沢渡さんの取り巻き+1   作:うた野

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今回もデュエルなし。


ネオ沢渡さん、強脱っすよ!

――二日前。

 

「実は昨夜、沢渡先生のご子息が暴漢に襲われました」

 

LDS。その最上階の執務室。そこに赤馬零児と赤馬日美歌、親子の姿があった。

 

「襲ったのはエクシーズ召喚を使うデュエリスト。彼自身は大した怪我はありませんでしたが、彼を庇い、その友人であり同じ総合コースの久守詠歌という少女が負傷し、昨夜から入院しています」

「久守……? 確かその子は――」

「ええ。以前沢渡先生が言っていた、ご子息の護衛役の少女です」

 

モニターに久守詠歌のデータが表示される。

 

「彼女もLDSに?」

「はい。既に護衛の仕事は終了し、ただの学生として二か月ほど前に入学していたようです」

 

彼ら親子もLDSの塾生全員を把握しているわけではない。久守詠歌がLDSに入学していた事を知ったのは、零児も先日の件――沢渡シンゴによるペンデュラム強奪事件の時だ。

 

「両親は既に他界し、他に兄妹も居らず天涯孤独の身の上で市内のマンションに一人で暮らしています」

「……」

 

その事実を聞いて、赤馬日美歌は僅かだが悲痛そうに顔を歪めた。

 

「そして昨夜、極めて強力なエクシーズ召喚反応が同じ場所で三度観測されました」

「三度?」

「一度目は沢渡シンゴとその襲撃犯とのデュエル。二度目は久守詠歌とのデュエル、そして三度目も――ですが三度目の召喚反応は襲撃犯のものではなく、推測ですが彼女によるものです」

「っ、それは何故?」

「三度目の反応は他の二つと違い、すぐに消失したのです。恐らくは彼女の敗北によって」

「……」

「彼女が行った公式戦は一度のみ、同じLDSの生徒とのデュエルです。そのデュエルで彼女は融合とシンクロ、二つの召喚方法を操っている。公式の記録には残っていませんがエクシーズ召喚を使用していた、という証言もあります」

「零児さんと同じく、三つの召喚方法を操るデュエリスト……そして強力な召喚反応……」

 

日美歌の言葉に頷き、零児は言う。

 

「ペンデュラムの始祖、榊遊矢と同じく、彼女も奴と――赤馬零王との戦いの為の槍となってくれるかもしれません」

「……!」

「ですが」

 

そこで一度言葉を切り、眼鏡に手を当てる。レンズの奥の瞳が鋭さを増した。

 

「彼女は沢渡シンゴに執着している。恐らくかつて以上に――それは彼女を御する鍵であると同時に、諸刃の剣と成り得る要因です」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

ゆっくりと意識が目覚めていく。

目覚めと共に、嗅ぎなれた、消毒液の嫌な臭いが私を包む。

震える。体が、心が、恐怖に蝕まれていく。

 

「っ……違う……此処は、違う……」

 

自分に言い聞かせながら、恐る恐る目を開く。視界に広がる、白い天井とカーテン。

体を起こし、窓を見る。眠る前と変わらない舞網の街が、広がっていた。

 

「……ふぅ」

 

そこでようやく、緊張が解ける。大丈夫、此処は、舞網市、舞網の病院。私の居場所、私の世界。

 

「随分、不規則な生活になってしまってますね……」

 

独り言も増えてしまっている。

体を起こして時計を見れば、既に10時近い時間だった。一度目覚めた時、混乱して醜態を晒したからか、看護師さんたちも気を遣って私を無理に起こそうとはしない。食事も遅くなっても三食しっかり食べるようにとだけ言い含められた。

そのせいでまた寝過してしまった。夜になる度、目を閉じるのが怖くて、眠ってしまうのが怖くて。目覚めた時、あの場所に戻っているのではないかという恐怖のせいで中々寝付けないせいもあるのだろう。退院は明日だというのに、これでは普段の生活に戻るのに苦労してしまいそうだ。

 

「……あれから、どうなったのでしょうか」

 

榊さんと良く似た、エクシーズ召喚を使うデュエリストとのデュエルの後入院して、今日で三日目。

沢渡さんも言葉通り、一昨日退院して行った。それでも学校が終われば毎日、山部たちと一緒にお見舞いに来てくれる。

柊さんや光津さんたちは……あれから一度も来ていない。理事長が動いた事と何か関係があるのか、沢渡さんははっきりとは教えてくれなかったけれど、それが答えのようなものだ。

きっと光津さんたちは……ペンデュラム召喚をLDSの物にする為に、動いた。それが一体どんな結果になったのかは分からない。

お見舞いに来てくれる沢渡さんたちは何も話してはくれない。……いいや、デュエルに関する話題を出そうともしない。

……気付かれて、いるのだろうか。

 

「……」

 

ベッドの横の棚を見る。其処には変わらず、私のデッキが置かれていた。

恐る恐る手を伸ばし、けれど触れる前に私の手はベッドへと落ちる。震えている。怖がっている。

原因は……私にある。負けた事が原因じゃない。きっと……私は怖いんだ。

今のこの場所が、あの場所の、あの人たちを思い出させるから。

一緒にカードを眺めたあの子を。私にルールを教えてくれたあのお兄さんを、私とデュエルしてくれたあのお姉さんを、一緒にテレビを見たおじいさんを。

そして最後には一人ぼっちになった、私を……この場所が、カードが、思い出させるから。

沢渡さんたちを見て、此処が何処なのか何度も再確認しても、怖い。全てが夢で、今も私は一人ベッドの上でカードを眺めているんじゃないかと。

この世界で私は生きる。そう決めた。けどあの人たちを忘れられるわけがない。もう二度と、忘れちゃいけない。

でも……怖いんだ。この世界が真実でも、あの世界が嘘になったわけじゃない。嘘にしちゃ、いけない。

それが私を怯えさせる。……二度とカードを取る事は出来ないかもしれない。それでも私は沢渡さんの傍に居たい。

でも……それで本当にいいんだろうか。デュエリストでなくなった私に、あの人の隣に立つ資格があるのだろうか。……ううん、違う。資格があるとかないとかじゃない。カードを怖がったままで、本当に沢渡さんの傍に居れるのだろうか。

デュエリスト、沢渡シンゴの傍に立てるのだろうか。

 

「……そんなわけ、ないですよね」

 

あの人はデュエリスト。あの人のデュエルを心躍らして見る事も出来ないなら、私はきっといつか沢渡さんからも逃げ出すことになる。嫌だ。それは絶対に、嫌だ。

 

「……」

 

なのに、手の震えは止まらない。手を伸ばす意思が生まれない。

 

「――あ、起きてたの? おはよう」

「……おはようございます。はい、今起きた所です」

 

丁度通りかかって部屋を覗いた看護師さんが私に気付き、挨拶を返す。

 

「そう。それじゃあご飯持って来るわね? 食べたくないかもしれないけど、少しでも食べないと元気になれないわよ? 体も、心もね」

「はい。大丈夫です、食べられます」

「なら良かったわ。そうだっ、今日は何とプリンが付いてるのよ」

「そうですか……好きです、プリン」

 

笑顔で頷き、看護師さんは食事を運んで来る為に去って行った。

……あのお店にも行けていない。あの店員さんが作ったプティングの名前も、今の私には思いつきそうにない。

 

 

 

運ばれてきた食事を終える。この世界でも、病院の食事は変わらない。嫌という程食べた、あの味のままだ。食欲は戻っても、中々喉を通ってくれなかった。

 

「……」

 

食事を終えたら、カードと窓の外を交互に見つめる時間。

怯えと安堵、正反対の感情が交互に私を支配する。どちらを見ていても、最後には決まって溜め息が出た。

少し遅い昼食を食べて、検査をして、また同じ事を繰り返す。あれからずっとその繰り返しだ。

ああ――

 

「……沢渡さんに会いたい」

 

カードを見ていても、勇気が出ない。窓の外を見ていても、心の底から安心出来ない。

やっぱりあの人に、沢渡さんに会いたい。あの人の笑顔が見たい。あの人の声が聞きたい。

 

「……やっぱりいけませんね、これじゃあ気が滅入るばかりです」

 

そう呟いて、また独り言だな、と内心で思った。

点滴はとっくに外れた。歩くのに不便はない。ずっとベッドの上に居たせいでふら付く足で立って、病室の外に出た。

何処までも続くように感じる白い廊下を見て、また少し気持ちが沈む。大丈夫、此処はあの場所じゃない。自分に言い聞かせて、舞網市を見渡せる屋上に向かう。

 

ロビーで談笑する患者さんや、廊下ですれ違う患者さんたちを極力見ないようにして、私は屋上に上がった。

 

「……」

 

舞網市。私の住む街、私の居場所。

 

「……学校に行きたい。LDSに行きたい。みんなに、会いたい」

 

昔なら、行きたい場所なんてなかった。会いたい人なんて、皆いなくなってしまった。けど今は違う。

私はこんなにも我が儘になった。けどそんな風になった自分が、嬉しくも思えた。

 

「……」

 

少し間を置いて、一人屋上で黄昏てそんな事を呟いている自分が無性に恥ずかしくなる。……駄目だ、ベッドに戻って転がり回りたいです。いや、転がり回る(断言)。

踵を返し、屋上の扉の方を向く。さあ行こう。今すぐ行こう。そして忘れてしまおう。

 

「……」

「……」

 

屋上の扉から、顔だけを出して私を見つめる、アユちゃんの姿があった。

 

「……」

「……」

「……なぁにこれ」

「え!?」

 

私の口から絞り出たのは、そんな言葉だった。

耐え切れなくなって膝から崩れ落ちる。もういっそ殺して……! いやそれは嫌だけど……嫌だけど……!

 

「だ、大丈夫っ、詠歌お姉ちゃん!?」

「もう駄目です、本当……」

 

駆け寄って来たアユちゃんに、私は沈んだ声で言う。

 

「ええ!? わ、私、お医者さん呼んで来る!」

「待って! お願い、本当に待ってください!」

 

慌てて走りだそうとするアユちゃんを縋り付くように止める。もうやめて、これ以上私を辱めないで……!

 

「大丈夫、全然大丈夫! ほら元気元気!」

 

自分でも何を言ってるのか分からないまま、とにかくアユちゃんを止める事だけを考えて必死にアピールする。

 

「本当……?」

「はい、本当です。マジです。やばいです」

「ほ、本当かなあ……?」

 

どうにかアユちゃんを止める事に成功し、私は立ち上がる。

 

「お久しぶりです、アユちゃん」

「うん、久しぶり、詠歌お姉ちゃん!」

「……」

 

そこで言葉に詰まる。一体何を話せばいいのか。……一つしか、ありませんか。

 

「……え、と……メールで送った通り、です。柊さんからも聞いたかもしれませんが、私は……」

「ストーップ! 謝るのは禁止!」

「え……」

 

私はあの時、アユちゃんとの約束も忘れ、あの男を倒す事だけでいっぱいだった。それについて一昨日メールで事実と、謝罪の言葉を送りました。けれど返事も、電話もかかっては来なかった。今度こそ嫌われてしまったかと思った。けれどこうしてアユちゃんは私に会いに来てくれた。なら、やはりもう一度謝らなくては、そう考えて開いた私の口は、アユちゃんの指で塞がれてしまう。

 

「お姉ちゃんが沢渡の事になると暴走しちゃうってのは良く分かってたもん。何度も謝らないで」

「……はい」

「それにお姉ちゃんも大変だったって事は、柚子お姉ちゃんと……LDSの人たちから聞いたから」

「LDS……もしかして、光津さんたちが……?」

「そう。お姉ちゃんが入院してから色々あったんだ。でも大丈夫っ、もう全部解決したから! って、お姉ちゃんもLDSなんだよね」

「……いえ。良かったです」

 

アユちゃんの反応を見れば分かる。何があったのかは想像しか出来ないが、悪い結果にはならなかったようだ。

 

「また、迷惑を掛けてしまいました」

「病人がそんなの気にしないのっ」

「……はい」

 

……なんだかさっきよりも情けない気分になります。小学生の子にこんな――

 

――『ねえお姉ちゃん、この子たち、お姉ちゃんにあげる』

――『病人が遠慮なんてしないのっ。って、あたしもそうなんだけどね』

――『大事にしてあげてね。あたしとお姉ちゃんの思い出の証なんだからっ』

――『あたしとお姉ちゃん、お姉ちゃんと次の誰か、そうやってこの子たちを色々な人の思い出にして欲しいな』

 

「あ……」

 

見た目は全然違う。性格も、あの子の方がずっと子供だった。けれど、アユちゃんが、あの子と重なった。

 

「……分かってますよ」

 

あなたとの思い出は、終わりにはしない。まだ続いていく。終わりにするわけにはいかない。今は勇気が出ないけど、必ず。

 

「詠歌お姉ちゃん……?」

「何でもないですよ。大丈夫です」

 

アユちゃんの頭を撫でる。昔してあげたように。

 

「中に戻りましょうか。春とはいえ屋上にずっと居るのは寒いですから」

「うんっ」

 

アユちゃんと一緒に屋上の扉を潜り、病室へと戻る。すれ違う患者さんたちと挨拶を交わしながら、ゆっくりと。

 

 

 

「はい、お姉ちゃん、これ!」

「これは?」

「もう、決まってるでしょ、お見舞いの品だよっ」

「……気を遣わせてしまってすいません」

 

病室に戻り、私をベッドへ寝かせると、アユちゃんは一本の造花を私に差し出した。これは……花菖蒲、でしたか。あまり自信はありませんが。

 

「えへへ、ちなみに花言葉は『あなたを信じます』って言うんだってっ」

「……はい。もう、裏切りません」

「とか言ってー、また沢渡の事になったら私との約束なんて忘れちゃうでしょー?」

「……」

「そこはすぐに否定して欲しかったなー……」

「いや本当にすいません……」

 

もうアユちゃんには頭が上がりません、本当に。

 

「まったく、詠歌お姉ちゃんは」

 

椅子に座り、花が開くようにアユちゃんは笑う。この笑顔を曇らせる事はしたくない。そう思ったのは嘘じゃない。

 

「本当はね、止められてたんだ。詠歌お姉ちゃんのお見舞いに来るの」

「……柊さんに、ですか」

「ううん。遊矢お兄ちゃん」

「……」

 

当然、か。榊さんの判断は正しい。私のような奴に、お見舞いなんて……。

 

「遊矢お兄ちゃんも誰かさんに止められたんだって」

「榊さんも……?」

 

それはやはり、柊さんでしょうか。いや、それなら榊さんにではなく、アユちゃんに直接言うはず……一体誰に……?

……誰に止められても、おかしくはないか。それぐらいで丁度いい。それぐらいの罰がなければ、駄目だ。

けれどどうして、アユちゃんは笑顔のままなんでしょう。それにこうしてアユちゃんは私のお見舞いに来ている。

 

「でも来ちゃった。他の人には内緒だよ?」

「ええ、勿論」

 

誰が止めたのかは分からないけれど、それでも来てくれた。それだけで十分です。

アユちゃんは楽しそうに話始めた。

 

「それで凄かったんだよ、その北斗って人。「久守を倒した君を倒し、通算40勝を達成してやる!」って! 塾長みたいに凄い迫力だったの!」

「ふふ……そうですか、志島さんが」

「ふふーん、お姉ちゃん、モテモテだね?」

「え? 何でそうなるんですか?」

「……うん、何でだろうね」

 

何故か呆れたような目で見られたり。……いや志島さんは間違いなく私をそういう目では見ていませんよ? むしろ怯えられてましたし、苦手意識を持たれています。

 

「次の真澄って人はもっと凄くて、柚子お姉ちゃんは……負けちゃった。「あなたみたいな人に負けるなんて、やっぱりあのドヘタのせいでくすんでるわね、あの子」って」

「光津さんは少し、言葉が乱暴な所がありますから。でも優しい人です」

「うん。それも分かるよ。勘違いだけど、詠歌お姉ちゃんの仇を取るんだって、凄く怖かったもん」

「私がもっと早く起きていれば……すいません」

「だーかーら!」

「はい、すいませんじゃなくて……はい」

「もうっ」

 

そんな風に怒られたり。……情けないです。

 

「刃って人は……一人でやってたよ~」

「……それは?」

「フトシくんの真似! どう、似てた?」

「……私には少し、レベルが高すぎて……」

「ええっ! 自信あったのになぁ……でも本当に凄かったよ。権現坂が引き分けに持ち込んだんだけど、後少し遅かったらアクションカードを取られて、負けちゃってたかもしれなない。「久守の野郎に偉そうに説教タレといて、負けられねえんだよ!」って……」

「……野郎ではないんですが」

「あ、そこなんだ」

 

……これは照れ隠しも入ってますよ? 本当に、刀堂さんには苦労を掛けてばかりです。私の事なんて気にしなくてもいいのに……嬉しいですが。

 

「そして最後は……遊矢お兄ちゃんと赤馬って人で延長戦」

「……赤馬?」

「うん。赤馬零児って人。最年少のプロで……ペンデュラム召喚を使ってた」

「っ……」

 

まさか……もう既にペンデュラムカードを? ならどうしてまだ榊さんのカードを……。

 

「結局、何かあったみたいでデュエルは中断しちゃったけど……それに何だかカードもおかしくなってたの」

 

カードがおかしく……? 馬鹿げた話ですが、ペンデュラムカードは未完成、という事でしょうか。この世界ならそういった現象が起きても不思議ではない、と思いますが……。

 

「でも遊勝塾も守られたし、遊矢お兄ちゃんも一皮剥けたみたい! って塾長が言ってたっ」

「……そうですか。本当に、良かったです」

 

まだLDSやレオ・コーポレーションの事情について完全には分かりませんが、とにかく最悪の事態は避けられた。私が迷惑をかけた事に変わりはないけれど……それでも、本当に良かった。

 

「ありがとうございます、アユちゃん。時間を忘れてしまうようなお話でした」

「うんっ。やっぱりLDSの人は凄いね。勿論、私たち遊勝塾も負けてないけどね!」

「ええ。……私も、負けてられません」

「うん! お姉ちゃんも早く元気になって、私ともデュエルしてね!」

「……はい。必ず」

「ふふっ。って、もうこんな時間! 塾に行かなくちゃ! それじゃあ私、帰るねっ」

「あ、玄関まで――」

「病人は大人しくするー! 大丈夫だから!」

 

慌ただしく立ち上がり、病室の外へと向かうアユちゃんを追いかけようとすると、扉の前でそう戒められる。

 

「またね、詠歌お姉ちゃん! お大事に!」

「……行ってしまいました」

 

最後までアユちゃんに押されたまま、アユちゃんは帰って行った。

 

「……本当に、負けていられない」

 

布団の下に隠していた手を出すと、光津さんたちのデュエルの話を聞いていただけなのに、震えが酷くなっていた。

手を握りしめ、どうにかそれを抑える。この震えが止まらない限り、恐怖に勝たない限り私は……止めてみせる。勝ってみせる。

思い出を繋ぐ為にも、沢渡さんの隣に立つ為にも……!

 

一度深く息を吐き、もう一度棚に置かれたデッキを見る。

 

「……」

 

怖い。震える。ここで手を止めるな。伸ばすんだ。自分にそう言い聞かせ、手を伸ばす。

後少し、もう少し。震える手をデッキへと伸ばす。

 

「もう、少し……っ」

 

震える手がデッキへと触れる刹那、閉じられたはずの病室の扉が、音を立てて開いた。

 

「――久守」

「っ、は、はい!」

 

ビクリと大きく体が震え、手は、デッキから遠ざかった。

 

「沢渡さん、おはようございます!」

「おう」

 

棚の方に一瞬目をやった後、姿を現した沢渡さんは病室へと足を踏み入れた。

 

「体調はどうだ」

「はい、もう大丈夫ですっ。元々頭を打ったぐらいで、怪我もほとんどしていませんし。脳にも異常はないって先生は仰ってました。検査でも問題ないし、明日にでも退院出来るだろう、って」

「そいつは良かったな」

「はいっ。これで沢渡さんに手間を掛けなくて済みますっ。本当に毎日来てもらって、すいません」

「バーカ、そんな事で謝るな」

「そう、ですね……沢渡さん、毎日ありがとうございますっ!」

「おう。ほらよ、見舞い品」

「ありがとうございます!」

 

持っていた袋を掲げながら、沢渡さんは椅子に座った。

 

「……誰か来てたのか?」

「え?」

「椅子の位置、いつもなら部屋の隅に置いてあるだろ?」

「あ……ええ、看護師さんが話し相手になってくれてたんです。造花まで貰っちゃいました」

 

沢渡さんに嘘を吐くのは心苦しいですが、アユちゃんとの約束をさっきの今で破るわけにも……! すいません、沢渡さん!

心の中で何度も謝りながら、誤魔化す。

 

「ふーん。まあいいや。食うだろ、メロン」

「はい、いただきますっ」

 

袋から出て来たのは、高級そうなカットメロンだった。……また怒られてしまうだろうから言葉にはしませんが、本当に毎日申し訳なくなります。

 

「ほら」

「ありがとうございますっ」

 

私に手渡し、沢渡さんも自分の分を手に取る。それを見届けて、私もメロンを口に運ぶ。

 

「ん~美味しい!」

「はい、美味しいです!」

 

満面の笑みでメロンを食べる沢渡さんを見ているだけで、もう何倍も美味しく感じますよ!

 

「そういえば今日は山部たちは一緒じゃないんですか?」

 

だとしたら沢渡さんを一人で来させるなんて、許せないっすよ……! いや嬉しいけど……!

 

「ああ。準備があるからな」

「? 準備……ですか?」

 

一体何のでしょうか。

 

「すぐに分かる。それより、本当に体は大丈夫なんだな? 嘘吐いてないだろうな」

「はい! 本当にもう、体は心配ないです!」

 

沢渡さん、心配性っすよ! 素良さん程の身体能力はありませんが、私だってLDSで体は鍛えられてますから! でも本当に心配してくれてありがたいっす!

 

「そうか。――なら、行くぞ」

「え?」

 

最後の一切れを食べ終えた沢渡さんが立ち上がり、私に言う。

行くって……何処にでしょうか?

 

「どうした。さっさとしろ」

「え、あの……」

 

立ち上がった沢渡さんに急かされるが、一体何をどうしたら良いのか分からずに困惑する。

 

「体は大丈夫なんだろ。それともまた背負ってほしいのか?」

 

そのまたって所を詳しく! あ、いやそうではなくて……何が何だか分からないまま、私もベッドから降りる。

 

「ほら」

「わっ」

 

立ち上がった私に、沢渡さんが自分の制服を脱いで投げ渡してくる。……か、嗅いだりすればいいんでしょうか……!(混乱中)

ってそんなわけない。と、とりあえず患者衣の上から羽織らせてもらいましょう。

――動揺している私は、沢渡さんがベッドの横の棚に手を伸ばしていたことに気付かなかった。

 

「行くぞ」

「は、はい」

 

沢渡さんに先導され、私は廊下へと出る。本当に一体何処へ……というか体調はほぼ万全とはいえ、一応まだ入院患者なので外に出るのはマズイような……。

 

「え? ちょ、ちょっとあなたたち!」

 

案の定、病院の玄関近くで受付の看護師さんが外に出ようとする私に気付き、慌てて声を掛けて来た。

 

「駄目よっ、久守さんはまだ入院してるんだからっ。明日の検査で問題がなければ退院出来るんだから、ねっ?」

「さ、沢渡さん……」

 

当然の言い分に、私は困ったように目の前の沢渡さんを呼ぶ。

 

「ごめんね、看護婦さん。少しだけこいつ借りてくよ」

 

それだけ言って、沢渡さんは私の手を取り、走りだした。

 

「ええっ!? ちょ、君たち!?」

 

さらに慌てる看護師さんを尻目に、私は沢渡さんに引かれるまま、舞網の街へと飛び出す。

 

……不謹慎かもしれませんが、私の胸は高鳴ってしまう。

病室から、一人ぼっちのあの部屋から、連れ出してくれたのが沢渡さんである事に。

 

 

 

沢渡さんに手を引かれ、辿り着いたのは……LDSだった。

見上げるこの場所は以前と何も変わっていない。

 

「こっちだ」

 

沢渡さんは私の手を離し、通路の中央を進んでいく。この先にあるのは……センターコート?

本当に一体何を……

 

「ってこの馬鹿!」

「あっイタぁ!?」

 

相変わらず事情が呑み込めない私が後を追う途中、通路の先から光津さんが血相を変えて走りより、沢渡さんを引っ叩いた。……光津さん、私の目の前で良い覚悟です。沢渡さんにそんな事をして、この私が駆けつけないと思ったのでしょうか。

 

「まさかとは思ったけど、あんたって本当に信じられないわね!」

「ああ!? いきなり何しやがる!」

「患者衣に制服だけ羽織らせて、街の中を此処まで歩かせて来たの!?」

「はあ? それがどうした!」

「こ、の……! 久守!」

「は、はいっ?」

 

……彼女の蛮行を咎めようとしていた私は、光津さんの怒りの形相に気圧され、ビクリと肩を震わせる事しか出来なかった。非力な私を許してください……。

 

「こっちに来なさい!」

 

……光津さんに手を引かれ、連れられてきたのは更衣室だった。

 

「ほら」

「これは……?」

「あなた、やっぱりくすんでるわ! 沢渡の馬鹿がそこまで感染(うつ)ったの!? さっさと着替えなさいっ」

「は、はあ……」

 

光津さんがロッカーから取り出し、私に渡してきたのは舞網第二中学の制服だった。……どうして学校の違う光津さんがこの制服を持っているのでしょうか……ブルセラマニア?

 

「何だか不愉快な勘違いをしてそうだから言っておくけど、それは遊勝塾の柊柚子に頼ん……柊柚子に言って、用意させたものよ! あなたの制服、ボロボロだったでしょ」

「……ありがとうございます」

 

遊勝塾を乗っ取りに行って、柊さんを負かした後でわざわざ頼んでくれたのでしょうか……私の為に。

 

「まったく……あなたも沢渡に言われたからってホイホイとついて行くな! しかもそんな格好で!」

「すいません……確かにこんな格好では沢渡さんまで悪目立ちしてしまいますね、軽率でした」

「あなたって子は、本当に……!」

 

何やらまた光津さんが何かを言いたげに唇を引くつかせていますが、どうしたのでしょうか。

 

「はあ……さっさと着替えなさい」

「はい……あの、同性とはいえ目の前で着替えるのは流石に少し恥ずかしいのですが」

「その羞恥心の方向をどうしてもっと……!」

 

何かを呟きながら、光津さんは後ろを向いた。あ、出ては行かないんですね。……まあ、私を心配してくれているというのは伝わります。でも倒れたりはしませんから、大丈夫ですよ。

 

「お待たせしました」

「着替えたわね。なら行くわよ」

「あの、一体今から何を……?」

 

結局、沢渡さんは教えてくれませんでしたし……。

 

「すぐに分かるわ」

 

しかし私の質問には光津さんも答えてくれない。指先で髪を流しながら、微笑みと共にそれだけを言われた。

 

LDS センターコート前

 

「悪いっ、今貸切なんで!」

「他のコートに回ってくださーい!」

「現在センターコートは貸切でーす!」

 

光津さんに連れられ、センターコートの入り口に辿り着くと入り口には人だかりがあり、その中で山部、大伴、柿本の三人が『現在貸切!』と書かれた垂れ幕を掲げながら、他の生徒たちに大声でそう伝えていた。何をしてるんでしょうか、この三人は……?

 

「おっ、来たか久守」

「待ってたぞ……」

「ほらさっさと入れって! 抑えてるのも大変なんだよ!」

「う、うん……」

 

山部たちは他の生徒たちにブーイングを受けながらも、三人は私と光津さんが通る道を作ってくれた。その道を通り、私と光津さんはセンターコートへと入場した。

 

センターコートに来るのはあの時、榊さんからペンデュラムカードを奪った時以来だ。

 

「……」

 

誰もいない貸切のセンターコート……いや、違う。あの時と同じだ。コートの中には、人影があった。

 

「来たようだね。本日の主賓が」

「随分待たせてくれたじゃねえか」

 

観客席の最前列に座る、志島さんと刀堂さんの二人。

 

「それじゃ、期待してるわ。あなたがあいつを叩きのめすのをね」

 

私を此処まで連れて来た光津さんも、そう言って刀堂さんたちの居る観客席へと上がって行った。

……此処まで来て、察しがつかないはずはない。

 

「うぉっ、なんだ?」

 

センターコート、デュエル場に一人私が残され、コートの全ての照明が消える。

 

「あのドヘタの仕業でしょ。こういうの好きそうだし」

「間違いないね。まったく、派手好きな奴だ」

 

……そうですね。でも違いますよ、派手好きなだけじゃない、これはあの人の――演出ってものですよ。

暗闇に包まれたコートに、一筋の光が差す。その光の先に居るのは、あの人しかいない。

 

 

「暗闇に包まれた世界に一人、カードで闇を斬る男が此処に居る――俺が誰だか分かるか」

 

足元だけが照らされ、その顔までは見えない。

でも……当たり前、じゃないですか。間違えるはずなんてない。

 

「……ネオ沢渡さん、です」

「そう! カードに選ばれた男、それがこの俺――」

 

ゆっくりと、照明があの人の全身を照らし出す。

 

「――ネオ! 沢渡だ!」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「社長、実はセンターコートで騒ぎが……」

「何……?」

 

LDSの最上階、赤馬零児とその側近、中島の姿があった。

 

「どうやら沢渡たちが原因のようでして……」

「一体何をしているんだ」

「それが、無断でセンターコートを貸切り、他の生徒たちを締め出しているようで……監視カメラで確認した所、先日遊勝塾でデュエルをした三人や、それに久守詠歌の姿も……」

「ほう」

「すぐにやめさせます。主犯である沢渡も、退学処分を……」

「いや」

 

沢渡は榊遊矢の件で中島の命令を無視した件もある。今回の件と合わせれば、一生徒には目に余る行動だ。妥当な判断だろうと、そう告げようとした中島だったが、零児は静かにそれを止めた。

 

「そのまま続けさせろ。コートに関しても正式に許可を出しておけ」

「は? ですが……」

「構わん。彼の好きにさせろ」

「わ、分かりました……ではすぐに生徒や講師に通達します」

「ああ、頼んだ」

 

すぐに命令を遂行しようと足早に去っていく中島を見送り、零児は部屋に設置されているモニターを起動し、センターコートのカメラの映像を繋いだ。

 

『ネオ! 沢渡だ!』

 

「久守詠歌……果たして彼女は我々の槍と成り得るのか、それとも……」

 

これから起こるであろう事を見届ける為、そして見定める為に。




今回、次回でタグ回収。どのタグの事かは言わずもがな。

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