やはり幼馴染なんてものは、どこかまちがっている。 作:フリューゲル
私事ではありますが、この前久しぶりに、高校の卒業アルバムを開きました。高校時代を懐かしんだり、「あの子可愛かったなあ……」と楽しんでいたのですが、三年生の授業風景の写真を見たときに、後ろの黒板に『サッカー部、県大会出場おめでとう!」という文字が、書かれていたのを見て、感動しました。
ああ、俺も青春を送っていたなあ……と思うとともに、やっぱり高校時代は輝かしく、代えがたいものだと感じました。
それでは、ご覧下さい。
「そろそろ中間テストだけど、もう勉強とかしてる?」
由比ヶ浜が紅茶に息を吹きかけながら、話しかけてくる。
吹きかけられた紅茶が、水面に次々と波紋を作りながら白い湯気を歪みながら立ち上がり、すぐに消えていく。
窓からは五月にしては、すこし熱いくらいの風が流れ込み、カーテンを絶え間なく動かしながら、俺たちの頬へと辺りに来ている。
由比ヶ浜が依頼に来て、そのまま奉仕部に入ってきたが、もう大分馴染んだように思える。このように呑気な会話もするし、放課後当たり前のように顔を出す。……馴染むというか、俺と雪ノ下が飼い慣らされたと言うべきかもしれない。
「私は普段から勉強をしているから、テストだからといって特別に勉強をしないわ」
「ほえー、さすがゆきのんだ。ヒッキーは?」
「数学以外の科目なら、勉強しなくてもある程度はできるからな。ほぼ全く手をつけていない」
国語や英語なんかは、普段の授業を聞いていれば、平均点ぐらいはとれるようにできている。念のため、テスト前の休み時間に単語や漢字を確認すれば、まず赤点を回避できる。
数学は基礎問だけを覚えて、最初の簡単な部分だけで点を稼いで回避する。そもそも点を取ろうと思わなければ、意外となんとかなるものである。
「あら、比企谷くん。現実逃避はいけないわ。自慢の国語は勉強しないのかしら?」
「どこかの国語一位が、性格が悪くてな。一位になったら性格が悪くなるかもしれないと思うと、勉強も手がつかないんだよ」
「では、私も三位にならないように、気を付けるわ。目を腐らせたくないもの」
……上手く返されてしまった。
雪ノ下は俺を打ち負かして気分がいいのか、口元を少し緩ませると、紅茶を一口啜る。
「で、でもあれだなー。あたしとか、いつも赤点ぎりぎりだから、ゆきのんやヒッキーが羨ましい」
由比ヶ浜が羨望の眼差しを向けてくるが、そのまま雪ノ下へと流す。雪ノ下は呆れたようにため息をついて、由比ヶ浜を見据えた。
「そもそも学校の試験の場合、最低限得点を取らせるように作られているのだから、要点を押さえていれば、赤点を取るとは思えないのだけれど」
そういえば切花も同じようなことを言っていたな。小町が勉強している横でマンガを読んでいたのを咎めたら、「だってテストって、できるように作られてるじゃないですか」と真顔で返しやがった。
ちなみに、そう言っておきながら学年でトップを取ったことがないことを皮肉混じりに聞いてみたら、切花は当然と返しやがった。「そもそも八十点をとる勉強と百点をとる勉強は全然違います。だいたい二倍くらいですかね、勉強量の違いとしては。だから、然したる目的がなければ、八十点をとる勉強をする方が賢明です」とは切花の言である。思わず納得してしまったのが悔しい。
どうも勉強ができる奴というのは、頭がおかしい奴らが多いらしい。
「それでもできないから、困ってるだけどなー。ねえ、ゆきのん。今日この後一緒に勉強しない? ヒッキーも」
「私はかまわないわ」
意外にも雪ノ下がすぐに同意をする。
案外、雪ノ下は面倒見が良いんだよな。由比ヶ浜に料理をしっかりと教えていたし。
「ヒッキーはどう? あーでも、ホントはテストなんて、ないのが一番だよねー」
「ああ、全くだ」
思わず同意すると、由比ヶ浜が目を丸くして、俺を見てくる。
対して雪ノ下は対して驚かずに、春の陽気のような邪悪……もとい暖かい笑みを浮かべている。
「比企谷くんは、学園生活にいい思い出なんてないものね」
「そもそも、テストなんて嫌な思い出しかねえよ。ほら、あれだ。普段ほとんど話したことないのに、テスト前に突然テスト範囲を聞いてくる奴。死ねばいいのに」
「それはあるわね。テスト範囲を他人に聞くことを前提にする人は結構いるもの。普通に聞いてくるなら、教えて上げるのだけれども、なんだかそう言われると、教える気がなくなるものよね」
「あははー。あたしはそういうとこあるから、厳しいなー」
一年間でテスト前しか、話したことのない奴が何人いることか。というか、テスト範囲を誰かに聞く前提で聞き逃すことが、そもそもまちがってるだろ。
しばらく苦笑いをしていた由比ヶ浜だったが、ハッと何かを思いついたような、顔をする。
「そ、そうだ、ヒッキー。メ、メールアドレス教えてよ。ほら同じクラスだし、テスト範囲とか聞き漏らしたら、聞いてもいいから」
そう言って、ストラップだらけで携帯電話というか、マリモみたいな物体をじゃらじゃら鳴らしながら取り出す。
それはもはや使いにくいというのは、言ってはいけない。
「まあ……、かまわんが。ほれっ、このスマホでアドレス交換したことないから、悪いがそっちでやってくれ」
机の上にスマホを滑らせる。思ったよりも強く放ったつもりだったが、ちょうど由比ヶ浜の目の前へと上手く滑り込んだ。
由比ヶ浜は目の前にあるスマホをおそるおそる触ると、おずおずと画面を操作し始める。
「触ってから言うのもアレだけど、携帯を見ちゃってもいいの?」
「どうせ、妹かアマゾンからしかこないからな。特に見られて困るものはない」
少し前までは、最近業績が悪くなった大手ハンバーガーチェーン店のメルマガも登録をしていたが、今では解除している。月曜の授業中に、新商品の名前を見るのは拷問に近い。昼休みに食いに行きたくなるだろ。
そんな馬鹿な考えをしていたら丁度、俺のスマホが華やかにオーケストラを奏で始める。
「とか言ってたらちょうど鳴ったし。というか着メロが壮大だ!」
「『運命』の第四楽章の冒頭ね。意外だわ、比企谷くんにそんな素養があっただなんて」
「昔メールが来る度に嬉しくてなー。メールが入ったらすぐに分かるようにしていたんだが、来ないまま着信音だけが残った」
ダースベーターのテーマや、悲壮に変えることも何回か検討したが、それはそれで悲しいので、却下した。
「まあ、大したことないメールだろうから、そのままほっとけ」
「うん……、そのぉ」
なんだか微妙に反応が悪い。
由比ヶ浜は俺のスマホを不安げに見たまま、動かない。ただ、スマホを少しだけ強く握ったのが、俺の目に映る。
「その、ヒッキーの携帯に女の子からメール入ってる……」
由比ヶ浜が見せた画面には、「切花朱音」の文字と最新の本文で『今日の晩ご飯何か食べたいものありますか?』と書いてある。
そういえば、今日は母親が遅くなると朝言っていたな。ということは小町と一緒に飯でも作るのだろう。
「あー、それは妹の友達だ。大して気にしないで良い」
というか、こんなメールなど月に一回か二回来るか来ないかの頻度である。ある意味定時報告みたいなものなので、来ると時間の流れを感じてしまう。
「や、でも、普通兄妹の友達にご飯作ってもらわないよね、ゆきのん」
「そうね、比企谷くん、白状するなら今よ。脅迫をしたのかしら、それともお金を渡したの? 今なら一生軽蔑するくらいで許してあげるから」
なにやらひどい誤解を受けているように感じる。
特に雪ノ下に限っては、いつもの澄ました顔が、怪訝なものへと変わってきている。窓から春の暖かな光が入ってきているのにも関わらず、雪ノ下の周りはひどく鬱屈した何かが漂っている。
「いや、むしろ弱みを握られているのは、俺の方なんだが」
付き合いの長さから、俺が発狂するような思い出を切花はかなり知っている。うかつにからかうと、三倍以上に返ってくるので相互不干渉が俺と切花の間で締結されている。
「というかあれだぞ。このメールを無視したら、晩飯が俺の嫌いなものづくしになるからな」
以前一回メールを放置したら、その日の夕食がすべて椎茸かトマトを使った料理になっていた。しかも細切れにして料理に混ぜていたので、それだけをよけることも出来きない。
なんか、妹の友達というよりは、姑と喧嘩をする嫁みたいな感じである。もちろん、姑は俺である。
「あら、年下の女の子にそんな仕打ちを受けるとは、流石は比企谷くんね」
流石の雪ノ下さんは、とても嬉しそうにそんなことをおっしゃる。口角がつり上がってるじゃねえか。
「い、妹ちゃんって、何歳?」
由比ヶ浜が聞いてくる。
「……今年で中学三年になる」
「ちゅ、中学三年生に料理で負けた……」
机に突っ伏した由比ヶ浜がそのまま、動かなくなる。その哀愁漂う背中を見ると、何とも言えない気持ちになる。まあ、年下に負けるって、俺らの年だとかなりキツイしな。
雪ノ下も少し可哀相に思ったのか、少し言葉を選ぶような間の後に言う。
「由比ヶ浜さん、人には向き不向きがあるわ。だから中学生でも料理ができる子がいても、気にすることはないと思うの」
「気にするよー。というか!」
由比ヶ浜は勢い良く体を起こすと、こちらを指さしてくる。
「その朱音ちゃんと、付き合ってるの、ヒッキー?」
なんだ、そういうことか。
「お前な、俺に彼女がいたら雪ノ下に対して盛大に自慢をして、上から目線の発言を改めさせるくらいのことはするぞ」
「確かに、比企谷くんに彼女がいたら、それくらいのことはしそうよね」
自分で言うのと、他人に言われるのは大分違うというのを、身を持って感じた瞬間だった。
というか、雪ノ下の目が微妙に笑っていないのがかなり怖い。もし上から目線で言っても、なにかしら報復をくらいそうだ。
「じゃあ、ホントに彼女いないの?」
「さっきも言っただろ。そんな上等ものがいたら、とっとと自慢をしてるぞ」
そもそも、友達がいない奴に彼女ができるのだろうか? あっ、寧々さんがいたか……。
「そっか、そうなんだ……」
由比ヶ浜は安堵したように息を吐く。その表情があまりにも穏やかで、暖かだったので、正直どう反応していいのか分からない。
そしてすぐに俺のスマホに向き合った由比ヶ浜は、少し使い辛そうにしながら自分のアドレスを打ち込んで、メールを送る。
「はいっ、これがあたしのアドレスだから、メールしたらちゃんと返してね」
そう言って由比ヶ浜の電話帳に載っている俺の名前を嬉しそうに見せてくる。
光が射し込むせいで少し見にくい画面には、あだ名だらけで全く判別できない中に「☆★ヒッキー★☆」の文字が踊っている。……その管理の仕方は、五年後くらいに見直した時に誰か分からなくなって、「あれー、こうじって、あのこうじだよな?」みたいに困惑するぞ。
「そろそろお喋りはおしまいにしましょう。勉強をするのでしょう」
雪ノ下が窘める。
「えっ、勉強はサイゼに行ってしようと思ったんだけど」
でたよ、サイゼ。なんで高校生ってカフェじゃなくてファミレスに行くんだろうな。しかもあいつら、ゲームから宿題まで全部やりやがる。
俺も昔はサイゼを使ったことがあるが、たまたま入るタイミングが一緒だった二人組の女子大生と同じグループと間違われ、その二人組から「はあ? キモいんだけど」みたいな目で見られ、しかも席が隣だったため、ものすごく気まずい思いをしながら食事をしてからは、行っていない。
「そんなうるさいところじゃ、集中できないんじゃかしら?」
「大丈夫だって、むしろ分からないとこ聞きやすいし、ヒッキーも行くでしょ?」
正直言って、あまり行く気はしないのだが、このまま小町と切花の飯を食うのも芸がない。と言っても、こいつらと勉強をするのもどこか、落ち着かないだろう。
「俺は遠慮させてもらう」
「うーん、今度は三人で勉強しようよ。だったらいいでしょヒッキー?」
正直言って、今度も遠慮したいのか、ここは言葉を濁しておこう。
「ま……、考えておく」
「じゃあ、今度は一緒に勉強しようね! ゆきのん、じゃあサイゼ行こっか?」
由比ヶ浜が声を弾ませて、返事をする。
とりあえず、スマホを取り出して小町に『今日は飯はいらん』と打つ。どうせ小町と切花は一緒にいるから、伝わるだろう。
テストが近いことだし、俺もあと少し経ったら、ガストへ行くとしよう。
ご覧いただきありがとうございます。
この前、自分の書いている作品を読み直したら、書こうと思っていたところを回収していなかったことに気付きました。
伏線とも言えないのですが、その部分も絡めて終わらせようと思っていたのですが、すっかり忘れていました。
……プロット作りって大切ですよね。
それでは、また次回。