二人目の男子はIS学園No.1(最強とは言ってない)   作:塩ようかん

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 夏休み編、突入しました。


51話 慎吾と子猫の協奏曲

「しかし……タンクトップが走り込みの途中で千切れてしまうとは……事実は小説よりも奇なりとは良く言ったものだ」

 

 八月、遅めの夏休みを利用して慎吾は一人、その動きやすさから長年自身が愛用しているトレーニング着でもあるタンクトップを買いに、駅前のデパートへと訪れ、ゆっくりと店を見て回りながら歩いた結果、買い物を終えた慎吾が店を出るときにはちょうど十二時を過ぎていた。

 

「ふっ……それにしても、あれは朝方で人が殆どいなかったのが不幸中の幸いか、間違っても私の裸の上半身など見たいと思う者はいないだろうしな……おそらくは」

 

 と、ふと慎吾は、つい先日の朝方のトレーニングの最中に、毎日の激しい特訓の為についに生地に寿命が訪れてしまったのか、走り込み中にとても修理が出来ないほどにタンクトップが破れてしまい、やむ無くトレーニングを中断して寮へと戻った時の出来事を思いだし、小さく苦笑した

 

 なお、慎吾は知るよしも無かったが、一糸纏わず寮へと帰還する慎吾の姿は朝練の為に早起きをしていた運動部の一部の勇士によって撮影され、その写真はその日のうちに迅速に希望者に配られ、その希望者の一人に真耶もいたのだが、その動きはいっそ無駄な程に機敏で手早いが故にこの出来事を知る者は生徒と教員を含む希望者と、ごく一握りの生徒達しかいなかった

 

「さて……どこで昼食を……」

 

 折角の休日に出掛けたのだから昼食は久しぶりに外食にしてみようかと慎吾はゆっくりと歩き始めた

 

「うん……?」

 

 と、慎吾は歩き初めてすぐにオープンテラスが備え付けられたカフェでよく見慣れた二つの人影があるのを見つけた

 

「……どうした、何かあったのか? シャルロット、ラウラ。まるで現状は掴めないが」

 

「おぉ、おにーちゃん……」

 

 二人に接近した事で慎吾は二人が奇妙な状況に陥ってる事に気が付き、妙な顔をしながら慎重に声をかける

 

 それを具体的に言えば何故かシャルロットがかっちりとしたスーツを慎吾が若干引いてしまう程に目に怪しい光を宿した二十代後半らしい女性に手を握りしめられ困惑し、そんな状況でラウラも流石にどうすれば良いのか分からず、近付いてきた慎吾に返事はしたものの座ったままで動けないでいた。

 

「お兄ちゃん……えっとね……」

 

「……また、ここにも逸材が! ひょっとして今日は、私にツキが来てるのかしら!」

 

 かなり頭を悩ませながらもシャルロットが慎吾へと現状を説明しようとした瞬間、シャルロットの手を握っていた女性がバネ仕掛けのように首を慎吾の方へと動かし、やたらに高いテンションでそう言った

 

「わ、私が何か……?」

 

 ホラーじみた動きに押され、冷や汗を流しながら慎吾は呼吸を整えて女性にそう問いかける

 

「うんっ! 是非あなたにも頼みたい事があるの!」

 

 慎吾が気圧されてるのも構わずシャルロットの手をかたく握ったまま女性はそう言いながら慎吾へと近付くと息を吸い、次の瞬間、大声で叫ぶ

 

「あなた、うちの店でバイトしないっ!?」

 

「は、はぁ…………」

 

 その勢いに慎吾はそう困ったように返事をするしか無かった

 

 

 

 考えた末にシャルロット、ラウラに続いて慎吾がバイトを承諾した女性の店『@クルーズ』は喫茶店ではあるのだが、いかさか得意な店舗であった

 

「男性店員は執事、女性は所謂メイド……か。ラウラがメイド服なのにも関わらず、シャルロットが執事の姿をしているのはあまり詮索しないでおくか……」

 

 機敏に動いて自身の仕事をこなしつつ、働く二人の様子を見ていた慎吾は静かに呟いていた。

 

「しかし……何故私の着ているだけ執事服が白なんだ? シャルロットや皆は黒で統一してるのに……」

 

 店内を忙しく歩き回り、自分と同じはずの執事服の店員達と自身を見比べ慎吾は不思議そうにそう言った

 

 

 そう慎吾が着ている執事服は白、上着は勿論、手袋から革靴、果てやベルトやソックスまでが白一色で統一されており、唯一異なるのは流れ星のような造形のタイピンが付けられた鮮やかな赤色のネクタイのみで、遠目で見ればそれはさながら執事服の慎吾が胸に真っ赤なバラを身に付けているようにも見えた

 

「オーナーは似合うと言ってくれたが、女性店員メイド服も黒色が多いぶん……私、一人だけが店内で白では嫌でも目立ってしまうな……とっ!」

 

 仕事の手は止めず、まじまじと慎吾が自身の白い執事服を観察していると再び慎吾に入り、慎吾は即座に思考を中断するとテーブルへと向かって動き出した

 

「お待たせしましたお嬢様、オーダーは何に致しますか?」

 

 テーブルに着いた慎吾は深く、しかし媚びた様子は全く無いような力強さと優雅さを感じるような動きで、滑らかにおじぎをすると。女性客に微笑みかけた

 

「え、えっと……コーヒーとシフォンケーキを……」

 

 慎吾に優しく微笑みかけられ、注文した女性客は頬を染め緊張した何故か恥ずかしそうに慎吾にそう言った

 

「はい、コーヒーとシフォンケーキですね?」

 

 女性客の注文を受けると、慎吾は確認するように女性客に視線を向けたまま、胸元から黒いペンを取り出してさっと注文を書き込む。その華麗と言える動作に男女を問わず、周囲の客から小さな歓声が上がった

 

「承りました、それでは少々お待ちを……」

 

 注文を書き終えると慎吾は再び、さっとおじきをしてオーダーを通しに下がっていく

 

「はい、待ってます……閉店まで待ってます……」

 

 気付けば慎吾から漂う落ち着いた大人のような雰囲気に魅せられたのか、注文した女性客はぼおっとした様子で白い執事服の慎吾の後ろ姿を見送っていた

 

「金髪の執事さんが貴公子なら……さながら白服の執事さんは執事長……両方違って両方良い!」

 

「あの白服の執事の人、すっげーかっこいい……俺もあんな大人になりてぇな……」

 

「天使が三人も……私達の天国はここにあった……!」

 

 

 ラウラやシャルロットまではいかないものの、そんな慎吾の動作は店内に男女ともに小さく、しかし根強いファンを作っていった……




 この編は次、もしくは更に次で終了。夏休み中のオリジナルエピソードに突入させるつもりです

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