虫な自分が、そんな自分を虐げる世界が、変わってくれると。
でも……。
「何も、変わってない……」
融合コースに入れても、シャドールたちと出会えても、何も変わらなかった。
デュエルが強くなっても、私は何も変われませんでした。
さっきのタッグデュエルでも、私は……。
学校も、LDSも、何も楽しくない。
私にとってこの世界は……
「地獄と同じです……」
デッキからネフィリムを取り出し、それを見つめながら呟く。
地上に堕ちた天使をモチーフにした融合モンスター。
自分を天使だなんて思うつもりはないけど、この子も私と同じ。
こんな世界に堕ちてしまったのが不幸なんです。
けど……この子は光。
闇属性のシャドールの中で唯一、真逆の属性を持つモンスター。
私にはそんな強さすら、ない。
人に流されて、自分を押し殺して……自分の意思なんて、何もない。
シャドール以上の人形。それが、私……。
――こんな私も、こんな世界も、全部なくなっちゃえばいいのに。
昏い、光焔ねねの心の闇。
だがそれは誰しもが心に抱えているモノ。
不幸が重なり、今はそれが肥大化しているだけだ。
現にねねはそんな卑屈な感情を抱えながらも学校にもLDSにも通い続けた。
それは自分が変わらなければならないと知っていたから。
それはいつか、変われるかもしれないという希望を抱いていたから。
だからねねはこうして落ち込みながらも、この生活を続けていく――はずだった。
「え……」
カードを胸に抱き、瞳を閉じていたねねはその手にあるエルシャドール・ネフィリムのカードが怪しげな光を放っている事に気づいた。
突然の出来事に混乱しながら、一体何が、とカードを覗き込む。
邪悪な『光の波動』をその目で捉えてしまう。
「あ――」
意識が遠退いていくのを感じる。
不快な感覚に、しかし抗う事の出来ないまま飲み込まれていく。
「――光焔ねね!」
遠退く意識の中、最後に見たのはもう一度謝らなければ、と決めていた相手だった。
「今の光は一体何なの……?」
LDSで詠歌と別れ、ねねを探して公園を訪れた真澄。
眩しい光に目を覆っていた腕を離し、ベンチで項垂れるねねに尋ねる。
「……」
「ちょっと、大丈夫っ?」
反応のないねねに駆け寄り、心配そうに声を掛けるとねねはゆっくりとした動作で顔をあげた。
「っ……」
ねねと目が合った瞬間、思わず真澄は息を飲んだ。
(この子、なんて目を……)
かつて、真澄は久守詠歌や柊柚子以前にねねの事を指して、目がくすんでいると評した事がある。
必要以上に他人の表情を窺い、自分の意思を伝える事も出来ず、他人の悪意にばかり気を取られる彼女に苛立っての発言だった。
しかし、今のねねの瞳はそんな次元にはない。
今、ねねの瞳は真澄を映してはいない。それは拭って取れるようなくすみではなく、何もかもを塗りつぶすような澱みに満ちた瞳だった。
「あなたは……ああ、光津さん、でしたか」
ようやく、ねねは言葉を発した。
「え、ええ」
瞳だけではない、先程までとは明らかに様子の違うねねに戸惑いながら、真澄はそれでもねねを案じる言葉を発する。
「あなた、大丈夫……?」
「ふふっ……ええ、大丈夫ですよ、光津さん」
「それなら、良いんだけど……その、さっきは悪かったわ。私も言い過ぎたし、それにデュエルに巻き込んだのは私だったのに……」
詠歌と話して、冷静になった真澄は先程の件を謝罪する為にねねを探していた。
色々な人間がいる。それは自分以上の実力を持ちながら、沢渡シンゴという男の取り巻きに甘んじている詠歌もそうだし、元は融合コースでありながら、実力で遥かに劣る者たちに脅えるねねもそうだ。
デュエルの強さだけが全てではない、そんな事は詠歌の事でとっくに分かっていたはずなのに、と真澄は思い出した。
未だに話が長くなるのが分かり切っているので聞いた事のない詠歌と沢渡の事も、ねねがどうしてあそこまで他人に脅えているのかも真澄は知らない。
それに本気で口出しをしようとするなら、まずはそれを知らなくてはならない。
そう決めて、真澄はねねともう一度話をしようとしていた。
「いいえ。もう良いんですよ、光津さん」
だが、そんな真澄の決心を秘めた謝罪を、笑みを浮かべながらねねは受け流した。まるでどうでもいいと言わんばかりに。
「さっきのデュエル、私が悪かったんです」
「いや、元は私があなたを巻き込んだのが……」
「あんな雑魚相手に背を向けるなんて、本当に……私がいけなかったんです。あのデュエルも、それに今までも」
「え……?」
ねねが発したとは思えない、相手を貶めるような発言に真澄は自分の耳を疑った。
真澄の知る限り、ねねは決してそんな台詞を吐くような少女ではなかった。たとえどう思っていても、それを口に出せばさらに苛められてしまう、そう考えて自らの胸の内に怒りも悲しみも不安も、全て抱え込んでしまうような、そんな子だったはずだ。
「そうだ、光津さん。私とデュエルをしてくれませんか? それで証明します。私があんな雑魚に負けるはずなんてないって事を」
口角を釣り上げた攻撃的な笑みを浮かべ、ねねは立ち上がる。そしてデュエルディスクを構え、真澄へと相対した。
「ちょっと、いきなり何を……」
「いいから構えてください。それとも逃げるんですか? さっきの私のように」
「っ……!」
そこまで言われて、引き下がれる真澄ではない。
一体ねねにこの短時間で何があったのかは分からない、だがデュエルをするというならむしろ好都合だ。
ねねにその気があるのなら、真澄はデュエリスト。言葉を重ねるより、デュエルを通して語り合う方が性に合っている。
「いいわ、そこまで言うのなら付き合ってあげる! それだけの大口を叩ける今のあなたとなら、楽しめそうだもの!」
あのねねが、デュエルを挑んできている。今までデュエルをしても、他人と向き合おうとしていなかったねねが。
ならそれを受けない理由はない。
「それに都合よく此処にはリアルソリッドビジョンシステムもあるしね!」
真澄もデュエルディスクを構え、右腕を掲げた。
「アクションフィールド・オン!」
二人のデュエルディスクと連動し、公園内に設置されたリアルソリッドビジョンシステムが稼働を始める。
フィールド魔法の設定をランダムに任せると、デュエルディスクが瞬時にフィールド魔法の選定を終える。
『フィールド魔法 クリスタル・コリドー』
運を味方につけたのは真澄。無数にあるフィールド魔法の中から選ばれたのは、真澄の得意とするフィールド魔法。
真澄の記憶によれば、ねねは通常のデュエルよりも身体能力を要求されるアクションデュエル自体をあまり得意としてはいなかった。そんなねね相手に自分の得意なフィールドが選ばれた事に、僅かに罪悪感を感じながらも、真澄は全力で相手をする事を誓う。
「……」
ソリッドビジョンによって公園内がクリスタルによって装飾された回廊へと変貌していく様子を、ねねはまるで初めて見るかのように興味深げに見つめていた。
「このデュエル、面白そうですね」
「……?」
「……さあ、始めましょうか」
目を閉じ、記憶を探るかのように僅かに思案した後、ねねが言う。
「……いくわよ! 戦いの殿堂に集いしデュエリストたちが!」
「モンスターと共に地を蹴り、宙を舞い」
「フィールド内を駆け巡る!」
「見よ、これぞデュエルの最強進化形」
「アクション!」
「デュエル!」「デュエル!」
MASUMI VS NENE
LP:4000
アクションフィールド:クリスタル・コリドー
「先攻は私よ! 私は手札から魔法カード、
「……融合、か」
真澄が発動したカードを見て、ねねは意味ありげに呟いた。
今更、融合の事を何故? そう思いながらも真澄はデュエルを続ける。
「このカードを発動したターン、私はジェムナイト以外のモンスターを特殊召喚出来ない! けれどその代わり、デッキからジェムナイトと名の付くカードを一枚手札に加え、ジェムナイトモンスターを融合召喚できる! 私はデッキからジェムナイト・サフィアを手札に加え、手札のジェムナイト・サフィア、オブシディア、ガネットを融合!」
一ターン目から、真澄のエースとも言うべきカードが姿を現す。ジェムナイト三体融合によって現れる、至上の輝き。
「堅牢なる蒼き意思よ、鋭利な漆黒よ! 紅の真実と一つとなりて新たな光を生み出さん! 融合召喚! 現れよ、レベル9!」
最悪ともいえる展開だが、ねねは表情を変える事無くそれを見つめていた。
「全てを照らす至上の輝き、ジェムナイト・マスターダイヤ!」
ジェムナイト・マスターダイヤ
レベル9
攻撃力 2900 → 3200
「マスターダイヤの攻撃力は墓地のジェムと名の付くモンスター一体につき、100ポイントアップ!」
「それがあなたのフェイバリット・カード、という奴ですか」
「あら、そういえばあなたに見せるのは初めてだったわね。ええ、そうよ。このカードは私が初めて三体のモンスターを素材に融合召喚に成功したカード、マルコ先生の期待に沿えた、私の誇りのカード!」
LDS、融合コース。LDSの中でも歴史の浅い三つのコースでは、真澄と同レベルにまで融合を使う生徒は少ない。
基本となる『融合』のカードを用いたフィールドのモンスター二体での融合、手札での融合、さらには亜種の融合カードやデッキ融合、『融合』カードを用いない融合など、融合コースのカリキュラムは段階を分け、無数に存在している。
複数の融合カードとデッキ融合を操る詠歌でさえ、三体以上の融合召喚を行った事はない。その代わり、彼女はシンクロとエクシーズをも扱う類稀なデュエリストではあるが……。
(それでも、私にとって融合は誇り! マルコ先生から教わった、私のデュエル!)
元は同じ融合コースとはいえ、融合でねねに、いや他の誰にも負けるつもりは真澄にはない。
「私はカードを一枚伏せて、ターンエンド」
「私のターン、ドロー。……ふふっ、成程……これが今の私のデッキ」
ねねはドローカード、そして手札のカードを見て笑う。
まるで今になって自分のデッキを知ったような反応だった。
「あなた、やっぱり何かあったんじゃ……」
「私は手札から影依融合を発動!」
「っ、そのカードは……!」
影依融合。そのカードの効果は真澄も良く知っている。何故なら、それを扱うデュエリストを二人、知っているからだ。
「このカードは相手フィールドにエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターがいる時、フィールド、手札に加えてデッキのモンスターを素材として融合召喚を行う事が出来る……私はデッキのシャドール・ドラゴンと――」
真澄の知る限り、シャドールの融合モンスターは三体。先程のデュエルでも姿を現したネフィリム、特殊召喚を封じるミドラーシュ、高い守備力を持つウェンディゴ。デッキのモンスターを素材とする以上、そのどれが現れても不思議はない。
だがこの状況で呼び出すならば……。
「デッキの光属性、アルカナフォース
「アルカナフォース……?」
それは確か、ランダムに選択されたカードの正逆の位置によって効果を変えるカードたちだったはずだ、と真澄は己の知識から探り当てる。
強力なカードだがギャンブル性の強い、ねねが好んで使うとは思えないカード。
「ふふふっ! 光が生んだ影に操られる哀れな人形よ、運命に翻弄される愚者と一つとなりて、新たな姿を現せ! 融合召喚! 現れろ、レベル8! 全てを滅ぼす光の
エルシャドール・ネフィリム
レベル8
攻撃力 2800
真澄がリアルソリッドビジョンシステムの中でそのモンスターと相対するのは初めての経験だったが、しかしそれでもこの異常を察知した。
この強大な威圧感は、本当にリアルソリッドビジョンによるものだけなのか、と。
「エルシャドール・ネフィリムの効果発動! このカードが特殊召喚に成功した時、デッキからシャドールと名の付くカードを墓地に送る! 私はシャドール・ビーストを墓地へ送る! 墓地へと送られたシャドール・ドラゴン、ビーストの効果発動! フィールドの魔法、罠カードを一枚破壊し、カードを一枚ドローする!」
「くっ!」
シャドール・ドラゴンの効果で破壊されたのは罠カード、ブリリアント・スパーク。ジェムナイトが破壊された時、元々の攻撃力分のダメージを相手に与えるカード。だがダイヤよりも先に破壊されてしまってはその効果を発動する事は出来ない。
「さらに私はアルカナフォース
「またアルカナフォース……!?」
アルカナフォースⅠ―THE MAGICIAN
レベル4
攻撃力 1100
やはり妙だ、そう感じながらもデュエルは止まらない。
「THE MAGICIANの効果、このカードが召喚に成功した時、正逆の位置によって効果を得る。さあ回りなさい、運命のタロット!」
ねねの頭上に、ソリッドビジョンによってカードが浮かび上がり、それが回転を始める。
「この回転を止めるのはあなたです、光津さん」
「……ストップよ!」
ゆっくりと魔術師のカードがその回転を止める。その位置は――
「逆位置……よって、このカードが存在する限り、魔法カードが発動する度、相手は500のライフを回復する。どうやらまだ運命は私に傾ききってはいないようですね」
「ふっ、慣れないカードを使うからそうなるのよ!」
「さて、どうでしょうか……バトル! エルシャドール・ネフィリムで、ジェムナイト・マスターダイヤを攻撃!」
「させるもんですか!」
ねねの攻撃宣言と同時に真澄は背後にある柱の影へと走る。開始時に散らばるアクションカードの位置はランダム、だがそれでもある程度の傾向はある。
「あった……! アクションマジック、透明を発動!」
「……へえ」
「このターン、マスターダイヤは相手のカードの効果の対象にならず、効果も受け付けない! よってネフィリムの効果破壊は無効となり、通常のバトルとなる! 返り討ちよ、マスターダイヤ!」
ネフィリムの背から伸びる影糸を切り伏せ、マスターダイヤはネフィリムへと剣を振り下ろした。
微動だにする事無く、ネフィリムはその剣に貫かれ、破壊される。
NENE
LP:3600
「アクションマジックが発動、墓地に送られた事によって私はTHE MAGICIANの効果により、500ポイントのライフを回復する!」
MASUMI
LP:4500
「本当ならこうしてアクションカードを利用して自分のライフを回復する算段だったんでしょうけど、THE MAGICIANは逆位置、そのモンスターがいる限り、私のライフは回復するわ。さらに私もあなたも融合使い、シンクロ召喚やエクシーズ召喚と違って、強力なモンスターを呼び出すには融合カードが必要不可欠! 自分のカードが裏目に出たわね!」
このデュエル、運は、運命は真澄に味方している。
「ふふふっ……成程、どうやら運命は今、あなたに傾いているようですね」
それを肯定し、尚もねねの笑みは消えない。
「だがそれでも、あなたの運命は変わらない」
「私の運命……?」
「そう。あなたは理解していない。THE MAGICIANが逆位置で存在する限り、アクションマジックが発動する度、さらに融合魔法を使う度にあなたのライフは回復する……だがそれはあなたの運命の終焉を僅かに遅らせているだけ。いいや、むしろライフを回復すればする程、終焉へと至る道は長く険しくなるという事をあなたは理解していない」
「一体、何を言って……」
普段のねねからは考えられない台詞に真澄はますます眉を顰める。
だが真澄の違和感はさらに爆発する。……ねねの豹変によって。
「もう既に! 貴様の滅びの運命は決まっている! だが愚かな貴様の抵抗の意思が運命を引き寄せた! 安らかな滅びではなく、辛く苦しい滅びの運命を!」
「っ……!?」
「まだ私のバトルフェイズは継続している!」
「THE MAGICIANを自滅させて、ライフの回復を止めるつもり……っ? でもそんな事をすればあなたは大きなダメージを受けるわ!」
豹変したねね。それに立ち向かう真澄。
ねねの背後にある強大な『破滅の光』の存在を感じ取れる者はこの世界には存在しない。
それを止められる力を持つ者も――
◇◆◇◆
「……? っくしゅん!」
「んだぁ? 風邪でも引いたか? 久守」
「い、いえ! 少し寒気というか悪寒が……?」
突如として身を襲った嫌な感覚に詠歌は首を傾げた。
それでも沢渡に心配をかけまいと誤魔化すように首を振る。
「ちっ、光津真澄の奴といい、今日はロクな事がねえしな……もう帰るか」
「そんな! 気を使わないでください、沢渡さん!」
「バーカ、お前に気を使ってるわけじゃねえよ」
「は、はい……」
沢渡はそう言うが、詠歌にとっては沢渡と一緒に過ごす時間に勝るものはなく、渋々と言った様子で頷いた。
だがそれを後押しするように、詠歌の頭に声が響く。
『っていうか”わたし”の体なんだから、もっと大切にしてくれない?』
「いやいや! むしろ沢渡さんと離れた方が体調不良に発育不良、前後不覚に意気消沈ってもんですよ!」
その声に即座に反論するが、すぐにしまった、と気づく。
「あー……分かったから今日は帰るぞ」
「あ、いや違うんです沢渡さん! いや違くはないんですが……ああ、もう!」
『ヒューヒュー。見せつけてくれるよね。その男のどこがそんなに良いんだか』
自分の心の内に宿るもう一人の声が囃し立て、さらに詠歌の表情が赤く染まっていく。
言い訳を考えながらも、詠歌は既に席を立った沢渡を追いかけた。
(……でも、今の感覚は一体?)
それでも、一縷の不安は拭いきれなかった。
(……”詠歌”、あなたは何も感じなかったですか?)
『別に? さっきの光津真澄の愚痴のせいで、自分でもあの光焔ねねって子の事が心配になっただけじゃない?』
(そう、なんでしょうか……)
納得できないまま、詠歌は沢渡と並び、LDSを跡にした。
(光津さん、大丈夫でしょうか……)
一話投稿当初のプロットではもっとこじんまりとした幕間的な話にするつもりでしたが、番外編という事で一気に規模を大きく変えました。
それに伴い、SS本編とは全く違う内容に、という事で詠歌の設定を改変。
漫画ARC-Vの遊矢シリーズのように詠歌と和解済。アニメのユートやアストラル的ポジションとなっています。
SS本編では書けなかった、二人の詠歌が協力する話となっています。
完結済みのSSをいつまでも引っ張るのも何なので、出来るだけ早い番外編完結を目指します。