主役になれなかった者達の物語   作:沙希

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Face of Fact

 

 

 

 

 

 

 ヴェンの死後、わたしはヴェンから受け取ったデータを見た。そこには、『新人類創造計画』という人体実験などの事について書かれていた。その実験は、ストリートチルドレンや孤児院で預けられた子供たちを実験台にして様々な実験を行っていたのだ。男でもISを動かせることが出来る様に身体をバラバラにして別の人間の肉体を繋ぎ合わせたり、男性の脳と女性の脳を入れ替えたりなどと言った実験記録を見た時は吐きそうになった。そして実験が成功すれば、今度はより強力な戦士に育て上げるべく余った子供たちと戦わせるのである。子供たちが殺されていく阿鼻叫喚の地獄絵図の中で、一人の少年は涙を流しながら子供たちを殺す。その少年こそが、ヴェンだった。

 

 

 記録媒体の中に実験だけでなく、ヴェンの記録が残されてある。ヴェンは物心ついたころには両親に捨てられてしまい、孤児院で育った。そしてヴェンが育った孤児院は数年後にある組織によって放火されてしまい、ヴェンは住む場所を失ってしまった。住む場所を失ったヴェンを、ある組織、『新人類創造計画』を目論む科学者たちに連れていかれたのである。科学者たちに連れていかれたヴェンは身体をいじられ、解体され、別の身体と繋ぎ合わせられ、特殊な薬なしではほぼ生きられない身体になってしまったのだ。新人類創造計画の最終目的は、男の誰もがISを動かすことが出来る様になり、女性に復讐する事だった。しかし、その最終目的はヴェンによって果たされることは無くなった。ヴェンは科学者たちに用意されたヴェンデッタで構成員、そして科学者たちを全て殺し、全ての記録を奪って亡国企業の仲間となった。

 

 

 そして何故ヴェンがIS学園を襲ったのか。何時の日か、女尊男卑を恨む男達、もしくはそうでない者達が襲撃して来るかもしれない。そして専用機持ちや代表候補は兎も角、全生徒と教師も危機感を持てと伝えたかったのだとわたしは思う。言葉など、信じてもらえないからヴェンは残り僅かな命を振り絞って、IS学園を襲ったのだろう。ヴェンやテロリスト相手に、わたし達は殆ど手も足も出なかった。学園最強の生徒会長さんでも、二人がかりでテロリスト一人に挑んでも勝てなかったのは事実だ。ヴェンの計らいでテロリストに殺されることはなかったし、わたしはわたしでギリギリ勝った程度である。ヴェンとテロリスト2人を相手に数は圧倒的にこちらが有利で、それに第四世代持ちが二人、最強と言われた生徒と代表候補たちがいても負けたのだ。明らかに武器とISの差もあったりしたが、何より技術と経験、覚悟の差で負けていた。

 

 

 IS学園が襲撃された後、わたしは全校生徒と教師にヴェンに託されたデータを公開することにした。公開後はヴェンを非難する声が上がったものの、わたし………一夏達はヴェンの誤解を晴らそうと皆に訴えたのだ。予め一夏達には全校生徒よりも先に記録は見せており、ヴェンの過去とIS学園を襲撃した理由を知ったときは悲痛があふれ出る表情を浮かべていたのは、それはヴェンに対して何もしてやれなかった事と世界であの様な実験と出来事が起こっていたことを知らなかった悔しさなのだと分かった。

 

 

 そして、ヴェンの死から数年が経つ。学生だったときの間は、只管訓練に明け暮れる時があった。ヴェンとテロリストたちとの戦いで、わたしや一夏達は何時でも襲われても迎撃できる様にて訓練を重ねてきた。それはわたし達だけでなく、学園の生徒もである。ISに対して少し危機感がなかった生徒達もおり、あの襲撃以降は危機感を覚えて専用機持ちであるわたし達と一緒に訓練する事もあった。そしてヴェンから渡された記録媒体だが、IS学園だけでなく世間に公開することになり公開された時は国中が騒ぎだして、各国の政府の偉い人達が記録媒体の内容について話し合っていたわ。半信半疑、とかそういうのは全くなく記録媒体の内容の殆どを公開されたので信じるしかないかったのだろう。そのお蔭で女尊男卑の風潮が、少しだけ薄れていった感じだった。ヴェンのお蔭で、亡国企業に対抗することが出来たしあの襲撃がなければ、きっとそう遠くない日にIS学園、そして世界は滅んでいたかもしれない。ヴェンが命を賭けて伝えてくれたメッセージが、IS学園の皆を強くする結果となった。

 

「………んっ。…………り………んっ。おい、鈴っ!」

 

「へ?」

 

 思わずぼうっと昔の思い出にふけり込んでいたら、一夏の声で我に返った。

あぁ、ビックリした。いきなり大声で呼ばないでよね。

 

「『へ?』、じゃないだろ。どうしたんだよ、ぼうっとして」

 

「うん。ちょっと昔を思い出しちゃってた…………」

 

「昔、か。…………あの頃は、大変だったな。福音の暴走、テロリストの襲撃、そして………………真月、じゃなくて。ヴェンの死。ほんと、あの1年で色々あったな」

 

「ホントね。人生に1度ある危機ってやつかしら」

 

「だろうな。…………でも、あの襲撃のお蔭で俺達が強くなれた。あの襲撃を肯定する訳じゃないけど、ヴェンが命を張って伝えたメッセージとあの記録のお蔭で世界は変わる事が出来たんだよな」

 

 変わる事が出来た、か………。わたしにとっては、未だ世界は変わらないままに見える。女尊男卑が若干薄れた程度では、世界が変わる訳がない。未だにストリートチルドレンや孤児だっている。男性の退職率と自殺率が変わらず仕舞い。唯一変わったと言えることは…………特にない。わたしがヴェンの育った孤児院を復興させた事では世界は変わらない。ISというものが存在する限り、決して女尊男卑はなくならないだろう。

 

(………でも、いつかきっと)

 

 アンタが望んだ世界になることをわたしは望んでいる。一人一人が平等で、ISが登場する前の世界…………ううん、それ以上に平和な世界になることを願っている。わたしは政治家とか会社を建てて社長になる素質は持ってないし孤児院の院長を務める事しか出来ないけれど、アンタと同じ様な子供を二度と生み出さないためにわたしは子供たちを守っていくつもりだから。

 

「ところで鈴。その………俺の告白の事なんだけれども」

 

「あぁ、はいはい、そうだったわね。とりあえず、あの時の告白だけど…………」

 

 そういえば、此奴が来たのって学生時代の告白の返事だったわね。わたしを中国代表に引き戻すのを建前にする以前に、此奴っていったいわたしのどこに惚れたのか見当もつかない。学生時代、ヴェンの生前の時も死後の時も特に会話したりしなかったんだけど。あと、好きと気づいたのは2年の終わりからって聞いたけど、体格だって高2までは高1と比べてあんまり大差なかったし、成長したのは3年の中盤からだ。

 

 

 って、なにを深く考えているよわたしは。わたしが好きな男はあくまでヴェンであって、一夏じゃないんだから答えなんて決まってるじゃないのよ。

 

「悪いけど一夏。わたし、ヴェンを愛してるから」

 

「……………そっか。やっぱり、アイツの事が好きなんだな」

 

「中学の時に告白してれば、間違いなくアンタの恋人になってただろうけど残念ね」

 

「あぁ、ホントだよ。なんで俺、恋愛に関してあんなに鈍感だったんだろうな」

 

 ホントよ。中学の頃は悩まされたわね、此奴の鈍感さは。でも………少し申し訳ない気持ちが湧くわね。一夏の目尻に涙が浮かんでるし、きっとわたしが初恋だったのだろう。でも、ここで慰めたら一夏に対して同情してしまうことになる。わたしは特に何も言う事なく、一夏を玄関まで見送る。国家代表として戻る話だが、言うまでもなく戻るつもりは無いので、一夏はそのことを理解しているだろう。

 

「じゃあな、鈴。今度は皆を連れて、遊びに来るよ」

 

「そうね。期待しないで待っててあげるわ」

 

 もっとも、アイツらあの人達は忙しいだろうから来れないでしょうけどね。わたしから会いに行くと言う手もあるんだけど、流石に数日も孤児院を放置するわけにはいかないからねぇ。言葉通り、期待しないであっちから来るのを待つことにしようかしら。

 

 

 

 

 

 一夏が出ていった後、孤児院内で静けさが広がる。わたしは玄関から離れ、裏手へと周り靴に履き替え裏手の出口から外へと出る。孤児院の裏手に出てそのまま真っ直ぐ崖の方へと向かうと、そこには墓石が置かれていた。その墓石には、ヴェント・カンパネラと文字が彫られている。見ての通り、ヴェンの墓だった。潮風で揺れる髪を抑え、わたしは膝を曲げて墓石を見つめる。

 

 

 墓の下は、何もない。ヴェンの死体は、そのまま骨ごと火葬したのだから。ヴェンの身体を使って弄ばれない為に、皆で考えて決めた結果がこれである。墓を作ったのはわたし個人の考えなので、この墓の事を知っているのはわたしだけである。

 

「…………告白、しておけばよかった」

 

 睡眠薬で眠らされた時と、死ぬ間際にヴェンは愛してると言ってくれた。なんだ、ヴェンはわたしの事が好きだったのかと知ったときは後悔と口惜しさでいっぱいになった時もあった。告白していたら、ヴェンはあんな事を起こさなかったのかな………。なわけないよね。

 

告白を伝えようが伝えまいが、結果的にヴェンは襲撃をやめなかっただろう。アイツはバカで、ずる賢くて、頑固で、意地っ張りで…………そしてカッコいい奴だから。

 

「―――――――――大好きよ、ヴェン」

 

 初めて、わたしはヴェンに好きだと口に出して告白した。しかし、そこにはヴェンはいないし、答えなんて帰ってくることなどない。だけどせめて言葉にしたかった。口に出して言いたかった。今までずっと押さえ込んできたのだから、例え本人がいなかろうと居るまいと言いたかった。

 

 

……………………さて。満足したことだし、孤児院に戻ろうかしらね。

子供たちがお腹を空かせて待っているだろうし、それにケーキを出しっぱなしにしたままだからつまみ食いされてそうだわ。

 

 

 

じゃあね、ヴェン。

何時かわたしも役目を終えたら、アンタのいるその場所まで行ってあげるから。

その間まで、待っててね。

 

 


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