沢渡さんの取り巻き+1   作:うた野

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『満たされぬ魂』

AIKA LP:3300

EIKA LP:1200

 

「おいで、マドルチェ・プディンセス――ショコ・ア・ラ・モード!」

 

マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード

ランク5

攻撃力 2500 → 2200

ORU 2

 

白のドレス、白いティアラ、その全てを黒く染め、彼女は氷上に降り立った。

 

「……それが‟私”の答えなのかい」

「いいえ、違う。これは私の想い。答えを探す為の力、一緒に見つける為の姿。私はまだ見つけられてなんかいない」

「そんな迷いの中で生み出した力で、何が出来る? 僕が聞きたいのはそんな言葉じゃない……! もういい、迷っているならその迷い、僕が終わらせてあげる。迷う事も悩むこともない、今度こそ本当の終わりをあげる……!」

「あなたに終わらせたりなんかしない! 終わりの時は、私が自分で決める!」

 

いつか必ず来る終わり。私は既にそれを一度経験したはずだった。

それでも尚こうして立っている。ならせめて、今度の終わりは自分の意思で。後悔する事なんてないように、満ち足りた終わりを。

 

「罠カード、マドルチェ・マナー! このカードは墓地のマドルチェ一体をデッキへと戻し、プディンセスの攻撃力と守備力を800ポイントアップさせる! マドルチェ・ホーットケーキをデッキに戻す!」

 

マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード

攻撃力 2200 → 3000

 

「それでもまだアクセスには届かない!」

「マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モードの効果発動! プディンセスをオーバーレイユニットとしたこのカードが存在し、マドルチェと名の付くカードが墓地からデッキへと戻った時、オーバーレイユニットを一つ使い、デッキからマドルチェ一体を特殊召喚する! おいで、マーマメイド!」

 

マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード

ORU 2 → 1

 

マドルチェ・マーマメイド

レベル4

攻撃力 800 → 500

 

「ッ――また、マドルチェ……!」

「さらにマドルチェ・マナーのもう一つの効果により、墓地からシャドール・ビーストをデッキへと戻す!」

 

見せてあげます、私たちの舞台を。

 

「マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モードのもう一つの効果! 一ターンに一度、墓地のマドルチェと名の付くカードを一枚、デッキへと戻す! マドルチェ・マナーをデッキへと戻し、残るオーバーレイユニットを一つ使い、効果発動! おいで、バトラスク!」

 

マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード

ORU 1 → 0

 

マドルチェ・バトラスク

レベル4

攻撃力 1500 → 1200

 

「レベル4のマドルチェが二体……!」

 

プディンセスの背後に、彼女を見守るように控える二人の従者。その二人もまた、光へと姿を変えた。

 

「レベル4のマーマメイドとバトラスクでオーバーレイ! エクシーズ召喚! 舞台を彩れ、お菓子の女王! クイーンマドルチェ・ティアラミス!」

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

ランク4

攻撃力 2200 → 1900

ORU 2

 

氷上に揃う、お菓子の女王と姫。これが今の私の全力。これが今まで紡いで来た思い出たち。

 

「ティアラミスの効果発動! オーバーレイユニットを一つ使い、墓地のマドルチェと名の付くカード2枚までデッキに戻し、さらに相手フィールドのカードを同じ数持ち主のデッキに戻す! 私はオーバーレイユニットとして墓地に送られたプディンセスとマーマメイドをデッキへ戻す。そして逢歌、あなたのフィールドのクリフォート・アクセスとペンデュラムゾーンのクリフォート・シェルをデッキへと戻す!」

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

ORU 2 → 1

 

「くッ……!」

「クリフォート・シェルがペンデュラムゾーンから離れた事により、私の場のモンスターの攻撃力は元に戻る!」

 

マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード

攻撃力 3000 → 3300

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

攻撃力 1900 → 2200

 

虚空海竜リヴァイエール

攻撃力 1500 → 1800

 

「攻撃力、3300……!」

「逢歌、あなたも同じです。迷いながらでも答えを探す、その力を私たちは受け取ったはずだ!」

「ッ、知らない! 僕は逢歌、アカデミアの逢歌だ!」

「ならッ! ならなんで‟私”と呼ぶのッ? あなたが本当にアカデミアなら、どうして私を自分と重ねるの!」

「それは――」

「あなたは逃げているだけだ! 逢歌の体を奪い、二度目の生を受けてしまった、その罪悪感から! 私と同じ罪から!」

「ッ――!」

 

たとえ同じ記憶を持っていても、本当に彼女がアカデミアの人間なら、私と自分自身を重ねたりはしない。

それをしたのは私と同じように心があるからだ、詠歌と私のように、逢歌と彼女にも。

 

「たとえ体を奪い、名前を借りても私たちは他の誰かになんかなれはしない! それでも進むんだ! 私たちが私たちである限り、あの子との約束を嘘にしない為に!」

「うるさい……うるさいうるさいうるさい! ‟君”に何が分かる! 僕は君とは違う! 君なんかとは全然違う! 君はッ、‟私”なんかじゃない!」

「ええ、そうです! 私は私! 詠歌とも、あなたとも違う! たとえどれだけ姿形が同じでもっ、たとえ同じ記憶を持っていても、私たちは同じじゃない! あなたに何があったのかは知らない、どうしてこんな事になったのかも分からない! それでも! 私はあなたとも思い出を作りたい! この世界で、あの子たちを知る人と出会えた幸運に感謝してる!」

 

逢歌。あなたの存在が、私を肯定してくれた。あの子たちとの思い出を知る人が居て、あのプディングに込めた想いを知るあなたが居て、私は救われた。だから信じて進んでいける。あの子との約束を果たしていける……!

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「たとえ体を奪い、名前を借りても私たちは他の誰かになんかなれはしない! それでも進むんだ! 私たちが私たちである限り、あの子との約束を嘘にしない為に!」

 

詠歌と逢歌。その姿を借りた二人の少女たち。

その戦いを一人、彼は見守る。

 

「久守……」

 

以前、彼女の部屋で聞いた彼女の嘆き。

今、彼女がそれに一つの答えを見つけようとしている。

 

「うるさい……うるさいうるさいうるさいッ! ‟君”に何が分かる! 僕は君とは違うッ、君なんかとは全然違う! 君は――‟私”なんかじゃない!」

 

沢渡には彼女たちが苦しんでいる理由は理解できない。だからこそ歯痒い思いをした。だから悔しい思いをした。それは今も変わらない。

だが、彼もまた約束したのだ。

彼女の戦いを見届ける、と。

 

「俺が見てるんだ。勝ちやがれ……!」

 

デュエルにだけではない。自分自身を責め続けるジレンマに。

 

「ええ、そうです! 私は私! 詠歌とも、あなたとも違う! たとえどれだけ姿形が同じでもっ、たとえ同じ記憶を持っていても、同じ約束を交わしていても! 私たちは同じじゃない! あなたに何があったのかは知らない、どうしてこんな事になったのかも分からない! それでも! 私はあなたとも思い出を作りたい! この世界で、あの子たちを知る人と出会えた奇跡に感謝してる!」

「僕との思い出……? 有り得ないッ、君と僕の間にあるのは深い失望と怒りだけだ! どうしてこんなにも違う! どうしてそんな風に、自分勝手に生きていけるッ、君は!」

 

そして何より、彼女と同じ苦しみを抱いている逢歌に。

 

「勝て、久守……!」

 

「勝手に期待して、勝手に失望して、自分勝手なのはあなたも同じだ! 言葉にしなきゃ分からない! 抱えるのは勝手だ! けどそれを理由に他人を傷つけるな! 一人で抱え続ける強さなんてないんだったら!」

「強さならあるさ! 他人に縋り続ける君なんかより! それはこのデュエルで負けても何も変わらない! 僕はっ、アカデミアの逢歌だ! ――さあ、攻撃して来なよ! そして思い知ればいいッ、たとえ僕を倒しても君は何も出来ない! こんな遊びに何の意味もないって事を!」

「意味ならある……! それを今、証明してあげます! いくよ、プディンセス!」

 

以前、自分とのデュエルで見た時とは装いを変えたお菓子の姫が頷く。

ただデュエルの決着を着ける為だけではない。その先に在る何かを掴む為に。

 

「マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モードで攻撃――」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

証明してみせる。逢歌が何を抱えているのかは分からない。けれど同じだ、かつての私と。一人で勝手に抱え、最後にはそれを暴走させた私と。

だから分かる事がある。一度振り上げた拳は振り下ろすしかない。なら、思いっきり振り下ろせばいい。私にはその拳を受け止めてくれた人が居た。私を立ち上がらせてくれた人が居た。

今度は私が受け止める番だ。今度は私が、支えてあげる番だ。

 

「――鳴り響け!」

 

私にも、逢歌にも、一人で生きていく強さなんてない。ううん、きっと誰にもそんな強さなんてない。

だから縋って生きていくんだ。だから支え合って生きていくんだ。

友情、愛情、絆、呼び方は様々だけど――それは決して、弱さとは呼ばないはずだ。

 

「人形たちの組曲! スイーツ・アンサンブル!」

 

プディンセスはまるで指揮者のようにその指を振り上げた。それに呼応し、人形たちが踊る。歌う。響かせる。私たちの想いを届ける為に。

 

「――っは、あはははははは!」

 

私を嘲るように笑い声を上げる逢歌を包み込むように、人形たちは彼女へと手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

――けれど、その手は逢歌へは届かない。

 

「――!?」

 

それに驚愕したのは私ではなく、逢歌の方だった。

 

「……なんで……!」

 

笑みが消える。怒りと嘆きを孕んだ叫び。

 

「なんで……! なんでお前が出て来る!?」

 

私にはそれが、今にも泣きだしそうな、子供の声に聞こえた。

 

「違う……! 僕は違うっ、僕は、僕は!」

 

人形たちの手を遮る巨大な光の渦。そして其処から‟浮上”する――

 

「僕はッ――満たされぬ魂なんかじゃない!」

 

――S・H・Ark Knight(満たされぬ魂を運ぶ方舟)

 

「これが証明です、逢歌」

「ッ――!」

「負ければ何かが変わってしまう。それが嫌で、認めたくなくて、だから……」

 

ゆっくりと私たちの上空へと浮上した方舟を見上げ、言う。

 

『『ERROR』』

 

私と逢歌、二つのデュエルディスクが異常を起こし、デュエルが強制的に中断される。

 

「決着を着けましょう、逢歌」

 

私たちに相応しい方法で。

 

「一体何を……ッ!?」

 

私を睨む逢歌の体が光の粒子となって方舟へと昇って行く。

それを追うように私も一歩、方舟へと近づいた。

 

「おい、久守!」

 

それを沢渡さんが呼び止める。

 

「すいません沢渡さん、少し、行ってきます」

「行くって何処にだよ!? 何なんだ、それ!?」

 

リアルソリッドビジョンシステムで形成されたアクションフィールドの中でさえ、異常な存在感を放つ方舟を指さし、沢渡さんが言う。

 

「心配しないでください! 必ず戻ってきます! ――逢歌を連れて!」

 

逢歌と一緒に彼女が封印されたカードまで連れて行かれては困りますからね。

それにきっと、あそこには答えがあるはずなんだ。

 

「信じてください!」

「……」

「沢渡さんは他の人たちをお願いします! 多分、あそこに行けるのは私だけですから」

 

沢渡さんにはきっと、その資格がない。そしてこれからもその資格を得る事はない。きっと沢渡さんの未来は光に溢れているはずだから。

 

「だから、行ってきます!」

 

沢渡さんに一礼して、私はもう一歩を踏み込んだ。

体が光の粒子へとなっていく。恐怖はない。あるのはただ、彼女たちを連れ戻すという変わらない気持ちだけ。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「久守……!」

 

光となって方舟の中へと消えた少女の名を呼ぶ。けれど返事はない。そしてやがて、方舟も霧散するように消えた。

 

「……何がどうなってんだ……」

 

一人残された沢渡は呆然と立ち尽くすしかない。途方に暮れる沢渡の耳に、足音が聞こえた。

 

「――ねえ! 此処で何かあったのかい!?」

「ああ……?」

 

混乱したまま振り向くと、そこには二人の少年が立っていた。

 

「あれ? 君は確か、遊矢くんと一回戦で戦った……」

「沢渡とか何とか言う奴やないか。なんで負けた奴が此処におんねやっ?」

「……何だ、お前ら?」

 

何処かで見たような、しかし記憶には残っていない顔ぶれ。

 

「僕は茂古田未知夫、このバトルロイヤルの参加者だよ」

「……わいは大漁旗鉄平」

 

微笑みながら名乗る茂古田と、対照的に仏頂面で名乗る大漁旗。

その名を聞いて、ようやく彼らが大会参加者である事に気付く。

 

「今、アカデミアとかいう侵略者がこの会場に侵入してる。遊矢くんに話を聞いて、僕たちは柊柚子って子を探してるんだ」

「わいは別にそんなつもりはあらへんのに……」

「チッ、柊柚子なら此処には居ねえぜ。どっかに消えちまった」

 

苛立ちながらも沢渡が答えた。

 

「消えたっ?」

「なんやお前、それを黙って見てたんか?」

「事情も知らねえ奴は黙ってろ! ……とにかく此処に柚子は居ねえ。他を探すんだな。榊遊矢たちもそれを知って今はアカデミアの連中を探してる。アカデミアはまだ四人残ってるからな」

「後四人……」

「ちょお待てや! 何でそんな事を参加者でもない奴が知ってんのや? 実はお前もアカデミアとかいう連中の変装なんじゃないんか?」

「俺は赤馬零児の頼みを聞いてやって来てんだよ」

「赤馬零児の……? それじゃああの久守って子も……」

 

顎に手を当て、思案しながら茂古田が呟く。

 

「お前、久守を見たのか!? 何時、何処で!」

 

その名に反応し、沢渡は掴みかかるように問い詰めた。

 

「お、落ちついて! 僕が彼女と会ったのは大会が始まってすぐの頃だよ! 密林エリアでたまたま会って、それっきりだ!」

「クソ……!」

「君はあの子の知り合いなんだね? 彼女に何かあったのかい……?」

「……分からねえ」

 

絞り出すように沢渡は言う。未だに彼女の身に何が起きたのか、理解は出来ない。

 

「……とにかく他の人たちを探そうッ。アカデミアが何処に潜んでいるのか分からない以上、他の参加者にも伝えなきゃいけないし、柊さんや久守さんも探さないと!」

「だからなんでわいまで……」

 

茂古田の言葉に沢渡は沈黙する。

 

――『沢渡さんは他の人たちをお願いします!』

 

答えは決まっていた。

 

「……はっ、そんな面倒くせえ事やってられるかよ」

「ほらぁ! こいつもそう言ってるし、な?」

「残りのアカデミアをぶっ潰しゃ済む話じゃねえか!」

「そうそう残りのアカデミアをぶっ潰――ってなんでやねん!?」

「沢渡くん……うん、そうだね!」

 

茂古田は微笑み、力強く頷いた。

 

「さっさと行くぞ」

「うん!」

「おい、お前」

「へ? わい?」

 

一人ぶつぶつと呟いていた大漁旗を呼び、沢渡は自身の背後を指した。

 

「そこで寝てる奴を連れて来い」

 

即ち方中ミエルを。

 

「その子は?」

「良く分からねえがただ気絶してるだけだ。放っておくわけにもいかねえだろ」

「そうだね……鉄平くん、お願い出来る?」

「な、なんでわいが……」

 

がくりと肩を落としながら、渋々と言った様子で大漁旗はミエルを背負った。

このまま駄々を捏ねて一人置いて行かれるのも不安だからだろう。

 

「おら行くぞ! このLDS最強の男、沢渡シンゴが全部さくっと終わらせてやるよ」

「初戦敗退の癖に偉そうに……」

「何か言ったか!?」

「まあまあ……さ、行こう」

 

茂古田がいがみ合う二人を宥めながら、彼らは氷山エリアを跡にした。

 

「……」

 

その直前、沢渡は一度だけ背後を振り返る。少女が消えた場所を、方舟が浮かんでいた空を。

 

「……待ってるからさっさと戻って来い」

 

次の一歩にもう、迷いはなかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

――奇妙な浮遊感が終わる。静かに目を開く。

 

「此処は……」

 

目の前に広がっていたのは、見覚えのある景色だった。

白い天井に白い壁、白いベッド、そして鼻を刺す消毒液の独特な臭い。

忘れるはずのない、私の終わりに見た景色だった。

 

「……」

 

僅かに、心臓が嫌な高鳴りをする。

一度大きく息を吐き、それを抑えた。

そうする事で見えて来る。私の記憶とは違うものが。

 

「……」

 

私が使っていたベッド、その隣のベッドに腰掛ける少女の姿が。

 

「逢歌」

 

その背にそう声を掛ける。彼女は振り向かない。近づき、私が使っていたベッドへと腰掛ける。

 

「決着を着けましょう」

「そうだね……此処ならさっきみたいな事は起きない。何せ方舟の中だからね……逃げ場は、ない」

 

此方を振り向く事なく、彼女は口を開く。

彼女の言葉に呼応するように、その腕に光が集い、デュエルディスクが現れた。

 

「いいえ」

 

それを否定する。私たちに相応しい決着はデュエルじゃない。

 

「デュエルは遊び、そう言いましたね。あなたの言う通り、私たちにとってデュエルは遊びでした。大切な友達から教わった、大切な遊び。争いの道具でも、自分の意思を押し付ける為のものでもない」

 

だから、私たちの決着には相応しくない。

 

「……一つ、おはなしをしようか」

 

デュエルディスクが霧散して消える。

そう、私たちがするべきなのはデュエルじゃない。

――言葉を交わす事だ。

 

「昔、一人ぼっちの女の子がこの病室で生涯を終えた。それまで四人の同室の患者たちを看取った少女だけれど、彼女を看取る者は誰も居なかった」

「……」

 

ただ黙って彼女のおはなしに耳を傾ける。

 

「今際の際で少女の脳裏に過ぎるのはこの病室での思い出。小さい女の子、優しげなお兄さん、少し怖いお姉さん、朗らかなおじいさん、彼女たちとの思い出。彼女たちと遊んだ思い出。それを思い出しながら少女は永遠の眠りにつきました……おしまい」

「……でもそのおはなしには続きがあります。満たされる事なく眠りについた少女の魂は、方舟に乗って世界を渡った」

「続きなんてないよ」

 

そこで彼女が振り向く。髪に隠れ、その表情は窺えない。

 

「……続きなんて、あっちゃいけない。これで物語は終わり。誰の記憶からも薄れ、やがて完全に消えていく。それが結末であるべきなんだ」

 

髪の間から僅かに覗いた彼女の瞳は、酷く疲れているように見えた。

 

「……でも、私たちの物語は続いている」

「……終わっているはずだった。終わるべきだった。終わらなきゃおかしいんだよ」

 

暗い、昏い声。

 

「僕たちは一人ぼっちでこの病室で終わりを迎えた。でもそこに至るまでには色々な出来事があった。遊んで笑い、話して笑い、見て笑い……そんな笑顔になれるような出来事が。幸せな記憶が。それなのに満たされなかった……? ふざけるな……そんな勝手があっていいはずがない。僕は幸せだった。みんなと出会えた事に感謝している。満足していた。いいや、満足していなかったとしても、それは他のみんなも同じはずだ。僕一人だけが続きを望んで、それが叶えられていいはずがない」

「……そうですね」

 

決して不幸なだけの人生ではなかった。私は笑っていた。楽しい思い出も、幸せな思い出も、たくさんあった。

 

「他人の体を奪い、生きながらえるなんて耐えられない。そこで終わっていれば良かった……! 続かなくて良かった……! たとえ終わっても、次の新しい始まりがあればそれで良かったはずなんだ……!」

 

……そうですね。魂という概念があるならば、きっと終わりを迎えた魂は新たな始まりを迎える。新しい自分に宿り、新しい人生を歩むはずだ。

一人一人、誰もが物語の続きを願い、でも決して叶わずに新しい物語を始めていく。それが当然の摂理で、当たり前の原理だ。

その当たり前から外れてしまった理由、方舟に運ばれた理由。私が詠歌に、彼女が逢歌に宿ってしまった理由。

 

「……彼女たちもまた、願ったから。何故私なのかは分からない、何故あなたなのかは分からない。でも、私たちは同じ願いで繋がった……私と詠歌、あなたと逢歌――‟二つ”の満たされぬ魂を繋ぐ為、方舟は動いた」

 

……多分、それが理由。

誰もが願う中、私たちだけが運ばれた理由。

二つの満たされぬ魂が、方舟を動かした。

 

「そうだね……僕も愚かにも続きを求めた。終わりたくない、そう願った。だからこうして方舟がまた現れた……君はまだ見ていないんだね。この体の持ち主の記憶を」

 

彼女は自嘲の笑みを浮かべる。

 

「ええ。詠歌はまだ何も話してくれませんから」

「……僕は見たよ。逢歌の記憶を。彼女の絶望を」

 

そうして彼女は語り始めた。先程のおはなしよりも悲痛そうに、苦しそうに、今にも泣きだしそうに。

 

「アカデミア。そう呼ばれている場所に逢歌は所属していた。そこで教育され、逢歌は熱心に学んだよ。全ては誇り高き戦士になる為、自分たちの世界の為、自分も戦士として戦いたい、そう願って。……でも逢歌の願いは叶わなかった。どれだけ努力しても報われず、それでもめげずに頑張っても報われず……だけど僕には分かる、逢歌はただ運がなかっただけなんだ。きっといつか報われるはずだったんだ……それなのに、奴らは逢歌からそのいつかすらも奪った……!」

 

唇を噛み締め、拳を握り締め、彼女は続けた。

 

「無能な教師たちにクズと罵られ、無能な同級生たちに落ちこぼれと嘲られ、貶められ……逢歌は奴らに‟殺された”」

「……」

「直接手を下したわけじゃない、でも逢歌にそうさせたのは間違いなく奴らだ。逢歌を孤独と無力感で押し潰したのは奴らだ。……優しい人たちに囲まれていた僕なんかよりもずっと、逢歌は……!」

 

溢れ出る感情に耐え切れず、彼女はベッドに拳を打ち付けた。

 

「……そんな彼女の無念が、決して満たされる事のない魂の嘆きが、僕を呼んだ。僕と逢歌の二人の願いが方舟を動かした」

 

……詠歌、あなたもそうなんですか?

あなたもそんな孤独と無力感に押し潰されてしまったんですか?

 

――『何にも知らない癖に』

 

……その通りだ。私は何も知らなかった。さっきのデュエルまで、そんな事思いもしなかった。私なんかよりも強い、そう信じて疑わなかった。

でも……

 

「逢歌の想いを知った僕はずっと機会を待っていた。そしてその機会はやって来た。……紫雲院素良、逢歌とは正反対の、最優秀とまで言われた生徒の敗走と、それを知ったセレナお嬢様の暴走……チャンスだと思った。もし紫雲院素良が敗れたエクシーズの残党を倒せば、逢歌は認められる。それだけじゃない、紫雲院素良を倒すチャンスだとも。君を見て何の反応も示さなかったって事は、彼にとって逢歌は顔も覚えていない、眼中にもない生徒だったんだろう。そんな生徒が彼を倒せばエクシーズを見下している連中も逢歌を認めるはずだって……もっとも彼とは会えなかったけどね」

 

でも、とそこで彼女は言葉を切り、私を見た。

 

「……代わりに君を見つけた。驚いたよ、逢歌そっくりの君を追って入ったケーキ屋で、あのプティングを見た時は。君も僕と同じなんだって」

「……」

「それと同時にあのお姉さんの話を聞いて酷い怒りと苛立ちを覚えた。君と詠歌が僕と逢歌のように方舟で繋がったのなら、なんで君はのうのうと生きているのか」

「……だから、私を追い込むような真似をしたんですか」

「そうだね……でもそれ以上に知りたかった。どうして逢歌は僕から体を取り戻そうとしないのか、その理由を。僕は逢歌が望めばすぐにでもこの体を返して消えるのに……どうして僕に逢歌は何も言わないんだろう、って」

 

……それは、詠歌とは真逆だ。彼女は私から体を取り戻そうとしている。何度も私は詠歌に体を奪い返されている。

 

「僕と逢歌、君と詠歌、二人が一緒に生きていける方法なんてない。どちらか片方が消えるしかない。そして消えるべきなのは僕らの方だ。続くべきなのは彼女たちの方だ。そうだろう? 僕たちには幸せな記憶がある。あの子たちと出会えた幸福がある。でも逢歌には……ないんだ」

「……」

 

……それはきっと詠歌も同じなんだ。

両親を亡くした彼女を知る人間は誰も私の前に現れなかった。

孤独だったはずだ、私なんかよりもずっと辛かったはずだ。

 

「……ねえ、教えて。どうして逢歌は僕に何も言ってくれない? どうして詠歌は生きようとしているのに、逢歌は……君と僕で一体何が違うの……?」

 

逢歌の縋るような言葉にああ、と理解した。

私の生きたいという身勝手な願いは、決して無駄じゃなかった。

それを抱いたからこそ、詠歌は……。

 

「なら見つけに行きましょう」

 

――私の答えは出た。

 

「今度はあなたの探し求めるものを」

 

探し求めていたものに、ようやく出会えた。

 

「きっと今のあなたなら見つけられる」

 

アカデミアの逢歌という仮面を脱ぎ捨てた、今のあなたなら。

 

「きっと今なら、逢歌に希望を見せてあげられる」

 

私が詠歌に見せたように。

 

「……簡単に言ってくれるね」

「最初に答えを出した、勝者の特権って奴ですよ」

 

――こうして、私たちの戦いに決着が着いた。

 

ベッドから降り、彼女の前に回る。

 

「さあ行きましょう。今の私たちが居るべきなのは、この病室じゃない」

 

私は彼女に手を差し出した。沢渡さんが私にそうしてくれたように。

 

「……」

 

しかし、その手は払われる。

 

「……此処から出るのに、君の手は借りないよ。……この足で出ていくさ。今の僕には、自由に動く手足があるんだから」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

RCM(ロイヤル・クックメイト)の効果発動! 相手フィールド上にモンスターが召喚、特殊召喚された時、RCMを手札に戻す事で一体につき一体のモンスターを破壊できる!」

「ほなこの効果も上乗せや! 伝説のフィッシャーマン三世は除外したカードを全て相手墓地に送る事で相手プレイヤーに与えるダメージを二倍に出来る!」

「モンスターパイ・トークンは破壊された時、相手プレイヤーに1000ポイントのダメージを与える! つまりッ」

「ダメージは二倍、2000ポイントずつや!」

 

「ぐぁああああ!?」

 

OBERISK FORCE1 LP:2000

OBERISK FORCE2 LP:2000

OBERISK FORCE3 LP:2000

 

「はっ、ちったぁやるじゃねえかッ」

 

火山エリア。そこで繰り広げられる9人でのバトルロイヤル。

月影、セレナ、黒咲、乱入した茂古田、大漁旗、沢渡。それに相対する三人のオベリスクフォースたち。

乱入ペナルティによりライフの半分を削られながら、茂古田と大漁旗のコンビネーションにより、オベリスクフォースたちのライフを自分たちと同じにまで削り切った。

 

「僕たち、最高のコンビだねッ?」

「当たり前やがな、相棒ッ」

 

茂古田を利用し、苦も無くこのバトルロイヤルを突破しようとしていた大漁旗だが、彼にもデュエリストとしての誇りが残っていた。

人をカードにする、そんな非道を許せないという思いが。一人では立ち向かえなかっただろう、だが今は、バトルロイヤルで出会えた最高の相棒が隣に居る。

茂古田との出会いが、彼に失いかけていたデュエリストのプライドを取り戻させていた。

 

「――くっくく……!」

 

しかし、非情な現実というものは何処にでも転がっている。

 

「その最高のコンビとやらで自ら最低の終わりを導いたな」

「何!?」

 

不吉なオベリスクフォースの言葉に、二人は身構える。

 

「俺は伏せカードを全てオープン! 永続罠、古代の機械蘇生、古代の機械閃光弾、そして古代の機械増幅器を発動!」

 

発動される三枚の永続罠、それは即ち、オベリスクフォースの言う最低の終わりへの引き金だった。

 

「古代の機械蘇生の効果で攻撃力を200ポイントアップさせて古代の機械参頭猟犬を復活させる!」

 

古代の機械参頭猟犬

レベル7

攻撃力 1800 → 2000

 

「そして古代の機械閃光弾の効果で攻撃力の半分のダメージを与えるが、古代の機械増幅器の効果で効果ダメージを二倍にする! 2000ポイントのダメージを喰らえ!」

 

ペナルティにより乱入した三人のライフは2000、このダメージが通れば……

 

「これで終わりだ、乱入野郎共! アンティーク・リヴァイヴ・ハウリング!」

「ッ……!」

 

機械仕掛けの三つ首の猟犬の叫びが共鳴し、破壊の音となって茂古田へと迫る。

もう彼らにそれを防ぐ手はなかった――ただ一人を除いて。

 

「――アクションマジック、フレイム・ガード! 効果ダメージを無効にする!」

 

そう、ただ一人。

 

「勝手に終わらせてんじゃねえよ! 此処に居るのを誰だと思ってやがるんだ?」

 

沢渡シンゴを除いて。

 

「この俺がLDS最強の男だって事を証明してやるぜ!」

 

――僅かに、運命の歯車は狂い始めていた。

 




次回でバトルロイヤル編は終了です。逢歌の扱いも次回。

アニメとの差異
・沢渡さん乱入のタイミングがみっちーと釣り野郎と同じに
・それによりみっちー生存(釣り野郎のカード化フラグは健在)
・みっちーを助けた事により月影にカード化フラグ

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