主役になれなかった者達の物語   作:沙希

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真月零もとい、ヴェンは海外から引っ越してきたらしい。小学校は海外で、そして親の事情で日本に引っ越してきたと言っていた。当時はなんだか私と似てるなぁと親近感が湧いた程度だけど、話してみれば面白い奴である。

 

『例えば萎らしいところを見せたり、髪型を変えたり、距離を置いたりすればいいんじゃないか。普段から強気でべったりだし、違う攻め方をすれば少しは意識を向けてもらえると思うぜ』

 

『でも、アイツって絶対に女に告白されたり、デートに誘われたりしているのよ?アイツは気づいてないけど、その………つい引き受けて後戻りできないって言う展開とかあったら不安じゃない』

 

『いや、それはもう間抜けレベル通りこしてアホだな』

 

『ふふ、確かに』

 

初対面なのに初めてとは思えない会話をしたわ。あの時は一夏が好きだったから、恋人になるヒントが欲しかったのだろうから。あの頃はきっと形振り構わなかったかもしれないわね。でも、本当にヴェンのアドバイスは参考になることばかりだった。ヴェンのアドバイス通りに実行すると、一夏が今まで接してきた態度とは少し違った反応を見せていた。ちょっと距離を置けば態々別のクラスからやってきたり、暴言とか暴力を控え少し素直になったり、私服を変えてみれば顔を少しだけ赤く染めたりしていた。あんまり見せない反応だったので、思わず嬉しくなり毎日ヴェンに報告していた。態々ヴェンにデートの練習に付き合って貰ったり、服を選んでもらったり、女としての魅力を発揮させるコツを教えてもらったりしたお蔭なのだろう。

 

 

鈍感なことに変わりはなかったけれど、少しでも意識してもらえることが嬉しかった。わたしは自分の意見を貫くせいで、よく周りからは頑固だって言われているけれど、自分が頑固者だというのは分かっている。でも、他人の意見をあまり聞かなかったけれどヴェントの言葉は何だか信頼できるようになっていた。その時はどんな心情だったのか思い出せないけれど、絶対にわたしはアイツを自分の恋路の役に立つ相談役もしくは友達としてしか見ていなかったに違いない。我ながら、なんて酷い女だと思う。そういう女って、友達面して使えない奴は切り捨てる。使える奴は有効的に使って切り捨てるって感じの女みたいなもんじゃない。まぁ、わたしがそう思っているだけで他は違うんでしょうけれども。そういえば、一度だけそんな感じの思いを言葉にした事があった気がする。その時のヴェントの表情は複雑そうでもあったが、笑ってったっけ。

 

 

 ある日、アイツが女子からイジメを受けている現場をわたしは目撃した。囲まれて、殴られ蹴られ、水をかけられているのにアイツは反撃もせずただただ嬲られていたのだ。わたしはすぐさまアイツを囲む集団へと向かい、説教めいた事を言って追い払った。追い払った後、直ぐに保健室へと向かって手当してあげた。顔などに擦り傷、打撲などで酷い有様を見たせいか、わたしはヴェンに怒鳴っていた。『どうして今まで黙っていたのか』、『どうして相談してくれなかったのか』と、怒鳴り散らしていた。いじめに近いことを受けていた事はわたしも知っているが、まさかここまで酷いものだとは思わなかった。友達なら、相談してほしかった。するとアイツは少しきょとんとした表情となり、そして笑って『ありがとう』とだけ言ったのだ。その表情を見た時、何故かわたしはとても胸が苦しくなり、切なくなった。どうしてこんなに苦しいのか、その時のわたしは理解できなかった。

 

 

そして後日、学校帰りにわたしはヴェンをイジメていた女子の集団から校舎裏に呼び出された。目的は仕返しと、わたしの事が気に入らないというものだった。仕返しは兎も角、気に入らないと思われる理由が分からなかったが直ぐにわたしは理解できた。此奴らはわたしが一夏と一緒にいるのが気に食わないのだと。理解できたと同時に、納得した。一夏と一緒にいる機会は多かったから、一夏を好いてる女にとってはわたしが一番一夏に意識されている女だと思われるだろう。絶対に妬みや嫌悪感が生まれる。そんな事を思っていると、集団の内の一人がわたしを殴った。後から他の女たちから蹴られたりした。仕返しをしようにも、腕や足を抑えられて動けなかったわたしはどうする事も出来なかった。たかが男一人に、なんて理不尽なんだろうか。女尊男卑って、こんなにも生きにくい世界なのね。普段から男は女よりも弱いとかいって遠ざけているくせに、矛盾もいい処よと、そんなことを思いながら助けを望んだ。またあの時の様に、一夏が助けにきてくれると思ってわたしは、助けを望んだ。来るわけがないと分かっていても、それでも……………………。

 

『おい。ソイツに何してんだ』

 

ふとわたしの耳に、鮮明に知っている奴の声が聞こえた。そしていつの間にか殴って来る拳や蹴って来る足が止んでいたのだ。その理由は――――見知らぬ男が一人の女の腕を掴んでいたからだ。季節外れのコートを着用して、凛々しい顔立ちと力強い眼力で睨み付けるその姿にわたしは見惚れてしまっていた。そんななか、女たちが放せよと言って男の手を払うのだが男は女の腕を掴んだまま眼力を弱めることなくこう口にする。『失せろ、人畜風情が』と。その言葉を発せられると同時に背筋が凍り、脚が震えた。わたしだけではない。周りにいた女たちもである。そして脅しのつもりだったか、男は近くに伸びていた太めの木を殴ると、木が折れたのだ。男の目から、『お前達もこうなりたくないだろ?』という意図が伝わり、女たちは『ひっ!』と恐怖し、一目散に逃げていったのである。残されたわたしはただ茫然と、その男を見つめていると男はさっきまでの顔つきとは違って柔らかい表情になり、『大丈夫か、凰さん』と言って手を差し伸べてくれた。男の言葉を聞いたときわたしは、直ぐにヴェンだという事に気づいた。

 

 

 ヴェンがわたしの名前を呼ぶ時は必ず『凰さん』と呼ぶ。男子からは『凰』とか『鈴音』とか『鈴』、ちょっとしたからかいで『リンリン』なんて呼ばれたりする。『凰さん』と呼ぶ男子なんて、ヴェン以外にいないのだ。しかし、本当にヴェンなのだろうかと疑うくらいの顔立ちだった。髪で顔を隠していたので分からなかったが、オールバックにすればかなり整った顔立ちをしており、モデルかと思ってしまった。保健室に運ばれたわたしは、ヴェンに手当てされた。昨日とはまるで立場が逆ねと思ったけれど、わたしはヴェンに助けてもらったことを思い出し、お礼を言った。するとヴェンは、『昨日とは全く逆だな』と笑い、わたしと同じことを考えていたのがおかしくてわたしも笑ってしまった。手当してもらったあと、わたしはヴェンと一緒に帰った。今まで一夏たちと一緒だったので、ヴェンと下校するのはこれで初めてだった。しかし一夏と一緒にいるときとは違って、なんだかとても心地よかった。こんな気持ち、初めてだけど悪い気分ではなかった。

 

 

わたしは帰りの途中で『どうして普段からそんな風にしないのよ』『カッコいいのにさ』とヴェンの容姿を指摘した。それだけ容姿に恵まれているのだから女子は直ぐに手の平を返して媚びを売り、イジメをやらなくなるだろうに。それにもっと積極的に人の輪に入って会話すれば、友達も出来るだろうに。だけどヴェンはわたしの疑問に対して、こう答えた。『容姿目的で友達になられても嬉しくない』。あぁ、確かにそれは嬉しくないわねと内心思った時、続けてヴェンは『その点、こうやって普段通りに接してくれる凰さんが友達だから要らないかな』と言われた時は、嬉しかった半面少し残念な気持ちになった。一夏という想い人がいながらも、どうしてこんな気持ちになるのか分からなかった。その気持ちを知るのは、少し後である。

 

 

 

 

 

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IS学園に、二人の男が入学した。一人は織斑一夏で、織斑千冬の弟でもある。整った容姿をしており、飄々とした性格ながらも自分の信念は貫く熱い一面を持つ男である。入学して数日後、イギリスの代表候補生であるセシリア・オルコットと対立し、専用機を送られたにも関わらず敗北するも代表候補生を追い込むほどの実力を備わっているため誰もが賞賛を送られ、教師からの期待も高い。

 

 

そして二人目は、真月零。髪で顔を隠し、殆ど口を開かない根暗な印象を取られがちな少年だった。クラスは織斑一夏と同じクラスであり、セシリア・オルコットのクラス代表の権限を賭けた戦いに無理やり参加させられ、訓練機で挑むも、些か違和感の残る戦いだったが呆気の無い敗北だった。周りの生徒や教師の誰もが真月に対して期待外れだと吐き捨てた。それだけでなく、真月の容姿や口数の少ない事を理由に陰口を言う者、嫌がらせの手紙や贈り物が増えた。真月本人は特に何も言わない為、生徒や教師たちは調子に乗ってしまい、更に嫌がらせを行い続けてから一か月が経つ。その日は中国から2組に転校生が来ると言う噂が広まっている時だった。

 

「久しぶり、真月」

 

凰 鈴音。織斑一夏の二番目の幼馴染であり、真月零の友人が転校して来たのだ。鈴の転校後、織斑一夏の最初の幼馴染である篠ノ之箒やクラス代表戦以降、一夏に好意を抱くようになったセシリア・オルコットからは少しだけ警戒されていた。それは一夏の幼馴染であることであり、知り合いでもあるからである。話題を割愛し、自分の部屋に入ってきた鈴に真月はちょっとだけ驚いたような素振りを見せた。

 

「凰さん、どうして俺の部屋に?」

 

「いや、カギの番号がここの番号と一緒だったからでしょ。それより、凄い量のゴミね。手伝うわよ」

 

 鈴は手に持っていたボストンバックをベッドおいて、部屋のゴミを袋に入れる作業を手伝う。淡々と袋にゴミを入れる鈴は、真月に理由を聞かなかった。何が原因でこんなことされているのかは理解しているからである。織斑一夏と容姿を比べられるからでもあるが、セシリア・オルコットとの戦いでそれが火種となったのだ。真月自身が容姿で仲良くされたくもないことは分かっているため、容姿を整えろとは言えなかったのだ。だから鈴は教室で真月を見つけた時は敢えて声を掛けなかったし、今だってそういった話題を避けている。鈴は自分の話題で場の雰囲気を変えようとするが、話題を振るのが速かったのは真月だった。

 

「そういえば、態々中国から転校して来たって事は、織斑に会う為?」

 

「――――え?」

 

「いや、『え?』ってなんだよ『え?』って。今でも好きなんだろ、織斑のこと?」

 

「………そ、そうね。うん。好き、かな?」

 

「いや、なんで疑問系なんだよ。とりあえず、また中学の時みたいに相談しろよ。出来うる限り、力になってやるぜ」

 

「…………うん。ありがとう、真月」

 

 真月の言葉に、鈴は正直複雑だった。本当は―――――『真月 零』に会いたくて転校して来たと言う事を口にすることなど出来なかった。

 

 

 

 

 

真月に好意を抱いていた事に気づいたのは、鈴が中学2年辺りで帰国する前日だった。両親の離婚で中国に帰国することになった鈴は明日に備えて荷物を整え終えた後、夜の街を散歩していたときのことである。公園あたりで真月とばったり会って、公園のブランコに腰を降ろしていつもと変わらない談話をしていた。談話していると、鈴は『もう、こういう風に此奴と話せなくなるのか』と寂しさを感じ、いつの間にか『帰りたくないなぁ』と思ったその時だった。真月が帰宅時間だと言って鈴に別れを告げた時だった。何故だか鈴は真月が遠くに行ってしまう様な不安に襲われたのだ。鈴は思わずブランコから腰を上げて、真月の服を掴んで『待って!』と静止の言葉を放つ。鈴に呼び止められた真月は『どうしたんだ?』と問いかけるが鈴は赤くなった顔をマフラーで半分かくしているため真月には鈴がどういう表情をしているのか分からなかった。呼び止めてから少し経つと、鈴はようやく自分から話しかける。

 

『また…………また会おうね…………』

 

その一言を口にし真月からは『あぁ、またな』と返され、一人だけになった鈴は自分が真月に好意を寄せていることを理解した。だけど、鈴はその好意が本当の恋なのか理解できていなかった。一夏の事が好きだと言っていたくせに、アプローチをしてきた癖に今更他の男に乗り換えるのは相当な尻軽女じゃないかと思ってしまったからだ。だけど、鈴は真月の事を好きになってしまった。そして帰国後からずっと、この恋をどうすればいいのかと悩んでいる所に真月がISを動かしたとニュースで流れていた為鈴はIS学園に向かう決意をした。この恋が本物なのか知るためでもあり、一夏への好意がなんだったのかを知るためでもある。

 

 


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