やはり幼馴染なんてものは、どこかまちがっている。   作:フリューゲル

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こんにちは、フリューゲルです。

最近の話ですが、自転車のことを心の中でbicycleと呼んだところ、違和感が半端なかったです。

何言ってんだって話なんですけど、日本語と英語って語感が違い過ぎて、自転車は自転車、bicycleはbicycleなんですよ。まあ、別々の言語を無理につなげたので当たり前なのですが、言葉って不思議だなあと思ったりしました。

それでは、ご覧下さい。


少女期Ⅵ ~胸の中~

 私が中学三年生に上がり、八幡さんも高校二年生に上がって、少しだけ変化が起きました。八幡さんが部活動に入ったのです。

 

 

 奉仕部という名前からすると校内の掃除でも行いそうな部活ですが、八幡さん曰く人の相談に乗るそうです。八幡さんの説明が曖昧だったので具体的な所までは分かりませんでしたが、それでもその活動内容は凄く八幡さんに似合っていると思いました。

 

 

 八幡さんは否定をするでしょうけど、あの人は誰かの為に動くことができる人なのです。だから憎まれ口を叩きながらも、結局は見過ごせないで相談に乗ってあげる姿が簡単に想像できて、その話を聞いたとき、つい頬を緩めてしまいました。

 

 

 そして小町ちゃんとテスト勉強をして八幡さんと合流したとき、ちょうど八幡さんの同じ部活の人にも会いました。

 

 

 雪ノ下雪乃さんと由比ヶ浜結衣さん。始めは二人とも女の人だったのですごく驚いたのですが、話してみると二人とも凄く魅力的な女性だということがすぐに分かりました。

 

 

 八幡さんも今まで私が見た中でも一番というくらいに自然に、力を抜いて話していて、その姿を見ていると、私は嬉しい気持ちが半分、納得する気持ちがちょうど半分わき上がって、複雑な気持ちになりました

 

 

 何となく、八幡さんと一緒にいるのは、雪乃さんたちがいいなって思ったんです。

 

 

 初めて話しただけで全部は分からないですけど、雪乃さんが人間関係に不器用で、結衣さんが器用というくらいは分かります。そしてお二人とも私が持っていないような暖かいものを持っている気がするんです。

 

 

 悩んで、傷ついて、すれ違って。それでも嘘や欺瞞で覆い隠さないで、誰かと繋がって、互いに受け入れること。八幡さんが、密かに望んでいるもの。

 

 

 それは私が絶対に持つことのできないものです。

 

 

 初めて雪乃さんたちに会ったとき、結衣さんに「付き合おうと思ったりしなかったの?」と聞かれて、私は「好きな人としか付き合わない」と答えました。その答えはやっぱり私の本心で、これから一生抱え続けるものなんだと思います。

 

 

 中学校に入ってから二年間過ごして、恋や愛について、自分なりに解釈をすることができました。

 

 

 ……好きっていうのは酷く独善的なものなんです。

 

 

 相手に自分を理解してくれることを願ったり、自分の想いが相手に伝わらなかったことに憤ったり、自分にとっての理想の相手を思い描いたり。

 

 

 でもそれは悪いことではなく、むしろ正しいくらいで。そうやって願うからこそ、叶ったものはどこまでも幸せに満ちあふれたものになると思います。青臭くて、夢見がちだと言われるかもしれませんが、それでも私はその考えを信じます。

 

 

 だから私は、ちゃんと誰かを好きになることができるまで、誰とも付き合わないと決めました。もし私が誰かと付き合ったとしても、私はその人と愛のようなものを育めるとは思えません。

 

 

 だったらもっと別の人、例えば私と付き合う人を好いている人とかが隣に座る方がよっぽど正しくて、安心するんです。その方がきっと幸せになれるはずです。

 

 

 ……何も得ようとしない人間が、誰かの幸福を奪ってはいけないんです。

 

 

 そういったことを上手に誰かに伝えられればいいのですが、なかなか思い通りにはいきません。

 

 

 それは私が深崎くんから告白されてから数日経ったときでした。朝登校して席に着き、順々に来るクラスメイトと挨拶を交わしていたとき。何人かの女の子から返事がこないのです。

 

 

 後から考えてみると、その子たちはクラスでは派手目の、男の子から好かれそうな顔立ちをした四人くらいのグループで行動をしていました。

 

 

 彼女たちとは特別に親しいわけではありませんでした。席が近くなったときには流行のミュージシャンや俳優について話すくらいの、一般的にはクラスメイトで、女の子的に言うと友達ぐらいの間柄です。

 

 

 機嫌が悪い日なのかな、と楽観的に思っていたのですがどうやら事態は違っているようで。

 

 

 彼女たちはあからさまに私と敵対はしませんでしたが、わざとらしく私を無視しました。露骨に非難の言葉を浴びせることはなくても、かすかに私が聞き取れる声で、陰口を言いました。

 

 

 声の方へ顔を向けると、全員が薄めの化粧をした女の子たちが固まっています。人によって違いますが、全員が髪に軽くパーマを当てていて、僅かに茶色に見える程度に髪を染めている子もいました。

 

 

 学内では化粧をしてはいけないのですが、生活指導の先生と言い争っている内に妥協点を見つけて、黙認してもらえる程度の化粧。ファンデーションとアイブロウくらいしか許されなかったせいで、目と口唇が妙に印象の薄い顔が、冷たく笑っています。

 

 

 のっぺらぼうみたいだと、その時思いました。チークをしていないせいかただ白いだけの顔は、遠くから見るとそう思ってしまうくらい表情が欠けていて、誰が誰だか判別ができません。

 

 

 寂しくも、苦しくもありませんでした。ただかつてのように、頭の中に張られていた糸がまた一つ、ぷつんと切れてしまったのを感じたくらいです。

 

 

 そうなってしまえば後は簡単です。向こうが一方的に嫌ってくるのならば、私はただ無関心でいるだけでいいんですから。別に何の問題もありません、中学校を卒業したら切れてしまう細い糸が、一年早く切れただけです。

 

 

 ただこういう時はもっと悲しむべきなのは分かっていて、それができない自分に嫌気がさしました。

 

 

 私が何もしなかったせいで大して表面化に出ないこの問題も、女子たちには簡単に伝わりました。

 

 

 幸いというか、私を嫌う子たちは女子たちに敵を作りやすい性格だったので事件が飛び火することはありませんでした。

 

 

 むしろ別のクラスの子たちから若干心配されるくらいで、親切に私が彼女たちから嫌われる原因を教えてくれました。

 

 

 綾ちゃん、剛志くんのことが好きだったんだって。

 

 

 そう言われても、綾ちゃんにも剛志くんにも心当たりが全くありません。よくよく思い出してみると、綾ちゃんは芹沢綾といってあのグループの中では少し地味めの子。剛志くんは私に告白をしてきた深崎くんの下の名前でした。

 

 

 しかし原因が分かったからといっても、解決には至りません。

 

 

 私が深崎くんに興味がないことや、そもそも好きな人しか付き合わないと決めていることを伝えても良かったかもしれません。でもきっと彼女たちを無理に怒らせることになりそうで、結局は何もしませんでした。

 

 

 そして少し時間が経つ頃には、私の生活習慣の中には綾ちゃんたちと話していたことなんて、とっくに消え去って、平穏な毎日を取り戻していったのです。

 

 

―――――――

 

 

 私と小町ちゃんが奉仕部の仕事を手伝うようになったのはほんの偶然です。たまたま同じクラスの川崎くんが八幡さんたちにお願いがあって、私たちがその仲介をしたからです。

 

 

 相談の内容はただの一目惚れで、正直言って成功するとは思わないまま川崎くんに着いていきました。しかしその時に私が一番に気になったのは、川崎くんのお姉さんの沙希さんでした。

 

 

 制服を着崩して、強気そうな目とちょっとだけぶっきらぼうな言い方の人。てっきり怖い人で姉弟の仲が悪いのかなと思っていましたが、これが川崎くんを前にするとお姉ちゃんに早変わりします。

 

 

 川崎くんも川崎くんで、クラスでの振る舞いと全然違っていました。沙希さんが何かを注意すると、小言で言い返し、それをまた沙希さんが注意するという家族らしい光景が、私の前に繰り広げられたのです。

 

 

 結局別れ際まで姉弟の微笑ましい光景は続き、夕焼け空の染められた道を姉弟で仲良く帰る姿を見て思います。

 

 

 あの光景は私が手に入れるかもしれなくて、でもとっくの昔にどこか遠くに消えて、それっきり手を伸ばさなかったものでした。

 

 

 あんな風に私がお姉さんぶって弟を諭し、弟が鬱陶しがってぐちぐちと文句をいって。それを小町ちゃんや八幡さんが苦笑いしながら見守っている現在も、あったかもしれないんです。

 

 

 それはとても温かくて、素晴らしくて、心が満たされるもので。だからこそ私はそんな光景を今もガラスケースの向こう側から遠巻きに眺めただけで、ただ通り過ぎてしまったことの罪悪感で胸が苦しくなりました。

 

 

 ずっとずっと忘れていたものが喉までせり上がってきて、吐き気をこらえるので必死でした。どうにか笑顔を作って小町ちゃんと八幡さんに「私たちも帰ろう」と伝えて足を踏み出したとき、胃が嫌な動きをして気持ち悪さが増しました。

 

 

 そして今でも足繁くお墓参りに行っていた理由に、ようやく気が付きました。

 

 

 あれは、私なりの贖罪なんです。

 

 

 死んでしまった弟を思って泣くことができなかったから、今でも思い出すようにお寺に行っては、弟のことを記憶に刻みつけているんです。そうしなければ、私はきっと年に一度の行事で思い返すきりで、弟のことをほったらかしにしてしまうから。それだけはいけないと頭の中で分かっていたからこそ、せめて心の中で抱えていようと思ったんです。

 

 

―――――――

 

 

 川崎くんの一目惚れの相手は井杖恵さんという、少しユニークな性格をした人で綺麗な顔立ちをした人でした。こざっぱりとした印象で、初めて会ったときでも距離を感じさせない人なのですが、井杖さんが時折見せる表情が、私はあまり得意ではありませんでした。

 初めて井杖さんと話した日。彼女は妙に透き通った目で私をのぞき込みながら好きな人を聞かれて「いない」と答えたとき、井杖さんは「ふぅん」と小声で呟いて、口元に笑みを浮かべました。

 

 

 その笑い方は年下の女の子をやれやれと見守るようでした。侮蔑の心もなく、昔の自分を思いだすような温かい目で。だから嫌な予感がしたんです。なんとなく自分の奥底に封じていた感情を勝手に引き抜かれて、私の前にさらけ出しそうな恐怖感が体を支配しました。

 

 

 その予感は半分当たって、半分外れます。

 

 

 その翌日のこと、八幡さんと私、井杖さんと川崎くんとデートをすることになりました。八幡さんにデートに誘われたときは飛び上がるくらいに驚きました。絶対に何か裏があると思って理由を尋ねると、井杖先輩の発案だと言うので少し訝りましたが、それでも断る理由なんてありませんでした。

 

 

 だからその週末、普通のデートにようにお洒落をして出掛けて、普通のデートをしました。

 

 

 ペットショップで犬と戯れて、つまらない映画を見て二人で内容について愚痴って、ご飯を食べて。

 

 

 それは夢に見ていたわけではないですけれど、夢のように楽しくて。井杖さんの考えていることはよく分からないけれど、来て良かったと、井杖さんがデートの提案をしてくれてよかったと心の底から思いました。

 

 

 そしてだからこそ、一番いい場面に来る前にあっさりと醒めてしまいました。

 

 

 お洒落なカフェで、綾ちゃんたちに遭遇したとき、本当に何も思わなかったんです。私の中では彼女たちとの関係が切れてしまっていたから、後悔も未練も全然なくて、だから彼女たちが向ける視線なんてどうでもよくて、生クリームがたっぷり乗ったパンケーキを味わっていたいと思っていたんです。

 

 

 しかし、八幡さんはやっぱり、そんな私のことを許してはくれませんでした。

 

 

 

「でも、寂しくないのか?」

 

 

 

 八幡さんに言われたとき、嘘を吐くのが最良だとは分かっていたのです。

 

 

 寂しい。知らないうちに傷つけて無視をされてしまった。仲直りしたいのにどうしていいのか分からない。ずっとこのままだったらどうしよう。

 

 

 そのように言えば、八幡さんはきっといつもの悪態をつきながら、独特の人間関係論を語って、諭してくれるのでしょう。そうやって波風を立てないで、やり過ごすことだってできたはずです。

 

 

 

 ……でもそれだけは、できなかったんです。嘘を吐こうとすると口唇が動かなくなって、頭の中に描いていた言葉は喉を通ることすらしませんでした。

 

 

 ただ正直に自分の中にあるものを吐き出しただけです。

 

 

 何てことはありませんでした。あの嫌な予感を実行したのは私です。自分で胸に手を突っ込んで、ぐちゃぐちゃにかき回した後引き抜いて、八幡さんと私の前に差し出したのは、私自身だったのです。

 

 

 ……差し出したものは、空虚な形をした私の心臓でした。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

読んで頂いた通り、今回から八幡編に追いつきました。ただ主要なことは八幡編ですで済ませているので、色々飛ばしながらも朱音の心情をメインに追っていきます。

……ようやくここまで到達することができました。残り、あとちょっと。

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