沢渡さんの取り巻き+1   作:うた野

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デュエルなし。とある人物のオリ設定が多くなります。ご注意ください。


『居場所』

「しかし親父さんも過保護だよな。沢渡さんまで検査入院なんて」

「まあでも、あいつがやべえ奴だったのは間違いねえしな」

「でも本当に榊遊矢なのか? 俺は暗くて顔が良く見えなかったし、しかも戻った時には服装も違かったろ?」

「けど柊柚子も言ってたし、そうなんじゃねえの?」

「久守が起きれば全部解決だろ」

「だな」

 

久守詠歌が病院に運ばれた翌日。病院内の売店に、沢渡と久守への見舞いの品を買う山部、柿本、大伴の姿があった。

検査入院する事になった沢渡と違い、あの後家に帰り、いつも通り学校へ通った三人だったが誰が言い出したわけでもなく、放課後、真っ直ぐに病院に来ていた。

 

「おい、お前ら」

 

病室に向かう途中(当然だが二人は別の病室である)、彼らに声を掛ける者が居た。

 

「ん? って、お前は……シンクロコースの刀堂刃!」

 

病院を訪れるには不釣り合いな木刀を持つ少年、刀堂刃。

 

「それにエクシーズコースの志島北斗……」

「融合コースの光津真澄まで……なんで此処に?」

 

三人ともLDSで沢渡と同じか、それ以上に有名となっているエリートたちだった。関わりはないが、名前だけなら彼らも知っている。

 

「沢渡はさん付けなのに私たちは呼び捨てなのね」

「気にするなよ、真澄。沢渡の無駄な人望は彼女で知ってるだろう」

「分かってるわよ。あんたたち、あの子の病室は何処?」

「あの子って……久守の事か?」

「他に誰が居んだよ。俺たちが沢渡の見舞いに三人で来ると思うか? しかも今の話だと入院だって本当は必要ねえんだろ?」

「聞いてたのか……」

「別に誰かに吹聴する気もないわよ。沢渡の仮病の事なんて。それより早くあの子の病室を教えなさい」

 

偉そうな真澄の物言いだが、沢渡の取り巻きをしている彼らにとっては慣れたもので、特に腹を立てる事もない。

 

「それはいいけど……なんであいつに?」

「なんでって……別にいいでしょっ」

「そりゃダチが入院したって聞きゃ、見舞いぐらいすんだろ」

「未だに彼女は苦手だが、そのぐらいの常識は持ってるさ」

 

真澄と違い、刃と北斗は素直に理由を答えた。真澄だけが居心地が悪そうに視線を逸らす。

 

「ダチって、いつの間に?」

「何だ久守から聞いてねえのか。北斗だったら声高に主張してそうだけどな」

「うるさいよ! だけど無駄に勝利を喧伝しない彼女の性格には好感が持てるね」

「そのおかげでお前が負けたってのも噂どまりだからな」

「それは君も一緒だろうっ」

「あーもう……こいつらは放っておいていいからさっさと案内しなさい」

「あ、ああ」

 

事情はまだ良く呑み込めていないが、詠歌の見舞いに来たことは間違いないらしい三人に、山部たちは顔を見合わせ、頷いた。

 

「けど誰から聞いたんだ? 久守が入院したって」

「昨日、あいつに連絡しても出なかったからな。妙だとは思ってたが、今日LDSに行ったらもう噂になってたぜ。沢渡が闇討ちされたってな。ま、今はLDSの一部の奴が好き勝手言ってるだけだけどな」

「あの子の事も一緒にね。大怪我したとか、沢渡に付きっきりで看病してるとか、はっきりとはしなかったけど」

「それで病院に確かめに来たら、君たちを丁度良く見つけたってわけさ。LDSの医療機関に運ばれてないなら、此処しかないと思ってね」

 

正確かはともかくとして、人の噂は早い。それに昨日は救急車まで来る騒ぎになったのだから、それも不思議はなかった。

 

「沢渡さんは勿論だけど、久守の奴も大した事はないよ。今日には目が覚めるって先生が言ってたしな」

「それにしても結局、一体何があったんだい? 闇討ちとは言ってもアクションデュエルでもない、普通のデュエルだろう? それで怪我なんて……」

「……俺たちも良く分かんねえ。詳しい事は本人に聞いてくれ」

 

榊遊矢の事を話そうとも考えたが、これ以上変な噂を立てるのも面倒になるだけか、と三人は伝えなかった。

 

「それはそうと、久守と連絡を取り合うぐらいの仲だったのか? 刀堂って」

 

病室へと向かう中、大伴が刃に尋ねる。刃と詠歌が何をしているのかを知らない以上、当然の疑問だった。

 

「「はっ、まさか――」」

「北斗もそうだが、なんですぐそういう考えに行くんだよ! ただ、ようやくあいつに合いそうなカードが――」

 

刃が彼らの邪推を呆れたように訂正しようとした時。詠歌の病室まで目と鼻の先にまで迫った時。

 

「いやっ、イヤっ、嫌っ――――!」

 

そんな、悲痛な叫び声が響いた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……?」

 

静かに意識が覚醒する。

……覚醒する? なんで私は眠っていたんだろう。

 

「痛っ……」

 

体を起こし、ぼんやりと記憶を遡ろうとした時、頭に痛みが走り、思わず押さえる。

押さえた手に、包帯が触れる。包帯……?

 

「ッ!?」

 

その感触に気付いた時、完全に意識が覚醒した。

 

「いやっ……」

 

周囲を見渡せば、白く、無機質な光景。

 

「イヤっ……」

 

病室特有の、消毒液の香り。

 

「嫌――!!」

 

忘れるはずもない、あの時と変わらない空間に私は居た。

 

「嫌だっ、嫌だっ! わたっ、私っ、私は!」

 

嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!

違う、違う、違う、違う!

 

「私の居場所は此処じゃないっ、此処にはもう、戻りたくない……!」

 

頭の痛みを無視し、髪を掻き毟るように掴みながら、心の底から叫ぶ。

視界が涙で滲む。心が絶望に支配されていく。

此処は、この場所にだけは、絶対に戻りたくない。此処には何もない。此処では何もできない。此処には、あの人が居ない!

 

 

「「「――久守!」」」

 

絶望に落ちていく私を、引き戻してくれる声が聞こえた。

 

「あ……」

 

焦りの表情でこの空間に現れたのは――

 

「山部、柿本、大伴……?」

 

「ちょっと! 大丈夫!? しっかりしなさい!」

「光津、さん……」

「おい大丈夫か! どっか痛むのか!?」

「刀堂、さん……」

「すぐに先生を呼ぶ! 大丈夫だっ!」

「志島、さん……」

 

忘れるはずもない。私を、久守詠歌を知る人たち。私が、久守詠歌が知る人たち。

 

私の手を握る光津さんの手を、確かめるように抱く。

 

「あ、ああっ――!」

 

感情が制御できない。伝えたい言葉があるのに、口が思うように言葉を紡いでくれない。

確かめたい顔があるのに、瞳が景色を滲ませる。

それでも私が今感じるこの体温は、耳に届くこの声は、嘘じゃない……!

 

安堵からなのか、私の意識はまた、ゆっくりと闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

再び意識を失い、医師の診断を受ける事になった詠歌。

 

「ふぅ……先生は少し記憶が混乱しただけだろうってさ。今はまた眠ってる」

 

そして代表として医師から聞いた診断結果を大伴が皆に伝えた。

 

「なんだよ、ビビらせやがって……」

「人騒がせな子ね」

「そう言う君たちが一番焦っていたように僕には見えたけどね」

「お前が言うかよ、一目散にナースコール押してたくせに」

「う、うるさいな。あの状況で一番適切な行動をしたまでだっ」

 

医師の助言もあり、念の為にしばらくは面会を控える事になった。

病室のロビーで言い合う三人に山部が声をかける。

 

「まあまあ、三人とも、病院なんだから静かに……」

 

「おーい!」

「って言った傍から……どうしたんだよ、柿本。沢渡さんを呼びに行ったんだろ?」

「それが何か大事になってきてるんだよっ、と、とりあえず皆沢渡さんの病室に来てくれって」

「はあ? なんで私たちまで沢渡の所に顔を出さなくちゃならないのよ」

「まあまあ、沢渡も一応同じLDSなんだし、いいじゃないか」

「違っ、いや違わないけど、理事長が、赤馬理事長が呼んでるんだよっ」

「……理事長先生が?」

 

息を切らせながら語る柿本の口から出た名前に、各コースのエリートであり、山部たちよりも関わりのある三人は怪訝な表情を浮かべた。

 

 

 

そして向かった沢渡の病室には、何度か見た事のある沢渡の父と、柿本の言葉通り理事長の姿があった。

 

「丁度良かったわ、あなたたち」

「理事長先生、戻られたのですか?」

「ええ。つい先程ね。お久しぶり、光津さん、刀堂さん、志島さん」

「「「は、はい!」」」

 

何度か会話した事があるとはいえ、緊張の色を隠せないまま、名前を呼ばれた三人は姿勢を正して返事をした。

 

「なんでお前らまで此処に……見舞いは頼んでないぞ」

「誰があんたみたいなドヘタの見舞いになんて来るかっ。あの子のよ」

「ドヘ……この、あいつに負けた奴が偉そうな口を……!」

 

「うぉっほん! それで赤馬理事長、いい考えとは一体?」

「ええ沢渡先生、それにはこの子たち全員の力が必要なのです」

「へ?」「俺たちも」「ですか?」

 

総合コースの自分たちには関係ないと静観していた山部たちが唐突に触れられた事に間抜けな声を上げる。

 

「ええ、勿論。LDSの力を合わせて、沢渡先生のご子息と、LDSの生徒の仇を取らなくてなりません」

 

その言葉に反応したのは真澄たち三人だった。

 

「……詳しく聞かせていただけますか、理事長先生」

 

 

 

――そして、理事長と共に六人は消え、沢渡の父も息子との別れを惜しみながら仕事へと戻った。

沢渡シンゴだけが一人、病室に残る。

 

「榊、遊矢……! 今度こそ、借りは返してやる……!」

 

再び道化を演じている事も知らず、彼は怒りを燃やす。

その怒りが彼の力に変わるのは近い。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

――私がカードと出会ったのはあの病室。最初に同室になった、小さな女の子に教わったものだった。

可愛らしい絵柄の、人形のカード。ルールも良く分からないけど、私たちはそれを眺めているだけで勇気をもらった。

けれど、あの子はカードを置いていなくなってしまった。

 

ルールを教えてくれたのは、優しげなお兄さんだった。

大雑把なルールしか分からなかったけど、眺めるだけではなくなった。

けれど、正確なルールを教えてくれないまま、あの人もいなくなってしまった。

 

最初にデュエルをしたのは、少し怖い、お姉さんだった。

ルールを間違える度に指摘され、その難しさに挫けそうになった。けど、根気強くお姉さんは教えてくれた。

けれど、一度も勝てないままお姉さんもいなくなってしまった。

 

アニメを教えてくれたのは、おじいさんだった。

孫が好きなのだと、そう言って一緒にテレビを見た。

女の子がくれたカードで、お兄さんが教えてくれたルールで、お姉さんが教えてくれたプレイングで、おじいさんに教えた。

けれど、おじいさんはそれを覚える前にいなくなってしまった。

 

私は一人になった。

一人でカードを眺め、一人でカードを並べ、一人でテレビを見た。

今度は、最後まで一人だった。

 

 

 

そして、私はこの世界にやってきた。

あの子たちの事を忘れ、曖昧な記憶と、カードだけを持って。

最初は楽しかった。

カードが重要視されるこの世界で、記憶がなくても、体が覚えていたお姉さんの教えてくれたプレイングのおかげで私は女王になった気分だった。

けれどある時、私は思い出した。全てを思い出し、この世界がどういうものなのか、察してしまった。

榊『遊』勝の存在を知ったのもその時だ。彼の鮮やかなエンタメデュエルを見て、私は気付いた。

どれだけ強力なカードを使おうと、どれだけ優れたプレイングだろうと、この世界が5番目の物語なら、5人目が存在するなら、私は勝てない。異物でしかない私には。

だから私は諦めた。忘れてしまっていた罪悪感と自分の異常に気付いて。デュエルで頂点に立つことも。表舞台で輝くことも。

主役という輝きに焼かれるくらいなら、私は影で良い。私だけがこの世界で、出来なかった青春を、人生を、一人だけ歩むことなんて許されない。

だから私は諦めた。ただ生きると。楽しむ事は必要ない。目指す事も必要ない。ただ、残された命が続くまで生きていようと。

 

デュエルが強ければ生き方には困らない。幼い事だけが不安だったけど、それでも生き方が見つかった。

デュエルによる要人警護。その響きに笑いが出た。ああ、やっぱりこの世界は作り物じみている。

仮にこの世界で頂点に立ったとしても、それは箱庭の女王でしかない。それに気付いた時、これが罰なのかもと思った。一人だけ生きようと考えた私への罰。この作り物の箱庭で孤独に生きる事が罰なのだと。

 

 

 

 

 

けれど。

私はあの人に出会えた。

次期市長と目される男の息子。溺愛され、甘やかされて育った偉そうで、傲慢で、自分勝手な嫌な男。

それを嫌い、妬み、羨んだ者たちと私はデュエルをした。その男が気障に笑い、ますます調子づく影で私は人形と評されながらその男を守り続けた。

自分が馬鹿にされている事にも気付かず、馬鹿な事を続けるその男を、私は影でずっと見ていた。見たくもないその間抜けな姿を、愚かな行動を、延々と見せつけられた。

こんな作り物の世界で無駄な努力を続けるあの男を見ていると、私の心が何かを訴えた。

 

 

 

いつからだろう。その人から目が離せなくなったのは。自然とその人を目で追うようになっていたのは。

あの人の言葉を聞く為にあの人の影に立ち、あの人の姿を映す為にあの人を追いかけるようになった。

自信過剰なあの人の態度が、我が儘なあの人の言葉が、偉ぶる裏で必死に学ぶあの人の姿が、私の心に焼き付いて離れない。

もしもこの世界が作り物なら、あの人も? ……そうさせたくないと思った。

あの人の言葉を、あの人の笑顔を、あの人の努力を、作り物にしたくないと。

 

 

 

そして、暫くして私の仕事は終わった。もう十分だと、仕事は終わりだと、あの人のお父様に告げられた。息子を守ってくれてありがとう、君も普通の学生に戻りなさい、と感謝の言葉と優しい言葉を掛けられた。

……私は求めてしまった。頷いてしまった。

普通の学生という立場を、かつて手に入れられなかったその立場を。あの人を見ていられる、その立場が欲しいと。

お父様は私の願いを叶えてくれた。次期市長のこの私に任せなさいと、笑いながら。

 

 

 

 

 

「…………此処、は」

「目が覚めたか、久守」

 

目覚めたのはやはり病室だった。記憶に残るあの場所と変わらない、白い部屋。

でも違う。此処は、此処にはあの人が居る。

 

「さわ、たり、さん……?」

「おう。随分無茶したみたいじゃないか」

 

私の眠るベッドの脇に、沢渡さんが居た。

 

「すいません……勝手な真似を」

「まだ寝てろ」

 

体を起こそうとする私を、沢渡さんが止めた。

 

「……はい。……沢渡さん」

「なんだ?」

「どうして、此処に……? やっぱりどこか怪我を……」

「アホか! お前を心配してやってるに決まってんだろ!」

「……ありがとう、ございます」

 

その言葉が嬉しくて、緩む表情を隠そうと布団を口元まで被る。

 

「……あの、沢渡さん」

「ああ」

「あの後……あの男とのデュエルで一体、私は何をしたんですか? 少し、記憶が混乱してるみたいで……って、沢渡さんが知るはずない、ですよね」

「別に思い出さなくていい。大した事じゃないさ」

「そう、でしょうか……」

「ああ。……榊遊矢も、理事長が動いたんだ。すぐに終わる。この俺の手で終わらせられないのが残念だがな」

「……? どうして榊さんが……?」

「はあ? お前も見ただろ、榊遊矢がこの俺を襲うのを」

「……」

 

……それは覚えてる。覚えてますが……

 

「あれは多分、榊さんじゃないですよ」

「は?」

「だって榊さんが私より早くあの倉庫に辿りつけるはずないですし……見た目はそっくりでしたが、雰囲気が別人でしたから」

「……」

「沢渡さん?」

「……ごほんっ、まあお前が無事で良かったな。パパも山部たちも心配してたんだぞ」

 

沢渡さん、誤魔化し方が下手過ぎっすよ……!

 

「……そういえば、光津さんたちが来ていました、よね。みんなはもう帰ってしまったんでしょうか」

「ごほんごほんっ! そうみたいだな、全く薄情な奴らだ!」

 

……その反応で、察しがついてしまった。

あの男が榊遊矢という事にすれば、LDSの、いやレオ・コーポレーションが以前沢渡さんを利用してペンデュラムカードを手に入れようとしたように、榊さんからペンデュラムカードを奪う口実になる。沢渡さんの言った、理事長が動いたというのはそういう事、なのだろう。

……私のせいだ。私が意識を失っていたから、そのせいでまた、私は沢渡さんを……道化にしてしまった。

 

「沢渡さん……ごめんなさい」

「何で謝る?」

「ごめんなさい……弱くてごめんなさい、勝手な事してごめんなさい。余計な事ばかりして、ごめんなさい……」

 

それに気づくともう止められなかった。また私は、謝る事しか出来ない。

 

「久守」

「ごめん、なさい……」

「――気にすんな。お前らの面倒ぐらい、俺がみてやる。お前らが失敗すんのは当たり前だ。この世で唯一完璧なデュエリストである俺を除けば、失敗は誰にでもある」

「……」

「俺は誰だ? お前が尊敬する、この世でただ一人のデュエリストである俺の名は――ネオッ」

「……沢渡さん、です」

「イエス! だったらお前は、そんな事気にしてないで怪我を治す事だけ考えろ。仮にあれが榊遊矢じゃなかったとして、もしこれで終わっちまうような奴なら最初からペンデュラムカードに選ばれてなかっただけの事だ」

「ですが……」

「それに、今更言ったところで何も変わらねえよ。あの時中島さんが俺に頼んだ時点で、LDSは榊遊矢のペンデュラムカードを手に入れる事を考えてた。俺もお前もダシに使われただけだ」

「……」

 

それは……事実だろう。LDS、レオ・コーポレーションはペンデュラムカードを欲している。もう、私が何を言っても無駄……私には何も出来ない、何も……出来なかった。

 

「あれが榊遊矢じゃなくとも、LDSが何を考えていたとしても、どっちにも借りは必ず返す。榊遊矢がカードを奪われるような事になったら、今度は俺がLDSからカードを奪い取った後で、俺自身の手で榊遊矢から奪い取るだけだ」

「沢渡さん……」

「お前も、柊柚子に借りを返さなくちゃならないだろ」

「柊さん……そうだ、私、柊さんに酷い事を……」

 

朧げだけど覚えている。あの時、私は私を止めようとした柊さんに……。

 

「……ほらよ」

「え……」

 

沢渡さんが差し出して来たのはデッキだった。

 

「これは……」

「あの時、柊柚子から預かったもんだ。これだけは渡してくれってな」

 

罰が悪そうに頭をかきながら、沢渡さんは言う。酷い事を言ったはずだ。なのに、柊さんは私のカードを……。

 

「ありがとう、ございます……」

「それは本人に言ってやれ」

「はい……!」

 

私は震える手でデッキを沢渡さんから受け取った――受け取ろうとした。

 

「あっ……」

 

けれど、デッキは私の手から零れ落ち、床に散らばる。

 

「おいおい大丈夫か?」

「……は、い」

 

私は自分の手を見つめる。震えは止まらなかった。

 

「まだ本調子じゃないんだな。デッキとデュエルディスクは此処に置いとくぞ」

「はい……すいません」

 

拾い集めたデッキをディスクと一緒に沢渡さんがベッドの傍の棚に置いてくれる。

…………。

 

「とにかく今はゆっくり休め。いいな?」

「はい……ありがとうございます、沢渡さん」

「ああ。なら俺も自分の病室に戻る。何かあったらすぐ呼べよ」

「え、沢渡さんもやっぱりどこか怪我をっ」

「違う。パパがどうしてもって言うから今日だけ検査入院してるだけだ。心配ないさ」

「そう、ですか……」

「じゃあな。無理はするなよ」

「はい……」

 

退室する沢渡さんを見送り、私はベッドの上からデッキを見る。

手を伸ばせば届く距離。けれど、手を伸ばす事がどうしても出来なかった。

 

「どうして……怖いの……?」

 

怖い。

カードが、怖い。

 

「……」

 

扉の外にまだ沢渡さんが居た事にも気づかず、私は呆然と呟いた。何も言わずに去ったあの人が何を考えていたのか、今の私には知る事も出来なかった。

 

「……そう、だ。お父様……沢渡さんのお父様と、柊さんに、謝らなくちゃ……」

 

誤魔化すようにそう言って、私はデッキには触れず、デュエルディスクへと手を伸ばす。

ふら付く足取りだが、怪我は大したことない。問題なく自分の足で立つことが出来た。

そのまま病室を抜け、屋上へと上がる。

 

「柊さん……」

 

最初に掛けたのは柊さんへだった。けれど、応答はない。やはりもう、沢渡さんが言ったように理事長が動いているのか。

 

「……」

 

次に掛けたのは、沢渡さんのお父様にだった。かつて、お父様の下で仕事をしていた時に教えてもらったコード。それは未だに繋がった。あの時以来、もう使う事はないと思っていたけれど。

 

『はい、市議会議員の沢渡ですが』

「あ……」

 

数回のコールの後、通話は繋がった。

 

「あ、あの……私、です」

『どちら様ですかな?』

「久守、久守詠歌、です……」

『……』

 

私が名乗るとお父様は押し黙った。

 

『……一体何の用だね?』

「私、謝らないと……私が居ながら、沢渡さんを、危険な目に……」

『……何を言ってるんだね、君は?』

「え……」

 

緊張からか、途切れ途切れに伝えた言葉は、あっさりと切り捨てられた。

 

「私は、あなたから沢渡さんを守るお仕事を貰ったのに、それを……」

『はて、記憶にありませんな。私がそれを頼んだのは、随分と昔の話。私の知っている今の久守という少女はシンゴと同じ学校で、同じLDSの生徒で、友人ですが』

「……ですが、私は……!」

 

理解した。理解してしまった。

お父様は私を責める気などないという事を。

 

「私はあなたに無理を言って、学校にまで入らせてもらって……! あの人の傍に居たのに、私は……!」

 

けど駄目だ。私は沢渡さんを守れなかった。友人に酷い事を言ってまで、それなのに私は守る事も、あの男を倒すことも出来なかった……!

 

『今の君はシンゴと同じただの学生だろう。シンゴから聞いているよ、気立ての良い、良い子だと。そんな君にシンゴを襲うような暴漢相手に何が出来ると言うんだね?』

「けど……!」

『……いいかね、久守くん。私は次期市長になる男だ』

 

諭すように、お父様は語り始めた。……記憶の片隅に辛うじて残っている私の父のような、優しい声色だった。

 

『君が私に仕事をくれ、と押しかけて来た時、私は決めたんだよ。シンゴと同じくらいの歳の子が、一人孤独に生きていかなくてはならない、そんな街に舞網市をしてはならないと』

 

……忘れもしない。街頭演説をしていたお父様を追いかけ、そう頼んだ日の事は。

 

『本当は仕事なんて建前で、君にも普通の生活をしてもらいたかった。けど君は頑なで、本当にシンゴの為に働いてくれた……。だから私は嬉しかったんだ。ある時、君が羨ましそうに他の学生たちを見ている事に気付いた時。仕事を辞めて、普通の学生に戻ってくれと言って、君が頷いてくれた時』

「それは……」

 

それは、私が弱かったから。私が過去を捨てて、今を選んでしまったから。

 

『久守くん。君はこの街が好きかね?』

「……はい」

『私もだ。幼い頃から育った、アクションデュエルが生まれる前から住んでいたこの街が、シンゴが育ったこの街が。君もこの街の市民で、学生だ。そんな君が謝る必要なんてないんだよ』

「……」

『だから久守くん、謝らないでいい。自分を責めなくても良い。後の事は我々に任せて、君はゆっくりと休むんだ』

 

沢渡さんと、息子と同じ優しい言葉。……駄目ですね、私は。

 

「っ、はい……ありがとう、ございます……!」

 

誰かの優しさにまた、甘えてしまう。何も変わっていない。私は弱くて、子供で、自分勝手だ。

 

『息子の事をこれからも頼んだよ。友人としてね、私に似た子だ。無理や無茶もするし、嘘も吐く。けれど本当に大切な事だけは教えてきたつもりだ。私の生き方で教えたつもりだ』

「はいっ、はい……!」

 

また涙が溢れる。もう止める事も出来ない。耐えることも出来ない。

 

『今は外かね? 早く病室に戻りなさい。シンゴや友人たちに心配を掛けてはいけないよ』

「……はい」

『次に会う時は私が市長になってからになるだろう。今の私は忙しい時期なものでね』

「はい……応援、しています……」

『ありがとう――はっはっは! 次期市長最有力候補のこの私に任せておきなさい!』

 

沢渡さんと重なる笑い声を上げて、お父様は通話を切った。

 

……おじいさん、おねえちゃん、おにいさん、――ちゃん、ごめんなさい。

私はやっぱり、此処で生きていたいよ。大好きな人の傍に、いたいです。

 

カードが怖くなっても、女王になれなくても、私は此処に居たい……!

デュエリストでなくともあの人のそばにいれるなら、私は……!

 

「ああ、そうだ……思い出した」

 

あのデュエルの結末を。

 

――『俺はこのカードを発動していた』

 

満たされぬ魂を運ぶ方舟は、その役目を終えた。

私を此処に運んだ時、あの人に出会えた時、私はもう、運ばれる資格を失ったんだ。

だから勝てなかった。私が取るべきだったカードは、方舟じゃない。

テレビで憧れたカードではなく、みんながくれたカードたち。この世界に来た時に私に与えられた、私のカードたち。

 

……ごめんなさい。私は間違えた。その挙句にカードから逃げ出したくてたまらなくなっている。今でもカードを手に取る事を考えただけで手が震える。

……もう二度と、カードを手に取る事は出来ないかもしれない。ごめんなさい。

 

「……それでも私は、此処にいたいよ」

 

我が儘でごめんなさい。子供でごめんなさい。

それでも私はあの人を好きでいる事を……やめられない。

私にとってもうこの世界は、真実(げんじつ)だから。




今回でオリ主に関する謎は大体です。
オリ設定が多く、雰囲気の違う話になってしまいましたが、今後はこういった話は滅多になくなると思います。
次回は前回に続きタグ回収のおはなしです。

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