主役になれなかった者達の物語   作:沙希

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「……………」

 

 積りに積もった書類の山を見飽きた様な目で眺めるアジュカ・ベルゼブブ。

 同じ魔王のファルビウムほどではないが、間違いなく働いたら負けだという言葉が今使いたくなる現状だったので書類を手で振り払い、自慢の術式制作で作った魔術でバラバラにならない様に綺麗に重ねる。

 隣にいる眷属悪魔が飽きれたようにため息を吐き、「飲み物をお持ちします」といって部屋から出て行くのを見て椅子に深く腰を預けて天井を見つめるのであった。

 

「そういえば、今日だったか………」

 

 視線を机の上に置かれてある写真立てを見て呟く。

 サ―ゼクス、セラフォルー、ファルビウム、アジュカ。そして友のフィアンマが映っている写真だった。

 アジュカは写真立を手に取り、懐かしそうにサ―ゼクスの肩を掴みセラフォルーに腕をからまれているフィアンマを見つめる。

 

「お前が死んで、どれくらい経っただろうか」

 

 数十年? 数百年? もう覚えてはいないがそれ以上の時が過ぎた。

 あれほど価値のある悪魔が何故死んだのかと今でもアジュカは悔いている。

 レーティングゲーム、悪魔の駒の基礎となったのはフィアンマという存在のお蔭であ り、いくつもの術式をこの世に残しその幾つかの術式を、自分を含めた魔王達が扱っている。

 

「………お前の功績が全て俺達の糧になっているのだと思うと、腹が立つな」

 

 アジュカにとってフィアンマは惜しむほどの人材であり、友であり密かにライバル心を抱いていたのだ。

 自分よりも先に知らない術式を見つけ、興味深い魔道具や機械を作り出す才能が恨めしかった。

 魔力の量だけはフィアンマには勝っていたものの、自分の得意とする術式の制作が負けているため勝った気などしていない。

 

「何時か絶対に………お前でもギョッとする物を作ってやるよ」

 

 そういってアジュカは写真立を置いて椅子から立ち上がる。

 眷属たちにばれない様に、アジュカは転移魔法を使って部屋から消えるのであった。

 眷属の一人が部屋に訪れ、主がいないと騒いだのは居なくなってから直ぐである。

 

 

 

 

 

 

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 俺、アジュカ・ベルゼブブは今も昔も変わらない悪魔だ。

 多少知能に優れ、魔術に精通していた珍しい悪魔として周りから少し距離を置かれた存在だった。

 元来悪魔という存在は力こそが全てのような存在であり、術式の構築などといった言葉など無縁にも等しいことなのだ。

 当時の私は常に効率、術式、効果などを追い求めていていたので周りから物珍しさと嘲笑する目があったのは確かだろう。

 学生だったとき一度、「魔力量と特別な力を備えている者こそが強者だ」と抜かす悪魔に一度だけ戦ったことがあるくらいだからな。

 

 

 しかし、当時の俺は今以上に捻くれていた。

 どいつもこいつも頭を使った効率の悪い戦い方ばかりする悪魔ばかり。本当にチェスが好きなのか?と言わんばかりの戦法に呆れて物も言えなかった。

 仮にそれが敵戦力である堕天使や天界側に通用するのかと思っているのならさらに呆れてくる。

 そんな考え方を持っているせいで、周りから距離を置かれていたのかもしれない。

 

 

 だが、生まれが名門であるせいか距離は置かれていたものの媚びを売ってくる奴がいなかったわけではない。容姿や家柄のこともあったので誰もが俺の容姿と家柄を目的に媚び諂い、本音を隠し話し掛けてくるのが何よりも嫌いだった。

 悪魔なのだから欲があるのは大いに結構だが、そんな分かり易い態度をして言葉にしない奴に俺は何よりも嫌いだった。

 いつしか学園に居るのが辛くなり、俺は授業に参加しなくなった。

 しかし、授業に参加しなくなったとはいえ俺自身が授業に参加せずとも筆記試験においては問題ないので周りから「やはり才能があるものは違うな」などと言われ勘違いされたわけだが、その事を思い出すと笑えてくる。

 

 

 突発した魔力は持ち合わせていたものの、バアルの様な滅びの力やフェニックスの再生、ベリアルの様な無価値といった特別な力があるわけではなかった。

 特別な力を持たない俺はそれに相対するものとして様々な術式を作り、考えて来たのだから。

 当時の冥界にはこれと言って目立った術式がなかった為、俺は悪戦苦闘を強いられていたのだが――――――――――

 

『なに百面相しながら悩んでんだ?』

 

 そんな時、俺は彼と出会ったのだった。

 フィアンマ・サタナキア。悪魔学校に限らず冥界全土きっての問題児に出会った。

 人間から悪魔になったという原理不明の現象を起こした存在だったので多少興味があったし、少し会ってはみたいと思っていた。

 しかし、それだけだ。元は人間とはいえ所詮は悪魔だろうし周りの悪魔たちと同じだろうと私は思っていた。

 

『その術式の中に別の陣を複数組み込むと展開が早いだろうし、複数の術が使えるぞ。アルス・マグナっていう冥界じゃ有り得ない思想かもしれないが、錬金術学もバカに出来ないから多少目を通したら参考になるんじゃねぇか?』

 

 だがしかし、彼は俺が思っている以上にとんでもない奴だった。

 彼の言葉に俺は自分が悪戦苦闘していた術式を見返すと、理解できてしまう。

 では、この術式はどうだと見せてみれば改善点を上げてもっとも効率のいい術式に書き換えてしまうのだ。思わず俺は、目の前にいる悪魔は天才か?と疑ったくらいだ。

 フィアンマは学園において常に底辺な存在として扱われている。それは周りの対応だけでなく筆記や実技においてもだ。しかし、目の前の容姿から女ともとれる男は本当に底辺な存在なのかと疑いたくなるのだから。

 だが俺はそんな事よりも、彼の話が何よりも興味深かったためフィアンマとの会話を第一優先した。

 

 

 冥界では考えられない、人間でありながら神にも等しい存在になろうとする思想。複数の文字列を組み合わせる円盤表(ルルスの円盤というもの)を用い、世界の真理を解明する理論アルス・マグナとやらの話や何より魔法とは違った『科学』という話にも興味深かった。

 奴の研究の一端である科学と魔法を合わせた魔道具を見せてくれた時、思わず子供の様に燥ぎ、密かに嫉妬心を抱いた。

 

『これ程の術式を組み込んだものを作っておいて、なぜ君は主張しない』

 

 思わず至極単純に思った事を口にしていた。

 するとフィアンマは「媚びや嫉妬心に対応するのが面倒」という答えが返ってきたため、思わず笑ってしまった。確かに、これほどの物を作っておいて今更功績を叩き出せば媚び売る者や嫉妬心を抱く者が出てくるだろう。

 ましてや彼は魔王様が拾った悪魔でもあり、魔王様と関係を深めるパイプ役にもなるのだから。

 フィアンマはその事を考慮して自分の功績を常にひた隠しにしていたのだろう。

 しかし、やはりそれでも解せない所がある。これだけの事が出来るのに未だ俺が彼に勝てない事にやはり悔しさと嫉妬心を抱いているのだから。

 

 

 

 

 

 その日の午後、フィアンマから紹介させたい悪魔がいると言われたので俺は屋上で待っていた。

 そんな事よりも話を聞かせろと言いたかったのだが、どうしても紹介させたい人物だったらしい。そして紹介されたのがサ―ゼクス・グレモリーという学園で最も人気のある悪魔だった。

 冥界の期待の悪魔であり、滅びの力をもっとも強く受け継いだ悪魔と言われ将来を期待されている悪魔だ。一度会ったこともあるのだが、最初の印象は何処となく空虚な存在だと認識していた。中身のない笑みを周りに向ける悪魔だったのだが、記憶違いとも言えんばかりにフィアンマの前では楽しそうに笑っている。

 フィアンマとサ―ゼクスは友人という関係らしい、二人のやり取りでフィアンマがサ―ゼクスを変えたのかと理解した。

 

 

 サ―ゼクスを紹介されて、友人という関係にはなったのだが、如何せんサ―ゼクスから嫉妬とも似た視線を向けられる。どうもサ―ゼクスにとってフィアンマは男という壁とか関係なしと言わんばかりの友情を抱いているらしい。

 フィアンマの顔立ちは少女っぽくも取れるので「無問題か?」とは思ったけども。

 友人となる前はサ―ゼクスに「君はフィアンマの事をどう思ってるんだい?」などと言われた時は「此奴、男色家か?」と本気で疑いたくなったくらいだ。

 サ―ゼクスが思っている以上に俺はフィアンマの事をライバル、数少ない友人、趣味を理解し合える者同士といった感じなので、そう答えたら尚更嫉妬の目を向けられ、どうすればいいんだとも内心苦笑いが漏れた。

 しかし、サ―ゼクスとのやり取りに俺が苦労しているにも関わらずフィアンマは俺達を見て楽しそうに笑っていたので思わず魔力弾を放った俺は悪くない。

 

 

 何時しか3人と過ごす時間が増えて仲も深まったのだが、やはり周りはフィアンマの陰口を叩くことが増えている。終いには校舎の陰に連れ出されそうになることもあるがサ―ゼクスが付きっ切りであるため手は出せない。

 俺のクラスからも「恥知らずが移りますよ?」「バカが移るぞ」「品格を疑われる」などと注意を受けたが、品格と恥知らずについては普段のフィアンマの態度から否定できないもののバカに関してだけは否定したいものであった。

 少なくとも彼は周りの悪魔だけでなく、俺やサ―ゼクス以上の考え方を持った悪魔だ。

 フィアンマの話では、「天才の事情は凡夫には理解されない。同時に凡夫の事情は天才には理解できない」という思想の話を聞かされたのだが、正しく周りがそれだ。

 

 

 外見や行動だけでフィアンマを判断する周りは愚かな奴らだ。

 会話して理解しようともしない、全く以て愚かな連中だ。しかし、フィアンマ自身がめんどくさがり屋な事もあるせいで理解されないのもあるだろう。

 何せ俺やサ―ゼクス以外と会話している光景など見たことも無い。稀に魔王ルシファー様や他の魔王様方と会話している光景を見たことがあるが、それ以外で全くないのだ。

 まぁ、基本的に彼は――――――――――――――

 

『冥界の海にいるバハムートとリベンジマッチするんだ。手伝ってくれ』

 

 常に破天荒で気まぐれだからな。

 しかしフィアンマ、リベンジマッチとは一度幻想級相手によく生き残れたものだな。

 サ―ゼクスを巻き込んだらしく、なんでも食ってみたいが為の理由で挑んだと聞いたとき彼は頭が良いのか悪いのかどっちなのかと悩み、バカらしくて笑ったものだ。

 

 

 

 

 しかし彼の行動には何度も呆れ驚かされ、はたまた理解しがたいこともある。

 何時しか俺だけでなく、フィアンマはセラフォルーとファルビウムといった面々を連れて来て紹介してきた時は、フィアンマがどういう基準で悪魔を連れてくるんだ?とサ―ゼクスと思わず顔を見合わせて考えたくらいだ。

 勿論、フィアンマの答えは俺の時と同様で「面白そうだから」という理由なのだ。

 常に怠そうなファルビウムと当時根暗だったセラフォルーのどこに面白味があったのか俺には分からなかったが、彼曰く『これから大きな存在になるかも』という言葉が出た時は興味が湧いた。

 

 

 その大きな存在になるという言葉には私やサ―ゼクスが含まれているからでもあった。

 俺やファルビウム、セラフォルーは兎も角としてサ―ゼクスは十分なくらい大きな存在になることは分かっていたが、俺達まで大きな存在になると言っていた。

 その大きな存在が当時何を指しているのか分からなかったが、現に俺はいま魔王という存在になり、フィアンマの術式を基礎にして新たなる制度を作り上げて大きく讃えられていた。

 ファルビウムもセラフォルーも、サ―ゼクスも魔王となり現冥界ではトップの存在になっている。

 

 

 もしかすると、彼には未来が見えていたのかもしれない。

 俺達が冥界のトップとなり、魔王になるという未来が見えて大きな存在となるという言葉を残したのかもしれない。

 大戦時に魔王と神が亡くなり、大戦で功績を上げた俺達が魔王となり他の悪魔から讃えられることを分かり切っていたのかもしれない。

 

 

 だが、今でも本当に解せない。

 本来の功績は、全てフィアンマによるものなのだから。

 全勢力の被害を最小限に抑えたのもフィアンマだ。二天龍を封印する切っ掛けになったのもフィアンマのお蔭だ。

 『条約』を無視し暴走した神を討ったのもフィアンマなのだ。だから今でも解せない。彼の功績が俺達や一部の悪魔だけしか知らない事に。

 魔王の座など、座るべき存在はフィアンマだったということを。

 

『功績?いらねぇよ、そんなの』

 

  ―――――――………。

 彼なら間違いなく、生きていたらこういうだろう。

 自由奔放で気まぐれ、破天荒な彼なら間違いなくそう言っている。

 もしも今生きていれば、セラフォルーとでもくっついて静かに暮らしていただろう。

 まったく………………惜しい奴を亡くしたよ。

 

 


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