沢渡さんの取り巻き+1   作:うた野

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アニメ的演出多め。


『方舟』

「デュエル!」「デュエル!」

 

EIKA VS UNKNOWN

LP:4000

 

「ちょ、ちょっと二人共落ち着いてよ!」

 

柊さんが焦ったように言う。けれど、もう私は止まれない。アユちゃんとの約束も、柊さんの頼みも、今の私が止まる理由にはならない。

目の前の敵を倒し、沢渡さんにした事を償わせるまで。

 

「私の先行……! 先行のプレイヤーはドロー出来ない……私はモンスターをセット、さらにカードを一枚伏せてターンエンド!」

 

このデュエルだけは、絶対に負けられない。絶対にこの男だけは倒す……!

 

「俺のターン、ドロー。俺はモンスターをセット、さらにカードを二枚セットし、ターンエンド」

 

私に似たプレイング……狙ってやっているのか、それとも私のシャドールたちのようにリバース・モンスターを主体にしたデッキ……?

先程の沢渡さんとのデュエル、この男が使ったのはエクシーズモンスター……ならリバース効果か、墓地に送られた時、モンスターを特殊召喚するカード?

さっき使っていたドラゴン、あれがエースなら……素材指定があるかは分からないが、ランク4なら召喚は容易だ。セットされたカードを警戒しようとしまいと、すぐにでも出てきてもおかしくはない。なら、迷う事に意味はない。

 

「私のターン――」

「久守さん! お願いだから落ち着いて! こんな所で遊矢とデュエルしても仕方ないでしょ!? それにさっきのデュエルだって、元々は沢渡の方が先に遊矢を陥れようとして――」

「……だから、何だって言うんですか」

「な……」

 

沢渡さんが榊さんを陥れる? 今回のそれは柊さんたちの勘違いだ。誤解されたのは山部たちが原因で、それを責める気も、その資格も私にはない。私たちは実際に一度榊さんを陥れ、カードを奪っているから。

けどそれは、それがっ、

 

「それが……この男があの人を笑って良い理由にはならない……!」

 

柊さんはこの男を榊さんだと思っているみたいだが、違う。容姿は確かに彼と瓜二つだが、この男は榊さんではない。無関係ではないだろう、でも別人だ。だからこそ許せない。

沢渡さんとの因縁があるのは榊さんで、この男は何の関係もない赤の他人だ。

その赤の他人が、沢渡さんを笑った……!

 

「この男は笑った! 児戯だと、子供の遊びだと! ……あの人が必死に組んだデッキを、あの人が戦ったデュエルを! 笑うのは誰だろうと許さない……絶対に! 予定調和のように決まる勝敗なんて認めない!」

 

榊さんとのデュエルの為に組んだデッキで戦うことも出来ずに終わるなんて、そんな展開を認める事なんて出来るはずがない……!

 

「私のターン、ドロー! マドルチェ・エンジェリーを通常召喚! そしてエンジェリーの効果発動、このカードをリリースし、デッキからマドルチェと名の付くモンスターを特殊召喚する! 来て、マジョレーヌ! さらにセットモンスター、マドルチェ・マーマメイドを反転召喚!」

 

マドルチェ・マジョレーヌ

レベル4

攻撃力 1400

 

マドルチェ・マーマメイド

レベル4

攻撃力 800

 

フィールドに姿を現す、お菓子の魔女とメイド。出し惜しみなんてしない。絶対にこの男は倒す。

 

「レベル4のマドルチェ・マジョレーヌとマーマメイドでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! 人形たちを総べるお菓子の女王、お伽の国をこの場に築け! エクシーズ召喚! ランク4、クイーンマドルチェ・ティアラミス……!」

「……」

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

ランク4

攻撃力 2200

ORU2

 

私のエクシーズ召喚を見ても男の反応はない。自分が使うとはいえ……やっぱりこの男、普通のデュエリストじゃない。けど、そんな事はどうでもいい!

 

「ティアラミスの効果発動!」

 

召喚されたティアラミスが一瞬、私を悲しげに見つめたような気がした。

 

「一ターンに一度、オーバーレイユニットを一つ使い、私の墓地のマドルチェと名の付くカードを二枚までデッキに戻し、戻した枚数と同じ数、相手フィールドのカードを持ち主のデッキに戻す! 私は墓地のエンジェリーとマジョレーヌをデッキに!」

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

ORU2 → 1

 

……いつもの私なら魔法、罠ゾーンにセットされたカードをバウンスするだろう。けれど、それじゃあ勝てない。相手のライフを0にしなければ、デュエルには勝てない!

 

「そしてあなたの場の伏せカード一枚とセットモンスターを選択し、デッキに戻す! 女王の号令(クイーンズ・コール)!」

 

ティアラミスが掲げた杖から発せられた光により、フィールドから二枚のカードが消え去る。

これで残るはリバースカードが一枚のみ、たとえミラーフォースのようなカードが伏せられていても関係ない、それならそれでこのティアラミスが墓地に送られ二体目のティアラミスの効果の発動条件を満たせる……!

 

「ティアラミスで直接攻撃!」

 

通ればライフを一気に削れる。そして沢渡さんとのデュエルと同じくモンスターが実体化しているのなら、その身で受けろ、沢渡さんの痛みを……! 

 

「――永続罠発動、幻影霧剣(ファントム・フォッグ・ブレード)。モンスター一体の攻撃を無効にし、このカードがフィールドに存在する限りそのモンスターの効果を無効にし、攻撃を封じる。ただし俺はそのモンスターを攻撃することは出来なくなる」

 

ティアラミスが杖を振り上げた瞬間、幻影の剣がティアラミスを貫き、私の後方の壁へと縫い付けた。

 

「……ターンエンド」

 

焦り過ぎた……いいや、攻撃しなければデュエルには勝てない、この男に償わせる事は出来ない。

 

「俺のターン、ドロー」

「遊矢……」

「君は下がっていろ。今の彼女には君の言葉も届かない」

 

私には何の興味も示さず、柊さんを気遣う言葉だけを発する男。

……ふざけるな。何だその言葉は、その態度は。まるで私が悪役のような口ぶりじゃないか。

私が悪なのは構わない、だけど、あの人を笑ったこいつが、そんな風に誰かを気遣うな。そんな言葉を吐けるなら、どうしてあの人を笑ったんだ……!

 

「俺はカードを二枚セットし、さらに手札から魔法カード、幻影騎士団(ファントム・ナイツ)シャドーベイルを発動。フィールドのモンスター一体の守備力を300ポイントアップする。俺は君の場のクイーンマドルチェ・ティアラミスを選択」

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

ランク4

攻撃力 2200

守備力 2100 → 2400

ORU1

 

「……馬鹿にしているんですか」

「違っ、久守さん、そのカードは――」

「っ、うるさい! 私は今、この男とデュエルをしているんだ! あなたは関係ない!」

 

余計な指図は受けない……この男は私が倒す……!

 

「久守さん……」

「俺はこれでターンエンド」

「そうやって相手を馬鹿にするのがお前のデュエルならッ、私が壊してやる……! 私のターン!」

 

たとえティアラミスを封じても、私のデッキにはもう一人の女王が居る。影糸を操る女王が。

 

「罠カード、影依の原核(シャドールーツ)を発動し、フィールドにモンスターとして特殊召喚! そして手札から神の写し身との接触(エルシャドール・フュージョン)を発動! 手札のシャドール・ビーストとフィールドの影依の原核を融合!」

「……融合」

 

初めて、男が反応した。関係ない。もうこの男の言葉に、行動に、耳を傾ける必要なんてない!

 

「人形を操る巨人よ、お伽の国に誘われた堕天使よ! 新たな道を見出し、宿命を砕け! 融合召喚! 現れろ、エルシャドール・ネフィリム!」

 

エルシャドール・ネフィリム

レベル8

攻撃力 2800

 

倉庫に収まるような大きさで現れた巨人。だが感じる。実体化しているからこそ、ネフィリムの強大な力を。

 

「あの融合モンスターは素良とデュエルした時の……」

 

「融合素材として墓地に送られたビーストの効果により、カードを一枚ドロー! さらに影依の原核の効果により墓地の神の写し身との接触を手札に戻す! そしてネフィリムの効果、特殊召喚に成功した時、デッキからシャドールと名の付くカードを墓地に送る! 私はシャドール・ドラゴンを墓地に送り、効果を発動! フィールドの魔法、罠カードを一枚破壊する! 永続罠、幻影霧剣を破壊!」

 

ティアラミスの戒めが解かれる。

けれど、ティアラミスの私を見る瞳は未だに悲しげだった。

 

「バトル! いけ、ネフィリム! 直接攻撃、オブジェクション・バインド!」

「ぐっ……!」

 

ネフィリムから伸びた影糸が触手のように男に絡みつき、壁へと吹き飛ばす。通った。これで私の勝利へと一気に近づいた……!

 

UNKNOWN LP:1200

 

「遊矢!」

「……下がっていろと言ったはずだ。君を巻き込みたくない」

「でも!」

「……私も言ったはずですよ、私は今その男とデュエルをしているんです。あなたは下がっていて下さい」

 

駆け寄る柊さんに私は冷たく言い捨て、デュエルを進める。

 

「これで終わり……! 私はティアラミスで直接攻撃!」

「永続罠、強制終了を発動! 俺のフィールドの伏せカードを墓地に送り、バトルフェイズを終了する」

「……ターンエンド」

 

またふざけた真似を。最初のネフィリムの攻撃の時点で発動していればライフを削られる事もなかったのに……!

……結果的に勝利は逃した。けど、これでいい。ただ勝利するだけでは駄目だ。

 

「これで私は私のデッキに存在する二体の女王を呼び出した……お前も早く呼び出してみせたらどうですか、あの人を笑った、あなたの遊びじゃないプレイングで……あのドラゴンを……!」

 

あのドラゴンを、この男のエースであろうあのモンスターを破壊してこそ、本当の勝利……。だから早く呼び出してみせろ……!

 

「俺のターン。俺はカードを一枚セットし、ターンエンド」

「……呆れますね。それで良くあの人を笑えたものです。私のターン」

 

墓地にマドルチェたちが居ない今、戒めが解かれたとはいえティアラミスの効果は発動できない。手札にも強制終了を破壊できるカードはない……それでもやる事は変わらない。

 

「ネフィリムで直接攻撃!」

「――直接攻撃宣言時、墓地の幻影騎士団シャドーベイルの効果を発動ッ。墓地のこのカードをモンスターとして、可能な限り守備表示で特殊召喚する、俺の墓地にあるシャドーベイルは三枚、よって三体のシャドーベイルをフィールドに特殊召喚!」

 

幻影騎士団シャドーベイル×3

レベル4

守備力 300

 

「さらに永続罠、強制終了を発動。伏せカードを墓地に送り、このターンのバトルを終了する」

「ようやくモンスターが並びましたか。随分と待たせてくれたものです……あの人なら絶対にこんなデュエルはしない。ターンエンド」

 

「レベル4のモンスターが並んだ……沢渡のデュエルの時と同じ……」

 

「俺のターン! ……一つ訊きたい」

「無駄口を叩く前にデュエルを進めたらどうです」

「命に別状はないだろうが、君の体はボロボロのはずだ。何故そうまでしてあの男の為に戦う」

 

私には無関心なように見えて、そう言う所だけは見ているらしい。確かに頭を打ったせいか、視界は揺れるし気分は最悪だ。いつまた倒れてもおかしくはないのかもしれない。けどそんな事はどうでもいい。

 

「初めに言ったでしょう――お前が、あの人を笑ったからだ……!」

「……そうか。――いくぞッ、俺は二体のシャドーベイルでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! ――漆黒の闇より愚鈍なる力に抗う反逆の牙! 今、降臨せよ! エクシーズ召喚! ランク4、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン!」

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン

ランク4

攻撃力 2500

ORU2

 

現れる黒いドラゴン。正面から相対すると思わず体が震えてしまいそうになる。……けど、あの人はこのドラゴンを前にしても引かなかった。メビウスが破壊される可能性を考えて罠カードを伏せ、逆転の手まで用意していた。私も引く気はない。正面から打ち砕いて、勝利してやる。

 

「バトルだ! 俺はダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンでクイーンマドルチェ・ティアラミスを攻撃――反逆のライトニング・ディスオベイ!」

「……」

 

咆哮を上げ、その牙を持って襲い来るダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンにティアラミスは成す術もなく貫かれ、破壊された。最後まで私を見ながら。

 

EIKA LP:3700

 

やはりティアラミスから破壊してきたか。残念ですね、ドラゴンの効果を使ってネフィリムを攻撃すれば、それだけで終わりだったのに。

 

「さらにカードを一枚セットし、ターンエンド」

「私のターン、ドロー! 私はモンスターをセットし、ネフィリムでダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンを攻撃!」

「……永続罠、強制終了を発動。フィールドのシャドーベイルを墓地に送り、バトルフェイズを終了する」

 

当然か。やはりあのカードが邪魔だ。

 

「私はカードを一枚セットし、ターンエンド」

 

セットはブラフだが、この男が警戒するとも思えない。無駄になりそうだ。

 

「俺のターン……! 俺は、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの効果を発動! オーバーレイユニットを一つ使い、相手フィールドのレベル5以上のモンスターの攻撃力をこのターンのエンドフェイズまで半分にし、その数値をダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの攻撃力に加える……トリーズン・ディスチャージ!」

 

エルシャドール・ネフィリム

レベル8

攻撃力 2800 → 1400

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン

ランク4

攻撃力 2500 → 3900

 

沢渡さんのデュエルと同じ状況。違うのは私のライフは僅かにだが削られているが故に、もう一度効果を発動され、ネフィリムが破壊されれば私のライフは尽きるという事。

けれどネフィリムは特殊召喚されたモンスターとの戦闘する時、攻撃力がいくら上回っていようと相手モンスターを破壊出来る効果がある。ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンでは私のネフィリムは倒せない。

ネフィリムの力で、このドラゴンを打ち砕く……!

 

「バトルだ! 俺はダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンでエルシャドール・ネフィリムを攻撃!」

「……またそうやって人を馬鹿にしたデュエルを……!」

 

攻撃力を上げようが上げまいが結果は変わらない。だが、ネフィリムの効果を知らないこの男がするのでは意味が違う。自ら勝機を逃すプレイングでしかない……!

 

「反逆のライトニング・ディスオベイ――!」

「ネフィリムの効果発動! ネフィリムは特殊召喚されたモンスターとバトルする時、ダメージステップ開始時にそのモンスターを破壊する! 消えろ! ストリング・バインドッ!」

 

これでダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンは破壊され、この男を守るのは強制終了だけ。もういい、すぐにでも終わらせてやる……!

 

「ッ、罠発動! 幻影翼(ファントム・ウィング)! ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの破壊を無効にし、攻撃力を500ポイントアップする!」

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン

攻撃力 3900 → 4400

 

ネフィリムから伸びた影糸はダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの前に広がった翼により阻まれ、影糸はその薄暗い輝きによって消え去る。

 

「っ……! ネフィリム!」

 

幻影の翼を広げ、ドラゴンはネフィリムへとその牙を剥いた。

……私の目の前で破壊される瞬間、ネフィリムから伸びた一本の影糸が私の頬を撫でた。それがどういう意味だったのか、瞳すら閉じた彼女の無表情からは分からない。

 

EIKA LP:700

 

「……これで君の場の二体の女王は消えた。ライフも残り僅かだ」

「それが……どうしたんですか」

 

足がふらつく。頭痛がする。

 

「あの男は『アカデミア』を知らないと言った。ならば俺ももう君たちに用はない。これ以上のデュエルを続ければ君の体にも限界が来る。サレンダーして、治療を受けるべきだ」

「用はない……? 私にはある! 何度も言ったはずだッ、お前にはあの人を笑った罪を償わせると! そのドラゴンを破壊して、ライフを0にして!」

 

「久守さん……」

 

「……あの男を笑った事は謝罪しよう――すまなかった。君は彼女の友人なんだろう。その友人の前でこれ以上、君が苦しむ姿を見せるのは忍びない。もう二度とあの男に関わらないとも誓う。だからデュエルを中断して、治療を受けてくれ」

「……………………ふざけるな。そんな言葉で許されると思うな! 見下して、上から目線のそんな言葉で! 止まれるわけがない! もう私の拳は振り上げられた! それを今更下ろす事なんて出来ない! 振り上げた拳は振り下ろすしかないんだ! 早くデュエルを進めろ!」

「……俺はカードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

 

「遊矢!? 久守さん、お願いもうやめて! これ以上続けたら本当に倒れちゃうわ!」

 

「私のターン、ドロー!」

 

ティアラミスでも駄目だった。ネフィリムでも駄目だった。壊すだけじゃ、駄目だ。

 

――私からあの人を奪おうとしたように、私も奪ってやる。

 

「私は速攻魔法、サイクロンを発動し、強制終了を破壊……! そしてマドルチェ・シューバリエを召喚! さらにシャドール・ハウンドを反転召喚!」

 

マドルチェ・シューバリエ

レベル4

攻撃力 1700

 

シャドール・ハウンド

レベル4

攻撃力 1600

 

「ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン……反逆の龍……私も同じなんですよ。私も世界を敵に回そうと、あの人の隣に立っていたい……だからどんな手を使っても、あなたを、倒す……! レベル4のマドルチェ・シューバリエとシャドール・ハウンドでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

この体の痛みは、心の悲鳴は、傷のせいだけじゃない。けど、それでも!

 

 

「エクシーズ召喚! 現れろ――――No.101!」

 

 

もう一度だけでいい。あの時のように、私の願いに応えて。

 

「満たされぬ魂を乗せた方舟よ! 光届かぬ深淵より‟もう一度”ッ、浮上せよ! S・H・Ark Knight(サイレント・オナーズ・アークナイト)!」

 

暗い渦の中から方舟が浮上する。

私の心を満たしてくれるこの世界に私を運んだ方舟。

意識が消えそうになる。しがみ付く。

体が折れそうになる。支える。

私の全てを必死で此処に繋ぎ止める。

 

「――――」

「――――」

 

もうあの男も、柊さんも良く見えない。

けど構わない。まだデュエルは続けられる。

 

No.101 S・H・Ark Knight

ランク4

攻撃力 2100

ORU2

 

「どうしてあの人の為に戦うのかって訊きましたよね。分からないでしょうね……誰にも分からない……! この作り物めいた世界の中で、あの人と出会えた幸運を! あの人と過ごせる幸福を……! ずっと、ずっと疑って生きてきた、ずっと冷めた目で世界を見てきた、世界を作り物だと諦めた私が……あの人の笑顔だけは! あの人と交わした言葉だけは! あの人だけは……絶対に作り物にしたくないと、そう思った! それだけで私はこの世界(げんじつ)を生きていけるようになった……!」

 

……私は嘘を吐いた。本当は、誰に言われるでもなく自分が一番良く分かってた。

 

「私にとってあの人は恩人で、大切な人でっ――――誰よりも大好きな人なんですよ!」

 

そうじゃなきゃ、こんなに必死になんてなれない。

私はただ怖かっただけだ。私みたいな人間が、そんな思いを抱いて良いのか。

それは今も変わらない。けど、その想いが今の私を奮い立たせる。

 

「だから世界が敗北をあの人に強いるなら、あの人に道化を押し付けるなら! 私はそんな世界と戦う……! アークナイトの効果、発動……! オーバーレイユニットを二つ使い、相手フィールドの特殊召喚されたモンスターをこのカードのオーバーレイユニットにする――反逆の牙を私に! エターナル・ソウル・アサイラム……!」

「――――」

 

霞んだ景色の中、反逆の龍がアークナイトの力へと変わるのが見えた。

 

「これが私の答え……作り物の世界ならこの一撃で壊れろ! アークナイトで攻、撃……! 方舟よ、反逆の矛で世界を、運命を打ち砕け――! ミリオン・ファントム・フラッド!」

 

アークナイトの船体から放たれる無数の光線。きっとこの攻撃で倉庫は破壊されているだろうけど、もう、何も見えない。

……まだだ。まだデュエルは終わってない。

まだあの男のライフは残っているはずだ。後一ターン、後一度、それまで倒れるわけにはいかない。

 

「私、は、これで……ターン、エンド……」

 

もう少し、後少しだけ、なのに……!

 

「どう、して……私は……!」

 

……そして私の意識は完全に途切れた。

 

 

「……俺はこのカードを発動していた」

 

 

最後にそんな、悲しそうな、優しい声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

「っ……?」

 

来るはずの衝撃が訪れない事に気付き、柊柚子は久守詠歌が召喚したエクシーズモンスターの攻撃に思わず閉じていた目を開く。

広がっていたのは想像していたのとはまるで違う光景だった。ライトは割れ、未だに残り火が燃えてはいる。けれど攻撃によって吹き飛ぶはずだった男や倉庫は未だ健在だった。

 

「何が……っ、久守さん!」

 

そしてただ一人、久守詠歌だけが倒れ伏していた。そして唯一フィールドに存在しているのは先ほど召喚されたはずの方舟ではなく、

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン

ランク4

攻撃力 2500

ORU0

 

 

「なんで、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンが……」

 

吸収されたはずのダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンが男のフィールドに変わらず存在していた。

 

「……俺はこのカードを発動していた」

「遊矢……?」

「カウンター罠、エクシーズ・ブロック……ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンのオーバーレイユニットを一つ取り除く事で相手のモンスター効果を無効にし、破壊する」

 

悲しげにそう言って、男は自らのデッキをディスクから抜いた。それによりデュエルは強制的に終了し、最後に残ったダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンも消える。

 

「デュエルは終わりだ。彼女の手当を」

「わ、分かった!」

 

男の言葉に呆然としていた柚子は久守詠歌に駆け寄り、その体を抱き起こす。彼女は完全に意識を失っていた。

 

「久守さんっ、久守さん!」

「命に別状はないだろう。早く医者の下に連れていくんだ」

「う、うん! 遊矢も一緒に……」

 

久守詠歌を抱く柚子の言葉を無視し、男は地面に散らばったカードの一枚を拾い上げる。

 

(この少女が最後に使ったカード……あれは危険だ)

 

しかし、拾い上げたカードを確認しようとした瞬間、カードから光が発せられた。

 

「っ……!」

 

そしてその光が収まった時、あのカードから感じた、見ているだけで鳥肌が立つような強大な力は完全に失われていた。

 

「このカードは……」

 

眩い光を放ったカードを見て、彼は静かに残るカードを拾い集めた。

 

「彼女のカードを……目覚めたら渡してあげてほしい」

「それは分かった、けど遊矢、なんでそんな格好で……」

「俺は――」

 

カードを柚子に渡し、柚子の言葉に何かを返そうとした瞬間、再び光が倉庫に溢れた。

カードからではない、彼女の身に着けている、ブレスレットからだ。

 

「えっ、なにこれ……!?」

「――!」

「きゃあ!?」

 

そして一際強い光をブレスレットが放ち、もう一度目を開くとそこにはもう、男の姿はなかった。

 

「ゆう、や……?」

 

 

 

「――柚子!」

 

再び呆然とするしかない柚子の耳に、足音と自分を呼ぶ声が届いた。振り向けば息を切らしながら、消えたはずの榊遊矢が倉庫へと入って来ていた。

 

「遊矢……?」

「はぁはぁっ……大丈夫かっ?」

「遊矢……あなた、遊矢、よね……?」

「はあ? 一体何言って……って、それより久守はっ?」

「そ、そうだ、早く病院に……!」

 

あまりにも不可解な事の連続で混乱している。けれどまずは久守詠歌を病院に運ばなくては、そう考え焦ったようにディスクを取り出し、救急車を呼ぼうとする。

だがそれよりも早く、まだ呼んでいないはずの救急車のサイレンの音が聞こえて来た。

 

「こっちだ! 早く!」

 

それに続くように、沢渡の声も聞こえて来る。

 

「久守――! っ、榊遊矢!」

「沢渡!? そうか、お前が救急車を――」

「退け!」

 

倉庫に再び現れた沢渡は遊矢を見た瞬間、彼を突き飛ばすようにして久守詠歌に駆け寄り、彼女の容体を確認する。

 

「……こいつは俺が預かる」

「あ、ああ。けどなんでこんな事に……」

 

恐らく最も事態を把握できていない遊矢に、久守詠歌を柚子から奪うように抱きかかえた沢渡は苛立ちの表情を隠そうともせずに告げる。

 

「榊遊矢……この借りは必ず返す。今度こそ、どんな手を使っても、誰を利用してもな……!」

「はあ? 何を言って――」

 

遊矢の言葉は倉庫へと到着した救急車の音で掻き消され、救急車へと久守詠歌を運ぶ沢渡の姿をただ見送る事しか出来なかった。

 

 

 

「本当、此処で一体何があったんだよ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

舞網総合病院

 

「シンゴ!」

 

病室の扉を勢いよく開け、背の低い男性が飛び込んできた。

 

「パパ……!」

 

沢渡が尊敬する唯一と言ってもいい男、彼の実の父親だった。

 

「お前が病院に居ると聞いて、飛んで来たんだよ! 怪我はっ? それとも病気っ? 体は大丈夫なんだね!?」

 

病室のベットの脇の椅子に座る沢渡の周囲を回りながら、彼は心配そうに、目に涙まで溜めて問う。

 

「ありがとう、パパ。俺は大丈夫。運ばれたのは……」

 

自分の身を案じる父に感謝しながら、沢渡はベッドで眠る少女を見た。

 

「俺と同じLDSの子だよ。命に別状はないし、頭を打ったせいで眠ってるけど、怪我も大した事はないってさ」

「おおっ、そうか! 同じ塾の生徒をそこまで思いやれる優しい子に育ってくれて、パパは、パパは嬉しいぞぉぉおお!」

「ありがとう。ごめんね、仕事があるのに」

「いいんだいいんだっ、子が心配でない親などいるものか!」

「パパ……」

 

……だったらどうして、眠っている久守詠歌の傍に居るのが自分や、今席を外している山部たちなのだろうか。

連絡先が分からないとはいえ、彼女の家族はこんな時、何をしているのだろうか。

 

「しかしこれで安心したよ。この子の事は病院に任せて、シンゴも――ん?」

「パパ?」

 

そこで初めて、眠る久守詠歌を見た父の表情が変わった。

 

「いいや何でもない! それよりもシンゴ、お前もこんな所に擦り傷があるじゃないか! お前も先生に診てもらった方がいい!」

「え、いや俺は別に……」

「駄目だ! もしお前にもしもの事があったら……うぉおおお! パパは、パパはぁ!」

「わ、分かったよパパ……」

 

父に押され、息子は素直に頷く。父の愛情を知っているからこそ、無下には出来なかった。

 

 

 

 

 

久守詠歌は眠り続ける。この世界で。

運ばれたこの世界で、満たされるこの世界で。

彼の傍にもう一度立つ時まで。

 

彼女の手にはもう、満たされぬ魂を運ぶ船はない。




タグの『デッキは割とガチ』シャドールに続くガチ要素の登場。なおデュエルでの出番はこれが最初で最後の模様。期せずして再登場させたヴァルカンと違い、本当にデュエルで再登場はしません。

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