沢渡さんの取り巻き+1   作:うた野

17 / 39
人形と選手権

久守詠歌にとって、赤馬零児は恩人である。

両親を早くに失い、一人で生きていく事になった彼女をレオ・コーポレーションが優秀なデュエリストであると判断し、LDSへの入学と生活の支援を行ってくれたからだ。

だから彼女にはその恩に報いる義務がある、報いたいと思う心がある。

 

LDSへ入学してから、彼女の日常は変化した。

光津真澄や志島北斗、刀堂刃といった友人に恵まれ、笑顔を見せる事も多くなった。

互いに切磋琢磨し、実力を高め合える友人との出会いはレオ・コーポレーションへの恩義をさらに強くした。

 

 

「『今日はLDSに行く』……ふん」

 

 

久守詠歌にとって、沢渡シンゴという男は――――最大の汚点である。

何の気の迷いからか、彼女は彼に惹かれていた時期があった。

犬のようにありもしない尾を振り、媚びて、彼に付き従っていた時期が。

彼女にとってそれは拭い難い過去であり、忌むべき記憶だ。

 

 

 

 

 

「おはようございます、光津さん」

「久守、ええ、おはよう」

 

怪我が完治(といっても大した怪我ではないですが)し、治療の間に新たに組み終えたデッキを持ち、私はLDSの医療施設からロビーへとやってきた。

光津さんを見つけ、挨拶をしながら同じテーブルに着く。

 

「何だか久しぶりね」

「そうですね、少し用事があったので。今日はお一人ですか?」

「あのね、私だっていつも刃や北斗と一緒に居る訳じゃないわ。同じLDSでも、選手権ではライバル。今はそれぞれ、自分のデッキの最終調整をしてるわ」

「成程。もう明日ですもんね」

「そういう事」

 

先日、権現坂さんから連絡があった。榊さんとのデュエルは権現坂さんの敗北に終わり、榊さんは選手権出場を決めた、と。それから自分も出場の為、さらに修行を積むとも。

舞網チャンピオンシップの開幕は明日、間に合うかは分からないけれど、純粋に友人として権現坂さんには頑張ってもらいたい。勿論、赤馬社長の目的の為にも。

 

「今更光津さんに心配する事じゃないですが、緊張を解す為に如何ですか? 今日はカモミールです」

「今更、というかあなた会う度に何かと理由をつけて渡してくるじゃない。……ま、いただくわ」

「はい」

 

鞄から魔法瓶と紙コップを取り出し、光津さんに紅茶を注いで手渡す。

本当ならしっかりとしたティーセットの方が見栄えもいいんですが、流石にわざわざ持ち歩くのは手間だし、私は学生の身分、そんな気を遣っても仕方がない。そんなのは無駄でしかないのだから。

 

「私も今更だけど、本当に残念ね」

「? 何がですか?」

「あなたの事よ。結局選手権の出場資格を得られなかったじゃない――どっかのドヘタのせいで」

「あははっ……そうですね、本当に残念です」

 

たとえ出場出来なくとも私の任務を果たす方法はある。けれど、光津さんの言う通り本当に残念だ。‟あの男”のせいで出場の機会を失ったという事実が、ひどく不愉快で仕方がない。……虫唾が走る。

 

「っ……ごめんなさい、不躾だったわね」

「え?」

「今のあなた、凄い目をしてるわよ」

 

光津さんにそう指摘され、視線を紙コップに注がれた紅茶に落とす。水面に映る私の瞳は、酷く荒んでいた。

 

「……」

 

一度瞳を閉じ、紅茶に口をつけて、息を吐く。

 

「こちらこそすいません。もう過ぎた事でした」

 

そう言って微笑むと、光津さんはもう一度だけ謝り、いつもの調子に戻った。気を遣わせてしまいました。

 

「今回は光津さんたちのデュエルの観戦に集中します。それもまた勉強ですから」

 

出場を決めたデュエリストたちは舞網市だけでなく、海外にも居る。数多くのデュエリストが集まるこの大会で、私は私の仕事をする。

光津さんたちは勿論、LDSに次ぐナンバー2のデュエル塾、梁山泊塾や海外参加のナイトオブデュエルズなど、‟槍”と成り得る可能性を秘めたデュエリストたちを見極めなくてならない。

 

「……そうだ、光津さん。もしよかったら――」

 

大会前の今、頼むのは少し気が引けたが、光津さんなら結果がどうであれ明日に影響する事はないと考え、お願いしようとしたその時だった。

 

「――おいこら、この俺のメールに返事も寄越さずに談笑とは良い身分じゃねえか、久守」

 

その男が現れ、気安く私の名を呼び、気安く私の肩に触れたのは。

 

「……」

「へっ?」

 

無言でその手を払い除け、私は立ち上がった。

 

「……触れないでくれますか」

「……あ、お、おう」

 

間抜けな表情で男は手を下した。

 

「なんだ? 何かあったのか、そんな苛々してよ」

「話しかけないでもらえますか、不愉快です」

「……は?」

 

口を開け、さらに間抜けな表情を晒す男に私は言葉を重ねる。

 

「聞こえなかったんですか。私の前から消えてください、そう言ったんです」

「いや言ってる事が違えじゃねえか!」

 

大きな声を上げる男に私は思わず嘆息する。

 

「はぁ……耳障りで、目障りですね。癪に障る……あなたを見ていると本当に苛々する」

 

まるで信じられないモノを見たかのように目を白黒させる男に、私は溜まっていたものを吐き出すように続けた。

 

 

「ほんの一時でも、ほんの僅かでも、あなたに心を許していた事は私にとって最大の汚点です。今更それを雪ぐ事は叶いませんが……せめてもう二度と、私に関わるな――――沢渡シンゴ」

 

 

溜まっていた鬱憤を、憎悪を、怒りを、その全てを乗せた言葉がどこまでこの男に届いたのかは分からない。けれど、それを確かめる為にこれ以上、この男と共に居る事に私は耐えられなかった。

 

「行きましょう、光津さん」

「え、ええ……」

 

紙コップを握り潰し、私は足早にその場を立ち去った。

 

 

「ご愁傷様。ま、少しだけ同情してあげるわ。どうせあんたの自業自得なんでしょうけど」

 

真澄は気の毒なモノを見る目を向けながら沢渡にそう言うと、去って行った詠歌を追いかけて行った。

 

「……な、なっ」

 

そして、一人取り残された沢渡は――

 

「――なんじゃそりゃあああああああああああ!?」

 

周囲に人が居る事も忘れ、力の限りそう叫んだ。

 

 

 

 

 

「何処まで行くのよ?」

「すいません、改めて光津さんにお願いしたい事があります」

 

私たちがやって来たのはLDSのデュエル場。ただし生徒に解放されているフリースペースではなく、講義などで使う専用のデュエルコートだ。

 

「あなた、何で此処の鍵を?」

「中島さんから許可は得てあります」

「……?」

「光津さん、私とデュエルしてください」

「それは構わないけど……どうして此処で?」

「まだ人目につく事を赤馬社長たちも望んではいませんから」

 

赤馬社長たちはジュニアユース選手権の場でレオ・コーポレーション製のペンデュラムカードを初めて披露するつもりでいる。……あの男に使わせて。

だから私も、公の場でテストを行うわけにはいかない。けれど同じLDSの光津さん相手ならば構わない、そう許可も得ている。

 

(……やっぱり雰囲気が少し変わった? それだけ沢渡の奴との一件が堪えているのかしら。喧嘩をしたって言うのは聞いていたけれど……ここまでとはね)

 

真澄は詠歌の変化をそう認識していた。……それを誰から聞いたのかも分からず、しかしそれを疑問にも思わず。

 

「……いいわ。相手をしてあげる。大会前の最終調整としてね」

「ありがとうございます。全力でお願いします」

「言われなくともっ!」

 

光津さんは勝気な笑みと共にデュエルディスクを構えた。私も静かにディスクを構え、組み直したデッキをディスクへと挿入する。

これはテストだ。ペンデュラムカードの完成の為の、そしてこのデッキの力を確かめる為の。

 

 

「デュエル!」「デュエル……!」

 

 

EIKA VS MASUMI

LP:4000

 

「先行は私よ! 私はジェムナイト・ルマリンを召喚!」

 

ジェムナイト・ルマリン

レベル4

攻撃力 1600

 

現れるイエロートルマリンの戦士、ルマリン。効果を持たないバニラモンスター。

 

「カードを二枚セットして、ターンエンド!」

「私の、ターン……!」

 

カードをドローし、手札に加える。六枚の手札を見て、私は想像する。この新たなデッキの軌跡を。

 

「私はフィールド魔法、機殻の要塞(クリフォートレス)を発動。このカードが存在する限りクリフォート・モンスターの召喚は無効化されず、さらに通常召喚に加えてもう一度だけクリフォート・モンスターを召喚することが出来ます」

「クリ、フォート……?」

 

初めて聞くカードと名前に光津さんは怪訝そうに眉を細めた。

 

「私は手札から――クリフォート・ゲノムを召喚。このカードはレベルと攻撃力を下げ、リリースなしで召喚出来る」

 

クリフォート・ゲノム

レベル6 → 4 ペンデュラム

攻撃力 2400 → 1800

 

「装備魔法、機殻の生贄(サクリフォート)を発動し、クリフォート・ゲノムに装備する。このカードを装備したクリフォート・ゲノムは攻撃力が300ポイントアップし、戦闘では破壊されない」

 

クリフォート・ゲノム

攻撃力 1800 → 2100

 

「そして機殻の生贄を装備したモンスターはクリフォート・モンスターをアドバンス召喚する時、2体分のリリース素材となる……私はフィールド魔法、機殻の要塞の効果により、もう一度通常召喚を行う。二体分となったゲノムをリリース」

 

分かる。私が取るべき手が、勝利への道が。

 

「アドバンス召喚……クリフォート・シェル」

 

クリフォート・シェル

レベル8 ペンデュラム

攻撃力 2800

 

現れたのは奇怪な形をした、砦とも言える物体だった。

 

「さらに機殻の生贄がフィールドから墓地へ送られた時、デッキからクリフォート・モンスター一枚を手札に加える……私が手札に加えるのは、ペンデュラムモンスター クリフォート・ツール」

「ペンデュラムモンスター……!? あなた、何処でそれを!?」

「心配しなくとも正規の手段で手に入れたものです。あの男のような汚い真似をしたわけではありませんよ」

 

私が公開したクリフォート・ツールを見て、光津さんはようやくクリフォートの事を理解したようだ。

 

「私はスケール9のクリフォート・ツールをペンデュラムゾーンにセッティング」

「っ……成程ね、融合でもシンクロでもエクシーズでもない、総合コースのエリートのあなたにはピッタリだわ。けど、使うのは初めて? ペンデュラムカードは二枚ないと――」

 

言い掛けて、光津さんは口を噤んだ。

 

「……言うまでもないわよね。あのストロング石島のエキシビションマッチの映像を何度も見返して、誰よりも早く研究していたあなたには」

「誰よりも早く、というのは買いかぶりですよ。クリフォート・ツールのペンデュラム効果、発動。ライフを800ポイント払い、デッキからこのカード以外のクリフォート・カードを手札に加える。私が加えるのはクリフォート・アーカイブ。そして、スケール1のクリフォート・アーカイブをペンデュラムゾーンにセッティング……!」

 

EIKA LP:3200

 

「これで……」

「レベル2から8までのモンスターが同時に召喚可能……ただし、セッティングされたクリフォートたちのペンデュラム効果により、私はクリフォート以外のモンスターの特殊召喚は行えない」

「けどそのデメリットの上でペンデュラムゾーンにセッティングしたって事は、あるんでしょう? あなたの手札に」

「ええ――お見せしましょう、赤馬社長に次ぐ、LDSのペンデュラム召喚を……! ペンデュラム召喚! 現れろ、レベル5、クリフォート・アセンブラ!」

 

クリフォート・アセンブラ

レベル5 ペンデュラム

攻撃力 2400

 

私の背後に設置された二つの光柱、その中心の空間より、新たなクリフォートが飛来する。

それもまた奇怪な形をした、石版だった。

 

「さらにクリフォート・アーカイブのペンデュラム効果、私のフィールドのクリフォートたちの攻撃力が300ポイントアップする」

 

クリフォート・シェル

攻撃力 2800 → 3100

 

クリフォート・アセンブラ

攻撃力 2400 → 2700

 

「……随分と不気味ね。ただでさえシャドールとマドルチェっていうアンバランスなデッキだったのに、不気味さが増しちゃってるわよ」

 

……ああ、そういえば前使っていたのはそういうデッキでしたね。

 

 

「大丈夫ですよ。シャドールたちは残していますが、マドルチェたちはデッキから全て抜きました」

 

 

「え……?」

「強くなる為にはそうするべきだと判断しました。マドルチェたちを使っていては、勝てるデュエルも勝てなくなる。これ以上強くなんてなれませんから」

 

自分でも不思議なくらい、冷めた声だった。

でも何も可笑しな事はない。強くなる為にデッキを改良する、デュエリストとして当然の行為だ。

 

「バトル! クリフォート・アセンブラでジェムナイト・ルマリンを攻撃」

「ッ、罠カード、輝石融合(アッセンブル・フュージョン)を発動! ジェムナイト・ルマリンと手札のジェムナイト・ラピスを融合! 雷を帯びし秘石よ、碧き秘石よ! 光渦巻きて、新たな輝きと共に一つとならん! 融合召喚! 現れよ、ジェムナイト・プリズムオーラ!」

 

ジェムナイト・プリズムオーラ

レベル7

攻撃力 2450

 

「バトルは続行、プリズムオーラを攻撃」

「速攻魔法、決闘融合―バトル・フュージョンを発動! このバトルの間だけジェムナイト・プリズムオーラにクリフォート・アセンブラの攻撃力を加える!」

 

ジェムナイト・プリズムオーラ

攻撃力 2450 → 5150

 

「……」

 

EIKA LP:750

 

私も入れていたカード、融合召喚を扱う光津さんなら当然入れていても不思議はない。

 

「この瞬間、プリズムオーラの攻撃力は元に戻る……ペンデュラムカードを手に入れたからって浮かれ過ぎじゃない? 以前のあなたならもっと慎重だったと思うけど」

 

ジェムナイト・プリズムオーラ

攻撃力 5150 → 2450

 

「破壊されたアセンブラはペンデュラムモンスター、よって墓地ではなくエクストラデッキへ送られる。……いくらライフに傷がつこうと、0にならなければ同じ事です。そして私は、その前に敵のライフを削り切る……! クリフォート・シェルでプリズムオーラを攻撃!」

 

もう光津さんの場に伏せカードはない。

 

「くっ……!」

 

MASUMI LP:3350

 

爆風と共にプリズムオーラは砕け散る。

 

「クリフォート・シェルの効果発動。このカードがクリフォート・モンスターをリリースし、表側表示でのアドバンス召喚に成功した場合、二度の攻撃を行える。あなたのフィールドにカードは残されていない……直接攻撃」

「なっ、くぅ……!」

 

MASUMI LP:250

 

「カードを一枚セットし、ターンエンド」

「やるじゃない……私のターン!」

 

ドローしたカードを見て、光津さんは微笑んだ。

 

「どういうつもりであなたがデッキを変えたのかは分からないけれど、私も本気で行かせてもらうわ。あの時とはもう、違うのよ。永続魔法、ブリリアント・フュージョンを発動!」

 

フュージョン……永続魔法の融合カード……?

 

「デッキのジェムナイト・ガネット、エメラル、クリスタを素材として、融合召喚! 現れよ、全てを照らす至上の輝き! ジェムナイト・マスターダイヤ!」

 

ジェムナイト・マスターダイヤ

レベル9

攻撃力 0 → 600

 

(今、本当のエースまで出すのは遠慮させてもらうわ。マスターダイヤで勝負を着ける……!)

 

「永続魔法でかつデッキ融合……ですか、成程、確かに強力なカードです」

「勿論、デメリットはあるわ。この効果で召喚したモンスターの攻撃力、守備力は0になる。今のマスターダイヤは自分の効果で上昇した、600ポイントの攻撃力しか持っていない――けれど、手札から魔法カードを墓地に送る事で、元の力を取り戻すのよ! 私は手札のパーティカル・フュージョンを墓地に送る!」

 

ジェムナイト・マスターダイヤ

攻撃力 600 → 3500

 

デッキ融合、それが如何に強力かは私も良く知っている。だからこそ私もデッキにシャドールを残したのだ。しかもこのカードならジェムナイト・フュージョンが手札にあれば、その効果で実質手札コスト0で強力な融合モンスターを召喚出来る。

……けれど、力を出し惜しんで私に勝てるなんて、侮られたものだ。

 

「……光津さん、やはりあなたは強いです。けれど、私はこのカードを発動していた。永続罠、機殻の再星(リクリフォート)

 

 

 

その後の結果は、わざわざ思い出すまでもない。

私が勝ち、光津さんが負けた。

けれどこのままでは駄目だ。強く、もっと強く。

鉄の如き意思と鋼の如き強さを。

赤馬社長に恩を返す、そうすれば私は……やっと。

 

 

 

「……っと、いけない」

 

何処か気まずい雰囲気で光津さんを見送り、今日はもう帰ろう、そう思った時、デュエルの時に置いた鞄を忘れて来た事に気付く。なんて間抜けな……以前ならこんな事なかったのに。

踵を返し、再びデュエル場へと足を向ける。

一番奥のデュエル場へと向かう途中、この時間は使われていないはずの別の講義用のデュエル場に明かりが灯っていた。

 

 

 

「俺はスケール3の妖仙獣 左錬神柱とスケール5の妖仙獣 右錬神柱でペンデュラムスケールをセッティング! ペンデュラム召喚! 来い! 妖仙獣 鎌壱太刀! 鎌弐太刀、鎌参太刀!」

 

「来たぁ! ペンデュラム召喚!」

「沢渡さん、決まり過ぎっす!」

「ネオ沢渡最高!」

 

中から聞こえて来たのは山部、大伴、柿本の声と聞きたくもない男の声だった。

中島さんから聞いてはいたが、本当にあの男にペンデュラムカードを……。いや、けれどそれは正しい。赤馬社長はペンデュラムカードを普及させようと研究していたんだ。あの男に扱えるのであれば、他のデュエリストたちにも間違いなく扱える。そういう意味ではテストプレイヤーとしては最適だろう。

……これ以上此処で立ち止まっていても仕方がない。気分が悪くなる前に行こう。

 

 

 

「妖仙獣 閻魔巳裂(やまみさき)で氷帝メビウスを攻撃! 続いて鎌弐太刀で直接攻撃!」

「うわあああ!」

 

YAMABE LP:0

WIN SAWATARI

 

 

「沢渡さん、やっぱりペンデュラム召喚強すぎっすよ!」

「違うなあ、強いのはペンデュラム召喚じゃあない、それを使うデュエリスト――つまり強いのは!」

「「「「沢渡さーん!」」」

「イエース! ペンデュラムカードを手にした今、榊遊矢も敵じゃない。勝つのはこの、ネオ!」

「「「沢渡さーん!!」」」

「イエス! イエス!」

 

詠歌が来ていた事も知らず、彼らは沢渡を持ち上げ続ける。この瞬間だけは沢渡も先程の事を忘れ、気分を良くしていた。

しかし、

 

「でも沢渡さん、LDSに来たんなら久守の奴も呼んでやれば良かったんじゃ……?」

「ああ……相当キテたからな、久守の奴」

「この前、虚空に向かって名前を呼んでたのを見たぞ……」

 

「……そう! そうだよなあ、なーに、明日になれば選手権が始まる。その時は呼ばないでも来るさ……あいつも一日経てば頭を冷やすだろうからな」

 

聞こえないようにそう付け加えて、沢渡は笑った。

 

「……?」

「沢渡さん」

「何かあったんすか? 久守と」

 

だが沢渡の態度の変化に気付いたのか、山部たちはそう尋ねた。

 

「別に? ただあいつがらしくもない様子だったからな、まあこの俺に会えなかったが故に拗ねでもしたんだろうさ。まったく、人気者は辛いねえ」

「久守が?」

「珍しい事もあるもんすね」

「確かに最近見かけなかったけど……拗ねるってか風邪でも拗らせたんだと思ってました」

「風邪……そう、それだ! そうに違いねえ! 明日も来ないようならそれしかねえ!」

「「「……?」」」

 

まだ、誰も事の重大さには気づいていなかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「社長、久守詠歌の様子ですが」

「ああ、どうなっている」

「経過を見る限り、異常はありません。記憶の抹消と改竄は成功しているようです」

「そうか」

「はい。チームからの報告を受けた時は懸念もありましたが……」

「この街に来る前の記憶が読み取れない、か……だが彼女が記憶を失っている様子はない。元々人間の脳はまだ未知の領域も多い、無理に触れようとすれば後遺症が残る可能性もある。記憶の抹消が出来ただけで十分だ。彼女は貴重な戦力なのだから」

「はい。ですが彼女をこちら側に引き入れるのなら、沢渡にペンデュラムカードを渡す必要はなかったのでは? 奴の事です、またごねてテストが終わってもペンデュラムカードを返さないとも限りません」

 

中島にとって沢渡の印象は良いものではない。最初の榊遊矢からのペンデュラムカード強奪の件での命令違反に、センターコートのジャック、頭が痛くなるような問題ばかり起こす厄介者。確かにペンデュラム召喚を行ったデュエリスト、という意味では適任なのかもしれないが、それでも他に手はあったのではないか、と思わずにはいられない。現に詠歌も成功させている今となっては、猶更。

 

「いや、これでいい。どちらにせよ大会は明日だ、沢渡には予定通り、一回戦で榊遊矢とデュエルをしてもらう」

「はっ、そのデュエルで我が社のペンデュラムカードの存在を認知させる、癪ですが沢渡ならばその点は適任でしょう」

 

沢渡の性格はそういった方面では役立つ、これ以上ないアピールになるだろう。中島はそう自分に言い聞かせた。

 

「久守詠歌もペンデュラム召喚を成功させた。沢渡のデータと合わせれば量産も可能になる」

「はい、テストではまだ不安定なカードでしたが今の所召喚反応、エネルギーバランス共に異常は見受けられません、しかしまたいつ異常が出ないとも……」

「その為に大会に出場しない彼女にあのカードを与えたのだ。安定した運用が出来るのであればそれで良し、仮に異常が出てもそのデータは有用なものだ。沢渡という枷が外れた今、彼女にはさらに実力を高めてもらわねばならない」

 

冷静に、淡々と赤馬零児は言葉を紡ぐ。

 

「確かめさせてもらおう。彼女の真の力を。鎖を外された彼女が何処へ辿り着くのかを」

 

それぞれの思惑が渦巻く中、大会が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

舞網チャンピオンシップ 当日

 

開催直前のスタジアムに私は居た。観戦も目的だが、それだけではない。

 

「此処に居たんですか」

「む……お主は」

「聞いているはずです、LDSの久守詠歌。あなた方が風魔の……日影さんと月影さんですね」

 

忍装束に身を包んだ二人組、日影さんと月影さん。彼らもLDS、社長からの依頼を受け大会に参加したデュエリストだ。

 

「私は大会には出場できません。ですから私の代わりに相応しくないデュエリストたちを振るい落とすのはあなた方の役割です」

「承知している」

「それ以外の邪魔者は私が排除します。あなた方も自分の仕事を」

 

私の言葉に二人は頷く。信用していないわけではありませんが、一応念を押しておく。

 

「伝えたかったのはそれだけです。……任務とは関係なく、応援もさせていただきます。頑張ってください」

 

 

 

「兄者」

「ああ。気付いたか、あの少女……」

「何かに駆り立てられている。隠しているつもりのようだったが、酷く不安定な気をしていた……」

「……どんな状況であろうと、我らが成すべき事は変わらぬ、行くぞ、月影」

 

 

 

念の為、会場を一度見回ってから、スタジアムの観客席へと足を運んだ。

既に開会式も終盤、榊さんの選手宣誓が始まっていた。

 

「――どんどんデュエルが楽しくなって、もっとデュエルを好きになりたいと思いましたっ。そして俺は榊遊勝のように誰かの誇りにされる、最高のプロデュエリストになりたいです! 自分も、皆もデュエルが好きになる、そんなデュエリストになりたいです!」

 

――かつて臆病者の息子と蔑まれ、それでも必死にデュエルと向き合おうとしていた少年の言葉に、会場は拍手を送った。

……何故だろう、確かに榊さんの言葉に嘘はなく、私の心にも響いた。素直に尊敬したいと思った。でも、この痛みはなんだろう。どうして私の心はこんなにも、何かを訴えるように痛むのだろう。

 

「っ……」

 

分からない。この感情の根源は、何?

頭が痛む、私は一体何をしているんだろう、という漠然とした疑問が頭を過ぎる。

……くだらない、私はただ、やるべき事を、言われた事をやるだけだ。

 

「……」

 

スタジアム、LDSの列に並ぶ志島さん、刀堂さん、光津さん、そしてその後ろでニヤリと笑いながら気障に拍手を送る、あの男が居た。

 

「っ……!」

 

虫唾が走る。気に入らない、あの表情も、いやあの男があの場所に立っている事自体が酷く気に入らない。

 

「おっ、居た居たっ、おい、久守」

「……大伴」

「探したぜ、いつまで経っても来ないからよ」

 

大伴に続いて、山部と柿本が追いかけるように私の前に現れた。

 

「昨日メールしただろ? 今日の集合場所」

「……ああ、そういえばそうでしたね」

「そういえば、って……沢渡さんも言わなかったけど、滅茶苦茶気にしてたぞ?」

「気にする? ……ははっ」

 

思わず、失笑が零れた。

 

「同じLDSの友人として忠告しておきます」

「は?」

「あなたたちも早く、あの男と縁を切った方がいい」

 

開会式を終え、通路へと戻っていくあの男を見下ろしながら、そう忠告した。

 

「道化に付き合って笑い者になりたくはないでしょう」

「お前、何を言って……」

 

顔を見合わせ、信じらないといった表情で口を開いた大伴に被せるように、私は言葉を続けた。

 

「私はもうあの男の取り巻きでも、人形でもない――あなたたちとの縁も、これまでです」

 

そうはっきりと伝え、私は席を立った。彼らと一緒に居る必要も、もうない。もう、いらない。

 

 

 

 

 

去って行く詠歌を三人は呆然と見送り、誰ともなく、震える声で呟いた。

 

「…………沢渡さん、一体久守に何したんだ……?」

「マジギレだったぞ、あいつ……」

「沢渡さん、マジやばいっすよぉ……」

 

久守詠歌の決別の言葉は、彼らには届いてなどいなかった。




主人公の新デッキのお披露目として申し訳程度のデュエル描写となりました。
これならきっと黒咲さんにも勝てるね(にっこり)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。