やはり幼馴染なんてものは、どこかまちがっている。   作:フリューゲル

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こんにちは、フリューゲルです。

数年前の話なのですが、私の実家のお蔵を整理していたときに日本刀が見つかり、なぜか私の名前で相続をしました。

日本刀というと、セフィロスの正宗みたいな長さを想像しますが、うちにあったのは合口と呼ばれる短刀で、侍チックなものでは決してありません。

銃刀法違反に引っ掛かるとまずいので、きちんと申請をして私のものとして登録をして、現在に至ります。部屋に置いていても危ないので、結局お蔵に戻しましたが、私の所持品一覧の中に日本刀が一つ加わりました。

売ったらいくらになるのでしょう……?


それでは、ご覧下さい。「


少女期Ⅷ ~大きなてのひら~

 小町ちゃんとまた少し距離が縮まってから数日経ちましたが、私は未だ八幡さんに謝ることができていませんでした。

 

 

 ここ数日のうちに何度も謝りに行こうと思っていたのですが、そのことを小町ちゃんに相談すると、

 

 

 

「それはだめ。先にお兄ちゃんが酷いことを言ったんだから、朱音ちゃんから謝っちゃだめでしょ」

 

 

 

 と言って私から謝ることを許してはくれなかったのです。しかし一度は納得しても、時間が経つとやっぱり謝りたくなり、再び小町ちゃんに止められる。そんなこの数日を過ごしていました。

 

 

 だからその日の帰り道も、ここ数日で決まり事になった決まったやりとりを交わしながら小町ちゃんと下校をしていました。

 

 

 太陽が沈む時間が少しずつ遅くなり、街並みは夕焼けに染められず白いのままでした。お昼ごろには大分気温が上がっていましたが、今は随分過ごしやすいところまで落ち着いて、風が心地よい、そんなときです。

 

 

 すうっと伸びた黒い影を一歩ずつ踏みながら、ここ数日で何度目になるか分からない「でも」を私が言いかけたときに、八幡さんは私たちの前に姿を現しました。

 

 

 

「どうも、ご無沙汰しています」

 

 

 

 咄嗟に出てきたのが堅苦しい挨拶だったことを悔やみながら会釈をしたあと、顔を上げると八幡さんの濁った目に視線がぶつかりました。

 

 

 心の準備が全然できておらず、何を話せばいいのか分からなくなります。気まずさと照れくささが襲いかかって、つい顔を逸らしてしまいました。また一つ、後悔をしました。

 

 

 小町ちゃんが丁度いいからと言って立ち去ってしまい、この場に私と八幡さんだけが残されました。

 

 

 木々がざわめく音や、遠くで犬が鳴いている声が聞こえます。

 

 

 自覚をしてしまったからでしょうか、胸が苦しいほどに痛くなり、顔が熱くなっていくのを感じます。

 

 

 八幡さんが一歩距離を詰めました。ちょっとだけ太陽が傾いて伸びた八幡さんの影が、私の影と交わります。

 

 

 それだけで私の思考は散り散りになってしまい、拾い上げることができません。

 

 

 少し呆けたあとに、何かを口にしなければと思い考えを巡らしますが、何も浮かびません。口唇を何度も動かしてみますが、ただの吐息となって意味を持たずに霧散していきました。

 

 

 

「お久しぶりです。八幡さん」

 

 

 

 結局、普段使っている挨拶が口から漏れました。

 

 

―――――――

 

 

 小学校のころの通学路を、八幡さんと歩きます。

 

 

 真新しく現代的な住宅に、色とりどりの舗装。アンティーク調の街灯は、夕焼け色に染まり始めている街並みの中で、無機質な白色を主張していました。

 

 

 この通学路は八幡さんが卒業をしたあと開発が進み、今では大分整備されています。私と小町ちゃんは整備後の通学路も使っていたのであまり新鮮味はありませんが、八幡さんはきょろきょろと珍しそうに、一つ一つの変化に注目するように歩いていました。

 

 

 そういえば、八幡さんとこの道を歩くのも、小学生のころ以来です。

 

 

 

「……この前は悪かった。自分勝手に言い過ぎた」

 

 

 

 感傷的な気分に浸っていた所で、私がずっと言いたかった言葉を八幡さんが口にしました。私を視界に入れた八幡さんの目は、夕日を反射してちょっとだけ輝いているように見えて、出会ったばかりのころを思い出しました。

 

 

 

「いえ、私のほうこそごめんなさい。ちょっと感情的になっちゃいました」

 

 

 

 そしてようやく、私はここ数日胸に抱えていた思いを吐き出すことができました。

 

 

 

「何でお前が謝るんだよ」

 

 

「いえ、私も謝っておきたいんです」

 

 

 

 本当はもっと謝りたいのですが、これだけにします。小町ちゃんに言われたんです。謝るのなら、簡単に謝れと。そうやって気軽に仲直りをしてしまえば、喧嘩してしまったことなんて簡単に忘れられるそうなんです。 だから、小町ちゃんの意見に従おうと思います。これは、二人で一言ずつ謝って、それで終わり。

 

 

 住宅街を抜けると、目の前に田園風景が広がります。幾つもの田圃の中で規則的に植えられた苗が揺れています。その瞬間過去からの風が私を包み込みました。

 

 

 もう大分昔になってしまった、初めて話して、そのまま一緒に帰ったあのころの記憶が駆けめぐります。

 

 

 

「ここはあんまり変わらないな」

 

 

 

 だからでしょう。この風景を目の前にして八幡さんと会話をしていると、すらすらと言葉が出てきました。

 

 

 

「そうですね。でも畑や田圃を潰して家を建てるのも、風情がないですよ」

 

 

「そうか? 発展して綺麗になるならいいだろ」

 

 

「発展したって、良くなったと思うのは新しく住んだ人だけかもしれないですよ。もしかしたら元々の住人は迷惑だってしているかもしれません」

 

 

 

 八幡さんが息を飲むのが分かりました。梅雨の、湿っぽい空気がどんどん重くなってのし掛かりましたが、この言葉は本心から出てきた言葉です。後悔は、しませんでした。

 

 

 それでも緊張だけは押さえきれないで、喉が乾いていくのを感じます。私の心はここ最近で壊れてしまったかのように、激しく点滅を繰り返しているました。

 

 

 八幡さんの顔に色々な表情が浮かびます。そしてその後、彼は懐かしい言葉を口にしました。

 

 

 

「……なあ、一人でいて寂しくないのか?」

 

 

 

 急なその言葉に、思わず心臓がどきりとします。いくら八幡さんだからといって、私の内面に触れられるのには慣れていなくて、その意図を探ってしまいます。こわごわと八幡さんの瞳を覗きこむと、すぐに考えていることが分かり、私は慣れ親しんだ表情に戻りました。

 

 

 

「……はい、寂しくないですよ」

 

 

 これは、私のこの空虚な性格を、二人で確かめ合っているんです。

 

 

「元々そうなんです。誰かと一緒にいるのでも、一人でいるのも、あんまり変わりがないんですよ、私は」

 

 

「……そうか、元々か」

 

 

「ええ、元々です」

 

 

 

 だから私も、言葉を紡ぎながら、しっかりと自分の性格を積み上げ、形作っていきます。

 

 

 私は誰かと一緒にいることを、心の底からは望んでいません。いつか周囲の人が溶けて消えてしまっても、変わらず私は一人でいられることでしょう。

 

 

 そしてその性格は簡単には変わらないでしょう。だって元来持ち合わせているものなんです。心に影を落とした出来事なんてなく、生まれたときから抱えていて、もう切り離すことができません。

 

 

 だから、この性格はこれから一生、後ろめたさを抱えながら付き合っていくものなのでしょう。

 

 

 ……それでも、以前よりも自分を信じてみようと思います。こんな私でも、一緒にいたいと言ってくれた子がいましたから。

 

 

 

「……なので」

 

 

「なあ、切花」

 

 

「えっ、あ、はい」

 

 

 

 急に八幡さんが真剣な表情で呼びかけるので、思わず答えてしまいました。

 

 

 タイミングを見計らって、折角自分の想いを吐露しようと思ってたのに。

 

 

 そんな不満げな私とは対照的に、八幡さんの周りの空気がどんどん張りつめていきます。緊張を押さえるように手を何度が握り直して私を見据えると、八幡さんはある言葉を口にしました。

 

 

 

「俺はお前が好きだ。何があろうと独りにさせないから、ずっと側にいさせてくれ」 

 

 

 それは、かつて私が聞いたことがある言葉とよく似ていました。

 

 

 けれどもこんな場面で耳にするとは予想もしていなくて、頭の中が真っ白になりました。

 

 

 これまで嫌われていないくらいには思っていましたが、異性として好かれていて、ましてや八幡さんから告白されるなんて思ってもみませんでした。

 

 

 私たちの距離の近さは単に過ごした時間に比例しただけで、特別な絆が育まれているなんて、信じられなかったから。

 

 

 体を支配する驚きに、いつしか溢れ出した嬉しさが入り交じり、温かな温もりに包まれているように感じます。きらきらとした綺麗な粒が胸の中に広がって、懐かしい記憶が呼び起こされました。

 

 

 八幡さんの言葉を遠い昔に聞いたことがありました。……だってそれは、祖父が祖母にプロポーズした言葉なんですから。

 

 

 それは、祖父が亡くなる前に、病院で私に語ってくれたこと。私が訪ねたら、祖父が困った顔をしながら私に教えてくれた、遙か昔の、小さな告白。

 

 

 

「あははははっ!」

 

 

 

 だから、自然と笑い声がこぼれてしまいました。

 

 

 容姿も性格もよく似ている私たちなのに、まさかこんな所まで一致するなんて考えても見ませんでしたから、この奇妙な偶然が面白くて仕方がありません。

 

 

 八幡さんが呆気に取られた様子で目を見開いています。少し離れた所で歩いている人たちが、ちらちらと、怪訝そうに私たちを伺っていますが、まるで気になりません。

 

 

 こんなに面白くて、幸せな気持ちで満たされているのに、どうしてその気持ちを隠さなくてはいけないのでしょう。

 

 

 照れくささの波が寄せては返すようにやってきて、そっと足で触れると透き通った水が足下に絡んできて離してはくれません。

 

 

 

「おい、いつまで笑い続けるつもりだ」

 

 

 

 いつまでも私が笑い続けていたからでしょう、八幡さんが不満げに睨みます。

 

 

 

「だ、だってほとんどプロポーズじゃないですか、しかも昭和の匂いのする。……ふふっ」

 

 

「……悪かったな、古くさくて」

 

 

「ああ、いえ、ごめんなさい。茶化しているわけではないんです」

 

 

 

 八幡さんが口を尖らせて、ぶっきらぼうに言いました。その拗ねかたが子供っぽくて可愛かったのですが、口にせず、胸の中に仕舞い込みます。そうして一旦笑うのを止めて、心の奥底に住んでいた綺麗な感情を掘り起こして、言葉を紡いでいきます。

 

 

 

「……でもその古くささが、私はとても好きですよ」

 

 

 

 だってこんなにも胸が熱くなるのですから。

 

 

 祖母はこんな素敵なプロポーズを受けて、どのように感じたのでしょうか。もし何も思わなかったなら、勿体ないです。この言葉だけで一生満たされてしまうくらい幸せになれるのに。

 

 

 ……というか、それにしても、

 

 

 

「プロポーズだ、この人馬鹿だ」

 

 

 

 私はまだ十四歳ですから、そもそも結婚なんて思いついてもみませんでした。ただ自分の想いを伝えることばかり考えていて、先のことは全く想像していませんでした。

 

 

 しかしそんな馬鹿な考えだからこそ、すうっと心の琴線に触れました。 好きな人が何があろうと、一緒にいてくれる。自分勝手で独りよがりでも、手放してしまったものを追えない私に、きっと一番必要なもの。

 

 

 だから残っているのはあと一つだけ。こんな至福な瞬間でも、顔を出してしまった嫌な性格について尋ねるだけです。

 

 

 

「でも、いいんですか? 私はこのままで、きっとあなたの望むような人にはなれないと思います。もし八幡さんがいなくなってしまっても、私は寂しいと思うことができないかもしれません」

 

 

 

 そんな意地悪な質問をしておきながら、私はある答えを期待して、心のの中が浮き足立っていました。

 

 

 八幡さんは少し面食らった様子でした、いつもの不遜な態度で言いました。

 

 

 

「あのな、俺はお前がいなくなったら寂しいんだよ。だから安心しろ、お前が嫌がらない限りは手を離さないつもりだぞ」

 

 

「ふふっ、ストーカーみたい」

 

 

 

 期待通りの言葉はとびきり甘く、体の芯が痺れてしまうくらいに心地が良いものでした。

 

 

 その甘さに酔うように浸って体を揺らしていると、八幡さんが真面目な顔で言葉を継ぎます。

 

 

 

「それにな、お前の澄ました顔は病的に綺麗なんだよ。……だから、そんな顔を覗くのも悪くないと思っただけだ」

 

 

「……そうですか」

 

 

 

 期待以上の言葉に、頬が熱くなるのを感じました。

 

 

 にやけそうになる顔を押さえつけ、声に動揺を残さないように落ち着いた調子を意識します。しかしあんまりにも胸がときめいているせいで、上手にできているか自信がありません。

 

 

 幸い八幡さんは少し首を傾げただけで、私の様子に気付いていないようでした。

 

 

 

「……それで、返事を聞いていないんだが」

 

 

「そうですね」

 

 

 

 返事なんてとっくに決まっています。素直になると親友と約束をしましたし、私を知って、それでも一緒に居てくれる人を無碍になんてできません。

 

 

 けれども、返事はもうちょっと後にしようと思います。

 

 

 もう少しだけこの瞬間を味わっていたいから。これから先、色々な幸福と不幸に出会うでしょうが、これと同じ種類の幸福は二度と訪れないと知っているからでしょう。

 

 

 あたたかな気持ちに体を浸し、そのまま身を任せます。顔に当たるそよ風が気持ちが良く、

目を細めてしまいました。いつまでも八幡さんを待たせるわけにはいかないので、名残惜しく手放して、万感の思いを込めて返事をします。

 

 

 

「では不束者ですが、よろしくお願いします」

 

 

 

 返事はかつて祖母がしたように、古くさく、ありきたりな言葉を選びました。

 

 

 

「なんか、嫁に行くみたいだな」

 

 

「誰かさんが、プロポーズみたいな告白をするからです、……っよ」

 

 

 

 そう言って空いていた八幡さんの手を取り、家路に就きます。ずっと前から思っていた通り、八幡さんの手は男の人らしく大きくて、胸の鼓動が一段と早くなりました。

 

 

 遮られた言葉はまだ口にしません。折角なので、しっかりと胸を張って言えるまであと少しだけ先延ばしにしようと思います。少し申し訳ないですが、仕方がありません。このチャンスをふいにしたのは、八幡さんなんですから。

 

 

 いつの間にか太陽はほとんど沈み欠けていて、街は小さな闇と橙色が入り交じった複雑な色合いをみせ、遠くの空には青白い月と、一番星が顔を覗かせていました。

 

 

 ……きっと私はこの性格のままであり続けます。こんなに幸せな気持ちに満たされていても、この手の平から伝わる温もりを手放してしいまったら、取り戻そうとは思えないのでしょう。

 

 

 それでも、こんな私でも、この大きな手を握り続けることくらいは、できるのかもしれません。

 




ご覧いただき、ありがとうございます。

ようやく今回で朱音が自分の気持ちに気付いて、一歩だけ前に進むことができました。

朱音の性格をどうしようかは、八幡編を書いている最中にも悩んでいたのですが、このように変わらないまま、でも欠点を欠点として受け入れて、前向きになる結末にしました。

この物語の先に変わることがあるかもしれませんが、それはやっぱり先のお話でそこまで書くのは蛇足な気がします。

さて、この物語も次回で最終回です。残り一話とちょっとですが、これまで通りお付き合いして頂ければと思います。

それでは、また次回。

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