二人目の男子はIS学園No.1(最強とは言ってない) 作:塩ようかん
「……なんだ……あれは……」
「………………」
その日、その時、ケンとアリアは呆然とその光景を見ている事しか出来なかった。
全世界のありとあらゆる軍事施設がハッキングを受け、日本に向けて一切に無数のミサイルが発射されると言う絶望的としか思えなかった状況。それを打破すべくケン、アリアそしてこの場にはいないが慎吾の父も、その驚異を何とか退けんとMー78社が開発したばかりの上に入念に保管していた為に被害を免れた秘蔵の『とっておき』を上層部に掛け合って危険を承知で守るべき者達が暮らすこの国を守るために自らの身も省みず使用しようとしたのだ。
だが実際には二人が今まさに『とっておき』を発動させようとした直前、Mー78社の衛星カメラから二人の端末に送られてきた映像は、それでも無数のミサイルを軽々とダンスでも踊るように蹴散らし圧倒的な『力』を見せ付けてデモンストレーションの如く鮮やかに解決して見せたのはIS『白騎士』。その光景を前に二人の目は限界まで見開かれ、額にはじわりと汗が滲み体は石になったようにぴくりとも動かせずにいた
「なぁ……ケン……」
「……どうしたアリア」
やがて映像から僅かでも目を離さないままアリアが震える手を抑え掠れた声でケンに問い掛ける
「さっきまで必死にあがいて平和の為に自分に出来ることでどうにかしようとしていた俺様達は……いや俺様達以外にも何とかしようとした連中は一体なんなんだ? 全部、アレがどれだけ優れて凄いものかを世界中に見せ付ける為のピエロで俺様達は『何も出来なかった馬鹿』か……?」
「…………っ!」
怒り、嘆き、そして焦燥が入り交じったアリアの呟きにケンは何も返すことが出来ない。何故ならケンも口にこそ出してはいないもののアリアの言ってる事に間違いが無いと考えてしまったからだ
「ちっ……くだらねぇ真似しやがって……ただじゃおかねぇぞ……!」
「…………アリア」
手にした端末が軋み、悲鳴を上げるほどの力で握りしめながらアリアは怒りのままそう吐き捨てる。その瞳に映るのはミサイル郡を軽々と破壊して空を駆ける『白騎士』。そしてアリアは心中で堅く違う『この茶番劇を作った馬鹿をぶちのめしてやる』と。そしてケンはそんなアリアにかけるべき言葉を見つける事が出来ず困ったような視線を向けながら、そう呟く事しか出来なかった
これが、これこそが後にケンとアリアが決別し、彼女がベリアルへと変わる『第一歩』の出来事が起きた日だったのだが……それを今のケンは勿論、アリア自身もまるで知ることは無かった
◆
「そこからのアリアの行動は実に早いものだったな……」
そして現代、ケンは目を細めて一夏達に語りかけていた。その言葉に含まれるのは過去への郷愁。まだアリアが確かに親友であった時の懐かしさと、あまりに変わってしまった現状への悲しみだった
「篠ノ之博士が作り上げたISに関する情報をあらゆる手段を使ってかき集めた上でゼロから学び徹底的知識を付け……元から日々の鍛練を欠かさずしていた彼女が更に鍛練の時間と質を倍以上に上げ基礎から応用まで半ば狂気に満ちた程の鍛練を施し体を鍛えあげて……私もせめて彼女の心を励ませればと知識と鍛練の両方で助力していたよ」
「その……努力家……だったんですね……」
ケンの話を聞き、一夏はポツリと率直な感想を口にする
相手はIS学園を襲撃して破壊しまくり仲間達に大怪我を負わせ、慎吾まで拐った憎むべき悪。それに何一つ間違いは無いし今も決して許しはしていない。だが、それでも恐らくこの場でただ一人、ベリアルと戦闘していない事もあってか一夏はどうしてもケンの話に効くベリアルが今回のような凶行を働く人間には思えなかったのだ
「……あぁ、アリアは努力家だったよ。それでいて本人の生まれ持った才能も超一流。……言動に粗暴さも目立ったがそれでも慕うものも多くいて……身内贔屓を抜きにしてもまさに彼女は『努力する天才』を絵に書いたような上に立つに相応しい人物だった」
「ちょっと……アンタあいつが敵だって分かってるんでしょうね?」
それに対するケンの言葉もまたアリアへの惜しみ無き称賛。それに反発を覚えたのか鈴が顔をしかめた様子でケンにそう問いただすと。ケンは悲しげな顔のまま『もちろんだ』と短く返した
そう、ケンにはベリアルと名乗るアリアがしでかした事の重大もそれによりここに揃ったIS学園の人々のからだも心も酷く傷付けてしまった事も良く理解していた。それでも尚、彼女を忖度せずに称賛するのはかつての親友としての立ちきれぬ未練なのか
「……だから……そんな彼女だからこそ『狙われた』のかも知れない」
それともそれは罪悪感による拘泥か。ケンは相変わらず浮かない顔で言葉を続ける
話は再び過去に遡る
◇
「俺がISのテストパイロットの依頼だと? ……唐突すぎて訳わかんねぇぞ」
自身と慎吾の道場での訓練に最近、入ってくるようになった早田と諸星を父親の死以降ますます張り切って修行に取り組む慎吾のついでにと纏めて対処しつつ、三人纏めてしっかりとしごきを入れてダウンさせてから、軽く流した汗を拭いつつ自宅では無くMー78社へと戻り、休憩室で飲み物を口にしていたアリアを出迎えたのは居合わせたケンからのそんな言葉だった
「……あぁ、とは言ってもあまりおおっぴらに言える話では無い。だから……アリア」
怪訝な顔でアリアが問いただすとケンは真剣な表情でアリアに向けて視線を送り、声のトーンを僅かに落とす
「……一体なんだよ?」
その仕種でケンの求める事を理解したアリアは少しばかり面倒くさそうな表情をしながらもケンの元へと更に歩みより、小声でもしっかりと聞こえるように耳を向けた
「……この依頼は政府から我が社に直接申し込まれた。それもテストに必用不可欠な極一部の人間以外には極秘とするとの条件付き。……念を入れて探りを入れたが政府公式の依頼で間違いないようだ」
「……あぁん?」
小声で語られたケンの言葉を聞くとアリアは訝しげにそう言うと盛大に眉をひそめた
どう贔屓目に考えても怪しい依頼だった。しかも非常に多くの分野の人材と太い縁があるケンに探りを入れられてまるで引っ掛からないと言う事は政府の名を語るテロリストやら詐欺だとも考えづらい。と、なると考えられるのは……
「……政府様とやらは俺様に公に出来ないほど訳ありのヤバイ機体に乗らせようって訳か?」
脳内でそう結論付けたアリアはそう言うとニヤリと笑みを浮かべる。ここ数年で自身の願望を叶える為にISに関しても相当の事はやった。だからこそアリア『目標の一人』を除いて自身にISでの戦闘で勝てるやつなどいないと断言できたし、過去に自分が行った内容で政府から恨みを買うような事も一つや二つでは無いことも理解していたのだ。
「無論、君が不審に感じたり拒否するならこの話は突っぱねる……。と、言うのが上の意見で、正直私も進められないが……どうするアリア」
そんなアリアの思案を知ってか知らずか周りに盗み聞きしているものがいないか警戒しながらケンは答えを求めて尋ねる
「……リターンは何だ?」
「そんないかにも怪しい話、余程のバカでも引き受けねぇなんて誰でも分かる話だ。……それ相応のエサがあるんだろ?」
それに対しアリアはひそめてた眉を元に戻し、真っ直ぐにケンを見据えると有無を言わせぬような、しかし確信した様子の口調で逆にそうケンに問いかけた
「……試験飛行で機体との相性が良く、尚且つ優れた成績を残した者には機体を譲渡した上で代表候補の一人に抜擢するそうだ」
「……! なるほど、そいつは飛びっきりのエサだな」
ケンの言葉を聞くとアリアは一瞬だけ目を見開くと口元に笑みを浮かべる。
「つまり……向こうはそこまでしてまで自分達が作った新型機の搭乗者が欲しくて仕方ねぇのか。ハッ……こりゃますますキナ臭い話だなぁ?」
「そうだな……。ならば……やはりこの話は……」
軽く笑いながらそう言うアリア。今、まさに政府に対してアリアの不信(とは言っても元々アリアは政府に信頼などはしていなかったが)を決定的な物とし、それを察したケンも断りの知らせを入れるべく動こうとし……
「だが敢えて俺様は、この話に乗ってやるぜ」
「なっ……!? アリアっ!?」
ニヤリと笑ったアリアの口から発せられた言葉に思わず目を見開き大声をあげた
「……落ちつけよケン。確かにこいつはキナ臭い上に怪しい話だ。……だがな、それでも結果を出せばMー78社がまだ研究中のコアを調べあげるより早く俺様には専用機が手に入るんだ。そうすりゃあ俺様の願望が叶う、なら俺様にはリスクを背負うかいがあるってもんだ」
対してアリアはごく落ち着いた様子でケンを諭すように語る。間違っても勢いや冗談で言った訳では無いらしく、アリアの口調は非常に落ち着いていた
「……君の願望とは?」
その落ち着きに異様さを感じながらもケンは尋ねる。とは言うものの、アリアがどう答えるのかはケンには粗方推測がついていた。ケンとしてはそれを単なる自分の考えすぎだと思えるような言葉を密かに望んでいたのだ
「俺様の願望? そんなの決まってるだろう……」
「あの伝説扱いされたブリュンヒルデ……。いや、織斑千冬を俺様が打ち負かし、長く延びきった篠ノ之束の鼻を叩き折る。どうやら篠ノ之は織斑にご熱心のようだからなぁ……それが俺なりの世界に舐めた真似をしてくれた篠ノ之束への借りの返し方だ」
「…………っ!」
そうハッキリと語るアリアを前にケンは何も返す事が出来なかった。あまりにもその言葉の内容が予測した通りの言葉だったのだ
確かに白騎士事件から幾年かの時が過ぎた現在、Mー78社は既に白騎士事件の切っ掛けとなった世界規模のハッキングが篠ノ之束によって起こされた可能性がほぼ確定的だと言うことを突き止めていた。そしてその情報をアリアが聞き付けて以来、更に過酷に己を磨いていると言うことも
「(アリア……やはり君は変わってしまったのだな……)」
次第に一歩、また一歩と暴走してくアリアにケンは深く頭を抱え、苦悩する。がらしかし、強くこの場でアリアを止めようする事は出来なかった。何故ならば確かに白騎士事件はケンにとっても到底納得出来る物では無かったのは事実であり、その分ではアリアの想いも理解する事が出来たのだ。そして何より
「(しかし、それでも私は君を……)」
ケンは親友であるアリアを信じたかったのだ。きっと話せば理解してくれる。分かり会えると心の底から信じていたのだ
それが取り返しのつかないほど大きな過ちの第一歩だとも気付かずに