ヴェンと対峙する鈴は、今にも叫びたかった。どうして、どうして目の前にいる愛おしい人がテロリストなのか、どうしてこんな事をしたのか聞きたかった。胸の中で様々な疑問を抱えながらも、鈴はただヴェンに武器を向ける。
「ヴェン……………どうして……………」
「どうしたもこうしたもねぇ。お前がここに来たって事は、俺を殺しに来たんだろ?なら四の五の言わずにかかって来い。――――――言葉なんぞ、不要だ」
「―――――っ」
突き放すように、ヴェンはトリガーを引いた。
レーザーの雨が鈴へと襲い掛かり、鈴は瞬時に回避行動をとる。
回避など許しはしないと言わんばかりに乱射しながら鈴を追いかけるヴェン。
しかし、襲い掛かる閃光が背後から迫ってきても、鈴には当たらなかった。
まるで死角が見えている様にレーザーを回避し、急反転して反撃を掛けている。
ならば、ヴェンの得意としていた奇策めいた攻撃手段を図るにしろ、鈴は冷静にヴェンの攻撃に対処している。ヴェンに手古摺っていた一夏たちとは違い、鈴はヴェンと互角に戦っているのだ。その事実には、戦っている本人である鈴でさえも驚いている。
しかし、自分がここまで戦えているのはヴェンとの特訓の成果だと理解すると何とも皮肉に感じてしまった。
訓練において、死角からの攻撃による対処法。空中や地面などに設置された罠を考慮した戦い方、高速戦闘の可能なISに対しての対処法などについて全てヴェンに叩き込まれた事だ。そしていま、その訓練を耐えて切り抜けた結果がいまの戦闘に現れている。
まるで――――――――ヴェンかそれ以上の敵との戦いを想定した様に。
鈴は腕を止めると、それに気づいたかヴェンの動きが止まる。
「………………ねぇ、ヴェン。一つだけ、一つだけ聞いていいかしら?」
「…………………」
鈴の問いに対して、ヴェンは特に表情を変えずに無言のままだった。
しかし、攻撃してこなかったので鈴は了承なしに言葉をつづける。
「わたしに接触したのは………全部このためだったの?」
「…………………」
「わたしをあの時、助けてくれた時の笑みは全部うそだったの?」
「………………」
「あのデートも、あの日常も………全部うそだったの!?」
「………………………」
「答えてよ、ヴェン!!」
鈴はヴェンを睨み付けながら、ヴェンに向けて叫ぶ。
鈴の目には涙があふれ出ており、頬を伝い落ちる。
なにもかも、全てが嘘で演技だったことを否定したかった。
中学時代の思い出を、そしてIS学園で再開してからの日常が全て嘘ではないと。
そして何よりも、ヴェン自身の言葉総てが嘘ではなかったのだと。
鈴はヴェンを最後まで信じたいと思っていた。
戻ってきてほしい、帰ってきてほしいとそう願いっていた。
だが―――――――――。
「あぁ、全部このため。そして―――――――お前に接触したのはただの暇つぶし」
「――――――――――――」
放たれた言葉は、全て鈴の期待していた言葉ではなかった。
明確な裏切り、明確な拒絶。
ただこの時の為にやってきた事であり、そして自分と接触したのは全て暇つぶし。
自分の裏切りの言葉で一時放心していた鈴に、ヴェンはトリガーを引くのだった。
放たれたレーザーの雨を、鈴はまともに受けることになってしまった。
「―――――――――がっ!?」
墜ちかけていたところにヴェンが駆け寄り、鈴の首を掴む。
首を掴まれた鈴は苦しそうに首を掴んでいる腕を掴み、ヴェンを見つめる。
鈴から向けられたその瞳は、悲しみと絶望。そして、小さな怒りが入り混じっていた。
鈴の瞳を見てヴェンは、小さく口を動かし、鈴に語り掛ける。
「無様だな、本当に。見ず知らない男に此処までされて、偽りの日常に踊らされた結果がこれとはな。最初代表候補になったと知ったときは、調べられているから警戒されるのだろうと肝が冷えていたが、とんだ間抜けだ」
「ぐっ…………ヴェ……ンっ………!」
淡々と言葉にするヴェンの表情は自分を嘲笑っている様にしか見えなかった。
今迄の優しい表情を全て嘘と否定する様な笑みだった。
鈴はただ騙された事の悔しさと怒りが込み上がってきている。
だが、怒りや悔しさ以上にも悲しさの感情が大きかった。
―――大好きだったヴェンを、憎みたくない。恨みたくない。
―――確かに嘘だったとしても、偽りの日常だったとしても、わたしにとってそれは………
「ヴェ…………ン………。」
「…………………っ」
―――――わたしにとってそれは………本物だったの。
すると鈴の首を掴んでいたヴェンは鈴を投げ捨てた。
投げ捨てられた鈴は意識がもうろうとしており、そのままIS学園の校舎の方角へと無防備に投げ出される。
校舎の瓦礫に埋もれた鈴は、痛みに耐えながらも這い出てきてヴェンを見つめる。
その表情は、今でも尚ヴェンがテロリストであってほしくないと言う表情の表れだった。バイザー越しでは顔が見えないヴェンだが、口元を見ると鈴を見つめ唇をかんでいる。まるで何かに抵抗があるような、躊躇いがある様な雰囲気だった。
しかし、その雰囲気は消えてヴェンはバイザーを取り払い、いまだ出していなかった武器を取り出し構えた。その武器は6基のチェーンソーが装着された巨大な武器だった。
ヴェンが構えると同時に身体の装甲の一部がパージし、6基のチェーンソーが円状に並び、豪炎をまき散らしながらドリルの様に回転する。その武器の名前は、グラインドブレード。
ギィィィィッという耳を劈く様な音が響き渡り、大気が震えはじめた。
あれを受ければ、間違いなくISとそれを纏う人間はタダでは済まない。
避けなければ、確実に死を意味するその武器を見て、鈴は身体を起き上がらせる。
身体は起き上がるものの、さっき投げ飛ばされた時に受けたダメージでスラスターが機能しなくなっている。それに加え、ヴェンの的確な急所を狙う猛攻により、回避するにしても走る気力は残されていない。
だからもう、鈴に残された最後は死という結末だけだった。
「此奴で、お前とこの学園を吹き飛ばす。楽にしてやるよ、鈴」
「…………ヴェン………。」
…………本気、なのね。
ヴェンの表情は真剣そのもの。
躊躇いも、迷いもないその瞳で自分を捉えている。
止まる事のない、少年の
……………あぁ。なんだかもう、疲れちゃった。
鈴は内心、そう呟いた。
このまま死ぬのも悪くないかもしれない。いっそ楽になってもいいかもしれない。
理由は分からないにしろ、ヴェンがここまでした理由がくだらないわけがない。そう鈴は思ってしまった。
………偽りでも、嘘でも楽しかった。嬉しかった。
走馬灯なのか、瞼の裏にはヴェントの思い出が浮かび上がった。
中学の時の出会いから、今迄の思い出。全部、楽しかった。悲しかった。嬉しかった。
恋の手伝いをしてくれたこと。いつの間にか好きになってしまったこと。中国に帰国することになり、逢えないと思った悲しいこと。それも全て、鈴にとっては偽りのない感情だった。だから――――――――――
――――――――終わっても、いいよね?
「――――――――死ね」
ヴェンデッタのスラスターが爆音を響かせ、鈴目掛けて6基の巨大なチェーンソーが襲い掛かって来る。
終りを迎える事に覚悟を決めた鈴はそのままヴェンの攻撃を受けるつもりで、無駄な足掻きをしようとは思わなかった。
だが――――――――――
『―――――愛しているよ、鈴』
その言葉が、襲いくる刃が自分を貫く直前に頭の中で再生されたのだ。
そして高速で突撃するヴェンの攻撃は、鈴へと襲い掛かった。
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ぴちゃ………ぴちゃ…………。
なん……だろう。なんで、水の跳ねる音がするんだろう。
それに、なんだかとても…………鉄臭いし、埃っぽい。
「………………」
「…………え?」
目を開けると、わたしは生きていたことに思わず疑問の声が漏れた。
いや、生きていたことにではない。―――――――わたしが、ヴェンを刺している事に疑問の声が漏れたのである。
何が、どうしてこうなっているのか分からなかった。辺りを見回すと、わたしを貫くはずだった凶悪な武器がわたしの身体から逸れており、わたしの身体を貫くどころか掠りもしていなかった。そしてわたしの手には青竜刀が握られており、握られた青竜刀がヴェンの身体を突き刺していたのだ。
目の前の出来事に追いつかなかったわたしに、するとヴェンが優しく抱き寄せる。
抱き寄せる瞬間に、青竜刀の刃が更にヴェンに突き刺さる。
「ッ、ヴェン!?」
「ごほっ!ごほっ!」
咳き込み、ヒューヒューと苦しそうに息を漏らす。
わたしは青竜刀を引き抜こうとヴェンの身体を退かそうとするのだが、ヴェンの抱きしめる力は弱まる事はなく、更に強くなる。
「ヴェ、ヴェンッ!お願い、どいt―――――――」
「これで、いいんだよ…………」
「―――――――え?」
優しく頭を撫でながら、そう言われたわたしは動きが止まった。
これでいいって…………どういうこと?
するとヴェンはわたしの疑問に気づいたのか、笑みを浮かべて言葉をつづける。
「………俺は、ある実験で長く生きられない身体だったんだ。本当なら、俺は夏休みの最終日に死ぬはずだったんだ。どんな天才に治療されようが、優れた薬を使おうが、俺の身体じゃ長生きは出来ないんだ」
「それって………」
時折見せる苦しそうに喘息したり吐血をするヴェンの姿を思い出した。
ずっと大したことないって言ってて、だけどイタリアに帰って治療して治したって言ってたから心配はしなかった。
でも、でも、いまヴェンは生きてる。ここに居るのは、なんで?
「でも、俺はお前や専用機持ち達、IS学園の連中……に、伝えたい………ことがあったから、無理言って数日でもいいから生きられる様にしてもらったんだ」
「じゃあ………こんなことをしたのって………」
「躊躇いは………あった。だけど、死ぬ前に………死ぬ前にお前だけでも伝えなきゃならないって思ったんだ……………」
わたしはヴェンの言葉を聞いて、安心した。やっぱりヴェンは、本心でこんな事を起こす人間ではない事に、わたしは安心して思わず笑みが漏れる。
するとヴェンはウィンドを操作すると、わたしのISにデータが送られてきた。
いったい何のデータなのかは分からないが、わたしはそんな事よりもヴェンの体温が段々冷たくなっていくことに気づいた。何時の間にかわたしとヴェンの周りには、大きな血だまりが出来ている。その血はわたしのではなく、全てヴェンのものによるものだった。わたしは血だまりからヴェンへと視線を移すと、ヴェンの瞼が段々閉じようとしている。
「いやっ、ダメ!お願いっ、ヴェン!目を瞑っちゃダメ!誰か!誰かヴェンを、ヴェンを助けてっ!」
「り……ん……。……………愛してる」
「―――――――あっ」
最後にそう言って、ヴェンは瞼を閉じた。
抱きしめていた腕が緩み、だらんと項垂れる。
ヴェンの胸から心音も聞こえない、口から呼吸する音すら聞こえない。
何度わたしが助けを呼んでも、ヴェンの身体を揺すっても起きなかった。
そしてわたしは大好きだった男を抱いて泣いた。