やはり幼馴染なんてものは、どこかまちがっている。 作:フリューゲル
だんだんと暑くなってきて、アイスが美味しい季節になってきました。
ソフトクリームをアイスクリームと言っていいのか分からないのですが、ここ数年くらいソフトクリームを食べたい衝動にずっと駈られています。
最近はコンビニで売ってるんで食いたけりゃ買えって話なんですけど、平日にソフトクリーム食べるのもなんか違う気がして。休日はコンビニ行かないし。
というか、甘いものも食べたくて仕方がないです。クレープとかクレープとかクレープとか。クレープ屋さんって女子高生が多くて入り辛いんですよね~。
それでは、ご覧下さい。
八幡さんは車に轢かれてしまったそうですが、命に別状はなく、左足を骨折して三週間ほど入院するだけだと、小町ちゃんから休み時間のときに聞きました。
放課後、小町ちゃんから一緒にお見舞いに行こうと誘われましたが断ります。初めてのお見舞いというのは、やっぱり家族だけで行くべきで、余所者の私が一緒にいる違和感を、どうしても拭えなかったのです。
車で迎えに来た小町ちゃんのご両親と挨拶だけ交わし、一人で帰り道に就きます。
……命に別状はないと小町ちゃんは言っていましたが、三週間の入院というのはとても長い時間です。特に進学したばかりの時間というのはとても貴重で、八幡さんはその貴重な時間を失ってしまったのです。新しく学校が変われば、八幡さんに友達ができるかもしれないと密かに思っていたので、少し残念な気分になりました。
誰もいない家に帰って部屋に入り、制服のままベッドで仰向けになります。寝ころんだときにスカートが乱れて太腿が露わになりましたが、誰の目もないので気にしません。そのままごろごろしていると、制服の生地に皺が寄るかもしれないですが、今日は母も父も少し遅くなると言っていたので、しばらくはこのままの体勢でも何かを言われることはないでしょう。
それにしても骨折、といってもどの程度の状態なのでしょうか。骨を折るくらい強い衝撃だったら、もしかしたら轢かれた拍子に頭まで打っていることもあり得ます。脳震とうというのは頭を打った直後よりも翌日の方が危ないと聞きますし、まだ安心とは言えないのかもしれません。
……すぐに馬鹿なことを考えていたことに気が付きます。
病院で検査をしているでしょうから、素人の心配など無意味です。馬鹿な想像です。急に恥ずかしくなって体勢を変えてうつ伏せになり、枕に顔を埋めます。さらに目を瞑って光を完全に遮断して、真っ暗闇に身を浸します。
そもそも自分の心配の種類が分かりません。八幡さんが死んでしまうのが怖いのか、八幡さんが死んだ後の自分を想像するのが怖いのか、私には全く区別が付かないのです。
そのままいつの間にか眠っていて、亡くなってしまった人も含めた家族六人で食事をしている夢を見ていたのですが、携帯のバイブレーションが震えて目を覚まします。いつの間にか外は暗くなっていて、暗い部屋の中携帯だけが怪しく光っています。携帯を手にとって確認すると、液晶画面に小町ちゃんの名前が踊っていました。
「……もしもし」
「あ、朱音ちゃん? お兄ちゃんの様子なんだけどね」
「うん」
小町ちゃんは一拍つきましたが、その間がとても長く感じます。
「全然大丈夫だったよ! もう足の骨以外はほとんど健康なくらい」
「そっか。……よかった」
自分でも少し驚くくらいに安堵の声を出していました。
「もうね、心配して損したくらい。もうこの際に、目の腐り具合も病院で治してもらえないかなっ?」
「……ふふっ、そうだね」
小町ちゃんと簡単な話をして電話を切ります。どうやら八幡さんは祖父が以前入っていた病院に、三週間ほど入院するそうです。
翌日のお昼休みに小町ちゃんと話をして、お見舞いに行こうと再度誘われましたが、私なんかが行っていいのか分からないと言って、もう一度断りを入れました。
でも分からないのは本当なんです。もうほとんど関係のない、強いて言えば親友のお兄さんのお見舞いに行くべきなのでしょうか。
もっと自分の感情に従って行動するべきなのでしょうが、従った場合は結局何もしないのは分かっていて、だから常識というものを知りたいんです。でも私の短い人生経験だと、その常識すら知りません。
そして八幡さんが入院してから最初の土曜日。朝起きて、少し遅い朝食を食べ、ショートパンツにパーカを合わせただけのラフな格好でリビングでテレビを見ていると、植裁の水やりから戻ってきた母が声を掛けてきました。
「朱音、少し悪いんだけど、今からちょっと頼まれごとをしてくれない?」
「んー? いいよ。何すればいいの?」
お風呂掃除か買い物だと思って適当に返事をすると、母は思いを読らない言葉を口にしました。
「ありがとう。じゃあ、ウチの代表として、今から八幡くんのお見舞いに行ってくれる?」
「……どうして?」
「どうしてって、朱音がお世話になってるし、それに何度もウチに来てくれるのに何もしないのは不人情じゃない」
母は手を頬に添えると、さも当然のように言いました。
「でも最近ほとんど話をしてないし、それでも行くべきなの?」
「それでもよ。疎遠になっちゃっても、お世話になったことには変わらないんだから、ちゃんとこういう時は顔を出すべきなの。それに朱音だって、八幡くんが嫌いなわけじゃないんでしょ」
「そりゃ、そうだけど……」
そうやって言われてしまうと、断る理由がなくなってしまいます。
でも確かに不人情と言われると、そういう気がしてきました。私と八幡さんの関係を今はうまく説明することができませんが、それでも大切なものをいくつも貰ったのです。
だったら、お見舞いくらいは行ってもいいのかもしれません。
「……分かった。着替えてくる」
「あ、朱音。ちょっと待って」
流石に八幡さんの前に出られるような格好ではないので部屋に戻って着替えようと思って階段を昇ろうとすると、母が背中に声を掛けました。
「お母さん、お見舞いの花はクロッカスがいいと思うな」
―――――――
そして私は道中で買った花束を手に地元の総合病院行きのバスに乗っていました。休日の午前中だからか、それとも地元の人はみんな車でお見舞いに向かうのかは分かりませんが、バスの中は私と、どこかのお婆ちゃんと、スーツを着たサラリーマンしか乗っておらず、閑散としていました。
何を着ていこうか散々迷った挙句、病院に行くということで清楚めのロングスカートとブラウスを着て家を出ましたが、それでもバスの中で変な格好ではないか気になってしまい、窓を鏡代わりにして自分の姿を確認します。
舗装が悪いのか、がたがたと座席が揺れる中、考えごとを進めます。
久しぶり話すせいもあり、何を話せばいいのかよく分からないのです。以前は二人きりになっても話す内容なんて簡単に見つけられたはずなのに、今はこれっぽっちも話題を用意することができません。
最後に話したときは、何を話したんでしたっけ。確か比企谷家で一緒にドラマの再放送を見ていたときだと思うのですが、その内容を記憶の片隅から拾い上げることはできませんでした。
とりあえず、お見舞いの言葉をかけて、外で無視するような形になったことを謝ろう、とだけ心の中に決めたところで、バスが病院前の停留所に止まり、バスを降りました。
四年ぶりに訪れた病院は、外観も、院内にこびりついた匂いもあのころと全く変わっていなくて、祖父のお見舞いに行った記憶が自然と蘇ります
でもあの時は今ほど緊張していませんでしたし、腕に花束を抱えてもいません。両親と一緒に行ったときとは違い、今は自分の足でこの場所にきています。
あらかじめ小町ちゃんから聞いた病室へ向かって足を進めます。病室に近づく度に、自分が緊張していくのが分かり、話す内容を何度も何度も吟味をします。
「あっ、ごめんなさい」
そうやってうんうんと唸っていると、曲がり角の所で強い衝撃にぶつかります。
前方を確認すると、五十代くらいで話好きそうな雰囲気な、女性の看護師が驚いた顔をして私を見ていて、次に私が持っている花束へと視線を移しました。
「いえ、いいのよ。……それにしても、いいお花ね。もしかしてお見舞いの相手は、男の子?」
「……どうしてそう思ったんですか?」
「その花の名前はクロッカスといってね。花言葉は『信頼』、『私を信じて』、『青春の喜び』、『愛の後悔』でね。まあ色々あるけど要するに、仲直りしたいっていう意味なの」
「ああ、そういうことですか」
……本当に私のお母さんは優しくて、綺麗で、お節介な人です。
そして特に院内で迷うことなく、八幡さんの病室にたどり着きます。
扉の取っ手に触るとき、心臓がびっくりするほど早く打っているほど早く打っていることに気が付いて、一つ、大きな深呼吸をすると、まだまだ緊張は残っていましたが、それでも少しだけ落ち着きました。
「こ、こんにちわー」
大きい声にならないように気を付けながら病室にゆっくりと入ります。
個室ではないようで、四つのベッドが左右に二つずつ備え付けられていました。その内の二つはシーツや布団が置かれておらず、一つは八幡さんと同じ歳くらいの男の人が使っていました。彼は病室に入った私をちらっと見ただけで、すぐに手元のサッカー雑誌へと視線を戻しました。
「……こんにちは、八幡さん」
そして残りの一つ。クリーム色のカーテンの向こう側のベッドに、病院服を着た八幡さんが座っていたのです。
――――――
「足の具合はどうなんですか?」
「左足が全く動かん。寝返りを打つのがこんなに大変だとは思わなかった」
クロッカスを花瓶に活け、花びらをちょろちょろと触りながら出てきた言葉は、やっぱりずっと頭の中で考えていたものでした。
それでもしっかりと、声が上擦ることも噛むこともなく自然に尋ねることができて、、八幡さんも自然と以前と同じように答えてくれました。
「それにしても八幡さんが入院してしまうなんて、本当に驚きました」
「そういや、今まで怪我らしい怪我なんてしなかったしな。不用意に外出しなかったからな」
「それもあるんですけど……。子犬をかばってひかれたって、小町ちゃんが言ってましたよ」
そう、そのことに一番驚いて、すごく安心して、そしてとっても眩しいって思ったんです。
きっと私だったら、我が身可愛さで見逃してしまうでしょうから。
「別に助けてなんかないぞ。ただ見逃せなくて勝手にドジを踏んだだけだ」
「それを助けたって言うんですよ。いいじゃないですか、誇っても。もし私が飼い主だったら、八幡さんのことが好きになってるくらいです」
「……もしも、だろ?」
「そうですよ」
緊張を押し込むように、唾を飲み込みます。
冗談も言えて、凄く自然に話すことができる今だからこそ、しっかりと伝えなければいけないんです。
言葉は胸の中にため込んでおくとどんどん重くなって、どんどん外に出し辛くなってしまいます。だからこの機会を逃してしまえば、さらに言いにくくなってしまうでしょうから。
バスの中から何度も何度も繰り返してきた言葉を、この半年間ずっと言うのを先延ばしにしてきた言葉を、ようやく吐き出すことができました。
「八幡さん……」
「なんだ?」
「秋ごろからずっと無視していて、ごめんなさい」
「……それは、小町に言うべきだろ」
「小町ちゃんには後で言います。でも、まず八幡さんに伝えないとって思って」
小町ちゃんはこの半年間ずっと心配をしてくれていて、それでも無理に私と八幡さんを引き合わせるようなことは一度もしませんでした。
そのことにずうっと申し訳なく思っていて、ずっと謝らなければいけないと思っています。でもそれは、私がしっかりと八幡さんに謝った後に言うべきなんだと思うんです。
「お前に謝る前に、先に謝るのは俺のほうだぞ」
八幡さんは目を反らすことなく、しっかりと私の顔を見て言いました。この人は普段どうでもいい場面ではすぐに顔を背けたりするくせに、大事な所では絶対に目を反らさないのです。
「俺だって、外でお前のことを無視していた」
「……あれって、私に合わせてくれたんじゃないんですか?」
「というか、切花が俺に合わせてくれたと思っていたんだが」
「…………」
「…………」
要するに私たちは、同じように考えて、同じタイミングで、同じ行動をとっていたのです。
環境も性格も全然違うのに、行き着いた先が同じというのは少し可笑しく、少しだけ笑みがこぼれてしまいます。
「なんか、馬鹿みたいですね。私たち」
「かもな」
「ねえ、八幡さん。私たちってどういう関係なんですか」
「や、藪から棒にどうした」
「いえ、誰かに聞かれたときに何て答えればいいのかなって思いまして」
もし私たちの関係を恋人以外で上手に表すことができれば、きっともう少しだけ上手く立ち回れたのではないかと思ったんです。
それで八幡さんが変に中傷を受けたことが無くなるわけでも、これから半年前と似たような場面があったときに説明して納得してもらえるのかは分かりませんが、それでも私たちの関係を説明できるのならばしておきたいんです。
「そりゃ、親友の兄貴じゃねえのか」
「そうなんですけど、何か私の中で落とし込めないっていうか。言い方が悪いんですけど、八幡さんって小町ちゃんのお兄さんって感じがしないんです」
「自然に傷つくことを言うな、お前」
「ごめんなさい、そういう意味じゃなくって……」
出会った順番が八幡さんの方が先だからでしょうか。私としては小町ちゃんは小町ちゃんで、八幡さんは八幡さんという認識が強いんです。どちらかがどちらかに付随するのではなく、二人ともそれぞれに大切なんだと思います。……言葉にするには恥ずかしいですけれど。
「……なら、一つだけいい言葉がある」
自信満々に八幡さんは言いましたが、何故か少しだけ顔を赤くしていました。
「幼馴染だ」
「……はい?」
「だから、幼馴染だ。小町を絡めないならそれだろ。まあ、妹二号的な意味合いでもあるが。まあ、ほとんど腐れ縁的な意味だし、ちょうどいいだろう。それに、幼馴染は恋愛的に結ばれにくいというデータがあるから誤解もされにくい」
参考にしたデータに凄い偏りがある気がしますが、その点については指摘しないでおきます。
それにしても、幼馴染というのはあまり意識していなかったのですが、改めて考えると、確かにそう言う間柄になるのかもしれません。
それに幼馴染という言葉は、少しだけ心地がいいんです。
「……だから、もし誰かに関係を聞かれたら、腐れ縁の、妹の兄貴だから切っても縁がなかなか切れない、幼馴染とでも答えておけ」
「分かりました。では失礼して」
病室に入るときと同じように大きく深呼吸をしました。さっきと違って緊張は全くしておらず、心の中はただただ穏やかな気持ちでした。
言うべき言葉はすぐに決まりました。半年前の会話は思い出せないくせに、出会ったばかりのころの記憶は不思議と今もはっきりと残っていました。
「……私は切花朱音といって」
だから、この事実をまず最初に八幡さんに伝えたいんです。
「あなたの、幼馴染です」
―――――――
それからは平穏に時間が流れていきます。
二年生になっても小町ちゃんと同じクラスにはならなかったのですが、それでもいじめなどもない普通のクラスに入ることができたと思っています。
一年生の頃の噂はもう完全に消え去っていて、また何人かの男子に告白をされましたが、一年生のときと同じように断りました。
八幡さんが高校に通い始めたからでしょう。帰宅時間がずれたために、帰り道でニアミスすることが殆どなくなったため、かつてのように誤解されることはありませんでした。
それでも比企谷家に遊びに行ったときは、小学生のころとは少し違っていましたが、時に他愛のない話をして、下らない冗談を言い合ったりしたのです。
何かが変わったかと言われると、具体的に答えることができないのですが、それでも一年生の後半のような胸のつっかえがなくなって、心が軽くなったのだけは感じました。
二年生の冬のバレンタインには、小町ちゃんと一緒にクラスメイトに配るようのチョコレートを一緒に作りました、余った材料を使って、小町ちゃんと二人で一つでチョコレートを作り、八幡さんにあげたりもしました。八幡さんはぶっきらぼうに受け取っただけですが、私も小町ちゃんも、ただ恥ずかしがっているだけというのはすぐに分かって、二人でほくそ笑んでいました。
そして三年生になり、ようやく小町ちゃんと同じクラスになった春のころ。放課後に深崎くんという女子に人気のあるクラスメイトに告白されたのを八幡さんに目撃され、私は約二年ぶりに八幡さんと同じ帰り道を歩くことになったのです。
正直、八幡さんも深崎くんも、もう少しだけタイミングを読んでくれると有難かったのですが……
ご覧いただき、ありがとうございます。
おそらくですが、今回の話が文字数的に一番長いです。
書いているときはあまり量を書いている感じではなかったのですが、文章の中で必要な部分が多くなって、結果的にこれくらいの量になりました。
これも成長なのかなあ。
それでは、また次回。