沢渡さんの取り巻き+1   作:うた野

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久守詠歌という誰か

『烈風纏いし妖の長よ、荒ぶるその衣を解き放ち、大河を巻き上げ大地を抉れ! 出でよ、魔妖仙獣 大刃禍是!』

 

「――既に貸し与えたペンデュラムカードは完全に使いこなしているようだな」

「はい、まさか沢渡が此処まで実力をつけていたとは……」

「榊遊矢に敗れたとはいえ、彼の実力は決して低い物ではない。特にペンデュラム召喚をいち早く、そして抵抗なく受け入れる柔軟さは他のジュニアユースクラスの者以上だろう」

 

LDSデュエル管制室、そのメインモニターに映し出されるのは沢渡シンゴと久守詠歌、二人のデュエルの様子だ。

そしてそれを見定めるのは赤馬零児と中島。

 

「沢渡に渡したペンデュラムカードと違い、調整が不十分な試作品とはいえ久守詠歌のペンデュラムカードはより強力……相性もあるでしょうが、まさかここまでとは」

 

サブモニターに妖仙獣とクリフォートのペンデュラムカードのデータが表示される。試作品だからなのだろうか、クリフォートのものはデータに波があるらしく、数値は変動を続けていた。

 

『速攻魔法、神の写し身との接触を発動! ペンデュラムゾーンのクリフォートが手札に戻った今、この融合召喚を邪魔するものはない!』

 

「融合……召喚反応はどうだ」

「特筆すべきものはありません。他のスクール生たちと同等のものです」

「そのまま観測を続けるんだ」

「はっ。このデュエルであの時のエクシーズ召喚反応の正体が確かめられるでしょうか」

「それだけではない。彼女は融合、シンクロ、エクシーズ、三つの召喚方法を扱う。その為に彼女のシンクロモンスターにも調整を施し、新たな融合カードを渡したのだ。先日の暗黒寺ゲンとのデュエルではペンデュラムモンスターを素材にしたシンクロ召喚を成功させた。召喚反応こそ通常のものだったが……」

「この沢渡とのデュエルが彼女の力をさらに引き出す可能性がある、と。そういう意味では好都合だったのかもしれません、しかし何故――」

 

中島が何かを言い掛けた時、変化があった。

 

『――あんなもの、‟久守詠歌”には必要ない!』

 

それを聞いて妙な言い回しだ、そう中島は感じた。

 

『うるさい、うるさいっ、うるさいッ! 誰の指図も受けない、私は私だッ! 私の邪魔を、するなぁぁぁああああああああああッ!!』

 

癇癪を起こしたように、髪が乱れる事も気にせず右手で頭を押さえながら、詠歌が叫ぶ。

 

『装備魔法、魂写しの同化をウェンディゴに装備!』

 

「おおっ、あれは……!」

 

今会話に出た、新たな融合魔法。特殊な条件を持ったカードだが、それを詠歌は完全に使いこなしていた。

 

『光属性となったウェンディゴと手札のシャドール・ビーストを融合! 神の写し身よ、魂を捧げ、主たる巨人を呼び起こせ! 融合召喚! 現れろッ、エルシャドール・ネフィリム!』

 

「っ、召喚反応、先ほどよりも増大しています!」

 

管制室でデュエルをモニターしていた一人が驚きながら報告する。

 

「……まだだ、此処からだ」

 

赤馬零児はモニターを見つめ続ける。

 

『反逆の巨人よ、感情無き殺戮の機械を従え、舞台に、世界に終焉の幕を引け! 融合召喚! 現れろ――エルシャドール・シェキナーガ!』

 

そして、ついに三度目の融合召喚が成功された。

 

「極めて強力な融合召喚反応です! これは……スクール生のものとは明らかに違います!」

「……! まさか紫雲院素良と、アカデミアのデュエリストと同レベルの!?」

 

「見事だ、久守詠歌……!」

 

感嘆したように、赤馬零児は詠歌の名を呼んだ。

しかし、その時だった。モニターが突如暗転したのは。

 

「何だっ、どうした!」

「倉庫に設置した監視カメラが応答しません!」

「まさか今の召喚の影響か!?」

「分かりません! ですがこれでは映像は……」

 

……彼らは知らない。これがこの後現れる、逢歌という少女によるものだと。

そしてこの後、詠歌に何が起きたのかも。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「…………なんだよ、これ」

 

目の前に広がる光景に、沢渡は呆然とした。

 

電灯に照らされた部屋、そこに広がる惨状。

 

カーテンが閉め切られた部屋の中、家具は倒れ、様々な物が散乱している。

壊れた何かの破片が玄関近くまで転がっていた。

スイッチを探す時に指に走った痛み、それは壁に突き刺さったガラス片だった。

 

「……」

 

思わず、息を呑む。まるで知らない世界に踏み込んだような感覚。

此処は本当に、久守詠歌の住む部屋なのか?

そんな疑問が沢渡を支配する。

 

「……わたしは、だれなの……?」

 

それでも、背負った詠歌の震える声に気付き、沢渡は中に足を踏み入れた。

靴を脱げば歩く事もままならないと土足のまま、ゆっくりと。

 

「……」

 

せめて詠歌を寝かせられる場所を、そう思い廊下を進む。

キィ、と音を立てて扉が開いた。

バスルームに繋がる、洗面所の扉だった。

 

「っ……」

 

そこも酷い有様だった。

張られた鏡は完全に割れ、散乱している。

さらに一歩、足を進める。

廊下を進むにつれ、奥のダイニングの全容が露わになっていく。

中央に設置されていた椅子は倒れ、テーブルに惹かれたクロスは引き裂かれていた。

 

「……」

 

その中で唯一、一番奥に見えるキッチンだけはまるでそこだけが別の家のように綺麗な原型を保っていた。

その事に僅かながら安心を覚えた。同時に、疑問はさらに深くなる。

 

「泥棒が入ったってわけでもねえ、のか……」

 

ここまで荒らし回って、キッチンだけ手付かずという事はないだろう。

ならやはり、この惨状を作ったのは……

 

「……チッ」

 

舌打ちし、余計な考えを振り払う。

廊下を進み、二番目の扉に手を掛ける。

 

「……」

 

一瞬の躊躇いの後、開く。

 

「……はっ」

 

息が漏れる。安堵の息だった。

その部屋は整頓された、綺麗な部屋だった。

落ち着いた印象を与える色使い、中学生らしいとは言えないが、詠歌らしさを感じる部屋。

その中で少し浮いた、可愛らしいぬいぐるみがベッドの上や棚に設置されている。

 

いつだったか、自分がゲームセンターで取ってやった物だと気付く。

壁に吊るされたボードに、何枚かの写真が貼り付けられている。

その中に写っているのは詠歌と自分や、山部たち。それに刀堂刃や光津真澄、志島北斗と共に写っているもの、柊柚子や遊勝塾の生徒たちと写ったものもある。

そしてその近くの写真立てに飾られているのは自分と詠歌、二人だけが映った写真だ。

 

(これは、こいつがLDSに入った時の……)

 

――『これでお前も今日から此処の一員ってわけだ。ま、精々精進するこったな』

『はい、沢渡さん! あ、あのっ、記念に一緒に写真を撮ってくれませんか!?』

『あん? しょうがねえなあ』

 

LDSの門の前で一緒に写った、初めての写真だった。

 

懐かしみながら、沢渡は部屋の中へと入り、扉を閉めた。

この部屋を汚したくない、そう思って沢渡は詠歌を背負ったまま靴をどうにか脱ぎ捨てた。

そうしてから部屋に設置されたベッドへと詠歌を運ぶ。

ゆっくりと震え続ける詠歌の身体をベッドへと下ろし、その靴を脱がせた。

 

「……おい、大丈夫か、久守」

 

肩を抱きしめながら俯く詠歌の表情は見えない。

 

「ふっ、ふっ……ッ……此処、は」

「お前の部屋だ」

 

震える声だが、返事があった。それに僅かに安心する。

ベッドのそばに腰を下ろし、詠歌を無闇に刺激しないよう考えて普段からは想像できないような静かな優しげな声で返す。

 

「わたし、の……」

 

詠歌の視線が部屋を彷徨う。それがある一点を見た時、異常が起きた。

 

「……う、あっ……い、嫌……嫌だ……!」

「っ、久守ッ」

 

また詠歌の震えが激しくなる。目をきつく瞑り、首を振る。

 

「見ないで……見ないで……!」

「今のお前を放っておけるか……ッ」

「嫌だ……その目で、その顔で、私を見ないで……!」

 

自分の事を言っているのだと、最初はそう思った。

けれど違う、詠歌の症状が変わったのは自分を見たからではない。

 

「っ……!」

 

理由は分からない、これで合っているのかも分からない、けれど沢渡は動いた。

制服を脱ぎ、部屋の壁際、詠歌の視線の先にあった鏡を隠すようにそれを掛けた。

次に目に入ったのはその横、先ほど気付いたボードと写真立て。ボードを裏返し、写真立てを伏せる。

 

「……これで、大丈夫だろ」

 

正解かは分からない。それでも、少しでも詠歌が落ち着けるように沢渡は声をかける。

 

「……っ、う……」

 

ゆっくりと、恐る恐る、詠歌は閉じていた瞳を開いた。

 

「沢渡、さん……」

 

随分と懐かしく感じる呼び方だった。

そうだ、久守詠歌という少女はいつも自分の事をそう呼んでいた。山部たちと、他の取り巻きと同じように、自分を。

 

「……ああ」

 

間違いない、此処に居るのは久守詠歌だ。

自分が良く知る、いつも紅茶を淹れて待っている、大人びたように見えて、自分たちと同じ中学生の、久守詠歌だ。

 

「大丈夫か、久守」

「……」

 

もう一度、確かめるようにそう訊く。

 

「……我が儘を、言っていいですか」

「ああ」

「……手を、握ってほしいんです」

「んなっ……………………ほらよ」

 

想像もしていなかった我が儘に、一瞬体が跳ねた。

しかし、それでも沢渡は頷いた。右手をゴシゴシとズボンで拭くと、なんて事ない風を装って詠歌の手を取る。

 

「ありがとうございます……何も訊かないで、私の独り言を聞いてもらえますか」

「ああ」

 

二つ目の我が儘には何の躊躇いもなく、沢渡は頷く。

思えば、彼女は自分から自分自身の話をした事がなかった。

かつて一度だけ、刀堂刃たちの話を聞いて昔の事を尋ねた事があった。その時は、少し困ったように笑っていた。

けれど今の彼女に、笑顔はない。

 

 

今度のデュエルでは、彼女の笑顔を取り戻す事は出来なかった。

 

ゆっくりと口を開く彼女の手を握りながら、沢渡はそう思った。

 

 

 

 

 

……考えもしなかった、と言えばきっと嘘になる。

私はずっと目を逸らして来た。意識しないように、考えないように、沢渡さんの事を考えて、光津さんや柊さんたち、友達の事を考えて、ずっと。

 

そんな私がその事を直視したのは、あの日からだ。

襲撃犯に負け、赤馬社長にペンデュラムカードを受け取ったあの日から。

何がきっかけだったのかは分からない。

私がLDSに入った時から居た、‟黒咲さん”と比べてしまったからだろうか。分からない。分からないけれど、私は沢渡さんへの思いを、疑ってしまった。

 

――初めて見た時から私は沢渡さんへ今まで感じた事のない感情を向けていた。

最初は敵意にも似た、苛立ちだった。

自分勝手で傲慢な嫌な男だと、この世界を冷めた目で見ていたはずの私が、だ。

 

次第にその感情は憧れへと変わっていった。

必死な姿に、ひたむきな姿に、私は憧れた。

 

そしていつからかそれは、淡い恋心に変わった。

 

……でも、考えてしまった。それは結局弱くてひとりぼっちの私が勝手にした、勘違いなのではないかと。

疑ってしまった。全て嘘なのではないかと。

 

そう考えてしまった時、私はずっと目を逸らしていた事に向き合うことになった。

 

……この作り物の世界で沢渡さんを嘘にしたくない、それが私にこの世界で生きる決意をくれた。

そうやって生きる内に、光津さんたちと友人になって、柊さんたちと友人になって、この世界は作り物なんかじゃない、そう心から思えるようになった。

 

 

 

そう。この世界に生きている人たちは本物だ。

 

なら、わたしは?

 

久守詠歌という私は、一体なに?

 

両親を失い、舞網市で一人、暮らしている久守詠歌という少女。

それが久守詠歌。

 

 

 

人生の大半を病室で過ごして、色々な人たちと別れて、最期には一人で終わりを迎えた。

それが私。

 

 

沢渡さんの取り巻きで、光津さんや柊さんと友人で、ケーキ屋の常連で、毎日が楽しくて仕方ない。

そんな久守詠歌、私。

 

でも私は知らない。事故で亡くなったという両親の顔も、どうして中学生が一人暮らしているのかも、以前どうやって、何をして暮らしていたのかも。私は、知らない。

 

 

――私が久守詠歌になる前の、それまでの久守詠歌は、何処に行った?

 

 

……それが、私が目を逸らし続けて来た事。

かつて私は大切な人たちを奪った世界を恨んだ。けどそんな私が、一人の女の子の人生を奪った。

その事からずっと目を逸らして来た。

 

大会に出ようとしなかったのも、私ではないわたしを、久守詠歌という少女を知る誰かが居るのではないか、そんな恐れがあったからなのだろう。

 

私は両親を失って、一人ぼっちで、それでも生きていた少女の人生を奪ったんだ。

 

……許されるはずが、ない。

 

 

 

そうして向き合った時から、私の身の周りに変化が起きた。

 

初めは些細な違和感。

気付かない内に家具が動いている気がしたり、いつの間にか着替えていたり。

気のせいだと、疲れているだけだと、自分に言い聞かせた。

 

でも段々と変化は大きくなった。

いつの間にかノートが破れていたり、作ったはずの弁当をゴミ箱に捨てていたり。

 

そんな事が増えていった。

目が覚めて気付いた時には家具が壊れていた。気付いた時には服が引き裂かれていた。気付いた時にはナイフが壁に突き立っていた。気付いた時には、気付いた時には、気付いた時には、気付いた時には、気付いた時には、気付いた時には――

 

やがて、視線を感じるようになった。鏡に映るわたしが、私を見ている。窓ガラスに映るわたしが、私を見ている。わたしが、私を見ている。

 

わたしが、私の部屋を、世界を壊していく。今はもう、私の部屋は寝室と、紅茶を淹れる為のキッチンだけ。

カーテンを閉め切って、洗面所の鏡を割って、私は私の世界を守ろうとした。

 

でも、その結果がこれだ。

この部屋も壊されていく。鏡に映るわたしが、写真に写るわたしが、私を壊していく。

きっといつか、そう遠くないいつか、この部屋に居ても、外に飛び出しても、私は私ではいられなくなる。

 

私は、一体誰になるのだろう。今の私は、一体誰なのだろう。

 

 

 

 

 

 

「ねえ沢渡さん……私は誰なんですか……?」

 

掠れた声で少女はそう問いかけ、意識を手放した。

 

「……眠ったか」

 

寝息を立て始めた少女に静かに、片手で布団を掛け、沢渡は脱力してベッドの脚に背を預けた。

 

「何なんだよ、一体……」

 

彼女が何を言っているのか、その全てを理解する事は出来なかった。むしろほとんど理解できていないと言っていいだろう。支離滅裂な言葉で、妄言のような話で、だがそれでも苦しんでいる事だけが痛いほどに伝わって来る。

夢遊病、二重人格、何か精神疾患の一種なのか、理屈に当てはめようとして、やめた。

多分そういう事じゃない、たとえ彼女を苦しめる何かに名前を付けて、それ一言で説明がつくものだとしても、そういう問題じゃない。何も解決しないのだと気付いたからだ。

 

沢渡の記憶の中の少女はいつも笑顔だった。笑って、時々寂しそうな表情を見せて、でも最後には微笑んで、そんな記憶ばかりが浮かんで来る。

 

このデュエルで彼女を湧かせてやる、このデュエルで笑顔を取り戻してやる、そう思っていた。

けれど取り戻そうとしていた笑顔すら、本当の笑顔ではなかった。

彼女はこんな苦しみを、痛みを抱えて、それに耐えて、笑っていた。

 

「クソ……!」

 

届くと信じていた。あの時、センタコートでのデュエルの時のように。

ただ自分の想いを叫べば、デュエルに勝てば、それが彼女に届くと。

 

――『自分を慕い、嫌な顔一つせず付き従っていた私しか知らないあなたたちに、本当の私なんて分からない』

 

その通りだった。彼女自身が見失ったものが、沢渡たちに分かるはずもなかったのだ。

 

少女の手を握ったまま天井を仰ぎ、彼女と過ごした時間を思い返していく。けれどその全てが色褪せてしまったように感じた――そうして、やがて沢渡も肉体と精神の疲労から眠りへと落ちて行った。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

管制室、残り僅かとなった一回戦の試合を眺めていた赤馬零児に、中島が耳打ちする。

 

「社長、市内の病院にスクールの生徒……いつも沢渡と共に居る彼らが搬送されたそうです。大した怪我はなく、既に自宅へ戻ったようなのですが……」

「彼らもあの場所に居たはずだ。一体何があった?」

「倉庫の前で何者かに襲われたそうです。犯人の顔は誰も見ていない、と。もしや映像が途切れた事と関係があるのかもしれません」

「引き続き調査を続けろ」

「はっ」

「久守詠歌と沢渡シンゴとは連絡は取れたか?」

「いえ、まだ繋がりません。何処で何をしているのか……社長」

 

口にすべきか迷いながらも中島は零児に進言した。

 

「……やはり久守詠歌には不可解な点があります。ただのスクール生がエクシーズに続いて融合まであれ程の召喚反応を示すとは……」

「彼女は黒咲を含め、エクシーズ次元のデュエリスト二度交戦している。それにアカデミアの紫雲院素良とも関わりがある。それがきっかけとなったとしても不思議はない。それに彼女の素性ははっきりとしている」

「しかし倉庫内に新たに設置したカメラは大会の中継カメラとほぼ同じ性能の最新鋭の物、それがそう簡単に壊れるとも、突然不調を来たすとも思えません。何か細工を施した可能性も……それに何より、光津真澄たちの記憶の抹消は完璧だったのに、彼女だけが奇妙な結果になった事も気になります」

「……記憶の件は彼女と連絡が着き次第、もう一度調べろ。その点は私も気に掛かってはいる」

「はい。……どうして彼女の記憶だけが読み取れず、他の者と同じく‟黒咲に関しての記憶を植え付けただけ”にも関わらず、何故沢渡にあのような敵意を向けるようになったのか……結果としては社長の仰る通り、彼女の真の実力を確かめる手助けとなりましたが、ランサーズの一員となるならばその点については解明しなくてはなりません」

 

中島の言葉に頷き、零児は思考する。諸刃の剣と成りかねない久守詠歌という少女を御する方法を。

 

だが、沢渡からの依存を脱却した今の彼女と成長しようとしている沢渡シンゴならば、或いは自分が手を出すまでもなくその刃を研ぎ澄ますのではないか、そんな予感も彼は感じていた。

 

 

 

そんな中、モニターが中継する会場では次の試合が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「――――」

 

どれだけの時間が経ったのだろうか、沢渡は浅い眠りから目覚めた。微睡んだ意識を覚まそうと、目を擦る。

 

「ッ……!?」

 

そこで気付く、握っていたはずの手の感触がない事に。意識が一気に覚醒し、ベッドを振り向く。そこに少女の姿はない。

跳ね起き、部屋の中を見渡す。

 

「……」

 

陽が落ち、薄暗い部屋の壁際に少女は立っていた。

 

「久守……?」

 

その背に向かい、名前を呼ぶ。

ゆらりと、生気を感じさせない、幽鬼のような足取りで少女は振り向いた。

記憶の中の彼女からは想像もつかない顔だった。昏い感情の蟠った瞳が沢渡を映す。

あのデュエルの時に見たものと同じ、沢渡の知らない誰かの瞳だった。

 

嫌な感覚が襲って来る。それでも沢渡は逃げ出そうとは思わなかった。ゆっくりと立ち上がり、彼女から目を離さない。

 

「お前、それは……」

 

彼女が何かを持っている事に気付く。唯一飾られていた写真立てだった。

 

「ッ、おい!」

 

そうと認識するとほぼ同時、少女はそれを持った手を振り上げた。

 

「何しようとしてんだ……」

 

振り上げたまま、少女は止まる。

 

「部屋の外を‟ああ”したのもお前なんだな……」

 

もう勘違いなどではない、確信する。目の前の少女は、沢渡の知っていた少女ではない。

 

「やめろよ……それはテメェがどうこうして良いもんじゃねえ」

 

これ以上、壊させるわけにはいかない。沢渡の知っている久守詠歌の世界を荒らさせるわけには、絶対に。

 

「…………違う」

 

目の前の少女が重く、口を開く。あの時聞いたのと同じ、負の感情を孕んだ声。

 

「……こんなのは私じゃない」

「そうだ。それはテメェじゃねえ。分かってんなら、その手を下ろせ」

「……こんなの、私は知らない……! こんなもの、あっていいはずがない……!」

「テメェが知らなくても俺が知ってんだよ、久守が知ってんだよ……!」

「うる、さい……!」

 

少女が写真立てを握る手に力が込められる。叩き付ける為に――ではない。その逆に、それを止めようと力が込められている。

 

「っ……!」

 

瞳と唇をきつく閉じながら、少女は抗う。振り下ろされようとする手に、これだけは、と。

その一瞬の硬直で十分だった。

沢渡は少女へと近づき、写真立てを持つ手を掴んだ。

 

「ぁ……」

 

沢渡が掴んだ途端、少女から吐息が漏れ、力が抜ける。

少女の膝は折れ、床へと座り込む。

それを支えるように沢渡もまた、膝をつく。

 

「…………すいま、せん……」

 

弱弱しくも、それでも沢渡の知る声色だった。

 

「……謝んな」

 

その声を聴いて、沢渡も肩の力を抜く。

力の緩んだ少女の手からカツン、と僅かに音を立てて写真立てが床に落ちた。

 

「あ……」

 

写真立ては割れる事無く、ただ額縁が外れるだけだ。

 

「これは……」

 

外れた額縁、飾られていた写真の裏から何かが滑り落ちる。

沢渡は滑り落ちた内の一枚を手に取った。

 

「うっ、うぅ……!」

 

沢渡が手に取ったそれを見て、少女は嘆くように嗚咽を漏らす。

 

「……」

 

それはカードだ。少女が使っていた、大切なカード。

――金髪の少女が描かれた、お伽の国の光景を切り抜いた一枚のカード。

 

「……沢渡さん」

「ああ、どうした」

 

嗚咽交じりに少女は沢渡の名を呼ぶ。

 

「お願いが、あります」

「ああ」

 

少女の三度目の我が儘。

 

「……一人にして、もらえませんか」

「っ……」

 

聞きたくない、我が儘だった。

 

「今のお前を放っておけるかよ」

「こんな私だから、です……」

「今更なに言ってんだ」

「……大丈夫、ですから。少なくとも暫くは、きっと」

「……」

 

それが本当なのか、それとも沢渡を安心させる為の嘘なのか、判断はつかない。

 

「お願いです……我が儘でごめんなさい、でも、お願いだから……っ」

「……だから、謝るなよ」

 

そう言って、沢渡は立ち上がり、壁際の鏡に掛けた制服のポケットからハンカチを取り出した。

 

「外で待ってる。何かあったらすぐに呼べ」

 

ハンカチを手に握らせて、そう伝える。

少女は無言で頷いた。

沢渡の知っていた少女なら、自分を外で待たせるなんてさせなかっただろう。

やはり自分は何も知らなかったのだと、思い知らされた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

数時間前、舞網市内。

 

 

「お嬢様的にはどう? やっぱり外は珍しい?」

「……その呼び方はやめろと言ったはずだ」

 

舞網スタジアムの近く、大通りにローブで顔を隠して歩く三人の男女の姿があった。

 

「僕なりの親愛の表現なんだけどね」

「お前の情など必要ない」

 

先頭に立つ少女、それに付き従う男、そして茶化すような言葉で話しかける少女。

 

「……それより逢歌、標的は見つかったのか。索敵の為に単独行動を許したのだ」

「残念ながら。でも居そうな場所は分かったよ」

 

冷たく、威圧的な声で男が少女、逢歌に尋ね、それに怯えた様子もなく逢歌は答える。

 

「何処だっ」

 

もう一人の少女が逢歌の言葉に僅かに興奮したように声を上げた。

 

「今何も知らないでお嬢様が向かってる方向だよ。凄いね、デュエリストの本能ってやつかな」

 

逢歌が進んでいる方角に見える、巨大なスタジアムを指差す。

それが現在開催されている舞網チャンピオンシップ、そのメインスタジアムだった。

 

「あそこにエクシーズの残党が……」

「あくまで居る可能性があるだけ、だけどね。何でも今は大きな大会の真っ最中らしいよ」

「大会……?」

「バレットさんも興味ある? 優勝者にはきっと立派なトロフィーとかが贈られるだろうけど」

「……そんなもの、戦果を挙げて得られる勲章と比べれば何の価値もない」

「あはは、言うと思った」

 

バレットと呼ばれた男の言葉に、案の定といった反応を示しながら、逢歌はまたもう一人の少女に話しかける。

 

「というわけでまずはあそこに行ってみようか、セレナお嬢様」

「お前に言われるまでもない。このスタンダードで戦果を挙げ、プロフェッサーに私の有用性を示してみせる」

「僕も応援しておくよ」

「必要ない」

 

少女にも冷たく返され、それでも逢歌は笑う。

 

「あ、そうだ。あそこまで行ったら僕はまた抜けるね」

「何……? まずはあそこで情報を集めるべきだ。貴様が単独行動する必要性がない」

「いやぁ、こっちで出来た知り合いにまた行くって言っちゃったからさ。さっそく行って来る」

「貴様、此処に何をしに来たか分かっているのか?」

「ああ、ごめんなさい。えーと、敵情視察。この次元について色々と調べておきたいんだ。ほら、敵を知り己を知れば百戦危うからず、って言うでしょう?」

「……」

 

わざと言っているのか、ふざけた口調で言う逢歌にバレットはそれ以上何も言わなかった。

そしてセレナと呼ばれた少女は初めから逢歌の言葉に興味を示していなかった。

 

(あのお姉さん、‟私”の家は知ってるのかな。どうせすぐ連れ戻しに追手が来るだろうし、やっぱりその前に一度は‟私”に顔を合わせておかないとね。そうそう、拝借したペンデュラムカードって奴の使い方も訊いておかないと)

 

再び戦場に返り咲く為に付き従う軍人、バレット。

力を示し、戦士として前線に出る為に赴いた少女、セレナ。

そして詠歌と同じ顔を持つ、逢歌。

 

それぞれの目的を胸に秘め、三人のデュエリストが融合次元、アカデミアから舞網市に降り立った。

 

目的の違う彼ら。この街での結末も、それぞれが異なるものとなる。

一人は目的を果たすことなく敗走し、一人は目的を変える程の事実を知る事になる。

そしてもう一人もまた、二人とは違う結末を辿るのだろう――




色々と整理&説明回。
感想にて記憶操作の件で社長が外道呼ばわりされていましたが、今明かされる衝撃の真実ゥでした。



バレットさんに勲章と言わせたいがだけの話だった……

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