やはり幼馴染なんてものは、どこかまちがっている。 作:フリューゲル
本日からゴールデンウィークですね。大学生だったり、仕事の都合によっては前倒しですでにゴールデンウィークに入っている方もいるかもしれませんが、だいたい今日からです。
五日間という休みの期間は長いようで短く、特に新作のゲームなどを買ってしまうと簡単に過ぎていき、気付いた時には憂鬱な平日が待っているなんてことは多々あると思います。
時は金なり、この一分一秒を大切にし、無駄のない時間を過ごしていければと思います。
……とりあえずゲームは一日二時間までにしよう。
それでは、ご覧下さい。
小学四年生に上がって少し経った頃、学校の宿題で将来の夢についての作文がでました。
自分が将来なりたい職業について各々で調べ、職業と絡めながら未来の自分についての作文を書くというもので、提出期限が一ヶ月も先にある、小学生の宿題にしては大がかりなものでした。
この時は別のクラスだった小町ちゃんも同じ宿題が出されていたので、学年共通で行われていたものだったのでしょう。
クラス子たちは、男の子は野球選手なりサッカー選手を題材にするという会話が聞こえてきて、逆に女の子に聞いてみるとお花屋さんやアイドルなどを選んでいたようでした。
私はというと、これといって思いつく物がなく少し困っていたので、比企谷家に遊びに行っているときに、参考がてら小町ちゃんに聞いていました。
「小町ちゃんは何て書くの?」
「まだ特に浮かんでないかなー。……あっ、お兄ちゃんのお嫁さんとかは? 小町的にはポイント高いかも」
「それで喜んでくれるのは、比企谷さんだけだと思うな……」
「むー、そういう朱音ちゃんは?」
そう言われると言葉に詰まってしまいます。
私とすれば健康に生きられるお金と環境があれば何でもよく、そうなると候補なんて数え切れないくらいありあした。
「……公務員とかは? 早く帰れるみたいだし、安定してるって比企谷さんが言ってたよ」
「朱音ちゃん、お兄ちゃんから変な影響を受けてきたよね」
その後小町ちゃんといくつかの案を出していきます。ケーキ屋さんにブティックの店員、デザイナーにモデルなどなど。それぞれの職に就いた自分を想像しようと思っても、なかなか上手にいきません。
ではどうなりたいかと考えてみても、出てくるのは痛い思いや苦しい思いをしたくないということばかりで、それは将来の希望というよりは、なりたくないものなのです。
「お兄ちゃんは、こういう宿題って出たことある?」
小町ちゃんが近くのソファーに埋もれながらゲームをしている比企谷さんに聞きました。
「確かそんなのやったな……。ちょっと待ってろ」
そう言って比企谷さんは自分の部屋に戻ります。少ししてリビングに降りてくると、少し古びた原稿用紙を私たちの目の前に広げました。
意外にも几帳面に書かれた文字を追っていくと、意外な言葉が原稿用紙の上に踊っていました。
「シンバル奏者、ですか……。意外に格好いい夢ですね」
「いや朱音ちゃん、もう少し先を読んでみて」
小町ちゃんに促されて先を読んでみると、シンバル奏者は四十分以上ある演奏の中で、一回叩くだけでバイオリン奏者と同じ給料を貰えることが書かれていました。こんなに費用対効果が高く、これ以上自分に向いている仕事はないことも。
「…………」
無言で原稿用紙を折り畳んで比企谷さんに戻します。
先程まで少し格好良く見えていてた比企谷さんの瞳が、何故かいきなり腐ったように見えます。とういかあまり格好良くないような。
「まず世界のシンバル奏者に謝って下さい」
というか、シンバル奏者ってそんな簡単な仕事なのでしょうか。確か打楽器奏者として一括りにされていたので、案外やることが多く大変だとテレビでやっていた気がします。
「当時の担任にも同じようなこと言われたな。というかオーケストラの定員の厳しさを延々と説明された」
遠い目をしながら比企谷さんが言いました。
そもそも比企谷さんに聞いたことが間違いということに気付き、少し頭を抱えながら、頭の隅で思います。
私がどんな大人になるかは全く分かりません。将来にこれといった希望もなければ展望もなく、ただ普通に生きていければと。
―――――――
ちょうど同じ頃、祖父が体調を崩して近所の病院へと入院しました。
たまに一人で町内会の催しに参加をする位には元気があった祖父ですが、少し前に風邪を引いてからなかなか熱が下がらずに病院に見て貰ったところ、念のため入院となったのです。
そこで休みの日に、父と母に連れられて祖父のお見舞いに向かいました。
お見舞い、とはいっても病状が酷いわけではないので、生活品を持って行くついでに顔見せをする程度でした。そのため私は、看護婦さんを題材にするのもいいかもしれないと、少し祖父に失礼なことを考えながら病院を訪れました。
消毒液と乾いた皮膚の匂いが全体に漂っている病院は、クリーム色の壁紙とライトグリーンの床材が優しく目に入ってきました。看護婦さんの制服も純白ではなく薄い桃色が使われていて、そこで初めて白衣の天使という言葉が全ての看護婦さんに適用されないことを知りました。
全体的にのんびりとした空間は、悪く言ってしまえば活力がなく、何年か前に家族で行った秋の林が連想されました。
祖父の病室は個室で、大きなベッドと小さな戸棚、それとテレビしかありませんでした。テレビも着けていないためか、日当たりが良く暖かい病室には、廊下の話し声や台車を押す音が僅かに聞こえてきます。
「お義父さん、体の具合はどう?」
「熱は下がらんし体は重いが、それでもまあ、元気なほうだ。勝手に動くと怒られるから、家にいるよりは退屈で窮屈だ」
「その辺りは我慢して下さいね。何冊か読み物を持ってきたから」
「そのことは咲耶にも言われたよ。『どうせ家でも本しか読んでないんだから、それくらい我慢しなさい』と。……あいつも私とよく似てきたな」
咲耶とは、私の叔母のことです。
すでに結婚をして家庭を持っている叔母ですが、どうやら時間を見つけては祖父のお見舞いに来ているようでした。しかし祖父の話によると、病室に来ても、ほとんど世間話をして帰っているようですが。
ただそう愚痴っぽく言っていた祖父でしたが、退屈しのぎのはちょうど良いらしく、私の従姉妹について、叔母からの又聞きで両親に話していました。
大人たちの世間話が始まってしまうと私は手持ち無沙汰になってしまい、仕方がないので足をふらふらと遊ばせながら時間を潰していました。
のろのろと動く時計の針をぼんやりと眺めます。窓の外では空一面に広がった青色に、飛行機雲が一筋だけ伸びていました。
「……少し悪いが、朱音と二人きりで話をさせてくれないか?」
いよいよ飽きてしまい、近くの休憩室に行こうかと考えていると、祖父が言いました。
両親が不思議そうな顔をしながらも、祖父の声が真剣味が混じっていたのを感じたのか、
「休憩室にいるから、終わったら呼んでね」と言って病室から出ていってしまいました。
少し困惑しながら、腰掛けを動かして祖父のベッドへと近づけます。やたら清潔感のある病室は何にも刺激がないとも言えて、普段元気だった祖父の姿もどこかやせ細って、存在が少しだけ虚ろになってしまったように感じました。
その祖父は眩しいものを見るようにすっと目を細めると、私を上から下まで眺めて言いました。
「……朱音は、本当にお祖母ちゃんにそっくりだな」
「お祖母ちゃん? 叔母さんじゃなくて?」
小さい頃から叔母に似ているとは良く言われてきましたが、祖母と比較されたことはほとんどありませんでした。
そもそも父方の祖父は、私が生まれる前に亡くなってしまったので、祖母の姿は写真でも見たことがありません。そのせいか私の中では父方の祖母はどこか頭の中から抜け落ちてしまっていて、その人がいたことすら考えたことがありませんでした。
「そもそも咲耶の外見は母親似だ。まあ、性格は私に似たが。……でも朱音は性格までそっくりだ」
「……どういう所が?」
「一人でいるときの顔が本当に似ている。笑い方は絹絵さんに似たが、さめた表情は瓜二つだ」
その言葉を聞いた瞬間、嫌な予感が頭を駆け巡りました。
これから聞くことは、私が触ってはいけない気がして。せっかく頭の片隅に追いやったものが、もう一度顔を覗かせてしまう気がするのです。
でも祖父が真剣に何かを伝えたいことは分かってしまったので、居心地が悪いながらも結局腰掛けに座り直しました。
「……お祖母ちゃんはどういう人だったの?」
「綺麗な人だったよ。あまり愛想は良くなかったが、それでも笑うと柔らかい表情をした」
そう言う祖父の目は、どこか遠くに思い馳せるように窓の外へと向いていました。
「初めて会ったのは見合いのときだったが、それこそ造り物のように綺麗な顔をしていたよ。……ほとんど一目惚れだった」
それから祖父は、祖母について様々なことを語ってくれました。
祖母は旧姓斎園皐月という名前で、それなりの家柄の出身だったこと。
祖父とは結婚を前提としたお見合いで、初めて会ったその日には今で言う交際を始めたこと。
祖母の誕生日に簪を送ったら、凄く申し訳なさそうに受け取って、次の逢い引きのときに身につけてくれたこと。
しばらくして結婚の申し込みをして、迷いながらも受け入れてくれたこと。
自分とよく似た人のことを語れるのはどうも落ち着かなくて、しかも祖父が懐かしそうに語るので止めるわけにもいかず、恥ずかしいような、そうでないような気持ちで祖父の話を聞いていました。
ただ祖父が語る祖母の姿は、やっぱり私とよく似ていて、顔も見たことがないのに、祖母の行動に共感を覚えて、私もきっと同じような行動をとるだろうなと思っていました。
「……ただな、目の前で話していると綺麗に笑ってくれるのに、一人でいるとき、皐月はひどく冷めた表情をしたよ」
たまに祖父が早く帰宅すると、彼女は一人でぼうっとしていることが時々ありました。その表情は孤独に耐えるわけでも、空想に耽るわけでも、思い出に浸るわけでもなく、ただただ一人で過ごしていたそうです。
「私は皐月のそういう表情が怖かった。まるで誰も必要ないように皐月は佇んでいて、あいつの視界の中に自分が入っているとは到底思えなかった。いつかこの生活に飽きてしまったら、どこかにふらりと行ってしまうかもしれないと思ったよ」
祖父はそんなことを恐れながら毎日を過ごしていたそうですが、ある時午後の陽気の中、うたた寝をしている祖母の姿を見つけました。
透明な光を頬に受け、しっとりとした黒髪を敷くようにして眠っている祖母の姿はびっくりするくらい儚くて、触れば消えてしまうと錯覚してくらいに存在感がなかったそうです。
「その姿を見て気付いたよ。あいつの生き方は簡単に一人になってしまって、すぐに誰にも知られなくなってしまうものだ。親しい人に看取られることなく死んでしまうかもしれない。……それは、とても寂しい人生だ」
確かにそうなのでしょう。誰も求めないのならば、最終的にはどこにも繋がらなくなります。きっと周りには誰もいなくなるのかもしれません。
でもきっと、彼女はそれが平気なのだと頭の片隅で思いました。……だって、私がそうなのですから。
「出来る限り一緒にいようと思った。一度誓った言葉を繰り返して、早く帰れる仕事に転職もした。一人でいても何かに熱中して欲しくて、本をたくさん買ったよ。……まあ、皐月は不思議そうにしていたが」
祖父の家の書斎に並べられたたくさんの本。読書家というほど本を読まない祖父が、あれほどの本を揃えたのは、全て祖母の為でした。
その事実が重苦しいほど私の胸に残っていきます。
「……それで、お祖母ちゃんはどうなったの?」
もし祖母の性格が少しでも改善されたのならば、きっと私の性格も歳をとるにつれて直るものだと、不思議と思ってしまいました。
「……分からんよ。できる限り一緒にいたし、一緒に居ればしっかりと皐月は笑ってくれた。それでも心の内は読めないよ。……でもな、朱音に伝えたいのはそこじゃないんだ」
そうして祖父は久しぶりに私の頭を撫でました。ここ数年で少し痩せた祖父の手は、骨が若干浮き出てごつごつしていました。
祖父が手をどけてから顔を覗いてみると、老人がどこか懐かしむ笑い方ではなく、どこか青年のように、爽やかに祖父は笑っていました。
「私は皐月と一緒にいて幸せだったんだ。簡単な話をするだけでも楽しかったし、二人でどこかに出掛けると心が安らいだ。もしかしたら皐月は最後まで孤独を抱えていたかもしれないが、私はあいつと結婚ができて本当によかったと思っている。皐月も朱音も、自分を卑下しているようだが、そんなことはない。朱音は自分で思っている以上に優しくて、いい子だ」
祖父は一つ咳払いをすると、
「お前は人とは少し違うかもしれないが、それでもちゃんと誰かを幸せに出来る子だ。だから、もし少し気楽に生きて、そしてできるなら誰かと一緒にいたいと、そう言葉にしなさい」
そうして祖父の話は終わりました。
昼寝をするといって眠りについた祖父を置いて、休憩室へと向かいます。祖父を起こすのも悪いということで、そのまま帰ることになりました。
帰り際に母が、「ずいぶんと長く話していたけど、どんな話しをしていたの?」と聞かれたので、
「んー、お祖母ちゃんと、私のこと」
と答えました。
ご覧いただき、ありがとうございます。
最近ネガティブな内容を書いているせいか、とりあえずイチャラブを書きたい衝動が半端ないです。
というか朱音のデレを書きたくて仕方がないのですが、現在が現在なために書くと変な方向に逸れそうで、私の妄想にとどめています。
とりあえず、ネタをためにためて、本編が終了したあとの番外編にて、色々書ければなーと思っている今であります。
それでは、また次回。