やはり幼馴染なんてものは、どこかまちがっている。 作:フリューゲル
月に一度の更新ということで、気付けば十月の末、秋の深まる季節ですね。
先月投稿をしたときには七分袖くらいでちょうどいいくらいなのに、今日なんかはとても涼しく、長袖一枚でも寒いくらいです。
十月の終わりにはハロウィンという良くわからないイベントが、いつの間にか定常化しまして、東京の方ではコスプレをして練り歩くなんて光景が見られるそうで。
そんなイベントに参加するのは、古い言葉になりますが「リア充」と言われる人たちばかりなので、私には縁がなく、遠い世界のように思いながら、日々のハロウィン関連のニュースを聞き流していたりする近日です。
きっと青春や現実を謳歌されている皆様は、様々な衣装を身に纏って、玄関のドアを開くことなのでしょう(白い目)
それでは、ご覧下さい。
ぎゅうぎゅう詰めの満員電車の扉が開くと、こらえきれないように人の波が大きく吐き出された。
それは電車の端っこで押し潰されるように乗っていた俺たちも例外ではなく、押し合いへし合いをしながら弾き出された拍子に、隣に居たはずの切花を見失ってしまった。無秩序に流れる駅のホームは見知らぬ他人ばかりで、普段見慣れた顔を見つけだすことができない。
……だから人混みは嫌なんだよ。
心の中で毒づきながらも、電車が出発し人が捌けるのを待ちながら切花を顔を探していると、
「八幡さん、すみません」
と背中から声を掛けられた。
振り返ると混雑のせいで乱れた裾や髪を直しながら、切花が小走りで向かってきていた。浴衣を着ているせいか、歩幅が小さくぱたぱたとした走り方だった。
「おう。つーか何でこんなに人が多いんだよ……もう帰りたくなってきたぞ」
「そんなこと言わないで下さい。人が多いのもお祭りの醍醐味ですよ。雅じゃないですか」
「なら今年の夏に材木座が行ってきたお祭りも、さぞ風流だったろうな」
充満する汗のにおいに、焼き付けるような日差し。体をぶつけ合い、汗で湿った肌のぬめぬめとした感触が伝わってくる。……想像しただけで気持ち悪くなってきた。
冗談の意味が分からなかったのか、口元に笑みを湛えていた切花は首を傾げると、そのまま俺と隣に並んだ。どうやら身繕いは終わったらしい。
「……ほれ」
手を差し出すと、切花はこれまた嬉しそうに頷くと、手をおずおずと握る。真夏にも関わらず切花の手はひんやりとしていて、柔らかかった。
……別に普段出掛ける度に手を繋いでいるわけじゃないが、さっきみたいにはぐれると面倒だからな。
近場の花火大会兼夏祭りに行ってくればと小町から提案されたのは、俺が強制的に千葉村連れていかれてから数日経ったときだった。
真夏の真っ昼間。じりじりとした暑さが部屋の中にまで侵入してきて何もする気が起きず、ただぼうっとソファーに寝転がっていたとき。図書館から帰ってきた小町が、目の前に下手くそな花火のイラストが書かれたチラシを掲げてきた。
暑さのせいか扇風機の風も生温かく、テーブルに置いたままのコップの氷はとっくに溶けきって水に戻っていた。
「なんだ、それ。お前が書いた絵が、どっかの小学生向けのコンクールに入選でもしたのか?」
適当に、冗談めかした調子で尋ねると、小町は冷たい目をして至極残念そうにため息を吐いて、
「お兄ちゃん、こんなに察しが悪くなるなんて……小町はホントに悲しいよ」
「お前な、人間たまには気づかない振りをするのが大事なんだよ。上司が人手を欲しそうなときでも、知らない顔をしてタイムカードを押すのが仕事を円滑にするコツだ」
何せ一度手伝ってくる奴という烙印を押すと、何でもかんでも仕事を振ってくる奴というのはそこら中にいる。俺とかそうだし。どうしても引き受けるときは、自分の仕事が忙しくて次は難しい的なニュアンスを醸し出さないと単なる便利屋に落ち着いてしまう。
「というか夏祭りに行きたいなら、切花でも誘えばいいだろ」
「……もしかして、それ本気で言ってる?」
「お、おう」
「……はぁ~」
小町は両手を大きく広げて「やれやれ」と海外ドラマのように芝居がかった様子で呟くと、俺に起き上がれといったようなジェスチャーをした。
ここで反論すると、大抵倍以上の言葉が返って来るのは経験上知っていたので、大人しく従うと、小町はソファーの空いたスペースにちょこんと座って、指を立てた。
「あのね。お兄ちゃん。夏と言えば花火。花火といえばお祭り。そしてお祭りと言えば、カップルのデートスポットでしょ」
「いや、祭りって元は祭礼だから、起源を辿ればカップル関係ねえだろ」
「またそうやって屁理屈言う。つまり、せっかくなんだから、朱音ちゃんと行ってくればってこと!」
「……でも、あれだろ。花火大会も併設されるってことは、めちゃくちゃこむだろ、あそこ」
花火大会なんて、五輪を除けば夏で二番目に混雑する場所だ。しかも往路も復路も、電車だろうと車だろうと必ず混むので、行くだけでも酔いそうになる。しかも大抵同級生が来ているので、気になっているあの子が軟派な野郎と遊んでいる姿を目撃する羽目になる。
しかも花火だけなら、当日に家の近くからでも見ることができるわけだから、わざわざ現地まで足を伸ばす必要なんてない。
そうやって云々と考えながら唸って、「今回は残念ならお見送りで……」と返事をしたところ、小町は俺の耳に顔を近づけて、魔法の言葉を口にした。
「朱音ちゃんの浴衣姿、見たくない?」
……そういうわけで今日本日この夜、洪水のような人混みを泳ぎながら、夜空の下で花火大会までの道のりを二人で歩いているわけである。
切花もこの雰囲気に即して淡い花びらが浴衣を来ていた。珍しくアップにした髪を簪で留め、黒下駄をからんころんと鳴らしている。顔は薄く化粧をしていて、普段よりも白い頬がほんのりと赤く染まっていた。
普段ストレートにしているせいで隠されたうなじが、これでもかと晒されてぐっと艶っぽい。なるほど世の中にいるうなじ好きの気持ちが、高校二年になって初めて理解できた。
草の匂いをはらんだ夏の風が吹き、囁き合うような会話の隙間に虫の鳴き声が聞こえてくる。遠くには篝火のように出店の灯りが並んでいて、その淡い光が不思議とどこか遠くへ来たように感じさせる。
それはここにいる誰もが同じように抱く幻想だ。一夜限りの幻に自然と高揚感が沸き上がってきて、これだけの人混みにも関わらず、誰もが酔ったように浮き足立っている。
「そういえば、小町ちゃんもここに来ているんですよ」
「あ? そうなのか。あいつそんなこと全く行ってなかったぞ」
「はい、雪乃さんと結衣さんと一緒に。私もお母さんが着付けができなかったので、雪乃さんにやってもらいました」
そう言って切花は、両手を広げて浴衣を見せてくる。改めて切花の浴衣姿を見てみると、かなりしっかりと着付けられている。帯も形が良く締められていて、髪も隙がなく纏められている。
流石お嬢様かつ、性格以外完璧女子の雪ノ下である。あいつのことだから、由比ヶ浜にせがまれ、口では仕方がないといいつつも、のりのりで全員分の着付けをしたのだろう。
やがて会場に到着すると、ずらりと並んだ出店が俺たちを迎えた。
最初から花火を特等席で見る気はなく、出店を回りつつ適当に花火を眺めると決めていたので、そのまま出店へと足を運ぶ。
祭り囃がどこかから響き、焼きそばやらフランクフルトやチョコレートの匂いが入り交じった中を歩いていく。まだ花火が打ち上がるまでに時間があるからか、そこら中に浴衣姿が溢れていた。
下駄を履いているせいで、普段よりも歩みが遅い切花の手を引きながらいつくかの店に顔を出していく。ほとんど冷やかし程度で俺は何も買わず、切花はリンゴ飴を一つ買ったきりだった。
「……なかなか減らんな、それ」
「ちょっと大きいですね……でも美味しいですよ」
リンゴ飴に染められたのか、真っ赤になった口唇を動かしながら、切花は言った。
いくつかの出店を回りながら、切花はちょこちょこと飴をかじっていたが、未だその半分も減っていない。よくよく考えれば小さくても丸々一個のリンゴを使っているので、減らないのも当然かもしれない。
「とういかあれだろ。リンゴ飴なんて、もとの果実の質の悪さを誤魔化すためにめちゃくちゃ
甘くしてあるから、胃もたれしそうだよな」
「またそんなことを言って。でも甘さが控えめで本当に美味しいんですよ……食べてみて下さいよ」
少し拗ねたように頬を膨らませながら、リンゴ飴を差し出してくる。少しづつかじっているから、でこぼことした表面が唾液で塗られて妙に光っているように見えた。つい、切花の口元に吸い寄せられるように視線を向けてしまう。
「……いや、いらん」
流石にこれに口をつけられるほど、俺はまだ大人じゃない。
切花は目をぱちくりとして不思議そうにしていたが、自分が口にした意味に気が付くと、口元をゆっくりと歪ませて、
「……照れてます?」
「違う。こんな人工甘味料溢れたものを食ったら、長生きできなくなるだろうが」
「普段からあんなに甘いコーヒー飲んでいる人に、言われたくないですよ」
またリンゴ飴を一口かじると、切花はべーと舌を出した。飴に彩られた舌はやけに赤くて、艶めかしかった。
それからも適当に出店を回っていく。照明の光がちらちらと毎、訪れた人々は各々に食べ物を手にしたり、金魚が入ったビニール袋を提げていたりしていた。祭り特有の、即物的ながらも一夜限りの儚さが入り交じった、独特の空気だった。
切花もそんな雰囲気に酔ったのか、はしゃいだように軽い冗談を交えて、楽しそうに頬を緩めていた。
「八幡さん、ちょっとだけ休んでもいいですか?」
「別にいいが、どうかしたのか?」
「いえ、ちょっと疲れちゃって。下駄で歩くのって、結構大変なんですね」
下駄を履いたことはないから分からないが、足下が不安定だし、靴底のように遊びがないから、スニーカーよりも負担が掛かるのだろう。
男はこんな不安定な履き物は下駄ぐらいだろうが、女子はそれに加えてヒールという頻度多め、見た目抜群、機能性最悪の靴があるから更に大変だろう。
メインの出店の通りを抜けて、人気の少ない方へと歩いていく。この近辺は神社もあるため、やたら鬱蒼とした木々が並んでいて、静かだった。月明かりが届きにくいせいか、目の前に深い暗闇がずっと広がっている。
何かベンチでもないかと思い、辺りを見渡しながら歩くと、この先に休憩所が有るというので、看板に従って歩いていく。そうして道なりに曲がると、少し先を行っていた切花が驚いたように目を見開いた。そのまま気まずそうにちらちらと、ちらちらと俺と先の空間を見比べると、「戻りましょう」と囁いてきた。
「あ、何でだ? この先に休憩所があるだろ」
「い、いいですから、とにかく戻りましょう」
強い口調と、控え目に押してくる手をかわしながら体を乗り出し、切花の視線の先を覗くと、一組の男女が暗闇の中で身を寄せ合っていた。
「……んっ」
彼らは目を閉じて互いの体に腕を回すと、唇を押しつけ合っていた。下顎が貪るように、いやらしく動いている。俗に言う、ディープキスである。
「ほら、戻りましょう!」
「お、おう」
元来た道を辿りながら、黒い土を踏みしめる。切花と繋いだ手がびっくりするくらい熱かった。不意に強く握ってしまうと、切花が身を堅くするのが分かった。
暗がりを抜けて、月明かりが上がる道に出る。月の光に照らされた切花の横顔は、夜でも簡単に分かるくらいに真っ赤で、恥ずかしそうにずっとそっぽを向いていた。
空気を揺らすような大きな破裂音が聞こえてくるので、空を見上げてみると、夜空に巨大な花が咲いていた。
「花火、始まっちゃいましたね……」
「そうだな。立ったまま見るのも辛いし、会場まで行くか」
「ここでいいですよ。静かですし、それにちゃんと花火は見えますから」
夜空に咲いた色とりどりの花火は、あちらこちらに咲き乱れながら、すうに散っていく。絶えず生まれては消えていく光景は美しく、そしてやはり儚げだった。
「八幡さん、今日は連れてきてくれてありがとうございます」
「礼なら小町に言え。元はあいつが提案したことだからな」
「もう、そういうのは言わないほうがいいんですよ」
そう諭すように言いながらも、切花の表情は穏やかで、夜空に浮かぶ花火をじっと見つめている。
「花火ってやっぱり生で見るのが一番ですね。写真で切り取ってしまうと綺麗なんですけど、あんまりにも存在感がありすぎて、違ったものに見えてしまいます」
何故か初めて出会ったときの切花を思い出した。
あの頃のあいつは、平然と一人で歩いていて、どこか存在感がなくて儚げだった。一人で揺らめいている切花は確かにそこにいるのに、触ってしまえば簡単に消えてしまうような、そんな力強さと、儚さを持っていた。
月下美人という言葉が浮かぶ。一晩の間にしか咲かない、美しさを象徴。儚げなものに美しさを見いだすのは、古来からの風習なのかもしれない。
「どうかしたんですか」
「いや、何でもない」
「……そうですか」
繋いでいる手は柔らかく、ちょっとだけ強く握ると切花も控えめに握り返す。切花は少し迷ったように口唇に手を当てると、夜空に一際大きな花火が描き出されるのと一緒に、そっと顔を寄せた。
ご覧いただき、ありがとうございます。
今回もデート回で、夏のお祭りのお話を書かせていただきました。
実はいうとハロウィンのイベントで、コスプレをさせる話も考えてはいないのですが、割と描写が面倒なのと、オチが思い浮かばずに頓挫しました。
ただ個人的に夏の夜、とくにお祭りの何とも言えない浮遊感ともいうべき雰囲気はとても好きで、今回のお話でその雰囲気をしっかりと描写できたらなと思います。
さて、次回ですが、番外編の番外編というべき話になると思います。本編の最終回で書いたかもしれませんが、朱音に振られた男の子のお話です。
原作のキャラは小町しかでませんし、もの凄くシリアスな話になるかと。
そのため合わない人もいると思いますが、ちょっと書いてみたいテーマでもありますので、読んでいただければ幸いです。
それでは、また次回。