沢渡さんの取り巻き+1   作:うた野

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※番外編です。本編とは関係のない話です。
 また、SS本編のネタバレが含まれます。


SS本編とは関係ない、TFSP記念番外編になります。時系列やここに至るまでの経緯も本編とは多少異なっていますが、あまり深く考えずに読んでいただければ。なお、TFキャラに関して一部オリ設定があります。
なお今回のメインは光焔ねねになります。詳しくはTFSP、またはデュエルカーニバルの両方をプレイすると幸せになれるかも。

未プレイの人の為の説明
光焔ねね
・TFSPでは舞網第二中学の生徒でLDSの生徒。TFSPでの沢渡さんの取り巻き(紅一点)。
・性格は臆病で卑屈。その性格から他の生徒には憂さ晴らしで良くデュエルの相手をさせられる。
・この番外編ではアニメ本編の取り巻きや久守が居るので取り巻きではありません。




TFSP番外編
『光焔ねねという少女』


「いくぜ、俺はギルティアで直接攻撃(ダイレクト・アタック)!」

 

NENE LP:0

 

 

「っ……」

「いやぁ勝った勝った! やっぱりデュエルはこうじゃねえとなあ!」

 

LDS デュエル場

 

解放されたコートの一角に、一人の少女と三人の男たちの姿があった。

 

「次は俺とだ!」

「え……でも……」

「相手してくれるよなあ? 光焔?」

「……は、い」

「さっさと決めてくれよ、その次は俺とだからな!」

「はははっ、任せとけよ、光焔相手なら5分もありゃ十分だっての」

 

光焔と呼ばれた少女に対し、入れ替わりで男たちはデュエルを挑んでいた。

だがそれは決して少女が絶えずデュエルを挑まれるような人気者、というわけではない。

これは男たちの憂さ晴らしだ。思う様に勝てなかったり、何かムシャクシャしたり、そんな時、彼らは決まって彼女にデュエルを挑んだ。

 

「サンダー・ドラゴンで直接攻撃!」

「きゃ……!」

 

NENE LP:0

 

 

「よし、次は俺~!」

「はい……」

 

彼女とのデュエルは彼らの心を晴らした。自らが描いた勝利を、そのまま形に出来る彼女とのデュエルは彼らにとって最高のストレス解消だった。

そして、今回のストレスの原因は――

 

 

「ったく、本当にイラつくぜ――‟沢渡”の奴!」

「次期市長の息子だがしらねえが、調子に乗ってるよな!」

「いつもいつもロビーを占領しやがって、邪魔なんだっての」

 

沢渡シンゴ。LDSにその人ありと言われる(と本人は思っている)男だった。

 

(……満足したなら、もう帰ってくれないかなあ)

 

口々に沢渡を非難する彼らを見ながら、少女はこの時間が早く終わればいいと願いながら、ただ黙って俯く。

こうしていればいい、デュエルで負けて、文句も言わずにいればこの時間は終わる。その時をただ黙って待ち続ける。

 

「あー! 沢渡の事思い出したらまたイラついてきた! よし、もう一度――」

 

もう一度、デュエルを。少女にとっては迷惑にもそう決めて、男たちは声を掛けようとした。その時だ。

 

 

「「おい」」

 

(え……)

 

少女の、光焔ねねの背後から彼らに向かって声が掛けられたのは。

 

「あん?」

 

「デュエルしろよ」

 

 

光焔ねねと男たちはその声に反応し、振り返る。そこに居たのは二人のデュエリスト。

 

「げっ……! お、お前らは!」

「――沢渡シンゴ!」

「それに――久守詠歌!」

 

件の沢渡シンゴとその取り巻きの一人、久守詠歌だった。

 

「全く人気者は辛いねえ、ただ其処に居るだけで嫉妬されちまうなんて」

「ですが沢渡さんに嫉妬するあなたたちは見苦しい限りです」

 

肩を竦める沢渡と、それに付き従うように半歩後ろで控えた詠歌は軽蔑の眼差しで男たち3人を見ていた。

 

「な、何だよ!」

「聞こえなかったんですか。私は、デュエルをしろと言ったんです。沢渡さんを前にして周囲が疎かになるのは仕方ありませんが」

「は、はあ? なんで俺達がお前らと……」

「沢渡さんに言いたい事があるんでしょう? 随分と楽しそうに話していましたから」

「だからこの俺が直々に相手してやるって言ってるんだ。遠慮する必要はないさ」

「デュエリストであるなら、デュエルを通した方が早いでしょう。それに、いくら沢渡さんが慈悲深く優しい方とはいえ、沢渡さんと直接デュエル出来るなんてその身に余る光栄です、今を逃したら次はないかもしれませんよ。……まあ、私がそうするんですが」

 

ボソリと最後の一言を誰にも聞こえないように詠歌が言ってから、沢渡はデュエルディスクを構えた。

 

「さあ、誰からだ?」

「うっ、く……」

 

さらに一歩前に出る沢渡に気圧されるように、男たちは一歩退く。

 

「……」

 

その様子を見て、詠歌は沢渡に提案をする。

 

「沢渡さん、やっぱり三人ずつ相手にしていたら沢渡さんの貴重な時間が無駄になってしまいます。ですから――」

「――成程ね、そりゃ手っ取り早い。おい、お前ら。俺はこいつとのタッグ、お前らは三人まとめてでいい。それとハンデだ、俺達のライフは共有、お前らは個別でいい。変則タッグデュエルだ」

「はあ!?」

「……沢渡、お前、いくらなんでも俺達を舐めすぎだぜ」

「いいぜ、やってやるよ! だがそこまで言ったんだ、俺達が勝ったらLDSから出てってもらおうか!」

「……最初に聞き捨てならない事を言っていたのはあなたたちの方ですがね」

「うぐっ……」

「ははっ、オーケーオーケー! LDSでも舞網市からでもいい、出てってやるよ。じゃあそうだな、俺が勝ったらお前らにはパパの宣伝を街中でして回ってもらおうか。そんな事しなくてもパパの当選は確実だが、少しでも多くの奴らにパパの名前と凄さを知ってもらいたいからな」

「ふん、決まりだな!」

 

3対2、それもライフのハンデもある。男たちは勢いづき、デュエルディスクを構えた。詠歌もディスクを構え、タッグモードを起動させる。

 

(……わ、私はどうすれば……)

 

その様子を背後で光焔ねねはおろおろと見ていた。

 

「「デュエル!」」「「「デュエル!!」」」

 

 

 

 

 

「俺は速攻魔法、帝王の烈旋を発動! お前のフィールドのアックス・レイダーをリリースし、アドバンス召喚! 現れろ、光帝クライス! そしてクライスの効果発動! こいつが召喚、特殊召喚に成功した時、フィールドのカードを二枚まで破壊し、破壊したカードの数、プレイヤーはカードをドローする。俺はお前らのフィールドの伏せカード一枚とトライホーン・ドラゴンを破壊する!」

「くっ……! だがこれでカードを二枚ドローできる……」

「罠カード、堕ち影の蠢きを発動。デッキからシャドールと名の付くカードを墓地に送ることで、フィールドの裏側守備表示のシャドール・モンスターを表側表示にする。私はデッキのシャドール・ドラゴンを墓地に送り、セットされたシャドール・ハウンドを表側表示に変更します。墓地に送られたドラゴンと、ハウンドのリバース効果を発動。あなたたちのフィールドの残る伏せカード一枚を破壊し、ハウンドの効果で墓地のシャドール・ビーストを手札に加えます」

 

(シャドール……)

 

結局、光焔ねねはその場に残る事を選んだ。もしここで逃げ出したら、また後でそれを理由に酷い事をされるかもしれない、という後ろ向きな理由からだが。

しかし今は沢渡と詠歌、二人のデュエルを食い入るように見つめていた。

 

「俺はカードを二枚ド――」

「さらに速攻魔法、マスク・チェンジ・セカンドを発動。手札一枚を墓地に送り、フィールドのシャドール・ハウンドと同じ属性で攻撃力の高いM・HEROをエクストラデッキから特殊召喚する――お伽の国から抜け出た猟犬よ、一夜限りの魔法で新たな姿を見せよ。M・HERO(マスクド・ヒーロー) ダーク・ロウ」

「融合召喚……噂は本当だったのかよ……くそ、俺はカードを二枚ドローする!」

「この瞬間、ダーク・ロウの効果発動。一ターンに一度、相手がドローフェイズ以外にドローした場合、相手の手札一枚をランダムに除外する」

「なっ!」

「相変わらず抜け目のない奴だな、お前は」

「沢渡さんとのタッグで無様な真似は出来ませんからっ。沢渡さん、お願いします!」

「おう。俺はクライスとダーク・ロウでプレイヤーに直接攻撃!」

 

 

 

流れるような動きで二人はデュエルを進めていく。

 

 

 

「シャドール・ビーストでアポイド・ドラゴンを攻撃! さらにクライスで直接攻撃!」

「くぅ……!」

「沢渡さん、お借りします!」

「ああ、好きにしろ」

「はい! 速攻魔法、神の写し身との接触(エルシャドール・フュージョン)を発動! シャドール・ビーストと光帝クライスを融合! 人形を操る巨人よ、お伽の国に誘われた堕天使よ! 新たな道を見出し、宿命を砕け! 融合召喚! エルシャドール・ネフィリム! ――直接攻撃!」

 

 

 

(……私も、あんな風にデュエルが出来れば)

 

それを見つめる光焔ねねは瞳は、羨望と嫉妬の色を帯びていた。

 

 

 

「エルシャドール・ネフィリムで真六武衆―ミズホを攻撃! そしてこれで最後だ、エルシャドール・ネフィリムをリリースし、アドバンス召喚! 来い、邪帝ガイウス! ガイウスの効果で俺たちのフィールドのシャドール・ファルコンを除外! 邪帝ガイウスの効果で除外されたカードが闇属性モンスターだった場合、相手に1000ポイントのダメージを与える!」

「う、うわああああ!!」

 

 

WIN SAWATARI&EIKA

 

 

「く、くそっ、覚えてろよ!」

 

ありきたりな捨て台詞を残し、走り去っていく三人には視線を向けずに二人はデュエルディスクを外した。

 

「お疲れ様でした、沢渡さん」

「おう」

「デュエル中に山部たちにケーキを買って来るように頼んでおきましたっ」

「気が利くじゃねえか。ならロビーに行くか」

「紅茶の準備も万全ですっ。ネオ沢渡さんに少しでも釣り合うよう、茶葉にも拘ってみたんです」

「良い心がけだ。せいぜい期待してやるよ」

「はいっ!」

 

三人だけでなく、背後のねねにも気づいた様子もなく、二人はデュエル場の出口へと向かっていく。沢渡の後ろをついて行く詠歌に何故か犬の尻尾を幻視しながら、ねねは二人を見送る事しか出来なかった。

 

「あ……どう、しよう。お礼、言った方が……でも、私の事なんて気付いてなかったし……」

 

沢渡シンゴと久守詠歌。その二人の事はねねも知っていた。悪評が目立つが、総合コースでも上位の腕前だという沢渡シンゴと、それを取り巻く4人組の一人、久守詠歌。融合コースの光津真澄も一目置く実力者だと聞いている。そして何より、それだけの実力がありながら沢渡シンゴを誰よりも尊敬し、付き従っていると。

 

(……帰ろう。どうせ私の事なんて、すぐに忘れる)

 

そしてまた、明日も学校では一人ぼっちで、LDSでは他の生徒たちにデュエルを挑まれる。そんな日常が始まる。お礼を言っても言わなくても、何も変わらない。

俯いたまま、ねねも出口へと向かう。今日はあの二人のおかげで少しだげ早く帰れる、そんな事を考えながら。

だからだろう、出口の前で腕を組み、立ちはだかっていた彼女に気付かなかったのは。

 

「きゃっ……」

 

案の定、ねねは彼女とぶつかり、尻もちを付くことになる。

 

「あっ、す、すいません……」

「謝る気があるなら、人の目を見て話したらどう。光焔ねね」

「す、すいませ――」

 

気の強そうな声で名前を呼ばれ、ビクリと肩を震わせ、恐る恐るぶつかってしまった相手を見上げる。

 

「光津、真澄、さん」

 

予想もしていなかった相手に、ねねの動きが一瞬止まるが、すぐに立ち上がり、慌てて頭を下げた。

 

「す、すいません、余所見をしてて、あの……本当に、すいません」

「まさかこんな事をしてたなんてね、見てられなかったわ」

 

ねねの謝罪を聞いているのか、真澄は無視して口を開いた。

 

「情けないわね、あんな連中のカモにされるなんて」

「っ……私は、光津さんみたいに優秀じゃない、ですから」

「だからそうやってされるがままにされてるわけ。自分は弱いから、仕方ないって」

「……そうです。私は、弱いから……それにデュエルをするだけ、ですから」

「デュエリストの言葉とは思えないわね。マルコ先生が聞いたら何て言うかしら」

「私の事なんて別に……」

 

卑屈なねねの言葉に、真澄は苛立つ。

 

(久守といい、どうしてこの子たちはこうなのかしら)

 

友人の姿を思い浮かべ、溜め息を吐いた。

 

「行くわよ」

「え……」

「あの子はそんなつもりはなかったでしょうけど、助けられたんでしょ。なら、礼の一つぐらい言いなさい。デュエリストじゃなくても、それぐらい当然の事よ」

 

踵を返し、デュエル場を出ていく真澄の背をねねは見つめる。

 

「さっさとする!」

「は、はいぃ!」

 

急かされ、今度こそ足を動かし真澄の後を追った。

 

(どうして今日に限って……うぅ)

 

涙目になりながらも真澄を追って、ねねはLDSの通路を進んでいく。真澄と一緒に居るからだろうか、注目されているような気がしてさらに俯いた。

 

「……光焔ねね」

 

暫く歩いた所で真澄が立ち止まり、ねねを呼んだ。

 

「は、はいっ?」

「あなたが前を歩きなさい」

「え、ええ……?」

「ほら、さっさとする。背を伸ばして、前を見て歩くっ」

「うぅ、はい……」

 

怒られ、というよりは叱られて渋々ねねは真澄の前に立ち、再び歩き始めた。

 

 

 

「ほら、居たわよ」

 

通路を抜け、LDSのロビーへと出ると真澄はすぐに目当ての人物を見つけた。

真澄の視線を追うと、奥のテーブルに座る沢渡とその傍でティーセットを用意する詠歌の後ろ姿が見えた。

普段から俯いて、周囲と目を合わせないようにしているねねは今まで気付かなかったが、先ほどの男たちが言っていた通り、ティーセットを広げて寛ぐ彼らは目立っていた。ロビーを占領する、という程ではないが。

 

「……」

「何してるのよ」

「……でも」

 

この距離からでも分かる。沢渡シンゴと久守詠歌。あの二人は楽しげに会話をしている。その中に割って入るには、とてつもない勇気が必要だった。

 

(邪魔になるだろうし、やっぱり……)

 

「はぁ」

 

背後で真澄が溜め息を吐いたのが分かる。呆れられている。いっそ見捨てて帰ってくれれば良いのに、と暗い感情が強くなる。

けれど、真澄が取った行動は真逆だった。

 

「行くわよ」

 

横に並ぶと、ねねの顔を見てそう言った。

 

「……はい」

 

有無を言わせぬ迫力を感じ取り、ねねは頷くことしかできない。重い足を動かし、真澄と共に沢渡たちが座る席へと向かった。

 

 

声を出せば耳に届くであろう距離まで近づいても、沢渡たちは二人に気付かない。真澄が目で合図を送る、声を掛けなさい、と。

 

「……あの」

 

あまりにも小さく、か細い声がねねの口から洩れる。これでも精一杯の勇気を振り絞った声量だった。

 

「――はい?」

 

けれどその声は彼女の耳に届き、少女、久守詠歌はねねの方へと振り返った。

その時、初めてねねは久守詠歌という少女をはっきりと視認した。

僅かに怪訝そうな表情と感情を紫色の瞳に宿らせ、長い黒髪を揺らして振り向いた久守詠歌を。

 

「何か御用ですか? ――光津さん」

 

しかし詠歌が見ていたのはねねではなく、その隣に立つ真澄の方だった。

 

「……私がそいつと一緒に居るあんたにわざわざ話し掛けると思う?」

「おいこら、それはどういう意味だ」

 

呆れを含んだ真澄の言葉に反応したのは沢渡だ。彼もまた、真澄の方を見ていた。

 

(やっぱり、さっきと同じで私なんて眼中にないんですね)

 

当然か、と自嘲する。真澄はこの二人と親交のある融合コースのエリート、自分は落ち零れの見ず知らずの生徒。二人の意識が真澄に集中するのは当たり前だ。

 

「そんなに気を遣わなくても……」

「私の気が滅入るのよ、あんたたち二人を一緒に相手にすると」

「……?」

 

意味が分からない、というように首を傾げた詠歌の瞳が俯いたねねを映す。

 

「では、そちらの方ですか?」

「え、あ……」

 

俯いていたねねが詠歌が自分の事を指しているのだと気付き、顔を上げると紫色の瞳に視線が交差する。咄嗟の事で意味のある言葉が紡げなかった。

 

「ええと、確か先ほどデュエル場に居た方、ですよね」

「あ……は、い」

 

頷くと、詠歌は何かに気付いて「あっ」、と声を上げた。

 

「申し訳ありません、もしかしてさっきの連中とデュエルをする所だったんでしょうか。だとしたら邪魔をしてしまいました」

 

連中、という言い方に毒を感じながらもねねは首を横に振った。

 

「気に、しないで下さい。……あの」

 

お礼を言わなくては、そう思いながらもどう切り出せばいいのか分からず、そこで言葉は途切れた。

 

「久守です。久守詠歌」

 

詠歌は自分の名前を知らないから言葉が途切れたのだろうと勘違いをして、微笑みながら名前を名乗った。

 

「……光焔ねね、です」

 

自己紹介をするのは久しぶりだ、とねねは思った。デュエルを挑んでくる生徒たちは皆、ねねの噂を聞いてやってくるねねが知りもせず、ねねを知ろうともしない生徒たちも多かったからだ。

 

「沢渡さん」

「好きにしろ」

「はいっ。――光焔さん、それに光津さんも如何ですか」

「え……」

 

そんな事を思っているなど知りもしない詠歌は沢渡の名を呼び、沢渡が頷いたのを見てケースから新しいカップを取り出すと、二人に問いかけた。

 

「……いただくわ」

 

そして真澄は一度ねねを見て、諦めたように瞳を閉じて頷いた。

 

 

 

「それで、まさかただあいつの茶を集りに来たわけじゃねえだろうな」

 

詠歌が新しい紅茶を用意する為に席を離れると、沢渡が真澄に対して偉そうに言った。

 

「失礼ね。あんたと一緒にしないでちょうだい」

「ふん、俺はあいつの茶を品評してやってるんだ。ま、お前には紅茶の違いなんて分からないだろうけどな。……んー、いい香りだ」

「知った風な事ばっか言って。あんたこそあの子の紅茶の味なんて分かってないんじゃないかしら。それにさっきの奴らとのデュエルだって、あの子が居なかったらどうなってたでしょうね」

「なんだ、見てたのか。この俺の華麗なるデュエルをっ」

「何が華麗よっ。あの子のサポートのお蔭でしょ」

「チッチッチ、分かってないなあ。あいつにも見せ場を作ってやったんだ。自分だけでなく相棒にも花を持たせてやる、それがこのネオ! 沢渡のタッグデュエルだ」

「本当に口が減らないわね……!」

 

二人の言い争いに耳を傾けながらねねは思う。

 

(……帰りたい)

 

そもそもただ一言礼を言うだけで良かったのに、何故紅茶をいただくことになっているのか。これではまたあの男たちのような連中に目をつけられる事になり兼ねない、いやでもあの状況で切り出せたかというとそれは……などと、ぐるぐると頭の中で考えが堂々巡りする。

 

(……この二人の間に入るのも無理です、大人しく久守さんが戻って来るのを待ちましょう……)

 

初めは沢渡と詠歌の間に入るのこそ無理だと考えていたねねだったが、この状況になってこの二人よりも詠歌の方が話しやすそうだ、と考えを改めた。

噂通り沢渡の事になると誰にも止められそうになかったが、彼が関わらなければ性格はこの二人よりも随分と自分に近い、大人しいタイプだった。彼女が戻ってきたら紅茶をいただいて、礼を言ってすぐに立ち去ろう。そう決めてテーブルを見つめて待ち続ける。

 

「そんなんだからあんな連中に好き勝手言われるのよ。ま、本当の事だけどね」

「ふん、持ってない奴らの嫉妬は見苦しいねえ。だが許そう、俺の心は広いからな」

 

(その割には容赦なく叩きのめしていましたけど……)

 

沢渡の言葉に先ほどのデュエルを思い返し、心の中でツッコミを入れる。

真澄はこう言っているが、先ほどのデュエルは決して詠歌だけでも、沢渡だけでもああはならなかっただろう。二人のそれぞれの実力と、何よりも息の合ったコンビネーションが生んだ結果だ。

 

「しっかし遅えな」

「遅いって今さっき用意しに行ったばかりじゃない。そんなにあの子がいないと落ち着かないのかしら?」

「何言ってんだ、お前。大伴たちの事だっつの」

 

嫌味たらしく言う真澄に呆れたように沢渡は返す。

 

(否定はしない、と考えるのは穿ちすぎかな……)

 

ベストパートナーにも見える二人のデュエルを見た後だからか、そんな事を考えてしまう。そんな事を考えても、自分には組む相手も居ないのに。

 

 

「――あいつらなら来ないよ。久守詠歌もね」

 

「……ああ? 何だ、お前」

 

突然ねねの背後から掛けられた声に、沢渡は不機嫌そうにその声の主を睨んだ。

 

「彼らにはちょっと痛い目を見てもらってるんだ」

「ちょっと、何よあんた。いきなり出てきて」

 

偉そうな物言いに真澄もまた不機嫌さを隠そうともせずに睨み付ける。

 

「おお怖い怖い、でも君に用はないんだ。僕があるのは……沢渡、お前だけだ」

「俺は用がねえ」

「君になくても僕にはあるんだよ。いや、僕たちにはね」

「そういう事だ」

「……っ」

 

いつの間にか現れたもう一人の男の姿を見て、僅かにねねの表情が強張った。

 

「好き勝手やってくれたみたいじゃねえか、沢渡。それに光焔」

「黒門、さん」

 

もう一人の男の名は黒門暗次、ねねをカモにデュエルを行っていた三人組が慕っている男だった。

 

「別にお前らに怨みはねえが、あいつらに泣きつかれてな。仇は討たせてもらうぜ。沢渡共々な」

「はっ、仇だぁ? それでまずはあいつらから、って訳か。やり口が小物だな」

「それをあんたが言う……?」

 

鼻で笑う沢渡を真澄がジト目で見るが、本人は気にした様子もない。以前自分がセンターコートで榊遊矢からペンデュラムカードを奪おうとしてやった事を忘れているのだろうか。

 

「それで? そっちの奴の言い分は分かった。逆恨みも良い所だけどな。けどお前は一体何の怨みがあって俺に喧嘩を売ってんだ」

「ッ……! 忘れたとは言わせないぞ、沢渡! お前の……お前の所の久守詠歌が僕にした事を!」

 

(こっちも逆恨みじゃないですか……)

 

「今度こそあいつの邪魔が入らない所で君を! 完膚無きまでに叩き潰してやる! この僕――鎌瀬ケンが!」

「……やれやれ、この俺に尻拭いをさせるとはな、偉くなったもんだぜ、あいつも」

 

呆れの混じった声と共に髪をかき上げ、白い歯を光らせながら沢渡は立ち上がる。

 

「いいだろう! この俺が二人まとめて相手を――「待ちなさい」俺に被らせるな!」

 

それを制して立ち上がったのは真澄だった。

 

「あんたを庇うみたいで癪だけど、あの子の紅茶に免じて許してあげる」

「はあ?」

「光津真澄……まさか君まで沢渡軍団に入ったと言うのか!?」

「何よその頭悪そうな集団は……そんな訳ないでしょ。ただこのままじゃいつまで経っても言い出しそうにないからよ」

「何を言ってるんだ……?」

 

(……すごく、嫌な予感が)

 

真澄の言葉に不吉な物を感じる。

 

「光焔ねね、手伝いなさい」

「……やっぱりぃ……」

 

名前を呼ばれ、涙目で真澄を見上げる。

 

「こうでもしないとあなたは何かと理由をつけて行動しないでしょ!」

 

(それは……そうかもしれませんが)

 

先程は詠歌が戻ってきたら、と決心したものの戻ってきたら戻って来たでまた新しい言い訳をしていたかもしれない、と自分を分析する。けれど、それでもこの展開は……。

 

「これでこの子の件はチャラ、あんたもそれでいいわねっ」

「何の事かは知らねえが、俺を抜きに話を進め――「い い わ ね」うぐっ……好きにしろ」

「……おいおい、まさかお前が俺の相手をするってのか? 光焔」

「ひっ……」

 

黒門の言葉にねねは怯えた声を上げる。下っ端とも言えるあの三人組にでさえ良いようにされていたのに、その上に立つ彼相手ではそれも仕方のない事だった。

 

「いいだろう、融合コースのエリートを倒したとなれば、家族も僕を認めてくれるだろうからね!」

「俺も構わねえよ。そいつにやる気があるならな」

「……」

「光焔ねね」

「……む、無理です。私なんて……」

 

視線が集中し、ねねはまた俯いた。

 

「ああ、もうっ! シャキッとしなさい! あなたはデュエリストでしょう! 言葉で語れないなら、デュエルで語りなさい!」

「うぅっ……」

 

真澄の言葉にねねは考える。デュエルをするのと、言葉でこの場を収め、その後で詠歌に礼を言う……どちらならやれるのか、悩みに悩んで、諦めと共に出た答えは。

 

「……分かり、ました。デュ、デュエルをするだけですよね……?」

 

「ええ。デュエルをして、勝つだけよ」

 

真澄は勝気な笑みを、ねねは卑屈な笑みを浮かべ、鎌瀬と黒門に対峙した。

 

「今からじゃコートは抑えられないからね、通常のデュエルでいいだろう。ついて来たまえ」

 

鎌瀬に先導され、二人は彼らを追ってロビーを跡にした。

そして、残された沢渡は――

 

「俺目当てだったくせに俺を無視すんな!」

 

一人、不満をぶちまけた。

 

 

 

 

 

LDS デュエル場

 

「僕の目的は沢渡だ。時間を掛けるのも勿体ない。タッグデュエルでいいかい?」

「奇遇ね、私もこんな事で時間を掛けたくなかったの」

「まあその方が楽しめるだろ、構わねえよ」

「……もう、好きにしてください」

 

諦めの境地へと至ったねねは頷き、デュエルディスクを構えた。

 

「決まりだね」

「足を引っ張らないでよ」

「頑張ります……」

 

「「デュエル!」」「「デュエル!!」」

 

KAMASE&ANZI VS MASUMI&NENE

 

LP:4000

 

「先行は僕だ! 僕はブラッド・ヴォルスを攻撃表示で召喚!」

 

ブラッド・ヴォルス

レベル4

攻撃力 1900

 

「さらにカードを一枚セットし、ターンエンド!」

「私のターン、ドロー! 私は手札からジェムナイト・フュージョンを発動! 手札のジェムナイト・エメラルとジェムナイト・アレキサンドを融合! 幸運を呼ぶ緑の輝きよ、昼と夜の顔を持つ魔石よ! 光渦巻きて、新たな輝きと共に一つとならん! 融合召喚! 現れ出でよ、幻惑の輝き! ジェムナイト・ジルコニア!」

 

ジェムナイト・ジルコニア

レベル8

攻撃力 2900

 

「いきなり融合召喚か……!」

「行くわよ! ジェムナイト・ジルコニアでブラッド・ヴォルスを攻撃!」

「させるか! 罠カード、オープン! 攻撃の無力化! モンスター一体の攻撃を無効にして、バトルフェイズを終了させる!」

「なら私は墓地のジェムナイト・フュージョンの効果を発動! 墓地に存在するジェムナイト・エメラルを除外する事で、ジェムナイト・フュージョンを再び手札に加える。さらにカードを一枚伏せて、ターンエンドよ。偉そうな態度の割に、伏せカードは随分弱気なのね」

「ふふ、好きに言うといいさ」

 

真澄の挑発には乗らず、鎌瀬は笑った。

 

「俺のターン、ドロー! 俺はカードを二枚セットし、チューナーモンスター、魔轟神オルトロを召喚!」

 

召喚されたのは歩行器に乗り、縫いぐるみを振り回して泣く赤子だった。

 

「チューナーモンスター……」

「シンクロを使うのはお前の仲良しの刀堂だけじゃねえんだよ! オルトロの効果発動! 手札を一枚捨て、手札からレベル3の魔轟神と名の付くモンスターを特殊召喚する! 来い、魔轟神獣ガナシア!」

 

魔轟神オルトロ

レベル2

攻撃力 800

 

魔轟神獣ガナシア

レベル3

攻撃力 1600

 

「さらに! 最初に伏せた魔法カード、死者転生を発動し、手札を一枚捨て、墓地のモンスターカードを手札に加える! 俺はオルトロの効果で墓地に送った魔轟神ミーズトージを手札に加え、たった今墓地に捨てた魔轟神獣キャシーの効果! フィールドで表側表示になっているカード一枚を破壊する! 破壊するのは当然、ジェムナイト・ジルコニア!」

「くっ……!」

「さあ、いくぜ! レベル3の魔轟神獣ガナシアにレベル2の魔轟神オルトロをチューニング! シンクロ召喚! 現れろレベル5、魔轟神レイジオン!」

 

魔轟神レイジオン

レベル5

攻撃力 2300

 

光が重なり、現れる新たな魔轟神。腕を組み、悪魔の翼を広げたその姿は見る者を威圧した。

 

「レイジオンの効果発動、こいつがシンクロ召喚に成功した時、手札が一枚以下なら二枚になるようにドローする! 俺の手札は1枚、よって一枚ドローする!」

「その為に最初にカードを伏せたのね……」

「魔轟神レイジオンで直接攻撃!」

 

壁となるモンスターは真澄たちのフィールドにはもう居ない、この攻撃が通れば一気に半分以上のライフを削られる。

 

「罠発動! 和睦の使者! このターン、相手モンスターから受ける戦闘ダメージは0になる!」

「防いだか。俺はこれでターンエンド」

「君こそ随分弱気なカードじゃないか」

「失礼ね、これも戦略よ」

 

お返しとばかりに投げかけられた言葉を意にも介さず言い放つ真澄。先程の沢渡の事を言えたものではないのかもしれない。

 

「さあ、次はあなたのターンよ、光焔ねね」

「は、はい……私のターン、ドロー……私はモンスターをセットして、カードを二枚伏せてターンエンド、です」

 

先行だった鎌瀬はともかく、他の二人と比べてあまりにも早過ぎるターンエンドだった。

 

「くっくく、その防戦一方なプレイングも戦略なのかい?」

 

馬鹿にしたように笑う鎌瀬に対してねねは卑屈な笑みを浮かべるだけで、真澄もまた何も答えなかった。

 

「僕のターン! ブラッド・ヴォルスをリリースし、アドバンス召喚! 現れろ、サイバティック・ワイバーン!」

 

サイバティック・ワイバーン

レベル5

攻撃力 2500

 

「バトル! サイバティック・ワイバーンで裏守備モンスターを攻撃!」

 

翼竜がその爪を振り上げ、セットモンスターを攻撃した。何の抵抗もなく破壊され、再び彼女たちのフィールドはがら空きとなる。

しかし、

 

「……セットモンスターはシャドール・リザード。リバース効果を発動、します。相手フィールドのモンスター一体を破壊する……魔轟神レイジオンを破壊、します」

 

爪に引き裂かれた蜥蜴は、影糸に操られるままレイジオンへと掴みかかり、道連れとした。

 

「シャドール、だって……!?」

「おい、俺のレイジオンがやられちまったじゃねえか!」

「馬鹿な、何で君がそのカードを……!」

「罠カード、影依の原核(シャドールーツ)を発動、モンスターとして守備表示で特殊召喚します」

 

影依の原核

レベル9

守備力 1950

 

不気味な輝きと瘴気を放つ原核ががら空きとなったフィールドへと現れる。だがそれだけでは終わらない。

それを真澄と、鎌瀬は知っていた。二人の予想は正しい。残された後一枚の伏せカード、それがある。

 

 

「速攻魔法、神の写し身との接触を発動。手札のシャドール・ドラゴンとフィールドの影依の原核を融合――」

 

 

鎌瀬は感じる。魔轟神に勝るとも劣らない威圧感を。思い出す。かつて感じた敗北感を。

 

 

「出でよ神の写し身……地上(じごく)に落ちてきた巨人……エルシャドール・ネフィリム」

 

 

エルシャドール・ネフィリム

レベル8

攻撃力 2800

 

二人のフィールドに降り立ったのは沢渡と詠歌のデュエルにも姿を現した、巨人だった。

 

(私にとって地獄とは……他人の事です)

 

 

――彼女の名は光焔ねね。

卑屈で臆病な――‟元”融合コースの生徒。

 




番外編について

・まさかの再登場の鎌瀬くん。
・真澄ちゃんは世話好きの姉御肌。
・本編でも傍から見た沢渡さんと久守はこんな感じです。

前書きでも書いたように、本編とは異なる設定ですので深く考えずに適当に脳内補完してくだされば。


冒頭のタッグデュエルの描写は不自然な所がありますが、アニメ的演出と捉えてください。

TFSPの発売がもっと早かったらねねちゃんが主人公になっていたでしょう。


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