やはり幼馴染なんてものは、どこかまちがっている。 作:フリューゲル
シルバーウィークの中間日ということで皆様何をされているでしょうか。五日ほど長い連休だと、こちらも下準備をしないとなかなか上手に過ごせないことも多いかと思います。
ご利用は計画的に。というキャッチコピーがありますが、こういうのは大型連休も同じで、五日分の予定をしっかり詰めておかないとあっという間に過ぎていきます。本を何冊読むとか、家に仕事を持ち帰ってどこまで進めるかでも構いません。事前にしっかりと予定を立てて、有意義な連休を過ごせようお祈り申し上げます。……あと三日間何しよっかな~。
今回は小町視点の話になります。それではご覧ください。
比企谷小町が小学校に入学してから、一ヶ月ほど経ったころ。初めて通う小学校の緊張と興奮もだんだんと落ち着いて、少しずつ忙しい毎日に慣れてきたことだ。
小学校は、兄の八幡が言うような孤独な場所とは全然違っていた。当たり前に友達ができて、休み時間には友達と楽しくお喋りをし、給食を食べて家に帰る。そんな穏やかな毎日を過ごしていたある日、お喋りなクラスメイトがある噂話を口にした。
「二組にすっごく綺麗な子がいるんだって」
そう興味深そうに話していた彼女であったが、件の人物を見たことはないらしい。そのままの張りのある口調で「ねえ、どんな子なのかな?」と小町たちに問いかけると、その子の話題で持ちきりになった。
たとえばお姫様のようだとか。リカちゃん人形みたいだとか。そんな風に想像を膨らませて話していると、自然と小町もどんな子なのだろうと興味が沸いてくる。
小町の頭の中では少し前に映画で見た、シンデレラの姿が思い浮かぶ。厳しい母親と姉妹に虐げられならも、華やかな衣装に身にまとった女の子。ふわふわで金色の髪と西洋人形のように整った顔立ちの女の子が頭の中に現れて笑っていた。そんなことを想像しながら、そんな子だったらとっくに目に付いていることに気が付く。小さく笑ったあとに想像を打ち消した。
その子を実際に見る機会はすぐに訪れた。
体育からの帰り道。「静かに教室に戻りなさい」という先生の言葉を守りながら廊下を歩いているときのことだ。何人かで囁き合って内緒話をしていると、あの噂話をした子が通り過ぎる教室の中を指さした。
「ほら綺麗な子って、きっとあの子だよ」
視線の先の教室は静かで、国語の先生の淡々とした声が響いていた。五月が過ぎて、温かな日差しが入り込む教室はそこだけ時間の流れが遅いように穏やかで、うつらうつらと船を漕いでいたり、飽きて教科書に落書きしている子がいる。みんなどこか退屈そうにしていて、この時間が過ぎるのを待っているなか、彼女はそこにいた。
……お人形さんみたいだと、どうしてか思った。
ぷっくりと膨らんだ形の良い口唇と透き通るような白い肌。すっきりとした顔立ちはびっくりするくらい綺麗で、それこそ作り物のように整っていた。
背中まで伸ばした髪も、小町のような癖っ毛ではないさらさらのストレートで、ほっそりとした手足は触れば壊れてしまうと思うほど頼りなさげだった。
そんな彼女は机に座っている。けれども恐ろしいほどつめたい表情をしていた。誰を見ている退屈そうに聞いているわけでもなく、ただ授業を聞いているだけだった。一人きりで完結してしまったようなつめたくて、悲しい顔だった。
先生が板書をすると、彼女つられるように腕を動かしてノートをとる。けれでもその動作は、やっぱり人形のようにしか思えなかった。
近くにいる女の子が「ほんとだ」と言って笑みを浮かべている。一過性の話題にちょうどいいのだろう、「綺麗だね」と囁き合っていた。
ただ小町はクラスメイトの言葉に上手に頷くことができなかった。彼女を眺めていると胸の中から黒い霧のようなものが広がっていって、小さな身震いが起きる。
小町たちが廊下にたむろっていたのに気づいた先生が、「こら、早く教室に戻りなさい」と大きな声で叱責した。声に引かれるように、教室の子たちが廊下へと顔を向けた。彼女も、廊下にいる小町たちへと視線を向けているのが分かった。
小町はいきなりのことで彼女を見たままだったけれど、きっと目は合っていなかっただろう。
彼女はただ廊下を方を向いただけで、誰か一人を見たわけではなかったから。
ふんわりとしたアーモンド型の目に浮かぶ瞳は、吸い込まれそうなほど黒々と光っていた。目の形と瞳に浮かぶ色が全くの反対で、不思議と見覚えがある。どこだろうと思い返そうとすると、なぜだか怖さがせり上がってくる。
「ひゃっ」
いきなり手を捕まれて思わず変な声を上げてしまう。いきなり現実に引き戻されて辺りを見渡すと、心配そうに顔を覗くクラスメイトがいた。
「小町ちゃん、行こ?」
すでに辺りには小町たち以外には誰もいない。遠くでは蜘蛛の子を散らすように友人たちが逃げている姿が目に入った。
先生に謝るように一度礼をして、廊下を歩いていく。
教室に戻って着替えていると、イヤでも彼女のあの黒い瞳が焼き付いたように離れない。絶対どこかで見たことがあるはずなのに、思い出せなくてもやもやとしてしまう。
授業中も頭を働かせても、どうしても思い出せない。あと一歩で手が届きそうなのに、どうしてもきっかけをつかむことができない。算数の授業を通り越して国語の授業へと差し掛かったとき、ようやく小町はあの瞳について思い出すことができた。
……ああ、あの子はお雛様だ。
今年の三月、居間の一角に飾られた雛人形。何年か前に父が買ってきて、それから三月になると毎年飾られている。三段ばかりの小さなものだけれど華やかな色使いとぼんぼりの灯りのおかげで、みすぼらしくなく、小町のお気に入りのもの。その一番上、お内裏様の隣に鎮座するあのお雛様に彼女はそっくりだった。
陽の光に当たっているときは笑顔が綺麗で可愛らしいのに、暗闇に包まれている姿は、ぞっとするほど怖い。ある夜に光り一つないところで微笑んでいるあの人形と、彼女は同じ瞳をしている。
どうしてあんな表情を浮かべることができるのだろう。
心の中で雨が降り始める。
小町にとって学校の授業は、新鮮だけれど時々退屈で、早く休み時間が来ないかとつし思ってしまう。授業が終われば友達とお喋りができて楽しく過ごせるから。だらか退屈な授業のときには、次の休みになにをしようかとか、この後どんな話をしようかを考えて時間を潰す。そうやって満ち足りた想像に身を浸せば、退屈な時間はすぐに通り過ぎてチャイムの音が聞こえてきる。
でも、彼女は違っていた。
ただ教室に座って、一人きりで授業を聞いているだけだった。到底周りの生徒を視界に入れているとは思えない。その顔には退屈も興味も逃避も浮かんでいなかった。何を考えているのか全然分からなくて、どうしてあんなつめたい表情でいられるのか理解ができなかった。
一度降り出した雨はどんどん雨足が強くなり、小町の心を泥だらけにしている。普段感じない僅かな怒りと、お化けを見てしまったような決まりの悪さを知って、そんな自分に少し落ち込んだ。
そこまで考えて、小町は彼女について思考を巡らせるのを止めた。
理由は分からないけれど、怖いものに変わりはない。そういう時にはだんだんと頭の中から遠ざけて忘れてしまうのが一番だ。しばらくは焼き付いて離れないかもしれないが、それでもいつかは忘れることができるだろう。
そう思って授業に集中して余計な思考が散りきる間際、あの女の子の作り物のような顔がもう一度だけ浮かび上がってきた。
―――――――
二回目に見かけたときは、普通の女の子だった。
給食を食べ、気を抜くと眠ってしまうような暖かさがゆらゆらと揺れているお昼休み。賑やかな声が校舎を満たして、男子も女子も関係なく運動場で遊んだり、教室で固まってお喋りに興じているなか、たまたま廊下で彼女とすれ違った。
活気に溢れている廊下で、何人かの女の子たちと一緒に顔を寄せて話していた彼女は、以前に見たときのようなつめたい顔立ちではなく、普通の女の子のような、優しげな笑顔を笑みを浮かべていた。
最初すれ違ったときは、あんまりにも表情が違っているので気付かずにそのまま通り過ぎてしまった。後になってあの整った顔立ちに覚えがあり思え返すと、あの彼女だということに気付いて、周囲の目もはばからずびっくりして声を上げてしまった。友人たちの訝しげな視線に気づき恥ずかしい思いをしてしまったけれど、それ以上に安堵をしたのを小町はよく覚えている。
あの子がふんわりと、優しい笑いかたができることが、赤の他人のはずなのになぜか嬉しかった。
――――――
それからは、たまに廊下で同じように彼女とすれ違うことがあった。彼女はつめたい表情だったり、柔らかい表情だったりして小町を大いに困惑させたけれども、そういうものは次第に慣れていってしまうもので、どちらの彼女を見かけても軽く流せるようになってきたある日。朝のホームルームで、学校で飼っている二羽のウサギが死んでしまったと、担任から聞かされた。
二羽のウサギは学校で飼われていて、主に一年生と六年生が世話をしていた。小町も当番で二度ほど餌やりをしたことがあったし、愛らしいフォルムのウサギたちは女子たちの間で人気があり、当番でなくても昼休みなどに様子を観に行って、ちょこちょこと動いている様子を可愛がっていた。
担任が言う「死ぬ」という意味を上手に飲み込むことはできなかった。けれどそれは、単純な離別よりもずっと悲しいということは理解できた。もうあのウサギたちと会えないと思うと、遊んだ思い出と一緒に自然と涙がこぼれ落ちる。
やたら細い、木の枝のような体つきの女性の先生が、放課後にお葬式を執り行うとうので、参加は任意であったけれど小町は友人たちと一緒に行くことにした。
ちいさなちいさなお葬式は運動場の片隅、木々が生い茂り一日中影が落ちている、そんな場所で催された。本当はウサギ小屋でやりたいそうだったが、何か事情があってできないと噂好きな友人から聞かされた。
夕空によって朱色に染められた土は、一カ所だけ盛り返されたように赤黒い色をしていて、そこに死体が埋められているのが嫌でも想像できた。登校中にたまに見かける猫の醜い死体を思い出して、気持ち悪さが襲ってくる。
お葬式には小町と同い年くらいの女の子が何人も集まっていて、顔に陰を帯びていたり涙ぐんでいた。どこかからすすり泣きが聞こえてくる。女の先生が手を合わせてお祈りをしましょうと言うので、それに従って小町も手を合わせ、目を瞑ろうとする。
瞼が閉じきる間際、あのお人形さんのような顔立ちが目に入る。そのまま流してお祈りを済ませて、目を見開く。
……やっぱり彼女はあのままだった。
整った顔立ちをこれっぽっちも歪めずに、ただ佇んで盛り返されている部分を見ているだけだった。その彼女が目を閉じて、ゆっくりとお辞儀をする。背筋が伸びた綺麗な礼だった。それでも彼女の顔には色一つ混じっていなくて、到底ウサギたちの死を悲しんでいるとは思えなかった。
ウサギたちを死への哀悼で満たされたこの空間で、彼女は浮いていた。どうして、あんな表情でいられるのだろう。
そんなことを見ながら前髪が揺れる彼女の横顔を見ていると、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。一旦自覚した怒りは一滴の墨のように徐々に白さを浸食してくる。
どうして彼女がこのお葬式に参加しているかは分からない。それでもこの場はウサギたちを悼むために、みんな集まっている。だったら悲しむべきだし、そうでないなら参加しないべきだ。ウサギたちに失礼だ。
一度吹き出した言葉は止まらなくて、実際に何か言ってやろうと思った。けれどこの場で言うのは失礼な気がして、次の日へと持ち帰った。
翌日の昼休み。意を決して教室を尋ねてみても、彼女の姿は見えなかった。依然彼女が座っていた席はぽつんと空いていて、机の上には何も置かれていなかった。
教室にいる子を捕まえて聞いてみようと思ったけれど、今更になって名前を知らないことに気がつく。失礼だけど仕方ないので「お人形さん」みたいな女の子と聞くと、女の子は一瞬首を傾げたがすぐに納得して、
「ああ、朱音ちゃん? 用事があるっていって、どこかに行っちゃった」
と口にした。
別に彼女に悪いところはないけれど、なんだか自分が無視されている気がして更にむかむかしてきた小町は、彼女――朱音と呼ばれた少女を捜しにいくことにした。
昼休みで空気が弛緩した職員室に、上級生しかいない上の階。給食室に図書室。そのどこにも彼女はいなくて、ため息を運動場に出る。
昼休みの運動場はどこもかしこも生徒だらけだった。しかも絶えず動き回っている。肌の色と土の色が似ているせいか、遠くから見ると赤や青の色だけが走っているように見えた。
わざわざ彼女たちに近づいてその顔の一つ一つを確認し、たまに明後日の方向から飛んでくるボールを避けながらグラウンドをさまよい、そしてやっぱり見つからずに諦めかけたころ、ようやく小町は朱音を見つけることができた。
彼女は、運動場の隅っこにいた。木々のざわめきと遠くから騒ぎ声が聞こえるその場所はまるで忘れてしまったように朱音以外は寄りついていない。
……そこは、あのウサギたちのお墓だった。昨日のことだというのに小町の記憶の片隅にしまったせいで、何となく思い出し辛い場所。
その場所で、彼女は昨日と同じように無感動な、けれども真剣な表情を張り付けていた。そして祈るように手を合わせて目を瞑っている。
木漏れ日が僅かに顔に掛かり、整った顔立ちがより鮮明になる。
頬に涙がつたうことはなかったけれど、その姿はどうしてか泣いているように見えた。
なんだか声が掛けづらくて、また怒るのを翌日にしてしまう。何だか先延ばしばっかりだと思いながらまた翌日の昼休みに会いに行くと、彼女は決まってウサギたちのお墓の前にいて、小町には見えない透明な涙を流し続けていた。きっとあの子も気付いていない。それでもそんな色のない涙を朱音はあの日からずっと流していた。
いつしか小町の中にささくれ立っていたものが削れていくのを感じている。もうあの子に言いたいことなんてないのに、それでも小町は朱音が毎日お墓参りをする姿を観に行った。そしてある日その小さな背中に尋ねた。
「どうして、そんなに毎日ここに来るの?」
背中が揺れ、幾ばく沈黙のあと、
「この子たちが死んでしまって、悲しむことができなかったんです。だからせめて天国で幸せに暮らせるように祈りたいんです」
そこにいたのは、お人形さんでも何でもない、ただのか弱い女の子だった。
なんて不器用な子だろう。そうやって死後の幸せを祈っている時点でとっくに悲しんでいるのに、そのことに気付いていない。そこまでしなくたって誰も文句を言わないし、そこまでしている人間なんてほとんどいない。
小町は世の中のことなんてまだ全然分からないけれど、世の中には心の奥底にしまって、引き出さないほうが良いことがあるのは知っている。きっとみんなそうだろう。だって小町の周りでもう亡くなってしまったウサギの話をしている子はいない。嫌なことをだんだんと忘れて、何事もなかったように過ごしている。
何が朱音をそこまで動かすのかは分からなかった。それでも、彼女が小さな罪悪感を引きずってしまうほど、か弱い女の子だということは分かった。とても優しい子だということも。
悲しむべきことを知っているのに、その方法を知らない彼女は、罪悪感に押しつぶされそうになりながら、やっぱり泣いているように見えた。
この子の友達になりたいと、小町はこのときに思った。不器用で、弱くて、そして何より優しい子と友達になれたらと。
それからしばらくして、小町はようやくあのお人形さん――切花朱音と友達になった。どうしてか兄の八幡と朱音が先に出会っていて、紹介される形になったけれど。
その朱音と仲良くなり、毎日のように顔を合わせ、良いところも嫌なところもだんだんと知るようになった。そしていつの間にか小学校を卒業して、中学校に上がって更に三年生になっったころ。朱音はようやく、あのバレバレな片想いを成就させて穏やかな時間を過ごしていた。
―――――
「もしお兄ちゃんと結婚したら、小町は朱音ちゃんの妹になるのかな?」
思いついたことをそのまま言葉にすると、朱音は片肘をついたままため息を一つすると、「たぶん、そうなるんじゃない?」と明後日の方向を見ながら適当な返事をした。
もう片方の手でコップの氷を回しているせいで、からからとした音が鳴っている。
そうやって物憂げにしている姿はすごく様になっているけれど、小町が期待したような可愛らしい反応ではないので少しむくれる。兄と朱音が付き合い初めてからもう二ヶ月も経ったころ。付き合いたてのころに良くからかったせいか、朱音ほうも大分慣れてきて、対応がおざなりになってきた。
八月中旬の三時過ぎ。受験生である小町と朱音は一般的な例に漏れず、大手予備校のへと通っていた。朝から続けた授業がようやく終わり、そのままで流れで自習室へと向かいライバルたちを見送り、小町たちは喫茶店で小休止をしていた。
小町はいつものようにオレンジジュースを頼み、朱音はカフェオレを頼んで二人でちびちびと飲んでいると、やっぱり話は兄と朱音の話に向かってしまう。
「ああでも、さすがに私は、今更お姉ちゃんにはなりたくないなあ」
小町としては話はそこで終わったと思っていたけど、朱音はそうは思っていないらしい。少しの後悔を含みながら朱音はしみじみと呟いた。それでも表情はどこかさっぱりとしてた。そのまま何か思いついたように視線を小町へ向けて、首を傾げる。朱音の肩に絹のような黒髪がさらさらと流れていた。
「とういか、小町ちゃんの方が誕生日早いから、私が妹になるんじゃない?」
「いや義理の姉妹ってたぶんそういう基準じゃない……ああでも、朱音ちゃんが妹っていうのは何か新鮮かも!」
小学生までは小町と朱音の身長はほとんど変わらなかったけれど、中学校に上がり朱音の身長がぐんぐんと伸びたせいで、二人で歩いていると朱音が年上扱いされることが大分多くなってきた。
それに関しては背の高さや容姿の問題があるのでそこまで気にしてはいないし、それだけ仲が良いと思われているのだからある種嬉しくもある。
ただ小町はずっと妹として育ってきたわけで、それ故に「お姉ちゃん」の響きに憧れないと言ったら嘘になる。けれども朱音が自分の妹と彼女の口から聞かされると、ふわふわしてどうも落ち着かなくなる。
目の前でカフェオレを飲んでいる朱音を見る。初めて見たときより背が伸びて、体つきも女らしくなった彼女は、本当に綺麗になった。
昔もお人形さんのように綺麗だったけれど、現在は普通に可愛らしい女の子になっている。本人が密かに気にしている身長の高さも、彼女の顔立ちにはとても似合っているので気にすることではないけれど、背が低い小町からすると羨ましい悩みなのでその場では慰めなかった。どうせ何年かしたらそのことに気付くと思うし。
そんな彼女の身長は最近ようやく止まったらしく、朱音は身体測定の結果を見ながら安堵の息と珍しく愚痴を吐いていた。そのことについて尋ねると、「背の高さは、お祖母ちゃんの代から受け継がれる最悪の遺産だから」とやたら仰々しく、真剣な表情で答えているのを良く覚えている。
朱音の祖母は、朱音が生まれる前に亡くなってしまっているから会ったことはないけれど、それでも一度だけ生前の写真を朱音の祖父から見せてもらったことがある。
あの初めて会った怖い朱音をそのまま大人にしたような姿の祖母は、確かに女性にしては背が高かった気がする。それに朱音の叔母も手足がすらりと伸びた長身の女性だったから、背の高さに関しては本当に遺伝なのかもしれない。
ただそんな小さなことを負の遺産とまで言ってもういない祖母に毒づいている朱音は普段よりもずっと子供っぽくて思い出しただけで思わず笑みがこぼれてしまう。それこそ妹のように可愛らしかった。
そんな小町の様子を朱音は不思議そうに見ていたけれど、彼女なりに納得したのか、カフェオレとコーヒー牛乳の境はどこにあるのかとよく分からない疑問を小町に投げかけてきた。もしかしたら、先ほどの話は冗談と思っているのかもしれない。
朱音は冗談と思っているかもしれないが、小町は何割か願望が混じっている。いつかこの先、朱音が好きな人と結婚して幸せになって欲しい。それはいつからか小町が持つようになった願望の一つだから。
もし小町の願望が叶えられて、朱音が純白のドレスを着てバージンロードを歩いている姿を見たらきっと自分は人目もはばからず泣いてしまうだろう。
でもそれでもいいのかもしれない。
あの子は泣くのが下手だから、代わりに嬉し涙をたくさん流そうと思う。
ご覧いただきありがとうございます。
今回は小町視点で一本書かせていただきました。
女の子同士の友情というのはなかなか面倒だとよく聞きますけれど(どれほど面倒かはよく分かりませんが)、それでもこんな感じの友情があったらいいなーって思って書きました。
それでは、また次回。