沢渡さんの取り巻き+1   作:うた野

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久守詠歌という人形

「ペンデュラム召喚! 烈風纏いし妖の長よ、荒ぶるその衣を解き放ち、大河を巻き上げ大地を抉れ! 出でよ、魔妖仙獣 大刃禍是!」

 

再び現れる妖仙獣たちの長。

 

「この大刃禍是の効果は伏せカードにも有効だぜ……! 大刃禍是の効果発動! フィールドのカード二枚を手札に戻す!」

 

これで榊さんのフィールドは完全にがら空き、そして。

 

「同時に妖仙郷の眩暈風の効果を発動させ、その二枚をお前のデッキへ戻し、ジ・エンドだ!」

 

舞い上がったカードは眩暈風に誘われデッキへと消え去る。……妖仙ロスト・トルネード、以前使っていた氷帝メビウスでの破壊よりも有効な、ペンデュラム封じのコンボ。

 

「残念だったなぁ! せっかく伏せたカードも無駄に終わったようだ!」

 

このコンボを破るには逆に沢渡シンゴのペンデュラムを封じる事だが、大刃禍是には自身のペンデュラム召喚を無効にされない効果が備わっている、となれば召喚されたモンスターの効果を封じるのが最も効果的だが……そのカードも榊さんの手にはなかった。残る頼みの綱はアクションカード……間に合うのか。

 

「いや、これでよかったのさ!」

 

けれど、榊さんもまた私の予想を超えた。

 

「伏せられたこのカードがフィールドを離れた時、このターン、相手フィールドのモンスター全ての名前をななしにする!」

 

「……!」

「えっ、えっ?」

 

隣で女性が困惑の声を上げる。

 

「……あの男の使う妖仙獣はターンの終わりに手札に戻る。そして永続罠、妖仙郷の眩暈風は妖仙獣以外のカードが手札に戻る時、デッキへと戻す。榊さんのカードの効果で妖仙獣でなくなった事でこのターンの終わりに大刃禍是たちは全て手札ではなくデッキへと戻るんです」

「あっ、そうか! ……で、でもターンの終わり、ってそれじゃあ遅いんじゃ……?」

「ええ。でも、榊さんがこれで終わるとは思えません」

 

恐らくアクションカードを見つけている。……そして信じている、この繋がった希望をさらに次へと繋げると。

 

「ああっ……!?」

「……」

 

大刃禍是の直接攻撃により、崩壊していく城。それに思わず目を覆う女性とは反対に私は真っ直ぐに見つめながら、確信する……いいえ、違いますね。期待しているんだ。このデュエルはまだ終わらない、と。

 

「アクションマジック、大脱出! バトルを強制終了させる!」

 

その私の勝手な期待に応えるように、榊さんは崩れ落ちた城から見事に脱出してみせた。

 

「凄い……! 凄いですっ!」

「ええ」

 

女性と同じように、観客も湧いていた。

 

「まるで脱出ショーだわ!」

「いいぞーッ!」

 

「ふざけんなぁ! お前が客席湧かせてんじゃねえよ!」

「これが俺のデュエルスタイルなの!」

 

その反応を見て、沢渡シンゴは大刃禍是の背で地団駄を踏む。……直接攻撃を防がれ、妖仙獣たちがデッキへと戻ってしまうこの状況で何処からそんな余裕が出て来るのだろうか……。

 

「ぬぅ……! だが最後に歓声を受けるのはこの俺だッ」

 

「っ……一体何の為にデュエルをしているんだ、あの人は……」

 

観客の反応なんて些末な事で、最も重要なのは勝利する事だ。その過程なんて、何の意味も……

 

「楽しむ為だろ」

「刀堂さん……?」

 

つい口をついて出た私の言葉に、刀堂さんが二人の試合を見つめたまま、答えた。

 

「この会場全部、いや中継で見てる奴らも全員を湧かせて、楽しませて、その上で自分も楽しんでやがる」

「……これは試合です、それもLDSの看板を背負った、重要な試合です。そんな余裕が何処に……」

「刃の言う通りさ、不本意だがね」

 

志島さんもまた、視線を試合から外すことなく肯定した。

 

「LDSに入って、辛い事や苦しい事はいくらでもあった。君に負けた事や榊遊矢に負けた事、今でも悔しいさ。でもそれだけじゃない。LDSにはもっと楽しかった事もある。エクシーズ召喚と出会って、強くなって、優勝候補筆頭とまで呼ばれたりね」

「LDSは数あるデュエル塾の中の頂点なのよ。ただ辛い事や苦しい事だけじゃ、強くなんてなれない」

 

そして光津さんも。

 

「私たちのLDSはそういう所でしょ」

「……」

 

……そう。そうだったはずだ。

私もそれをLDSで学んでいたはずだ。

辛い事も苦しい事も、それ以上に楽しくて、幸せな事があったから私は強くなろうと、そう思ったんじゃなかっただろうか。

 

「……」

 

視線を反対側に動かす。其処には私たちの会話など聞こえていないのだろう。大仰な手振りで声援を送る、山部たちの姿があった。

 

「沢渡さん、ペンデュラムっすよ!」

「もう一回大刃禍是が見たいぜぇ!」

「ネオ・ニュー沢渡、最高っす!」

 

……そう思っていたはず、なのに。

私の心の中で、二つの声がする。

刀堂さんたちの言葉を肯定し、このデュエルを楽しんでいる自分。

それを否定し、冷めた目でこのデュエルを見極めている自分。

私の本心は、どっち……?

 

「俺は修験の妖社の効果で妖仙カウンターを三つ使い、デッキから魔妖仙獣 大刃禍是を手札に加える!」

『沢渡選手の手札に大刃禍是が入ったァ!』

 

「「「「ペンデュラム! ペンデュラム!」」」」

 

「そうだ湧け! 湧き返れ! もっと激しく! もっと熱く!」

 

揺れ動く私の心とは裏腹に、会場は沢渡シンゴの言う通りに湧きあがり、観客たちの思いは一つとなっていた。

 

「いくぜ! 俺がセッティングしているペンデュラムスケールは3と5! よってレベル4のモンスターが召喚可能!」

 

「右錬神柱のスケールは上げないのか……?」

「召喚は大刃禍是じゃないっ……?」

 

「ペンデュラム召喚! 出でよ、風切る刃! 妖仙獣 鎌壱太刀、鎌弐太刀!」

 

「どうして大刃禍是をペンデュラム召喚せずに……っ」

 

また悪い癖が出た……? どうしていつもそう……!

 

「まずは目障りなEM(エンタメイト)から消えてもらうぜッ。鎌壱太刀の効果! 自分フィールドに鎌壱太刀以外の妖仙モンスターが居る時、一度、相手モンスター一体を持ち主の手札に戻す! 消えろ、ドラミング・コング!」

 

確かにこの効果が通れば榊さんのフィールドはがら空き、手札も0。だけど……

 

「アクションマジック、透明! このターン、自分のモンスター一体は相手の効果を受けない!」

「消えんじゃねえ!」

 

「自分で言っておいて……」

 

呆れて呟く…………いや、違う。だから、あの人は大刃禍是を……!

 

「……ふっ、まだ手はあるんだよ……! 俺は鎌壱太刀と鎌弐太刀をリリースし、大刃禍是をアドバンス召喚!」

 

「ペンデュラム召喚を使わずに……」

「アドバンス召喚、か。考えたじゃねえか」

 

……刀堂さんも気付いていたようだ。

アドバンス召喚された大刃禍是はターン終了時に手札には戻らない。仮にペンデュラム召喚で鎌壱太刀と鎌弐太刀と同時に召喚すればフィールドに残るのは鎌壱太刀たちの方……通常のデュエルなら、そうするべきだっただろう。

だけどこれはアクションデュエル、先程の大脱出や今の透明のようにカードを使われ、次のターンに繋げられた場合、鎌壱太刀たちでは力不足の可能性が高い。

アクションデュエルを得意とする遊勝塾のデュエリスト相手なら猶更、この選択は決して間違いではない。

 

「そこまで考えて……」

 

私ももう、視線を動かすことが出来なくなっていた。

この絶望的とも言える状況で笑う榊さんと大刃禍是を従え対決するあの人から。

 

「何を笑ってんだッ、状況分かってんのか……!?」

「分かってるさ。だけど……観客が湧いてる」

「ああ?」

「俺だけじゃない。お前と俺のやりとりや先の読めないショーに、観客が湧いてるんだっ」

 

楽しみ、楽しませるデュエル。これがエンタメデュエル……。

 

「俺は新しい可能性を見つけた! だから楽しくて仕方ない!」

「……はっ。俺も楽しくて仕方ねえよ。これだけ大観衆の前でお前をぶっ潰せるんだからなあッ」

「っ、沢渡……」

 

最悪の出会い、最悪の印象、互いに嫌いこそすれ、友好的な感情なんて抱けるはずもない二人が、笑っていた。

 

「そう簡単には終わらせない! まだまだショーは盛り上がる!」

「いいやッ、今がクライマックスだ! いくぞ、バトルだ! 大刃禍是でドラミング・コングを攻撃!」

「ドラミング・コングの効果発動! バトル終了まで自分フィールドのモンスター一体の攻撃力を600ポイントアップする!」

 

ライフへのダメージを押さえた……それでも破壊は免れない。

 

YUYA LP:1400

 

「凄い! まさにガチの戦いだ!」

「本当! 良い勝負……!」

 

二人のデュエルに会場は一体となる。言う通りだ、二人は互いに楽しみ、観客を楽しませている。けれど、勝負に対しては本気で、真剣だ。油断があるわけでも、驕りがあるわけでもない。

 

「……俺はターンエンドだ!」

 

このターンでの決着は着かなかった。やはり、あの人の選択は間違ってなかった。

 

「今度は出るか!? 榊遊矢のペンデュラム!」

「「「「ペンデュラム! ペンデュラム! ペンデュラム!」」」」

 

 

「――来いよ、エンタメデュエリスト」

「えっ?」

「湧いてるんだよ、今俺達のデュエルに会場が。期待してんだよ、観客が!」

「沢渡……」

「お前のターンだ! 見事応えてみせろ!」

「っ――ああ!」

 

流れが、変わった。

それはかつてあの人と榊さんが初めてデュエルした時と同じ。

けれどあの時と違うのは、あの人が自らの意思で、それを榊さんへと促した。

流れを、榊さんへと受け渡した。

 

「――レディース&ジェントルメーン!」

 

かつて榊さんに支配され、翻弄された光のショー。今は違う。これは、あの人たち二人のデュエルショーだ。

 

 

 

「俺はスケール4のEMトランプ・ウィッチとスケール8の時読みの魔術師でペンデュラムスケールをセッティング! これでレベル5から7のモンスターが同時に召喚可能!」

 

天空に浮かび上がる二体の魔術師。

 

「揺れろ、魂のペンデュラム! 天空に描け、光のアーク! ペンデュラム召喚! 来い、俺のモンスターたち! まずはEMドラミング・コング! そしてッ、雄々しくも美しい二色の(まなこ)、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン!」

「さあ、決着の時だ!」

「おう!」

 

ドラミング・コングの効果を使えばオッドアイズの攻撃力は大刃禍是を上回る。だけど、ペンデュラムゾーンの左鎌神柱にもペンデュラム効果が備わっている。

 

「バトルだ! オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンで大刃禍是を攻撃!」

「はっ、攻撃力が足りてねえぞ!」

「ドラミング・コングの効果発動! モンスター一体がバトルする時、攻撃力をバトル終了まで600ポイントアップする!」

 

オッドアイズと大刃禍是が交差する。けれどまだ終わらない。

 

「オッドアイズの効果! レベル5以上のモンスターとのバトルダメージを二倍にする!」

「左鎌神柱の効果! 妖仙獣が破壊される時、代わりにこのカードを破壊する! ――ぐっ……!」

 

SAWATARI LP:1200

 

「何かすげえ興奮してきた!」

「もう俺、どっちが勝ってもいい!」

「二人とも勝たせたい……!」

「そうだっ、二人とも頑張れ!」

 

観客たちが私の一方の心を代弁する。

 

 

「ふっ、楽しもうじゃねえか!」

「ああ! お楽しみはこれからだッ! EMトランプ・ウィッチのペンデュラム効果発動! 一ターンに一度、バトルフェイズ中に自分フィールドのモンスターで融合召喚出来る!」

「何ぃ!?」

 

「融合召喚!?」

「バトルフェイズに!?」

「そんなのってありぃ!?」

 

ペンデュラムモンスターでの融合召喚……! 私も融合を使うデュエリストとして、その発想自体はあった。けれどクリフォートにはペンデュラムモンスターしか存在せず、私の使うシャドールにはクリフォートの属性である‟地属性を用いた融合モンスターは存在しない”。だから諦めていた……けど榊さんはそれをやろうとしている。しかもペンデュラム効果によって……!

 

「胸を打ち鳴らす森の賢人よ、神秘の龍と一つとなりて新たな力を生み出さん! 融合召喚! 出でよ、野獣の眼光りし獰猛なる龍! ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴン!」

 

呼ぶとするならペンデュラム融合……召喚されたビーストアイズの攻撃力は大刃禍是と同じ、3000。

 

『同じ3000の攻撃力を持つ両雄激突ゥ!』

 

「バトルだッ! ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴンで大刃禍是を攻撃!」

 

なら勝負を分けるのは、

 

『二人の狙いはアクションカードだァ!』

 

観客たちが見守る中、二人が跳ぶ。屋根の上、瓦の下、同じ位置に二枚のアクションカードが姿を現していた。

 

「ッ――取った!」

 

思わず、叫んだ。

榊さんよりも一瞬早く、あの人がアクションカードを手にした。

 

「――アクションマジック、大火筒、発動!」

 

大刃禍是とビーストアイズ、二体は相討ち、爆煙が二人の姿を隠す。その中から聞こえて来たのは……多分、私が聞きたいと願った声だった。

 

「このカードはバトルで破壊された相手モンスターの攻撃力の半分のダメージを相手プレイヤーに与える!」

 

榊さんのライフは1400、3000の半分、1500のダメージが通れば……!

屋根の上へと着地した榊さんへ、放たれた炎が降りかかる。

これで……!

 

「あ……」

 

その吐息のような声は誰のものだったのだろう。

声は天空へと上がった花火の音で掻き消えていった。

 

「な、なにぃ!?」

 

『榊選手、ダメージとなる炎を花火へと変えてしまいました! これぞまさに、エンターテイメントォ!』

 

「アクションマジック、奇跡でビーストアイズの破壊を無効にしたから、お前の効果は無効になったのさ!」

 

奇跡……モンスターの破壊を無効にし、バトルダメージを半減させる。二体のモンスターの攻撃力は同じ、よって榊さんのライフにダメージは、ない。

 

「貴様……! 派手すぎだ!」

「ここでビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの効果発動! バトルでモンスターを破壊した時、融合素材とした獣族モンスターの元々の攻撃力分のダメージを与える!」

 

融合素材となったのはドラミング・コング……つまり、

 

「ドラミング・コングの攻撃力は――1600!」

 

「っ――ぐぁあああ!!」

 

SAWATARI LP:0

 

「あ――」

 

『決まりましたぁ! 第二試合勝者は、榊遊矢選手!』

 

 

 

「……ふぅ。運を味方につけた榊遊矢の勝ち、か」

「けどまあ、良くやったさ。あいつは」

「……ドヘタ、っていうのは撤回してあげてもいいかもね」

 

「沢渡さーん! 最高でしたぁ!」

「ネオ・ニュー沢渡最高だぜぇ!」

「もう一度、今度こそリベンジっすよ!」

 

「……負けちゃい、ましたね。沢渡さん」

 

皆の声が、何処か遠くに聞こえる。

これは誰かに応えたわけじゃない、ぽつりと零れた、ひとりごと。

 

「……いい、デュエルでした」

 

観客全員が抱いたであろうその言葉は、誰に届くこともなく、ただ私の胸に染み込んでいった。

惜しみのない拍手が二人のデュエリストに送られる中、私は一人立ち上がる。

 

「……私はこれで失礼します」

 

「あっ、おい久守!」

「今はそっとしておいてあげなさい。色々と思う所があるんでしょ、あの子にも」

 

私を呼び止めた柿本を制止する光津さんの声を聞きながら、私は観客席を跡にした。

一人に、なりたかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……」

 

デュエルコートから退場し、観客席に向かう事無く沢渡シンゴは会場を跡にしようとしていた。

 

「ご苦労だった」

 

それを遮るように、沢渡の前に一人の男性が立ちはだかる。

 

「……ああ、中島さんか」

 

僅かに気怠げに沢渡がその名を呼ぶ。

 

「約束は守ってもらおう。君は今の試合で榊遊矢に負け、敗退した。ペンデュラムカードを渡すんだ」

「ああ、分かってるさ。約束は守るよ。……けどさあ、中島さん、一つお願いがあるんだよね」

「何? ……ふざけた事を言うな、お前の役目は終わった。敗北した以上、君にそのカードを持つ資格はない」

 

これ以上、沢渡に振り回されるのはごめんだと、中島は怒りを込めて言う。

 

「赤馬零児に! 赤馬零児に会わせてくれ。いいだろ? ペンデュラムカードを借りてた礼も言いたいしさあ」

「許可できるわけないだろう! 社長は多忙の身だ、お前に構っている暇は――」

 

我慢できず、声を荒げた中島を制するように彼の持つ携帯端末が着信を告げ、映像が浮かび上がった。

そこに映っていたのは、

 

『――私に何か用かね、沢渡シンゴ』

「社長!?」

 

映し出された赤馬零児の姿を見て、沢渡は笑みを浮かべた。

 

「流石は社長さん、耳が早い。まずは礼を言っとくよ。レオ・コーポレーションが開発したペンデュラムカード、大したもんだったよ」

『我々としても今のデュエルで有用なデータが取れた。さらに改良し、量産を急がせるつもりだ』

「量産ね」

 

デュエルディスクからデッキを取り出し、一番下、表になっている大刃禍是を眺めながら沢渡が呟いた。

 

「なら話は早い」

「っ」

 

そしてデッキから三枚のペンデュラムカードを抜き取り、中島へと投げ渡した。

 

「本当なら今すぐに、と言いたい所だが約束は約束。そいつは返す」

 

偉そうに、尊大に、沢渡は言葉を続ける。

 

「この短期間で此処までのペンデュラムカードを開発したレオ・コーポレーションなら、量産もそう時間は掛からねえだろ?」

『だとすれば、どうする?』

「もう一度、このデッキでデュエルをさせろ」

『君の一番の標的だった榊遊矢とのデュエルは済んだはずだが? それともまだ未練があるのかね?』

「はっ、この大会中はあいつに手出しするつもりはねえよ。この俺に勝った榊遊矢が何処まで勝ち残るか、見ててやる」

『ほう。では一体誰とのデュエルを望む?』

「……あいつと、久守とデュエルさせろ」

 

そこだけは静かな、しかし確かな決意を秘めた台詞だった。

 

『何故だ? 君は以前使っていたデッキで彼女に勝利している。ペンデュラムカードを加え、より強力となったデッキならデュエルするまでもなく結果は見えていると思うが』

 

詠歌にも試作型のペンデュラムカードを渡している事を伏せたまま、赤馬零児は沢渡に問う。

 

「そんなデュエル、もう忘れたね。……それで、どうなんだ」

 

その問い掛けを一蹴し、沢渡は問い掛ける。

 

『――いいだろう。データの解析は数日の内に終了する。それが終わり次第、君にはもう一度そのペンデュラムカードを預けよう』

「社長!?」

「礼を言うぜ、赤馬零児」

 

それだけ言って、沢渡は中島の横を通り抜け、会場の外へと続く通路を歩いて行った。

 

一人、残された中島は繋がったままの通信越しに零児へと問う。

 

「社長、このような事をしてはまた奴が付け上がります。既に我が社のペンデュラムの存在と価値は世間に知らしめられました。奴に付き合う必要はないかと……」

『彼にはまだ価値がある。広告塔としての利用価値だけではなく、‟槍”足り得るデュエリストとしての価値も見出せるやもしれん』

「まさか本気で沢渡を‟ランサーズ”に!?」

『まだ結論を出す時ではない。大会は続いている、この大会が終了したその時こそ、‟ランサーズ”結成の時だ。沢渡シンゴ、そして久守詠歌がその時までどう成長するのか……見定めるとしよう。それに彼女は未だ真の力を見せてはいない』

「最初の襲撃犯とのデュエルで見せたあのエクシーズモンスターの事ですか」

『回収した彼女のデッキにあのカードはなかった。しかしディスクの記録と、読み取れた彼女の記憶に確かに存在している。隠し持っているのか、それとも何らかの理由で失われたのか……どちらにせよ、沢渡とのデュエルは彼女の本当の力を引き出す役に立つだろう』

 

 

 

沢渡シンゴと久守詠歌、二人のデュエリストの再戦が近づこうとしていた。

だが彼女の手にはもう、方舟はない。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「くっ……!」

「これで終わり……メタファイズ・ホルス・ドラゴンとバーバリアン・マッドシャーマンで直接攻撃……!」

「ぐぁああああ!」

 

ANKOKUZI LP:0

WIN EIKA

 

「……私の勝ちです。約束通り、あなたから公式大会の出場資格を永久に剥奪します。……お前にデュエリストを名乗る資格はもうない」

 

大会四日目、明日で第一試合は終了する。

それまでに後始末を、試合での妨害行為を認めようとしなかった暗黒寺ゲンへ処罰を言い渡す。

……いいや、これは言い訳だ。ただの建前でしかない。私はただ、デュエルがしたかっただけ。……デュエルをして、勝ちたかっただけ。

理由は……認めたくはないが、やはりあの二日目の試合だろう。

沢渡シンゴと榊遊矢……そして黒咲隼と紫雲院素良。あの二つの試合を見てから、私の中で燻り続ける思い。

私は強くなった。以前より遥かに……だが、それでもまだ足りない。

榊さんはペンデュラムの先とも言えるペンデュラム融合へ辿り着き、黒咲‟さん”はランクアップというエクシーズの進化を使いこなしていた。

私には、そのどちらもない。私を強くしたのは……借り物のペンデュラムの力だけ。

まだ足りない。もうペンデュラムは量産化が始まっている。これだけでは、足りないんだ。

 

黒咲さんと素良さん――紫雲院素良は試合の後、姿を消した。柊さんから連絡があった。そして赤馬さんからも。

紫雲院素良、彼は融合次元のデュエリストだった。

だとすれば、中断した私とのデュエルでの反応も頷ける。……もし、あの時中断してなかったら、あの時の私は、彼に勝てたのだろうか。

融合次元へ、‟アカデミア”へ帰ったという彼。もしも彼が再び、今度は明確に侵略という形で私たちの前に現れた時、私は勝てるのだろうか。今の私のままで。

 

「……強く。もっと、強く」

 

運営委員たちに連れ出される暗黒寺を一瞥し、私は自らのデッキに目を落とす。もっと強くなれるはずだ……もう一度、あの方舟を手にすることが出来れば。

かつて手にし、しかし今は失われてしまった力。あの力をもう一度。そうすれば私は。

 

「随分荒れてるじゃねえか」

「……刀堂さん、ですか」

 

誰もいなくなったはずのデュエルコートに、刀堂さんが姿を現す。

 

「見ていたんですか」

「まあな。俺の試合は明日、その前の最終調整のつもりで来てたんだけどよ」

 

バツが悪そうに頭を掻きながら、刀堂さんが言う。

 

「沢渡の奴とはどうなった」

「……また、あの男の話ですか」

 

不思議とあまり苛立ちはなかった。

 

「……あの男から呼び出されました。明日、港の倉庫に来い、と」

 

沢渡シンゴの試合が終わってすぐ、メールがあった。日時と場所を指定しただけのメール。

 

「そうか」

「はい」

「負けんなよ」

「え……」

「俺も明日の試合で勝つ。だからお前も勝て。一体何があったのか聞かねえ、けど、溜まってるもん全部、あいつ相手に吐き出して来い」

「……」

 

ぶっきらぼうに、けれど思いやりに溢れた言葉。

 

「前は負けちまったが、今度こそ勝って来い……あの時と違って俺が選んでやったカードがあるんだっ、負けちまったら承知しねえぞ!」

「……刀堂さん」

 

……久しぶりに、笑みを浮かべた気がする。

 

「ありがとうございます、兄さん」

「いつまでそれ引っ張るんだよ……」

「ふふ、意外と気に入ってるんですよ。本当の兄みたいで。……本当の家族みたいで」

 

最後の一言は余計だった、言ってから後悔してしまう。

 

「……」

 

こうして刀堂さんに悲しい顔をさせてしまうと、分かったから。

誰も触れようとはしなかったけれど、皆もう知っているのだろう。私が入院した時、家族からの見舞いがなかった時に。

 

「すいません、失言でした」

「なんでお前が謝んだよ」

「……」

「……ま、俺はお前の兄貴でもなんでもねえけど、それでも、ダチだからよ。とっとと抱えてるもん吐き出して、元気出せよ」

「元気がない、そう見えますか」

「自覚がねえんなら重傷だな」

 

呆れたように笑い、刀堂さんはひらひらと手を振った。

 

「そんじゃ、俺は帰るわ。お前も遅くならねえ内に帰れよ」

 

……まただ。また、私の中で二つの心が生まれる。

もっと強くなるために戦いたい私と……友人を頼りたい私が。

 

「……」

 

答えは出ない。けれど時間は止まらず、刀堂さんの背は遠ざかっていく。

結局、私は見送る事しか出来ない。

 

「……」

 

諦めにも似た感覚で扉の向こうへと消えるその背中を見送る。

 

「……あー」

 

しかし、扉が閉じる直前、刀堂さんが振り返った。

 

「真澄にバレたらまたどやされそうだしな……」

 

照れくさそうに、刀堂さんが口を開く。

 

「……お前ももう帰るんなら送ってくぞ」

「……」

 

時間は止まらなかったけれど、答えは出た。

 

「……お願いしても、いいでしょうか」

 

ほんの少しだけ、私の中の一方の声が大きくなった気がした。

 

 

 

「刀堂さん、明日の試合は……」

「ああ、去年準優勝の勝鬨とだ」

「所属は梁山泊塾……気を付けてください」

「相手が誰だろうが負けるつもりはねえよ。油断もしねえ。どんな手を使って来ようと、俺のデッキで打ち砕いてやるだけだ」

「……」

 

梁山泊塾。LDSに次ぐ、ナンバー2のデュエル塾。勝利に執着する、という点では尊敬すべき物がある……けれど、私は。

 

「気を付けてください」

 

念を押すように、忠告した。

 

「実力で劣っているとは微塵も思っていません。ですが、それだけで勝てる程甘くはないですから」

 

甘すぎる、そう呆れる私の心の声は無視して、そう告げた。

 

「おう。けどコンディションはバッチリだ。沢渡と榊遊矢、そして黒咲さんと紫雲院素良のデュエルを見てからずっとな」

 

笑う刀堂さんを見て、しかし私の不安は拭い切れなかった。

 

「……此処で大丈夫です。そこのマンションですから」

「そうか。じゃあな」

「はい」

 

マンションの入り口の前で一度、振り返る。

刀堂さんは私を見て、ニヤリと笑い背負った竹刀を向けた。

 

「第二試合からは見に来いよ。沢渡の奴も引っ張ってな」

 

それだけ言って駆け出す刀堂さんの背を、見えなくなるまで見送った。

 

「……そうですね、あの男の試合の時のように。私と刀堂さんに志島さん、光津さん。山部たち、あの女性に……それにあの男を加えて、観戦ぐらいなら、許してあげてもいいかもしれません」

 

その未来予想図は簡単に描けた。

きっと叶うものだと、そう思っていた。

 

知っていたはずなのに。

笑いあってた人たちが次の日にはいなくなる。そんな残酷な現実もあると、私は確かに知っていたはずなのに。




揺れる主人公のマママインド

念の為の補足ですが、主人公にも刃にも恋愛感情はありません。

次回、沢渡さんと主人公の再戦となります。

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