沢渡さんの取り巻き+1   作:うた野

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今回もデュエルなし。


逢歌と詠歌

デュエルディスクが着信を告げる。履歴には中島の名前が並んでいた。またか、そう思いながら沢渡は着信を切ろうとディスクを操作する。今は構っている暇も、余裕もなかった。

 

「柿本……あいつらか……」

 

表示された名前を見て、ようやく彼らの事を思い出す。逢歌の言ったように、沢渡に彼女の言葉は届いていなかった。

 

「……俺だ」

『あ、沢渡さん!』

「どうした」

 

自ら置いてきた事も気にせず、沢渡は電話に応じる。

 

『今何処に居るんですか!?』

「あいつの……久守の家の前だ」

『久守の? なら丁度良かったっす! あいつのデュエルディスク、倉庫に置きっぱなしでしたよ』

「ん、ああ……そうだったな」

 

デュエルディスクの事も、完全に頭から抜け落ちていた。

 

『……』

 

電話越しに柿本も何かを感じ取ったのだろう、それ以上問い詰めるような事も、自分たちが何者かに襲われた事も告げなかった。大した怪我でもないし、今はそれよりも詠歌の事が気になった。

 

『久守の奴は……?』

「……」

 

沢渡は答えない。答える事が出来なかった。

 

『……そうだっ、大変なんすよ沢渡さん!』

 

その沈黙を聞いて、突然柿本は話題を変える。

 

「一体どうした」

『ジュニアユースの最後の試合、刀堂刃と梁山泊塾の勝鬨勇雄の試合なんですけど……』

「刀堂か……勝ったのか?」

 

柿本の気遣いと刃との以前のデュエルを思い出し、尋ねる。

 

『いいえ……今、LDSの医療施設で治療を受けてると思います』

「治療?」

『中継で見てたんですけど……酷かったっすよ、あれは。あんなデュエル、初めて見ました』

 

柿本の暗い声に、沢渡は顔を歪める。

自分の後に行われた試合、紫雲院素良と黒咲隼とのデュエル、彼が観戦する事はなかったが、それでも話は聞いていた。会場が静まり返る、戦争のようなデュエルだったと。

そして今度は刃と勝鬨のデュエル。それでもまた、会場が湧くことはなかった。

……まるで自分と詠歌のデュエルのようだ。そんな事を思ってしまった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

床に散らばったカードを一枚ずつ拾い集める。

割れ物を扱うように丁寧に、傷つく事がないように、ゆっくりと。

私自身の思い出たちを一枚一枚、集めていく。

 

私と共に来てくれたカードたち。私が私である証明、のはずだった。

それを手放して、目先の力に手を伸ばして、私は何をしていたのだろう。

光津さんにも酷い事を言って、柊さんたちを無視して、私は何をやっていたんだ。

 

「ごめん……ごめんね……っ」

 

カードを胸に抱き、懺悔するように謝罪の言葉を繰り返す。

 

「こんな私、見られたくなかった……」

 

この世界で生きていくと、過去を忘れずに、それでもこの世界で生きていく、そう決めた。

あの子がくれたカードもそんな私に力を貸してくれた。

……でもそんな資格、私にはなかった。

誰かを犠牲に生きるなんて許されるはずがない……!

 

この子たちと生きていたいと願う私の心と、強さを求める久守詠歌という少女の心。

沢渡さんへの思いを、生きていたいと願ったきっかけを、私は疑った。私の心は負けたんだ。

そして私はこの子たちを手放した。そして私は……

 

 

今も、悩んでいる。

簡単なはずなんだ、答えなんてもう出ているようなものなんだ。

でもそれを認められない。認めたく、ない。

 

「消えなくちゃならないのは、私なんだ……っ」

 

私はもう、生きているはずがないんだから。

でも、それでも……

写真を見つめる。そこに写る、彼の姿を。

 

好きなんだ。一度疑ってしまった、一度はもう一つの心に負けてしまった。でも、好きなんだ。

理由なんてない、理屈なんてない、ただこの気持ちだけは本物なんだ。

どれだけ迷っても、どれだけ間違えても、この想いだけは否定できない。

 

「沢渡さん……っ」

 

私は……死にたくない。

でもこの我が儘は許されない。許されるはずが、ない。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

詠歌のマンション、その部屋の前、扉に背を預け沢渡は座り込んでいた。

 

「沢渡さん!」

「……ああ」

 

そんな彼の下に、息を切らしながら走り寄る三人の少年たち。

 

「大丈夫っすか……?」

「別に、問題ねえよ」

 

彼らも大したものではなかったとはいえついさっきまで病院に居た怪我人だ。それでも、彼らは沢渡の方を案じていた。

自身を案じる言葉を掛ける大伴にそう返す。嘘だと分かり切った言葉だった。

 

「……これ、久守のデュエルディスクです」

「ああ」

 

山部からそれを受け取る。自分の物と同じ、緑色のデュエルディスク。

 

「……刀堂の奴は?」

「今も治療中みたいっす。光津真澄から連絡が来ました。久守には心配ないって伝えてくれ、って」

「そうか」

 

どんなデュエルだったのかは先ほど電話越しに聞いた。

一方的な、デュエルとはいえない何かだったと。

勝鬨勇雄。昨年のジュニアユース選手権の準優勝者、LDSに次ぐナンバー2のデュエル塾、梁山泊塾のエース。

そんなデュエリストがそんなデュエルをして、それが許されて……デュエルとは一体何だったのか。

自分が榊遊矢との試合で感じた観客の熱狂は、あの歓声は、あの拍手は、一体何だったのか。

 

「沢渡さん、久守の奴は……」

「……」

 

その問いに対する答えを沢渡は持っていなかった。

 

陽が落ちていく。沢渡たちに影を落としていく。

 

「……沢渡さん!」

「これ、差し入れっす! 食べて元気出して下さい!」

「本当はいつものケーキ屋のが良いかと思ったんですけど、閉まってたんでこれで勘弁してください!」

 

差し出されたコンビニの袋を受け取る。中身は沢渡が好みそうなスイーツと缶コーヒー。

 

「……おう」

 

顔を上げて、三人の顔を見る。笑顔だった。

榊遊矢とのデュエルで皆が見せたような、そんな笑顔。

 

「……」

 

このままでは終われない。

一度届かなかったぐらいで折れるような心を沢渡は持ち合わせていない。

 

「……はっ、安心しな! この俺があいつを笑顔にして連れ戻してやるよ!」

「それでこそ沢渡さんっす!」

「いやいや違うだろ?」

「ネオ・ニュー沢渡さん!」

 

「イエス! この俺に不可能はねえ!」

 

一度で駄目なら二度、二度で駄目なら三度。言葉が届くまで、笑顔を見るまで、沢渡シンゴは諦めない。

そんな選択肢、端からありはしない。

 

「あいつの事は俺に任せときな」

「「「はい!」」」

「大勢で此処に居ても邪魔だ。お前らは帰れ」

「分かりましたっ」

「無理はしないでくださいよ!」

「沢渡さん、一度決めたら周りが見えなくなるんだから」

「心配無用だ。何故なら俺は――」

 

大仰な手振り、いつもの彼のフリに、彼らは応える。

 

「ネオ!」

「ニュー!」

「沢渡さん!」

 

「そう! 俺は伝説を生む男……!」

 

 

 

 

 

三人を見送り、沢渡は再び扉に背を預けて座り込む。

受け取った袋から手始めにワッフルを取り出し、一口齧る。このまま何時間だって居座るつもりで。

 

「…………沢渡さん」

「んごふっ!? げほっ、ごほっごほっ!?」

 

その矢先、扉越しに掛けられた声に咽せ返る。

 

「だ、大丈夫、ですか……?」

「げほっ! ……あ、ああ」

 

慌ててコーヒーを飲んで、どうにか流し込む。

 

「……落ち着いたか?」

「……はい」

 

それはあなたの方では? そんな詠歌の心の声が聞こえた気がした。

 

「でも、ごめんなさい。今は顔を見せられません……酷い顔だと思いますから」

「んな事今更気にしねえよ」

 

扉を挟んで背中合わせに座りながら、二人は言葉を交わす。

 

「私が気にしますよ。女の子、ですから」

「そうか……なら、仕方ねえ。また前みたいに適当に顔拭ってねえだろうな?」

「はい……大丈夫です」

 

まだ掠れた声だが、もう涙は流していない。その事に少しだけ安心した。

 

「……扉越しに聞いてました。刀堂さんは……」

「ああ、負けたらしい」

「相手は梁山泊塾の勝鬨さん、でしたよね。でも治療中って……」

「聞いてたんだろ。心配ねえよ。刀堂の事より自分の心配しろ」

「はい……沢渡さんは優しいですね、いつだって」

「何を言ってやがる。これぐらい当たり前だろ」

 

そんな事を言われたのは初めてだった。

 

「いいえ。沢渡さんは優しいです。こんな私にとても良くしてくれて……沢渡さん、初めて会った時の事、覚えていますか?」

「ああ。お前がいきなり教室に乗り込んで来た」

「ずっと、直接会いたかったんです。いつも私は影に隠れてましたから……同じ学校に通えるようになって、我慢できなかったんです」

「そもそも何でパパに頼まれたからって隠れてたんだよ。隠れる必要ねえじゃねえか」

「そうですね……もっと早く、そうしておけば良かったです」

「まあいい。どうせこれから長い付き合いになるんだからな」

 

深い意味はない、無自覚な言葉だった。

けれど嘘にする気もない。これからも自分は詠歌や山部たちと過ごしていく。たとえ離れる事があっても、最後にはいつもの五人で色々な事を経験していく。

 

「……」

 

返事はない。

 

「……色々な事がありましたね。最初に会った時は、こんな風になるなんて思いもしませんでした。期待してなかったと言えば嘘になりますけど、すぐに同じLDSで学べるようになって、それどころか学校でも一緒に居られるようになって……」

「……デュエルを学ぶんだったらこの俺が居るLDSが一番だと思ったまでだ。それに学校だってお前が妙な遠慮してただけだろ」

「そうですね。……でも沢渡さんに誘われて、本当に嬉しかったんですよ。それから紅茶の淹れ方も勉強して、少しでも美味しくしようって」

「最初は酷い味だったな」

 

初めて飲んだ彼女の紅茶はお世辞にも美味しいとは言えないものだった。

 

「沢渡さんが紅茶を飲んでるのを見て、なら私が……って思って淹れたんですけどね。あの時はごめんなさい。気持ちばかり逸ってしまいました」

「ま、今は随分美味くなった。これからも精進するんだな」

「……」

 

答えはない。

 

「……沢渡さんが好きそうだと思って、ケーキ屋にも通うようになったんです。食べた事はあったけど、自分で行くのは初めてでした。ショーケースいっぱいにいろんなケーキやプティングが並んでいて、目移りしてしまいました」

「センスは悪くなかったな。どれも俺好みの味だ」

「店員さんとも仲良くなって、新しい商品に名前を付けたりもしたんですよ。まだまだ人気商品とは言えないみたいですけど、それでも色々な人が買って、食べて、笑顔になって……なんだか不思議な感覚です」

「あのプティングか。味はまだまだだが、あれを作った奴も将来有望だな」

「本人に言ってあげてください。きっと喜びます。沢渡さんの試合も一緒に見に行ってたんですよ。沢渡さんのファンになったみたいです」

「気が向いたらな。それに俺の実力はまだまだあんなもんじゃねえ。あれぐらいで満足されちゃあ困るね」

「はい。沢渡さんはもっともっと強くなっていくんですよね。ペンデュラムカードを手に入れて、それで終わりなんかじゃありませんよね」

「当たり前だ。お前も、こんな所で終わるような奴じゃねえだろ」

「……」

 

少女は、答えない。

 

「……何で黙ってる。いいのかよ、こんな所で終わって、それで。違えだろ? まだまだやりたい事もやれる事もあんだろうが」

「……ごめんなさい。今はまだ、答えられません」

「何だよそれ……! ただ一言じゃねえかッ、ただ、そうだって、それだけじゃねえかッ。何で答えられねえんだよ……!」

「……沢渡さんに、嘘は言えません。だからまだ、答えられないんです……!」

 

また少女の声は震えていた。

 

「でも必ず答えを出します……その時は、一番に聞いてください。私の答えを」

「……答えなんざ、一つじゃねえか……」

 

聞きたい言葉はそんなものじゃない。ただ一言、肯定してくれればそれだけで良かった。

けれどまだ、少女からその言葉は聞けなかった。

 

「……沢渡さん、私は、あなたの事が、本当に――」

 

少女が何かを告げようとした、その時だった。

沢渡のデュエルディスクが着信を告げる。

 

『沢渡! 貴様、何処で何をしている!?』

 

強制的に通話モードに移行し、中島の怒声が聞こえて来た。

 

『もうとっくにデュエルは終わったはずだ! すぐにLDSに戻れ!』

「今そんな事をしてる暇は――」

『ふざけるな! 今度こそ退学処分にしてもいいんだ!』

 

そんな事、知った事か。怒鳴り返そうとする沢渡を少女が止めた。

 

「……行って下さい、沢渡さん」

「ッ……」

「もし本当に退学になんてなったら、お父様が悲しみます。私は大丈夫ですから……」

「……約束だ。お前の出した答え、必ず聞かせろ」

「はい」

『久守詠歌も一緒かッ? 彼女とは全く連絡が取れない。もし一緒なら彼女も連れて――』

「違うよ、中島さん。俺一人だ。今から行くから待ってな」

『何を偉そうに――』

「それじゃ、バイバーイ」

『待っ――』

 

通話を切る。通話が終わってしまえば静かなものだった。

 

「用件が終わったらまた戻って来る」

 

立ち上がり、壁越しにそう告げる。

 

「無理はしないでください。私は大丈夫ですから」

「黙って言う事聞け。戻って来る」

「……はい」

「あいつらからの差し入れとお前のデュエルディスク、置いておく。中島さんが繋がらないって言ってたからひょっとすると落とした時にどっか壊れたのかもしれねえが、そっちの方が都合が良いだろ」

「ありがとう、ございます」

「ああ……後でな」

 

一歩、扉から離れる。離れるのは不安だ、それでも父親に迷惑を掛けたくない、少女に心配を掛けたくない。

すぐに戻って来る、そう決めて沢渡はまた一歩踏み出す。

 

「――沢渡さん」

 

背後で扉が開く音がした。

そして、自分の背に軽い衝撃。

 

少女が自分のシャツを掴み、頭を預けているのだと気付く。

 

「久守……?」

「振り向かないで、ください」

 

シャツ越しに少女の涙が流れるのを感じる。

 

「ごめんなさい……」

「言っただろ、謝るなって」

「……ありがとう、ございます」

 

感謝の言葉と共に、背から少女が離れた。

そして自分の肩に何かが掛けられる。部屋に置いて来た制服だった。

 

「このまま振り向かないで、行ってください」

「……」

「いってらっしゃい、沢渡さん。また、後で」

 

振り向かないでも分かる。少女は必死に、笑おうとしている。

きっと泣きはらした目で、赤くなってしまった瞳で、それでも笑顔を作ろうとしている。

 

「ああ。行ってくる」

 

バサリ、と制服に袖を通しながら、沢渡はそう返した。

少女の笑顔を無駄にしない為に、彼女が必死で向けてくれた笑顔が崩れる前に。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……」

 

走り去って行く沢渡さんを見送る。

もう少し、後少しだけ、私が私でいられなくなるその時まで少しでもあの人を目に焼き付けておきたい。

 

「……お願い、後少しだけでいい……それ以上の我が儘は言わないから……っ」

 

答えはもう出ていた。

 

沢渡さんにさようならを言うまで、この世界の友達にさようならを伝えるまで、後少しだけ。

ほんの僅かな時間しか残されていないのだろう、何となく分かる。分かってしまう。

沢渡さんとのデュエルで何があったのか、私は覚えていない。

でもそれがきっかけとなっているのだろう、どんどんと私がわたしでなくなっていく、そんな感覚が絶えず私を襲っている。

気を抜けば今すぐにでも私は消えてしまうんじゃないか、そんな不安が離れない。

 

「後少しだけ……せめて別れの言葉だけは伝えさせて……」

 

こんな気持ちだったのだろうか。かつて私の前からいなくなったみんなも。

少しでも納得のいく別れを。……ううん、違う。納得なんて出来たはずない。納得できなくても、それでも別れるしかなかった。どれだけ生きていたいと願っても、それでも叶わなかった。

それと比べれば、私はなんて我が儘なんだろう。なんて……恵まれているんだろう。

 

「恵まれて……るんだ。なのに、こんな……!」

 

零れ落ちた涙がコンクリートの床に染みを作る。

私の記憶の中にあるみんなは涙を見せなかった。笑顔だった。

最期まで私の事を案じてくれていた。でも知ってるんだ。みんな、隠れて泣いていたことを。怖くて、でもどうしようもなくて、それでも最期まで私に笑顔を、笑顔の思い出をくれたんだ。

なのに私は……!

抑えきれなかった。流れる涙を隠せなかった。

 

「……せめて最期は、私も笑顔で……」

 

沢渡さんたちの最後の記憶に残る私は笑顔で。優しいこの世界の友人たちが少しでも悲しまないように。

私を思い出した時、笑顔を思い出してくれるように。

 

「笑顔で、さようならを……」

 

 

 

「――へえ、それが‟私”の答えか」

 

不意に声が聞こえた。

 

「誰……?」

 

顔を上げるといつの間にか、ローブで顔を隠した、同じ背格好の少女が立っていた。

 

「もっと苦しんで悩むと思ったんだけどな」

 

ゆっくりと、目の前の少女はローブを下ろす。

 

「……!」

 

隠された顔が露わになる。

それは、

 

「私……?」

 

私と同じ顔をしていた。

……いや、違う。その顔は私と同じなんじゃない。久守詠歌という少女と同じなんだ。

榊さんとあの襲撃犯と同じように、久守詠歌と同じ顔をした少女。

 

「あなたは……」

「僕は逢歌(あいか)。よろしくね、‟私”」

 

榊さんと同じように、久守詠歌という少女も何かに巻き込まれる運命なのか。

たとえ私が消えても、彼女に安息は訪れない。……けど、信じよう。久守詠歌という少女を。

両親を失っても必死で生きていたであろう私なんかよりも強い少女の事を。

 

「ああ、色々と考えてる? でも安心してよ、僕が用があるのは久守詠歌じゃないんだから」

「何を……?」

「僕も驚いたよ。ここまでそっくりさんだとはね」

 

……何か、違和感を感じる。この口ぶりではまるで久守詠歌ではなく、本当の私を知っているような――

 

「‟マドルチェ・プディンセス”、そんな名前を付ける人なんてそうそういるわけがない」

「……!? あなたは、一体……」

 

違う。彼女が言っているのは久守詠歌じゃない。その中に居る、私自身だ。

目の前の逢歌という少女は私があの名前に込めた想いを、知っている。

 

「言っただろう? 僕は逢歌。融合次元、アカデミアのデュエリストさ」

「違う! なら知ってるはずがないっ、私があの名前を付けた意味を、それに込めた想いを!」

「想いねえ……‟あの子”たちとの思い出の籠ったカードと同じ名前を付けて、それを誰かに繋いでいく、そんな所かな?」

「……!」

「いや良い話だと思うよ。きっと‟あの子”たちも喜んでるはずさ」

「……本当に、私、なんですか」

「さあ? まさか本当に同一人物だとは思ってないよ。たとえ同じ人生を歩んで、同じ結末を迎えたとしても、今の君はスタンダード次元の人間で、僕は融合次元の人間、そうして僕たちは向かい合ってる。その時点で別人だろう? ドッペルゲンガー、平行世界の自分、もう一人の僕、まあ色々言い表す言葉はあるだろうけどね」

 

彼女の言う通り、本当に私自身であるはずはない。

だけど、彼女は私と同じ道筋を辿って来た……あの人たちとの別れを経て、この世界の別次元へと。

一人だと思っていた。でも、違った。私と同じ境遇の人が居た……!

 

「あ、あなたは……」

 

声が震える。怯えや悲しみからではない。期待にだ。

考えてしまう。彼女がこうして立っているのなら、私も……私‟も”生きていて良いのではないか、そう思ってしまう。

それが許されるのではないかと。

 

「ん? あれ、もしかして‟私”さあ」

 

けれど、それは余りにも淡い期待で、傲慢な欲望だった。

 

「僕を見た途端に決意が鈍った? ひょっとして一度死んだ癖に生きていたいとか思っちゃった?」

「……!」

「駄目に決まってるじゃないか。え? いやだって死んでるんだよ? それなのに他人の体で生きようとか身勝手過ぎるよね?」

 

笑いながら逢歌は言う。私に顔を近づけ、囁くように。

 

「な、ならあなたは――」

「だから、言ってるだろう? 僕は逢歌。アカデミアのデュエリストだ。もうとっくに亡霊なんて消えたよ。‟私”みたいに身勝手に生にしがみ付く真似なんてせずにね。だから僕はボク。‟私”とは違うよ」

 

僅かに抱いた希望も、簡単に打ち砕かれた。

 

彼女の言葉が真実だと言うなら、私もいずれこうなるのか。

私が消えて、わたしになるのか。

……分かっていたはずなのに、それを受け入れようとしたはずなのに、許されるのかもしれないなんて、そんな身勝手な願いを抱いた。……どうしようもなく、愚かだ。

 

「……」

 

膝から力が抜ける。立っていられなかった。

 

「あはは、無様だね。でもこれなら必要なかったかな」

 

……受け入れよう。私はわたしになる。亡霊は消え、本来生きるべき者に体を返そう。目の前の少女のように。

それが本来の形なんだから。

 

「本当なら‟これ”を見せて絶望してもらうつもりだったんだけど。もう答えは出たみたいだね。まあ当然か、それが普通だよ」

「……?」

 

逢歌の手からひらひらと一枚のカードが私の手元に落ちた。

歪んだ視界でそれを捉える。

 

「ッ――!」

 

それは、

 

「生き別れた‟私”の双子のフリをして、悲劇的なストーリーを語ったら随分と親切にしてくれたよ」

 

それに描かれていたのは、

 

「良い人と出会えたんだね、‟私”。しかも素敵なボーイフレンドまで作って、一体どこで覚えたんだい? 男の人なんて病院で最初に会ったお兄さんぐらいとしか接点なかったはずだけど」

 

見知った顔、毎日のように会っていたはずの、今日も会話をして、私を送り出してくれた、

 

「でもそのお姉さん、‟私”の家までは知らなかったんだよね。まあたまたまあの男の子三人組を見つけて後を追って来たから簡単だったけどさ」

 

――あの女性だった。

 

「――お前ぇぇぇえええええええええええ!!」

 

無理矢理に立ち上がり、逢歌に掴みかかり、扉へと押し付ける。

これがただのカードであるはずがない。嫌でもそれが分かってしまう。

驚愕に歪んだ表情は決して作り物なんかじゃない……!

 

「何でっ、どうして!」

「……痛いなあ。何を怒ってるのさ? 関係ないだろ? だってこれは‟私”の知り合いでしょ? これから消える‟私”の知り合いがどうなろうと久守詠歌には関係ないじゃないか?」

「関係ない……? ふざけるな! この人は、私の友達だッ! まだ名前も聞いてないのに、それを……!」

 

何も考えられない、ただ怒りだけが私の心を支配している。

 

「……だからさあ、本来死んでるはずの‟私”が、友達を作ってる事自体可笑しいんだって」

 

冷たく、逢歌は言い捨てる。悪びれもしない態度に私の怒りはさらに高まる。

 

「だからってこの人は関係ない! 私を苦しめたいなら、私を直接襲えばいい! なんで関係ない人を巻き込んだ!」

「あはは、分かってないなあ」

「っ、ぐ……!」

 

力は一切抜いていないのに、体勢が反転し、今度は私が扉へと押し付けられる。

 

「ねえ‟私”。その体は‟私”のじゃない。久守詠歌って子のだろう? その体を苦しめても駄目なんだ、‟私”を苦しめるにはね。分かるかい? ‟私”、その体を張る行為も、その命を懸ける行為すら、賭け金になってないんだよ。だってそうだろう? ‟私”の操り人形のその体が砕けようと、命が尽きようと‟私”には関係ない。だってもう死んでるんだから」

「ッ……!」

 

逢歌の目が私と同じ瞳が私を見つめる。

 

「でも流石だね。デュエリストじゃないからこうやって暴力に走れるんだ。それもそうか、だって‟私”はそんなのとは無縁の所に居たんだものね。今は自由に動く、思い通りに操れる体があるんだ。気に入らないならこうして自分の手を使えばいいんだもんね。あはは」

「……!」

 

知っている。逢歌は私を苦しめる為の方法をとても良く。その言葉は私の神経を逆撫でする。

 

「分かったなら離してくれない?」

「ッ……」

「あれ、聞こえなかった? ――離せよ、‟私”。そんな綺麗な手で、僕に触れるな」

 

……ゆっくりとローブを掴んだ手を離すと、逢歌もまた私から手を離した。

 

「さてと」

 

女性が描かれたカードを拾い、逢歌は再びローブで顔を隠した。

 

「待て……! そのカードを、彼女をどうするつもり……!?」

「だから‟私”には関係ないって。もう答えは出たんだろう? ならさっさとお別れとやらを済ませて消えちゃいなよ。この人の事はその後で考えるさ。ま、僕のスタンダードでの戦果って事でお持ち帰りするつもりだけどね」

「ふざ、けるな……! そんな事許さない!」

「へえ? でも分かってる? 僕を敵に回すって事は融合次元そのものを相手にするって事だよ?」

「そんなの関係ない……! 誰が相手だろうと、その人は必ず取り戻す! 私の――」

 

命に代えても、そう口走ろうとして、止まる。

 

「そういう事。まあ良く考えなよ、‟私”。時間はあんまり残ってないんだろう?」

 

去っていく逢歌を、私はただ睨む事しか出来なかった。

 

 

私の命じゃ、ない。

私には懸けられる命なんて、ないんだ。

 

 

「ああ、そうそう。これは有効活用させてもらうね」

 

一度だけ、逢歌は振り返りあの女性が描かれたのとは別のカードを私に見せつけた。

 

「ペンデュラムカード……!?」

 

クリフォートの名を持つ、私が預かっていたペンデュラムカード。どうしてそれを……。

 

「‟私”が倉庫で子犬みたいに震えている間に拝借させてもらったよ。使い方も分かったし、スタンダードの侵略も時間の問題なんじゃないかな。まあプロフェッサーが何を考えているのかなんて知らないけど」

 

カードを眺めながらそう言って、今度こそ逢歌は去っていった。

 

 

 

 

「バイバイ、‟私”」

 

 

 

 

私はどうすればいいの……?

このまま消える事も、彼女を助ける事も出来ない。

一体どうすれば……私は、何なら許されるの……?

 

 

 

答えは出ないまま、五日間に及んだジュニアユース選手権、第一試合は全て終了した。

 

そしてその日、沢渡さんは戻って来なかった。




次回もデュエルなしの予定です。遊戯王SSとしてあるまじきデュエル率の少なさ。
そして沢渡さんをサブタイに出せない苦痛。

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