沢渡さんの取り巻き+1   作:うた野

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デュエルなし。


『繋がる思い出』

――あれから、数日が過ぎた。

あの後、病院に戻った私は、私を連れ出した沢渡さんと一緒にこってりと絞られた。けれど最終的には検査にも問題はなく、予定通り翌日に退院できました。

アクションデュエルとはいえ、ほとんど動かなかったので体調が悪化する事もなかったのと、私の心で蟠っていたものがなくなったのも、理由だと思います。

沢渡さんには本当に感謝してもしきれません。アクションカードを使っていれば、あそこまでの接戦にもならなかったはず、沢渡さんが使ったのは手札を増やす為に手札抹殺を使った時の一度きり。……勿論、それは私にも言える事ではありますが、あの状況ではアクションカードの事なんて頭にはなかった。それを言い訳にするつもりもない。

けれど、一つだけ言える……次は必ず、私が勝ってみせます。

 

……それからあの後、LDSから正式に発表があった。

私が入院している間に、LDSの講師がエクシーズを使うデュエリストに襲撃された、と。襲われたのは融合コースの講師、マルコ先生。話した事はほとんどないけれど、光津さんが慕っている、良い先生だと聞いている。

襲ったのが沢渡さんを襲った、あの榊さんとそっくりなデュエリストかは分からない。けど、もしそうなら……私が勝ってさえいれば、こんな事には……。

私が気にすることじゃない、そう光津さんは言ってくれた。気丈に振る舞ってはいるけれど、彼女が一番辛いはずなのに。

 

LDS ロビー

 

「真澄が言っただろ、お前が気にする事じゃねえよ」

「それにLDSの講師に勝つような奴じゃ、いくら君でもね」

「……それでも、光津さんが、友人が辛そうにしているのを見ているだけなのは、悲しいです」

「真澄の事は僕たちに任せてくれ。彼女の気が済むまで、調査に付き合うさ」

「……はい」

 

光津さんは刀堂さんたちと襲撃犯を捜している。私も、と申し出ても「あなたの力は借りないわ」と断られてしまった。襲撃犯に負けた、私の事を案じての言葉だと、嫌でも分かる。それに沢渡さんにも止められてしまった。同じように、私が気にすることじゃない、と。

 

「光津さんは、今は?」

「他の生徒に話を聞いて回ってる。君の件といい、噂も馬鹿には出来ないからね」

「俺たちはお前の相手でもして待ってろ、だとさ」

「そうですか」

 

私に出来るのは、こうして紅茶を振る舞う事ぐらいだ。ほんの少しでもこれが癒しになってくれれば、と思う。

 

「どうぞ、おかわりです」

「おう、悪ぃな」

「ありがとう。いただくよ」

 

本当なら光津さんにも飲んでもらいたいですが、中々話す機会が出来ない。会っても、すぐに去って行ってしまう。焦っているのだと、何かをせずにはいられないのだと、分かる。その気持ちは私にも痛いほど分かる。だから止める事も出来ない。ただ私とは違うのは、光津さんには刀堂さんと志島さんが居る。彼女の力になってくれる、友人が居る。

だから私は待ち続けよう。こうして紅茶を淹れて、いつでも迎えられるように。……でも、街を歩いていて襲撃犯を偶然見つけてしまったりしたら、しょうがないですよね? 勿論、そんな事は口には出しませんが。私も少しでも、光津さんの力になりたい。

 

「ところで沢渡の奴は何処に行ったんだ? 見当たらねえけど」

「今日は学校も休みですし、お休みしているはずです……ただ私が退院してから、時々姿が見えなくなるんです。何処で何をしているのか、訊いても濁されてしまって……」

「ふぅん……まあいい機会じゃないか? 君も少しは沢渡離れしたまえ」

「えっ……」

「……いやそんなこの世の終わりみたいな顔をしないでくれよ」

 

そんな事出来るわけないじゃないですか! もしもそんな事になったら私がラスボスになって世界を滅ぼす勢いですよ!

 

「まあいい、丁度いいタイミングだったな。お前が退院してからは俺たちも調査で忙しかったし、今の内に渡しとくぜ。ほらよ」

「これは……」

 

刀堂さんが取り出したのは、一枚のカードだった。

 

「んだよ、忘れちまったのか? お前に合いそうなシンクロモンスターだよ。あれから色々と考えたが、これが一番じゃねえか。お前が気に入るかは分からねえけどな」

「……いえ、ありがとうございます、本当に……大切に使わせてもらいます」

「おいおい、まだどんなカードかも見てねえだろ」

「たとえどんなカードでも、刀堂さんがこれだけの時間を掛けて選んでくれたカードです。ならきっと、それは私の力になりますから」

 

そう言って、ようやく私はカードに目を落とす。白い枠を持つ、シンクロモンスター。私のデッキの新しい仲間。

 

「――私からも、これを」

「ん? ってこいつは……俺より北斗に渡した方がいいんじゃねえか?」

「お守り代わりにしてください。元々私のデッキには二枚入っていますから、刀堂さんに受け取ってもらいたいんです」

「……受け取っとく」

「はいっ」

 

私も代わりに一枚のカードをデッキから取り出し、刀堂さんに手渡す。刀堂さんには必要ないかもしれませんが、それでも。

 

「……やっぱり君たち、兄妹みたいだね」

「大切にしてくださいね、兄さん」

「誰が兄さんだっつの!」

 

笑いながら、冗談めかしにそう言うとまた刀堂さんはムキになって否定した。

 

 

 

刀堂さんたちと別れた後、私はLDS内にあるショップへと向かい、その片隅で自分のデッキを取り出し、広げる。

ショップの一角にはデッキ構築の為のスペースが設けられている。今までは空き教室を使っていたけれど、今度は私が持っているカードだけでは足りない。ショップに来たのは新しいカードたちが必要になってくるからだ。

 

「……」

 

広げられたカードから一枚、手に取る。

マドルチェ・プディンセス。マドルチェ唯一の上級モンスターで、あの子が一番好きだったカード。

沢渡さんとのデュエル、いつの間にかデッキに加わっていたカード。

エクストラデッキを確かめると、やはり方舟――No.101 S・H・Ark Knightは消えていた。

あの時、あの黒い男とのデュエルで気を失った時、私のカードは散らばった。当然その時、唯一ディスクにセットされていたあのカードも。きっとそれが、この子に変わったんだろう、自然とそう思えた。

 

ショップのカードのデータと自分のカードたちを眺めながら、構築を考える。一人でカードを並べるのは、あの世界での最後の時と同じ。でも悲しみはない、むしろ楽しくて仕方がない。強くなりたい、この子たちと一緒に、強く。

 

「柊さんや榊さんも、強くなるために頑張っている……私も負けられません」

 

久しぶりに学校に戻ると、柊さんが声を掛けてくれた。その時、絶対に強くなって光津さんを倒してみせる、と教えてくれた。

それと同時に、私のお見舞いに行けなかった事の謝罪も。……謝罪するような事じゃないのに、と言った途端に怒られてしまいました。

アユちゃんから聞いた通り、LDS、光津さんたちとの勝負や赤馬零児のペンデュラム召喚、それにあの榊さんとよく似た男との出会い、様々な出来事があった、無理もない。そう思っていたのですが、真実は違った。

……沢渡さんに、止められたのだと言う。私が沢渡さんにあの黒い男が榊さんではないと告げた後、すぐに沢渡さんは柊さんと榊さんに、見舞いに来るなと、そう告げたのだ。

 

『沢渡の奴も、あれが遊矢じゃないって分かったって。でも私や遊矢、遊勝塾のみんなは見舞いに来るな、って……理由は言わなかったわ。でも、遊矢には何かを教えてたみたい。遊矢も、納得してた。嫌がらせで言ってるんじゃなく、久守さんの事を思って言ってるんだって』

 

……きっと、その時点で気付いていたんだろう。私がカードに怯えている事に。だから自分たち以外のデュエリストを私に会わせないようにしていた、特にあの男と瓜二つの、榊さんには。

榊さんとも話すことが出来た。彼も心配してくれていた。

 

『沢渡から聞いたんだ。久守がデュエルを、カードを怖がってるって。刺激したくないなら、俺や柚子を含めて遊勝塾のみんなは来るな、って。初めはまだ俺を襲撃犯だと勘違いして言ってるのかと思ったけど、あいつの目に嘘はなかった。本気で、お前を心配してたんだ。最近塾に来ない素良以外のみんなにも伝えたよ、沢渡が本気で心配して言った事だから、待ってようって』

 

それでも待ちきれずにアユちゃんが私のお見舞いに来てくれた。……そのおかげで私は、あの子の事を思い出した。あの子の笑顔を、アユちゃんに重ねた。それがなかったら、沢渡さんとデュエルも出来ず、今もまだあの病室に居たかもしれない。本当に、色々な人たちのお蔭で私は此処に居る。

今度は私がみんなを助ける番。その為にも、デッキを変える。この世界との繋がりが私をもっと強くする。

 

 

 

それから一時間程だろうか、デッキを変更し終えたのは。テーマを変えるわけではないですが、それでもプディンセスや刀堂さんがくれたカードを使いこなす為、今まで以上にカードが入れ替わった。刀堂さんがくれたカードには属性も種族指定もないので、そこまで意識する必要はありませんでしたが。

けれどこれで完成した、今の私の……そう、つまりネオ……いや沢渡さんと被るのはいけませんね。そう、ニュー久守のデッキが! 

ふふふ、これから私の事はニュー久守と呼ぶように柊さんやアユちゃんにお願いしましょうか。

 

「失礼」

 

などと、一人有頂天になっていた私に声を掛ける人がいた。

 

「はい。何か御用でしょうか」

 

デッキをディスクに仕舞い、立ち上がる。振り返ると、そこに居たのはサングラスを掛けた男性だった……え、不審者?

 

「君が久守詠歌で間違いないな」

「そう、ですが……あなたは?」

「ああ、私は中島。赤馬理事長の秘書をやっている者だ」

「……!」

 

男性は中島と名乗った。……忘れるわけがない、その名前は。沢渡さんが気にしていない以上、私もあれ以上調べる事はしませんでしたが、こうして目の前に現れるとどうしても表情が強張る。

 

「……その、中島さんが私に何の用でしょう」

「一緒に来て欲しい。君に会いたいという方が居てね」

「私に……?」

「ああ。先日の件だ」

「先日……襲撃犯の事でしたら既に他の方にお話ししました。榊さんに良く似た別人だった、と」

「いや。その件じゃない。先日の……センターコートの無断使用の件だ」

「えっ」

 

……沢渡さん、病院と同じく、また一緒に絞られるしかないみたいです……。

 

 

「――へっくし!」

「久守が治ったと思ったら、今度は沢渡さんが風邪っすか?」

「いや……この俺の噂を誰かがしてるんだろう。人気者は辛いねえ」

「それこそ久守の奴なんじゃ……あいつ、以前に増して沢渡さんに懐いているし」

「昨日なんて学校でまで沢渡さんの話に付き合わされたぞ……どうして寝癖を直してあげないのかに始まって延々とな……」

「俺もだよ、ほつれた制服で沢渡さんの傍に立つな! って制服まで直されたぞ」

「俺も自分が居ない時の為に、って紅茶の淹れ方をレクチャーされた……まあそれは沢渡さんが必要ない、って止めてくれたけど」

「ふふん、良い心がけだ。あいつもようやく自分の立場が分かったみたいだな」

 

詠歌が去った後のLDSのロビーに、沢渡たち四人の姿があった。詠歌の予想とは裏腹に、遅れてLDSに顔を出しに来ていた。

 

「この人は相変わらずこんなだし……」

「まあ元に戻っただけだけどな」

「沢渡さんだからなあ……」

 

「それにしても遅え! 久守の奴は俺を待たせて何してやがるっ」

「いや、別に約束してるわけじゃないし、仕方ないんじゃあ……今日は講義も入ってなかったはずだし」

「会いたいんなら呼べばいいじゃないっすか」

「変な所で気を遣うからなあ……沢渡さんの呼び出しなら、あいつも喜んで来るだろうに」

 

センターコートジャックの主犯であり、共犯者である四人はそれからも詠歌を何だかんだと言いながら待ち続けた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「失礼します」

 

中島さん(呼称についてはこれで良いでしょう、年上ですし)に連れられ、向かったのはLDSの上層、一般の生徒の立ち入りが許されていないエリアだった。そのエリアのさらに上、LDSの最上階にある部屋に、中島さんは丁寧にノックをした後、私を連れて入室した。

部屋の中は広く、ガラス張りの壁から舞網市を一望出来る。其処に居たのはデスクに向かう一人の男。

 

「ご苦労だった」

「はっ」

 

デスクの前にまで進むと、中島さんは私の傍を離れ、デスクの男の後ろに控えた。

 

「……はじめまして、久守詠歌です」

 

警戒しながらも、私は初めにそう挨拶した。男は頷き、口を開いた。

 

「私は赤馬零児。君の事は聞いているよ、非常に優秀な生徒だと」

「ありがとうございます」

「中島から聞いた通り、君を呼んだのは先日のセンターコートの無断使用の件だ」

「……はい」

 

やっぱり人気のセンターコートのジャックって、社長さんが直々に動かなくてならないような事だったんですね……!

などと、単純には考えられない。そんな事でレオ・コーポレーションのトップが動く、なんて。

 

「あの件に関しては私が許可を出した。君や沢渡、それに協力した者たちに罰則を与えるような事はしない。安心していい」

「……はい、ありがとうございます、申し訳ありませんでした」

「謝る必要はない。あのデュエル、私もカメラ越しに見させてもらった。センターコートを使用するに相応しい、素晴らしいデュエルだった」

「っ……!」

 

その言葉に、私は反射的に言葉を発していた

 

「ですよね! 流石沢渡さんっ、いえ、ネオ沢渡さん! と言ってしまうような、素晴らしいデュエルでした! まさに伝説のデュエルショーでっ、いつ思い出しても興奮してしまいます! 私のターンでのアドバンス召喚に始まり、三種類の帝王、合わせて六体も召喚する素晴らしいプレイングで! 間違いなく、私の中で最高で最大のデュエルでした!」

 

ひゃっほう! 社長にまで素晴らしいと言わせるネオ沢渡さんの伝説のデュエルショー、やっぱり今思い出しても最高ですよ最高!

 

「ゴホンッ、少し落ち着きたまえ、社長の前だぞ」

「あ……失礼しました。つい、興奮してしまって」

「気にしないでいい。君の言う通りの素晴らしいデュエルだったと私も思う」

 

クールに眼鏡の位置を直しながら、そう言う赤馬社長。き、気にしなくていいならもっと語ってもいいですかね……!

 

「君に本当に伝えたかったのはセンターコートの件ではなく、別件だ」

「別件……ですか」

 

流石にそんな事を言われては、私も嫌でも冷静にならざるを得ない。

 

「君や沢渡を襲ったエクシーズ召喚を扱うデュエリストの事だ」

「その件でしたら……」

「これはまだ公表していないが、君たちを襲った襲撃犯とLDSの講師を襲った襲撃犯は――別人だ。恐らく犯人は二人、私はそう考えている」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「何をしている! にっくき襲撃犯はあそこだ!」

 

同時刻、舞網の街に沢渡の父の姿があった。

 

「榊遊矢を捕まえるんだ! シンゴと久守くんの仇を取るんだ!」

 

息子の勘違いと、それが解けた事を知らぬまま、父は暴走を続ける。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「あの男とは、別人……どうして、そう思うんですか?」

「最初に襲われた君たちと、次に襲われた講師、それにLDSのチームのメンバーの意見が違うのだよ。彼らは皆、榊遊矢とは似ても似つかない人物だったと、そう証言している」

「! 証言しているという事は、襲われた人たちは無事なんですねっ?」

 

噂では行方不明になったと聞いていましたが、無事なんだ……!

 

「ああ。ただ今は‟昏睡状態にある”。これ以上の情報は分からない」

「昏睡状態……」

 

安堵したのも束の間、告げられたのは厳しい現実だった。そんな……。

 

「……でもどうして、その話を私に……? まだ公表されていないような情報を、何故……」

「今の話を聞いた上で、君に依頼したい。かつて君が沢渡先生の下で働いていた時のように」

「……知っていたんですか」

「心配しなくとも、他言するつもりはない」

「っ……それで、依頼とは」

 

かつての私ならともかく、今はもう、誰からも仕事を受けるつもりはない。沢渡さんと出会い、お父様に普通の学生という立場を与えてもらった私が、もうそんな仕事を受けられるはずがない。けれど、話だけは聞いておかなくてならない。何か、新しい情報が得られるかもしれないから。

 

「君に、二人の襲撃犯の確保を頼みたい」

「……どうして、私に。LDSには制服組が、トップエリートが揃っているはずです。そのチームですら勝てなかったという相手に、ただの学生の私ではどうする事も……」

「君の実力はそのトップチームに匹敵する、私はそう考えている。先日のデュエルでそう確信した」

「ですが、私は沢渡さんに負け、何より襲撃犯本人に負けています」

「それでも、私の君に対する評価は変わらない」

「……」

 

随分と評価してくれているようですが、それでも私の答えは変わらない。

 

「申し訳ありませんが、私には荷が重い話です……お断りさせていただきます」

「そうか――」

「すいません、これで失礼します。今聞いた話は他言しませんので」

 

事実は光津さんにも、伝えられそうにない。病院で待ち続ける辛さは、私も良く知っているから。それなら知らない方がきっといいはずだ、きっと……。

 

「――では、この件は沢渡に依頼するとしよう」

 

頭を下げ、退室しようとした私の足が止まる。

 

「……どうして、沢渡さんに」

「彼もまた襲撃犯と対決し、敗北したものの大きな怪我もなかった。それに先日のデュエルでは君に勝利した程の実力者だ。彼になら君の代わりも任せられる」

「っ……」

 

それは……それは!

 

「時間を取らせてしまってすまなかった。話は以上だ」

「……待って、ください」

 

それだけは、許すわけにはいかない。

 

「榊さんのペンデュラムカードを奪う事に利用した挙句、今度は襲撃犯を捕まえろだなんて……そんな事、許せません」

「……」

「沢渡さんはっ、今、榊さんを倒す為に必死なんです! ようやくペンデュラム召喚っていう、自分のデュエルの可能性を見つけたのにっ、これ以上、あなたたちの勝手でそんな寄り道をさせたくないっ!」

「社長になんて口の利き方を……!」

 

声を荒げた中島さんを、赤馬さんが手で制した。

 

「沢渡の件については謝罪しよう。我々も未知のペンデュラム召喚を知る為、必死だった。彼のお蔭でペンデュラム召喚のデータが揃い、ペンデュラムの研究が進んだ」

「ならそれでいいじゃないですかっ、どうしてまた沢渡さんを……!」

 

必死に言葉を重ねる私を、赤馬さんは冷静に見つめていた。っ……

 

「……分かり、ました。その依頼、私が受けます。ですから沢渡さんにはこれ以上、余計な事を背負わせないでください、これ以上、沢渡さんを利用しないで……!」

「ああ、約束しよう。協力、感謝する」

「……」

 

……また、沢渡さんから離れる事になってしまう。襲撃犯が何時、何処に現れるのか分からない以上、これまでのような生活は送れなくなる……。

 

「襲撃犯の捜索はこれまで通りLDSのチームが行う。襲撃犯を発見次第、君に連絡が行くようにしておく。それまではこれまで通りの生活を続けてくれ」

「え……」

「君はこれまで通り、生活をしてくれればいい。勿論、この事は誰にも話してはならない。だがそれ以外は今までと変わらず、学校に通い、LDSでデュエルの腕を磨いて欲しい」

「それで、いいんですか……?」

「ああ。それが沢渡先生の願いでもあるのだろう?」

「っ、そこまで……いえ、分かりました。改めて、この依頼、お受けします」

 

……この条件なら、お父様の厚意を裏切る事にはならないはずだ。それに僅かとはいえ、光津さんのお手伝いにもなる……沢渡さんにも迷惑が掛かる事はない、なら、受けない理由もない。この人たちが何を考えて私に依頼したのかは分からないけれど、それでも私は私で利用させてもらいます。

 

「ありがとう。詳しい事は後で連絡する」

「分かりました。それでは、失礼します」

 

 

 

「社長の考えた通りでしたね、沢渡の名を出せば彼女は必ず縦に首を振る……お見事です。ですが本当に彼女に襲撃犯の確保を?」

「いや」

 

詠歌が退室した後、赤馬は中島の問いを否定した。

 

「先日の沢渡とのデュエルで検知された召喚反応は融合、エクシーズ共に想定内のエネルギーだった。情報通り、彼女がジュニアユース選手権に出場する意思がないのなら彼女の真の力――あの時検出されたエクシーズ召喚反応、それを見極めるにはこうするべきだと判断した」

「では、襲撃犯の代わりに他の者とデュエルを?」

「襲撃犯の狙いがまだ掴めない……だが、もしも送られてきたティオとマルコの‟魂が封印されたカード”が、私を誘い出す為のものだとすれば……」

 

そこで赤馬は言葉を一度切った。

 

「今はまだ、調査を進める事が先決だ。彼女が戦う相手を決めるのはその後で良い」

「はっ、チームにも調査を急ぐように通達します」

「ああ。全てのデュエリストたちを救う為にも、急ぐんだ」

 

中島も退室し、赤馬一人が部屋に残される。

瞳を閉じ、今交わした詠歌との会話を思い出す。

 

「……やはり彼女は、このままでは諸刃の剣となり兼ねない」

 

沢渡シンゴを慕う、少女。

沢渡シンゴを尊敬する、少女。

沢渡シンゴに――依存する少女、久守詠歌。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「沢渡さん!」

 

下に降り、ロビーへと戻った私は沢渡さんと山部たちの姿を見つけ、駆け出す。

 

「遅え! どんだけ待たせるつもりだ」

「すいません! デッキを変えていたら時間を忘れてしまって……でもどうしてLDSに? 今日はてっきりお休みしているものだと思っていました」

「何処で何をしようが俺の勝手だ」

「そうでしたっ! 急いで紅茶を用意しますねっ!」

「これ以上俺を待たせるなよ」

「はい! すぐに準備します!」

 

「約束したわけじゃないのになんでこの人、こんな偉そうなんだ……」

「それを笑顔で受け入れる久守もどうなんだ……」

「また聞こえたら怒鳴られるぞ、ほっとけ」

 

ひゃっほう! 休日でも沢渡さんの顔を見れるなんて、さっきまでの沈んだ空気なんて吹っ飛びますね!

鼻歌交じりに紅茶を準備して、沢渡さんの所に戻る。

 

「お待たせしました!」

「おう」

 

私も席に着き、紅茶に口をつける沢渡さんを見守る。

 

「……ん、まあ悪くねえ」

「ありがとうございますっ!」

 

やりました!

こうして沢渡さんに紅茶を飲んでもらって、それを褒めてもらう。この日常を続けられるなら、赤馬さんの依頼を受けたのは決して間違いじゃない。

今度こそ、沢渡さんは榊さんに勝つ。それを絶対に見届ける。それが今の私の一番の願いです。その為にも、襲撃犯が二人だろうと百人だろうと、倒してみせる!

 

 

 

 

 

「それでは沢渡さん、今日は私は此処で!」

「ああ」

「山部たちもまたね」

「おう」「また明日な」「気を付けて帰れよ」

「うん。それじゃあ――」

「久守」

「はい!」

 

LDSの玄関前で沢渡さんたちに別れを告げると、沢渡さんが私を呼び止めた。

 

「……お前、入院してただろ」

「……? はい、でも沢渡さんのお蔭で、完全に復活しました!」

「それは分かってる。……ただ、あれだ」

「……?」

「お前が入院してる間、俺はコンビニの紅茶で我慢してたわけだ」

「それは……本当にすいませんでした! でもこれからは毎日、用意して待ってますね! 今日は待たせてしまいましたけど……」

「それは当然だが、前と変わらねえ。それじゃあいつまで経ってもお前が居なかった分の紅茶は取り戻せない」

「うっ……そ、その分今まで以上に美味しくしてみせます!」

「それも当然だ。……だから、明日からは学校でも持って来い」

「……え」

「出来たてじゃないのは気に入らないが、我慢してやる。だから明日からは毎日、昼休みに俺たちの教室に来い」

「……」

 

言葉が出ない。けど、口元が緩むのが止まらない。

山部たちがニヤニヤしながら私を見ているのが分かる。

でも、だって、しょうがないじゃないですか。

 

「――はい! 沢渡さん!」

 

こんな、こんな事を言われて、嬉しくないわけがないじゃないですか。

デュエリストとしてではなく、ただの学生として沢渡さんの傍に居れる、なんて。

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ――あっ」

「どうも、お久し振りです」

「いらっしゃいませ!」

 

沢渡さんたちと別れた後、私はいつものケーキ屋に足を運んだ。まだそれほど経っていないはずなのに、随分と久しぶりに感じる。

 

「最近いらっしゃらなかったから、心配してたんですよっ」

「すいません、色々ありまして。でも、また今までのように通わせてもらいますね」

「ありがとうございます! ……でも今日はもう、あまり残っていなくて……」

 

時間も遅い、このお店を利用するのはいつも放課後、学校が終わってすぐや休日の昼間だったので、こんな遅い時間に利用するのは初めてだ。

 

「閉店も近いですからね。でも、お目当てのものは残っていました」

「え?」

「これを、この新作プティングを一つ、いただけますか」

「あ、はい! ありがとうございますっ」

 

すぐに用意を始める店員さんを見ながら、私は切り出した。

 

「ずっと、ずっと考えていたんです。名前」

「すいません、そんなに悩んでもらうなんて……」

「ようやく、決まりました」

「本当ですかっ?」

 

頷く。色々と考えたけれど、これ以上の物は私には思い浮かびそうにない。

 

「他のものとは気色が変わってしまいますけど……」

「いいんです! どんな名前でも、お客さんが考えて下さっただけで!」

「そう、ですか。まあ私が考え付いたわけではないんですが……それでも、私が付けたいと、多くの人に知って、食べてもらいたいと思って考えた名前です。聞いて、もらえますか」

「はい!」

「――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、学校帰りに以前のようにケーキ屋に足を運んだ。

お店の外に出た看板に、大きく、そして可愛らしい文字が並んでいた。

 

 

『お菓子のお姫さま 【マドルチェ・プディンセス】 発売中!』

 

 

「――いらっしゃいませ!」




現在の時系列はアニメでの18話あたり、クイズ回直前です。
ちなみに前回の話は15話前後、沢渡さんが遊矢に宣戦布告したあたり。
今回でネオ沢渡さん編は終了です。
前回はデュエル構成が酷く、何度も修正する事になってしまいましたが、今回はデュエルがないから安心。はやくTFが発売すればああいうミスも減ると思いたい……今後はもっと注意します。

社長たちをなかったことにすれば綺麗な終わり方だ。初めから予想できた方もいたと思いますが……

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