ずっと、あれからずっと考えていた。
ううん、本当は私がこの世界にやって来てからずっと心の何処かで考えていたはずなんだ。
どうして私がこの世界にやって来たのか、その理由を。
満たされぬ魂を運ぶ方舟に揺られ、此処に来た。
でもそれだけじゃない。それは、私である理由にはならない。
みんな、生きたかったはずだ。
みんな、満たされてなんていなかったはずだ。
その理由はきっと――
「ん……?」
「……あ、おはようございます、沢渡さん」
「おう……寝ちまってたのか」
「一晩中探し回っていてくれたんですよね。疲れもするはずです」
火山エリアの端、熱気の弱まる岩場の影で一夜を明かした。
「バトルロイヤルは後、数時間で終わります。沢渡さんが眠った後、中島さんから連絡がありました。残っているアカデミアからの侵入者は素良さんを含めて四人、それに逢歌とセレナの二人です」
「そうか」
「はい。それとアカデミアとは別、シンクロ次元からのデュエリストが一人侵入しているそうです。目的は分かりませんが、敵ではないと」
「シンクロ……?」
「どうやら逢歌と共にこのフィールド中をバイクで走り回っているようです。彼らと接触するように、とも」
「逢歌はアカデミアなんだろ? 何でシンクロ次元の奴と一緒に」
「分かりません。彼女が何を考えているのか、シンクロ次元のデュエリストが何の目的で動いているのかも。でも、やる事は変わりません」
「……そうだな。行くか」
「はい」
不思議と心は落ち着いていた。戦場と化しているこのフィールドの中で、負ければカードにされてしまう、そんな異常な状況下で、私の心は静かだった。
「まずは氷山エリアに行ってみましょう。そこにはまだ行ってませんし」
「おう」
そして――
「ドラゴン……? でも見た事がない……あれがシンクロ次元の?」
氷山エリア、そこに君臨する禍々しい姿のドラゴン。
「此処からじゃ誰がデュエルしてんのか見えねえな」
「……行きましょう」
◇◆◇◆
「ああ? もう朝かよ……」
「結局一晩中走り回ってたんだね……」
「しょうがねえだろうが、誰も居ねえんだから!」
「君についたのは失敗だったかなあ……」
古代遺跡エリア、Dホイールに跨る二人を朝日が照らす。
「うだうだ言ってねえで、もう一周行くぞ!」
「えぇ……分かったよ。ええと次は、また氷山エリアだっけ」
「どっちだ、それ?」
「何で何週もしてるのに忘れるのさ……向こうだよ」
遺跡の中でデュエルを続ける黒咲と紫雲院素良に気付くことなく、二人はまた走りだす。
そして――
「おい、あれ――」
「ドラゴン……ちょっと普通じゃなさそうだね」
「何でもいい、人が居るのは間違いねえんだ。行くぞッ」
◇◆◇◆
氷山エリア、そこに出現したドラゴンを目指し、彼女たちは集結する。
「――この辺りだったよな」
「……そうだね。近づいたら消えちゃったけど……」
荒々しいユーゴの運転に辟易しながら、逢歌が応える。
「とりあえず跳ぶぞッ」
「え――!?」
「――んっ?」
氷の崖を飛び越えながらユーゴは周囲を見渡す。そして見つける、一人の少女を。
「――リン!?」
「えっ――?」
Dホイールを停止させ、ユーゴは少女――柊柚子に駆け寄る。
「あ。やばい。これやばい。僕やばい……」
逢歌はよろよろと降りると、座り込んだ。最後のジャンプで彼女の体力は限界だった。
目まぐるしい運転のせいで揺れる視界の中、逢歌も柚子を視界に捉える。
「無事で良かった……っ、会いたかったぜ、リン……!」
「きゃ……!?」
「セレナお嬢様……じゃないんだよね、多分」
柚子を抱きしめるユーゴを見ながら、冷静にそう判断する。そう都合よくユーゴの探すリンという少女が居るとも思えず、自分の知るセレナならばいきなり抱き付かれるような真似はさせないだろう。
「って事は大会に出てた柊柚子って子か。どうしてセレナお嬢様の格好をしてるのかは分からないけど……」
「ちょ、ちょっと待って……! リンって――あなた、リンが誰なのか知ってるのッ?」
蚊帳の外となった逢歌は考える。セレナと柚子、そしてリン。同じ顔をした三人の少女たち。そして先程まで見えていたドラゴン、柚子がデュエルをしていた相手。
(大会参加者とのデュエルなら彼女が怯える理由にはならない。となると僕と同じアカデミア……オベリスクフォースのデッキにあんなドラゴンはない。……やっぱりセレナお嬢様もただの箱入り娘ってわけじゃないか。セレナお嬢様と同じ顔をした人間を集めてる……?)
そこまで考えて、逢歌は首を振って思考を霧散させた。自分が考える事ではない、と。
「……ダーリンに色目を使っておいて、わざわざ服を着替えて他の男と密会なんて――!」
「ん?」
思考から抜け出したからだろう、逢歌は自分たち、正確には柚子とユーゴを見つめる人影に気付いた。
「許せん……! ってきゃあああ!?」
「えぇ……」
が、気付くと同時にその人影の立っていた足場が崩れ、綺麗な回転を決めながら逢歌の目の前に落下した。
警戒するとか以前に、何もできないまま気絶した少女に近づく。
「バトルロイヤルの参加者じゃないよね……見た事ないし」
気絶した少女――方中ミエルを観察するが、見覚えはない。
「色々と乱入者が多くて面倒だな……僕は‟私”に会えればもうそれでいいのに」
頭をかきながら、再びユーゴたちの方に振り向こうとした時、待っていた声が聞こえた。
「――逢歌!」
見上げれば、そこに立っているのは待ちわびた少女、自分と同じ顔をした、久守詠歌の姿があった。
「――逢歌!」
ようやく見つけた……!
「やあ、‟私”」
以前と変わらない笑みを貼り付け私を見上げる、私と同じ顔をした、逢歌。
「――久守さん!?」
「あん?」
その向こうには誰かと向き合いながら私を見る柊さんが居た。柊さんの声に反応し、振り向く白いライダースーツを着た男。
「あれがシンクロ次元のデュエリストか。……また榊遊矢そっくりじゃねえか」
「沢渡まで!? それに……久守さんが二人!?」
私の背後から現れた沢渡さんを、そして私と逢歌を見て柊さんが叫ぶ。
「柊さん……逢歌、まさか柊さんまで……!」
「人聞きが悪いなあ。彼女が‟私”の知り合いだなんて知らなかったし、偶然出くわしただけだよ」
「一体何がどうなって……え!? また光って――!」
突然の事だった。柊さんの手のブレスレットが光を放った瞬間、二人の姿は消えていた。
「柊さん!」
「おいおい、一体何がどうなってんだ……」
「……やれやれ、ようやく会えたかと思ったらどんどん騒がしくなるなあ」
「柚子――!?」
二人が消えてすぐ、背後から聞こえてくる榊さんの声。
「榊遊矢……!」
「え、沢渡!? それに久守も……なんで二人が此処に……?」
「榊さん、事情は後で説明します。それより――」
運命に導かれるように、とでも言うのでしょうか。
逢歌を見つけた途端に他の参加者たちも此処に集ってきている。
榊さん、権現坂さん、それと……デニスさんと言ったでしょうか。
「ねえ‟私”」
「久守が二人……!?」
「ワオ、双子?」
「一体何がどうなって……」
「外野は黙っててよ。今、用があるのは‟私”だけなんだからさ」
「……すいません、皆さん、今は説明している暇はありません」
「そうそう。‟私”も僕に用があって来たんだろう?」
榊さんたちの事を一度意識から外す。逢歌の言う通りだ。私が逢歌を探していたのは、彼女を取り戻す為。
「この人の事で、ね」
「……!」
逢歌が取り出したカードには、やはりあの女性の姿が刻まれていた。
「ッ――! お前も、アカデミア……!」
「おっと怖い怖い、君が榊遊矢くんか。でもさ、言ったよね。外野は黙っててって」
「ふざけるな!」
「黙ってろ、榊遊矢」
「沢渡! これが黙って――」
「あいつに任せろ。あいつが俺に手を出すなとまで言ったんだ。なら、他の誰にも手は出させねえ」
大きく深呼吸する。目的を見失わない為に、今はただ、逢歌だけを見据えていればいい。
これが、此処が、私の戦うべき場所だ。
「――ええ、そうです。逢歌、私は彼女を取り戻す為に来た」
「へえ? でもさ、この人はもうカードになってるんだよ? 取り返した所で何が出来るのさ? こんなの死んでるのと同じじゃないか」
「いいえ、違う。その人は生きている。元に戻す方法は、あなたから取り戻した後で考える」
「負ければ‟私”も、久守詠歌もカードになるっていうのに? その体を巻き込んでいいと思ってるんだ?」
「良いわけありません。でも、もう決めた事です」
逢歌の言う事は正しい。けど、たとえ間違いだとしても私は――探し求め続ける。
本当に正しい答えを見つける為に。私の選ぶ道を見つける為に。
その本当が何なのか、今はまだ分からない。でも……諦めたら駄目なんだ。
「沢渡、一体何がどうなってるんだ……!? あの久守そっくりのデュエリストは誰なんだっ? それに柚子は!? この辺りに居るはずなんだ!」
「騒ぐなッ、俺だって分からねえよ。分かってるのはあいつが逢歌っていうアカデミアのデュエリストだって事と、柊柚子はお前らが来る直前に消えたって事だけだ。お前そっくりのバイクに乗った男とな」
「バイク……まさかユーゴ……!? それじゃあ柚子は……!」
遊矢の脳裏に過るのは、ユートの言葉。
――『融合の手先め』
「柚子は……アカデミアに……?」
遊矢の膝から力が抜ける。アカデミアに連れ去られ、もしかしたらカードに……そんな最悪の想像。
(バイクに乗った男!? それってユーリじゃない……? えぇ、一体何がどうなってるのさ……)
平静を装いつつも、LDSの留学生であり、アカデミアの人間であるデニスも混乱していた。
アカデミアのユーリに柚子を任せオベリスクフォースに協力していたが、ユーリが柚子を連れ去ったのではないとしたら、一体誰が? 全く予想できなかった展開に彼も最悪の想像をしていた。
「……榊さん、まだ私たちも柊さんや他の選手たちの状況を把握できていません」
「……ああ」
「だからお願いです。これ以上の被害を出さない為に、残りのアカデミアを……無理を言っているのは分かっています。でも、此処で立ち止まっていても事態は変わりません」
「なっ、待て久守! まさかお前、一人で戦うつもりかッ?」
「権現坂さん、彼女とは、逢歌とは私が決着をつけなければいけないんです」
「何故だッ、負ければカードにされるんだぞ!?」
「承知の上です。でもこれだけは絶対に譲れない戦いなんです」
「久守……」
こんな私の身を案じてくれる人が居る。けれど、それに甘んじていては私はいつまで経っても、乗り越えられない。
「こいつがそう言ってるんだ。お前らはさっさと行け。こいつのデュエルは俺が見届けてやる」
「沢渡……」
「こいつは頑固だからな。一度決めたらそう簡単には考えを変えやしねえよ」
「……分かった」
「遊矢!?」
「久守と沢渡がそう言うんだ。俺たちは俺たちに出来る事をしよう。これ以上、誰もカードになんてさせない為に……!」
「……分かった。この男権現坂、友を信じよう」
「……ありがとうございます」
「行こう、デニス」
「へっ!? あ、ああ、そうだね!」
「話は終わった? いやぁ、待ってあげるなんて僕って優しいっ」
「ええ。待たせてしまいましたね」
「別にいいよ。……そうそう、沢渡シンゴくん」
「……何だよ」
逢歌が沢渡さんを呼ぶ。沢渡さんにまで何かをしようというのだろうか。絶対にさせはしない。
「そんなに怖い顔しないでよ、ちょっとしたお願いだよ。見学するのはいいんだけどさ、ついでにこの子の事も見ておいてよ」
逢歌が僅かに立ち位置を変えた。そこに隠れるように一人の少女が倒れていた。たしか彼女は……
「方中さん……!?」
「おっと、勘違いしないでよ。この子には何にもしてないよ。何かいきなり現れて気絶しちゃっただけ。遊矢くんたちはオベリスクフォースとやり合うつもりみたいだし、彼らに預けるのは気が引けたからさ」
真偽は分からない、けど彼女を放っておくわけにもいかない。
「沢渡さん、お願いできますか」
「……わーったよ。頼まれてやる」
方中さんを運ぶ為,沢渡さんが逢歌へと近づく。私は逢歌から一瞬たりとも目を離さずに警戒を強める。
「ねえ沢渡くん」
「……んだよ」
方中さんを背負った沢渡さんに逢歌が何かを喋りかける。すぐにでも動けるよう、体勢を低くする。
「これが彼女との最期の別れになるかもしれないから、別れの言葉でも考えてた方がいいよ?」
「はっ、寝ぼけてんのか? んなもん考える必要ねえよ。久守は勝つ、この俺が見てるんだからな」
何を話しているのかまでは聞こえない。けれど、沢渡さんが笑みを浮かべているのだけは分かった。
「こいつの事は任せて、お前はやりたいようにやれ」
方中さんを背負い戻って来ると、沢渡さんはそう言って私の肩を叩いた。
「……はい!」
……もう憂いはない。準備は整った。
「随分と仲の良いご様子で、妬けちゃうなあ。……さて、それじゃあ見せてもらおうかな、‟私”の答えを」
逢歌がデュエルディスクを構える。鋭利な形状をした、まるで剣のようなディスクを。
「いいえ……これは答えを探す為のデュエルです」
私も同じように構える。けど今までとは違う。今私が戦うのは、沢渡さんを守る為じゃない。
友人を取り戻す為の、私自身の為の戦いだ。
沢渡さんが見ている前で、もう無様は晒さない……!
「いきますよ、逢歌」「来なよ、‟私”」
一瞬の静寂。その刹那に私の脳裏に過ぎる、数々の思い出。
あの女性との思い出、そして、かつての病室での思い出。
逢歌が笑い、そして私も笑った。
「デュエル!」「デュエル!」
逢歌と詠歌、同じ道を辿り、しかし正反対の立場で少女たちは相対する。
互いに譲れない者の為に。
EIKA VS AIKA
LP:4000
アクションフィールド:ワンダー・カルテット
「それじゃあ僕から行こうかな――! 僕のターン!」
逢歌のデッキにはクリフォートたちが入っているはずだ。その力は私も覚えている。
「僕はスケール1のクリフォート・ディスクとスケール9のクリフォート・シェルでペンデュラムスケールをセッティング……でいいんだよね?」
「ええ。それによってレベル2から8までのクリフォート・モンスターが同時に召喚可能になる」
だけど、乗り越えてみせる。
「親切にありがと。それじゃあいってみようか――ペンデュラム召喚! おいで、二体のクリフォート・アセンブラ!」
クリフォート・アセンブラ×2
レベル5 ペンデュラム
攻撃力 2400 → 2700
「へえ、本当に出来ちゃった。えーとクリフォート・ディスクのペンデュラム効果によってアセンブラの攻撃力は300ポイントアップする。すごいね、ペンデュラムって」
二体のアセンブラを従え、楽しげに逢歌が笑う。
「僕はターンエンド。さあ、楽しませてよ、‟私”。せっかくのゲームなんだ、たとえ結果が分かり切ってても過程を楽しまなきゃね?」
「言ってなさい……! 私のターン!」
逢歌の実力がどれだけ高くても、逢歌の使うカードがどれだけ強くても、決して負けはしない。
「私は手札から魔法カード、影依融合を発動! 手札のシャドール・ビーストとシャドール・ハウンドを融合! 影糸で繋がりし獣と猟犬よ、一つとなりて神の写し身となれ! 融合召喚!」
また、力を貸してもらいますよ。
「おいで、探し求める者! エルシャドール・ミドラーシュ!」
エルシャドール・ミドラーシュ
レベル5
攻撃力 2200 → 1900
暗い輝きを放つ渦から、ミドラーシュが降り立つ。私の意思が伝わっているのだろう、普段のように茶化す事もなく、彼女は敵を見据えていた。
「クリフォート・シェルのペンデュラム効果によって‟私”のフィールドのモンスターの攻撃力は300ポイントダウンする――やれやれ、アカデミアの僕がペンデュラムを使って、スタンダードの‟私”が融合か。どっちがどっちだか分からなくなっちゃうね?」
「スタンダード次元だとか、融合次元だとか、そんなのは関係ありません。今此処に立っているのは――詠歌と逢歌、私とあなた。ただそれだけです」
「……あ、話のスケールが違うっていうジョークかい? はは、面白いね」
私を挑発するように逢歌は渇いた笑い声を上げた。
「当然です。私はこの舞網市で一番のエンターテイナーの、取り巻きですから」
今更そんなもので心乱されたりはしない。一瞬だけ背後で見守ってくれている沢渡さんを見て、私も勝気な笑みを浮かべ、そう返した。
「……面白くないよ、‟私”。軽蔑しちゃうよ、他人の人生を奪っておいて、やってる事はそんな男の取り巻き? みっともない、情けない、くだらない。申し訳ないとは思わない? そんな軽薄そうな男に現を抜かして、自分だけが幸せになろうなんて」
明確な悪意の込められた言葉。その悉くが私に突き刺さる。
「そうですね。死人の私が必死に生にしがみ付くなんてみっともないです。そんな私が情けないです。自分勝手に幸せになろうなんて、申し訳なくて仕方がありません。でも、くだらなくなんてない。どれだけみっともなくても、情けなくても、それでもそうまでして抱いたこの想いは決してくだらなくなんて、ない」
けれど、どれだけ言葉の刃を私に突き立てようと、どれだけ私の心が傷つこうと、止まらない、倒れない。今の私を見守ってくれている人が居るから。支えてくれる人が居るから。
「そして何より、沢渡さんは軽薄な人なんかじゃない」
沢渡さんが、居るから。
「融合素材として墓地に送られたビーストとハウンドの効果発動! デッキからカードを一枚ドローし、さらに相手フィールドのモンスター一体の表示形式を変更する! クリフォート・アセンブラ一体を守備表示に変更!」
クリフォート・アセンブラ
攻撃力 2700 → 1000
「クリフォート・ディスクの効果で上がるのは攻撃力のみ。バトル! いくよ、ミドラーシュ! 守備表示に変更したクリフォート・アセンブラを攻撃! ミッシング・メモリー!」
竜を駆り、ミドラーシュはアセンブラへと肉薄する。竜は爪を突き立て、ミドラーシュは力強くその杖を振った。
ボロボロと風化したようにアセンブラが崩れ落ちていく。
「さらにモンスターをセットし、ターンエンド」
「破壊されたペンデュラムモンスターは墓地じゃなくエクストラデッキにいく――やれやれ、滑稽だよ。その彼にも、こんな遊びにも必死になって」
「素良さんも言ってましたね。あなたたちにとってデュエルは、エクシーズ次元への侵略は遊びだと、ハンティングゲームだと」
「……へえ、紫雲院素良を知ってるんだ?」
僅かに、初めて逢歌の感情が目に見えて揺れ動いた。
「知っていますよ。私にくもりん、なんてあだ名までつけてくれた、私の友人です」
「‟私”の友人、ねえ。あだ名なんて良く言うよ、それは‟私”のあだ名じゃないだろう? だって‟私”は自分の本当の名前も覚えてないじゃないか。自分があの病室であの子たちに何て呼ばれていたのか、それすらも覚えていない。自分の事なんてほとんど覚えてない、そうやって我が物顔で他人を騙って、結局‟私”は怖いだけなんだろう? この世界で誰でもない誰かになるのが。だから久守詠歌を騙ってるんだ。必死にしがみついて、久守詠歌に成り替わろうとしているんだ。醜いね。久守詠歌に依存して、沢渡シンゴに依存して、誰かに依存していなきゃ‟私”は立っていられないんだ。あの病室から抜け出したい、ずっとそう思っていたくせに、いざ抜け出したら頼る者を求める」
「良く回る口ですね」
「‟私”は口が回らないかい? 僕の言葉を否定する言葉が出て来ないかい? まあ当然だよね、全部事実なんだから」
「デュエルを進めたいだけですよ。……ただ、そうですね。あなたに調子に乗られるのも不愉快なので一つだけ否定しておきましょうか」
それは私が随分と前に悩み、苦しんだものだから。今、はっきりと言葉にしておこう。
「私のこの想いを、依存なんて言葉で片付けないで」
他人に何と言われようと、この気持ちはそんなもので片付けさせない。
この想いの答えなら、とっくに出ている。
「大切な人の傍に居たい、大切な人に喜んでもらいたい――好きな人をもっと好きになりたい……その気持ちは依存なんかじゃない」
沢渡さんには聞こえないように、逢歌にだけ聞こえるように小さく呟く。
この想いを告げるのはこんな状況ではなく、全部終わった後で、そう決めたから。
「さあ、あなたのターンです。アクションデュエルでは一分以上ターンを進行しなければ失格、そんな結末はあなたも嫌でしょう?」
「背中が痒くなりそうな話をありがとう。ま、彼への想いなんてどうでもいいさ……僕のターン、ドロー。僕はセッティング済みのクリフォート・ディスクとシェルのスケールでペンデュラム召喚を行う。さあ甦れ、クリフォート・アセンブラ!」
クリフォート・アセンブラ
レベル5 ペンデュラム
攻撃力 2400 → 2700
「まずはその人形から消えてもらおうかな。いい加減、人形遊びから卒業しなよ、‟私”! クリフォート・アセンブラでエルシャドール・ミドラーシュを攻撃!」
アセンブラの中心から、細い光が照射される。それに反応する事も出来ず、ミドラーシュの胸は貫かれた。
「ミドラーシュ……! ッ、ミドラーシュの効果発動! 彼女が墓地に送られた事で墓地の影依融合を手札に戻す!」
EIKA LP:3200
「次だ、もう一体のアセンブラでセットされたモンスターを攻撃!」
「セットモンスターはシャドール・ファルコン! ファルコンのリバース効果! 墓地のシャドールを裏側守備表示で特殊召喚する! 甦れ、ミドラーシュ!」
エルシャドール・ミドラーシュ(セット)
守備力 900
「ペンデュラムでもないのにしぶといなあ。でも本当に凄いねこの子たち、どうしてこれだけ強いカードを使っておいて、沢渡くんに勝てなかったのさ?」
「簡単な事です……沢渡さんが強くて、あの時の私は弱かった……ただ、それだけですッ」
「あの時? 違うでしょ? 今も、いいや、昔からずっと、の間違いだよ、‟私”。何にも変わってない、あの病室で一人カードを眺めていた時から、何もね」
「……知った風な口を叩くんですね」
「当然さ、僕にも同じ記憶があるからね、弱っちい女の子の記憶が。けど僕は違う、僕はアカデミアの逢歌、僕は、強い。だからこんな事も出来る、僕は永続魔法、次元の裂け目を発動」
……薄々、いやほとんど確信していたけれど、やっぱり彼女は――
「このカードが存在している限り、墓地へと送られるモンスターは全て墓地ではなく、ゲームから除外される。あはは、こうされると‟私”は困るよね? 沢渡くんとのデュエルと今ので大体分かったよ、シャドールたちはリバース効果ともう一つ、カード効果で墓地に送られた時に発動する効果を持っている、融合しながらさらにアドバンテージを得られるカードだ、だけど除外されたらその効果は使えない。そしてクリフォートたちの代わりに‟私”のデッキに入っているであろうもう一つの人形たちも、ね」
……既に私のデッキの弱点に気付いている。けれど、対抗策はある。
「私のターン! 手札からマドルチェ・ホーットケーキを召喚!」
マドルチェ・ホーットケーキ
レベル3
攻撃力 1500 → 1200
「ホーットケーキの効果発動! 墓地のシャドール・ファルコンを除外し、デッキからマドルチェ一体を特殊召喚する! おいで、マドルチェ・ピョコレート!」
マドルチェ・ピョコレート
レベル3
守備力 1500
「レベル3のホーットケーキとピョコレートでオーバーレイ! エクシーズ召喚! 現れろ、ランク3、虚空海竜リヴァイエール!」
二体の鳥たちが光となり、渦へと消えていく。そして現れる次元を揺蕩う海竜。
虚空海竜リヴァイエール
ランク3
攻撃力 1800 → 1500
ORU 2
「エクシーズ……アカデミアの僕の前で良くやるね?」
「リヴァイエールの効果発動! オーバーレイユニットを一つ使い、除外されているファルコンを特殊召喚する!
虚空海竜リヴァイエール
ORU 2 → 1
シャドール・ファルコン
レベル2 チューナー
守備力 1400
「手札から影依融合を発動! このカードは相手フィールドにエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターが居る時、デッキのモンスターを素材とした融合召喚を行える! クリフォート・アセンブラはエクストラデッキからペンデュラム召喚されたモンスター! 私はデッキのシャドール・ヘッジホッグとエフェクト・ヴェーラ-を融合――人形を操る巨人よ、御伽の国に誘われた堕天使よ! 新たな道を見出し、宿命砕け! 融合召喚! おいで、エルシャドール・ネフィリム!」
エルシャドール・ネフィリム
レベル8
攻撃力 2800 → 2500
氷山を崩しながらネフィリムが降臨する。私の新たな道を見出す為に。
「ネフィリムの効果でデッキから影依の原核を墓地に送り、その効果で墓地の影依融合を再び手札に加える! そしてミドラーシュを反転召喚! ミドラーシュが表側表示になった事で、クリフォート・シェルのペンデュラム効果によりミドラーシュの攻撃力は300ポイントダウンする」
エルシャドール・ミドラーシュ
守備力 900 → 攻撃力 2200 → 1900
「……ミドラーシュ」
彼女の名を呼ぶ。今の私と同じ、偽りの名を。彼女は頷いた。たとえ偽りの名でも、今の私は詠歌で、彼女はミドラーシュだ。
けれどいつか本物に届くかもしれない、いつか偽りが真実になるかもしれない、そう信じて私たちは進むんだ。
「……カードとの絆って奴? 元は自分のカードでもないクセに」
「そうですね、ミドラーシュたちは譲り受けたわけでもなく、私が奪い取った子たちです。でも、それでも……! 彼女たちは私を許してくれた、私を信じてくれた、マドルチェたちと同じくらい大切なカードなんだ……! いくよ、ミドラーシュ! クリフォート・アセンブラに攻撃!」
「その大切なカードを自爆させるなんて、随分と薄情じゃないか、‟私”! 返り討ちだよ、クリフォート・アセンブラ!」
アセンブラの紫のクリスタルが明滅する。ミドラーシュを破壊しようと光と共に破壊の波が押し寄せて来るのが分かる。
「手札から速攻魔法、決闘融合―バトル・フュージョン―を発動! 融合モンスターがモンスターとバトルする時、自らの攻撃力に相手モンスターの攻撃力を加える! アセンブラの攻撃力は2700!」
エルシャドール・ミドラーシュ
攻撃力 1900 → 4600
ミドラーシュは竜の背を蹴り、自らの足で跳んだ。自らの力で飛翔する事の叶わないはずの彼女の体を、吹き荒れた風が運んでいく。
ミドラーシュの持つ杖に光が収束していく。暗い輝き放っていたはずのそれが、彼女の髪と同じ緑色の輝きを宿していく。
――吹き荒れる風の中で彼女の肩に見えた小鳥が幻影なのかは分からない。
「お願いミドラーシュ、打ち砕いて……! ミッシング・メモリー!」
私は祈りを捧げる、どうか彼女の手が、杖が、立ちはだかる機殻に届くようにと。
その祈りは、届いた。
「……まさか単なる力押しとはね、単純だけど僕の手札じゃどうにも出来ないや。次元の裂け目の効果で破壊されたアセンブラは除外される」
AIKA LP:2100
機殻のクリスタルは砕け、それに連動してアセンブラは崩壊し、風に流されていく。
降り立ったミドラーシュの肩に小鳥はいなかった。
エルシャドール・ミドラーシュ
攻撃力 4600 → 1900
「これで……! ネフィリムでアセンブラを攻撃!」
「おっと、バトルは終わりさ、アクションマジック、ブラインド・ブリザード! バトルフェイズを終了させる――これも便利なものだね、アクションカードか」
「っ、いつの間に……」
「‟私”の大切な人形が攻撃してくれた時に飛んできてね。質量を持ったこのフィールドならこういう事も起こるんだ。僕も気をつけないとね」
「……私はカードを一枚伏せてターンエンド」
決めきれなかった……でも、予想は出来ていた。逢歌が使っているのは未だに私から奪ったクリフォートたちだけ。彼女の使うカードの姿も見えないまま終わるなんて思っていない。
「僕のターン、ドロー……うーん、クリフォートたちに浮気したからカードに嫌われちゃったのかな」
言葉とは裏腹に逢歌は笑っている。
「僕は再びペンデュラム召喚、せっかく人形さんが倒してくれたのに無駄に終わっちゃったね、手札からクリフォート・アーカイブを召喚!」
クリフォート・アーカイブ
レベル4 ペンデュラム
攻撃力 1800
「特殊召喚されたアーカイブのレベルと攻撃力は下がった状態で召喚される――」
ペンデュラムモンスターであろうとも、次元の裂け目が発動している今、エクストラデッキには行かずに除外される……それは逢歌も理解している、それでも発動したのはシャドールたちを封じる為、だけなのだろうか。
「さて、クリフォートたちで攻撃……と言いたい所だけど、そのおっきな人形の効果は知ってるよ。特殊召喚されたモンスターじゃこっちが一方的にやられるだけだ――残念だったね、‟私”? もし沢渡くんとのデュエルで使ってなければ僕にはその効果を知る術はなかったのに。いやそれとも責めるべきは沢渡くんの方なのかな?」
私が彼女の真意を探る中、逢歌の言葉の刃の矛先が私から、沢渡さんへと変わった。
「ねえ沢渡くん、君は‟私”をデュエルで楽しませて、‟私”を湧かせてやる、なんて言ったけれど、その結果は知っての通りだ。君は楽しそうだったけれど、あのデュエルのせいで‟私”は勝機を失った。ああいや、それとも正気かな?」
楽しげに笑いながら、その刃を沢渡さんへと容赦なく放っていく。
……けれど私は、止めなかった。
沢渡さんを守りたい、その気持ちは今も変わらない。でも違う、私が沢渡さんを守るんじゃない、そして沢渡さんが私を守るわけでもない。
そして何より、私は信じている、知っている。沢渡さんは逢歌の言葉程度に惑わされるはずがないと。
「――はっ、その程度でお前に負けるようじゃランサーズになんてなれやしねえよ」
無言で私たちのデュエルを見守っていた沢渡さんが、口を開く。振り向く事はしない。ただこの背に、この耳に、その声が届けばそれで十分だ。
「それにわざわざこの俺が見ててやるんだ、そんな不意打ちみてえな勝ち方なんて許すわけねえだろ。この俺と一緒に戦いたいなら、お前程度の相手なら優雅かつ華麗な勝利を魅せてもらわなきゃな」
……やれやれ、本当に我が儘な人です。そんなハードルを上げるような事を言って……ますますやる気になっちゃうじゃありませんか。
「……やれやれ、本当にこんな男の何処がいいんだい? ああ、答えなくていいよ、興味ないし、聞きたくもないから」
「ええ、私もあなた相手に語るつもりはありませんよ。それに語るには時間が足りませんから」
「そういうのも聞きたくなかったな――ならやってみなよ、優雅かつ華麗な勝利って奴をさ! 僕はクリフォート・アセンブラとアーカイブをリリースし、アドバンス召喚!」
……アーカイブにはリリースされた時、発動する効果がある。
「おいで、クリフォート・アクセス!」
クリフォート・アクセス
レベル8 ペンデュラム
攻撃力 2800 → 3100
「アーカイブの効果発動! リリースされた時、モンスター一体を持ち主の手札に戻す! 選択するのはエルシャドール・ネフィリム。さようなら、人形さん!」
今の私に防ぐ手立てはない。
「……融合モンスターであるネフィリムは手札ではなくエクストラデッキに戻る」
ネフィリムが消えていく……けれど、彼女もまた私に繋いでくれた。
「さらにクリフォートをリリースしてアドバンス召喚されたアクセスの効果発動! 相手の墓地のモンスターの数が私より多い場合、その枚数×300、ライフを回復する。僕の墓地は0、‟私”の墓地にはモンスターが4枚、よって1200のライフを回復する」
AIKA LP:3300
「さらに回復した数値分、相手プレイヤーにダメージを与える! 振り回されて壊された人形たちと詠歌の恨みだと思いなよ、‟私”!」
EIKA LP:2000
「さて、これで邪魔な人形は消えた。これで終わり……にはして欲しくないけど――いくよ、バトル! クリフォート・アクセスで虚空海竜リヴァイエールを攻撃!」
「アクションマジック、奇跡! モンスターの破壊を無効にし、バトルダメージを半分にする!」
EIKA LP:1200
「……‟私”にもアクションカードが届いてた、ってわけ」
逢歌の言葉に頷く。ネフィリムが召喚され、氷山が崩れた時に私の下へと届いたアクションカード。無駄にはしない。
「いいよ、‟私”。これで終わったらつまらない……もっともっと苦しめてあげる……!」
「終わらせませんよ、終わるとしたらそれは、私の勝利でです……!」
「やってみなよ。――さて融合、エクシーズの次はシンクロかな? エフェクト・ヴェーラーもさっき使ってたもんね。でもどれだけ召喚方法を扱えた所で、それはメリットでもなんでもないよ? この世界は召喚方法によって次元が分かれているけれど、僕たちには関係ない。僕ももしアカデミアでなかったなら、‟私”のように全部の召喚方法も扱える。あの病室でお姉さんにみっちり教え込まれたもんね?」
シンクロを使う事も予想しているか。確かにファルコンが存在している今ならシンクロも選択肢にはある、でも今は使えない。
「ええ。そしてそれが、今の私に繋がっている」
「その繋がりも、僕が断ち切ってあげるよ。‟私”の未練と一緒に、終わらせてあげる」
「未練を断ち切るのにあなたの手は借りない」
「良く言うよ。断ち切る事なんて出来ない癖に。いつまでも抱いたまま、その体を借りて生き続ける。それが身勝手で醜い‟私”の願いなんだから――僕はターンエンド」
「私のターン……!」
ミドラーシュとネフィリムが繋いでくれたこのターン、無駄にするわけにはいかない。
「ドロー! ……ッ」
ドローしたのは魂写しの同化……影依融合が手札にある今、このカードを使うメリットはない。けれど次元の裂け目がある限り、シャドールたちは除外され、効果は発動できない……たとえシェキナーガを召喚しても、クリフォートたちが効果を発動するのは通常召喚またはリリースされた時……でも今は彼女を守備表示で召喚し、耐えるしかない……。
――昨日までの私なら、そうしただろう。
でも今は、信じたい。
私のデッキを、シャドールたちを、そしてマドルチェたちを。
この局面でこのカードを引かせてくれた、私のデッキを。
きっと意味があるはずなんだ。きっと何かがあるはずなんだ。
馬鹿な真似だとは分かっている。そんなプレイをしたら、あのお姉さんに怒られるであろう事も分かっている。
この大事なデュエルで、負けるわけにはいかないデュエルで、それでも私は……
――『君がこのプティングになんて名前をくれるのか、楽しみにしているよ』
――『どんな名前でも、お客さんが考えて下さっただけで!』
――『大事にしてあげてね。あたしとお姉ちゃんの思い出の証なんだからっ』
応えたい。信じたい。
皆の思いに。自分の力を。
「……逢歌」
「何? サレンダーしたいって言っても許してあげないよ? まあそんな真似は流石にしないだろうけどね」
「あの子の言葉、覚えていますか。マドルチェたちを受け取った時の、あの子のお願いを」
「……言ったはずだ、僕はアカデミアの逢歌。無様に生にしがみ付く‟私”とは違う。だから覚えているって表現は正しくない。知ってはいるけどね。えーと何だったかな。たしか――」
『「あたしとお姉ちゃん、お姉ちゃんと次の誰か、そうやってこの子たちを色々な人の思い出にして欲しいな」』
……そう。あの子はそう言っていた。
「その思い出を今、形にする。私がこの世界で繋いで来た思い出を、みんなと重ねて来た想いを! その証を此処で! ――私はシャドール・ファルコンをリリースし、アドバンス召喚! おいで、未来を担う次代の女王、マドルチェ・プディンセス!」
マドルチェ・プディンセス
レベル5
攻撃力 1000 → 700
プディンセスは優雅にスカートを翻しながら現れた。
「ッ――はっ、まさかこの状況でその子を呼び出すなんてね……感傷に浸るのは勝手だけど、愚かにも程があるよ! その感傷がどれだけの犠牲を払う事になるか分かってるのかい? ‟私”……!」
「犠牲なんて払わない。払わせない……! この子は私が受け取った、あの子の想いそのものなんだ! それを途切れさせるような真似はもう二度としない!」
手放さないと誓っておいて、私はこの子たちを手放した。そうやって何度も間違って、それでも私は繋ぐ!
「手札から装備魔法、魂写しの同化を発動し、ミドラーシュに装備!」
ミドラーシュの体が宙へと浮いていく。私とプディンセスを見下ろしながら、ミドラーシュが手を伸ばした。
「このカードはシャドール・モンスターにのみ装備でき、装備したモンスターの属性を宣言した属性に変更する! 私が宣言するのは――地属性!」
プディンセスが伸ばされたその手を掴んだ。
◇◆◇◆
「詠歌」
『……』
「私は約束したんだ。あの子から受け取ったものを、あの子たちとの思い出を、次の誰かとの思い出にもするって」
『……』
「その誰かが、あなただったらいいって、私は思う」
『……』
「勝手にあなたの体に住み着いて、体やデッキまで奪って、あなたは私が嫌いだろうけど……それでも、あなたとも思い出を作りたいって、そう思ってます」
『……本当に自分勝手だね、あなたって。誰に似たの?』
「……憧れたんですよ。色々な人に。光津さんや刀堂さん、志島さん、柊さん、アユちゃん、山部に大伴に柿本……そして榊さんと、沢渡さんに。私がみんなと友達になれたように、榊さんと沢渡さんが見せてくれたあのデュエルのように、私とあなたも、きっと」
『死んだ人には何も出来ないよ』
「……そうですね。もしかしたら世界には死んだ人たちの言葉を聞いて、理解できる人が居るのかもしれない。死んでも何かを伝えられる人が居るのかもしれない……私にはそんな力はない。でも、私とあなたはこうして出会えてる。たとえこれが夢幻だったとしても、あなたと交わした言葉は、あなたの体で触れたものは、あなたの目で見たものは、全部本物だと思ってます。作り物になんてしたくない、嘘になんてしたくない……そう、思ってます」
『私はあなたが嫌い。大嫌い。あなたの言葉なんて全部嘘だと思ってる。信じたくなんてない……けど、このままカードにされるのは嫌だ』
詠歌の手を、私は掴んだ。
◇◆◇◆
――詠歌。あなたが私に反逆の女神の姿を見せてくれたように。私も見せてあげます。だから、見ていてください。
私のデュエルを……! 私とあなたの、思い出の証を!
「いくよ、ミドラーシュ、プディンセス!」
いくよ、詠歌、私。
私たちの魂の写し身とも言える二人の体が光へと変わる。
「また融合召喚、あの時の女神様か……けどそんなもの、僕が打ち砕いてあげる……!」
「私はレベル5のエルシャドール・ミドラーシュとマドルチェ・プディンセスで――オーバーレイ!」
他人である私たちは一つにはなれない。でもその力を重ねる事は出来る。想いを重ねる事は出来る……!
「二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! ――人形たちと踊るお菓子の姫君よ、漆黒の衣装身に纏い、光で着飾れ、御伽の舞台の幕上げを! エクシーズ召喚!」
光を飲み込む闇の中で、光がはじけた。
「おいで――――マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード!」
眩い光は二つの光球へと収束し、彼女の周囲を彩る。その光は夜を思わせるその大人びた黒衣に良く映えた。
マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード
ランク5
攻撃力 2500
ORU 2
投稿当初には存在しなかったショコ・ア・ラ・モードですが、このカードのおかげで今回の話が出来ました。
現時点での主人公の集大成とも言える話です。