沢渡さんの取り巻き+1   作:うた野

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主人公のデッキ的に最も出しやすいはずの彼女がようやく登場。
そして今回は今までと少し雰囲気が違います。


久守詠歌というデュエリスト

「いらっしゃいませー!」

 

朝、お店が開店するとほぼ同時に入店する。

 

「あ、何だかお店で会うのは久しぶりですねっ」

「はい。今日は何だか甘い物が食べたくなりまして」

 

大会中、会場で毎日会っていたが、彼女の言う通りお店で会うのは随分と久しぶりな気がする。

 

「……スイートミルクアップルベリーパイを一つ、いただけますか」

「はい! スイートミルクアップルベリーパイ~とろけるハニー添え~をお一つですね」

「……そういえば」

「はい?」

 

何故か気になって……いや、名付け親としては自然な事だろうか、女性に尋ねる。

 

「このプティングの売れ行きはどうですか」

 

ショーケースの端に並べられたカスタードプティング、マドルチェ・プディンセスを指して、言う。

 

「あー……あはは、前にも言ったようにリピータも居て、決して不人気ではないんですが、やっぱり店長が作った商品と比べると、どうしても一歩劣りますね」

「そう、ですか」

「でも店長からは褒められてるんですよっ。初めて作った商品にしては上出来だって」

「はい。私も好きですから」

 

……でも何故だろう、以前、会場で食べた時は少し、味が変わっていた気がした。決して不味いわけではない。でも何かが変わった。

 

「そうだっ、前に言ったと思うんですけど、店長からのアドバイスも取り入れて、新味を作ってるんですよっ」

「新味、ですか」

「はいっ。甘い商品はたくさんありますし、甘さ控えめな商品も取り揃えているんですが、そこにさらにもう一押しという事で……」

 

私に背を向け、ゴソゴソと女性は後ろの冷蔵庫を漁った。

 

「こちらですっ!」

 

そこから取り出したのは、小さなカップ。中身は……

 

「チョコレート味、ですか?」

「ふっふっふー、惜しいっ」

 

楽しげに、指を振りながら女性はスプーンを取り出して、カップと一緒に私の方に差し出す。

 

「いいんですか?」

「はいっ、是非食べてもらいたいんですっ。何せ名付け親ですからっ」

「……いただきます」

 

名付け親、その通りだ。彼女に頼まれ、私はあのプティングに名前をつけた。私が以前使っていたカードの名前を。

どうしてその名前をつけたのか……きっと、他に思いつかなかったからなのだろう。理由が思い出せない、きっと忘れてしまう程だから、その程度の理由のはずだ。

そんな名付け方をした事に少し申し訳なくなりながら、スプーンとカップを受け取り、一口すくって、口へと運ぶ。

 

「ん……」

 

このお店の商品では初めて食べる味だった。想像していたような甘さはなく、むしろ口に広がるのは苦味だ。

 

「カスタードプティングから一味変えて、ビターな味付けにしてみたんです。甘さを控えめにした、というよりも正反対の味付けで、少し大人向けの味でしょうか」

「……ふふっ」

 

その説明を聞いて、思わず笑いが零れた。

 

「なら私が食べても、ただオマセさんですね」

 

女性の言う通り、中学生には少し早い味だ。

 

「ああいやっ、そういうつもりで言ったわけじゃなくて……お客様って大人びて見えるので、つい、と言いますか……」

「良く言われます。でも確かにこれなら、他の商品にはない味ですね」

「あはは……今は最終調整中なんです。苦すぎてもいけないし、かといって甘過ぎるとくどくなっちゃいますし、その微妙なさじ加減がもう少しで……はい、お待たせしましたっ」

 

カップとスプーンを返し、小さな箱に詰められたケーキを受け取る。

 

「ありがとうございます」

「今日でジュニアユースクラスの一回戦はお終いなんですよね?」

「ええ。今日の試合は志島さんと刀堂さんが出ます」

 

そしてジュニアクラスでは遊勝塾のタツヤくんが唯一勝ち残っているようだ。

 

「あの方たちですか。今日も午後には抜けられるから、間に合いますよね……?」

「そうですね、志島さんは結構ギリギリになってしまうかもしれませんが、刀堂さんの試合には十分間に合うはずです」

 

志島さんの前には風魔のデュエリストの試合がある。一回戦程度に時間を掛けるようでは困る、それを考えれば志島さんの試合には間に合うか微妙な所だろう。

 

「……ただ、申し訳ありませんが今日、私は会場には行けないかもしれません」

「え?」

「少し、用事があるんです。……まあ、時間を掛けるつもりもないですが」

「そうですか……分かりましたっ、お客様の分まで私、応援してきますねっ! 差し入れはどれにしましょうっ」

 

並べられたケーキを眺めながら、女性は笑う。今日の試合を、デュエルを楽しみにして。……デュエルで観客に笑顔を、それを否定はしない。むしろ以前までは私もそれを肯定していた。今の私は……どうなんだろうか。

 

「それでは失礼します……大会、楽しんでください」

「はい。ありがとうございましたっ!」

 

踵を返す直前、そうだ、と思い立つ。

 

「今度会った時は私がご馳走しますね」

「?」

「いつもいただいてばかりですから、お菓子に合う紅茶を用意します」

「……はい! 楽しみにしています」

 

久しぶりに、ティーセットを用意しておこう。そう決めて、今度こそ店を跡にした。

 

 

 

「――――」

「……っと、すいません」

 

店を出てすぐ、入店しようとしているお客さんとぶつかりかける。

 

「――いや、こちらこそ。驚いて反応が遅れちゃったよ」

「……?」

 

妙な言い回しだと思った、けれどそれ以上に、そのお客さんは奇妙な出で立ちをしていた。この時期には不似合いな長いマント、いやローブだろうか? 体と顔全体を覆い隠すような服装、背格好は私と変わらない、だから余計にその奇妙さが浮き彫りになる。

 

「……失礼、します」

 

関わり合いにならない方が良いタイプの人間だろう、そう判断してそれ以上観察せず、このお客さんの相手をする女性に僅かに同情しながら外へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……やっぱり、甘すぎる」

 

最後の一口を飲み込んで、そう呟く。

沢渡シンゴが好んで食べていたケーキは、私には甘すぎた。

公園に設置されたくずかごにゴミを入れ、ベンチから立ち上がる。指定された時刻までもう間もなく……行こう。

港近くのこの公園からすぐ、以前毎日のように通っていた倉庫。そこが指定された場所。

かつて私はそこで胸に秘めていた思いを吐露した。

あの人を守らせてほしい、と。そして、あの人が好きだ、と。

……今日、ようやくその思いに決着が、いや、決別が出来る。

どれだけ言葉を重ねても沢渡シンゴには届かなかった。こうしてメールが送られてきたのが何よりの証拠だ。

今更言葉だけで清算出来る程、私たちの関係は軽くはなかった。なら、言葉ではなく、デュエルで。

 

「……終わらせよう、今日、此処で」

 

見えて来た倉庫、そこに居るであろうあの人に宣誓するよう、呟いた。

 

「よっ、待ってたぜ」

「あなたたちも居たんですか」

 

倉庫の目の前まで来ると、見慣れた三人組、山部、大伴、柿本の三人が私を迎えた。

 

「時間ぴったりか、何か変な感じだな」

 

柿本が笑う。

 

「何がですか」

「沢渡さんに呼ばれて、お前が時間丁度に来るのがだよ」

「そうそう。いつも待ち合わせの三十分とか一時間前ぐらいには居たもんな」

「昔の話に意味はありません。言ったはずです、あなたたちは私の何も知らないと」

「あー、はいはい。分かった分かった」

「……」

 

聞き流すような態度の三人に、少し苛立つ。言葉で伝わらないとは分かっていたが、こうも流されるのは不愉快だ。

 

「入れよ、あの人が待ってる」

「今回俺たちは此処で留守番だってさ」

「ま、あのセンターコートの前で留守番してた時より気が楽だな」

「だな、いやぁ、あん時は大変だった……」

 

軽口を言いあいながら、山部と大伴が倉庫の扉を開いた。

倉庫の中はあの日、照明が割れたままだったが日の光が差し込み、それほど暗くはなかった。それでも倉庫の奥は薄暗く、人が居るのかすら分からない。

 

ゆっくりと倉庫の扉を潜り、中へ。

そして扉が閉じられた。

 

「……ッ!」

 

同時、倉庫の奥から何かが飛来する。

それに反応し、眉間へと迫って来たそれをどうにか掴み取る。

 

「……随分な挨拶ですね。マナーがなってない、それとも期待するだけ無駄でしたか」

 

掴んだそれは、先端が吸盤になっている玩具のダーツだった。

 

「――見事なもんだろ?」

「そうですね。デュエリストをやめて、それを練習した方がいいんじゃないでしょうか」

 

ゆっくりと、倉庫の奥、暗がりから姿を現す、私を呼び足した張本人。

 

「一応聞いておきましょう、何の用ですか――沢渡シンゴ」

 

彼はいつもと変わらない、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「パパに」

「……?」

「パパに全部聞いた。お前がLDSに入る前、何をしてたのか」

「っ……」

 

それは私にとって忌むべき過去だ。

 

「転校してきたのも、LDSに入ったのも、それの延長か?」

「……」

「違えよな。パパはもう、お前に何の頼み事もしてないって言ってた。だったら転校して来てからの事は全部、お前の意思でやってたんだろ。俺と一緒に居たのも」

「……」

「此処で勝手な事を言って、俺をかばったのも、全部」

「……そうですね、そうだった」

 

過去は消せない。その事実はいくら言葉を重ねても、なかったことには出来ない。

 

「けど今は違う。あなたのような人間を好いていた事は私にとってはもう、屈辱の記憶でしかない。今も私がそうだなんて、あなたの自惚れだ」

 

我が儘で自分勝手で傲慢な嫌な男。そんな男に、それだけじゃないこの人に心惹かれていた。でも、もう違う。目が覚めたんだ。

 

「もううんざりです。あなたに引っ張りまわされるのも、あなたに媚を売るのも……全部、全部うんざりだ。私は私の邪魔になるもの全部捨てて、強くなる」

 

強くなって、社長に、LDSに恩を返す。そしてこの世界を守るんだ。その為に強くならなくちゃならない。こんな男に構っている暇はない。

 

「ふうん、言うじゃん。それで? お前は強くなったのか? あの黒マスクの男に負けた時より、この俺に負けた時より」

「……確かめてみますか。今、此処で。大会を敗退した今なら、あなたを倒しても何の問題もない……!」

 

もう彼と榊さんのデュエルに決着は着いた。見届けた。もう、我慢する必要はない。

 

「あなただってその為に私を呼び出したんでしょう。決着を着けましょう、私はもう、あなたなんかに頼らなくてもいいんだ……!」

 

……私はこの世界に来て、不安だった。

ひとりぼっちで、見知らぬ世界に来て、頼れる人のいないこの世界で私は不安だった。

だから求めてしまった、縋れる人を。それが……それが私が抱いていた恋心の正体だ。きっと誰でも良かった。いくつもの偶然が重なって、たまたまこの人だっただけで。

気付いてしまえばそれは酷く空虚で、愚かな想い。そんなものをいつまでも抱き続けて、良いわけがない。

だから捨ててしまえ、そんな想いも、過去の記憶も。

私はただ、この世界を守る槍と成ればそれでいい。そしてその果てに、私は……帰るんだ。あるべき場所に。何もかもを捨てて。

 

デュエルディスクを構える。収められた私のデッキ、私の決意の証。

 

「いいぜ、相手になってやる」

 

彼もまた、ディスクを構えた。

 

「いきますよ、沢渡シンゴ……!」

「違うなあ、今の俺は――ネオ! ニュー! 沢渡だ! 来な、久守詠歌!」

 

そしてこれを正真正銘、決別のデュエルに。

 

「デュエル!」「デュエル!」

 

SAWATARI VS EIKA

LP:4000

 

「先行は俺だ! 俺は手札から永続魔法、修験の妖社を発動!」

 

修験の妖社……既にペンデュラムカードと妖仙獣たちは返却したと思っていましたが……もう一度借り受けたのか。けど、そうでなくては。全力の彼を倒さなくては、意味がない。

 

「このカードは妖仙獣が召喚される度、妖仙カウンターが点灯する。俺は妖仙獣 鎌弐太刀を召喚!」

 

妖仙獣 鎌弐太刀

レベル4

攻撃力 1800

 

「さらに鎌弐太刀が召喚に成功した時、手札から鎌弐太刀以外の妖仙獣一体を召喚出来るッ、俺は鎌参太刀を召喚!」

 

妖仙獣 鎌参太刀

レベル4

攻撃力 1500

 

「二体の妖仙獣が召喚された事により、妖仙カウンターが二つ点灯!」

 

妖仙カウンター 2

 

「俺はカードを一枚伏せてターンエンド。それと同時に鎌弐太刀と鎌参太刀は手札に戻る」

 

アクションデュエルではないこのデュエル、大刃禍是もだが鎌壱太刀三兄弟はかなり厄介。既に二枚が彼の手に、次のターンには修験の妖社にカウンターが溜まり、デッキから鎌壱太刀も手札に加わるだろう。けれど対策はある。

 

「私のターン、ドロー……!」

 

あのカード一枚で妖仙獣の要となるバウンス戦術は崩壊する。

 

「私はシャドール・リザードを召喚」

 

シャドール・リザード

レベル4

攻撃力 1800

 

「セットじゃなく、攻撃表示でだと……?」

「私はもう、あなたの知る久守詠歌じゃない……! 私はスケール1のクリフォート・アセンブラとスケール9のクリフォート・ツールでペンデュラムスケールをセッティング!」

 

私の背後に二つの光柱が出現し、その光の中に浮かび上がる二体の機殻。

 

「ペンデュラムカード……チッ、社長さんの言った通りかよ」

「知っていたんですか。けれど、知った所で無意味だ……! クリフォートたちがペンデュラムゾーンに居る時、私はクリフォート以外のモンスターを特殊召喚する事は出来ない。けど、それでいい。クリフォート・ツールのペンデュラム効果を発動! ライフポイントを800支払い、デッキからクリフォートと名の付くカード一枚を手札に加える! 私が加えるのは永続罠、機殻の再星(リクリフォート)!」

 

EIKA LP 3200

 

そしてこれが、妖仙獣を封じる為の一枚。

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンド」

「どうした攻撃して来ないのか?」

「安い挑発に乗る気はありません」

 

あの伏せカードか、それとも既に大幽谷響が手札にあるのか、どちらにせよ動くのは次のターンからだ。

 

「ふっ、せっかくのペンデュラムカードも、他にモンスターが居ないんじゃ無意味だな! 俺のターン、ドロー!」

「永続罠、機殻の再星を発動! このカードが存在する限り、召喚されたレベル4以下のモンスター効果はターン終了時まで無効となる。さらに特殊召喚されたレベル5以上のモンスター効果もまたターン終了時まで無効にする……!」

「ッ……!」

 

鎌壱太刀三兄弟のレベルは全て4、ターン終了時に手札へと戻り、また次のターンで召喚され、相手のフィールドを野晒しにする妖仙獣だが、このカードがあればその利点は全て封じられる。ただし手札から別の妖仙獣を召喚する任意効果に関してはこのカードでは無効には出来ない……けれど、それだけで十分だ。

これで問題となるのは大刃禍是。大刃禍是は召喚、特殊召喚に成功した時、フィールドのカード二枚を持ち主の手札に戻す任意効果、それもまたこのカードでは封じる事は出来ない。

 

「俺のペンデュラム封じを対策してやがったか……」

「あなたと榊さんのデュエルはこの目で見ていた。その対策を考えるのは当然です」

 

それとも……もしかしたら、こうなる事が最初から分かっていたからなのだろうか。私がこのカードをデッキに入れていたのは。

 

「だがまだ甘え! 俺は手札から妖仙獣 鎌参太刀を召喚!」

 

妖仙獣 鎌参太刀

攻撃力 1500

 

「さらに鎌参太刀の効果を発動し、鎌参太刀以外の妖仙獣一体を手札から召喚する! 俺は鎌参太刀をリリースし、アドバンス召喚! 現れろ、妖仙獣 凶旋嵐(まがつせんらん)!」

 

妖仙獣 凶旋嵐

レベル6

攻撃力 2000

 

現れたのは鎌壱太刀たちよりも凶悪な風貌のモンスター……まさかこんなにも早く対応して来るとは思わなかった。凶旋嵐の効果は……

 

「凶旋嵐の効果発動! このカードが召喚に成功した時、デッキからこのカード以外の妖仙獣一体を特殊召喚する! 来い、妖仙獣 鎌壱太刀!」

 

妖仙獣 鎌壱太刀

レベル4

攻撃力 1600

 

「これで俺は合計三体の妖仙獣の召喚に成功した。よって妖仙カウンターが三つ点灯する!」

 

妖仙カウンター 2 → 5

 

「鎌壱太刀のレベルは4! 機殻の再星で無効化されるのは通常召喚された場合のみ、よって鎌壱太刀の効果は無効にはならねえ! 鎌壱太刀の効果発動! フィールドにこのカード以外の妖仙獣が居る時、相手フィールドの表側表示のカード一枚を手札に戻す! 俺が選択するのはシャドール・リザード!」

「っ……」

「何だあ? 呆気ねえな。俺の知ってるお前じゃない、ってのはそういう意味か?」

「言ってなさい……!」

「ふっ、バトルだ! 鎌壱太刀と凶旋嵐で直接攻撃!」

 

こんなもので終わらせてたまるか。

 

「手札の速攻のかかしの効果発動ッ、このカードを墓地に送り、直接攻撃を無効にしてバトルフェイズを終了する!」

「防いだか。それぐらいじゃなきゃ面白くねえ」

「この程度で勝った気にならない事です……まだ、勝負は始まったばかりです」

「お前の言う通りだ。楽しもうじゃねえか、久守!」

「私はこのデュエルを楽しむつもりなんてない!」

 

このデュエルだけは……楽しめるはずが、ないんだ。

 

「はっ、この俺のデュエルで今度はお前を湧かせてやるぜ! 修験の妖社の効果発動! 妖仙カウンターを三つ使い、デッキから妖仙獣一体を手札に加える! 俺が加えるのは妖仙獣 左鎌神柱!」

 

妖仙カウンター 5 → 2

 

「ペンデュラムカード……!」

「俺はスケール3の妖仙獣 左鎌神柱とスケール5の妖仙獣 右鎌神柱でペンデュラムスケールをセッティング!」

 

っ、既にもう一枚のペンデュラムカードは手札に……大刃禍是を含めてもたった三枚しかないはずなのに。

……そういえば、口癖のように言ってましたね。自分はカードに選ばれている、と。

 

「これで準備は整った……! ターンエンドッ」

「私のターン!」

 

今あの人を守るのはたった一枚の伏せカードだけ。鎌壱太刀も凶旋嵐も脅威にはならない。

 

「クリフォート・ツールのペンデュラム効果を発動、ライフを800ポイント支払い、デッキからクリフォート・ゲノムを手札に加える……!」

 

EIKA LP:2400

 

「そしてクリフォート・ゲノムを通常召喚、このカードはレベルと攻撃力を下げる事でリリースなしで召喚出来る……!」

「レベルを下げて……ッ」

「レベル4となったクリフォート・ゲノムが召喚された事で機殻の再星の効果が発動! クリフォート・ゲノムの攻撃力とレベルは元に戻る!」

 

クリフォート・ゲノム

レベル6 ペンデュラム

攻撃力 2400

 

「バトル! クリフォート・ゲノムで鎌壱太刀を攻撃!」

 

螺旋を描く機殻の先端から雷にも似た光が放たれ、鎌壱太刀を焼き尽くした。

 

「チィ……!」

 

SAWATARI LP:3200

 

「私はカードを一枚セットし、ターンエンド……!」

「俺のターン……ドロー!」

 

カードを引いた瞬間、あの人は確信めいた笑みを浮かべた。自信に溢れた、いつもの顔。

 

「俺は鎌弐太刀を通常召喚」

 

妖仙獣 鎌弐太刀

レベル4

攻撃力 1800

 

妖仙カウンター 2 → 3

 

「さあ、ショータイムといこうじゃねえか……! 修験の妖社の効果を発動! 妖仙カウンターを三つ使い、デッキから魔妖仙獣 大刃禍是を手札に加える!」

「っ……!」

 

妖仙カウンター 3 → 0

 

魔妖仙獣 大刃禍是……!

 

「右鎌神柱の効果発動! もう片方のペンデュラムゾーンに妖仙獣が居る時、ペンデュラムスケールは5から11になる! これでレベル4から10のモンスターが同時に召喚可能! ペンデュラム召喚!」

 

大きく、見せつけるように一枚のカードを頭上へと掲げ、ディスクへと設置する。

左鎌神柱と右鎌神柱、二つの柱、その中空から現れ出でる巨大な竜巻。

 

「烈風纏いし妖の長よ、荒ぶるその衣を解き放ち、大河を巻き上げ大地を抉れ! 出でよ、魔妖仙獣 大刃禍是!」

 

――――!

 

リアルソリッドビジョンではない、単なる立体映像、だけど感じる。その力の強大さを、解き放たれた烈風を。

 

魔妖仙獣 大刃禍是

レベル10 ペンデュラム

攻撃力 3000

 

妖仙カウンター 0 → 1

 

今の私の切り札、アポクリフォート・キラーに対抗し得るカード、大刃禍是。出来る事ならその姿を見せる前に終わらせたかった。

 

「大刃禍是の効果発動! 召喚、特殊召喚に成功した時、フィールドのカードを二枚まで持ち主の手札に戻す! 消えろ、クリフォート・アセンブラ、クリフォート・ツール!」

「くっ……!」

 

私の背後に浮かび上がった二体の機殻が吹き飛ばされていく。

……。

 

「確かにお前の永続罠の効果で妖仙獣たちが手札に戻らない以上、俺のレジェンドコンボは完全に封じられた。だが、これでお前が大刃禍是を消し去るには自力でどうにかするしかねえ。詰めが甘いんだよ!」

「……それは、どちらでしょうね」

「バトルだ! 大刃禍是でクリフォート・ゲノムを攻撃! 最後に残った気色悪い機械にも消えてもらう!」

 

私の呟きは届かない。私はかつて、それで間違えた。

 

烈風に斬り裂かれ、最後の機殻も消える。

 

EIKA LP:1800

 

「……私のフィールドにクリフォートが存在しなくなった事により、機殻の再星は破壊される」

「はっ、これで終わりだ……! やっぱり弱くなってんだよ、お前は! 凶旋嵐で直接攻撃!」

 

……今度はあなたが間違える番でしたね。

 

「――速攻魔法、神の写し身との接触(エルシャドール・フュージョン)を発動! ペンデュラムゾーンのクリフォートが手札に戻った今、この融合召喚を邪魔するものはない!」

「ッ、俺がペンデュラムカードを戻す事を計算してやがったのか……!」

「私が融合するのは手札のシャドール・リザードとデブリ・ドラゴン、‟糸に縛られし”猟犬よ、宙を揺蕩う竜と一つとなりて神の写し身となれ……! 融合召喚! 現れろ、忍び寄る者、エルシャドール・ウェンディゴ!」

 

エルシャドール・ウェンディゴ

レベル6

守備力 2800

 

現れるのはイルカを操る人形。小柄で今にも崩れ落ちそうな、人形。

けれどこれが私を守る盾になる。

 

「シャドール・リザードの効果でデッキからシャドール・ドラゴンを墓地に送る……そしてその効果で相手フィールドの伏せカードを破壊する……!」

 

破壊されたのは永続罠、妖仙郷の眩暈風。あのコンボの要となる一枚。最初の私のターンの挑発も含めてブラフ……舐められたものです。

 

「チッ、また……! だがせっかくの融合召喚も守備表示じゃ無意味だ!」

 

効果を無効化された大刃禍是は手札に戻らない。眩暈風の破壊は無駄だった。けれど、融合は無意味じゃない。

 

ウェンディゴは凶旋嵐の放った鎖鎌に縛られる。

たとえ壊れても、それでも役目を果たさんとする、それが人形だ。ウェンディゴはその役目を果たしてくれる。

人形の身体に亀裂が入っていく。それでも、この攻撃は届かない。

 

「――――」

 

罅割れた顔で、ウェンディゴが私の方を振り向いた。

何かを訴えるような――ありえない。シャドールは人形だ。いや、そもそもただの立体映像でしかない。それが何故、感情の宿っているかのような瞳で私を見るの。

そんな悲しそうな目で、私を。

 

永遠にも思えた刹那の視線。

鎖鎌が外れ、ウェンディゴたちは私の前の地面へと崩れ落ちる事で終わりを告げた。

 

「っ、く……」

 

嫌な汗が背中を伝うのが分かる。気持ちの悪い感覚が私の中で大きくなっていく。今にも体の内から何かが溢れだしそうになる。

 

「凶旋嵐の攻撃は中止、バトルフェイズを終了する……これも耐えたか……だが無駄だ」

「無駄じゃ、ない……これであなたは二度も私を仕留める機会を失った……詰めが甘いのはあなたの方だ」

「まだ分かんねえのか。今のお前はギリギリで耐えてるだけだ。俺を追い詰める事もなく、ただやられてるだけじゃねえか。……あん時とはまるで違え」

「あの時……一体いつの事ですか、覚えて、ませんね」

「そうかよ。けど何度だって言ってやる、この状況は俺が強くなっただけじゃねえ。お前が弱くなったからだ」

「ッ、そうやって勝ち誇って、見下してッ、その結果が榊遊矢との試合だ! デュエルが終わってもいないのに、勝った気でいるな!」

 

私を見るな……カードも、あなたも……私を見るな……ッ!

 

「お前、いつものカードはどうした」

「なに……?」

「お前がいつも使ってた、お前に似合いのお人形はどうしたんだよ」

「……ははっ、あんなカード、もう使わない。あれを使ってたから私はお前に負けたんだ。あれを使ってたから私は襲撃犯に負けたんだ……あれを使ってたから私は……!」

 

意識が遠退いて行く。自分が何を言っているのかも分からなくなっていく。ただ、内から溢れ出る感情に従い、私は言葉を吐き出す。

 

「――あんなもの、‟久守詠歌”には必要ない!」

 

完全に、私の意識は途切れた。

 

 

 

「私にはこの子たちが居ればいい! 忠実な操り人形とこのペンデュラムカードが……圧倒的な力さえあれば私は誰にも負けない! 誰よりも強く、誰よりも高く! 私は上り詰める、誰にも媚びらない、誰にも頼らない、誰もいらない!」

 

「――ふざけんなァ!」

 

倉庫中に響く大声で、沢渡が叫んだ。苛立ちを隠そうともしない、感情をむき出しにした叫びだった。

 

「お前が何を好き勝手言おうと、知った事じゃねえ! 駄々を捏ねろとは言ったが、それを聞いてやるなんざ俺は一言も言ってねえからな!」

 

詠歌の好き勝手な叫びに劣らない、身勝手な叫びだった。

 

「媚びる必要なんてねえ、無理に頼る必要もねえ……けどな! お前がいらなくても俺がいるんだよッ! お前の方から近づいてきて勝手に離れてんじゃねえよ! 大体いつ俺がお前に守ってくれだなんて言った! それもお前の勝手じゃねえか! 今となっちゃお前だけの問題じゃねえんだ、俺の問題なんだよ! どいつもこいつも久守、久守、お前が何かすれば俺に話が来るんだよ! 無視してられるか!」

 

かつてのデュエルとは真逆の言葉だった。

詠歌を無視して先に進もうとしても、もう、進めなかった。周りがそうさせてはくれない。沢渡シンゴ自身がそれをしようとはしない。

黙って後ろを着いてくるならいい。自分の後ろで立ち止まってしまうのもいい、けれど、勝手に違う道に進むのだけは許さない。

 

恋だとか愛だとか、そんな綺麗なものではない。その感情に名前をつけるにはまだ早い。けれど今、沢渡シンゴが出した結論はそれだ。

 

彼は未だ、何が詠歌の身に起こったのか知らない。ただ勝手に消えようとしている、それしか知らない。その癖周りは自分に原因があると言う。

その原因も知らないまま、勝手に消えるのは許せない。

 

沢渡シンゴは誰かの為に、なんて理由で動く男ではない。いつだって、自分の為に動いて来た。例外と言えるのは尊敬する自分の家族だけだ。

その姿を疎ましいと思う者たちがいた。

そして、その姿を傍で見守っていたいと思う者たちがいた。

だから、沢渡シンゴは変わらない。そうやって自分を見守る者たちが居る限り、自分が正しいと心の底から信じて進む。

だから、沢渡シンゴは止まらない。

 

「分かったらさっさと戻って来やがれ!」

 

 

 

 

 

 

……けれど、久守詠歌もまた、止まらない。

 

 

「うるさい、うるさいっ、うるさいッ! 誰の指図も受けない、私は私だッ! 私の邪魔を、するなぁぁぁああああああああああッ!!」

 

 

少女の口から出たとは思えない、獣のような叫び。怨み、妬み、怒り、悲しみ、嘆き、負の感情全てを孕んだような叫びだった。

 

「私のターン!」

「ッ、勝手に進めてんじゃ――」

 

ドローしたカードを一瞬、睨むように見て、それを詠歌は叩き付けるようにディスクへと置いた。

 

「装備魔法、魂写しの同化(ネフェシャドール・フュージョン)をウェンディゴに装備!」

 

発動した瞬間、崩れ落ちていたウェンディゴの身体が跳ね、何かに操られるように宙へと浮かび上がった。

 

「このカードは装備したシャドールの属性を宣言した任意の属性に変更する! 宣言するのは光属性、さらにこのカードを装備したモンスターとフィールド、または手札のモンスターを素材に融合召喚する!」

「装備魔法の融合カードだと……!?」

 

今まで見た事のない、詠歌の融合カード。蟠る想いを飲み込み、沢渡はデュエリストとして詠歌に対峙する。

 

「光属性となったウェンディゴと手札のシャドール・ビーストを融合! 神の写し身よ、魂を捧げ、主たる巨人を呼び起こせ! 融合召喚! 現れろッ、エルシャドール・ネフィリム!」

 

浮かび上がったウェンディゴの身体が紫の影糸に包まれ、そしてその姿を巨人へと変える。

 

エルシャドール・ネフィリム

レベル8

攻撃力 2800

 

「素材となったビーストの効果で一枚ドロー! ウェンディゴが墓地に送られた事で墓地から神の写し身との接触を手札に加える! さらにネフィリムの効果でデッキからシャドール・ハウンドを墓地に送る!」

 

詠歌の気迫に押されたのか、それとも別の何かか、沢渡は今まで感じた事のない感覚に襲われていた。

何か、取り返しのつかない事が起きようとしている、そんな感覚。

 

「ハウンドの効果で大刃禍是を守備表示に変更する!」

 

魔妖仙獣 大刃禍是

攻撃力 3000 → 守備力 300

 

「ネフィリム! 大刃禍是を攻撃!」

「左鎌神柱の効果発動! 妖仙獣が破壊される時、代わりにこのカードを破壊する!」

 

ネフィリムの効果は特殊召喚されたモンスターをダメージ計算を行わずに破壊するもの、それがなくとも守備表示となった今の大刃禍是に成す術はない。

ウェンディゴと同じように糸に包まれ、しかしその糸は左鎌神柱の放った光により消滅し、大刃禍是を守る。

 

「無駄! たとえ効果破壊を無効にしても、まだバトルは終わってない!」

 

ネフィリムから伸びた影糸が今度こそ大刃禍是を縛り上げ、その巨体を包み込み、破壊する。

 

「だがこれでバトルは終わりだ……!」

「まだだ! まだこんなものじゃない! もっと強く、もっと、もっと! 速攻魔法、神の写し身との接触!」

「性懲りもなく……!」

 

詠歌の手札にあるのは二枚のクリフォートとたった今ドローされた一枚、沢渡の知る詠歌の融合モンスターはかつてのデュエルでも姿を現したエルシャドール・ミドラーシュのみ。たとえ大刃禍是を破壊したとしても、特殊召喚を封じるミドラーシュの効果は詠歌にとってもデメリットが強い。まだ、終わらない。

 

「誰にも見下されないで済むだけの力を、誰もが羨むような力を、私はッ!」

 

そのはずだった。

詠歌が召喚しようとしているのがミドラーシュだったならば。

 

「私が融合するのはエルシャドール・ネフィリム、そして!」

 

詠歌のデュエルディスクのエクストラデッキ部分が開閉し、召喚されるべきカードが排出される。見慣れたはずの光景は、異様な物へと変化していた。

薄暗い輝きを放つカードがディスクから出現する。

詠歌の手に素材となる二枚のカードが握られる。

 

「手札のアポクリフォート・キラー!」

 

それらが墓地へと送られ、詠歌の手が薄暗い輝きを放つカードを掴んだ。

 

 

「反逆の巨人よ、感情無き殺戮の機械を従え、舞台に、世界に終焉の幕を引け! 融合召喚! 現れろ――エルシャドール・シェキナーガ!」

 

 

ついに、デュエルディスクを通してその姿が顕現する。禍々しき女神が、暴風を伴って現出する。

 

エルシャドール・シェキナーガ

レベル10

攻撃力 2600

 

 

まるで玉座のように機殻へと鎮座する、かつての天使。影糸に縛られているのは機殻なのか、それとも天使なのか。一見では判断できない。

しかし、それでも分かる事がある。

 

「ッ……!」

 

知っている。沢渡シンゴは知っている。

この感覚を、肌を刺す痛みを伴った威圧を。

それはかつても此処で感じたもの。あの襲撃犯とのデュエル、あの‟反逆の牙”から感じたのと同じもの。

立体映像ではない、実体にしか発する事の出来ない圧倒的な力。

 

「――――あは」

 

そしてそれを従える少女、詠歌の口元が歪む。

まるで裂けるかのように、つり上がる。

 

「あはははははははははははははははははははははははは!」

 

天井を見上げた詠歌の口から壊れた人形のように際限なく笑い声が響く。

また思い出す、あの時感じたもの。

あの時、幻影の槍に貫かれかけた時に感じた、いやそれ以上に明確な、はっきりとした死の感覚を。

 

 

「アハ、アハハハハハハハハハハハ! ねえ見て、見てる!? ねえ、ねえ――‟お父さん”、‟お母さん”!」

 

 

死の感覚、即ち恐怖。

沢渡シンゴは今、目の前の少女に恐れを抱いている。

理解できない者に対する恐怖。良く知っているはずの少女が、別の誰かに、別の何かに見えてしまう程の恐怖。

 

「私はこんなに立派になったんだよ! 一人で、誰にも頼らないで! 邪魔するのも、バカにするのも全部全部壊せるくらいっ! だから見ててね! 私の事、私が全部全部壊す所を!」

 

 

ふいに、詠歌の笑い声が止まる。視線が、沢渡を捉える。

 

「ッ――!」

 

その瞬間、理解した。

沢渡が恐怖を抱いたもの、それは詠歌にではない。

この少女は自分の知る詠歌ではないのだと。

 

「だ、れだ……テメェ」

 

昏く澱んだその瞳に射抜かれながら、それでも沢渡シンゴは逃げない。

その瞳の奥に、目の前の少女の中に居る久守詠歌から沢渡シンゴは逃げ出さない。

 

「何なんだよ、テメェは!」

 

沢渡の叫びは、届かない。

 

 

 

「潰れちゃえ」

 

 

無慈悲で無邪気な少女の呟きが倉庫内で反響した。

巨大な銀の機殻の足が、振り上げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、ここまでかな」

 

次に聞こえて来たのは巨大な足が振り下ろされる破壊の音ではなく、聞きなれた声だった。

 

「速攻魔法、融合解除を発動。バイバイ、女神様」

 

その声と共に、倉庫内に充満していた重圧が霧散する。

 

「な――」

 

圧倒的な存在感を放っていた銀色の女神が消える。

 

そしてそれを成したのは、沢渡と詠歌の姿をした誰かの間に入り込んだ、ローブを纏った少女だった。

 

「っ、あ――」

 

続いて聞こえて来たのは詠歌が地面へと倒れる音と腕から外れたデュエルディスクが地面を滑る音。

 

「久守!」

 

状況は理解できていない。けれど、やるべき事は分かる。

沢渡は倒れ伏した詠歌に駆け寄り、その体を抱き起こした。

 

「おい久守!」

 

「うんうん、美しい恋愛ごっこってやつ?」

 

ローブの少女はそんな様子を見て、茶化すように笑った。

 

「テメェ、一体何なんだ……いきなり出て来やがって」

 

その笑い声は酷く沢渡の気に障った。

 

「そんな怖い顔しないでよ。何かが間違ってたら、その手に抱いてたのは僕かもしれないんだからさ」

「ああ……?」

 

苛立ちを隠そうともせず、沢渡はローブの少女を睨み付ける。

それに怯えるでもなく、やはり笑いながら少女は顔を隠していたフードを下した。

 

「……!?」

「でもまさか本当にあのお姉さんに聞いた通りだとは思わなかったよ。まさか、‟私”が、ねえ?」

 

「……榊遊矢のソックリの次は、久守のかよ……!」

 

その顔は、まさに今自分が抱き起こしている少女、詠歌と同じ顔をしていた。

 

「一応名乗っておこうかな、僕は逢歌。‟私”が随分世話になっているみたいだね、沢渡シンゴくん」

「……」

 

言葉が出て来ない。沢渡自身、酷く混乱している。

詠歌が詠歌でない誰かになったかと思えば、次は詠歌と同じ顔をした逢歌という少女が現れる。一体誰が誰の何なのか、頭の整理が追い付いて行かなかった。

 

「まあ色々言いたい事とかもあるかもしれないけど、今はそのまま黙ってなよ。答えてあげる気はないし」

「……何なんだ、テメェ」

 

結局、同じような台詞を繰り返す事しか沢渡には出来なかった。

 

「だから答えないって」

「ふざけた事言ってんじゃ――」

 

それでも尚、食い下がろうとする沢渡を止めたのは、腕に抱いた詠歌だった。

 

「――っあ、あっ、あっ……あぁッ!」

「ッ、おい久守!?」

 

震えていた。

何かに怯えるように己の肩を抱きしめる詠歌の身体が酷く、小さく思えた。

 

「おい一体どうした!?」

「ッ、うっ……」

 

意味のある言葉は詠歌の口からは出て来ない。ただこのままでいていいわけがない。それだけは分かる。

 

「待ってろ、すぐ病院に――」

「忠告しておくと、病院はやめたほうがいいよ。むしろ悪化するんじゃないかなあ」

「ああ!? 適当な事言ってんじゃねえよ!」

「本当の事さ。僕も‟私”も病院にろくな思い出がないからね」

 

逢歌と名乗った少女は軽い口調で言いながら、倉庫の端へと滑ったデュエルディスクへと歩み寄り、衝撃でばらまかれたカードを拾い集めていた。

 

「ふうん、これがペンデュラムカードか。綺麗なものだね、記念にもらっておこうかな。それぐらいしてもいいよね」

「おい何を勝手な事してやがる!」

 

「確か二枚ないと意味ないんだっけ。よし、なら一枚だけ残しておいてあげよう。僕って優しいっ」

 

座り込み、十枚ほどカードを拾い集めると逢歌は立ち上がり、沢渡に目を向ける事もなく倉庫の出口へと目を向ける。

 

「待ちやがれッ!」

「嫌だ。それより‟私”をどうにかした方がいいんじゃない?」

「っ……」

 

未だに詠歌は震え続け、何かに怯えていた。

 

「お勧めは自宅かな? 病院よりはマシだと思うけど。さっさと連れて行ってあげたら?」

「……クソ!」

 

悪態を吐き、それでも沢渡はプライドを捨て、逢歌の言葉に従う事を選んだ。詠歌を背負い、逢歌を追い越して倉庫の扉を潜り、外へと飛び出した。

 

「そうそう、それで正解。あ、そうだ。入って来る時男の子を三人くらいノシちゃったけど、気絶してるだけだから安心してよ――って聞いてないか」

 

あっという間に倉庫から姿を消した沢渡に呆れたように言うと、逢歌は落ちたデュエルディスクを拾った。

 

「しょうがない、サービスで救急車も呼んであげよう。ディスクと残りのデッキは……まあ外の彼らに持たせとけばいっか」

 

詠歌と逢歌。

二人の初めての遭遇は、言葉を交わすことなく終わりを告げた。

 

「せいぜい苦しんで苦しんで苦しみ抜いてよ、‟私”。どうせ本当の家にはもう、帰れないんだからさ。それでもやっぱり、あの白くて消毒液の臭いのする部屋に戻るよりマシでしょ? ほんの少し、だけどね」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「っはぁっ、はぁっ、はぁっ……くそ、何で俺がこんな事してんだ!」

 

走ってる内に僅かに冷静さを取り戻し、文句を言いながらも、沢渡は詠歌を背負い彼女のマンションの部屋の前まで辿り着いた。

 

「おい久守、部屋の鍵出せるか?」

「っ……あっ、くっ……」

 

問い掛けても返って来るのは震えと、弱弱しい吐息のような声だけ。

詠歌のポケットを漁るしかないか、と考えながらドアノブに手を掛けると、ノブは抵抗なく回った。

 

「一人暮らしの癖にどんだけ不用心なんだよ……! ったくッ入るぞ」

 

ドアを開き、玄関へと入る。立地の関係で玄関に陽は全く差さず、部屋の中は暗くて何も見えない。

手探りでライトのスイッチを探し出す。

 

「痛ッ、なんだ……?」

 

その最中、何か刺すような痛みが指先に走った。だがそれを気にしている場合でもない、そのまま手を動かすと漸くスイッチへと行き当たった。

僅かな時間差の後、部屋を光が照らした。

 

「…………なんだよ、これ」

 

呆然とした様子で沢渡は呟いた。

 

そして、その背で詠歌が漸く意味のある言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

「……わたしは、だれなの……?」

 

 

 

 

 

 




なんだか遊戯王っぽくない話。沢渡さんがもはやオリキャラと言われても仕方ない気もするので、早い所元に戻したいです。

でもここまで長かった。ようやくシェキナーガを登場させられました。これで残るエルシャドールは……

そして前回に増して露骨な前ふりプディンセス。一体何ア・ラ・モードになるんだ……

不完全燃焼に終わった再戦ですが、いずれ万全の状態で決着はつけます。

今回出たオリキャラですが、ストーリーをたたむにあたって主人公に明確なライバルキャラを用意する必要があり、執筆当初から予定していたキャラクターになります。
完結までのプロットは出来ていますが、アニメの進行に合わせてどの辺りで終了させるか考え中です。

主人公のごちゃごちゃな記憶とかマママインドについては次回。

※非OCGプレイヤーには分かりづらく、本文でも詳しい説明は出来ませんでしたが機殻の再星では鎌壱太刀たちの連続召喚効果と大刃禍是のバウンスは無効にできません。正確に言えば召喚された時、場合に発動出来る任意効果は無効化できません。
相変わらず遊戯王はリアル勝鬨くん状態になりそうなものが多い。

ちなみに演出上省略してありますが、シェキナーガを融合した時にネフィリムの効果で墓地からシャドール一枚は回収しています。

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