主役になれなかった者達の物語   作:沙希

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 ユウキはソラが親に捨てられたと聞かされてから、元気はなかった。ソラの父に憤りを感じたりしたが、何よりソラがそれでも笑っていたことに胸が締め付けられた。

 母が死んで、父に捨てられても笑っていられるソラが何よりも心配だったのだ。

 本当は悲しいはずなのに、どうしてあんな風に笑っているのだろうかと。

 もしも自分がソラと同じ立場だったら、泣いてしまうかもしれない。立ち直れないかもしれない。そんな思いでいっぱいであった。

 

「寂しくないの?」

 

「寂しくない、って言えば嘘になるかな。親父はあんなだし、母さんはもういない。でも俺には友達が、ユウキ達がいるから」

 

 一人だった自分に手を差し伸べてくれた、自分が変わるきっかけとなったユウキに感謝でいっぱいだったのだ。どんな時も笑顔で、どんな時でも自分に勇気を与えてくれたユウキに救われた。

 もしもユウキと出会わなければ、ソラはずっと一人だったかもしれない。ユウキの笑顔がなければ自然と笑わなかったし、ユウキから貰った勇気がなければ友達を作ろうとは思わなかった。

 父の暴力を恐れてずっと一人で塞ぎこんでしまい、母の死に心が耐える事は出来なかっただろう。だからこそ『笑ってほしい』『これからも、俺に勇気を分けてほしい』『君の笑顔が見たい』とユウキに告げた。

 

「………ソラってもしかして、天然?」

 

「どういう意味だ?」

 

「あはははっ、自覚は無いんだね。…………うん、そっか。じゃあ、これからもボクは君の傍で笑っているね。その代り、ソラはボクの傍で笑っていてね」

 

「あぁ、勿論だ」

 

 ソラの言葉にユウキは複雑な表情を浮かべたが精一杯の笑みを浮かべた。自分の笑顔と、あの時手を差し伸べた事でそこまで感謝されるとは思ってもみなかったユウキはソラの言葉が何よりも嬉しかった。

 病に冒されても、誰かの為に何かが出来たことが嬉しかった。エイズ患者だったとしても、それでも差別せずに自分の事を友達だと言って感謝してくれたソラの言葉が何よりも救いだと感じた。

 

 

 

 

 それ以来、ユウキとソラの距離が縮まるのであった。

 距離と言っても、それは長さとかそういう距離ではなく心の距離である。

 今迄塞ぎこんでいたものを曝け出したおかげか、ソラは今まで以上にスッキリした表情になりユウキはソラの過去を知った事により、ソラと一緒に笑っていたい、傍に居たいと思い始めたのである。

 

「ギルドを作ろうよ!」

 

「ギルドって、確かGMを中心にしたメンバーの集まりよね」

 

「また突然どうしたんだ?」

 

 ギルドとはギルドマスター(GM)を中心にした固定メンバーによる集まりの事をいう。ゲームにより異なるが、ギルド専用チャット・メール・掲示板・ギルドメンバーのログイン表示といったコミュニティーツールが使えたり、ギルド同士の戦闘イベントに参加することが出来るものもある。

 ユウキがなぜギルドを作ろうと言いだした理由は、自分やラン、家族達と同じHIV感染者や重い病気に掛かっている達を集めて一緒にゲームを楽しんで生きる気力を与えようという提案なのだ。勿論、ソラもランもユウキの意見に賛成であった。

 

 

 ギルドを結成するのに、そんなに大変な事ではないのだがメンバーを集めること自体が大変だった。ヴァーチャル世界で重病患者を探すなんて時間の無駄である。ALOにログインしている人間の数は3人の両手両足で数えられるような数ではない。

 だが、ソラは諦めずユウキの願いを叶えるために、必死になって探してようやく見つけることが出来た。セリーンガーデンという医療系ネットワークの中のヴァーチャル・ホスピスを見つけたのだ。

 

 

 病気はそれぞれ違うとも、大きな意味では同じ境遇の人達同士が最後の時を豊かに過ごそうというのがセリーンガーデンの目的だったのネットワークである。

 しかし自分の言葉で誘いを受ける患者はいないだろうと思い、年上であり患者たちの思いを深く理解できるだろうと思ってランに頼んだ。案の定、ランの言葉にギルドに参加するメンバーが現れ、これでソラを入れて10人のギルドが完成したのである。

 

「で、メンバーは集まったところでギルド名なんだけれども」

 

「名前は決めてるのか、ユウキ?」

 

「勿論だよ!ギルド名は――――――――――――」

 

 『Beyond the hope』、希望を越えてという意味のギルド名だった。病を治したい、普通の人と同じ生活を送りたいとただ願い、求めるのではなく皆で手を取り合って、希望の先にある幸福を手に入れる意を込めてつけた名前である。

 ソラやラン、ギルドメンバーの誰もがその名前に反対はなかった。『いい名前だ』『素敵な名前ね』と誰もがそう言っており、『Beyond the hope』がALOで生まれたのであった。

 

「じゃあGMは姉ちゃんということで!」

 

「え!?普通発案者のユウキがなるわよね、こういう場合!?」

 

「だって実力的に姉ちゃんが強いし、ボクよりも適任だよ!ソラもそう思うよね!」

 

「いや、俺はどっちでもいいんだけど……………」

 

 しかし発案者であるユウキはギルドマスターにならず、姉のランに任せたのだが、理由は実力的にランが強いからということである。確かに、戦闘能力ではユウキよりもランが強いので妥当と言えば妥当なのだが、別に戦闘力で決めることでもないしユウキでも良かったのではないかとソラは内心苦笑いを浮かべたのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

「あぁ、ダメだったかぁ!やっぱり魔法スキルを上げないとキツイか!」

 

「ソラ君は基本的に物理ばっかりだからね、やり始めて長いんだから中級魔法あたりは覚えさせて損はないと思うんだけど」

 

「いや、むしろバックアップがシウネーさんだけじゃ足りないって。フォワード陣営が8割だけだぞ?」

 

「いま思えば、このギルドって主に前衛が多いよね」

 

「よしっ、なら皆で魔法スキルを習得しに行こう!次の季節限定ボスまでにはほぼコンプしなきゃね!」

 

「あははははははっ無茶苦茶言うね、ユウキは」

 

 『Beyond the hope』を結成したことで3人だけでは攻略できなかったダンジョンを攻略したり、倒せなかったモンスターを倒したり、季節限定のボスやクエストを行えるようになって更に楽しさがました。

 

 

 仲間たちと共に笑ったり、考えたり、楽しさを共有するだけでなく悩みを打ち明けたりして絆を深め合っていくうちにギルドに誘った患者たちが次第に生きる気力を持ち始めたのである。ユウキのひたむきな笑顔とソラの熱意と応援のお蔭で『負けたくない』『まだ生きていたい』『くじけちゃダメだ』と思い始めたことで、容態が次第に良くなってきていたからだ。

 

 

 容態が良くなってきたことにソラたちは勿論嬉しくない訳なかった。薬の投与が減って、数値も安定していると聞いたときはたいへん喜んでいたのだから。いくらヴァーチャル世界で知り合って数か月とはいえ、あくまで他人なのだがユウキ達はまるで親友や家族と接するかのように喜んでいたのである。

 例えネット内の出会いだったとしても、ユウキ達はもう知らない仲ではないのだ。共に戦い、共に遊び、共に分かち合った仲間なのであるから、ユウキ達にとっては喜ぶのは当然だった。

 

 

 しかし、だからと言って助かるという確実性は無い。

 時には小さな原因などで急変したりしてしまうのだから。

 ALOの中心にある世界樹の前で、ユウキが顔を俯かせたまま立っていた。

 その後ろにはソラがおり、心配そうな顔でユウキを見つめている。

 そしてALO内での天気は……………今の状況を表現するかのように雨が降っていた。

 

「………………………」

 

「………………ユウキ」

 

「……………どうして、かな。…………どうして、助からないのかな」

 

 ギルドメンバーの二人が、突然容態が急変したことにより死亡したことを知らされた。誰もがそれを聞いて耳を疑い、涙を流した。せっかく容態が良くなって、生きる気力を見いだせていたところだったのに突然死は訪れたのだ。メンバーの二人が亡くなった事でメンバーの集まりが悪くなっていた。メンバーの誰もが本当に治せるのだろうか、どうせ望みがないのならこのままでいいのではないだろうかと思い始めているのだ。不安と恐怖が湧き上がり、幾らのメンバーの容態が悪くなったりし始めている。ユウキはその事を知らされて、後悔しているのだ。

 

「………ボクのせいで、ボクがギルドを作ろうって言ったせいだ!」

 

「違うっ!ユウキのせいじゃないんだ!あれは仕方ないことだったんだ!」

 

「何が仕方ないの!?死んだことを『仕方ない』で片付けられないよ!ボクのせいでメンバーがいなくなって、ボクのせいで逆に皆に不安を与えちゃったせいで、また容態を悪くなって…………ソラにボクの気持ちなんて分かる訳がないよ!」

 

 全ては自分の責任だと、ユウキは思っていた。自分がギルドを作ろうなどと提案さえしなければ、二人が死ぬことはなかっただろうし他のメンバーに不安を与えてしまい容態をさらに悪化させなかっただろうし、こんな苦しみを味わう事も無かっただろう。

 ユウキは何度も死んでいった者達に懺悔し、悲しみ、涙を浮かべて肩を震わせていた。するとソラがユウキを抱きしめ、そっと頭を撫でる。

 

「――――――ソラ?」

 

「分からなくても、不安な気持ちを共有することは出来る。それに、まだ作って半年も経ってないだろ?Beyond the hopeは、お前が作ったギルドだ。皆で手を取り合って、希望の先にある幸福を手にするんだろ?だから、また頑張ろう。どれだけ辛くても、俺が傍にいてやる」

 

「だけど………だけど、また誰かが………誰かが居なくなったら」

 

「そうならない様に、俺やユウキ、ランさんがみんなの支えに成れる様に笑って元気づければいい。それに……亡くなった奴らが不幸だなんて言ってたわけじゃないんだぜ」

 

「え?」

 

 ソラはウィンドを開き、音声クリスタルを取り出し再生させる。

 クリスタルから亡くなったメンバーの声が録音されており、ユウキは黙ってクリスタルから再生される声を聞いていた。

 

『幸せだった』

『治らない病でも、ユウキさんやソラさん達の笑顔でここまで頑張れた』

『ありがとう』

『私たちが居なくなっても、泣かないで笑っていてください。そしてその笑顔で、皆を幸せにしてください』

 

 いつの間にかユウキの目尻には大粒の涙が零れ落ち始めていた。メンバーの二人が亡くなった後に、2人が残したメッセージを病院からソラが受け取っていたのだ。

 

「ぐすっ………………ソラ、ボク……頑張る…………頑張るよっ」

 

「あぁ、頑張ろう。もし不安になった時は、俺に頼ってくれ。特に何も出来ないけど、傍にいてやることは出来るから」

 

「うんっ……………ソラ、ありがとうっ」

 

 ユウキは涙を流しながらソラを抱きしめる。

 これからもまた頑張って行こう。亡くなったメンバーの分まで、幸せな時間を過ごしていこう。病なんか負けない為に、皆で頑張って治していこうとそうユウキは誓った。

 何時しか雨は止み、空に浮かんでいた雨雲は消えて太陽が二人を射し込んでいた。

 

 


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