沢渡さん、ロマンチストっすよ!
放課後の舞網第二中学校、最後の授業を終えたクラスには喧騒が戻る。
開放感から両手を広げ、椅子に体を投げ出す者、何処に遊びに行くかを話し合う者、早々に帰路につく者。それは各々、様々だ。
その中の一人、久守詠歌という少女は誰と話すでもなく、帰り支度を整えていた。
「ねえねえ久守さん」
そんな少女に、一人の同級生が声を掛けた。
「何でしょうか」
「最近、一組の沢渡くんたちと一緒に居るのを見たんだけど、どういう関係なのっ?」
「……関係」
「そうっ、久守さんって物静かで、不思議な組み合わせだと思って。それに最近はお昼休みに一人で何処かに行くようになったじゃない? 柊さん、だっけ。あの子ともいつの間にか仲良くなってたみたいだし」
「柊さんは大切な友人です。一度デュエルをしてから良く話してくれるようになりました」
「へえ……あ、じゃあ沢渡くんも? 彼も確か久守さんと同じ、LDSだよね。やっぱり同じデュエル塾の塾生同士、弾む話もあるんだ」
いつも一人だった詠歌を案じていた同級生の少女は仲の良い友人が出来た事に内心で安堵した。なら沢渡もそうなのだろうか、と考えての軽い発言だった。
「いいえ、それは違います。以前までならそうだったかもしれませんが、今となってはデュエリストであるなしは関係ありません」
すぐさま否定の言葉を返され、しかも詠歌の瞳が輝いている事に気付いた同級生の少女は内心で「……あれ?」と違和感を感じる。しかし、もう手遅れだった。
「勿論同じ、いえ私と沢渡さんを同列に語るのは烏滸がましい事ではありますが、同じデュエリストである事は大きな共通点です。ですが今はもうデュエリストである事だけが沢渡さんとの繋がりではありません。カードに関する事だけでなく、今日の授業の内容や最近のテレビ番組など、学生らしい世間話でも沢渡さんの話題は尽きません。それはもう話しているといつも時間を忘れてしまう程です。ああ、勿論これは比喩で沢渡さんと過ごした時間を忘れるなんてある訳がないんですが。そう、忘れるはずありません。ああ、今でも思い出せます。初めて会った時から今日まで、一瞬たりとも忘れてしまった事などありません。惜しむべくは私の記憶に残っているだけで映像画像音声その他が残っていない事ですが……けれど先日のデュエルに限っては赤馬さんにお願いしてカメラの映像を頂きましたのでそれだけで良しとします。たとえそれ以外が形に残っていなくともそれは全て現実に起こった事ですから。むしろだからこそ尊いとも言えます」
今まで見た事ない様子で語る詠歌に気圧され、同級生は震えた声で頷くしかなかった。
「そ、そうなんだ……」
結局、心優しい同級生が解放されたのは他の生徒たちが帰路についてからだった。
それに気付いた詠歌の必死の謝罪に、少女は笑い、「良かった」とだけ言った。同時に彼の話を詠歌に振るのは会話が途切れてしまった時の最終手段にしよう、と誓った。
「はぁ……」
思わず、溜め息が出た。
理由は……姿の見えない沢渡さんの事だ。勿論、つい同級生の方に長々と沢渡さんについて語ってしまった事も溜め息の原因ですが……。
沢渡さんはやっぱり最近になって、姿が見えなくなる事が多くなった。何をしているのか聞いても「気にするな」と返されるばかりで、教えてもらえない。
ただ、気になる噂を聞いた。最近レオ・コーポレーションが独自にペンデュラムカードを開発している、という噂だ。そしてそれは単なる噂ではないという事は、アユちゃんから聞いて知っている。
赤馬零児、赤馬さんが遊勝塾でのデュエルで、実際にペンデュラム召喚を行ったと。沢渡さんが時折姿を消す事と、無関係とは思えない。もしかしたら一人でその噂の真偽を確かめているのかも……心配です。けれどそれを止める事もまた、出来ない。沢渡さんがペンデュラム召喚に拘っている事を知っているから。融合にも、シンクロにも、エクシーズにも興味のなかった沢渡さんがようやく見つけた、自分のデュエルの可能性。その可能性をみすみす閉ざすような真似、出来るはずがない。
本音を言えば、私にも話して欲しい。私に協力出来る事があれば、言ってほしい……けど、沢渡さんが何も言わないという事は、自分の手でやると決めたという事だ。ならその意思を無視して、余計な手出しは出来ない。沢渡さんは必ずペンデュラムカードを手に入れる、そう信じて待つ事しか出来ない。
今日は沢渡さんも、山部たちもLDSには来ない。お昼休みに学校で別れた時、そう言っていた。
けれど私の足は自然とLDSに向かっていた。家で一人で居てもやる事がないし、必修の講義はほとんど終えたとはいえ、何か得るものもあるはずだと出来る限り通っている。それに――
「あ――」
「――っと、危ないわね。しっかり前を向いて歩きなさいよ」
「……急に飛び出して来たのは光津さんでは?」
「それでもあなたが俯いて歩いていた事に違いはないでしょ。気をつけなさい」
「いやまあ……はい」
こうして、友人に会えるからだ。
「今日も調査……ですよね」
「ええ」
もっとも、光津さんはこうして出会っても中々ゆっくりと話す時間が取れない。
「一刻も早く襲撃犯を見つけ出して、マルコ先生の事を訊き出す。ただ待ってなんていられないわ」
「そう、ですよね」
赤馬さんの話を信じるなら、光津さんの恩師、融合コースのマルコ先生は……今は昏睡状態にあると言う。赤馬さんには他言しないように念を押されているし、私としても話すべきではないと思っている。不安と疑心の中で待ち続けるより、こうして我武者羅にでも走り回っている方がきっと、苦しくないと思うから。手掛かりが見つからない事の焦りはあるだろう、それでも……いつ目覚めるとも分からない、目覚めるかも分からない人を待ち続けるより、その方がきっと……良いはずだ。
「……あまり無理だけはしないで下さい。マルコ先生も、きっとそう言います」
「分かってるわ。……でもあなたにだけは言われたくないわね。沢渡の事で無茶ばかりするあなたには」
「それを言われると……何も言い返せません」
素直に頷くと、クスリと光津さんは笑った。
「大丈夫、分かってるわよ……でも何もせずにはいられない、この気持ちも、あなたなら分かるでしょ」
「……はい」
「安心しなさい、あなたみたいなヘマはしないわ。マルコ先生を倒した相手に、私一人で勝てるなんて自惚れるつもりもない。いざという時は制服組や刃たちの力も借りるわ」
「その時は私も頼ってください」
「それは嫌」
「……」
「そんな顔しないでよ。……その気持ちだけで十分よ。あなたは襲撃犯の事なんて忘れて、普通に生活してればいいの。また入院したくないでしょ」
「……分かりました。でも、本当にいざという時は無視してでも力を貸します。押し付けますから」
「……あっそ。好きにしなさい。まったく、可愛くない子」
互いに譲らなかったけれど、最後には二人でクスリと笑い合った。
「頑固なのはお互い様ですね」
「ふん……それじゃ、私は行くわね」
「はい。気を付けて」
「ええ」
走り去る光津さんを見送る。沢渡さんが襲われ、我を忘れて襲撃犯にデュエルを申し込んだ私と違って、光津さんは冷静な判断が出来る人だ。やはり私は子供だったと、改めて思い知らされる。
考えなきゃいけない事は色々あるけれど、今は待つしかない。沢渡さんの事も、赤馬さんからの依頼の事も。
とりあえずはLDSに行こう。光津さんが一人だったということは、刀堂さんたちは多分LDSに居るはずだ。
「久守ッ!」
そう考え、今度は顔を上げて歩き始めた私を呼び止める声があった。
「……権現坂さん?」
声のした方を見れば、見慣れた制服にタスキを巻いた、権現坂さんの姿が。
「級友として、この男権現坂の頼みを聞いて欲しい!」
「……はい?」
権現坂さんと共に、LDSの門を潜る。
「大丈夫だとは思いますが、最近は事件のせいで事務局も神経質になっているので、私から離れないでください」
「ああ。事件と言うと……やはりあれか」
「はい。沢渡さんの事件に始まり、まだ続いています」
「むう……許せん! 同じデュエリストとして、闇討ちなど嘆かわしい! ……だが元気そうで安心したぞ、遊矢や柚子から退院したとは聞いていたが、直接話す機会がなかったのでな」
「はい、お蔭さまで。学校ではクラスが違いますし、最近はずっと沢渡さんたちと一緒に居ますから仕方ありません。心配して下さってありがとうございます」
「うむ。本来なら学校で一声掛けようと思っていたのだが、あまりにも楽しげだったのでな」
「気を遣わせてしまってすいません」
やっぱり楽しいですオーラが出ていましたか……えへへ。
けれどそれで気を遣わせてしまったのは申し訳ないですね。以前ならともかく、今の私はそこまで狭量ではありません。気にせずに話しかけてくれてよかったのですが。
「っと、すぐに見つかりましたね」
LDSの中に入ってすぐ、メインモニターの前に立っている二人――刀堂さんと志島さんが目に入った。
「おはようございます、刀堂さん、志島さん」
話し込んでいた二人に近づき、挨拶する。
「ん、よお、くも――りぃ!?」
私に気付き、振り向いた刀堂さんが急に大きな声を上げた。
「急に大声を上げないでください、驚きました」
「驚いたのはこっちだっつの! お前の声がしたと思ったら大男が――って、お前は……」
竹刀を抜き、警戒するように飛び退いた刀堂さんが、権現坂さんに気付く。
「遊勝塾のフルモンスター……?」
「その言い方は凄い失礼に聞こえますよ、志島さん。この方は、」
「権現坂道場の権現坂昇と申す……刀堂刃殿!」
「な、なんだよ!? あれかッ? 今度こそ決着を着けようって乗り込んで来やがったのか! この俺と!」
竹刀を向け、威嚇する刀堂さんと熱いオーラを放ちながら刀堂さんを見下ろす権現坂さん。……その二人に挟まれた私。物凄く居心地が悪いです。
「落ち着いてください、二人とも。……とりあえず、場所を移しましょう。此処では必要以上に注目を集めてしまいますし」
二人の間から抜けて、そう進言する。権現坂さんの放つオーラと竹刀を今にも振り回しそうな刀堂さんのおかげでもう随分と目立ってしまっている。これでは話も上手く出来ない。
「むぅ……面目ない。この男権現坂、つい気が逸ってしまったようだ」
「あ、ああ……とりあえず、お礼参りってわけじゃねえんだな……?」
「違いますよ。二階に喫茶店があります、詳しい話はそこで話したらどうでしょう」
「おう……」
「ああ。やはり久守に頼んで正解だった。俺ではそこまで気が回らず、この場で頼み込んでいただろう」
今の様子だと、本当にそうしていそうですね……。
私たちは二階に上がり、喫茶店LDS Caffeに入る。実はLDSの生徒でありながら、ほとんど利用した事がありません。
「それでは、詳しい話は権現坂さんが直接」
「ああ。すまないな、久守」
「刀堂さん、そう警戒しないで話を聞いてあげてくださいね」
「分かってるっつーの。つーかお前は一緒じゃねえのか」
「話が終わるまでは志島さんと別の席で待っていますから」
権現坂さんが刀堂さんにする頼み事については本人から聞いています。けれど、だからといって同席するのは少し気後れしてしまう。これは権現坂さんが真剣に考えて出して結論なのだろうから。
「いきましょうか、志島さん」
「ああ……ってそれなら僕まで一緒に来る事なかったんじゃないか?」
「まあそう言わずに、お茶しましょう」
もしもこのお店の紅茶が私よりも遥かに美味しかったりしたらさらに精進しなくてはなりませんし、私だけでなく志島さんの感想も聞きたいので。
「……なんだか君、以前よりも強引さが増してないか?」
「最近気付いたんですが、私、意外とお喋り好きだったみたいです」
「……それは今更だろう」
そうじゃないですよ。沢渡さんの事だけじゃなく、それ以外でも、です。でも確かに気付くのが遅かったですね。
「しかし同じ学校とはいえ、あの彼とも繋がりがあったとはね」
刀堂さんたちとは離れた席につき、注文を終えると志島さんがそう口にした。
「同級生ですから」
「って事は、こないだのデュエルも知ってるわけだ」
「遊勝塾を賭けた試合の事なら、少し前に聞きましたよ」
「……そうかい」
退院してから何度か話す機会はありましたが、志島さんも刀堂さんも、その件については触れなかった。隠していた、という程ではないでしょうが、知られたくなかったのだろう。
「志島さんが通算40勝を逃した事も」
「ぐっ……」
志島さんは顔を歪ませる。やはり触れられたくなかったようだ。
「お互い、負けていられませんね」
権現坂さんを見て、その思いはさらに強くなった。
「一度の勝負が全てではない。でも、私も沢渡さんに勝てませんでした」
「あれは君も本調子じゃなかっただろう。でなきゃ、僕たちに勝った君が沢渡なんかに……いや、何でもない」
「そうですか」
思わず睨むように志島さんを見てしまった。
「調子で言えば、あの時の私は今までにない、最高のコンディションでしたよ。勝ちたい、その一心でした。でも勝てなかった」
「……」
「その時の気持ちは今でも変わりません。沢渡さんに勝ちたい、沢渡さんより強くなりたい。あの人を今度こそ守れるように、もっと強く」
「僕も同じさ。いいや、強くなる。君に負けないぐらい、榊遊矢に負けないぐらい、あの三番勝負、僕は唯一の黒星だ。ジュニアユース選手権優勝最有力候補、なんて言われておいてあのザマ。このまま終われるわけがない」
志島さんの言葉を聞いて、改めて私は今まで弱かったと思い知る。勝ちたい、強くなりたい、その思いが私には足りなかった。けど今は違う。私も志島さんや権現坂さんと同じ、もっと強くなりたい、そう心から思う。
「ええ。お互いに頑張りましょう」
注文した紅茶が運ばれて来る。私の下にはキーマンが、志島さんの下にはカンヤムが。どちらもストレートティーだ。
「……ああ」
紅茶を受け取りながら、少し困ったように頷く志島さんに私は気になっていた事を尋ねる事にした。
「……もしかしてまだ私の事、苦手だったりするんでしょうか」
光津さんや刀堂さんと同じく、志島さんも友人だと思っていたんですが……私の勝手だったでしょうか。
「え、ああいや、そんな事はないさ。あの敗北は確かに堪えたけど、今は気にしてない。勿論いつか借りは返させてもらうけどね。ただ、君はジュニアユース選手権には出ないんだろう?」
「はい。公式戦は50戦には程遠いですし、今回は沢渡さんと、皆さんの応援に専念します」
選手権の出場資格は公式戦50戦以上且つ勝率6割以上が条件。今からではとても間に合わない。
「けど君なら今からでも無敗の6連勝で資格を得る事も出来るんじゃないか? 公式戦は僕との試合だけでも、後5試合くらいならどうにか――」
「いいえ。私の公式戦の記録は2戦1勝1敗ですよ。それに、今から公式戦の相手を探しても中々見つかりません。既に出場資格を得ている人は当然勝率を下げる危険は冒したくないでしょうし、得られていない人もわざわざ他人の出場資格の為に公式戦を受けようという方は中々見つけられないでしょうから」
「……な、なあまさかその1敗って」
「ええ、先日の沢渡さんとのデュエルです」
私が答えると、志島さんは驚きからか固まった。
今言った通り、先日の沢渡さんとのデュエル、私の知らない内に沢渡さんが公式戦としてセッティングしていた。それに志島さんが驚くのも無理はない。
「……僕は今、初めて少しだけ、ほんの少しだけ沢渡の奴を見直したよ。そう簡単に出来る事じゃない。僕だって君に借りを返すとは言ったものの、今の時期に君と公式戦ではやり合いたくない」
志島さんの言う事は最もだ。勝率が6割を超えていて、仮に1敗したところでそれを下回る事がなくとも、この時期に勝率を下げても良い事はない。
選手権前の最後の試合結果が敗北で終わっていれば、対戦相手に嘗められる事になり兼ねない。それはデュエリストとして耐えがたい屈辱だ。それに勝率は参加人数によってはシード権の獲得にも影響すると言うし、普通なら参加資格を得た時点で公式戦は控える。今から探すとなれば街中を探し回るか、相当の人脈や情報網を持った誰かに探してもらうしかない。
けれど沢渡さんはそれでも、私とのデュエルを公式戦とした。きっとそれは絶対の自信があったからだろう。でも……
――『お前にとってはこのデュエル、忘れられないものかもしれないが、俺にとっちゃこんなのはすぐに忘れちまう程度のもんだ』
もしも、あえて公式の記録として残してくれたのだとしたら……なんて、考えてしまうのはロマンチストだろうか。
「君の言う通り一度の勝負で実力が決まるわけじゃない。だが沢渡が僕に勝った君を倒した、それは事実だ。……その点も、素直に賞賛するよ」
「その言葉を聞けて嬉しいです。でも、それは本人に言ってあげてください。沢渡さんは他人からの賛辞は素直に受け止める人ですから」
「それは断る」
「……むぅ」
無碍もなく断られ、つい頬を膨らませてしまう。
「君やあの3人みたいな太鼓持ちが居るのに、これ以上沢渡を持ち上げても仕方ないだろう」
「そんなつもりはないのですが……」
私はただ純然たる事実を言っているだけですので。
「っと、向こうの話は終わったみたいだね」
その言葉に振り向くと、反対方向の席で刀堂さんが手を上げ、権現坂さんもこちらを見ていた。
「移動しましょうか」
「ああ」
丁度一杯目も飲み終わった所ですし。
店員さんを呼び止め、席を移動する事を伝えてから席を立つ。
「何の話かは知らないが、話はまとまったのかい?」
「まあな」
「本当に感謝する、刃殿」
志島さんが刀堂さんの隣に、私は権現坂さんの隣の席につく。次はどの銘柄にしましょうか。
「……って、何だよ、興味なさげだな」
「あ……いえ、すいません。デュエルは勿論ですがこちらの方も精進しなくてはと」
「熱心だな、おい……」
私にとってはこちらも重要なので……とりあえず追加の注文を頼み、改めて刀堂さんの方を向き直る。
「それで、一体何の話だったんだ?」
「ああ、それが――」
「それは俺の口から説明させて頂こう。実はこの男権現坂、刃殿を男と見込んでとある頼み事をしに参ったのだ。しかし急に押し掛けるのも不躾と思い、久守に仲介を頼んでな」
「私は特に何もしていませんから、気になさらないでください」
権現坂さんが私に畏まった視線を向けるが、本当に大した事はしていないので反応に困ってしまう。
「LDSの、しかも遊勝塾を賭けて直接戦った刃に頼み事だって?」
「うむ。いや、直接デュエルをした相手だからこそ、刃殿を置いて他には居ないと考えたのだ。我が権現坂道場が唱える――否、俺の不動のデュエル、その新たな進化の為に教えを乞う相手は」
再び権現坂さんが燃えるようなオーラを発しながら、そう口にした。
「それってつまり……刃にシンクロ召喚を?」
権現坂さんは頷き、胸の前で拳を握り締めた。
「あのデュエル、引き分けとなるその瞬間まで刃殿は勝利への執念を捨てなかった。だが俺は追い込まれ、心の何処かで引き分けという結果を良しとしてしまった……! 勝利への執念が、渇望が、俺には足りなかったのだ……!」
「ふん……だが俺も、結局はこいつに、権現坂に引き分けに持ち込まれちまった。お前に偉そうに説教しておきながらな」
「私とは事情が違います。柊さんとのデュエルでは私には勝利への執念なんてありませんでした。それどころか目の前の柊さんから目を逸らしていた。LDSの生徒である以前に、それはデュエリストとして有るまじき事だと思っています」
今度は刀堂さんが私に視線を向け、歯痒そうに言う。私が柊さんとのデュエルを悔み続けていたように、刀堂さんも未だに私へと言い放った自分の言葉を気にしていた。
「話を切ってしまいすいません、権現坂さん」
「いや。俺も柚子からそのデュエルについては聞いている。柚子も悔やんでいたからな、そのような結果に終わった事を。柚子もまた新たな一歩を踏み出そうとしているとも聞いている。俺も刃殿の下でその一歩を踏み出したいと思ったのだ」
「それで、その様子だと受けたんだね?」
「ああ。……ま、こいつの覚悟を聞いちまったらな」
「覚悟?」「ですか?」
それは私も聞いていない。私はただ、シンクロ召喚を刀堂さんに習う為に、刀堂さんの所に連れて行って欲しいと頼まれただけだ。
「ジュニアユース選手権まで残り僅か、だが参加資格の年間勝率6割を達成するには俺は後一勝しなければならない。俺はその相手に、遊矢を指名した。遊矢のプロデューサーをしているニコ・スマイリーに頼み込んでな」
「なッ――」
「そこまでの覚悟で……」
私も志島さんも言葉が出ない。
「き、君は榊遊矢の親友なんだろうっ? しかも部外者でありながらあの勝負、しかも大将戦に参加するぐらい彼にも信頼された……」
「親友だからこそ、情けを捨てて全力で倒すッ。遊矢も年間勝率6割まで後2勝、次の試合で遊矢が勝てば、その次の相手はこの男権現坂が務める、そう決めた。他者からの挑戦も全て断っている」
……これが、権現坂さんの覚悟。そして榊さんへの信頼の証。権現坂さんは榊さんが必ず勝つと信じている。信じて、待っているんだ。自分を追い込み、さらなる高みを目指しながら。私が沢渡さんへと向ける絶対の信頼とも、柊さんや光津さんたち、友人に対して向ける信頼とも違う、権現坂さんの榊さんに対する信頼の証。
「そんな覚悟を見せられちゃ、俺も男として頷かないわけにはいかねえだろ」
「……成程、似た者同士だったわけだ、君たちは」
「はあ!? 俺が、こいつとか!?」
「……ふふ、そうかもしれませんね」
自分に厳しく、義理堅く、情に厚い、けれど勝負に情けは掛けない。確かに二人は似ている。
納得いかなそうに文句を言う刀堂さんと裏腹に、私たちはクスクスと笑う。権現坂さんの性格のおかげもあるけれど、一度は争い合った者同士がこうして笑いあえる。それはきっと、とても幸せな事だ――そんな穏やかな時間は、唐突に終わりを告げた。
「っ――刃」
「何だよ……」
「そろそろ時間じゃないか?」
志島さんがデュエルディスクに目を落とした後、刀堂さんに声を掛ける。
「はあ? 時間って何の――いや、そうだったな。こうしちゃいられねえ」
「まさか何か予定が……? そうとは知らず、押し掛けてしまうとは……配慮が足りていなかった。申し訳ない、刃殿」
「気にすんな、大した事じゃねえよ」
手をひらひらと振りながら、刀堂さんと志島さんは立ち上がった。
「久守から俺のコード聞いといてくれ。後で連絡する」
「承知した」
「つーわけで久守、そいつの事を頼んだ。俺も北斗も野暮用があってな」
「まさか……」
「お前が考えてるような事じゃねえから心配すんなって」
「行くぞ、刃」
「おう。それじゃあな!」
「あ――」
口調は軽かったが、それ以上私が声を掛ける前に慌ただしく二人は喫茶店から走り去った。
「行ってしまったか……どうした、久守? 浮かない顔だが」
「いえ……考えすぎ、でしょうか」
もしかしたら襲撃犯に関する何かかもしれない、と思ったけれど制服組も見つけられていない襲撃犯がそう簡単に見つかるとは思えない……本当にただの用事、なのだろう。
それに身体能力で刀堂さんたちに遠く及ばない私では、今から追いかける事も出来はしない。
「……とりあえず、刀堂さんの連絡先を教えておきますね」
「ああ、感謝する。俺のコードも教えておこう。もし会う事があれば刃殿に伝えておいてくれ」
「分かりました。ところで」
「? どうした?」
「……此処の支払いは折半でいいでしょうか」
お金に困っているわけではないですが、無駄遣いは禁物です。デッキを変更して、少しばかり入用だったので猶更。
『襲撃犯を見つけた! LDSにも連絡してっ、出来るだけ大勢を寄越してって!』
「了解ッ、今刃が連絡してる!」
「――そうですっ、港近くの倉庫街にッ」
詠歌の懸念通り、北斗と刃は真澄から襲撃犯を見つけたという連絡を受け、現場に向かっていた。
「連絡は入れた! すぐ来るってよ!」
「僕らも急ぐぞ!」
「おう!」
真澄とは違い彼らにとって、襲われたLDSの講師、マルコは数居る講師の一人に過ぎない。けれどそれでもこうして息を切らせて走るのは、友人にとってマルコが誰よりも尊敬する人だからだ。
彼らが詠歌に襲撃犯の事を告げなかったのは、あの日、病室で怯えるように己を抱く彼女を見たからだ。
友人の為、彼らは走る。走る事が出来る。
◇◆◇◆
「社長ッ、生徒から事務局に港近くで襲撃犯を見つけたと連絡が!」
「ああ、聞いている。すぐにチームを向かわせろ」
「はっ、既に手配しています」
LDS、最上階の執務室。
刃からの連絡を受けた事を中島は報告していた。そしてもう一つ、尋ねるべき事があった。
「久守詠歌にはどういたしますか」
「……まだ連絡は控えろ。報告を受けた地点ならば、すぐにチームも到着する。もし発見した生徒が襲われ、カードに封印されたとしてもその間にチームの包囲が完了するだろう。仮に逃げたとしてもその生徒は沢渡と彼女に続く、新たな証言者となる。そこから何か情報も得られるはずだ」
「分かりました」
冷静に、冷酷に、焦る事なく赤馬零児は状況を分析し、指示を出す。その指示は間違ってはいない。結果、赤馬零児は光津真澄から齎された新たな情報から、襲撃犯の真の狙いに気付く。
久守詠歌に彼から指示が下るのは、数日後の事になる。だがその頃には全てが遅かった。
久守詠歌にとっても、光津真澄にとっても、刀堂刃にとっても、志島北斗にとっても――沢渡シンゴにとっても、遅すぎた。
――別れが近づいていた。
アニメでも沢渡さんの出番がない時期の話なのでサクサクと進めます。