主役になれなかった者達の物語   作:沙希

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叢雲 空

 

 

 

 

 

 

 小学生の頃、どうして人はこんなにも変わってしまうのだろうと考えていた。うろ覚えだったけど、幼稚園の頃までの父さんは母さんや俺に暴力を振るうような人間ではなかった。かといって優しい訳でも無いし、遊んでもらったことは少なかった。家に帰ってくれば会話は少ないし、母さんとは部屋が別だし本当に夫婦なのかと疑問に思った。小学校に上がると、父さんの仕事がうまくいかないからという理由で母さんに苛立ちを暴力で発散させ始めた時、俺は父さんの脚にしがみついて必死に止めていた。どうして仲良くしないのか、どうして暴力を振るうのかと父さんに訴えかけたのだが『うるさい』と言われて蹴り飛ばされた。

 

 

 母さんがその後、俺を庇って何度も殴られていた。暴力が止むころには父さんは部屋に戻ってしまい、残された俺は殴られて痣になった頬をさする母さんに泣きながら『大丈夫、お母さん?』と問いかけて、『大丈夫よ。それよりも、ソラに怪我はなかった?』と言って自分の事よりも俺のことを気遣ってくれていた。当時は子供だったため、俺は母さんに何をしてあげたらいいのか分からなかったけど、母さんが負担にならない様に俺は母さんの手伝いをするようになった。父さんがいない時は出来るだけ母さんに笑顔になってほしくてなけなしのお小遣いで甘いお菓子やペンダントを買ったりした。父さんにも母さんに暴力を振るわない様に何とか仲良くさせようと子供として、出来る限りの事をやってきた。

 

 

 だけど父さんは、『顔色を窺うな』と言って俺を殴ってきた。殴られた時は母さんが心配そうな表情で駆け寄り、手当をしてくれていたけど俺は『どうして?』と疑問だった。頑張っているのに、頑張ろうとしているのにどうして分かってくれないのだろうか。母さんに暴力を振るわれない様に、仲の良い家族になろうと頑張ってきたのに。誰に相談すればいいのだろうか、当時の俺は子供だったため迷い、躊躇いがあった。誰かに相談してしまえば、何かを失ってしまうのではないのだろうかと思っていたからだ。学校の皆は、一人でいる俺に声をかけて遊びに誘ってきてくれる。でも、怖かったんだ。頼ってしまって、相談してしまったらきっと俺や母さん、父さんの家族の絆だけでなく、その子達の『何か』を壊してしまうのではないのだろうかと。だから俺は誰からの誘いを断り続け、何時しか本当の一人になってしまっていた。

 

 

 一人でいるのが、こんなにも寂しいものだとは思わなかった。ずっとポツンと一人で座っているのがこんなにも悲しいことだとは思わなかった。幼稚園の時までは皆とたくさん笑って遊んでいたのに、一人になるとこうも寂しいものなのかと実感できる。だけど俺は泣かなかったし、寂しい気持ちを我慢した。家に帰って母さんが『今日も楽しかった?』と笑って問いかける事に、嘘でも『うんっ』と笑って言う為でもあった。本当は楽しくない、友達なんて一人もいないのに母さんの前で嘘を吐くのが辛かったけれど俺はずっと嘘を吐き続けることにした。母さんを不安にさせないように。だけど、やっぱり辛いことは辛かった。小学校に上がって3年間、一人でいることがとても辛かった。だけど今更、友達になってとか遊ぼうなんて言えないし何より家の事情もあるせいで内心複雑だった。皆からは、『暗い奴』『何を考えているのか分からない奴』なんて思われているだろうし、尚更の事である。一人になりたくない、寂しい、どうすればいいのだろうと思っていたその時であった。

 

『一緒に遊ぼうっ!』

 

 目の前に、一人の女の子が手を差し伸べてくれた。名前は紺野 木綿季。クラスや他のクラスでは人気のある女の子だった。明るく元気で、そして頭が良いし人当たりがいいので男女問わず人気者の女の子がどうして俺なんかをと思ったが、彼女は俺を見つめ手を差し出している。今まで貯めてきた寂しさと苦痛から、思わず『いいのか?』と問うと、彼女は笑顔で頷いて手を取り彼女の友達と元へと誘われた。しかし、1年と2年の時の態度が原因だったのか彼女の友達から『そんな根暗な奴、連れてくるなよ。どうせ俺達と遊ばないって』と言われた。自業自得、だと後悔したけどユウキは『そんなことないよ!空もきっとみんなと遊びたいはずだよ!』と言いわれ、ユウキの友達は複雑そうな顔になりながらも時間の限り遊ぶのであった。

 

 

 彼女と触れ合っていくうちに、俺の周りには何時しか友達で溢れていた。男子からは運動神経が高い事を披露すると『スゲェ、それってどうやるんだ!?』『今度の試合、その技使いたいから教えてくれよ!』『一緒にサッカー部に入らないか?』と言われたりして遊びに誘われるようになった。女の子からはユウキと付き添いで会話していくうちに女の子たちと仲良くなれたりした。時折、『ソラ君、よかったら……これっ!』と言われて可愛らしい手紙を受け取ったりしたこともあった。何だか今までの不安がバカらしく感じてしまうようになり、俺は笑うようになった。家庭の事はまだ相談できないけれど、それでも少しだけ不安が解消された気がしたのだ。笑えるようになったのも、友達が出来たのも全部ユウキのお蔭で本当に感謝しきれなかった。しかし反面、彼女の勇気が羨ましいとも感じた。俺もユウキの様な強い子になりたいと、思うようになった。だから俺は父さんの暴力に負けない様に母さんを支えていくこと、そして父さん、母さん、俺の3人で本当の家族にしていこうと心に決めたのだ。

 

 

 

 それは、突然だった。ユウキが突然転校し、別の地区へと引っ越したのである。その事実を知ったのは担任の先生からの朝のSHRからである。ユウキの転校を聞かされた時、『どうして?』と疑問が浮かんだ。少し前までは一緒に遊んだりしてたのに何も言わずに転校したことに俺は疑問が浮かんだ。クラスの皆がユウキの転校に残念そうな声を上げている中、どうしても俺はユウキが転校した理由を考えていた。しかし、いくら理由を並べても答えが出せないまま時は過ぎていくのであった。過ぎ去っていくときの中、友達と一緒に遊んでいる中で俺は虚しさと悲しさを感じていたある事に気づいた。『あぁ、俺ってもしかして……ユウキに頼っていたのかもしれない』と気づいた時であった。手を差し伸べてくれた、勇気を分け与えてくれた彼女を頼っていた、甘えていた。だから彼女の転校を聞いたとき、凄く悲しいと感じてしまったのかもしれない。だけど、転校するなら転校するでせめて別れの言葉くらいは言ってほしかった。

 

 

 中学生に上がった直後、母さんが突然亡くなった。すぐさま病院へと運ばれたのだが意識は戻らなかった。先生から話を聞くと過労による、心筋梗塞が原因だった。母さんは父さんの暴力を受けたり、一人で家の事を全部やっていたことが祟ったのかもしれない。だけど、どんな時も笑顔で文句も漏らさなかった母さんだけれども俺の前では弱音くらいは吐いてほしかった。『母さんの負担にならない様に家事などを手伝っていたけのに、どうして』と思いながら俺は家に帰ると父さんが珍しく早く帰ってきており、母さんの事について話すべきだと思ってリビングへ来たのだが『私は別の女性と結婚する。今からこの家から出て行け』と言われた。思わず、『は?』と聞き返してしまったくらいである。しかし父さんは有無を言わせず荷物を纏めて出て行けと怒鳴り、俺は訳も分からず父さんの言葉に従って家を出て行った。後から分かったが、父さんいや、あの男は母さんに隠れて別の女性と浮気していた模様。母さんが死んだ後の保険金は全部アイツの物になり、俺は離縁させられていた。

 

 

 家を追い出されてから、俺は友達や友達の姉や兄に頼んで住処を探してもらった。事情を説明すると同情してくれたのか、『一緒に住まないか?』と言ってくれた事が嬉しかった。だけど、流石に生活費や教材、そしてこれからの事もあるので俺は断った。流石に養子として引き取ってくれるのは有難いが、俺の分までお金を払わせることが心苦しい。格安のアパートに住み始めて俺は学校を辞める決意をし、バイトをすることにした。勿論、中学を中退したので雇ってもらえる場所は無かった。縁を切られているので、親の事を聞かれると拙いので流石に苦しくなってくる。母さんが残してくれた通帳で半年は過ごせるだろうけど、バイトしないとこれから先は辛いことになる。バイト探しから二日くらいだったか、アパート近くの居酒屋の店主とその家族からバイトとして雇ってもらう事が出来た。月給10万の仕事だけれど、それでも十分有難かった。少なくともこれから先は問題ないなと安心し、俺はバイトを頑張る事にした。

 

 

 バイトを始めて2か月くらいが経った日であった。そのころにはバイトには慣れて、車が使えないが自転車や脚で近隣の家に配達を任された時である。基本的に2か月もバイトをしていると、注文先の人とかと談話をしたりするので注文先の人が何をしているのか大抵知ってたり、親しかったりする。俺が最後の注文先である医者をやっている人の家に届けて談話していると、その人の口から思いもよらない人物の名前を聞けた。『紺野 木綿季という少女がフルダイブ装置の試験者になったお蔭で、医療型ナーヴギアの開発が進むよ』と言われた時、思わず聞き返した。フルダイブ装置だとか医療型ナーヴギアという言葉はよく分からなかったが、俺は紺野木綿季、ユウキの名前に反応してその医者にユウキの居場所を聞いて、すぐさま教えてもらった病院へと向かった。ユウキが転校した原因はHIV患者だったことが原因だったらしい。HIVに関しては学校で習ったことがあり、多少頭の中に残っていたから知っていた。治らな病だと言われているが、薬で治療さえすれば日常生活に問題ない病だと聞く。だけどユウキが病院にいるということは、エイズに感染したのかもしれないと俺は焦った。病院に着くと直ぐにユウキのいる病室を教えてもらい、すぐさま病室へと走った。

 

 

 ずっと逢いたかった、大切な友達。例え居なくなっても、俺の心の支えに成ってくれた大切な女の子にようやく会えると思い病室へと入る。病室へ入ると、ユウキがガラス越しにある大きな機械の上に寝かされていた。近くに居た倉橋さんという医師からユウキが寝ている部屋に入れないと言われ、俺は外からユウキを眺める。小学校の時よりもやせ細った身体になっており、俺は思わず驚いてしまった。ユウキの病状は、こんなことをしなきゃならないほど酷いのか?と倉橋さんに問うと、倉橋さんは丁寧に俺に分かるようにユウキの容態について教えてくれた。いまユウキはエイズに感染しており、免疫力が低下している。殺菌されていない部屋にいたら、病状が更に酷くなるためあの部屋で寝かされているのだ。ユウキが寝かせられている機械は、メディキュボイドという機械で未だ未完成であるためユウキが自ら試験者として使っているらしいのだ。詳しい事は分からないけれど、あの部屋で寝かされる代わりにあの機械の試験者になっているのだという事が分かった。ずっと外に出られないかもしれないのに、治るか分からないかもしれないのにどうしてそこまでと思っていると、遠くからだったがユウキの頬に水滴が流れているのが分かった。涙である。寂しいのだろう。辛いのだろう。不安なのだろう。俺はガラスに両手をあてて、ユウキに向けて叫んだ。

 

『頑張れ、ユウキ!!』

 

 聞こえないかもしれない。届いていないかもしれない。だけど俺は、応援したくなった。自分から辛い事に向き合って、懸命に生きようとする彼女を応援したくなった。すると声が届いたのか、ピクリとユウキの腕が動いた気がした。すると近くに置いてあったモニターからユウキに似た人物の顔が映し出され、俺を見て驚いていた。モニターに映し出されたユウキに『俺だ。空だよ』と言うと、とたんに涙を浮かべ初め『………どうして、ここが分かったの?』と問われると『知り合いの伝手で知った』と返したら、笑顔を浮かべて『久しぶり』と言ってくれた。あぁ、本当に久しぶりだよ。ずっと、ずっと君に会いたかった。数年ぶりの再会に俺たちは涙を浮かべるのであった。

 

 

 

 それから俺は、ユウキの見舞いに、ヴァーチャル世界に行くようになった。最初はガラス越しでモニターに映し出されるユウキと会話していたのだが倉橋さんからアミュスフィアを借りてヴァーチャル世界であるが、直接会いに行くようになった。ユウキのいる世界がゲームの世界だったため、最初は少し戸惑ったり分からなかった部分もあった。ゲームなんて携帯ゲームを友達から借りてやるくらいだし、VRMMOなんて経験したことがない。アルヴヘイム・オンラインに登録して、ログインしたときは身体に違和感を感じてあんまりうまく動けなかったからな。だけどユウキやユウキのお姉さんのランさんから沢山教えてもらったおかげで、モンスターを一人で倒せるようになったし、うまく空を飛べるようにもなれた。運動能力が依存するらしいのだけれど、思い返してみれば最初の頃は酷いものだったと苦笑いが漏れる。アルヴヘイムにログインするために病院に通い続けるのは拙いと思い、俺は貯めたお金でアミュスフィアを購入した。初代のナーヴギアよりも安いとは言われているけれど、俺にとってはアミュスフィアも十分に高額なものだったから、当分は食費を削る羽目になってしまった。だけど、毎日ユウキと会えるのだから安いものかもしれないと思った俺は、かなり大概なのかもしれない。

 

 

 アミュスフィアを買ったのはいいけれど、やっぱり直接病院に言ってユウキの容態を確かめたいと思ってしまう。ゲームで会えるのだから無駄足だろと言われるかもしれないのだが心配なのだ。その際にはユウキの両親と知り合っており、二人からは『ユウキのことを、これからもずっと末永くお願いしますね』と言われた事があったので思わず照れてしまった。勿論、答えは『はい』と答えている。何せユウキは俺にとって恩人でもあり友人、そして……………想い人なのだから。しかし、ある日俺はユウキにこんな事を聞かれた『学校に行っているのか』と。質問されたときは思わずドキッとしたけど、直ぐに『勿論だ!』って答えたのだが直ぐに『嘘だよ!』と言われてしまった。何度もはぐらかしたんだが、遂にはユウキの両親からも聞かれるようになってしまったため、俺はユウキが寝ている病室で全てを明かした。母さんがあの男から暴力を振るわれていた事、母さんが死んだこと、あの男から家を追い出されたこと全て。

 

 

 段々明かしていくうちに、ユウキ達は涙を流していた。ユウキの両親やランさんからは肩を優しく触れられたり、抱きしめられたりした。『辛かっただろう』『苦しかっただろう』と言って頭を撫でてくれたことで、心が若干軽くなった気がした。あぁ、こんなことなら誰かに相談すればよかったと後悔だってした。心配してくれた事は嬉しかったけど、でも相談しなかった俺が悪かったから母さんが死んでしまったのだろう。そんな悔いを思いながら俺は静かに涙を流した。俺の事情を話した後日、ユウキに元気がなかった。なんだか思いつめた表情をしており、事情を聞いたところ。

 

「寂しくないの?」

 

 昨日の事であった。母さんが死んで、あの男に捨てられて天涯孤独になってしまった。頼れる人達はアパートを探してくれた友達やその家族、居酒屋の店主さん達くらいである。ユウキが俺のことを心配してくれていた事に少し後悔した。彼女には笑ってほしいのに、悲しい表情にはなってほしくなかった。

 

「寂しくない、って言えば嘘になるかな。親父はあんなだし、母さんはもういない。でも俺には友達が、ユウキ達がいるから」

 

 一人だった自分に手を差し伸べてくれた、自分が変わるきっかけとなったユウキに感謝でいっぱいだったのだ。どんな時も笑顔で、どんな時でも自分に勇気を与えてくれたユウキに救われた。もしもユウキと出会わなければ、俺はずっと一人だったかもしれない。ユウキの笑顔がなければ自然と笑わなかったし、ユウキから貰った勇気がなければ友達を作ろうとは思わなかった。親父の暴力を恐れてずっと一人で塞ぎこんでしまい、母の死に心が耐える事は出来なかっただろう。だからこそ『笑ってほしい』『これからも、俺に勇気を分けてほしい』『君の笑顔が見たい』とユウキに告げると何故か『………ソラってもしかして、天然?』と言われてどういう意味だ?と疑問になった。

 

「あはははっ、自覚は無いんだね。…………うん、そっか。じゃあ、これからもボクは君の傍で笑っているね。その代り、ソラはボクの傍で笑っていてね」

 

「あぁ、勿論だ」

 

 小さな約束。彼女が笑っている傍で俺も笑っているというちっぽけな約束。だけど彼女の笑顔は、全ての人に勇気を与えてくれる笑顔だと俺は思っている。大袈裟かもしれないけれど、ユウキは俺にとって掛け替えのない人だから言えることだ。だから俺は彼女の傍で笑っていよう。彼女がどんな時でも笑顔でいられる様に、今度は俺がユウキを支えて行こう。

 

 


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