ソラが車に跳ね飛ばされた後、歩いていた通行人の一人が救急車を呼んでいたためソラは救急車へと乗せられ、ユウキが通っていた病院へと搬送された。救急車が来る間にパニックに陥ったユウキとランがソラの下へと駆けつけ、必死にソラの名前を叫んでいたが小さく息はしているもののソラはピクリとも身体が反応しなかった。体が冷めていき、半身の骨がぐちゃぐちゃになっているのが触れれば分かってしまった。ソラは死にかけている、早くしなければ手遅れになるとユウキとランは焦った。事故の原因についてだが、飲酒運転による事故でありソラを跳ね飛ばしたトラックのドライバーは酔った状態で無事に出てきた。
しかし、例えトラックのドライバーが無事だろうともユウキやランにとっては許せない事を犯してしまった。二人にとって、ユウキの家族やbeyond the hopeにとってソラはかけがえのない存在だったのだ。その掛け替えのない存在を、このような無残な姿に変えたトラックの運転手が許せず、ランはトラックの運転手に手を出したのである。
『許せない』『許さない』『ふざけるな』『消え失せろ』と、ランは涙を流し、そう叫びながら運転手を殴り続けた。誰もがランの暴力を抑えようとし、引き剥がす頃には救急車が到着し、ソラを慎重にベッドに乗せて病院へと搬送するのであった。ユウキもランもソラが乗せられた救急車に乗り、ソラの手を掴んで必死に『生きてっ』『お願い、死なないで!』と涙をこぼし、訴える。心電図からは脈があると反応するものの風前の灯火とも言える数値の低さだった。病院に運ばれたソラは、そのまま直ぐにレントゲン検査を受けて手術室へと搬送される。担当だった倉橋からは『大丈夫っ、絶対に救ってみせる!』と言われユウキ達は不安になりながらも担当医だった人の言葉を信じ、ソラを待つことにした。
ソラの手術開始から、どれくらいユウキ達は待たされただろうか。もう1日くらいユウキとランは手術室前のソファーに座って待ちつづけている。両親から軽い食事と毛布を渡されて一日を過ごしたが、いまだ手術中というランプが赤く照らし出したままであった。消えないランプにユウキ達は、もしかしてソラが帰ってこないのではと最悪な想像を考えてしまったが『そんなはずはない!』『ソラならきっと乗り越えられる!』と思い込ませ信じ続ける。自分たちが乗り越えることが出来たと同じように、ソラもきっと乗り越えるはずなのだからと思っていたその時、手術中のランプが消えて数分後にソラに手術していた医者たちが出てくる。ユウキ達は最後に出てきた倉橋に詰め寄り、話を聞こうとした。ソラの容態を聞かれた倉橋は、重たそうな口を開けてユウキ達にソラの状態を告げるのであった。
「ソラ君は……………もう助かりません」
「――――――え?」
「………胸の骨がバラバラに砕けて、その骨が心臓に突き刺さっていました。抜いた瞬間に血が噴水の様に吹き出して、何とか縫合して止血しましたが腕や脚から漏れ出してしまっていたので、血液が決定的に足りません。輸血しようにも、彼の血液型が最も珍しい血液なため………輸血できないんですっ………」
「そんなっ…………」
ユウキは、そんなの嘘だと言わんばかりと倉橋の背後にある扉を開ける。
手術室にはソラが寝かされており、ユウキは寝かされているソラの下へと駆け寄る。
駆けるとユウキは思わず、絶句してしまった。寝かされたソラの身体が欠けており、片方の手足が肘と膝関節部分から切り落とされて包帯で巻かれているのだ。周りを見渡せばソラのレントゲン写真が並べられており、ユウキが見ても分かるくらい酷い状態なのだ。切り取られた腕と脚の骨が修復不可能となっていたため、切り取るしかなかったのだ。そして折れたのは腕と脚だけでなく、あばら骨の半分と頭蓋骨も折れており、背骨には罅が入っている。ユウキの身体が次第に震え上がり、目にはボロボロと涙が零れ落ち、ソラの頬を伝う。
「ねぇ…………起きて、ソラ。………約束、したよね?これからも、ずっと一緒だって」
忘れているだろうと思っていた友達が、逢いに来てくれた事が嬉しかった。
忌避され、差別される病状でも彼はユウキやユウキの家族たちを差別せず、毎日お見舞いにきてくれていた。
「秋はみんなで、ハロウィンしたり………冬は、クリスマスとか元旦は一緒に過ごしたり…………春は、いっしょに旅行したりしようって………」
自分達以外の重病患者たちの救う切っ掛けとなった彼は、いまだ息をしないまま眠ったままだった。どれほど泣いても、どれほど言葉を漏らしても、どれほど名前を呼んでも彼が目を覚ます事はなかった。
「傍に………傍に居てくれるって、言ったよね――――――――――」
ピィィィ――ー―ッ
「――――――あ」
心電図から心拍停止の電信音が手術室中に響き渡り、止む。
叢雲 空は……………静かにこの世を去ったのだった。
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放課後になり、学校の終わりのチャイムが鳴り響く。
クラスメイトの皆は部活か帰宅するものも、楽しそうに会話をしながら教室を出て行く。同じクラスの友達に『また明日ね』と言ってユウキは鞄を持って、下駄箱へと向かうと下駄箱でアスナとキリトと鉢合わせになった。
「あ、アスナにキリト!」
「おっす、ユウキ。今からか?途中まで一緒にどうだ?」
「ううん、今日は少し病院に用事があるの。誘ってくれてありがとうっ!」
「あれ?検査はまだ先って朝に言わなかった?」
「うん、まだ先だよ。でも、どうしても行かなきゃいけない気がして、とりあえず急いでいるからじゃあね!」
ユウキはキリトとアスナに別れを告げ、靴に履き替え走り出す。走り出したユウキは電車に乗って目的地である病院へと向かう。その病院は自分がエイズ発症から闘病生活を送っていた病院であり、ユウキは急いで病院へと入っていく。
病院内では走らない様に小走りになりながらもエレベーターに乗って、自分がメディキュボイドに入れられていた場所へと辿り着く。
ユウキは部屋の前で立ち止まり、ただ茫然と辺りを見回していた。ずっと、ユウキの頭の中に何かが引っかかっている。どうしてか、今日は此処に来なければならないのだと思っていたのだ。自分が……………ここでいったい誰と会話していたのかを知るために。
退院してから、ずっと何かが欠けてしまっているとユウキは感じていた。それに気づいたのは手に握られていたペンダント、Soraという文字が刻まれたペンダントを見つけてからである。家族からの贈り物でもないし、ギルドメンバーたちからのものでも親戚からの贈り物でもないのだが、ユウキはペンダントを見るたびに胸が苦しくなり、切なくなってしまうのである。
そして、退院してから夢を見ている。おぼろげだが、自分と誰かが楽しそうに会話している夢を。自分の隣に誰かがいるのだが声も聞こえない姿がぼやけてて、朝になれば半分ほど忘れているのである。自分と会話しているのはいったい誰なのだ?と何度も夢の出来事を思い返していた。ALOやリアルで隣を見つめ、会話し、笑ったり、怒ったり、悲しんだりしたとき隣にいた人物はいったい誰なのだろうかとユウキはずっと考えていた。病室前にずっと立っていると担当医だった倉橋がユウキに気づき、声をかける。
「どうしたんだい?今日は診察の日じゃないはずだよ?」
「あ………………あの、先生。一つ、聞いていいですか?」
「なんだい?」
「その…………ボクがあの部屋に居た時、部屋の外に先生や家族以外で誰かいませんでしたか?その………ボクと会話してた人とか」
「私や家族以外で、ですか………う~~んっ、私の記憶ではいなかったはずですね」
「そうなんですか………………じゃあ、ソラって名前の人、知りませんか?」
「ソラ、ですか?漢字にすると、どういう字ですか?」
「あ、う…………」
倉橋の質問にユウキは頭を悩ませてしまった。ペンダントの裏に書かれてある文字はローマ字であるため感じが分からない。大空の空だったり、別の漢字を当てたソラかもしれないのだ。頭を悩ませてると、倉橋が他の担当医に呼ばれたので離れてしまい一人になってしまったユウキは病院を出る事にした
病院から出たユウキは、電車に乗らずにバスに乗って別の場所へと向かった。
夢の中で出てきた、アパートとアパート近くのパン屋。そしてスカイツリーや駅ビルなどといった場所を歩いて周り始める。夢で見た順番通りに進んでいくたびに、ユウキの胸がとても苦しくなる。病気によるものではない。悲しみから生まれる苦しさだった。
そして最後に、自宅へと向かう横断歩道を前にすると涙があふれ出てくる。
「どうしてっ、どうして………涙が出るの?………ボク、何か大事な事を忘れているの、かな?胸がとっても…………苦しいよっ」
夢の中で横断歩道を渡る際に振り返ったところまでしか思い出せない。
その後、何が起こったのかユウキは覚えてもいないのだ。
横断歩道の前で泣いていたユウキに通行人達が『大丈夫?』と心配そうな顔で尋ねられ、ユウキは『大丈夫です』と答えて信号が赤から緑に変わり、歩道を渡りだす。
どうしてこんなに辛いのか、苦しいのか、悲しいか分からなかったユウキはいったん家に帰るのであった。
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………ここは、どこだろうか。
周りはとても真っ暗な場所だけれど、足が地面を踏むような感触がする。
上も下も、左も右も真っ暗であり何も見えなかった。
確かボクはALOからログアウトした後、そのまま眠ったはずなんだけど。
夢、なのかな?と疑問に思いながら足を動かし、前に進む。
歩いても歩いても、世界は真っ暗のままだった。
夢だというのなら、あのおぼろげだった夢とは違って妙にリアルである。
まるで自分の意思で動いているように足と手が動き、呼吸も出来る。
それにボクの姿は寝間着ではなく、ALOの時のアバターのままだった。
もしかして、ここはゲームの世界かなと思ったその時だった。
「―――――――あ」
ピタリと、ボクは足を止めた。目の前には、ボク以外にも人がいたのである。
茶髪で身長はボクより少し高めの男の子の後ろ姿があったのだ。
茶髪の男の子はボクに気づいたか、こちらに振り返る。
振り返ると同時に、ボクは目の前の男の子の顔を見たとき頭の中で何かがよぎった。
「『―――――――ユウキ』」
「―――っ!」
ズキッと頭が痛くなる。顔を見つめるたびに頭がズキズキと突き刺さる様に痛くなり、彼の声を思い出すと胸が締め付けられ悲しくなってくる。この感じは何処となく前から感じていた気持ちとそっくりだった。ボクは頭を抑えながら、茶髪の男の子の下へと一歩ずつ歩み寄っていく。
「君は………誰?………凄く大事なことのはずなのに、思い出せない」
ボクの言葉に、男の子は困った様な笑みを浮かべる。
その笑みは何処か悲しく、切なく、苦しかったボクの胸のあたりを更に締め付ける。
するとボクが一歩ずつ近づくたびに、彼の身体から欠片の様なものが噴き出している。
その欠片は綺麗な光を放ち、やがて砂の様に小さくなって闇に消えていく。
そして彼の前まで到着すると、彼は優しくボクの頭を撫でてくれた。
あぁ、どうしてなんだろう。彼が撫でてくれると、とっても落ち着いてしまう。
彼が笑ってくれると、嬉しくなってしまう。
だけど、どうしても彼の事が思い出せない。顔も、声も、姿も何もかも。
彼は…………ボクにとってどういう存在だったの?
そんな疑問を浮かべていると、彼が口を開いた。
「俺、ユウキと出逢えて幸せだった。君が勇気や強さを俺に分けてくれたお蔭で、俺は楽しい人生を過ごせたと思ってる」
「なにを言ってるの?ボク、君の事なんて知らない―――――」
「ユウキやランさんにユウキの両親、Beyond the hopeの皆との日常はとっても充実した日々だった。あんな毎日を過ごせたのもユウキのお蔭だよ。俺、本当にユウキに出逢えて良かった」
「―――――あっ」
名前も知らない彼は、僕をギュッと抱きしめる。
抱きしめられたとき、彼の温もりと力強さをまるでボクは知っているかのように押し飛ばすことなく、心地よさを感じていた。すると彼の身体が段々と薄くなっていることに気づくと、彼はボクを離し距離を取る。
「ありがとう、ユウキ」
後ろを振り返り、彼は前へと歩き出す。
すると次の瞬間、僕の頭の中に何かが流れ込んでくるのであった。
それは―――スカイツリーでペンダントをボクにあげた時の『ソラ』の笑顔だった。
「だめっ!!」
「…………っ」
ボクは彼の、ソラのもとへと駆け寄り背中を抱きしめる。
思い出した。ようやく、思い出すことが出来た。
どうして忘れていたのだろうか。どうして忘れてしまったのだろうか。
彼との思い出を、彼の笑顔を、彼の温もりをどうして忘れていたのだろうか。
「行かないで、ソラ!ボクを置いて行っちゃ嫌だよっ!」
引き止めようと、ボクは力強くソラを抱きしめる。
しかし、ソラの身体から溢れ出る欠片が止むことはなかった。
段々薄れていき、闇の中に消えようとしている。
ボクは必死に『行かないで』『消えないで』と訴えても止まらない。
そしてもうソラの身体が透けてしまい、抱き留める事が出来なくなった。
ソラはそのまま通り過ぎ、こちらを見つめる。そして笑みを浮かべ、最後の言葉を残すのであった。
「大好きだよ」
ずっと言って欲しかった言葉を残して、ソラは消えていった。
もう目の前に彼の姿は、見えない。
愛おしかった声も、温もりも、笑顔も消えてしまった。
ボクは膝をつき、ただ悔しさと悲しさに蹲って泣くことしかできなかった。
段々と記憶が薄れていき誰がそこに居たのか、そしてそこにいた人が誰だったのかさえも思い出せなくなっていく。そしてもう――――名前さえも忘れてしまった。