『行くの?』
久守詠歌が問い掛ける。
「行くよ」
私は答える。
『勝手に私の体を使って?』
「勝手にあなたの体を使って」
『カードにされちゃうかもしれないよ? 私の体』
「されちゃうかもしれませんね、あなたの体」
『あなたは良いかもしれない。でも私は嫌だよ』
「私も嫌ですよ。だから、戦います」
『戦わなければ危ない目にも会わないのに?』
「それでも行きます」
何を言われても、もう止まらない。
「止めたいなら、力づくで奪い返して下さい」
『……あははははは! そうする! 私の体だもん、私が取り戻すよ!』
「ええ。この戦いが終わったら、あなたともゆっくりと話がしたいですね」
『私はしたくないよ。だって私、あなたの事嫌いだもの」
「そう。残念です、私は嫌いじゃないですよ。私なんかよりもずっと強い、あなたの事」
『……何も知らない癖に』
「知らないから知りたいと思うんですよ」
◇◆◇◆
外に出ると、其処に広がっていたのは密林だった。
「セットされているフィールド魔法は……ワンダー・カルテット?」
部屋の窓から見えたのは遺跡のようなフィールドだった、名前から察するに4つの異なるエリアが同時に街に展開されているのだろう。
昨日、店長さんが言っていたお店を営業できないというのはこの為か。
けれどどうしてこんな大掛かりな事を? たしか調べた去年の大会では普通のトーナメント形式だったはず……何か理由があるのだろうか。
「逢歌の事もある……赤馬社長にその事を伝えたいですが」
それとも既に知っている? 確かめようにもデュエルディスクの通信機能は完全に壊れてしまっているらしく、何処にも通じない。
直接LDSに行きたい所だけど、このアクションフィールドの中じゃ何処に何があるのかすら分からない。
恐らくこれはバトルロイヤル方式のはず、制限時間内での勝利数を競うのか、それとも他の何かを競っているのかは分からないけれど……どちらにしても制限時間がどれだけあるのかも分からない。待っていても状況は好転しない。
それに、もう待つのは終わりだ。
私がやるべき、ううん、やりたい事は二つ。LDSに逢歌の、融合次元からの侵入者の存在を告げる事と、逢歌を探し出し、彼女を、私の大切な友人を取り戻す事。
前者に関して言えば後回しでも構わないだろう、逢歌の言葉を信じるなら、あの倉庫内で沢渡さんも逢歌と会っている、それなら沢渡さんが逢歌の事を伝えてくれているはずだ。社長ならその限られた情報からでも逢歌が何者なのか気付いてくれるだろう。それにきっと私と沢渡さんのデュエルも監視していたはずだ。
「……なら、まずは逢歌だ」
好き勝手言ってくれたお礼をしてあげましょう。
それに確かめたい事もある。
「――あれ?」
取るべき道は分かった。歩き始めた私に背後から声が掛かる。
振り返ると、そこに居たのは見覚えのある顔。
「君は……」
「確か……茂古田未知夫さん、でしたか」
「うん、そうだけど……君はバトルロイヤルの参加者、じゃないよね?」
「ええ」
やはり三回戦はバトルロイヤル形式のようだ。
「色々と事情があって、フィールド内に取り残されてしまったんです。私はLDSの久守詠歌」
「そうなんだ……確かに街中がこんな状態じゃ、何処に行ったらいいか分からないよね。あ、そうだ、それなら大会の運営に連絡してあげるよ」
「いえ、それには及びません。私は私でやる事があるので。お気遣い、ありがとうございます。ただ、いくつか訊きたい事が」
「何? 僕に答えられる事なら何でも聞いて」
爽やかな笑みを浮かべる茂古田さん。詳しくは知らないけれど、有名な料理人でもあったはずだ。こんな状況じゃなければ料理に関しても色々と訊きたい所ですが……
「このバトルロイヤルについて教えてもらえませんか? 制限時間やルールについて」
「うん、いいよ。えーと、このバトルロイヤルは今日のお昼、丁度正午から始まって、制限時間は24時間、明日の正午まで」
「正午……まだ始まってそれ程時間は経っていないんですね」
「そうだね。それからこのアクションフィールドの中には予めレオ・コーポレーション製のペンデュラムカードが隠してあって、それを二枚以上見つけてからじゃないとデュエルは出来ないんだ。僕も一枚は見つけて、今はそれを探している最中」
既にペンデュラムカードの量産は終わっていたようだ。……でもそのルールは少し厄介だ。既に私のデュエルディスクもこのアクションフィールドの影響下にある。逢歌を捜す前にペンデュラムカードを見つけなければデュエルする事も出来ないのか。融合次元のデュエルディスクを使っているであろう逢歌にそのルールは適用されないだろうけれど……。
「そしてデュエルはお互いのペンデュラムカードを賭ける事が条件で、制限時間内により多くのペンデュラムカードを手に入れた人の勝ちってわけ」
「成程……ありがとうございます」
「これくらい気にしないで。他に何か知りたい事はある?」
「……茂古田さんに聞いても分からないかもしれないんですが」
そう前置きしてもう一つ、個人的に気になっていた事を尋ねてみる。
「私と同じLDSの志島北斗さんがどうなったか知りませんか?」
光津さんと刀堂さんは一回戦で敗れてしまったのは知っているけれど、志島さんに関しては何も知らない。私の覚えている限り、一回戦の相手は志島さんならば苦も無く倒せる、そう思っていたのですが、昨日のニュースではベスト16には残っていなかった。という事は二回戦で敗退してしまったのだろうけど……。
「ああっ、彼なら僕の二回戦の対戦相手だったんだよ」
「……そうですか」
優勝候補筆頭とまで呼ばれた志島さんでさえ、二回戦敗退……やはり赤馬社長の狙い通り、この大会でランサーズの候補者を選定する事は間違いではなかった。
「ただ……僕の不戦勝だったんだ」
「不戦勝……?」
「ああ。時間になっても会場に現れなくてね。それが少し心残りだったんだ。その分、このバトルロイヤルではたくさんデュエルをするつもりだけどね」
「……」
嫌な、予感がする。あの志島さんが不戦敗だなんて……考えられない。
まさか彼女のように逢歌が……決めつけるのはまだ早い、でもこれでまた逢歌を捜す理由が増えた。
「彼とは知り合いなのかい?」
「はい。私の大切な友人です」
「そっか……」
茂古田さんが少し申し訳なさそうな表情を見せた。
「気になさらないで下さい。どんな結果であれ、これは大会。それは志島さんも分かっているはずですから」
けれどもし大会とは関係のないものに巻き込まれた結果なのだとしたら……。
「ありがとう。君は優しいね」
「その言葉、そのままお返ししますよ」
「そうかい? なら優しさついでにもう一つ」
「……?」
そう言って茂古田さんは何かを取り出した。
「ご飯はしっかり食べてる? 少し顔色が悪いよ?」
差し出されたのはサンドイッチだった。
「長丁場になると思ってね、一応作って来たんだ。良かったらどうぞ」
「い、いえ、それならあなたが。私は大会参加者ではありませんので」
「僕なら大丈夫。他にも材料は持ってきているからね。それに僕はクッキングデュエリスト、お腹を空かせた人が居るならそれを満たしてあげないとね」
「……ありがとうございます」
躊躇いながらもサンドイッチを受け取る。私が作る物より遥かに美味しそうなそれを見ていると、忘れかけていた空腹がぶり返して来た。
……ちなみにあの名状しがたいナニカは置いて来た。流石に無理です。やばいです。有り得ないです。
「さて、それじゃあ僕はこれで。君も気を付けてね。参加者じゃなくても此処はもうアクションフィールド、巻き込まれないとも限らないから」
「はい。お気遣いありがとうございます。大会、頑張ってください、茂古田さん」
「ありがとう。じゃあね」
最後まで微笑みを絶やさず、茂古田さんは去って行った。
「……やっぱり美味しい」
サンドイッチを口にすると、やはり私が作った物の何倍も美味しかった。相手はプロの料理人とはいえ……少し、ショックです。
でもこれで逢歌を捜す前にやらなければならないことが出来た。このフィールド内に隠されているというペンデュラムカード探し。まずはそれを見つけなくては。
「今となってはあまり気は進みませんが……」
一枚のカードを取り出し、ディスクにセットされたデッキへと入れる。
逢歌に奪われたクリフォートたちだが、何故か一枚だけは残されていた。正直これを使いたくはない。これは私にとって、昨日までの私を象徴するカードだ。マドルチェたちを捨て、ただ力を求めていた私を。
けれどこれもLDS製のペンデュラムカード、バトルロイヤルのルールは満たせるはず。残る一枚を探そう。とはいえクリフォートの効果のせいでペンデュラム召喚は使えないけれど。
「でも大丈夫。今の私には、みんなが居るもんね」
デッキを撫でる。この中には二つの人形たちが居る。私の大切な仲間たちが。
私と久守詠歌は別人だけど、何処か似ている。
久守詠歌もきっと、この人形たちに何か想いを込めているのだろう。私が人形たちに想いを込めたように。
◇◆◇◆
「あれお嬢様、バレットさんは?」
バトルロイヤルが始まる少し前、逢歌とセレナは舞網市の路地裏で再会していた。
「アカデミアに帰った」
「あー……どうして? まさかホームシックってわけじゃないでしょ?」
「零児に敗れたからだ」
「……」
困ったように逢歌は頬をかいた。
「えーとその零児さんっていうのは?」
「このスタンダードのデュエリスト。プロフェッサーの息子だ」
「プロフェッサーの? って事はLDSって所の親玉か」
昨夜倒したLDSのチームたちを思い出して頷く。
「アカデミアに転移する直前、バレットは私たちの居場所をアカデミアに報せた」
「ふうん……って事は」
「ああ。すぐにでもアカデミアから追手がやって来る」
「ま、遅かれ早かれ分かってた事だもんね。それでお嬢様はどうするの?」
「プロフェッサーの追手が来るならば好都合だ。そいつらの目の前でエクシーズの残党を倒し、私の力を証明してみせる。そうすればプロフェッサーも私を認めるだろう」
「でもエクシーズの残党が何処に居るのかも分からないんでしょ?」
「間もなくこの街は戦場になる。その中に必ずエクシーズの残党も紛れているはずだ」
「戦場……えーと、つまり大会の会場になるって事? ああ、だから街に人が居ないんだ」
今朝から気になっていた疑問が氷解し、ポンと手の平を叩いた。
「……ん? このタイミングで街を会場にするって事はお嬢様、もしかしてその零児って人に追手が来るとか教えちゃったの?」
「ああ」
「……お嬢様ってやっぱり凄いよね。うん、凄い」
「それを証明する為に此処に来たのだ」
「あはは……ならその零児さんの狙いは大会に紛れて僕たちや追手の連中を倒す事かな。ざっと見た感じ、かなり広い範囲で人が居なかったし、これだけの広さなら部外者が混じっていても気付かれ難いしね」
「ならそれよりも早く私が倒す」
「いや追手も潰してくれるなら任せようよ……」
「お前はどうする。逃げ帰るなら好きにしろ。そもそも何故お前は私について来た」
「ええ……」
セレナの言葉に逢歌は思わず頭を抱えた。
「本当にお嬢様は一度決めたらそれに向かって一直線だよね。僕だって別に来たくて来たわけじゃないよ? ただお嬢様とバレットさんがスタンダードに行く話をしてる所にたまたま通りがかったら、バレットさんに捕まって、危うく気絶させられそうになったからついて来ただけで。だって「見られたからには仕方ない……」とか言って迫って来るんだもん」
「そうだったか」
「そうだったよ……まあ今となっては良かったけどね。僕もまだ残るよ。もし連れ戻されたら次はいつ来れるか分からないからね。……僕は紫雲院素良と違ってスタンダードに派遣されるような優秀な生徒でもないし」
紫雲院素良、逢歌がその名を呼ぶ時、僅かに昏い感情が含まれていた。
「お嬢様はそのまま真っ直ぐ自分のやりたい事をやってよ。僕も僕で、やりたい事をやるさ。……多分、‟私”もそろそろ答えを出しただろうからね。どんな答えを出したのかな。楽しみで仕方がないよ――っと?」
会話の最中、街中の景色が一変した。
「……へえ、これがアクションフィールドって奴?」
もう間もなく、バトルロイヤルが始まる。
「私は行く」
物珍しそうに周囲を見渡す逢歌とは裏腹に、セレナはただ一点を見つめていた。即ち、大会参加者たちがスタートするスタジアムの方を。
「うん、いってらっしゃい。……あ、ねえお嬢様」
その背に、逢歌は声を掛ける。
「お嬢様はさ、素直で影響されやすい良い子だから、一つ忠告」
「ふざけた事を言うな」
「ははは、まあ聞いてよ。うーんとそうだな……人に流されないようにね、誰かの影響を受けるのはいいよ。でも、自分を見失わないで。自分がやりたい事をやってよ。やるべき事とかじゃなくてさ」
「ふん、何を言うかと思えば……私はいつも私の考えで動いている」
「うん。ならいいんだ。頑張ってね、セレナお嬢様」
それ以上言葉を交わす事無く、セレナは去って行った。
一人残された逢歌は笑みを浮かべ、呟く。
「さあて、僕も僕でやりたい事をやりますか……やるべき事の為に、ね。問題はアカデミアの追手か。都合よくまた彼が来てくれればいいけど……まあいいさ。‟私”の方だけでも終わらせよう」
◇◆◇◆
「ちくしょう、此処にも居ねえか……」
沢渡はバトルロイヤルの会場と化した舞網の街に居た。
その手に返却されたデュエルディスクと、新たなデッキを携えて。
昨日、時間は掛かってしまったが刀堂刃の手を借り、LDSの外へと脱出した沢渡を待ち受けていたのはアカデミアのデュエリスト、セレナとの再会を果たし、その護衛であるバレットを倒し、帰還した赤馬零児だった。
脱出した矢先、最悪のタイミングでの邂逅だったが、それは沢渡にとって幸運だった。
元よりもう止まる気などなかった沢渡だが、零児は沢渡の予想に反して彼を止める事も咎める事もせず、デュエルディスクと新たなペンデュラムカードを沢渡に与えた。
その理由は――
『沢渡、君に与えた任務を忘れるな』
「チッ、分かってるよ、中島さん。アカデミアとかいう連中をこのバトルロイヤルに紛れてぶっ倒しゃいいんだろ?」
デュエルディスクを介し、中島へと返答する。
零児が沢渡をこの街に放った理由、それはセレナを追いこの世界に現れるであろうアカデミアのデュエリストとの殲滅。
それは詠歌の下へと向かいたい沢渡と秘密裏にアカデミアを撃退したいLDSの目的の合致だ。
その為に沢渡は同様の任務を与えられたユースクラスのベスト8に先立ち、昨日からこの舞網の街を彷徨っていた。
「だけど忘れんな。まずはあいつを見つけんのが先だ。その邪魔になるならアカデミアだろうと参加者だろうとぶっ倒してやるよ」
『……まだアカデミアからの追手は現れていないようだが、昨日社長が倒した者ともう一人、セレナと共に侵入した者が居る。久守詠歌の保護に向かわせたチームと連絡が取れないのも恐らくは君が出会ったと言う久守詠歌そっくりのデュエリストの仕業だ』
「……それならまだいいさ」
昨日の夕方から詠歌を探し、既に半日近く。
真っ先に向かった詠歌のマンションで一度、沢渡は詠歌を見ている。
しかし、彼女は沢渡に見向きもせずに消えた。
(……あの時、またあの得体の知れない奴が出て来てやがった)
彼女を見つけ、呼びかけた時、詠歌は逃げるように去った。だが感じた、あの時倉庫で、あの時詠歌の部屋で感じたものと同じ気配。
彼女の中に居るもう一人の詠歌の存在を。
LDSのチームを倒したのもそのもう一人の詠歌なのではないか、そんな嫌な予想をしてしまう。
もっともそれは沢渡に杞憂ではあるが、唯一、詠歌とその中にいるもう一人の詠歌、そして逢歌、その全てを知る沢渡だからこそ容易に想像してしまうのだ。
あの詠歌ならばやりかねない、と。
『……沢渡』
「何さ? 小言はもう聞き飽きたぜ」
『違う。たった今、会場を中継するカメラが久守詠歌と思われる人物を捉えた』
「何? ……間違いねえのか? 逢歌とかいう奴の方じゃねえだろうな」
『服装は君と同じ中学の制服だ。それに逢歌の方だったとしても向かってもらう。ユースにも連絡する、共に彼女を捕えるんだ』
「必要ねえ……どっちだろうと俺一人で行く」
『また勝手な行動を……!』
「この広い会場の中で、事情を知ってるのは俺とユースの八人、それに黒咲を加えても十人だ。いつ他のアカデミアの連中が現れるかも分からねえのに一か所に集めれば他がカバーできなくなるだろうが」
『……』
沢渡の我が儘に、しかし理に適った言葉に中島は閉口する。
「場所は?」
『……B-32地区、密林エリアだ』
「反対方向かよ……しかも久守の家のそばじゃねえか。クソ、久守の奴、この俺を走り回らせやがって……!」
悪態を吐きながら沢渡は告げられた座標へと向かう。
それをカメラ越しに追いながら沢渡の合理的な考え方を聞いて、中島は思う。社長の言う通り、沢渡はランサーズ足り得るのかもしれない、と。
無論、それを口にする事はしない。彼にとって沢渡は自分を散々振り回して来た問題児、そんな彼を認めるような発言はしたくなかった。
――沢渡が詠歌の下へと向かう中、ついにアカデミアの追手がスタンダードへと降り立つ。
激突の時は近づいていた。
◇◆◇◆
「……っと、やっと見つけた」
茂古田さんと別れて暫く、密林を抜けた先の遺跡のようなエリアでようやくペンデュラムカードを見つけた。随分と苦労した、恐らく他の参加者なのだろうけど、密林エリアではペンデュラムカードの隠されていそうな場所の悉くが荒らされた後で、中々見つからなかった。順位を決めるのはペンデュラムカードの所持数だから、デュエルを避けて隠されたカードを見つける事に集中する者もいるのだろう。
だけどこれで二枚、デュエルの条件は整った。
使う事の出来ないペンデュラムカードをデッキに入れるのには抵抗があるが、仕方ない。
そう思いながらも手に入れたカードを見る。
「……ふふっ」
それを見て、思わず笑みが零れた。
手に入れたペンデュラムカード、それは――妖仙獣 右鎌神柱。
私のデッキに一枚だけ残されていたクリフォート・ゲノムと合わせてこれで二枚。ペンデュラム召喚を行う事は出来ないが、貪欲な今の私にはピッタリの二枚だ。
「力を借りますね、沢渡さん」
沢渡さんが使っていたカード。それだけで私にとっては心強い。
さあ、これで準備は整った。
恐らくもう参加者たちはデュエルを始めているのだろう、さっきの密林エリアの中でも何処からか音が聞こえて来た。
この古代遺跡エリアでも始まっているはずだ、と言っても広いせいで他の参加者とはまだ会えていないが。
とにかく私も参加者たちに乗じて逢歌とデュエルを。
その為にもまずは逢歌を探し出さなくてはならない。彼女が何をしにこの世界へとやって来たのかは分からない、もしかすると既に融合次元へと戻った可能性もある……けれど、私はそうとは微塵も思わなかった。
必ず逢歌はまた私の前に姿を現す。彼女は私を追い詰め、苦しめる事に喜びを見出している。なら私が絶望に身を捩りながら消える様を見届けたいはずだ。だから、きっと彼女はまた現れる。けれど、私ももう彼女の思い通りになんてならない。
「――居たぞ!」
噂をすれば、そう思いながら私は振り向く。
しかし其処に立っていたのは逢歌ではなかった。
「間違いない、セレナ様と一緒に脱走した女だ」
「ああ。おいお前、確か逢歌とか言ったか」
それは青い制服らしき物と白い仮面を纏った二人組だった。
ナイトオブデュエルズが衣装替えした、というわけではないだろう。
それに今、私を見て逢歌と確かに言った。ならこいつらは……
「アカデミア……逢歌の他にも来ていたんですか」
いや、今脱走したと言ったか? なら彼らは逢歌を追って……?
どちらにせよ、話は聞かなくてはならないだろう。
「セレナ様は何処にいる。一緒ではないのか」
「セレナ……?」
初めて聞く名前だ。どうやら彼らの目的は逢歌というよりも逢歌と一緒に逃げたというセレナという人物らしい。
逃げたといっても逢歌の性格からして融合次元に嫌気が差して逃げ出したわけではないだろうが。
「残念ながら知りませんね。むしろ私が教えて欲しいですよ、逢歌が何処にいるのか」
デュエルディスクを構えながら言う。彼らが逢歌の居場所を知らないのは明白だが、見逃すわけにはいかない。
もし彼らを野放しにすればきっとあの女性のような被害者が出る。そんな事、許せるはずがない。
……まさか三回戦が街を舞台にしたバトルロイヤルとなったのは赤馬社長は彼らが来る事を知っていたから? 私が部屋に閉じ籠っている間に、何かあったのだろう……今更それを悔やんでも仕方ない、か。
「おい、あのデュエルディスクは……」
「融合次元の物ではない……? スタンダードのデュエリストか?」
一瞬戸惑いを見せた二人組だったが、すぐに仮面越しでも分かる下卑た笑みを浮かべた。
「スタンダードのデュエリストとの交戦は許可されている。邪魔立てするなら倒すしかないだろ?」
「ああ、そうだな。やむをえまい」
仕方なさそうに言いながら彼らもデュエルディスクを構えるが、喜びを隠し通せていない。……下種め。
「逢歌と戦う前のウォーミングアップと行きましょう……私も、この子たちもやる気は十分です」
ディスクにセットされたデッキを見ながら言い放つ。アカデミアの実態はまだ不透明だ。だけど、こいつらは敵だ。それだけははっきりと分かる。
「一応聞いておきましょう、お前たちは何者ですか」
「オベリスクフォース」
私の問いに、誇らしげに彼らは名乗った。
「……お前たちのような者が神の名を騙るなんて、烏滸がましい」
「ふん、スタンダードのデュエリストは良く吠える」
「最後に吠えるのはお前たちの方だ。ただし、負け犬の遠吠えですけどね」
「お前……!」
……少し口が悪くなった気がします。私の中の詠歌の影響でしょうか?
それとも、ううん、やっぱりあなたも許せないんですよね。こういう身勝手な奴らが。
「なら、やるよ。詠歌」
当然、返事はない。だけど胸の奥が僅かに熱を持った気がした。
「デュエル!」「「デュエル!」」
EIKA VS OBELISK FORCE1
OBERISK FORCE2
LP:4000
「速攻で終わらせてやる! 俺のターン!」
同じ融合次元の紫雲院素良――素良さんが使っていたのはファーニマルとエッジインプ、そしてデストーイ。彼らは一体何を使う? 勿論何であれ負けるつもりは、ない。
「俺は
古代の機械猟犬
レベル3
攻撃力 1000
「さらにカード一枚セットして、ターンエンドだ!」
「私の――」
「俺のターン、ドロー!」
「ッ!」
私がカードをドローするよりも早く、もう一人のオベリスクフォースがドローし、ターンを進めた。
「俺も古代の機械猟犬を召喚!」
古代の機械猟犬
レベル3
攻撃力 1000
「そして直接攻撃だ!」
「くっ――!」
「このモンスターがバトルする時、相手プレイヤーは魔法、罠カードを発動出来ない! アクションカードとやらを探しても無駄だ!」
やっぱりその効果を持っているのか……!
「きゃ……!」
EIKA LP:3000
防ぐ術もなく、私は機械仕掛けの猟犬の爪に斬り裂かれる。
警戒するべきだった……バトルロイヤルルールなら普通は全てのプレイヤーは一ターン目にはバトル出来ない、これもそうだと無意識に考えていたけれど……そういう手を使って来るんですね。
二人組で行動しているのもそのルールを強制的に適用する為か……姑息な手です。
「カードを二枚セットしてターンエンドだ。さあ、お前のターンだぜ」
「……私のターン、ドロー」
これはただのアクションデュエルじゃない。負ければ恐らく、カードへと封印されるのだろう。彼女のように。
さらに胸の奥が熱くなっていく……でも、渡しませんよ、詠歌。こいつらは私が倒します、私と、あなたの力を使って。
「――私はマドルチェ・シューバリエを召喚」
マドルチェ・シューバリエ
レベル4
攻撃力 1700
お伽の国の騎士は膝をついて。私の目の前に現れた。その表情は見えない。
「はっ、随分と軟弱そうなモンスターじゃないか」
オベリスクフォースの煽る言葉を無視し、私は騎士と同じく膝をつく。
「お願い、私に力を貸して」
ゆっくりと頭を上げた騎士の表情は、満面の笑みで彩られていた。
「ありがとう――いくよ!」
立ち上がった私の言葉と共に騎士も立ち上がり、剣を抜く。その表情もまた、騎士のそれへと変化していた。
「マドルチェ・シューバリエで古代の機械猟犬を攻撃!」
シューバリエの剣は、苦も無く機械仕掛けの猟犬を斬り裂いた。
OBERISK FORCE2 LP:3300
「軟弱なのはどちらでしょうね?」
凛として剣を向けるシューバリエの後ろで私は今まで見せた事のない、勝気な笑みを浮かべる。
お伽の国を守る騎士は、私の騎士は、決して軟弱なんかじゃない。
ううん、私の、私たちのデッキに眠る人形たちはみんな、誰にも負けない強さを持っている。
そうですよね、詠歌。
「そして手札から速攻魔法、
吹き荒れる風、その中から暗い光と共に現れ出でる神の写し身。
「ふん、スタンダードのデュエリストが融合か」
「おいで、探し求める者! エルシャドール・ミドラーシュ!」
エルシャドール・ミドラーシュ
レベル5
攻撃力 2200
緑色の髪を揺らし、竜の背で彼女が杖を一閃する。吹き荒れていた風がやみ、彼女の杖へと収束する。
相変わらず気が早いですね。
「融合素材として墓地に送られたビーストとファルコンの効果でカードを一枚ドローし、墓地から裏側守備表示でシャドール・ファルコンを特殊召喚する」
シャドール・ファルコン(セット)
レベル2
守備力 1400
「バトル! エルシャドール・ミドラーシュで直接攻撃! ミッシング・メモリー!」
「させるか! 永続罠、
古代の機械猟犬
レベル3
攻撃力 1000 → 1200
地面から出現した砲台が私へと弾丸を撃ち出し、アクションカードを探す暇もなく私へと着弾する。
けれど、私に恐怖なかった。
EIKA LP:2400
「……バトルは続行です。ミドラーシュで復活した古代の機械猟犬を攻撃」
弾丸はミドラーシュが、衝撃はシューバリエが、それぞれが私の目の前でそれを霧散させてくれた。
それに留まらず、ミドラーシュは機械の猟犬を再び破壊する。
OBWEILSK FORCE2 LP:2300
「私はカードを一枚セットし、ターンエンド」
「はっ……とっとと片付けるぞ! 俺のターン!」
ドローカードを見て、仮面から覗く口元が怪しく歪んだ。
「俺はもう一体古代の機械猟犬を召喚し、二体の古代の機械猟犬の効果を発動! 相手フィールドにモンスターが存在する時、相手に600ポイントのダメージを与える、二体でその二倍、1200のダメージを与える! ハウンド・フレイム!」
EIKA LP:1100
二体一だとバーンによるダメージも少し厄介……。
「さらに俺は古代の機械猟犬のもう一つの効果を発動! フィールドの古代の機械猟犬二体と手札にあるもう一枚の古代の機械猟犬を素材として融合召喚する! 古の魂受け継がれし機械仕掛けの猟犬たちよ、群れなして混じり合い、新たな力と生まれ変わらん! 融合召喚! 現れろ、
古代の機械参頭猟犬
レベル7
攻撃力 1800
「スタンダードの融合など、俺たちの物と比べれば無力同然!」
三体の猟犬たちが融合し、現れた三つ首の猟犬。……けど、これにも恐怖は感じない。感覚が麻痺しているわけでも、やけになっているわけでもないけれど。
「まだ終わりじゃねえぜ、この瞬間、俺の永続罠、古代の機械蘇生の効果を発動し、融合素材として墓地に送られた古代の機械猟犬一体を攻撃力を200アップして特殊召喚! 古代の機械閃光弾の効果も発動! お前にさらに600ポイントのダメージだ!」
「ッ……」
古代の機械猟犬
レベル3
攻撃力 1000 → 1200
EIKA LP:500
ダメージを防ぐ術はない、しかし放たれた炎はミドラーシュによって散らされる。
「このまま一気に蹴りをつけてやるぜ! 古代の機械参頭猟犬でマドルチェ・シューバリエを攻撃! このカードがバトルする時、相手は魔法、罠カードを発動できない!」
「シューバリエ……!」
迫りくる機械の猟犬を剣で受け止め、私を見てシューバリエは微笑んだ。
「シューバリエの効果、このカードは相手によって破壊され墓地へ送られた時、デッキへと戻る!」
シューバリエが噛み砕かれる瞬間、彼の姿は光となって私のデッキへと戻った。
EIKA LP:400
「まだだ! 古代の機械参頭猟犬は一度のバトルフェイズに三回までモンスターに攻撃できる! セットされたシャドール・ファルコンを攻撃ィ!」
「ファルコンのリバース効果発動! 墓地のシャドール・ビーストを裏側守備表示で特殊召喚!」
シャドール・ビースト(セット)
レベル5
守備力 1700
「無駄な事を! そいつにも攻撃だ!」
「ビーストのリバース効果! デッキからカードを二枚ドローし、手札一枚を墓地に送る!」
シャドールたちが噛み砕かれる寸前、影糸がその体を包み込んで消えていく。
例え破壊されたとしても、こいつらにこの子たちの姿を壊させやしない。
「そしてビーストの効果で手札から墓地へ送られたシャドール・ドラゴンの効果を発動! 相手フィールドの魔法、罠カード一枚を破壊する! 私はお前の場の伏せカードを破壊する!」
「ふっ、無駄だ! 速攻魔法、瞬間融合を発――」
「――教えておいてあげます。ミドラーシュがフィールドに存在する限り、プレイヤーはそれぞれ一ターンに一度しか特殊召喚を行えない。私もお前たちも既にこのターン、特殊召喚を行っていますよね」
私は指を、ミドラーシュは杖を向け、言い放つ。
「さあ、どうしますか?」
「チッ……」
舌打ちと共に男は伏せカードを墓地に送った。
別に使わせても良かった。むしろ私にとっては使わせた方が有利だっただろう。けど、こんな奴らにそんな不意打ちでしか勝てないようなら、きっと私が欲しい答えなんて見つけられない。私が探し求めているのはそういう答えだ。
「……何笑ってるんですか」
ミドラーシュが私を見て、笑う。表情は変わらない。けど、それぐらい分かる。
何でもない、そう言うようにミドラーシュは首を振って肩を竦めた。
「俺はこれでターンエンド。だが次で終わりだな」
「俺のターン! ああ、終わりだ! 古代の機械の猟犬の効果発動! ハウンド・フレイムだ!」
「誰が終わるもんか……! 手札のエフェクト・ヴェーラーの効果発動! このカードを墓地に送り、古代の機械猟犬の効果をエンドフェイズまで無効にする!」
ビーストの効果で手札へと呼びこまれたエフェクト・ヴェーラ-。こうして効果を使うのは久しぶりだ。いつだったか、ドロー力がないなんて嘆いていたけれど……もう違う。こんな奴らに、負けやしない。
「チィ、悪足掻きを……! 俺はこれでターンエンド……!」
「その手札は飾りですか。……自分の力じゃない、デッキの力を信じない者にカードたちは力を貸してなんてくれない」
「はっ、たったライフ400で何を偉そうにほざいてやがる?」
「二体一で削り切れなかったお前たちが何を吠えているんですか?」
「ぐっ……」
「私のターン!」
ドローしたカードを見た瞬間、何かのビジョンが見えた。……僅かに躊躇う。
『……』
竜の背から降り、私の横でミドラーシュは全てを分かっているように頷いた。
……そうだね。
「私は手札から装備魔法、
竜の力を借りず、ミドラーシュの体が宙に浮いて行く。それを受け入れ、ミドラーシュは瞳を閉じた。
「このカードは装備したモンスターの属性を宣言した属性に変更する! 私が宣言するのは風属性!」
ミドラーシュの姿が影糸に包まれていく。その姿が完全に包まれる刹那、彼女の姿がかつての、巫女の姿を取り戻した気がした。
「そしてこのカードを装備したミドラーシュと手札のマドルチェ・プディンセスを素材として融合召喚する!」
現れたプディンセスもまた、全てを汲んで微笑んだ。プディンセス、ミドラーシュ……そして詠歌、私は信じるよ。あなたたちを、あなたが見せたあの‟女神”の姿を。
胸の熱はこれ以上ないくらい高まっていた。それを今、解放する。
「――宿命砕きし反逆の女神よ、舞台に幕を、世界に栄光の弓を引け! 融合召喚!」
ミドラーシュとプディンセスを影糸がさらに包み込む。そしてその姿を変えていく。
「現れろ――エルシャドール・シェキナーガ!」
影糸が内側から破られる。まるで羽化するように、機殻の足を広げて反逆の女神がその姿を現す。
「これが……」
エルシャドール・シェキナーガ
レベル10
攻撃力 2600
今まで存在しなかったはずの、新たなエルシャドール。
シャドールとマドルチェの、私と詠歌の力。
「墓地に送られたミドラーシュの効果で墓地の神の写し身との接触を手札に戻し、さらに私は
「また融合を、しかもデッキのモンスターで……!」
「私が融合するのはデッキのシャドール・ビーストとエフェクト・ヴェーラー! 人形を操る巨人よ、お伽の国に誘われた堕天使よ、新たな道を見出し、宿命を砕け! 融合召喚! エルシャドール・ネフィリム!」
それぞれ二枚目のビーストとヴェーラーを素材に、シャドールたちを総べる女王が降臨する。
シェキナーガと同じ姿を持つ、巨大な女王が。
エルシャドール・ネフィリム
レベル8
攻撃力 2800
「ビーストの効果でもう一度カードを一枚ドロー……さらにバトル! エルシャドール・シェキナーガで古代の機械参頭猟犬を攻撃! 撃ち抜け……! 反逆のファントム・クロス!」
「くっ……!」
シェキナーガが従えた機殻に、まるで弓を引き絞るように力が収束していく。
それが解放され、オベリスクフォースを撃ち抜いた。
OBERISK FORCE1 LP:3200
三体の人形を破壊した猟犬は、成す術もなく吹き飛んだ。
「まずはお前からッ。私の人形たちを壊そうとした罰、受けてみなさい……! エルシャドール・ネフィリムで直接攻撃!」
「ぐぁああああああ!」
OBERISK FORCE1 LP:400
「私はこれで、ターンエンド。……どんな手を使おうと、私はあなたたちには負けない。どんなに苦しくても、どんなに悩んでも、答えを探して進み続けてみせる……!」
・久しぶりにマドルチェ復活。主人公もほぼ完全復活。マドルチェの活躍はもう少し先。
・セレナのポンコツぶりは書いてて楽しい。
バトルロイヤルルールに関してですが、黒咲さんとLDS三人組のデュエルの際は全てのプレイヤーが最初のターンは攻撃できませんでしたが、オベリスクフォースたちは普通にバトルしてましたし、刃の口ぶりからしてその辺りのルールはプレイヤーが決めているようなので、恐らく多数決的にルール決めが行われていると思われます、ので今回は遊矢対オベリスクフォース同様の形になりました。
またオベリスクフォースの融合召喚ですが、状況的に双頭猟犬を召喚すべきなのですが、詠歌が融合を使ったために、それに対抗して三枚融合の切り札である参頭猟犬を召喚してしまうというプレイミス。