沢渡さんの取り巻き+1   作:うた野

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人形と風斬る刃

ついに舞網チャンピオンシップは開会した。

榊さんの選手宣誓を見届けた私は観客席から離れ、スタジアム外の木影に腰を下ろす。

 

「っ……」

 

人混みはあまり好きじゃない。試合は中継もされている、ジュニアクラスに関しては中継映像で十分だろう。

ディスクでトーナメント表を確認すると、最初はフトシ君、そしてアユちゃんの試合だ。……アユちゃんの相手は、赤馬零羅。赤馬社長の弟。気の毒だが、アユちゃんに勝ち目はない。いや、アユちゃんだけではない。恐らくジュニアクラスのデュエリストでは誰も彼に敵う者はいないだろう。

赤馬社長もそれは分かっている。社長が期待しているのはジュニアユース以上の選手、特にペンデュラム召喚を生み出した榊さんと同じ世代、私たちジュニアユースクラスだ。

 

「ん……」

 

デュエルディスクがメールの着信を告げた。差出人はアユちゃん。

 

「『私とフトシ君の試合、しっかり見ててね』……ええ、分かっていますよ」

 

実力を疑うわけではないが、零羅くんの力を確かめる良い機会だ。言われずとも観戦させてもらおう。いずれ来たる戦いの為に。

 

 

 

「沢渡さーん!」

「待って下さいよ、沢渡さん!」

「いくら試合が明日だからって、そんなに急いで帰らなくてもいいじゃないっすか!」

 

会場の出入り口の方から聞き覚えのある声が聞こえ、私は咄嗟に樹の後ろへと姿を隠した。

 

「んな事より久守はどうしたッ、あいつ、大会当日になっても俺の前に姿を見せねえとは……!」

「だ、だから言ったじゃないっすかぁ、滅茶苦茶怒ってたって……」

「沢渡さん、本当あいつに何したんすか……?」

「俺が知るか! 大体、俺は昨日まであいつには会ってないっつの!」

「それが原因なんじゃあ……」

「そんな訳あるかッ、この俺がわざわざメールで伝えたんだ。それで怒る訳が分からねえ」

「だって沢渡さん、隠れて俺たち相手にずっとペンデュラム召喚の練習をしてたし……」

「それをどっかで知って、仲間外れにされた事を怒ってるんじゃ? その前からずっとコソコソしてたし」

「そ、そうっすよ。それに何で久守だけ呼ばなかったんすか? 久守相手に隠す必要はないでしょ?」

 

……どうやらまだ私の意思は伝わっていなかったようだ。くだらない、そんな理由で今更私がどうこうなるはずもない。

今から出て行って、もう一度、今度は沢渡シンゴ本人にその意思を伝えてやりたい……けれどまたあの男の前に姿を現す事自体、私にとっては耐え難い苦痛だ。

 

「分かってないなあ、君たち。観客相手に練習を見せてどうする。本番で初披露してこそ、輝くってもんさ」

「……要は久守相手に良い所を見せたかったって事ですか?」

「んなっ! なんでそうなる! 俺はただショーを盛り上げる為にだな――」

 

「ショー、ですか。まるで榊さんのような事を言うんですね」

 

「ッ、久守!」

 

その苦痛に耐える事を選び、私は沢渡シンゴの前に姿を現した。

 

「久守、お前……一体どういうつもりだ! この俺の呼び出しにも答えないで、しかも好き勝手こいつらに言ったみてえじゃねえか」

「好き勝手? それはあなたの方だ。榊さんのペンデュラムカードを奪い、しかもそれを逆恨みして柊さんを巻き込もうとした……尤も、それはあの襲撃犯の手で防がれましたが。あの無様な姿があなたの本当の姿だ。榊さんの真似をする今のあなたは滑稽で、見るに堪えない」

「んだと……チッ、今はそんな事はどうでもいい! 何で俺から逃げるッ!」

「逃げる……あなたにはそう見えるんですか?」

「実際そうだろうが、俺を避けてコソコソしやがって、言いたい事があるならハッキリ言いやがれ! 前にも言ったよな、お前が何も言わなきゃ、俺はお前を無視して先に行くって」

「どうぞご自由に。あなたの行く先に道があれば、ですが」

「ッ、この……!」

 

「さ、沢渡さん! 落ち着いて!」

「久守もいくらなんでも言い過ぎだって!」

「お前が一番沢渡さんの事知ってるだろ!?」

 

「知りませんよ。……私はかつて、この男の事を愚かにも慕っていた。盲目的に、盲信していた。そんな濁った瞳で見たこの男の事なんて、何一つ理解できない。それはあなたたちと私も同じだ。自分を慕い、嫌な顔一つせず付き従っていた私しか知らないあなたたちに、本当の私なんて分からない。結局、私たちが過ごした時間は上辺だけの物です。今、それが漸く取り払われた……それだけです」

「……それがお前の本心だってのか」

「そうです」

「……なら、あの時のデュエルは。お前が言った、お前のやりたい事ってのはどうなる」

「忘れましたよ、そんなもの。私にとってはあんなデュエル、覚えている価値もない。ただ、そうですね……あなたに敗北を喫したという事実は屈辱です。今此処でそれを雪いでおきましょうか」

 

私はデュエルディスクを構えた。本気で潰すつもりはない。この男にはレオ・コーポレーションのペンデュラムカードを披露するという役目がある。

 

「……クソッ、行くぞお前ら!」

「逃げるんですか、臆病者」

「今お前に構ってやる暇はないんでね」

「榊さん、ですか。懲りない男」

 

私の言葉には答えず、沢渡シンゴは去って行った。

 

「あなたたちも行ったらどうですか。それが、あなたたちの選択なんでしょう」

「……なあ久守、本当にどうしちまったんだよ」

「あるべき形に戻っただけです。今までが異常だったんですよ。どうして私があんな男に惹かれていたのか、本当に理解できない。あなたたちが今もあの男に付き従う訳も」

「「「……」」」

 

山部たちもまた、無言で沢渡シンゴを追った。

……どうしてあんな男を慕うのか、分からない。

 

まあいい、これで静かになった。もう試合は始まっているだろう。

ディスクを起動させようとした時だった。

 

「あ、あの……」

 

今度は誰……嫌気が差しながらも振り向く。

 

「お、お久しぶりです……」

「あなたは……」

 

 

 

私たちはスタジアムの外に設置されたベンチに腰掛けていた。

 

「これ、良かったらどうぞ。大会中は暇だからと休憩を頂いて、もしかしたら会えるかも、って思って持って来たんです」

「はあ……ありがとうございます」

「あれから改良を加えて、今では結構リピーターも獲得したんですっ」

 

手渡された紙袋を広げると、中には見覚えのあるプティングが入っていた。

 

「店長からもそろそろ新しい商品を作ってみないか、って言われててっ、これも全部お客様のおかげです!」

「いえ、私は何も……」

「何を言うんです、お客様は名付けの親じゃないですかっ、この――マドルチェ・プディンセスの」

 

彼女――もう暫く行っていない、ケーキ屋の店員の女性からスプーンを受け取る。

マドルチェ・プディンセス、そう、そういえばそう名付けたんだったか。何か、願いを込めて……その願いが何だったのか、今となっては思い出せないけれど。

 

「……美味しいです」

 

一口、口にしてそう告げる。

 

「……あ、あれ? 失敗しちゃってましたかっ!?」

「え……?」

「だ、だってちっとも美味しいって顔じゃないですし……ま、慢心していたつもりはないのに!」

「い、いえ、そんな事は……美味しい、です」

 

嘘は言っていない。十分お店に出せるレベルの味だ。決して気を遣っている訳ではない。

 

「うぅ……新味の研究をしている場合じゃなかったですね。もっと精進します……」

「そんな……あっ、ほ、ほら試合が始まりますよっ。赤馬社長の弟さんのデュエルです」

「零児様の……?」

 

ライブ映像が映し出されるデュエルディスクを設置されているテーブルに置いて、声を掛ける。

アユちゃんと零羅くんの試合が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

それからお昼まで私たちは並んでデュエルを観戦した。

 

「凄いですね、あんなに小さな子たちが……」

「たとえジュニアクラスでも出場資格を勝ち取った精鋭ですから。退屈はしないと思います」

「ええ、本当にっ」

 

目を輝かせながら頷く女性に、思わず頬が緩む。……でも、この大会の真の目的は誰かを楽しませる事じゃない。

 

「……あっ、この人、ですよね」

 

私のデュエルディスクでトーナメント表をぼんやりと眺めていた女性が、一人の写真を指差した。

 

「え?」

「以前言っていた沢渡シンゴさん、って方。試合は……明日」

「……ああ、そういえばそんな事も言いましたね」

「……?」

「いえ。ではすいませんが私もそろそろ会場に入ります。午後からのデュエルは直接観戦したいですから」

「あっ、はい。私もお店に戻ります。またいつでもいらしてください!」

「ええ」

「私もまた明日、観戦に来ますね」

「はい、ではまた明日」

「……ふふっ、はいまた明日!」

 

何故か笑う女性に首を傾げてしまう。何か変な事を言っただろうか。

 

「いえ、こんな風に誰かと約束をするのが久し振りで。社会人になると中々職場以外の友人って出来ないんですよ。だから何だか嬉しくって」

「友人、ですか」

「はい。……あっ、ごめんなさい、お客様相手に失礼でした、よね……」

「いえ、此処はお店じゃありませんし、今の私はただの中学生ですよ。でも友人、ですか……私も‟外”の友人が出来るのは初めてです」

 

…………? なんだろう、今の違和感は。‟外”……? 確かにLDSや学校以外での友人というのは彼女が初めてだ。でも何故、そんな言い方をしたんだろう……。

まるで別の、他の場所を指しているような……。

 

「中学生……そうですよね。知ってましたけど……どちらかと言うと姉妹ですかね?」

「……ふふ、そうかもしれませんね」

 

……気にする事もない。些細な事だ。

 

「それでは、私はこれで」

「はい、気を付けて。プティング、ご馳走様でした」

「今後ともご愛顧、よろしくお願いしますっ」

 

最後にちゃっかりとアピールしながら、彼女は去って行った。……少し、気分が安らいだ。彼女がデュエリストではないからだろうか。余計な事を考えず、ただ一人の私として接することが出来るから。

 

「……行こう。午後には光津さんと柊さんのデュエルだ」

 

 

 

 

 

 

そして午後、刀堂さんと志島さんと合流し、光津さんたちのデュエルを観戦した。

結果は融合召喚を習得した柊さんの勝利、昨日、私とのデュエルで見せた永続魔法での融合に加え、真のエースと称したカードを用いた全力でのデュエル。その果てに光津さんは敗北した。

残念ながら彼女はランサーズに相応しいと言える器ではなかった。……何故だろう、その事に何処かホッとしている自分が居た。

 

「惜しかったな、真澄」

「ああ。でもまさかあの短期間でここまで融合召喚を使いこなすなんて、柊柚子も大したものだ」

「……ま、あいつも受け入れてるんじゃねえか。この結果をよ」

 

退場していく光津さんの表情には悔しさが滲んでいた。けれど、満足気にも見える。

 

「全力でやった結果なんだ。賞賛するよ、どっちもね」

 

光津さんと柊さん、二人の姿が見えなくなるまで刀堂さんと志島さん、いえ、会場の観客たちは拍手を送り続けた。

…………。

 

「……甘い」

「……久守?」

「……いえ、何でもありません」

 

……分からない。何なんだろう、この感情は。

安堵している自分と苛立つ自分。素直に拍手を送る自分とこの結果に冷ややかな目線を送る自分。

真逆の感情が私の中で渦巻いている。

 

 

 

「……なあ沢渡の奴と喧嘩したってのはマジなのか?」

「今の様子を見れば明らかだろう……自分では気づいていないのかもしれないけど、相当苛ついてるよ、彼女」

「はぁ……ったく、何があったかは知らねえがとっとと謝っちまえよ、沢渡の奴……」

 

「何こそこそしてるのよ、あんたたち」

「うぉ、真澄っ!」

「戻ったのか」

 

私がその感情を持て余す中、光津さんが観客席へと戻って来た。

 

「……お疲れ様です、光津さん」

「ええ……納得のいく結果じゃなかったけどね」

「残念だったね」

「今回は私の負けよ。でも、次やる時は勝つわ。負けっぱなしじゃLDSの名が泣くからね」

「へへっ、それでこそお前だよ」

「勿論、あなたにもよ。久守」

「え……」

 

光津さんに急に視線を向けられ戸惑ってしまう。

 

「昨日のデュエル、あなた相手に出し惜しみをしたのが間違いだったわ。次やる時は全力でやりましょう……お互いにね」

「私は全力、でした」

「良く言うわ。負けた私が言えた事じゃないけど、前のあなたはもっと強かったもの」

「ッ……そんなはずありません。私は強くなった、以前よりもずっと……」

 

ペンデュラムカードを手に入れ、弱いカードたちを抜いて、沢渡シンゴという枷を取り払い、私は強くなった。

 

「悪い事は言わないわ。早く許してあげなさい」

「……一体誰の事を言ってるんですか」

「あのドヘタ以外に誰が居るのよ。喧嘩の原因は知らないけど、今のあなたには前みたいな輝きがないのよ。ずっと許さないでいるのも辛いでしょ」

 

……耐え切れなかった。

 

「ッ、勝手な事を! ……勝手な事を、言わないでください……!」

 

「お、おい久守っ?」

 

耐え切れず立ち上がり、そう言い放った私に光津さんたちは驚き、私を見上げた。

光津さんにこんな風に声を荒げるのは初めてだ。

 

「私は解放されたっ、強くなったんだ! あんな男に縛られないだけの強さを手に入れた!」

 

観客席に居る事も忘れ、私は叫ぶ。

 

「私に輝きがない? くすんでいるのはあなたの方です、光津さんッ」

 

駄目だ。これ以上口を開いてはいけない。

 

「全力を出すまでもなく一度は完勝した柊さんに敗北した、それが何よりの証拠だ!」

 

けれど、止まってはくれなかった。

 

「融合コースのエリートも随分と――」

「おい久守!」

 

刀堂さんが立ち上がり、私を睨みながら両肩を押さえた。

 

「やめろ刃!」

「いいや、流石に黙ってられねえよ。久守、お前自分が何言ってんのか分かってんのか」

「……」

「やめて刃」

「けど真澄!」

「その子の言ってる事は事実よ。あなたが腹を立てる事じゃないわ」

「けど!」

「お願い、やめて」

「……ちっ!」

 

光津さんの言葉に、納得できない様子で刀堂さんは私から手を離し、乱暴に席に着いた。

……一体、何をやっているんだ私は。

 

「…………すいません。少し、頭を冷やしてきます」

 

私はもう一度席に着くことも出来ず、他の観客たちの注目を集めたまま外へと通じる通路に向かった。

 

 

 

アテもなく観客席を抜け、スタジアム内のロビーへと辿り着いた。……何をしているんだ、私は。何を考えているんだ、私は。一人になりたい。一人になって、気持ちを落ち着けよう。このどうしようもない感情を。

 

「久守さん!」「詠歌お姉ちゃん!」

「……柊さん、アユちゃん」

 

けれどそういう時程、私は間違った道へと進む。

ロビーには柊さんやアユちゃん、榊さん、遊勝塾の方々が居た。

 

「見ててくれたっ? 私と真澄のデュエルっ! 遊勝塾での雪辱を――」

「すいません、柊さん。今は……ごめんなさい」

「あっ……」

 

……ごめんなさい。今、あなたたちと話したら、きっと傷つけてしまう。あなたたちの事も、私自身の事も。

俯き、顔を合わせる事無く私は走り抜けた。

 

 

 

詠歌が去った後、観客席に残された刃たちは不機嫌そうに口を開いた。

 

「……何だってんだよ、あいつは。沢渡の野郎と何があったのかは知らねえが、こんな八つ当たりみてえな真似しやがって」

「あの子も慣れない事をして辛いのよ」

「だからって許せねえだろ。あいつが言った事は、言おうとした事は今のデュエルを、お前を侮辱するもんだぞ」

「……僕も刃に同感だよ。正直、刃が動かなかったら僕が立ち上がってた」

「ありがと。でも私は大丈夫よ。今回は許してあげるわ」

「何でそこまで寛容なんだよ」

「私も一度、あの子と初めてデュエルした時色々と言ったからね。これでお相子よ。もし次また同じ事を言ったら私にも考えがあるけどね」

「おっかねえな……」

「……ま、君がそう言うならそれでいいさ」

 

北斗が頷き、真澄たちは視線をデュエルコートへと戻した。

……しかし、数拍置いて刃がガシガシと髪をかき、立ち上がった。

 

「刃?」

「悪ぃ、ちょっくら野暮用が出来たわ」

「……? ちょっと刃っ?」

 

訝しげに見上げる真澄にそう言って、刃は観客席を走り抜ける。

ただ一人、北斗だけが呆れたように肩を竦めた。

 

「まさかあの子を追いかけて?」

「さてね、どっちかと言うともう一人の方じゃないかな」

「もう一人って……」

「やっぱり兄妹みたいだよ、あの二人は」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

真澄たちと別れ、一人刃は自らの学び舎であるLDSへと戻っていた。

此処のセンターコートでも既にユースクラスの試合が始まっている。LDS内に人はほとんど居なかった。

だがその中に刃の目的の人物は居た。

 

LDSの奥、今使われているはずのない講義用のデュエルコートに。

 

「こんな所に居やがったか。テメェがそこまで熱心だとは思わなかったぜ。おかげで随分走り回っちまった」

「お前は……」

「一人か? いつもの連中はどうしたんだよ――沢渡」

 

デュエルコートに一人、沢渡シンゴは立っていた。

 

「別に? 休憩ついでに買い物を頼んだだけだ」

「パシリかよ。相変わらずだな」

 

大勢の塾生を抱えるLDSにおいて、二人は別段仲が良い訳ではなかった。詠歌の存在がなければ刃にとって沢渡は総合コースに居る問題児程度の認識しかなかっただろう。

沢渡にとっても刃の存在は興味もない、名前もろくに知らない生徒でしかなかっただろう。

 

そんな二人が今、デュエルコートで対峙している。どちらも不機嫌さを隠す事もなく、苛立たしげに互いを見据えて。

 

「何の用だよ。生憎とお前に構ってる暇はないんだよね」

「俺だってお前になんざ構いたくねえよ」

「だったら――」

「だがな、見てられねえんだよ」

「何?」

「今のあいつも、こんな所で突っ立ってるお前もな」

「……お前もか。ったく、どいつもこいつも……」

 

沢渡の視線が変わる。行き場のない不機嫌さが蟠っていただけの瞳から、八つ当たりに近い、敵意を含んだものに。

 

「光津真澄もそうだが、久守、久守、鬱陶しいんだよ。俺とあいつがどうなろうとお前らにゃ関係ねえだろ」

「大ありだ。俺も真澄も、北斗も、あいつのダチだ。お前のせいで俺らまでギクシャクしてんだよ」

「ッ、俺のせいだぁ!? 知るか! 大体あいつが急に態度変えて来たんだ、俺は何もしてねえ!」

「お前らの事情は知らねえよ。あいつは何も話さねえからな。けど確かに、お前は何もしてねえ」

「ああ……?」

「今だってお前は、何もしないままじゃねえか」

「ッ! 俺に何をしろってんだ!」

「デュエルだ」

「何だと……?」

「俺とデュエルしろ、沢渡」

 

竹刀を沢渡に向け、はっきりと、毅然とした表情と口調で刃はそう告げ、デュエルディスクを構えた。

 

「……はっ、おいおい。あいつに負けたお前が俺とデュエルだって? やめとけよ、大事な試合前に自信を失うぜ?」

「お前こそ、このままじゃ大事な試合で大失敗するぞ? せっかく念願の、榊遊矢から騙し取ってまで欲しかったペンデュラムカードを手に入れたってのによ。それに第一、あいつとのデュエル前に散々俺に負けただろうが」

 

一瞬、コート内が静まり返った。センターコートでの歓声が此処まで響いた。

 

「いいぜ……やってやろうじゃん……!」

「端っからそうすりゃいいんだよ……!」

 

ついに、沢渡もまたディスクを構える。舞網チャンピオンシップで盛り上がる舞網市の中で、観客のいない二人だけのデュエルが始まろうとしていた。

 

「フィールドは俺が選ばせてもらうぜ」

「ああ、お好きにどうぞ」

「アクションフィールド・オン! フィールド魔法、剣の墓場!」

 

コートが刀剣の突き刺さる荒野へと姿を変えていく。

 

「成程、お前にはピッタリじゃんか」

「言ってろよ、いくぞ!」

 

このフィールドはかつての遊勝塾でのデュエル、刃と権現坂がデュエルを行ったのと同じフィールド。そして権現坂が榊遊矢とのデュエルで自ら選んだフィールド。それをあえて刃は選択した。権現坂にとってこのフィールドが因縁深いものであるように、彼にとってもまた、意味を持つフィールドだった。

 

「デュエル!」「デュエル!」

 

SAWATARI VS YAIBA

LP:4000

アクションフィールド:剣の墓場

 

「先行は貰うぜ! 沢渡、確かにテメェの言う通り俺は久守に負けた。運が良かっただけとか言ってたが、俺はあいつのエクシーズにやられた」

 

それは覆せない事実だ。真澄のように融合とエクシーズでもなく、北斗のようにシンクロと融合でもなく、エクシーズのみで刃は敗北した。

だがしかし、これまで詠歌と戦って来たデュエリストの中で唯一、刀堂刃だけが。沢渡シンゴすら見た事のない彼女のフィールドに二体のお菓子の女王が揃ったのを目撃したデュエリストなのだ。

 

「だけどな、俺がいつまでもあいつに負けたままだと思うんじゃねえぞ! 俺のターン! 俺は手札からXX-セイバー ボガーナイトを召喚! ボガーナイトの召喚に成功した時、手札からレベル4以下のXセイバー一体を特殊召喚出来る! 俺はレベル1のチューナーモンスター、X―セイバー パロムロを特殊召喚!」

 

XX―セイバー ボガーナイト

レベル4

攻撃力 1900

 

X―セイバー パロムロ

レベル1 チューナー

守備力 300

 

「はっ、お得意のシンクロかよっ」

「ああ、そうさ! これがLDS仕込みの、俺のシンクロだ! レベル4のボガーナイトにレベル1のパロムロをチューニング!」

 

二体の異形の傭兵たちが星と光の輪へ姿を変え、道筋のように光が指す。

 

「シンクロ召喚! 現れろレベル5! X―セイバー ウェイン!」

 

光と共に姿を現す、蒼いマントと銃剣を携えた新たな傭兵。

 

X―セイバー ウェイン

レベル5

攻撃力 2100

 

「さらにウェインのモンスター効果! このモンスターがシンクロ召喚に成功した時、手札からレベル4以下の戦士族モンスターを特殊召喚する事が出来る! 俺が召喚するのはレベル3のチューナーモンスター、XX―セイバー フラムナイト!」

 

XX―セイバー フラムナイト

レベル3 チューナー

攻撃力 1300

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」

 

立ちはだかる二体のモンスター。未だに使い手の少ないシンクロ召喚の使い手、刀堂刃。しかし沢渡に恐れはない。確かに詠歌に敗北した時より強くなっているのかもしれない。だがそれは彼も同じだ。詠歌に勝利した時よりもさらに先へ、高みへ、自分は昇っている。その自負がある。

 

「俺はスケール5の妖仙獣 右鎌神柱をペンデュラムゾーンにセッティング……!」

「ペンデュラムカード……!」

「さらに俺は手札から妖仙獣 鎌壱太刀を召喚。さあ、来い! 鎌壱太刀!」

 

妖仙獣 鎌壱太刀

レベル4

攻撃力 1600

 

「それがテメェの新しいデッキかよ。だがペンデュラムカード一枚じゃ意味はねえ!」

 

今まで見た事のないカードだった。和装に身を包む、鎌鼬に似た戦士。そして沢渡の背後、光の柱に昇る神柱。

それを見た瞬間、刃は走りだしていた。

 

「ふっ、さらに鎌壱太刀の召喚に成功した時、手札から妖仙獣一体を召喚出来る。俺は妖仙獣 辻斬風(つじきりかぜ)を召喚!」

 

妖仙獣 辻斬風

レベル4

攻撃力 1000

 

「さらに鎌壱太刀の効果発動! 自分フィールドに鎌壱太刀以外の妖仙獣が存在する時、相手フィールドの表側表示のカード一枚を手札に戻す! だがシンクロモンスターが戻んのは手札ではなくエクストラデッキ! 戻れウェイン!」

「させるかよ! アクションマジック、透明! このターンウェインは相手のモンスター効果を受けねえ!」

 

鎌壱太刀の召喚と共にフィールドを駆けていた刃は効果が発動したと同時にアクションカードを手にした。

 

「まだだ! 辻斬風の効果ッ、俺の場の妖仙獣一体を選択し、その攻撃力をターン終了時まで1000ポイントアップする。俺は鎌壱太刀を選択」

 

妖仙獣 鎌壱太刀

攻撃力 1600 → 2600

 

「さあバトルだ! 俺は鎌壱太刀でX―セイバー ウェインを攻撃!」

 

風斬る刃が傭兵へと迫る。今のウェインの攻撃力は鎌壱太刀には及ばない。アクションカードも今からでは間に合わない。

しかし刃は怯まない。

 

「フラムナイトのモンスター効果発動! 一ターンに一度、相手モンスター一体の攻撃を無効にする!」

 

ウェインの前にフラムナイトが躍り出て、鎌壱太刀を受け止めた。

 

「チッ……」

「傭兵ってのは仕事はきっちり果たすもんなのさ」

「シンクロコースのエリートともあろうデュエリストが一ターン目から随分必死じゃねえか、余裕がねえぞ?」

「……ああ、そうだな。あの時とは違う。俺はもう、お前を侮らねえよ……沢渡」

 

もう既に、刃にとって沢渡は総合コースの問題児などではない。全力で相手をするに足る、いや、全力で掛からなければ勝てないデュエリストだ。

 

「……ふん、俺はカードを二枚伏せてターンエンド。この瞬間、召喚された妖仙獣 鎌壱太刀と辻斬風は自身の効果によって俺の手札に戻る」

「自分のフィールドをがら空きに……? 俺のターン! 俺はXX―セイバー レイジグラを召喚!」

 

沢渡のフィールドにあるのは二枚の伏せカードと一枚だけセッティングされたペンデュラムカード。何かある、そう確信しても刃のやる事は変わらない。

 

XX―セイバー レイジグラ

レベル1

攻撃力 200

 

「レイジグラの召喚、特殊召喚に成功した時、墓地のXセイバー一枚を手札に戻す! 俺はボガーナイトを手札に!」

「レベルの合計は9……来いよ、刀堂刃」

 

かつて詠歌とのデュエル、その為に彼は刃や北斗たちとデュエルをしていた。だから沢渡は知っている、Xセイバー最強の戦士を。

 

「レベル5のX―セイバー ウェインとレベル1のXX―セイバー レイジグラにレベル3のフラムナイトをチューニング! 白銀の鎧輝かせ刃向う者の希望を砕け! 出でよレベル9! XX―セイバー ガトムズ!」

 

XX―セイバー ガトムズ

レベル9

攻撃力 3100

 

「いくぜ! ガトムズで直接攻撃!」

「残念だったなあ、バトルフェイズの前に罠を発動させてもらうぜ。リバースカード、オープン、威嚇する咆哮! このターン相手の攻撃を封じる」

「へっ、流石に対応策は用意してたか。俺はカードを一枚セットし、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」

 

引いたカードを見て、沢渡は笑った。

 

「来たか、俺は永続魔法、修験の妖社を発動!」

 

カードが発動した瞬間、沢渡の背後に怪しげな社が現れる。

 

「そして俺は妖仙獣 鎌壱太刀を召喚! 妖仙獣の召喚に成功した時、修験の妖社に妖仙カウンターが一つ点灯! さらに鎌壱太刀の効果により――」

「おっと! させねえよ! カウンター罠、セイバー・ホール! 俺のフィールドにXセイバーが居る時、相手モンスターの召喚を無効にし、破壊する!」

「何!?」

「鎌壱太刀の召喚が無効になった事により、妖仙カウンターの点灯も無効だ!」

「くっ……!」

 

風と共に再び現れた鎌壱太刀の姿が薄れていく。

 

「何をする気かは知らねえが、やらせるかよ!」

「――なんてな。カウンター罠、妖仙獣の秘技! 俺のフィールドに妖仙獣が存在する時、モンスター効果、魔法、罠カードの発動を無効にし、破壊する!」

 

だが鎌壱太刀は風にもう一度包まれ、今度こそその姿を現した。

 

「何……? お前のフィールドには――」

 

そこまで言って、刃は気付く。

 

「セッティングされたペンデュラムモンスターは魔法カード扱いになる。だが魔法カードだろうと妖仙獣であることに変わりはねえのさ。俺は召喚に成功した鎌壱太刀の効果で手札から辻斬風を召喚! 二体の妖仙獣が召喚された事で妖仙カウンターは二つ点灯する! はっ、俺の方が一枚上手って事だ!」

 

妖仙獣 鎌壱太刀

攻撃力 1600

 

妖仙獣 辻斬風

攻撃力 1000

 

 

カウンター罠を防がれた刃にはもう、この召喚を防ぐ手はなかった。

 

「まずは鎌壱太刀のモンスター効果! 俺の場に別の妖仙獣が存在する時、相手フィールドの表側表示のカード一枚を手札に戻す! 消えろガトムズ!」

 

最強の傭兵は鎌壱太刀の風に流され、消える。

 

「ガトムズはエクストラデッキに戻る……来いよ」

「辻斬風の効果を発動し、辻斬風自身の攻撃力を1000ポイントアップ! いけ! 妖仙獣 鎌壱太刀と辻斬風で直接攻撃!」

 

辻斬風

攻撃力 1000 → 2000

 

「ぐぅ……!」

 

風の刃に吹き飛ばされ、刃は剣の荒野を転がった。

 

YAIBA LP:400

 

「これで俺はターンエンド。そして鎌壱太刀たちは俺の手札に戻る」

「……俺の、ターン! 俺は手札からXX―セイバー ガルドストライクを特殊召喚! このカードは墓地にXセイバーが二体以上存在し、自分フィールドにモンスターが存在しない時、特殊召喚出来る!」

 

XX―セイバー ガルドストライク

レベル5

攻撃力 2100

 

「さらにボガーナイトを通常召喚!」

 

XX―セイバー ボガーナイト

レベル4

攻撃力 1900

 

「バトル! ボガーナイトで直接攻撃!」

「うぁぁああ!」

 

ボガーナイトの斬撃により沢渡もまた剣の荒野を転がる。

 

SAWATARI LP:2100

 

後一撃、ガルドストライクの攻撃が通ればそれで終わり。

 

「ガルドストライク、攻撃!」

「――ッ! アクションマジック、回避!」

 

しかし、運は彼を見離さなかった。彼の言葉を借りれば、カードが沢渡シンゴを選んだ。

転がった先、剣の影に隠れたアクションカードを掴み、ディスクへと挿入する。

 

「モンスター一体の攻撃を無効にする!」

「防いだか……俺はこれでターンエンド」

「俺のターン。……光栄に思え、こいつを見せるのはあいつらを除けばお前が初めてだ! 俺は妖仙獣 鎌壱太刀を召喚! さらにその効果により、妖仙獣 木魅(こだま)

を召喚! これにより妖仙カウンターが二つ点灯!」

「辻斬風じゃない……?」

「木魅のモンスター効果発動! このカードをリリースする事で修験の妖社にさらに三つ妖仙カウンターが点灯する! これで点灯したカウンターは7! 修験の妖社の効果発動! 一ターンに一度、妖仙カウンターを三つ取り除き、デッキから妖仙獣一枚を手札に加える!」

 

妖しく灯ったカウンターの内、三つの灯りが吹き消される。

 

「俺が手札に加えるのは妖仙獣 左鎌神柱!」

「もう一枚のペンデュラムカード……!」

 

沢渡が手札に加え、公開したカードの色は二色。既にセッティングされている右鎌神柱の対となるペンデュラムカード。

沢渡の手札は三枚。その内、一枚は辻斬風だが――これで条件は整った。

 

「俺はスケール3の妖仙獣 左鎌神柱とセッティング済みのスケール5の妖仙獣 右鎌神柱でペンデュラムスケールをセッティング!」

「へっ……来やがれ!」

 

沢渡の背後に二つの光柱が出現する。そして空中へと浮かび上がる、二つの神柱。

 

「さらに右鎌神柱の効果! もう片方のペンデュラムゾーンに妖仙獣がセッティングされている時、スケールは5から11へと上がる!」

「これで……」

「そう! これでレベル4から10のモンスターが同時に召喚可能! ペンデュラム召喚!」

 

光柱、その間から現れる2つの光。

 

「来い辻斬風! そして出でよ、妖たちの長よ! レベル10、魔妖仙獣 大刃禍是!」

 

妖仙獣 鎌壱太刀

攻撃力 1600

 

妖仙獣 辻斬風

攻撃力 1000

 

巨大な嵐と共に姿を現す、妖仙獣の長。

 

魔妖仙獣 大刃禍是

レベル10 ペンデュラム

攻撃力 3000

 

「こいつが……!」

「鎌壱太刀の効果、ボガーナイトを手札に戻す! さらに大刃禍是の効果発動! このカードが召喚、特殊召喚に成功した時、フィールドのカードを二枚まで持ち主の手札に戻す! 戻れガルドストライク! そしてお前の伏せカードもだ!」

 

その身を包む烈風を解き放ち、大刃禍是は咆哮した。

巻き起こされた風により、成す術もなく二体の傭兵は姿を消した。

そして唯一残されていた伏せカードもまた、手札へと戻る。

 

「アクションカードを取らせる暇は与えねえ! これで終わりだッ、大刃禍是で直接攻撃!」

 

迫りくる巨大な体躯。けれど、その状況で刃は笑った。

 

「アクションカードは取らせない? もう遅えよ――アクションマジック、大脱出! バトルフェイズを終了する!」

「何ぃ!?」

「へへっ、何だっけか……お前が言う所のカードに選ばれてるって奴か」

 

巻き上がった砂煙の中、刃の声が響く。

 

「そうか、あの時既に……!」

 

沢渡が転がった先でアクションカードを手にしたように、刃もまた既にその手にカードを掴んでいた。

 

「甘えんだよ、沢渡!」

 

竹刀を振るい、砂煙を吹き飛ばし刃が姿を現した。

 

「くっ……ターンエンド。この瞬間、特殊召喚された大刃禍是は手札に戻る……だが、鎌壱太刀と辻斬風が手札に戻るのは通常召喚された場合のみ、よって二体はフィールドに残る」

 

大刃禍是の巨大な体が風となりフィールドに散っていく。

残されたのは二体の妖仙獣。

 

「もう逃がさねえぜ、鼬野郎! 俺のターン、ドロー! 俺はもう一度ガルドストライクとボガーナイトを召喚! さらにボガーナイトの効果により、手札からXX―セイバー エマーズブレイドを特殊召喚する!」

 

XX―セイバー ガルドストライク

攻撃力 2100

 

XX― セイバー ボガーナイト

攻撃力 1900

 

XX― セイバー エマーズブレイド

レベル3

攻撃力 1300

 

「バトルだ! ボガーナイトで鎌壱太刀を攻撃!」

「っ……!」

 

SAWATARI LP:1800

 

鎌壱太刀は斬り捨てられ、その衝撃に顔を顰めながら、沢渡は走る。

 

「ガルドストライクで辻斬風を攻撃! 砕けろ鼬野郎!」

「アクションマジック、エクストリームソード! 辻斬風の攻撃を1000ポイントアップする!」

 

辻斬風

攻撃力 1000 → 2000

 

「く……!」

 

SAWATARI LP:1700

 

「エマーズブレイドで攻撃!」

「っ、この……!」

 

二枚目のアクションカードへと手を伸ばすが、その手は届かない。昆虫を思わせる傭兵が沢渡を吹き飛ばした。

 

SAWATARI LP:400

 

「……俺はカードを伏せ、ターンエンドだ」

「くっ、やるじゃねえか……!」

 

刃も、沢渡も、二人の体は砂埃に汚れていた。泥臭い、男同士の喧嘩の最中であるかのように。

 

「俺のターン! くっ……」

 

ドローしたカードに思わず、顔を顰める。引いたのは二枚目の修験の妖社。ペンデュラムスケールがセッティングされていても、手札にあるモンスターは大刃禍是のみ。これだけでは刃のライフを削り切る事は出来ない。

 

「俺は右鎌神柱の効果でスケールを11に上げ、セッティング済みの左鎌神柱と右鎌神柱でペンデュラム召喚! 烈風纏いし妖の長よ、荒ぶるその衣を解き放ち、大河を巻き上げ大地を抉れ! 魔妖仙獣 大刃禍是!」

 

魔妖仙獣 大刃禍是

攻撃力 3000

 

「大刃禍是の効果! お前のフィールドのエマーズブレイドと伏せカードを手札に戻す!」

 

再び現れた大刃禍是の咆哮により、二体の傭兵は刃の手札へと戻される。

 

「いけ、バトルだ! 大刃禍是でガルドストライクを攻撃!」

「……!」

 

この攻撃が通れば残りライフ400の刃の敗北が決定する。

 

「うっ、おおおおおおおおお!!」

 

故に刃は走った。まだ、負けるわけにはいかない。まだ此処に来た目的を果たしていない。それを果たすまではどれだけ見苦しい様を晒したとしても、負けるわけにはいかない。

 

「アクションマジック、回避! 大刃禍是の攻撃は無効だッ!」

「チッ……修験の妖社のカウンターを三つ取り除き、デッキから妖仙獣 大幽谷響を手札に加える……俺はこれで、ターンエンド……!」

 

エンド宣言と共に、大刃禍是は消える。

 

「はぁっはぁっ……!」

「っ……」

 

互いのライフに後はない。

アクションカードを求め走り回った二人の距離はいつの間にか随分と近づいていた。

刃も、沢渡の息も既に上がっていた。汚れと汗に塗れるその姿は彼を知る者からは驚かれるだろう。

それでも尚、沢渡はデュエルを続ける。勝利は目前だと信じて。

 

「俺の、ターン……!」

 

刃も沢渡も、二人の視線は一か所に注がれていた。

剣の荒野、その中心に突き刺さった一枚のアクションカードに。

距離はどちらもほとんど変わらない。息を整えながら、二人は走りだす瞬間を窺っていた。

 

「……俺はエマーズブレイドを召喚!」

「……!」

 

刃が再びエマーズブレイドを召喚した瞬間。二人は同時に駆け出した。

 

「さらにフィールドにXセイバーが二体以上存在する時、手札からXX―セイバー フォルトロールを特殊召喚出来る!」

 

視線だけで刃のフィールドを確認しながら、沢渡は走る。

 

XX―セイバー フォルトロール

レベル6

攻撃力 2400

 

ターンを進行する刃よりも、僅かに沢渡の方が速い。

 

「させるかァ!」

 

だが、刃は叫びと共に背中に掛けた竹刀を抜き、力の限りそれを振るった。

 

「なっ……!」

 

風が沢渡を追い抜き、後一歩、いや後指一本にまで迫ったアクションカードを吹き飛ばした。

それに目を見開き、沢渡は体勢を崩した。

 

「フォルトロールの効果、発動! 墓地のレベル4以下のXセイバーを復活させる! 甦れ、XX―セイバー フラムナイト!」

 

XX―セイバー フラムナイト

レベル3 チューナー

攻撃力 1300

 

「レベル3のエマーズブレイドにレベル3のフラムナイトをチューニング! シンクロ召喚! XX―セイバー ヒュンレイ!」

 

XX―セイバー ヒュンレイ

レベル6

攻撃力 2300

 

「ヒュンレイがシンクロ召喚に成功した時、魔法、罠カードを三枚まで破壊する! 俺が破壊するのは永続魔法、修験の妖社、そしてペンデュラムゾーンの左鎌神柱と右鎌神柱!」

 

姿を現した女の傭兵の舞う様な剣に貫かれ、沢渡のフィールドに存在していた社、そして二つの光の柱が消滅する。

 

「――――」

 

フィールドのカードを全て破壊され、体勢を崩し地面へと倒れ込む最中、沢渡の脳裏に過ぎったのは、少女との別離だった。

 

『ほんの一時でも、ほんの僅かでも、あなたに心を許していた事は私にとって最大の汚点です。今更それを雪ぐ事は叶いませんが……せめてもう二度と、私に関わるな――――沢渡シンゴ』

 

次に思い出すのは、あの時のデュエルで自分が言った言葉。

 

『いつまでも甘えてんな、一人で耐えてたら誰かが助けてくれるなんて思うな。お前が口にしなきゃ、俺は助けねえぞ。お前が言わなきゃ、俺はお前を無視して先に行く』

 

 

 

「……! ざっけんじゃねええええ!!」

 

剣の荒野に、沢渡シンゴの叫びが響き渡った。

地面へと倒れ込む刹那、沢渡は大地を蹴り、跳んだ。

今までの彼には有り得ない、転ぶような、酷く無様な跳躍だった。

けれど、それでも彼は前へと跳んだ。

 

「アクションマジック、回避! モンスターの攻撃を無効にする!」

 

「……へっ」

 

それを見て、刃は笑う。

 

「それでいいんだよ、格好つけて平気なフリしやがって」

 

きっと北斗が居ればまたからかわれる、そう思いながら刃は笑う。素直にならないこの男を……友人を呆れたように笑う。自分勝手な妹の世話を焼く兄のように、呆れたように微笑む。

 

 

 

そしてもう一つ、勝利を信じて、笑う。

 

 

 

『ERROR』

 

デュエルディスクが機械的な音声で告げる。

 

「んなっ……!? ぶっ!」

 

目を丸くし、エラー音声と共に排出されたカードを掴んだ瞬間、沢渡の跳躍は終了し、地面へと倒れ込んだ。

 

「ちっと気が早かったな、沢渡。今はまだバトルフェイズじゃねえぜ」

「なんじゃそりゃあ!? もうお前にはバトルするしかねえだろうが!」

「それがそうでもねえのさ……魔法カード、シンクロキャンセル!」

 

刃の手に残された最後の一枚、伏せられ、しかし妖仙獣たちの効果で手札に戻されていた一枚。発動される事もない罠カードだと考えていたが、それは違う。

 

「ヒュンレイをエクストラデッキに戻し、シンクロ素材に使用したモンスターを墓地から特殊召喚する! もう一度現れろ、エマーズブレイド、フラムナイト!」

 

XX―セイバー エマーズブレイド

レベル3

攻撃力 1300

 

XX―セイバー フラムナイト

レベル3 チューナー

攻撃力 1300

 

沢渡の手にあるのはアクションマジック、回避、永続魔法、修験の妖社、魔妖仙獣 大刃禍是、そして妖仙獣 大幽谷響。

回避は相手モンスター一体の攻撃を無効にする効果。大幽谷響は直接攻撃を受ける時、手札の妖仙獣を墓地に送る事で攻撃力と守備力を攻撃してきたモンスターと同じにして特殊召喚する効果。

つまり、沢渡に耐えることが出来る攻撃は二度。しかし今、刃のフィールドには三体のモンスター。だか、それでも沢渡は笑う。

 

「……ははっ、またお得意のシンクロ召喚か? だが今更ガトムズを召喚しても無駄だ。お前の言う通り気が逸っちまったが、俺にはアクションカードがある。それにそれ以外の手もな」

 

刀堂刃ならば、必ずシンクロ召喚をもう一度行う。試合を見ていなかった沢渡は知る由もないが、それは柊柚子と同じ考えだった。シンクロに誇りを持つ刃なら、必ずシンクロで決める、と。

 

――けれど、そこまで分かっていて尚、沢渡の緊張は途切れず、刃の笑みも消えなかった。

 

「試してみようぜ、沢渡」

「何?」

「俺とお前、今カードに選ばれてるのはどっちか」

「はあ……?」

 

大きく息を吐いて、刃は手に持った竹刀を大地へと突き刺した。

目付きが変わる。今までのように沢渡を意識したものではない、自分自身を見つめるような、そんな集中した目付きだった。

 

 

「俺はレベル3のXX―セイバー エマーズブレイドとXX―セイバー フラムナイトで、オーバーレイ!」

 

 

それは、聞き覚えのある口上と見覚えのある光景だった。

 

 

「――黒金の鎧輝く始まりの傭兵、同朋の屍踏み越え再び剣を握れ! エクシーズ召喚! 出でよ、ランク3! M.X(ミッシングエックス)―セイバー インヴォーカー!」

 

 

「エクシーズ召喚だと!? しかも、それはあいつの……!」

 

二つの光球、オーバーレイユニットを纏い荒野へと降り立つ、新たな傭兵。

 

M.X―セイバー インヴォーカー

ランク3

攻撃力 1600

ORU 2

 

「あいつから貰ったお守り代わりでな。生憎と俺はあいつほどお上品な使い方は出来ねえし、上手くも扱えねえ……だが、それでも、このデュエルの決着はこいつで着けなきゃならねえ」

「……」

 

沢渡にはプライドがある。他人から傲慢で我が儘だと囁かれながら、捨てられないプライドが。それは尊敬する父の子としてのものであり、沢渡シンゴという一人のデュエリストである為に決して捨てられないはずのプライドだ。

刀堂刃がシンクロ召喚に抱くものも同じだと、沢渡は無意識で感じていた。

だが今、刀堂刃はその誇りを捨て、沢渡に挑んでいる。

 

「いくぞ……バトルだ! 俺はM.X―セイバー インヴォーカーで、直接攻撃! 受け取りやがれ――!」

 

それを一時とはいえ捨てさせる程の想い、その根源は――

 

 

『ネオ沢渡さん、格好良すぎですよ!』

 

 

――きっと、自分と同じものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




鎌壱太刀たちの召喚口上で刀堂の方を思い出したのは私だけではないはず。大刃禍是の口上に隠れがちですが、あれもかなり短いけどお気に入りです。

LDS三人組の中で唯一デュエルを省略されていた刃の活躍回。デュエルの結果はご想像にお任せします。
ちなみに注釈を入れるとすると、今回は沢渡もまだ妖仙ロスト・トルネードを披露していませんし、刃もインヴォーカーで決める為にデュエルをしていたので実際の実力ははっきりとしていません。あくまでこのSS内では、ですが。

刃はSSを書き始めてさらに好きになったキャラなのでようやく活躍が書けて満足です……いや、やっぱりこんなんじゃ満足できねえ!









アクションデュエルは難しい


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