鈴が臨海学校に行っている間、事件は起こった。アメリカがイスラエルと共同で開発していた銀の福音が暴走したのである。軍用機である銀の福音のスペックは驚異的なまでのものであり、国家代表候が一人で対処が出来るか出来ないか不安になるほどなのだ。織斑一夏と篠ノ之箒の二人だけでの作戦で実行したのだが、結果は火を見るよりも明らか。織斑一夏は意識不明の重傷を負い、作戦続行は不可能となり撤退。後に学園の代表候補生4人と専用機を手に入れた篠ノ之箒による独断で福音に挑む事態になった。織斑一夏が二次移行して現れたため、福音を倒すことに成功し、これにて作戦は無事に終了することになった。臨海学校において、これほどまでに疲れる臨海学校は今までなかっただろう。そういったわけで、忙しい臨海学校はこれにて終わり鈴は部屋で寝ている零に土産話にと寮へと戻り、部屋に入ると零はいなかった。
外に出たのか?と思って辺りを見回すと、テーブルに手紙が置いてあり、鈴は手紙を開いて読む。そこには零が本国であるイタリアの病院へと搬送されたと書かれてあったのだった。鈴は思わず、思考が停止した。もしかすると、零の持病が悪化したのではないのかと不安になってしまった。鈴はすぐさま薬を渡していた保険医の下へと向かい事情を聞いたが、保険医からは持病の悪化ではなく早期の治療を零が望んだからと聞かされて安心した。IS学園において零に悪質なイジメをする輩は多いが、保険医や学食の職員、一部の教師や生徒だけは別だったので鈴は保険医の言葉を疑わなかった。しかし、治療がいつ終わるのかまでは聞かされていない為、夏休み、最悪の場合は学園祭の少し前くらいにはIS学園には帰ってこないと聞かされた時は少し予定を考える鈴だった。織斑一夏と中学の友達と集まって過ごすのもいいのだが、それだけでは時間が潰れるわけではない。そんなことを考えた鈴だがふと、零から渡された特訓メニューが描かれたノートを思い出した。訓練漬けの夏休みになるが、だらだら過ごすよりマシだと苦笑いしながら鈴は自分の部屋に戻るのであった。
零と同じクラスだった織斑一夏達は零が本国の病院で治療を受けていると聞かされ、少し残念そうだった。少なからずだが、織斑一夏は零とは会話をしている。鈴とよく会話する光景を見ているので、暗い印象を持った人間ではないと判断したからだ。『同じ境遇』の男子として、夏休みくらいは一緒に遊んだりしたいと言いながら残念がっていた様子である。
そして時は経ち、学園祭の開催当日。
学園の誰もが思わなかった、いや、予想すらできなかった。
一人の少年による『
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学園祭当日、IS学園は普段以上にも騒がしかった。
それはチケットを持った外から来た人達もいるからだろうし、何しろイケメンである一夏と『零』を見て騒いでいるからなのだろう。自分のクラスの出し物の当番を終えたわたしは、息を切らしながら零の下へと走る。
「ごめん、お待たせ!!」
「お疲れ。ほら、タオル」
「サンキュー…………あぁもう、本当に面倒くさかったわ。いきなりクラスの皆が零の事ばっかり聞きだすんだもの。わたしじゃなくて、本人に聞けっつうの」
「はっはっは、そりゃ大変だったな」
「他人事だけど、これって間接的にあんたのせいよ?」
わたしは隣でヘラヘラと笑う零にジト目で睨みつける。
零が本国から帰国後、なんの気なしか顔隠していた髪をバッサリと切っていた。
わたし以外の誰もが、『この人、誰?』みたいな感じになっていたわ。
後はもう分かる通り、零は一夏よりもイケメンであるため悪質ないじめをしていた生徒を含めて掌を返すかのように好意的に零に群がって行ったのだ。因みにだが、零が帰ってきた時期は生徒会長の更識楯無先輩が『一夏争奪戦』とかいう催しを発表した後で、そしてクラスの出し物の役割分担をした後だったので零は対象とされていない。零のクラスの出し物は『コスプレ喫茶』らしく、零には役割がないため零自身がわたしのクラスの手伝いをしに来てくれたのだ。まぁ、色々と面倒になっらのは言うまでもないけど。
「まったく、あれだけ顔で選ばれるのが嫌だったアンタが髪を切るなんて。イタリアでなんかあったわけ?」
「う~~~ん、特にこれってことはないけど………今日『だけ』は、こうしたかったって心境かな。まぁ、そういうこと」
「ふ~~~んっ……………」
なんか、正直複雑。零の素顔を知っているのは、わたしだけで十分なのに。……………でも、うん。改めて見ると、顔つきが少しも変わってないわね。強面だけど、大人っぽいイケメンって感じね。独占したい感覚にそそられる。何せ学園祭を一緒に回るのだって、1組だけじゃなくて全クラスの女子が零を狙っていたくらいなのだから。ウチのクラスの子達が、めっちゃくちゃ羨ましそうにしてたからね。
「それよりも、早く行きましょ。せっかくの学園祭だもん!」
「そうだな。行こうか」
せっかくの顔出し零の学園デートなんだから、楽しまなきゃ。
さて、まず手始めにどこから行こうかしr―――――――
「ほら、鈴」
「―――えっ、あっ。」
どこから周ろうかと歩きながら考えていたら、零から手を引っ張られた。
何事なのかと思うと、わたしのすぐ前によそ見して歩いていた生徒がいたので零が助けてくれたのだ。危なかったわ。もう少しで、ぶつかってしまう所だった。
「楽しみなのはいいけど、周りに注意しろ」
「あっ、ちょっ―――――」
ギュッと手を繋いで、わたしの手を引く零。
嘘のデートで何度も手を繋いだことがあるけれど、今日は何故かいつもよりも力強かったし、それにとても胸がドキドキしていた。
わたしは零と共に、学園中のいたる所全てを周った。お化け屋敷やらシアタールーム、喫茶店やら射的屋など、どこのクラスもなんだかどこの学校でもやりそうな出し物をやっていた。でも、爆弾処理の体験や実銃による試し撃ちなどが出来るコーナーとかISを装着した生徒と一緒に空を飛ぶコーナーとかないけどね。つまらなさそうに言っているけれど、楽しくなかったわけではない。お祭りの雰囲気は好きだし、好きな奴と一緒にいられたのだからなお楽しかった。特に楽しかったのが、爆弾処理で零が間違って外れの線を切ってドライアイスをかけられた時の顔が面白かった。だってサンタみたいに髭生やしてたんだもん。
一通り周り終えたわたしと零は人気のない屋上でゆっくりしていた。テーブルには焼きそばやたこ焼き、クラスや部活の出し物で買った食べ物と飲み物が置かれてある。昼は学食で食べようと思っていたのだが、ついついお祭りの流れに乗せられて買ってしまい、食べなきゃいけなくなったのである。
「買い込んじゃったな…………」
「正直、ソース系が多いから噎せそう」
「鈴、お前のせいだからお前が食えよ?」
「はぁ!?なんでそうなるのよ!アンタだって、『あぁ、そういや最近たこ焼きとか食ったことないなぁ』とか言ってたから買ったんでしょうが!」
「いや、だからって三つずつとか聞いてねぇし。普通一つで十分だと思うだろうが」
「うぐっ……………た、確かにそうだけど男ならこれくらい食べるでしょ!大阪の人だってこれくらい余裕でしょっ!」
「いや、大阪の生まれじゃないから俺。イタリア生まれだから。それよりも、まずはこれを速く消費することを考えないとな」
「それもそうね……………………」
とりあえず、冷めると美味しくなくなるから食べなきゃ。…………あ、そういえばイタリアで思い出したけど、零がイタリア出身だって知らされたのってつい最近よね。中学の時はそういった話とか全然聞いたことないし、それに零の家族の事もそうである。今考えてみると、零って色々と謎が多いわよね。
「ねぇ、零。アンタの両親って、どんな人なの?」
「……どうしたんだ、急に?俺の両親が、どうしたんだ?」
「いや、ちょっと気になって。それに真月零って名前なのにイタリアが出身だもん。もしかして、ハーフとか?」
呑み終えたジュース缶を置いて、わたしは零に問いかけた。だけど零が何だか凄く微妙な表情を浮かべていた。もしかして、地雷だったか……………な?
「…………そろそろ、かな」
「え?」
「鈴、聞いてくれないか?」
「え、ちょっ、いったいなにっ?」
きゅ、急に手をギュッと握りしめてきてどうかしたのだろうか。それに今まで以上に何やら真剣なまなざしである。そ、そんなに見つめられたら困るんだけどっ。
も、もしかして此処に来て告白!?めっちゃくちゃ展開的に有り得ないけど、告白なの!?ど、どうしよう、わたし………全然心の準備が――――。
「俺の名前は真月零って名前じゃない」
「いや、そんな急に言われても……………うん?いま、なんて言ったの?」
真月零が、名前じゃない?
それって、いったいどういう――――――。
「俺の名前はヴェント・カンパネラ。それが俺の本名だ」
「ちょっ、ちょっと待って!え?いや、本名ってどういうこと?もしかして、からかってる?」
「からかってない。それが俺の本名だから」
え、ちょっと待って。じゃあ真月零って名前が偽名?
いや、そんなこと言われても急すぎて困るんだけど。
いままで真月零で定着してたのに、急にそんな本名とか言われても。
というか、偽名を使ってたら住民票とか経歴とか調べればバレるんだし、それにIS学園に通っているんだから経歴を洗いざらい調べられる。もしかして、いつものジョーク…………じゃないわね。めっちゃ真剣な表情だもん。それになんだか、焦りを感じてるようにも見えるし…………。
「じゃあ、アンタはいったい―――――――」
「鈴、お前にどうしても最後に言ってほしいことがあるんだ」
「って、喋らせなさいよ!………はぁ、まあいいわ。後で聞けばいいし。で、わたしに言ってほしいことってなに?」
「俺の名前、本名を言ってほしい」
「………………それだけ?」
「あぁ、それだけだ」
そう言ってニッコリと笑みを浮かべる零、じゃなくて『ヴェン』。
少し期待してしまったけれど、なんだか普通な頼み事ね。
てか、なんだかやたらと眠くなってきたわね。
燥ぎ過ぎて疲れたのかしら…………。
「じゃあ、言うわよ…………ヴェン」
するとヴェンの握る手の力が若干強くなった。
ヴェンは顔を俯かせており、時間が経つと同時に握りしめてくる手が緩んでいく。
それと同時にわたしに襲い掛かる眠気が強くなってきている。
段々と握りしめていた手が緩くなり、最後には手が離れた。
俯かせていた顔を上げて、ヴェンは満面な笑みを浮かべていた。
「―――――――――ありがとう、鈴」
「あ、ま………って…………ヴェンっ」
背を向けて去っていくヴェンに、わたしは手を伸ばした。
追いかけようと体を動かすのだが、言う事を聞いてくれなかった。
何だか瞼が重くなり、ヴェンが遠ざかって行ってしまう。
―――――――――――愛しているよ、鈴。