主役になれなかった者達の物語   作:沙希

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 ベッドの毛布がこんもりと膨らんでおり、布団の隙間から手がだらんと落ちている。

 誰か死んでる!?と誰もが見たら驚くだろうが布団の中にいる人物は生きており、常日頃からこんな感じなのである。

 すると布団がもぞもぞと動き出し、布団から顔がにゅっと出てくる。

 

「ふぁぁ……………いま何時?」

 

 布団から顔を出したのはファルビウム・アスモデウスであった。

 テーブルに置かれた時計を見つめ、「まだ眠る時間か~」と呑気な声を出して布団の中に潜り込む。

 それと同時に眷属の一人がファルビウムを起こしに来るのだが、布団をはぎ取られてもファルビウムはベッドから離れようともしなかった。

 諦めた眷属は、頼まれた仕事が終わりましたと告げて部屋を出て行く。

 

 

 基本的に働いたら負けが信条を掲げるファルビウムに仕事しろなどという言葉は無意味だ。余程の事がない限りピクリとも動こうともしないし、ファルビウムがやるべき仕事は基本的に優秀な眷属に全て回しているのだから。

 

 

 面倒くさそうに地面に落ちた毛布を取りにベッドから這い出てきたファルビウムは毛布を拾い上げ、ベッドに戻ろうとする。

 寝起きだったため、覚束ない足で戻っていると机に小さくぶつかり机の上の物が地面に散乱する。

 

 

 面倒くさいと、片付けは従者にでも任せようと思ってベッドに戻ろうとしたがある物を見てファルビウムは足を止めて、『ある物』を拾い上げる。

 それは写真立であり、写真立の中に入っている写真には自分を含めた魔王達と『もっとも手放したくなかった親友』フィアンマが映っていた。

 

 

 写真立を手に取ったファルビウムは毛布を片手にベッドに戻り、腰を降ろし写真を見つめる。気怠そうにも見える表情だが、目はとても憂いと悲しみを帯びている目だった。

 

「……………なんで僕たちが讃えられて、君が称えられないんだろうね」

 

 全てフィアンマのお蔭なのに、と小さく呟きベッドに横たわる。

 写真立を掲げ、思い出に浸るファルビウム。大戦で失った親友が生きていれば、間違いなく現冥界の悪魔はフィアンマを讃えていただろうと考えていた。

 

「あ…………そういえば今日だった。忘れるところだった」

 

 ファルビウムはベッドから起き上がり、寝間着から私服へと着替える。

 普段のファルビウムとは思えないテキパキした動作に魔王達以外の悪魔が見れば驚いて、「明日は神の裁きが下るのか?」と戦々恐々となるだろう。

 しかし、ファルビウムにとって他の魔王達にとって今日は大切な日なのである。

 

「……………フィアンマの墓に、何を持っていこうか」

 

 親友の墓参りに、ファルビウムは何を備えるか考えながら着替えるのであった。

 今日はフィアンマ・サタナキアが神を討ち取り、死んだ日でもある。

 

 

 

 

 

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 僕、ファルビウム・グラシャラボラスは基本的にめんどくさがりだ。

 生まれてこの方、生活に困った事なんてないし勉強だって教科書や本をパラパラと眺めていれば出来るし、実戦はそれほどでもないけれど基本的に何でも出来てしまったので学校はいつもサボって寮で寝てばかり。

 誰も起こしに来ないあたり、僕の実力を理解した上での判断だったのだろう。

 

 

 しかし、めんどくさいとは思っていた反面、それはそれで退屈なものであった。

 刺激がない、なんて言えば誰もが学園に来いだの授業に参加しろだのと言うだろうけど、僕の言う刺激はそんな小さなものじゃなかった。

 もっと自由に、もっと楽観的で落ち着き、楽しく感じれる刺激が欲しかった。周りが名門貴族だったことから堅物な悪魔ばかりで娯楽なんてチェスくらいしかない。

 チェスは貴族の娯楽だとよく言ったものだが、あんな退屈なゲームほど面白くないものはない。盤面を無量大数近くまで覚えてさえいれば、どんな相手でも完膚なきまで叩きのめすことが出来る。

 

 

 一度だけ僕の態度に気に入らなかった悪魔がチェスで挑んできた時に完膚なきまで敗北させた覚えがあるけれど、どんな悪魔だったか正直覚えていない。

 むしろ、覚える価値がない程の悪魔だっかもしれない。

 チェスの一件が原因だろうか、冥界ではチェスでファルビウムには勝てないという噂が流れだし、僕の周りは騒がしくなった。グラシャラボラスという名門生まれもあって騒がしくなったのだが、チェスの一件で更に騒がしくなった。

 学生の身であるのに、「さすがグラシャラボラス家の鬼才」「どうかウチの娘を嫁にどうですか?」「ファルビウムさま、この後わたしの家に訪問しませんか?」と露骨なアプローチで僕を引き入れようとする悪魔は少なくはない。

 欲しいのは僕の脳みそとグラシャラボラスという家なのだと丸分かりだ。誰もが上っ面だけで僕に接していくので、僕は実家に戻ろうかと考えていた。

 しかし―――――――――――

 

『よっ、暇そうだな。ちょっと付き合ってくれないか?』

 

 そこに現れたのが、フィアンマ・サタナキアだった。

 少女っぽい男の子で、学園では僕以上の問題児とまで呼ばれる元人間の悪魔だった。

 学生寮から出て行こうとした僕をフィアンマは僕に有無を言わせず手を取り、何処かへ走って向かう。そして到着した場所は学園の外であり外には彼以外にも別の意味で有名な悪魔、サ―ゼクス・グレモリー、アジュカ・アスタロトがいたのだ。

 

 

 いったい何の集まりなのだろうかと疑問に思うとフィアンマから『バハムートを倒すために精霊と契約しにいく』との事である。思わず眠気がぶっ飛びそうな言葉に、目を見開いたくらいである。ツッコミどころが色々あったけど、彼と一緒にいるサ―ゼクスやアジュカが何とも言えない顔で「諦めろ」と言っていたけれど、どことなく嬉しそうだったのが良く覚えている。

 そしてその日、フィアンマたちと友人となった。

 

 

 しかし、フィアンマという悪魔は僕が知っている悪魔の中では珍しい悪魔だった。

 噂では問題児、魔王様の面汚しなんて噂されているけども話してみればかなり楽しい悪魔だ。元人間であったからか、僕たちでも知らない考え方を持っており庶民にも近しい考え方を持っていた。『堅苦しい事はしないで、気楽に好きな事をする』。礼儀作法や身だしなみに煩い貴族社会の冥界ではあまりにも似つかわしくないのだが、僕としてはフィアンマの考え方は好きだった。

 彼の話は面白いし、くだらない遊びを面白くしてくれるし、稀に幻想級の魔獣を狩りに行くと言うハチャメチャな行動だって好きだったし、僕の為に道具を作ってくれたことにも嬉しかった。

 フィアンマという存在は僕にとって居場所とも言える存在だったと言っても過言ではないのかもしれない。

 

 

 

 ある日、フィアンマとの出会いで学校へ通うようになった僕はある噂を耳にする。

 『フィアンマ・サタナキアは名門悪魔に媚びを売っている』、『嫌がっている名門悪魔たちを連れ出している』などと身も蓋もない噂が飛び交っていた。

 フィアンマに「気にしてないの?」と問いかけたけど、「対応するだけ無駄だし面倒くさい」と即答する。

 いくらルシファー様に引き取られたからと言えど、流石に本人にも聞こえるくらい分かり易い悪意に滅入ったりしないのだろうかと思った。でも本人はどうでも良さげだったので僕としては何も言わなかったけれど、サ―ゼクス辺りが「少しは気にしてくれ!」と訴えかけていた。

 

 

 そういえばアジュカから聞いたけど、サ―ゼクスって男色家もといホモだったのかな?未だに謎だけどフィアンマの前ではサ―ゼクスは活き活きしているし、アジュカとフィアンマが楽しそうに会話していると割って入ってくるあたり、男色家なのでは?と思えてくる。

 一度だけサ―ゼクスに、「君ってフィアンマのこと異性として好きなの?」と問いかけると凄い顔を真っ赤にさせて――――――――

 

『ち、違うっ!ただ私はフィアを『一番』の親友として心配しているわけであって、そういう関係じゃないから!た、確かにフィアは可愛らしい顔立ちをしているが、彼は男だし、フィアは男色家ではないだろ!』

 

 と、言っているあたり親友以上恋人以下という心情だったのだろう。昔のサ―ゼクスを思い出すと、かなり変わったと思える。昔一度だけ、サ―ゼクスとパーティーで会話したことがあるけれど中身のない笑みを顔面に張り付けたような悪魔だと認識していた。

 だけどサ―ゼクスはフィアンマの前では活き活きとしており、楽しそうなのだ。まぁ確かにフィアンマと一緒にいると活き活きするのは僕も同感だ。

 彼といると、とても退屈しないからね。なにせフィアンマは―――――――――

 

『精霊がダメなら次はアースガルズのオティヌスからルーンを貰いに行くか』

 

 破天荒で退屈しなくて、一緒に居て落ち着く奴だから。

 でも流石にアースガルズの主神を敵に回す事のだけは、本当に勘弁してほしい。

 いくら名門悪魔だからと言って神相手に4人の力では無理だから。

 

 

 しかし、当時は一つだけ疑問に思ったことがあった。それはフィアンマが何故僕を誘ったのかである。偶然と言えば偶然だけど、寮を出て行こうとしたときにいきなり現れて『暇なら付き合え』って言って誘うだろうか。

 サ―ゼクスやアジュカの様な特に美点とも言える部分は無いし、強いて言うならチェスが強い。やれば基本ある程度何でも出来る事くらいだ。後は魔力が突発的に多い事もあり、魔力関しては二人と変わらないだろう。しかしフィアンマは『それでもお前は十分面白い奴だぜ』と言ってくれた。

 あぁ、なんだかサ―ゼクスの心情が分かる気がすると感じたのもこの頃である。

 

 

 

 ある日の事、フィアンマは僕たち以外の悪魔を連れて来た。

 その悪魔は恥ずかしそうにフィアンマの背後に隠れ、顔が半分黒髪で隠れている女の子だった。名前はセラフォルー・シトリーという名前で、当時のセラフォルーは今とは違ってかなり根暗だった。当時は会ったことも会話したことはないが、セラフォルー曰く、当初の自分は良く図書室に入りびたり根暗なせいで苛められていたと言っている。

 セラフォルーを連れて来た時アジュカが「こんな根暗な奴を連れて来てどうした?」と呆れ目で言っていた当たりアジュカはライバルであり尊敬する友であるフィアンマが根暗なセラフォルーを連れて来たことに最大の疑問を思ったのだろう。

 しかし、悉くフィアンマは「面白そうだったから」ということで連れて来たらしい。面白ければそれでいいのかと苦笑いを浮かべたけど、アジュカはそれでは納得しなかったようだ。

 

 

 そんなアジュカにフィアンマは「これから大きな存在になるかも」と言っていた。

 大きな存在という言葉は身体的な意味ではないと理解は出来た。だとすれば、一体どういう意図で大きな存在と言ったのか、当時は思いつかなかったし面倒なので深くは考えなかった。未来なんて分からないし、流石にフィアンマが未来を見えるなんて馬鹿げた事は出来ないだろうと思った。

 だから今は何よりも、フィアンマたちとの時間を楽しみ事に決めていた。

 

 

 

 

 

 

 

  ……ホント。

  ……なんで死んだんだよ、フィアンマ。

  ……また僕は、前の自分と逆戻りじゃないか。

  ……勝手に先に行くなよ、バカ。

 

 

 


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