視えざる船たちの記憶――特設監視艇第7光明丸航海記   作:缶頭

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第16話

 ヴィッカース社バロー・イン・ファーネス造船所の連中は良い仕事をした。被雷した金剛は左舷

に傾斜し主砲塔2基が旋回不能となるダメージを受けたものの、なおも戦闘行動は可能だった。

魚雷の炸裂によって上がった水柱と水煙の向こうからゆっくり姿を現した彼女は艤装を激しく損

傷していた。だが致命傷ではない。とりもなおさず設計と製造が優れていることの証である。衣

服が乱れ袖やスカートの先端が千切れはしているが、金剛本人に目だった怪我はない。14隻もの

数がいた魚雷艇は全て沈めた。それでいて被害は魚雷一本被雷なのだから相当の勝ち戦と言える。

傾斜しながらも航行し続ける金剛を心配する榛名だったが、彼女が姉に声を掛ける前に船員妖精

からの報告が耳に届いた。

「E-27に反応、敵の電探がこちらを探っています!」

 逆探が深海棲艦が発する対水上レーダーの電波を捕まえた。つまり向こうはこちらの居所を捉

えつつある。ところがこちらの電探は何物をも捕らえない。電子技術に関しては深海棲艦の方が

一枚も二枚も上手だった。敵艦のレーダー波に体をなめ回される気味の悪い体験をすること数分。

ようやく青葉の電探が大型艦2隻と小型艦数隻をキャッチした。大型艦は偵察機が見つけた戦艦、

小型艦は逃げていった駆逐艦に相違ない。ほぼ同時に、金剛の周囲にいくつもの水柱が立った。

敵はレーダー射撃をしているのだろう、初弾から憎たらしいほど正確な射撃をしてきた。ここか

らが本番ネー、と言ってなおも指揮を執ろうとする金剛。確かに彼女に退避されては戦力的に厳

しい。しかし最前線で殴り合わせるにはいささか損傷大である。

 古鷹の提案で重巡・駆逐艦による雷撃戦を積極的に狙っていくことに決められると、6隻は金

剛・榛名・古鷹・青葉・朝潮・望月の順に単縦陣を組んで敵を身構える。電探のスコープに敵の

姿が大写しになる。敵の姿が水平線の向こうにチラリと見えた瞬間、敵の第2弾が送り込まれ

次々と水柱を立てる。辛うじて命中はしなかったが敵弾は夾叉しつつある。一度夾叉すれば後は

数学的確率論の世界だ。敵も単縦陣を取っている。先頭から戦艦タ級フラッグシップ、同エリー

ト。そして最初に交戦した4隻の駆逐ニ級。

 タ級フラッグシップは艤装が妙に膨張しており、激しく衝突した自動車のように歪な形をして

いた。その上からかさぶたのようなゴツゴツとした物体がこびりついており、ただでさえ不気味

な姿がさらに不気味になっている。いつもは素肌(?)をさらしているはずの腕や足にも似たよ

うな「かさぶた」が二層三層にはりついており、さながらバルジを彷彿とさせる。中破した機関

と船体を無理矢理修理しました、といったような感じで、金剛の船員妖精に寄れば23ノット出て

いるかも怪しいという。であるなら重巡と駆逐艦を先に突入させたのも分からないではないが、

結果としては大失敗だ。焦らず全艦で行動していれば重巡2隻を失わずに済んだものを、死にか

けの輸送船団だと舐めてかかるからだ。

 とはいえこちらにとっては幸運以外の何物でもない。単艦としての性能は金剛型よりタ級の方

が上だ。しかもフラッグシップとエリート。長門型に匹敵すると見て良い。先に敵重巡2隻を撃

沈できたのは値千金の戦果と言えた。第二戦隊は敵艦隊の頭を取ろうと緩やかに回頭している。

敵は同航戦へ持ち込むと見せかけてフェイント。逆方向に舵を切ってこちらの尻に食い付くよう

に動く。先ほどのお返しとばかりに金剛の可動する2基の主砲と榛名の4基の主砲が旋回し、敵に

狙いを付ける。ギリギリ目で見える範囲に敵艦がいるということは、互いの距離が5海里も無い

ことを意味する。着弾までものの数秒だった。敵艦隊の頭上を飛び越えて着弾した金剛の主砲弾

は焦げ茶色の、榛名の主砲弾は鮮やかな朱色の水柱を上げた。砲弾の風帽と被帽の間に染料が入

っているのだ。艦ごとに別の色を入れておけば、激戦の中どれが自分の放った砲弾か見て分かる。

船員妖精の観測をもとに艦娘は照準を修正し次弾を放つ。その間も深海棲艦の砲撃は続く。第二

戦隊は重巡と駆逐艦の突撃を援護するため、その障害となる駆逐艦を先に狙っている。一方深海

棲艦は、自分たちが重巡2隻分の不利を背負い込んでいる事を自覚しているらしく、戦力差をひ

っくり返そうと被弾した金剛に狙いを絞っている。

 ニ級に主砲弾が命中する。金剛姉妹いずれかの36センチ弾が命中したのか、船体の半分が一瞬

で消えて無くなりそのまま沈んでいった。チャンスと見るや手はず通りに古鷹以下4隻が隊列か

ら離れ、敵艦との距離を一気に詰め雷撃を浴びせんと突撃を開始した。4隻合わせれば一度に発

射できる魚雷は30本にもなる。そのうち16本は古鷹と青葉の酸素魚雷だ。命中さえすれば戦艦の

撃沈も夢ではないが、その「命中」の2文字が至極困難であった。敵艦の妨害を切り抜けつつ発

射地点へ進出すること、目標の速度と方位を正しく測定して発射すること、信管の不発や早爆が

起こらないことの3つはどうしてもクリアする必要があった。威力が高い分制約も多い兵器だっ

た。一直線に自分へと迫る艦娘だったが、2隻のタ級は大した興味もないという様子で相変わら

ず金剛へ砲撃を続けている。

 3射目4射目と続くうち、ついに金剛が被弾した。16インチ弾が彼女の稼動しなくなった砲塔を

貫き、その力は砲塔を破壊するだけでは飽きたらずバーベットを突き抜け、砲塔リングをも歪ま

せ、あわや弾薬庫にまで達しかけた。飛び散る破片は船員妖精たちと金剛自身を襲う。金剛の悲

鳴は金属が裂かれる音でかき消された。2隻目のニ級を撃沈した所で榛名は金剛に目をやる。横

に長い艤装の左側がざっくりと破壊されていた。元より旋回不能になっていた2基の砲塔は今や

ただの鉄屑へと変貌している。もう2基の主砲は健在のようで今も火を吹いているが、副砲はピ

クリともしない。電気や動力がやられたか、それとも船員妖精の問題か。被雷した箇所のすぐ隣

に被弾したせいもあり、被害は2倍3倍とふくらんでいく。火災も誘爆も起こらなかったのは全く

の幸運と言えた。僅か1発で中破し戦闘能力の大半を奪われた金剛に満足したのか、2隻のタ級は

突撃する古鷹たちへとその全砲門を向ける。

 立て続けに撃ち込まれる戦艦の主砲にもひるまず、タ級への接近を防ごうとするニ級をもはね

のけ、4隻は雷撃地点へと到達する。号令の下次々と海へ放たれる魚雷。それらを回避しようと

気を取られる敵艦に砲撃。さらに次発装填装置を持つ望月以外の3隻は二度目の雷撃を行うべく

なおも前進する。三段構えで斬り込んだ4隻にタ級エリートは全速で回避を試みながら射撃を続

けた。互いに大角度で転舵しているためか至近距離にもかかわらず砲撃がまるで命中しない。ガ

コンッと重い音と共に新たな魚雷が艦娘たちの発射機へ収められた。距離を詰める彼女たちを集

中砲火で押し留めんとするニ級もその数はすでに2隻。一歩引いた所にいる望月はそうはさせま

いと射撃を続けニ級の横っ面を叩いている。

 合図して2度目の雷撃。最初に発射位置に達した古鷹が8本の魚雷を放つ。続いて朝潮が6本―

―8本でないのは鹿野丸の雷撃処分で2本使ったからだ――発射。圧搾空気に押し出された魚雷が

次々と獲物を求めて海中へ続々と飛び込んでいった。少し遅れて青葉も続き、狙いを付ける。こ

れで最終的に52本もの魚雷が海を埋め尽くすことになる。

「発射しますよぉ!」と叫んだ青葉の魚雷発射管から酸素魚雷が飛び出す。と同時に彼女の艤装

に大穴が空いた。あまりの衝撃ではじけ飛んだカタパルトが頭に叩き付けられ、艤装の破片は榴

弾の破片となんら変わらぬ役割を果たし身体を傷つける。魚雷発射管をぶち抜いた砲弾はそのま

ま主砲塔をねじ曲げ、あるいはへし折っていった。あと数秒早く被弾していたら魚雷の誘爆は避

けられなかっただろう。青葉に命中弾を与えたのはタ級フラッグシップだった。魚雷を放たれた

後もまるで回避運動を行わず、ほんの少し面舵した後に定針したまま射撃を続けていたのだった。

右へ左へと動かなければ当然その分狙いは付けやすい。と同時に、何本かの魚雷を喰らうことを

も意味している。

 タ級フラッグシップの足下で爆発が起こり水柱が立つ。しばしの後に水柱の中から現れると、

まるで損害がないといった様子で増速しつつあった。いや、よく見ればその姿が少し違っている

のが見えただろう。「かさぶた」だかバルジだか分からない物体が吹き飛び、その下からサメ肌

のようなざらついた下地が見えていた。自分に向かってくる魚雷が派手な雷跡を引いている、つ

まり酸素魚雷でないことを見抜いたタ級フラッグシップは被雷覚悟で重巡艦娘を潰しに来たのだ。

魚雷が命中してもビクともしないタ級の体と艤装がその自信を証明していた。「青葉!」と叫ん

だ古鷹の左目がまばゆいほどの光を放ち、主砲を斉射しつつ青葉とタ級の間に入る。朝潮と望月

も青葉に近づきながらニ級を追い払い、後方では金剛と榛名が目標をタ級に変え砲撃を続けてい

た。ニ級は馬がいななくような奇怪な音を立てると、目の前にいる重巡と駆逐艦を尻目に金剛た

ちへの突撃を開始した。被弾した青葉のサポートで手一杯な古鷹たちの間隙を縫い、カウンター

を掛けようというのだ。

 させまいとする古鷹にタ級2隻の砲弾が殺到する。16インチ弾が彼女の右肩の上から突き出て

いる砲塔に命中、船員妖精ごともぎ取って行った。吹っ飛んだ砲塔から飛び散った破片が散弾の

如く煙突、電探、魚雷発射管など多数の装備と肉体に襲いかかり無数の損傷を与えていく。体の

節々がねじ切れそうなほど痛むのをこらえ、古鷹はとどめを刺そうと回頭しこちらへ迫るタ級エ

リートに残った主砲を向ける。斉射した砲弾が命中するが、さしてダメージを与えられていない。

次々と撃ち込んで砲塔の一つを沈黙させた所で時間は切れた。タ級エリートが身に纏う赤い光が

激しさを増す。やられる、と直感が告げるのと同時に両手を広げて青葉の前に立ち身を盾にする

古鷹。

 だが、サボ島沖の記憶は繰り返されなかった。

 タ級エリートが回頭した場所、面舵を切って飛び込んで来たまさにその場所に、青葉が遅れて

放った2度目の魚雷が飛び込んだ。2本の酸素魚雷が的確なタイミングで起爆し、炸薬が大爆発を

起こしてタ級の船体が跳ね上がる。凄まじい勢いで傾いていくタ級はなおも古鷹に狙いを付けて

いたが、今度は榛名の砲弾が飛び込んだ。艤装と生身の部分が真っ二つに分かれ、炎と煙を上げ

ながら沈んでいく。その姿を見ていた古鷹の肩に青葉が手をやった。額から血を流している。致

命傷ではないが、継戦できるかは分からない。2隻とも手ひどくやられていた。戦艦の主砲弾を

喰らったのだから当然だ。たかだか数発で笑ってしまうくらいに傷ついた。だが逆に言えば、笑

えるくらいの空元気はいまだ有している。ところが青葉は、空元気による笑顔ではなく心からの

笑顔を作って、古鷹にこう言うのだった。

「今度は青葉が守ってみせますよっ!」

第二戦隊は戦艦1中破、重巡2大破。深海棲艦は戦艦1、駆逐艦2撃沈。勝敗はまだ分からないが、

深海棲艦側がやや不利か。その状況を覆すべく放たれた二級は猛犬のごとく全速力で金剛に接近

し、雷撃を図らんとする。タ級エリートへ砲撃を加えていた榛名がそちらに気を向けることが出

来た時には、すでに二級は雷撃距離へと突入しつつあった。副砲で狙うには向きが悪い。思い切

り面舵をとりつつ主砲を放つが、すばしっこく動いて回避される。このままではいけない。回頭

する時間が、次弾装填するまでの時間が酷く長く感じた。金剛も無事な主砲に火を吹かせるが、

やはり当たらない。砲弾が立てた水柱を突き破って飛びだしてきた2隻の二級は、船体をブルッ

と震わせると何本もの魚雷を発射する。榛名は副砲を片っ端から撃ちまくりながら回避運動へ。

金剛もそれに続く。だが速力が上がらない。被弾のダメージは機関にまで達し、彼女自慢の船足

はいまや鉛のように鈍っていた。

 魚雷は迫る。金剛は舵を切る。魚雷はさらに迫る。一か八かで主砲で海面を砲撃する。効果が

ないまま魚雷は目と鼻の先にまで迫る。声にならない声を上げ、息を呑んだ金剛の目の前を灰色

の塊が横切った。その物体が艦娘であることは直ちに分かったが、自分と同じ「金剛」という名

前を書かれた旗を背負っている理由が彼女には分からなかった。

 戦艦金剛の目の前で爆発が起こる。海面が盛り上がり、海水が四方へと大量に飛び散った。

 


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